会長編 01
「でえ、最近は寒くなってきて風邪も流行っているということで、手洗いうがいの呼びかけをしてほしいと思いまー」
「す、くらい付けてください」
「そー」
「会長……!」
夏休みも終わり、あっという間の十月。
異常気象のおかげでいきなり寒くなった今日この頃。今は丁度制服移行期間なのでみんな夏服冬服ばらばらだ。しかし今日はあいにく寒い日なので、夏服の人たちは寒そうだ。ちなみに俺はもう冬服にし、セーターを着て暖かい。
そして、相変わらず生徒会はこの会長のせいで緊張感はまるでなかった。
いや、会長以外の人たちは気を引き締めていてくれるが、会長は相変わらずだ。
まあ、このお調子者のおかげで今の生徒会が成り立っているのかもしれないけど。
「朝のショートホームルームは忙しいから、帰りのショートででも、言っておいてね!」
可愛らしくウインクをして、生徒会長は学級委員たちにそう頼んだ。
みんなは相変わらずの苦笑だ。
「そういえば生徒会長、いつ引退するんですか?」
委員会も終わり、残って生徒会室の掃除をしている時、何気なく聞いてみた。
掃除をしているのは俺と会長と冬子の三人。梨緒は用事があるからと先に帰った。
「え、何それ竹都くんは生徒会長ちゃんにさっさと消えてほしいの!?」
「え、なんで今日はそんなにネガティブなんですか!?」
「生徒会長はもう消えた……これで今日からこの学園は俺のものだー!みたいな」
生徒会長はうおーと言いながら両手をあげる。
「いえ、そんな野望は持っていません」
「向上心がないなあ、それじゃあ次期生徒会長を任せられないよー」
生徒会長は窓を閉めようと窓際に行く。
「え、生徒会長、とりあえずは次期のこと考えていたんですか」
「まあねぇ」
生徒会長はけらけらと笑う。
生徒会長は窓の空を眺めている。
背中を向けていて表情が見えない。
なんだかいつもと違う。
俺はふと、そう感じた。
季節が少しずつ、寒い季節へと変わっていくから?
生徒会長の背中が、とても頼り無さそうに見える。
「竹都くんは生徒会長になったら、この学校をどうする?」
「どうする、って……特に何もしませんよ。伝統を守って、いつもやっている行事を安全にやるだけですよ」
「ふいーん。真面目くさいなあ。流石竹都くん。良い子だよねえ」
生徒会長の背中がゆらゆらと揺れる。
「……会長、なんか」
発言に切れ味ないですね、なんてへんなことを言おうとしたそのとき。
「あの、なんかあたしが空気なんですが」
書類を片付けていた冬子がふいにそう言ってきた。
「あ」
そういえば、冬子も残って掃除をしてくれていたんだ……
「ああーああー、ごめんね! 冬子ちゃんも仲間に入りたいのね、会長ちゃんの胸に飛び込んでおいでませー!」
「け、結構です」
「ズガーン」
いつもだったらはっきりと断るのに、何故か今回はちょっと控え目で、それが距離を置いたみたいになって、会長の精神的ダメージは通常の二倍だろう。
「生徒会長ちゃんのHPに通常の三倍のダメージ!」
三倍だった。
生徒会長はそのまま倒れる。
「会長、今掃除中なので床に埃が……」
「構わない」
構わないんだ……
しかもなんでちょっとカッコよく言っているんだ……
「……外、寒いよねぇ。寒くなったよねぇ。ていうか今年秋なくね?」
手と膝を床につけたまま、生徒会長は頭を垂れて呟く。
「確かに……いきなり寒くなりましたよね」
俺は普通に返す。
「……お正月には雪は降りますかな」
「お正月前にいつも降るでしょう」
「だよねぇ……」
「あの」
何かに耐えられなくなった冬子が、ついに口を挟む。
俺は冬子を見た。
冬子は、気持ち悪いという顔で生徒会長を見ている。つまりはひいている。
「奇妙な会話の仕方をしないで下さい」
「今はただHP回復を待っているのだよ」
会長は言って、のそのそと立ち上がる。
「会長ちゃん復活!復活祭!」
「しませんよ」
「……」
「会長?」
「うふー、なんかもう駄目だなあ、会長ちゃんだめだ。ごめん、先に帰るね」
会長は唐突にそう言って、鞄を持ってさっさと生徒会室を出て行ってしまった。
「……」
「……」
残された俺と冬子は、顔を見合わせて、お互い首を傾げた。
「……どうしたんだろ」
冬子が呟く。
「さあ……」
「会長ってよく分からないよね。一体何考えてんだか」
冬子は肩をすくめて、とんとん、と書類をまとめて、ファイルに閉じる。
「頭良いのに、なんであんな滅茶苦茶な性格なのか……」
「小さいころからああだったのか……」
「会長の家族は普通なのかな……」
そう思ってみると、会長には不思議が多い。
不思議だらけだ。
……他人のことはよく知っている会長。そのくせ、自分のことは一切口にしないよなあ……
「会長もさっさと帰っちゃったし、あたしも帰ろうかな」
ファイルを本棚に置いて、冬子は鞄を持つ。
「竹都はまだ残ってるの?」
「いや、もう帰るよ」
俺も、身の回りの片づけをし、鞄を持つ。
「鍵は俺が返しておくから、冬子は先に帰っていてもいいぞ」
「そ、ありがと。じゃ、お先にー」
冬子はそう言ってとっとと生徒会室を出て行く。
なんて薄情な……
自分で譲っておいて、しかし若干寂しさを隠せない。
しょんぼりしながらも、俺は鍵を持ち生徒会室を出た。
すると、冷たい空気が頬を撫でる。
「……寒いな」
一人呟き、鍵を閉めた。
「あら、竹都くん」
廊下が暗く、使用されている教室から明かりが漏れているだけの学校。
寒くなってきた放課後の廊下は、どこか不気味だ。
職員室前の廊下までたどり着くと、生徒会の先生が丁度職員室に入るところだった。
「あ、先生、生徒会室の鍵を返しに来ました」
「こんな遅くまでご苦労様」
先生はにっこり笑って、鍵を受け取った。
「生徒会長のことだけれど……寂しくなるわね」
「え?」
先生は悲しそうに瞳を細めて、俺に言った。
……生徒会長?
俺は首を傾げた。
「まあ、次期生徒会長として、しっかりね」
先生は俺に話しが通じていない雰囲気をガン無視して、さっさと職員室に入っていってしまった。
……
「生徒会長?」
俺は、ただ一人取り残されたような感覚のまま、職員室の明かりを見ていた。