会長編 07
目を覚ますと、そこは、本当に真っ暗で、私が目をあけているのか分からなかった。
穴の中は真っ暗で、暗くて、じめじめして、木のにおいがひどく鼻につく場所。
視界はあてにならないから、どうしようもなく動くことはしなかった。ううん、暗すぎて、自分が本当に動いているのかが分からなかった。錯覚なのか本当なのか、足がびりびりと痛い。落ちるときにどこかにぶつけたのだろうか。
上を見上げても、何もない。私が落ちてきたあの穴の入口が見当たらない。ここが、どれほどの深さの場所なのかも分からない。
何もかもが、分からない場所だった。
ねえ、
呟いてみたけど、響きもしない。
この野太い木に、私の声が吸い込まれたみたい。
このまま私も、私自身もこの木に吸い込まれてしまうんじゃないか。ふいにそんなことを考えてしまって、背筋が凍るほどの恐怖に襲われた。
何も見えない。何も聞こえない。
私、ここにいるの?
ここは、お母さんやおばあちゃんや、弟がいる世界なの?
穴に入ったことで、違う世界に来たとかじゃないよね?もしかして、私、しんじゃったとかじゃないよね?
そうだよね?
誰かに尋ねたけど、誰も答えは返してくれなかった。
私の声は震えていた。
震えて、頬に何かが伝うのを感じた。
でもそれさえも、本当なのかが分からない。
弟はどこにいるだろう。
私を見つけ出してくれるだろうか。
私は、足元が見えなくて、地に足が付いていないような気がして、胴長になったような気がして、怖くて、ただひたすらに自分を抱きしめた。
ねえ、どこにいるの?
私は、どこにいるの?
遠野さんは言って、お弁当をそもそも持ってきていなかったのか、さっさと非常階段から退場してしまった。
「何も分からないまま宣戦布告されたわ……」
静まる屋上で、冬子はぽつりと呟いた。
「オレは絶対墓場送りだ……!」
松川は顔を真っ青にして言い、身震いした。
俺は、ただ黙っていた。
確かに俺たちは……俺は、会長を苦しめているのかもしれない。でも、このままじゃ……
このままでは、このまま送りだしてしまったら、会長は、どこかに消えてしまうんじゃないかと、不安なんだ。
あの日、まだ何も知らなかったあの日、生徒会室で何かを背負った会長の背中が、脳裏に浮かぶ。
助けたいんだ。
俺は、会長を救いたい。
そのために俺が今しなければいけないこと。
俺は、遠野さんの忠告を無視して、立ち上がる。
「竹お兄ちゃん……?」
梨緒が、不安げなまなざしで見上げてきた。
「会長に事情を聞いてくる」
ひたすらな決心を込めて、俺は告げた。
「……またお人好し発動かよ。こりねえな」
吐き捨てるように言ったのは、松川だった。
「は?」
つい、その挑発的な発言にきつい言葉を吐く。
座ったまま、松川は俺を睨みつけた。
「そのお人好しのせいで、会長が苦しんでんじゃねえの? お前のお人好しが厄介だから、迷惑だから、放っておいて、って言ったんじゃねえの?」
低く、うなるような声。
「関わるべきじゃねえよ」
そう、言った。
松川は、そう、会長とのつながりを、断つようなことを、言った。
「本気で言ってるのか?」
「ちょっと、やめてよ」
冬子が俺たちの間に入って、止めに来る。
「こっちが聞きたいね、お前は救えるものと救えないものがあることを思い知るべきだ」
「松川!」
ぴしゃりと、冬子は怒鳴った。
しかし松川は悪びれた様子もなく、俺から目を離さなかった。
俺も、冷静になるように心がけながら、松川の目を離さない。
「救えないんじゃなくて、救わないだけだろう。松川は何も分かっていない」
「は?お前馬鹿か」
「とにかく俺の意思は変わらない」
俺は言って、さっさと屋上から出ていくことにした。
向かうは、生徒会室だ。
「ねえ、ちょっと」
後ろから冬子が呼び止めてきたが、無視して屋上の扉を開いた。
私はふいに、目を開けた。
目を開けた動作をした。
そこは変わらず、真っ暗闇のままだった。
だけど、違う。
聞こえたんだ。
私以外が発する音。
星が、またたくような、音。
星がころころと、笑うような音。
私はふいに上を見上げた。
そうしたら、見つけたんだ。
星を。
すぐそこにある星を。
おねえちゃん。
どれくらいの間出会っていなかっただろう。
どれくらいの間、つながりが途切れてしまったのだろう。
そこには、いつものように私を安心させてくれる微笑みがあった。
見ぃつけた、おねえちゃん。
私がどれだけ安堵し、どれだけ不安でいたのか全く気にしていないようなその微笑みは、私にまとわりついた暗闇を綺麗さっぱり浄化させるようだった。
光はすぐそこにあったんだ。
私は、そっと手を伸ばした。
小さな弟の掌が触れて、ひんやりとしたその優しさが、胸に沁み渡るのを感じた。
「……松川」
あたしは、責めるような口調で松川を睨んだ。
でも、こいつには全然反省の色は見られない。
ったく……
何も知らないのにどうしてこんな険悪なムードに叩きこまれているのか……こっちが怒りたいのに。
思いながらため息をついて、梨緒ちゃんの隣に座る。
「大丈夫、梨緒ちゃん?」
小声で梨緒ちゃんに聞いた。だって、この子ちょっと震えてる。本当に、優しい子なんだから。
梨緒ちゃんは無理して笑って、
「大丈夫、ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
あんな竹お兄ちゃん、はじめて見た、と、付け足した。
「マジむかつく。帰るわ」
松川は勝手に言って、非常階段へと向かう。
帰るって、家に帰るってこと!?
「ちょっと、松川、頭冷やしなさい!」
そう松川を止めたが、
「あんな奴と同じ教室にいたくねえし」
小学生みたいな言い訳を……
半ばあきれ、ため息をついた。
「喧嘩しないでよ、こんな時に」
「何も知らねえくせに」
「呼んだのあんたでしょ!」
何その責任転嫁!って危ない危ない、あたしも怒るところだった……
とりあえず冷静になろうと、肩の力を抜く。
「とにかく、あと二時間なんだからせめて授業に出なさいよ」
「……うっぜ」
松川はさりげなく言って、さっさと非常階段をおりていってしまった。
「あんたの心配をしてあげてるんでしょうが……!」
あたしはかちんと来て、震えながら呟いた。
「……松川先輩は、まだ知らないんだ」
煮えくりかえっているあたしを気にしないで、梨緒ちゃんはぽつりと呟いた。
「まだ知らないって……なに?」
今まで見たこともない梨緒ちゃんのその姿に、あたしは少し恐怖を感じた。
だって、今まで梨緒ちゃんはとても幼い雰囲気を帯びていたのに……今はとても、とても、物静かな感じだ。
「竹お兄ちゃん、とても優しくて、いろんなことに気を配ってくれるけれど……先入観が強いんだよ」
あたしは、その言葉に息を呑んだ。
だって、いつもふわふわしていて、こんなことを言う子ではないのに……
あたしはすぐに、今までの先入観を捨てた。
あたしが思っている以上に、竹都が思っている以上に、みんな大人なのね。あたしはそれを知らなかった。竹都はそれに気付かない……
「先入観が強いから、時々本当のことが見えなくなっちゃうんだ……」
「梨緒ちゃん……」
先入観……
あたしは、梨緒ちゃんのその姿に、何もいえない。
「私が何を言っても、駄目みたいだよね」
梨緒ちゃんは、そう力なく笑った。
とても辛い光景だ。
ああ、きっと梨緒ちゃんは、少なからずあの時のあたしと同じ心境なんだろうな。
失恋をした後の、あの無邪気な竹都の笑顔。
「さ、お弁当食べよう」
たった二人きりのこの屋上で、梨緒ちゃんは静かにお弁当を広げた。
あたしは、胸が痛むのを感じながら、そして竹都への怒りを抑えながら、お弁当を広げる。
こんな健気な子に、何気を使わせてるのよ……
嘆息しながら、ふいに吹いた冷たい風に目を細めた。
おばあちゃんの家につくと、お母さんは泣きながら私に抱きついてきた。
心配したのよ、怪我はしていない、震えているわ、可哀そうに。
でも私はなんともなかった。ところどころ腕や足は擦っていたけど、弟の隣にいるのなら大丈夫。
弟は、私を見つけてくれたんだ。
私はよく分からないけどただひたすらに誇らしくて、お母さんが抱きついている間もずっとずっと、弟の手を離さなかった。
結局今年中に完結せず来年に持ち越し……会長編なんか長くないっすか?もう会長留学させていいですか?え?だめですか?
……来年(明日)からまた頑張ります。
あと主人公がひどい性格になってきましたすいません。俺は鬼畜じゃありません。になってるよ!