遠野編 後日談
遠野が松川に口付けをした瞬間、安心感がよぎった直後。
梨緒も安心しただろうかと様子を見ようと隣を見下ろすと、啓悟が梨緒に目隠しをしていた。
「……何してるんだ?」
「危ねえ……梨緒にはまだまだ刺激が強いんだぜ」
どこの保育園児の保護者だよ。
梨緒なら幸せだね、とか言って流すだろうに……
俺は啓悟の過保護加減にため息をつきつつ、松川のほうを見た。
するとなんと、向こうはまさかの出来事が起きていたのだ。
「痛い痛い痛い!」
オレはとにかく命の危機的なものを感じて叫んでいた。
だって、遠野、口を離したかと思ったらいきなり殴った頬を引っ張ってきたのだ!
口の中が切れている上に、有り得ない力で引っ張られているため、頬が引きちぎれそうだ!
「この遠野様をフッた罪は重いのよ!喰らいなさい!」
「もう充分喰らってるから!思いっきり殴られてるからッ!」
「一年で随分言うようになったじゃない、生意気!」
更に力を強める遠野。
鬼だ、こいつ!
遠くで見ている竹都に視線を送るが、竹都は遠い目をして手を振るばかりだった。
あいつー!
親友だと思っていたのに!
しかも天使の梨緒ちゃんは変態兄に目隠しされてるしっ。
「は、な、せ!」
遠野の腕を掴んで離そうとするが、更に頬に力が加わって逆効果だった。
もう頬を犠牲にするしかない、と決意した瞬間、大きな声がそれを制した。
「はいはいは~い!夫婦喧嘩はそこでお仕舞い!」
あのかなりお茶目な生徒会長の声が、中庭に響いた。
遠野はゆっくり立ち上がり、生徒会長の方を見た。
オレも、ずっと座っているのもかっこ悪いから、さっと立ち上がった。
「やあやあ、仲直りは出来た?遠野ちゃんっ」
「あぁ、ここって京の学校だった……」
「あらら、生徒会長ちゃんの名前はまだ知られてないんだから、そんな簡単に言っちゃダメ!」
「はあ、相変わらず訳わかんないこと言うのね」
生徒会長は遠野の傍に駆け寄り、にっこり笑いながら制す。
生徒会長の名前って京というのか……
オレは未だ謎の多い生徒会長の情報に、ふむふむと頷いた。
遠野の後ろにオレがいることに気付き、生徒会長はちらりとこちらを見た。
「あららら、松茸くんなんて不恰好な!ぷふふ、もしかして暴力遠野ちゃんに殴られちゃった?ご愁傷様ッ!」
「うっぜえ」
つい声に出してしまった。
そして名前も間違えているところがうぜえ。
「今まで酷いことしてきた報いだね!つんつん」
「傷口を触るな!」
生徒会長はオレの左頬を人差し指でつついてくる。しかも爪が長い!
「うひひー」
生徒会長はにやにやと笑う。
「ま、文化祭という気まぐれな雰囲気の中で仲直りできて良かったんじゃないかな!」
生徒会長はオレの背中をばんばんと叩き、満面の笑みで笑った。
なんかちょこちょこ余計なこと言うよなあ、この人……
しかし多少善意のある言葉を、オレは素直に受け取った。
「良い文化祭だったね」
梨緒はそう言って微笑んだ。
「ああ、そうだな」
幸せそうな雰囲気の梨緒につられて、俺も微笑んだ。
文化祭も終わりを告げ、生徒会はそれでも忙しく後始末をした。それまで、啓悟が待っていてくれたのだが……嬉しいのだが。
まあ、必然的にうるさくなるわけで。
「ったく、オレの大切な梨緒に変な教育しようとしやがって」
「まだ根に持ってるのか」
「だってえー」
「何の話?」
「梨緒は気にしなくていいぞー」
「過保護」
俺はそう啓悟に吐き捨てた。
「それで、あの事件の結末ってどうなったんだ?」
俺は少し気になったことを聞いてみた。
「結末?え、さっきのじゃないの?」
「違う違う。一年前の結末だよ。松川が一年生とか二年生に殴られている遠野のところに行って、それで嫌いだって言ったんだろ?そのあと、遠野はどうしたんだ?」
「……」
啓悟はそこで、笑ったまま黙ってしまった。
「……?」
「いや、なんていうか、照れるぜこのやろー!」
俺は意味もなく啓悟に背中を思いっきり叩かれた。
「いやいやいや、叩かれる意味が分からない!」
「だって竹都がオレの勇姿を聞こうとするからー」
「いや、知らねえよ!」
「あの後オレと友達の数人で遠野さん助けたんだよー」
そう啓悟は言って、すたすたと前を歩く。
俺と梨緒は、きょとんとしてその場で立ち止まってしまった。
啓悟は俺たちのほうを振り返って、照れた顔で手招きをする。
「ほらほら、帰ろうぜー」
俺はそんな不思議な光景を見ながら、微笑みながら頷いた。
梨緒はにっこり笑って、啓悟に抱きついた。
「お、お兄ちゃんそんなことされたら嬉しすぎて死んじゃうぜー」
「お兄ちゃんかっこいいー」
「そうか!梨緒はお兄ちゃんと結婚したいか!」
「ううんー」
「ナチュラルに断られた!」
じゃれ合いながら、暗闇の中を歩いていく兄妹。
本当に仲良しで、楽しそうだ。
そうして、俺たちは、それぞれの知らない部分を、関わることで知っていく。
松川と、遠野も、きっと今日のおかげで、お互いの本当の気持ちに気付けたのだろう。
あの二人が、いつまでも幸せでありますように。
俺は、お人好しかな、と自嘲しながら、そっと心の中で思う。
そして、啓悟と梨緒のもとに、歩み寄る。
暗闇を、月がそっと照らしていた。
「あーあ、なんか寂しい限りだよー」
「つーか、アタシはびっくりだわ」
「まあ、生徒会長のことだからこういう急なことも成る程とは思うけどな」
「こらこら、松茸くん、先輩には敬語だぞー」
「うっせ」
生徒会室で、オレ達三人は椅子に座って話をしている。
遠野が生徒会長と少し話をしたいと言って、オレも付き合わされることになったのだ。
夜遅いんだから彼女を家まで送るのが彼氏の運命でしょう、と。
いやいや、遠野を襲うような命知らずはいねえよ。
とかいう突っ込みはもれなくオレが殺されるので言わないでおく。
つーか普通にスルーしていたがオレは松川だ。
「生徒会長ちゃんがいなくなるからって寂しくないー?」
「生徒会長がいなくなるので学校も静かになりますよね」
「静まり返っちゃうじゃん」
「あ、自覚してるんだ」
「うん、松茸くんみたいに自分の悪さを認めないほど愚かな人間ではないのさ」
「生徒会長って本当にオレのこと嫌いですよね」
「えー、だって一年生の時に12日連続で休んだんだもん。学校の雰囲気悪くなるじゃんー」
「一年前のことを引きずってんですか、ていうかなんでオレの欠席状況知ってるの!?」
「あは」
「あは、じゃねえー!」
どこまで恐ろしいんだ、この生徒会長……!
「で、いつ行くの?」
「え、そんな早くないよ。準備がいろいろあるから、夏休み明けかな。体育大会までにはいないかもー」
書類をとんとん、と整えながら生徒会長はなにげない会話のように言う。
しかし、生徒会長が、なあ。
「まあ、そろそろ生徒会長ちゃんもこのキャラ疲れちゃったしー。あとは全部次期生徒会長、竹都くんに任せるよー」
「うわー、竹都かわいそ」
すべての面倒ごとを押し付けるようなものだ……
「ってか、生徒会長ってそんな頭良いんですか?」
「はあ、だってコイツ、こんなあはあはしてるくせにアタシより点数良いのよ!?マジむかつく」
「え、遠野より良いの!?」
こええ、生徒会長こええ。
「えへへー。だって生徒会長ちゃん天才肌だもん」
「自分で言うなっつーの」
遠野がぴしゃりという。
「ていうか、遠野ちゃん、いつまでそのドレス着てるの?」
「はあ、いいじゃん、別に」
「そんな彼氏の前でアピールしなくても」
「うっさい、黙れ」
「うひゃあー、冬子ちゃんより辛辣ぅ」
「ったく。もうその減らず口も聞けなくなるなんて」
「うん!?」
「清々するわ」
遠野はふふん、と鼻を鳴らす。
なんだこの性格悪い集団の集まり……
帰りたい……
「今良いこと言ってくれると思ったあー!」
「高い声でわあわあ喋るんじゃないわよ!?あと、秋人、帰りたいとか思ってないでしょうね」
「帰りません」
「へったれー」
ああ、うぜえええ。
「で、その後オレの家に遠野は良いが生徒会長まで押し入り訪問をしてきて、二日間泊まられてわいわい騒いで(主に生徒会長が騒いで遠野がきれて何故かオレが殴られたりして)……」
「寝不足か」
「過労死する」
松川は、俺の机に頭を突っ伏す。
こんな疲れている松川を見たことが無い……!
生徒会長と遠野さんの組み合わせこええ。
「あー、そういや竹都」
「ん?」
松川はす、と俺の方を上目遣いで見てくる。
なんだ。
数秒、俺と松川は見つめあう。
「なんでもねえ」
「なんだよ」
俺は呆れた。
「松川、ちょっと目が柔らかくなったな」
何気ない発見。
松川はあー、と相槌を打った。
「角がとれたんだよ、二日で」
遠い目で松川は悟ったように呟いた。
啓悟並みにうるさい松川がこんなに疲労している……!
松川は大きなため息をついた。
「あー、竹都と見つめあってたほうが癒される……無害万歳」
……彼女より癒されるって……
遠野さん、こええ……
はい、これにて遠野編は終わりです!
なんか、ぽつぽつ気まぐれに更新しちゃってすみません……!いっきに更新しろよ!っていうね……
えっと、とにかく今回の遠野編は喧嘩のあとはほっぺにちゅーだよねっていう私の変態精神が生み出した話でして…(台無し
まあとにかく丸く収まってくれて良かったです。
あと後日談は本当にコントみたいにぽんぽんって感じで、雰囲気さえ分かれば……!遠い目で仲いいなあって思ってくれればです。
それでは、次回から少しギャグ展開になります。というかあんまり本編関係ないよ!
あ、あと遠野と生徒会長は同い年で(そりゃあな)、中学校の時から睨みあってました。生徒会長は悪くは無いんだけど突拍子もないことする不真面目さんで、遠野は兄のせいで偏見される根は真面目な子でした。大人の目で悪い子になっちゃう子供って、必ずいると思うんだ……!