文化祭 準備編 04
「いいよ」
……
…………え?
俺は、目を丸くした。
「なに驚いてんの。だから、いいよ、って。やるって言ってるの」
当たり前の事のように返された。
俺が目前にしているのは冬子だ。
ここは休み時間でざわついた二年生の廊下。あれから少ししかたっていないが、二人でいても怪しまれなくなった。
そして、その廊下で話していることは紛れもないファッション部の話で……
やってくれないか?と聞いたら、この即答だ。驚くより他はない。
「あ、でも、全校生徒に見られるんだぞ……?それでも、いいのか?」
逆にこっちが焦って確認をする。
「人前に立つだけでしょ?それが何?ファッション部、困ってるんでしょ」
冬子は至極当たり前のような顔をしている。
「いや、でも新聞部の件があるから――」
「いつまで新聞部の話を引っ張ってるの?もうクラスの人たちだって忘れてるんだから。結局、暇潰しだったんでしょ。そんなのに今でもびくびくしてるなんて、馬鹿馬鹿しい」
なんか、昔の殺意を放つ冬子に戻った気がした。
俺はその様子にもう一度目を丸くして、次には笑っていた。
「な、なによ」
冬子は笑われていることに怒ったのか、顔を赤くした。
「いや、冬子らしいな、と思って」
「あんたにあたしの何が分かるのよ。じゃ、次移動教室だから」
冬子はそう言って颯爽と踵を返す。
俺は冬子の背中をしばらく見つめ、教室に戻った。
「なに?フッた女にナンパですか、竹都くん」
教室に入り自分の席につくと、松川がやってきた。
嫌味たらたらでやってきた。
「お前と一緒にするな」
多少呆れ気味に、俺はため息をつく。
「今朝、梨緒ちゃんにも同じ話、してたみたいだな」
「なんで知ってんだよ」
「え、風の噂?」
「そんな早く出回るわけないだろ、盗み聞きをしたと言え」
「イエース」
「うざ!」
と、下らないコントをしながら、俺は隠すこともないだろうとファッション部の話をした。
松川が実に面白いと言うように頷いて聞いていた。
「ドレスかー、梨緒ちゃんきっと可愛いんだろうなあ」
「そうだなー」
俺が適当に返すと、松川はむっとした顔でこちらを睨む。
「そんな素っ気ないと、梨緒ちゃんのことはオレが盗っちゃうぞー」
「盗る、って……梨緒は誰のものでもない」
「俺のもの?」
「何が言いたいんだ……違う」
俺は松川がいつも以上に絡んでくるのをうるさく感じながら、とにかく、と言う。
「まずは梨緒がモデルをやるか、だ」
「そんなの、竹都が必死に頼めばやると思うが?梨緒ちゃん、周りに流されやすいし」
「それじゃ駄目だ」
「真面目くさいなあ……いいじゃんか、文化祭を盛り上げるためだって、副会長」
「おだてるな」
松川はそれから暫く考えて、にやりと笑った。
「……ファッション部のドレスを着れるチャンスだぜ?梨緒ちゃんだって女の子なんだから、あんな夢みたいなドレスを着たいだろうよ」
梨緒ちゃんメルヘンチックだし、と付け加える松川。
俺はさきほどまで素っ気ない態度だったが、その意見を聞いて成る程、と思った。
「そうだよな……」
確かに、梨緒だってこんなチャンスがあればやりたいに決まっている。だが、俺がそのことについて良く思っていないだろうと気を遣っていたら……?
俺はうーん、と考え始めた。
すると、授業を始めるチャイムが鳴った。
「ま、もっと梨緒ちゃんのこと想うんだなー」
松川はそう言い残し、自分の席についた。
「はあ」
俺は盛大なため息をついた。
結局俺は、冬子のことも、梨緒のことも全然分かってあげれてないんだよな……
「そうなんだ、ふーちゃんは、モデルさん、やるんだね」
「そ。もう、新聞部の話は記憶から抹消しているの」
ふーちゃんは得意気に笑って、それからため息をつく。
昼休み、私は竹お兄ちゃんと相談するために二年生の廊下にきたんだけど、ばったりふーちゃんに会ったから、参考までに話を聞くことにした。そして、この廊下の窓際で話をしているのだ。
「梨緒ちゃんは、どうして迷っているの?やればいいのに。きっと梨緒ちゃん、もっと可愛くなっちゃうよ」
ふーちゃんはそう言ってくすくす笑う。私はそんな、と照れ笑いを浮かべた。
「なんだか、竹お兄ちゃんが良く思っていないみたいだったから……っていうのはほとんど後付けなんだけどね」
「本当は、なんなの?」
私は二階からの空を眺める。
「うーん……私に、似合うのかな、って」
と、私が言うと、ふーちゃんは吹き出した。
「わ、笑うところじゃないよ!」
私はふーちゃんを見て必死に言った。恥ずかしくて顔が熱い。
ふーちゃんはしばらく笑って、そして大きく息を吐き出した。
「はあー、梨緒ちゃん、本当に梨緒ちゃんって可愛いわね」
「!」
「竹都に見せてやりたいくらい。可愛らしい悩みじゃないの、それって」
ふーちゃんはお姉さんみたいに微笑んで言う。
私はそうかな、と首をかしげる。
「そうそう。そんなの気にしなくて良いの!梨緒ちゃんは可愛いんだから。あたしが言うんだから信じなさい」
「う、うん……」
ふーちゃんの強い言葉に、私は曖昧に頷いた。
「ドレス姿を竹都に見せつけてやりなさい!」
「……」
私は、それを聞いて俯いた。
だって私は、もしかしたら竹お兄ちゃんのことを、好きじゃないかもしれない。ただ、お兄ちゃんとして慕っているだけなのかもしれない。
今の私は、ふーちゃんみたいに、竹お兄ちゃんを追いかけられない。
「ふーちゃん、私……竹お兄ちゃんのこと」
「し」
「し?」
不思議な単語で制されて、私は顔をあげた。すると目の前には、背の小さな私に合わせてかがんだふーちゃんが、人差し指を唇に当てていた。
静かに、のポーズだ。
私がそれを理解して、しかし目を丸くしていると、ふーちゃん優しげに微笑んだ。
「ちゃんと気持ちに整理がついたら報告してちょうだい。のろけ話でも悲しい話でも、その時はどんと聞いてあげるわ」
ふーちゃんはそれを言うと、
「じゃ、あたしは用事があるから」
と踵を返した。
しかし、それは第三者によって止められた。
いっきに二話更新しました。部活の待ち時間につらつら書いていました。眠いです。ていうかもう早くしないと夏休みですねー。世間はもう夏休みです。うちの学校は明日からですよー。
とにかく文化祭を早く終わらせなければっ