会長編 12
木曜日はほぼ学校中が企画の準備に追われていた。
みんなが休み時間にいそいそと連絡を取り合っているのを見ていると、とても心が痛んだ。
本当に、申し訳ない……
「ねえ、その慈悲をこちらにも分けてくれないのかな」
「あれ、心の声読まれてる」
隣にいる松川が超人さを発揮してきた。
「あるぇー、この親友はオレが戦ってできた傷の説明を一瞬もしてくれないんだぁー。驚きすぎて軽いびっくり程度のリアクションしかできない」
「そうか、それはすまないな」
「いや、いいけどさ」
「……」
「……」
「……」
「あれぇー!?今これ、『いや、いいけどさ』の後に地の文で説明いれるところだよね!?たとえ台本に書かれていなくても空気を読んで説明するところだよね!?」
「地の文とか台本とか言うなよ、一応これ二次元だから」
「お前が一番言っちゃいけないこと言ったよ!というかその前にオレの傷の説明をしてよ!」
こうも元気にわあわあと言っている松川の頬には何者かに殴られたような跡がある。階段で転んだようだ……
「ちょっと待ってちょっと待って!!なんで何者かに殴られたような跡なのに階段で転ぶ結果になっちゃったの!?どこでそうなっちゃったの!?」
「違う、それは今風で言うと『どうしてそうなった』、だ」
「どや顔やめてー!!」
さて、主人公の俺でさえ気分が沈んでしまう話の閑話休憩的なもののためにこんなコントを繰り広げてみたがどうだろう。正直俺はボケキャラではないので疲れる。
あと、この話の雰囲気がぶちこわしである。
「というわけで話を戻そう」
「おう」
「ということで、俺は各学級に回ってくる」
「待って待って、戻りすぎだよ!?オレの傷の話のところで良いんだよ!?」
俺は颯爽と松川から離れて教室を出た。今から学級委員に話をしに行かなければいけないのだ。
「オレのこの傷は遠野に協力依頼をしたときにすんなり良いよと言われて一瞬警戒を解いたその時に遠野の容赦ないグーがクリティカルヒットした時にできたものだ!!ちなみに怒りの要因は竹都が頼みに来いよ!ということだったらしい!!」
廊下に響き渡る松川の言葉を背に、俺は歩き出した。
可哀そうな松川に一言言っておこう。
松川、説明乙。
次に学校に来るときは、試験の二日前。
とても緊迫した雰囲気の教室を、私はとぼとぼと歩く。
周りの人はとても、とても慌てた様子で私を見ていた。
私は知らなかった。
その時、私の親友がどうなっていたかなんて。
私は知らないまま、自分の机に鞄を置いた。
友達がよそよそしく私の周りに集まってきて、おずおずと、
弟さん、見つかった?
と聞いてきた。
私は、ただ黙って首を振った。
でも、その時はもう私はひどく穏やかになっていた。弟がいなくなったことを受け入れたわけではないのだ。むしろ逆。拒んで拒んで、もう、それはとても遠い昔の悪い夢だったかのようにふるまった。
そうしなければ、私が生きられなかったんだ。
その時の私には、そうすることしかできなかった。
神様に頼んでも無理なら、自分がどうにかしなければいけないんだ。
私には、すぐそこに試練があるのだから。
ねえ、 ちゃんのこと、聞いてる?
ふいに友達が、私の親友のことを口にした。
そういえば、いつも登校は遅い子だけれど、今日は特別遅い。
何をしているのだろう。
私の親友は私と同じくらいに頭がよくて、でも、不良のお兄さんを持っているみたいで、先生たちからは受けが悪い。
でも、彼女はそれを気にしていないようだった。私はその姿に惹かれたのだ。こんなにも真面目に生きている自分がいるのに、こんなにも周りを気にしない人がいる。
それが不思議で、彼女と仲良くするようになったのだ。
だから彼女のことが気になった。
いつだって、力強い笑みでおはようを言ってくれる人がいない。
今にも息が止まりそうな私を、笑わせてくれる親友がいない。
立ち直ろうとしていて早々、心が折れそうになる。
でも、友達のその表情を見て、ふと違和感を感じた。
まるで、友達が彼女が遅い理由を知っているような。その遅い理由が、とても悪いもののような。
どうしたの?何かあったの?
弟のこともあってか、私はいつもしない剣幕で友達に問い詰めた。
友達は焦ったようにごめんね、落ち着いて、と私をなだめた。
大丈夫、ごめん、冷静になるね。
私は言って深呼吸をし、続きを促す。
ちゃんは、三日前ね、担任と、学年主任を殴ったんだ。
私は、え?と聞き返した。
弟の時とは違う驚き。
彼女にはそれなりに誰かを殴る要素があったのだから。もし、彼女が他人の言動に囚われる性格だったならば。
でも、彼女はそういう面倒くさい性格はしていない。
意外と、唐突に、私は目を丸くした。
どうして、殴ったの?
さらに聞く。
友達は、前置きに、自分を責めないでね、と言った。そして続ける。
担任がね、京ちゃんが休んだ時に、ひどい悪口というか……私たちに忠告として、京ちゃんのことを言ったの。こんな時期に、休むんじゃないって。
私は、少し胸が痛んだが、それよりも今は親友のことだ。
それで、そのことに ちゃんが勘に障って、朝の会で、教室で生徒の前で、思いっきり担任を殴ったの。すごい、怖い顔だった……
友達は合わせた両手をぎゅっと握る。
私はその時、一体どんな顔をしていたのだろう。
弟をなくして、母親は無関心で、今まで真面目に生きて他人に迷惑かけずに生きてきた私は、
一体どんな絶望の色を、その顔に塗りつけていただろうか。
まず最初に思いついたことは、謝罪だった。
どんな言葉を尽くして謝罪をすればいいのか、どんな言葉を尽くせば謝罪になるのかは分からなかったが、少なくとも私は彼女の今後の人生を台無しにしてしまったのだ。
だから、謝らなくては。
震える拳を強く握り、大丈夫、と尋ねてきた友達に対して、大丈夫だよ、と無理に笑った。
午前中の休み時間の間に二・三年生は回ったし、一年生は梨緒に任せておいたし、今からの昼休みは体育館の準備をするか……
生徒会のみんなを呼んだから、昼休みの間で終わりそうだな。
頭の中でぐるぐると考えながら、午前最後の授業が終わるのを待った。
生徒会長の留学を知ってから、勉強以上に頭を使っているような気がする。ちゃんと睡眠はとっているが、なかなか体調が思わしくないな。
しかしここで弱音を吐いている余裕もなく、終業のベルが鳴り、俺はすぐに体育館へと向かった。
それから私は、いろんな人に謝り続けた。
先生にも、母親にも、親友にも、そして、もう届かないのに、弟にも。
罪悪感が募っていくんだ。
どんなに謝っても、どんなに救おうとしても、罪にも罰にもなった。
罰を受けるたびに罪がなくなっていくことはない。罰は罪と同じようなものだ。罰を受ければ受けるほど、罪が募っていくばかりだ。
どうしようもない。
私は、少しずつ自分が堕ちて行くのが分かった。
理解して、なんて惰弱な姉だろう、と自嘲した。
晴れて合格した高校では、こんな罪にまみれた人間だと思われないように、気丈に明るくふるまおう。
もうこれ以上、私は辛い思いはしたくはないのだ。
したくはないのだ……
「今日は体育館の掃除、それが終わったら飾りつけと、花が業者から来たら搬入をしよう」
具体的なことは各分担に渡した紙に書いてあるから、分からないことがあったら俺に聞いてください。と付け加えてそれぞれの作業に取り掛かってもらった。
「……」
さて、俺も掃除を手伝うか、と動こうとすると、
「ちょっとストップ」
冬子に止められた。
びし、と手で制された。
「副生徒会長さんは花の搬入を頑張ってもらうことになったのでここで眺めていてください」
「はあ、俺もやらなくちゃ申し訳ないじゃないか」
「質問受け付け役がそこらへん歩きまわってちゃ敵わないと言っているの」
「うぐ……」
「ということで、ここできちんと待っていてください」
ぴしゃりと言われて、俺はステージの下でぽつんと待つことになった。
その様子を梨緒が見ていることに気付き、梨緒もこちらに気付いて手を振ってきた。俺は微笑んで振り返してやる。
「梨緒ちゃん、働き者ね」
「そうだな」
「まあ、あんたのほうが働き者だけどね」
「……」
冬子に真正面から褒められるとは思わなかったから、俺は驚いて何も言えなかった。
変わったなあ。と思いはしたが、言えなかった。そうか、変わらせたのは俺だったか……
「体調悪そうな顔をしていると言いたいの」
「あ、そうか」
褒めているつもりはなかったらしい。
「え、体調悪いのか?」
「いつもと違うことぐらい気付くわ」
「保健室行かなくて大丈夫か?」
「……話がずれているように感じるからもっと細かく言うと、体調悪そうなのは竹都だからね」
多少イライラしたような口調で冬子は言った。
って、え。
俺が体調悪いのか?
まあ、先ほどちょっと悪いかなーとは思ったが、我慢できないほどではない。それより、生徒会長のことのほうが先だ。
「最近はずっと学校中走っていたし……梨緒ちゃんから少し聞いたけれど、気も滅入っているそうじゃないの」
「……」
「生徒会長のことはあたしはよく知らないけれど……それなりのことが、あったんでしょう」
それなりのこと。
重いこと。
罪悪感が、募っていくばかりのこと。
「……」
俺は静かにうつむいて、自分の足元を見つめた。
そこに影はなかった。それもそうだ。だって、照明の位置が、そうなっているから。
「大丈夫、だ」
「……本人が言うならそんなに気は遣わないけれど……倒れられるのが一番迷惑なんだからね」
冬子はそう、ぶすっとした顔でくぎを刺してきた。
「ああ、大丈夫だ」
冬子や梨緒や、生徒会長がいるなら俺は倒れないさ。
そう思って、その思いを込めて、俺は冬子に微笑みかける。
「ありがとう」
と。
「花が来たみたいだよー」
梨緒がててて、と走って俺たちに知らせてきてくれた。
体育館の外では、業者の人が生徒会の一人と何か話をしている。
俺はすぐに分かった、と応えて業者の元へ走った。
「あれ、ふーちゃんどうしたの?」
私は竹お兄ちゃんが走っていく姿を見届けることをせず、ふーちゃんの様子がおかしいことに気付いた。
ふーちゃんが顔を手で覆っている。
まさか、竹お兄ちゃんが泣かせたのだろうかと私一人だけの場の空気が凍ったが、よく見るとどうやら違ったらしい。
「……もう、あの笑顔は反則よ……!」
ふーちゃんは耳まで赤くしてそんな悪態をついていた。
私は苦笑いして、花の搬入を手伝いに走りだした。
遠野「あら、アタシの彼氏のくせして何その無様な痣wwwww」
遠野ちゃんはこう言うに違いない!松川不憫すぎてごめん。