純情編
空気が。
空気が浮ついているんだ。
どこもかしこもチョコだ、チョコだ。
女子が好きな男子にチョコを渡すという……
バレンタインという名の都市伝説。
「うぉーい、啓悟! なんとおれ様チョコ7個ももらっちゃったぜー!!」
「どうせ自分で作ったやつだろ、寂しい奴め」
オレは断じて認めん。
お父さん認めませんっ!
そのバレンタインの日、オレは一人でいた。
オレが同志だと思っていた奴らは実はみんなあの都市伝説の刺客だった。
四面楚歌。
オレは一人で今日を乗り切る。
少し涙目なのはあれだ、花粉が多いからだよ。
きっとそうだ。
帰るとき。オレはまた一人だった。
校門の影に誰か隠れてるんじゃないかという願いも空しく、誰もいなかった。
むしろチョコを持ったカップルがいた。
死にさらせ。
いや、まあいい。オレには可愛い妹がいるのだ。
今頃きっとオレのためにハート型のチョコを作っているに違いない。
お兄ちゃんは梨緒一筋だからね。
ところ変わって梨緒は。
お兄ちゃんのためにチョコを作っています。
(竹お兄ちゃんのために。)
その竹お兄ちゃんはリビングでゲームをしています。
ついでにお兄ちゃんにもチョコを作ってあげてます。
お兄ちゃんは普通のチョコで、竹お兄ちゃんはクッキー。竹お兄ちゃんはチョコ嫌いって言っていたから。
っと。そろそろお兄ちゃんが来ちゃう。
竹お兄ちゃんのためにチョコ作ってるのがバレちゃうとすぐ怒るから早く作って竹お兄ちゃんにあげないと。
もうすぐて焼き終わる……!
「ただいまぁ」
私は玄関の方を見、時計を確認する。
今日はいつもより20分早い……!
「おぅ、竹都。なぁに人ん家勝手に入ってんだよ」
「いつものことだろ、気にするなよ」
リビングから話し声が聞こえる。
しかもいつにも増してお兄ちゃんの機嫌が悪い。
とりあえずクッキーはとられないように隠しておいて、チョコをお兄ちゃんに渡してこよう。
「お帰り、お兄ちゃん」
うしろにチョコを隠してお兄ちゃんの元へ行く。
「おぅ、ただいま、梨緒ぉ〜!」
お兄ちゃんが両手を広げてるけど、きっとこれはお兄ちゃんなりの「ただいま」のジェスチャーだよ。きっと。
さっさと渡してさっさと退場させよう!
「はい、お兄ちゃん。ハッピーバレンタイン!」
お兄ちゃん仕様の笑顔でチョコを渡す。
お兄ちゃんはそのチョコに言葉にならない程感動したのか、走って部屋に行ってしまった。
涙目だった。
「……」
竹お兄ちゃんはそのことについて何も言わなかった。
多分いつものことだろう、と思っているのだろう。
さて、クッキー、クッキー。
そそくさとキッチンへ行き、焼きたてのクッキーを冷ましつつ、花柄の袋に入れる。
そして、私は緊張した面持ちでクッキーを握りしめる。
「竹お兄ちゃん」
そっとクッキーを差し出す。
「その、竹お兄ちゃん、チョコあんまり好きじゃない、って言ってたから……っ」
口ごもるわたしの手から、竹お兄ちゃんがクッキーを受け取る。
「ありがとう」
それはとても優しい笑顔でした。
啓悟の変態度が上がっていく……