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会長編 08

「いよいよ酷な男になってきたね」

私は、夕闇に照らされた彼を見る。

さきほど、彼から携帯に連絡が来て、しかし私は今日はもう二度と彼と顔を合わせることは無いだろうと思っていたのに。

だって、早朝にあんな話をしてしまっては、どうも顔を合わせるには気まずすぎると思わない?

その携帯の文面は、「生徒会室で待っているので放課後に来てください」というお誘い。つまりは彼は生徒会室にいるのだから彼に会わないようにするにはさっさと帰ってしまえばいい、ということだったのだ。

だったのだが、彼に遭遇してしまった。

つまりは騙されたのだ。

「悪人だねえ、竹くん」

気にとめた様子もなく、呟く。

目の前にいる副生徒会長を睨む。

これは逆行がまぶしいからで、別に悪意なんてものは無いよ。

彼は本当に、いらいらしちゃうくらいに善人だから。

「会長が逃げようとするからですよ」

竹都くんは、少し苦いような顔をしている。

さすがに良心が痛んでいるのだろう。本当に、優しい人だ。

「ここでは話しにくいので、生徒会室に行きましょうか」

「……捕まっちゃったなら、仕方ないなぁ」

私は心無い笑みで、応える。

本当に、私をどれだけ追い詰めれば気が済むのだろう。

竹くんの背中は、とても大きな壁のように感じた。



お母さんが心配そうにおやすみなさい、と言うと、部屋に穏やかな沈黙が訪れた。

もうずいぶん夜中らしい。

相変わらず私と弟は同じ部屋で寝ている。

弟は隣のベッドで、ずっとこちらを見ていた。

どうしたの。

と聞くと、

おねえちゃん、あの中、暗かった?

どこか、確証があるような問いかけだった。

私は弟のその今まで聞いたこともない声に、少し怖くなった。

暗かったよ。すごくこわかったの。

そうして私は、天井を見ながらゆっくりと話しだした。弟に話しても、何も伝わらないだろう。きっと、こんなにも天才な弟にでも。

でも、知っていてほしかったんだろう。私がそこで感じたことを。

嘘みたいな暗闇の中、私がどれほどおびえて、どれだけ自分の存在を証明してほしかったかを。

真っ暗闇って、とっても怖いんだね。自分が何をしているのか分からないんだ。……自分が、呼吸しているのも分からなくなるの。

ぽつぽつと、私は小難しい言葉を使っていた。

不思議だ。

それはまるで、弟が使う言葉によく似ていた。

弟は、何も言わずにじっとこちらを見ていた。

何か言ってよ。

だって、こんな、なんの音も聞こえない夜は、怖いよ。

おねえちゃん、まだ驚いているみたい。へんなこといってごめんね。明日になれば、なおっているから。

私は慌てて言い繕った。

そうして、無理して笑う。

弟の、その瞳が怖くて。

何かを見止めたその瞳が、私の胸を騒ぎ立てる。

まっくらやみは、ときどきやさしく人々を包み込むんだ。

弟は、ゆっくりと、語りだした。

それはまるで、おとぎ話のように綺麗だったことを、私は憶えている。

おくすることはないよ。まっくらやみはね、みんなについてくる影のようなものだから。

影はどうしてできるか知っている?それはね、太陽があるからだよ。つまり、ひかりさ。

世界にはひかりがある。ひかりがあるからやみがある。

じぶんをおおいかくし、世界からどこかへとひきずりこもうとする影は、ひかりがなくちゃいきられない。

ひかりはね、きっと、じぶんを世界とつなぎとめる誰かなんだとおもうよ。

……

幼い私は黙った。

天才の弟が、こんなにも綺麗な物語を紡ぎだすなんて。

浅はかな私は思った。

私は目を丸くして、弟を見つめていた。

そうして、言ったんだ。

間違った、言葉を。

すごいね、やっぱり弟は天才だ。お話つくるのじょうずなのね。

きっと私はそれを、その物語を、私が安心して眠れるようにと作った、お母さんが寝る前に聞かせてくれる絵本のような役割をしているのだろうと、思ったんだ。

弟はそれを聞くと、優しく、本当に優しく、わらったんだ。

えへへ、ほめられちゃった。

そうおどけて、布団をひきかぶった。

私は弟の新しい天才さを垣間見て、どきどきした。

どきどきしながら、その優しさを抱きながら、私はゆりかごのようなまっくらやみに沈んでいった。



生徒会室に着くと、放課後の雑踏が消え去り、ただ静寂が訪れる。

「支度がいろいろあるんだけどなー」

会長はぶつぶつ言いながら、窓際に座った。足をぶらぶらさせながら、それでも俺の言葉を待ってくれているようだ。

「どうして、ほうっておいてなんて言うんですか?」

「……」

突然の本題に、会長は先ほどの雰囲気を一変させて口を閉じた。

いきなりすぎただろうか。

しかし、早く本題を出さなければ逃げられそうな気がしたのだ。

「よく分からないですよ。会長が留学を隠す理由――」


「君みたいな馬鹿がいるからだよ」




それから弟は、少しずつ、消えていくように痩せていった。




「……」

会長は、吐き捨てた。

窓から差し込む夕陽を背に、曇った瞳で俺を睨みつける。

「何も見えないの?私は本当に迷惑してるんだよ。君のその、先入観とか、レッテルっていうのに」

「レッテル?」

「君はさあ、他人(ひと)の事簡単に見すぎだよ?安くて薄っぺらいキャラじゃないんだよ、みんな」

……俺は今まで、会長の何を見てきていたのだろう。

こんなにも怒りに満ち溢れている会長は見たことが無い。

本当は、最初から、出会った最初から、会長はそいういう気持ちを隠していたんじゃないか?

「……薄い、キャラ」

「そう。君がそんなにしつこいのは、私が単純な馬鹿で、きっと留学を隠す理由もしょうもないことだと思ってるんでしょ?弟を探すなんて、馬鹿げてるって思ってるんでしょ?」

「そんなことは!」

俺は否定した。

弟を探す会長を、否定するなんてしない。

「そう思うんだったら、関わらないでって言ってるんだよ。どうして分かってくれないの!」

会長はついに、声を上げた。

「じゃあ、なんだって言うんですか」

「……話したくない。君みたいな人間に」

俺はまっすぐに会長を見た。

会長も、俺と同じだと思ったんだ。

「ずるいですよ。言いたい放題で、しかも、会長だってレッテル張ってるじゃないですか。俺のことを……」

いや、これ以上言わなくても分かるだろう。

俺は途中で言葉を切る。

「やれるだけのことをやらないまま、逃げるんですか?」

会長ははっとしたように肩を震わせ、俯いた。


  ――ただ逃げるだけはできないな。そんなのずるい。ぼくは、せめて少しでも皆と何かで繋がっていたんだ――


ふいに誰かの声が聞こえた気がした。

気がしただけだ。

「……」

「……」

再び、沈黙が訪れる。

「……弟のこと、聞いてもいいですか?」

「……」

俺は優しく、聞いた。

生徒会室の扉に背中を預けて、そっと。

「弟は、失踪したよ」

「どんな弟でしたか?」

「すごく頭の良い子だったよ。周りからさ、怖がられるほどにね。少しずつ大きくなるにつれて周りからはどんどん人は離れていくし。でもさ、天才でいくら喋ることが頭良いって言ってもさ、実際耳を傾けてみると、すごく優しい話ばっかしてくれるんだよ?馬鹿みたいな笑顔でね。天才だとかそんなの、全然、ただのつまらない評価なんだよ」

「……」

「でもさ、それさえも私のつまらない評価だったんだよ」

俺は、その言葉に首を傾げた。

「確かに、確かに私だってレッテルを貼っていたんだ。弟は、天才だったんだ。どうしようもなく天才で、……ずっと、生まれたときから暗闇に取り残されて生きていた」

「暗闇……」

「私に無邪気な笑みをむけていたって言っても、それはただ、自分が独りだって思わないように、私と繋がっていられるように、必死に見放さないでって言っていたんだよ……」

滑り出す言葉は、暗闇に染まるだけの孤独なもの。

悲痛な姿に、俺は顔をゆがめる。

「私は、弟が向こうに行くまで、気付かなかった。気付いてやれなかった。私は、自分が不甲斐なくて、不甲斐なくて……」

何かに、見えない何かに懺悔をするように、声を震わす会長に、俺はただ言葉を失っていた。

繋がりを自ら絶とうとしている会長に、俺は何もいえないでいた。

「弟がいなくなった後は、色んな人に迷惑をかけたよ。遠野なんか、人生が狂ってしまったんだよ……」

そこで遠野さんの名前が出てきたことで、俺は顔を上げた。

泣きそうに肩を震わせている会長を、見たんだ。

だって、おかしい。

こんなにも罪にまみれた会長は、遠野さんに申し訳ないと、言っている。

なのに、ほら、遠野さんは、今でも会長を守ろうとしているじゃないか。


その、罪悪感から。


そうして俺は、目の前の暗闇にまみれた彼女を助け出す光を見つけ出す。

話が重いままあけましておめでとうございます。


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