文化祭 03
「お、なんかすごい女の子がいるー」
背後から、男子の声が聞こえてきた。
あたしは嫌な予感をひしひしと感じながら、後ろを振り返った。
するとそこには、他校の男子二名。一人が茶髪でもう一人がピアスをつけていた。……最悪だった。
あたしは一瞬嫌な顔をしながら、さっさとここを去ろうと男子を無視した。
あの学校は、確か啓悟の高校だったような……身なりからして普通じゃないわ。啓悟だって軽い金髪だし……なんなのだろうか、あの高校は……
あたしは心の中でため息をつき、行こうとしていた廊下の先に歩こうと思うと、
「すいませーん。そこのドレスの子ー!」
……話しかけられた。
あたしはとりあえず聞こえないふりをした。そして早足でその場を去ろうとする。
「ねえー、聞こえてんでしょ?」
が、一人に手を捕まれて止められてしまった。ゆっくり振り替えると、ピアスの男子が実に嬉しそうにこちらを見ている。
……面倒な感じになってきちゃったなあ。
あたしは心の中で、思いながら、
「何かご用ですか?」
なんとか愛想良く聞いておく。
こういうのはにこにこしておいて清々しく去るのが有効……だと思う。
いや、一番有効なのは知り合い(できれば男子)に助けてもらうことなんだろうけど……!
残念ながらあたしには男子の友達は少ない。人見知りで話しかけてくれた男子にはことごとく睨み返してやっちゃったし……竹都は多忙だし、啓悟はバカだし、松川は最低だし……この状況は最悪だし……
あたしはなんとか逃げられないか、色々思考を巡らす。しかし、こんな窮地で良い案なんか浮かぶわけない……
「ちょっと迷っちゃったみたいでさ。ほら、おれら、はじめて来たし」
ほらと言われても見た目じゃ分かんないし!
心の中で悪態をついて、表では、はぁ、と曖昧な返事をする。
「で、君一人でしょ?道案内がてら、一緒に文化祭まわらない?」
「あの、すみませんが、あたしはちょっと……」
やんわりと断ってみる。
「いーじゃん、いーじゃん!なに、彼氏とかいるの?」
今一瞬いらっとした。初対面の相手に怒りを覚えるだなんて!
あたしが困って(心の中ではムカついて)黙っていると、ピアスの男子が手を引っ張ってきた。
「あの、あたし行くとは一言も……!」
「どーせ暇でしょー?ほらほら、おれらと行こうぜー!」
やばい。
連行される!?
あまりの混乱に変な言葉を思い浮かべながら、あたしは必死に抵抗した。
しかし、やっぱり男子の力には勝てない。
あたしが血の気がひくのを感じたのと、その女の人が話しかけてきたのは同時だった。
「なあにあんたら、アタシの友達ナンパしてんのよ」
長い黒髪の、目付きの悪い女の人は、あたしの手を引っ張っていたピアス男子の腕をチョップした。
しかも、かなり力を込めて。
「ぐぁっ、遠野姉さん……!」
「うふふ、この子が可愛いからって手出ししないで頂戴。……分かった?」
最後の分かった、だけ声が低かった。
「……す、すいあせんっしたー!」
ピアス男子と金髪男子は顔を文字通り真っ青にして、情けなく尻尾を巻いた。
「ふぅ……」
黒髪の女の人は腰に手を当てて、ため息をついた。
あれ、この人のセーラー服、あの男子と同じ学校だ……
啓悟が通っているあの高校は、確か女子がかなり少ないらしいけど、制服が可愛いので覚えていた。
あたしはとりあえず、助けてくれた彼女にお礼を言った。
「あの、ありがとうございました」
「良いの良いの。あの馬鹿どもを教育するのがアタシの役目だから。……それにしてもアンタ、派手なかっこうねぇ……仮装カフェとか?」
「いえ……このドレスは、ファッション部の出し物です。宣伝のために、着て歩き回っているんです」
「へえ……なんかメンドイわね。でも、さっきみたいなこともあるし、アンタ一人がうろうろするのは関心いかないわ……文化祭はいろんな人が来るわけだし」
さっきの馬鹿みたいにね、と彼女はおどけて付け足した。
あたしはそれを聞いてうなった。
確かに、さっきみたいなことがまたあるとなると、少し怖いな……
「うーん……」
彼女は腕を組んで何か考え始めた。
「アンタ、友達は?」
「あ、みんなクラス展忙しくて……他のクラスの友達と言うと、生徒会の人たちだし……」
「アンタ、生徒会なんだ」
「はい。……書記ですけどね」
まぁ、最初は竹都がいるから入っただけだけど。
「ふーん……じゃ、友達案は駄目ね……なんとかしてあげたいけど……」
「あの、そんな、良いですよ。先ほど助けてくださった、それだけで十分です」
「そうはいかないわよ。か弱き乙女を放っておくだなんて……」
『生徒の呼び出しをします』
あれ、生徒会の先生の声だ。
あたしはそれに耳を澄ませた。
『生徒会書記、梅田冬子、至急生徒会室まで来なさい』
もう一度繰り返します……と、放送は続いていたが、あたしは顔を青くして、小さな紙を急いで取り出す。
生徒会のタイムテーブルだ。
今の時間の欄を見てみた。
書記が生徒会室で昼食休憩の準備をするのだ。
「どうしよう……」
あたしはつい、目の前に女の人がいるのにそう呟いていた。
彼女ははっとしたように、あたしを指差してきた。
「もしかして、あなたは今放送で言った梅田冬子だったりするわけだ」
「は、はい……」
いきなりの探偵じみたテンションに若干戸惑った。
彼女は次にタイムテーブルを指す。
「で、今から冬子ちゃんは生徒会の仕事に行かなきゃいけないわけだ」
「はい」
「でも、ドレスじゃ行けないでしょ」
「は、はい……多分、食品を扱うので……」
汚したら大変だ……!
悪い人たちじゃないけど、ファッション部のあのテンションの怒りバージョンに囲まれたら……!いや、それよりもただひたすら無言だったり……!
うわあ、嫌だ……
あたしはファッション部の人たちの顔を思い浮かべながら、背筋がひやっとするのを感じた。
それだけは避けたい……!
「で、ここになんと頼もしい遠野がいるわけだ」
「はい…………はい?」
あたしは目を点にして聞き返した。
いや、何?頼もしい?