会長編 06
「明らかに、変だったよね、会長さん……」
梨緒は、不安げな口調のまま、言った。
「忙しくて、気が立っているだけかも知れない……」
「……」
梨緒は、その言葉を聞いて黙ってしまった。
信じたくないの一点張りな訳ではない。俺はそこまで子供ではないし、全てを見ようとしない馬鹿でもない。
でも、どうしてだろうか……
あまりにも、先ほど言った自分の言動が、胸に引っ掛かる。
「……」
馬鹿なことを、言った気がした。
子供じみたことを、言った気がした。
「竹お兄ちゃん……」
浮かない顔のままの梨緒が、近寄ってきた。
「……大丈夫か?」
俺はそんな梨緒に気遣って、頭に手を置いて撫でる。
梨緒はふいに頭の上にある俺の手をとって、泣きそうな顔をした。
「竹お兄ちゃん……大丈夫?」
俺ははっとした。
梨緒に、心配をさせてしまったようだ。
俺は、すぐに今まで考えていた後ろ向きな考えを振り払った。
苦笑して、
「あぁ、大丈夫」
と、力強く頷いた。
「……やっぱり、会長には、なにもしない方が良いのかな……」
梨緒は、ぽつりと呟く。
「いや」
俺は即座に首を振り、梨緒から手を離した。
壮行会は必ずやる。
やってやる。
会長がひた隠しにして来たものを見てしまったからこそ、背中を押そう。
会長が罪悪感を感じるなら、それを俺たちが振り払おう。
胸を張って留学をしてほしい……
いや、胸を張って、弟を見つけてきてほしい。会長に許可をとろう。
もっと会長と話して……今は何も言えなかったけど、次に会うときには、必ず……
決意をした俺は、教室にいこう、と梨緒に微笑んだ。
梨緒はまだ、不安げな顔で頷いた。
おばあちゃんの家に来るのはまだ数回くらいしか行っていない。何せ遠いから。
でも私と弟にとっては本当に自分の家同然で、ついたらすぐに遊びに出かけた。
おばあちゃんは弟も私も本当にかわいがってくれて、弟の天才ぶりにも、普通に反応してくれた。
もともと、すごくさばさばした人だったんだ。
むしろ弟の天才さは歓迎してくれていた。おばあちゃんの周りに民家は一つもなくて、ただ草原におばあちゃんの家がぽつりと建っているだけだった。おじいちゃんが死んでから、ずっとおばあちゃんはここで独りだった。そういう点では、もしかしたら弟と一緒だったのかも。でもそれは、当時の私には到底知ることのできないことだった。
独りでも優しい、ちゃんとそこに佇むおばあちゃん。
そんな人だったからこそ、私たちもとても安心してそこにいられたんだ。
お母さんは、家についたらすぐに寝てしまったようだ。
私たちは手をつないで緑の草原を走った。
日本じゃ考えられない風景がすぐここにあって、弟もすごくはしゃいでいた。
足も良くなって、でもまだ頬には少しは小さくなったけれどガーゼが貼られていた。
けれど、元気にはしゃぐ姿は近所の子供にも負けない。
私もうれしくなって、びゃあびゃあ声をあげながら走ったっけ。
少し走って、草原の坂を駆け上がると、森がある。
きらきらひかる緑の太陽が、地面に反射していた。
私たちはまだ手をつないだまま、おばあちゃんたちのいる部屋を見下ろした。
いっきに駆け上がってきたせいか、それともこのきらきらした風景がそうさせるのか、どきどきした気持ちを抱えて、弟と顔を合わせて笑った。
ねえおねえちゃん、ここでかくれんぼしようよ!
かくれんぼ?二人だけで?
二人だけで!
弟はぴょんぴょんはねながら答えた。
私は弟の言う二人だけ、という言葉がすごく素敵な言葉のように思えて、いいよ、と応えた。
教室について、鞄を机の横にかけると、松川が随分ご機嫌でやってきた。
「なぁなぁ、副生徒会長様の力で今日は屋上でメシ食おうぜ」
周りを気にしながら、にやにやした顔で小さく言ってきた。
俺はさきほどの生徒会室の事を知らない松川に羨ましい気持ちを抱きつつ、能天気さに呆れながら、
「だめだ」
ときっぱり断った。
「えー」
松川は子供のような声を上げた。
……相変わらずうざい。
「屋上は危ないからだめだ。いきなりなんだよ、いつも通り教室で食べれば良いだろ」
「っく……頭の堅い生徒会長め……梅田ちゃんの時は良かったのに」
なんかぼそっと言ってきたぞこいつ……!
生徒会長並みに情報を持ち合わせているが、なんだ、松川と生徒会長は密かに仲が良いのか……?
「あーぁ、梅田ちゃんなら許すんだよなー!」
「分かった、分かったから!」
さっきより心なしか声がでかくなってるぞ!
「よっしゃー、じゃあ、折角だからみんな呼んじゃおうぜー!」
松川は裏返したように爽やかな笑みで俺の首に手を回してきた。
ったく、質の悪い……
隠れる役は私になって、探す役は弟。
私たちの小さなかくれんぼは、草原を渡る風にせかされて始まった。
私は、はじめて入る森で、隠れる場所を必死に探した。
足場が悪くて何度も転びそうになった。弟は、大丈夫かな。別の場所でやった方がよかったんじゃないかと、ふいに思ったけど、どきどきした鼓動がその考えを吹き飛ばした。
立ち止り、周りを見回す。
もうそろそろ弟が動き出すころだ。
早く隠れなくちゃ!
そう思って、小さな首を必死に動かして森の中を見る。
すると、変にとても大きな木を見つけた。
幹が太くて、でも背が低い木。
私はその木に近づいて、あることに気付いた。
その木の根元は大きな穴があって、その中をのぞけばとても暗くて黒くて。
ここならきっと弟は気付かないだろう。
私は思って、そっと木の穴の中に足を入れた。
思ったよりも深くて、ひんやりした湿気が肌にまとわりついた。
ちょっとした恐怖も、好奇心をさらにかきたてた。
そうして私は、
あせりすぎて、手を滑らせてしまったんだ。
あっと思った時には遅かった。
何かをつかまなきゃと思ったけど、脳は思ったけど、体はついてこなかった。
何もできず、私はそのまま、落ちて行った。
暗い暗い、真っ暗闇にひきずりこまれたんだ。
「寒い」
昼休み。昼食。
屋上で食べることになった俺と松川は、ひっそりと屋上に足を踏み入れた。
「え、ていうか多くね?」
屋上には既に松川が言っていた『みんな』がいた。
右から梨緒と、梅田、そして遠野さん。
……あれ、遠野さん?
「え、遠野さん何してるんですか!」
俺は三人のもとへずかずかと近寄り、若干怒って聞いた。
「学校はどうしたんですか!」
「そんなもの、どうでも良いわ」
遠野さんはきりっとした顔で断言した。
「えぇええ」
遠野さんの雄々しい姿に一瞬どきりとしつつ、いや駄目だろうという突っ込み精神が勝る。
「アタシの親友のためなら、そんなものどうでもいいわ」
遠野さんは、重苦しい言葉を吐くように、俺を睨みながら言った。
俺は、あぁ、生徒会長のことか、と察し、静かにその場に座った。
松川も、俺のとなりに座る。
梨緒はきゅうに雰囲気が反転し、口を強くつぐんだ。
「会長の留学のはなし。オレも詳しいこと知らないから、話してくれるんでしょ?」
松川が、鋭い眼差しで遠野さんを見る。
しかし遠野さんはさらに強い、鷹のような目で松川を見、「そのぐらい自分で考えなさい。もしくは本人に聞け」
と、氷のように突き放した。
松川は理不尽だ、というような顔でしょんぼりした。
「アタシは、忠告するだけよ。アンタたちが、余計なことをしないように」
きっ、と、また俺を睨む。
目の敵にしているようだ。
でも俺も、確かにこれは予想していた。遠野さんを敵に回すであろう事は、分かっていた。
つもりだが、流石に、これは怖いな……
「これ以上あの子を苦しませないで。あの子がもし、アンタらのせいで泣くことになったら、アタシはアンタらを
病院送りにしてやるから。
たとえ――梨緒ちゃんでも」
出番の無い啓悟「遠野さんマジかっこいいっす。でも梨緒の代わりに竹都を墓場送りしてください!」