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会長編 04


弟はよく高いものに見とれることが多くて、あほみたいに口をぽかんと開けて、上を見上げていた。

たまたまそういうのを見つけたとき、決まって私は弟の口に指を突っ込んでやった。すると弟は私の指を食んだまま、にっこり笑った。

あ、おねえちゃん。

天才の弟でも、そんな笑顔は馬鹿みたいに緩んでいた。

まだ、弟の歯が、乳歯しかなかった時だ。



翌朝、俺はいつもより早い時間に起きた。

たぶん、いろいろと考え事をしていたせいだろう。どうも、会長のことが気になって眠りが浅かったようだ。

俺はとりあえずすぐに制服に着替えて、ベッドの下に紙が散らばっていることに気付いた。俺は頭の上に疑問符を浮かべながら、ベッドの下に散らばった紙を拾い上げた。

よく見てみると、昨日梨緒と考えたあの案の紙だった。

そうか、昨日持ったまま寝たのか。

我ながらだらしない。今後気をつけよう。

そう頭に刻みつけて、書類を鞄の中にしまう。

とりあえずは、今日は委員会にまわらなければいけないな。梨緒には相談せずに、会の内容は決めてしまったが良いだろうか。

考えながら、歯を磨きに一階に下りる。

すると、制服のポケットに入れておいた携帯が鳴りだした。

まだ朝早く、両親も寝ているので慌てて携帯を取り出した。

メールのようだ。

開いてみると、メールは生徒会長からだった。

俺はなんだろうかと怪訝な顔をして、メールを見てみる。

そこにはそっけない文面で、

話があるから朝、昇降口で待ってる

と書いてあった。

話……

俺はどこかで覚悟していたような気持ちで、それを見ていた。

会長の言う、話。

それはきっと、留学のことだろう。

俺は唇をき、と閉じたまま、分かりましたと返信をしてから携帯をしまった。

いつも余裕で学校に行っているから、たぶんいつも通りの時間で良いだろうな。梨緒は誘われたのだろうか、もし誘われていなかったら、いつも昇降口まで一緒に行くから、そこで会長が待つわけないか……

いろいろ思案しながら、歯を磨き、朝食にパンだけをほおばる。

部屋に戻り鞄からまた先ほどの書類を取り出した。

とりあえず、朝は会長と話をして、それから昼休みにはちゃんとした書類を作成しなければいけないな……

今日やることを考え、時計を見る。

いつもよりゆっくりと身支度をしていたせいか、すでに家を出る時間になっていた。

さて、夏池兄妹を起こしに行くか。

これはいつもと変わりない日課であることに安心しながら、俺は鞄をもって家を出た。



私が小学校に入学しても、まだ保育園児の弟との登下校は変わりなかった。

むしろ下校は、弟の方が遅かった。

だから保育士さんに頼んで、一緒に弟と遊んで、それで一緒に帰っていた。

私は弟を見て、ある日むっとした時がある。

それは本当に、下らないことだった。

わたしより、あんたのほうが、せがたかいの、やだ!

小学校一年生の私は、そうお母さんに怒鳴った。

それは姉としての威厳が欲しかったからだったと思う。大人びて、頭の良い弟に見下されるのが嫌だったんだ。

小学生になって、ぴかぴか光るランドセルも背負っているのに、弟の方がずっと大人で。

私は家でぐずぐずと泣いた。今まで何も気にもしなかったのに。思い出したように泣いた。

その日一日は、弟と話さなかった。

いや、話したんだ。

話したと言うよりは、弟が一方的に話しかけてくれてたんだけど。

その夜、私は絵本を読んでいた。

弟はいきなり何も言わず私の背中に体重を預け、本を開いた。

でもその本は、そのときの私が見てもさっぱり分からない、字がぎゅうぎゅうに詰まった小説だった。

ひとのせいちょうにはね、

弟がふいに語りだした。

小難しい言葉を使って。

わざわざ、私に。

ひとの成長にはね、こじんさ、っていうのがあるんだって。おねえちゃんは今からのびるよ。ぼくよりもずっとずっとたかくね。

今の私なら分かるよ。本当だ、小学校の時は、私はすくすくと伸びて、男の弟を暫くは見下ろしていた。でも、弟はその時から分かってたんじゃないかな。女の子は小学校卒業、中学校あたりで成長が止まって、男の子にはその時に越されちゃうって。

余計なことは言わない弟の口。

余計なことは言ってくれない弟だったから、私のために、それだけを教えてくれたんだ。



インターフォンを押すと、意外な人物が現れた。

「おはよう、竹お兄ちゃん!」

エプロン姿で、髪を一つにくくった梨緒だった。

その姿にもじゅうぶん驚いたが、そもそもちゃんと起きていることに驚いた。

「珍しいな、梨緒がこんな早起きなんて」

家に上がり、靴を脱ぎながら俺は正直に述べた。

「会長さんからメールがきてね。それで起きたんだ」

会長から、メール。

俺はそれを聞いて、口をつぐんだ。

やっぱり、梨緒も呼ばれていたようだ。

俺も、来た。と言うと、キッチンで料理をしながら梨緒は不安げに眉を寄せて、黙っていた。

朝からの重苦しいような雰囲気に、俺は耐えられなくて会話を変えることにした。

「……そういえば夏池母は?」

「んー、なんだか体調が悪いみたい」

「あ、それで朝食作ってるのか」

「お弁当もね」

「じゃ、今日は啓悟も、梨緒の作った弁当か」

「あんまりたいした出来じゃないんだけどね……」

言いながら梨緒はお弁当に作ったおかずを詰めていく。

「高校生で弁当作れるのはすごいだろ」

「えへへ、そうかな」

梨緒は少し照れたように微笑んだ。

その笑みにつられて俺も笑い、梨緒の頭に手を乗せる。最近頭を撫でるのは無意識になってきたようだ。

「じゃ、俺は啓悟を起こしてくるから、ゆっくり支度してくれ」

「うん、いつもありがとね」

俺は良いよ、と答えて二階に上がった。



ついに弟も小学校に入学して、私たちはまた二人仲良く一緒に登下校することになった。

弟は黒いランドセル。私は赤いランドセル。

小学生になっても、変わらず手を繋いで歩いていた。

弟はいつもうきうきしながらランドセルを揺らして歩いていた。

まだ桜が舞っているとき、私は温かい風に髪をそよがせながらこう聞いた。

あんた、そんなに学校が楽しいの?

学校を一年通っていた私にはわかる。もう一年だけで勉強はうんざりってこと。

弟は普通に、にこにこ笑ってこう答えたっけ。

うん!楽しいよ!

さらに私はこう聞いた。

でもさ、あんたには、一年生の勉強なんて、つまんないんじゃない?

弟はきょとんとして、

どうして?先生のお話、おもしろいよ。

どうおもしろいの、あんなの。

みんなしってるひらがなを教えるんだよ。今日教えたのは、か行です。今日のしゅくだいは、か行ですってさ!

私は弟の、真剣に言った言葉にふくれた。

だって私、ひらがなもカタカナも満足に書けなかったから。まあ、それは一年生のときの話だったし。

私はふふん、と鼻を高くしてこう言った。

じゃああんた、漢字は知ってる?

その時の私は調子に乗ってたんだ。

だって、小説をすらすら読んじゃうこの子に、漢字なんて、むしろ諺だって四字熟語だって、敵いっこないのに。

弟は苦笑いをして、小さくこう言った。

よめるにはよめるけど、かけ、って言われたら、おねえちゃんよりかけないよ。

それが本当か嘘かは、今の私でも分からない。でもきっと弟は書けたと思う。すごく頭の良い子だったもの。

悲しいくらい、頭の良かった子だったもの。



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