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会長編 10



弟とは、それから並んで歩くことはなくなった。

でも帰ってきたら弟は何もなかったように私を親しげにおねえちゃんって呼んでくれていた。けれど、私の願いは結局最後まで叶わなかったんだ。

つまりは、弟はそれから馬鹿みたいな笑顔をしなくなって、代わりに、あの罪人のような笑みを浮かべるようになった。



休み時間。俺はとにかくこの企画を早く生徒会に回そうと、とりあえずは一番クラスの近く、親密な冬子に言うことにした。

冬子は呼びだされた時、とてもあきれたように肩をすくめていた。

とりあえずは企画の概要を話し、暫く俺は考え込んだ。

冬子を最初に呼んだのには、もう一つ理由があるのだ。

しかし、冬子ならばこれを聞けば絶対に怒る。怒るというか、非常識だと説教になるかも知れない……と思った。

それで、暫く俺は考え込んだ。

どうしよう。

冬子はどうやらイライラしているような雰囲気だった。

ああ、このままもったいぶって言わないとさらに冬子に怒られるだろう、ここはもういっそ腹をくくって話すしかない。

俺はおずおずと冬子に言う。

「まず、最初に俺が何を言っても怒らないでくれ」

まず前提を。

「はあ?なんでそんなに弱気なの?もしかして、生徒会長か、それとも遠野さんにこっぴどく叱られたの?」

いや、今から冬子に叱られるからだ……

心の中でだけ言いつつ、言葉を続ける。

顔に血の気がひいていくのが手に取るように分かるな……

「えっとだな、生徒会長を送る会的なもの……壮行会を開きたいのだが」

「ええ」

「それで、いろいろ準備をしなければいけないのだが」

「ええ。確かにそれを言うのは遅いわね。遅すぎるわ。金曜日にやらなきゃいけないみたいだけどね……仕方ないわ、とにかく走りまわってそれぞれの委員会とかに声をかけるしか……とにかく今やれることをしましょ。ほら、怒らないわよ」

冬子はてきぱきと俺が考えていた計画をさっさと計算してしまったようだ。

いや、でも冬子は間違っている。

俺が恐れている、怒る場所が、間違っている。

「それで、だな」

「まだ何かあるの?」

勘弁してよ、というように肩をすくめる。

俺はついに言葉に表せず、一枚の紙を渡した。

それは、体育館の装飾の配置図だ。そこにはもちろん必要な装飾が、どれくらいなのかも書かれている。

「……」

冬子は黙っていた。

黙って、黙りながら顔をしかめて、やがて口を静かに開いた。

「……花を、しかもこんなにたくさん用意しろ、と」

冬子の声はとても落ち着いていた。

とても怖いほどに落ち着いていて、しかも声が低い。

明らかにこれは怒っている!

「どこからお金が出るのよ!日にち間違ってんじゃないの!?一体誰がどこに頼みにいくのよ!!」

冬子はいっきにまくしたてた。

俺はそれに怯みそうになるが、必死にこらえる。


「なんとかなるから!」


出た言葉がそれだった。

確信はないけれど予定にはなんとかなる算段があるから言ったのだが、いくら語彙が少ないからと言ってこれはないだろう。

適当すぎる。我ながらに適当すぎる。

これではさらに相手を怒らせるだけだ。

冬子はその適当な言葉に、何も言えないでいる。というか、言葉を失っている。

「えっとだな、いろいろあってたぶん大丈夫だから、あの、なんとかなるから、とりあえずはこの通りにしてほしいんだ!」

時間がないから!とほぼやけになってもう一枚のきちんと整理して書かれたタイムテーブル的なものを冬子に押しつけた。

「とにかく、注文だけしといてくれ!」

もう指示までもが適当になっているが、時計を見るともう次の授業が始まってしまう。

俺は急いで冬子に謝って別れを告げ、教室へ向かった。


「……ったく、次期生徒会長も、ある意味突拍子もないわね」

冬子は廊下を走っていく副会長を見つめながら、深いため息をついた。



そうして私は中学三年生になって、つまりは受験生で忙しくなった。心にも余裕がなくなって、それにすごく頭のいい進学校を志願していたから、それなりにぴりぴりはしていた。

弟は中学二年生になって、前よりもずっと孤独になって暮らしていた。

受験勉強の息抜きに台所に来て弟をふいに見ると、弟、また痩せたな。と思った。

ねえ、痩せた?

って、聞くことはなかった。頭には勉強の計画しかなかったんだ。

実際、思い返してみれば弟はもともと痩せている方だったけど、体重は変わっていなかったのだろう。

きっと私の《痩せた》は、存在が、希薄になった、ということだったのかも知れない。

今の私には、もうそれを確かめる術も残ってはいない。



今日はあり得ないくらいに忙しかった。

いや、この一週間はきっと忙しい。

俺はやっと昼休みになったが、お弁当を持ったまま生徒会室へと急いだ。

とりあえず生徒会を生徒会室に集めて、生徒会への指示は冬子に任せて、俺は梨緒と一緒に委員会や部長たちに声をかけなければいけない……!

頭の中でいろいろ考えながら、廊下を走る。

生徒会室につくと、まだ誰もいなかった。

とりあえず一番近い椅子に座って紙を広げ、冬子に伝言を書く。書きながらお弁当を胃に詰め込んだ。

生徒会長はいつも突拍子もない企画を思い浮かべては委員会などに呼びかけをしていたが、実際一番動いていたのは生徒会長だ。

やっぱり、生徒会長もこれくらい忙しかったのだろうか……

人がいつも何を思って、何をしているかは分からないのだ。

「……」

少し沈みそうになる心を、俺は思考をやめることによって止めた。

今はとにかく、急がなければ。

自分に言い聞かせながら、半分しか食べていないお弁当を片づける。

冬子に回収してもらおうと思い、お弁当は生徒会室に置いていくことにした。

もし、

もし啓悟のような能天気で前向きなやつは、親しい人間があんなことを考えながら生きていたと知った時、どんな顔をするだろうか。

今にも折れそうな相手に、どんな言葉をかけられるのだろうか……



公立受験の一週間前。

おばあちゃんが倒れて、病院に緊急入院をすることになったと、電話で知らせがあった。

お母さんたちは私のためにそれを隠そうとしたけれど、家族のことだから、ここはきちんと話さなくちゃいけないよ、と弟が話してくれた。

私は、その時やっぱり、あせっちゃって、え、とか、本当?とかしか出てこなかった。

家族全員でおばあちゃんのもとに行かなくちゃいけないっていう話になっているよ。

弟は、私を混乱させないようにか、いつもよりもゆっくりと話してくれた。

でも、お母さんやお父さんはこの時期仕事が忙しいし、おねえちゃんは……勉強に集中しなきゃだよね。

そこまで聞いて、あれって思ったんだ。

この話の流れは、おかしいんじゃないか?って。

だって、弟の話し方は、ある方向へ確実へ向かっている気がしたんだ。

予想したとおりに、弟はゆっくりと、こう告げた。


ぼくが、ひとりで行くからね。


弟は折れてしまいそうな百合を連想させる笑みをして、静かにその場を立ち去った。

残された私はその時、安心したのか不安を抱えたのか分からなかった。

今の弟を行かせてはいけないと思う自分と、弟と一緒に行かなければいけないと思う自分と、

正直受験だから安心した、と思う自分とがいたからだ。



昼休みは学校中を何回も梨緒と一緒に走り回ることになった。

先生にも連絡をして、委員会の委員長、部活の部長。いろいろな人たちに頭を下げながら企画の出し物を頼んだ。しかしなぜかみんな苦笑しつつすんなりと分かった、と頷いてすぐに作業に取り掛かってくれた。

俺は不思議に思う暇もなく、また次の場所へと走りだしていたのだが。

最後にファッション部に行き、体育館の装飾品を頼んだ。

「うちは手芸部と違うんだけどね」

そんな嫌味っぽいことを言われたが、部長本人は笑いながらそれを受け入れた。

「あの子もなかなか突拍子ないことして、いろんな人たちに怒られながら頼みに回っていたなあ。懐かしい懐かしい」

まるで生徒会長の姉か母親のように、思い出話を語っていた。

「副生徒会長くんはそんなところまで受け継がなくて良いのに、もう」

くすくす笑いながら変わらずお団子の部長は俺の背中を叩いた。

「あ、梨緒ちゃん、この前はありがとうね、モデルさん。かわいかったわ~」

部長はにっこりと梨緒にそうお礼を言った。

梨緒は三年生相手に畏まって、何も言えずにただぺこぺこと頭を下げるだけだった。

「じゃ、突拍子もない生徒会長と副生徒会長くんのために、頑張ろうね、みんな」

部長はファッション部部員全員に声をかけて、さっそく作業にとりかかってくれたようだった。

「もう生徒会長はいなくなっちゃうけれど、また生徒会長がいきなり何かを頼んでくるんじゃないかって、ひそかに委員長や部長の間でうわさになっていたの。まさか、真面目で突っ込み担当の副生徒会長くんがやってくるとは思わなかったけれど」

部長はそう言って、じゃあファッション部はこれから忙しくなるから、さっさと出て行った方が良いよー、と俺たちを被服室から追い出した。

一体中でどんな作業が行われているのか、俺たちには知る由もなかった……



その時の記憶はとても薄くて、けれど私を縛り付けるには十分すぎる時間だった。

弟が、荷物を準備しているとき……

そういえば、持っていくものってそんなにないのかもね、なんて、笑ったう顔をみたとき……

罪悪感がつみあがっていくには、十分すぎる時間だったんだ。

試験まで、あと六日。

お昼頃に弟とお母さんと一緒に空港に行って、弟はあんまり、しゃべらなかった。

私があまりにも集中できなかったからだろう。だって、受験が、って。

大切で大好きな弟が一人で飛行機に乗るのに、一人で外国に行くのに、受験が、って、思っちゃって。

だから弟と話さなかった。

空港について、別れる時に、やっと口を開いたんだ。

でも、それは弟を止めるようなそんな優しい言葉なんかじゃなくて、


「気をつけてね」


なんて、冷たい言葉だったんだ。

弟は、私の言葉を聞いて、笑った。

力なく、笑った。


行ってくるね、おねえちゃん。


囁くような、消え入りそうな声で言って、弟はそれから。

それから……



ついに放課後がやってきた。

俺が生徒会室に入ったとたん、冬子が入口に立っていることに気付く。

冬子の手にはあの無茶ぶりの紙。

そして、冬子の顔はもちろん怒っている。

「花の代金どうすんの。金額聞いたら絶対に委員会の費用じゃ払えない金額だったんですけど」

俺はその言葉が胸にささるのを感じた。

「それに、これは絶対に間に合わないわ」

俺はその言葉が胸に刺さるのを感じた。

「そもそも、この金額をまさか生徒会で借金するつもり!?一体誰がなんとかしてくれるのよ!」


「アタシがなんとかしてやろうじゃないの」


俺の心に三個めの穴ができる前に、さながらヒーローのように颯爽と現れた一人の女性。

遠野さんは、腕を組んだまま俺の後ろにしゃんと立っていた。

「あの、いきなり入ってきたら困ります」

生徒会の一人が彼女の制服を見て、厳かな口調で注意した。

「大丈夫、この人は俺が呼んだから」

俺はすぐにそう、生徒会の一人に言いながら、ここにいる全員を宥めた。

松川はちゃんと約束を果たしてくれたようだ。



試験の五日前。

私は学校に行く支度をしていた。

でも、早朝に珍しくうちに電話がかかってきた。

それは、おばあちゃんのいるところからの電話で。

お母さんは、しばらく受話器を耳にあてて、それから、目を見張っていた。

絶望感のようなものが、うかがえて、私はそれを不思議そうに眺めていた。

お母さんは何かをぽつぽつと説明した後、受話器を置いて、私をゆっくりと見た。

弟ね、

お母さんは、私に言った。

受験を控えた私に、こう言った。


弟……行方不明だ、って……




遠野さんを説得した松川は英雄になったという話は、また別の話になるのだが――


後書きが本編ぶちこわしてすみません。でもタイトル詐欺したくなくて……ここでふざけないと叩かれそうですよね。

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