文化祭 準備編 03
俺はその名前を聞いた途端、口を閉ざした。
ファッション部部長は、俺の表情を見て苦い顔をした。
「……」
「確かに、新聞部のせいで梨緒ちゃんも冬子ちゃんも辛い思いをしたのは知ってます。今はまだみんなの前に顔を出すべきではないと、分かっているんです。……ですが」
「……いいですよ」
一生懸命言い訳を探す部長を制し、俺はぽつんと呟くように言った。
「え?」
部長は眉を下げたまま、不安げに聞き返した。
俺は、言う。
「引き受けますよ」
短く、解りやすく。
それを聞くと、ファッション部部長が驚いたような、でも嬉しさを隠しきれない顔をした。
「良かったね!」
隣の子がそう言うと、他の静まり返っていたファッション部員たちも、ほっと胸を撫で下ろしたのが分かった。
俺は、その光景が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「あの、本当に、頼んじゃって良いのっ?」
部長は、もう一度確認してきた。
「ええ」
俺は頷く。
部長は嬉しそうにお礼を言おうとしたが、俺が先に口を開く。
「ですが、俺がするのはこのことについて話すだけです。決めるのは、本人たちですから」
そう厳しく言うと、部長は覚悟をしていたようで、
「えぇ、分かってる」
と強く頷いた。
生徒会室へと帰ると、そこには誰もいなかった。
俺は生徒会長が逃げたと一瞬思ったが、机の上に置き手紙があった。
『もう仕事終わったからかえるね』
かなりの走り書きだった。
そんなに早く帰りたかったのか……?
俺は生徒会長のマイペースさに呆れながら、書類の整理をして生徒会室を出、鍵を職員室に返して帰宅した。
さて、明日中に梨緒たちに返事を聞かないといけないんだよな。
と、考えながら。
「おはよう、竹お兄ちゃん」
梨緒はいつも通りの挨拶をした。
やっぱりそこは啓悟の家で、寝ぼけた啓悟に別れを告げて駅へと急いだ。
ファッション部の話を切り出そう、切り出そうと考えていたが、どう話せば良いのか分からず、結局学校についてしまった。
俺は、廊下でついに話をすることに決めた。
いや、もう後がないと言うのが正直な気持ちだ。
梨緒に嫌な思いをさせたくないのは確かだ。だけど、俺は頼むだけであって、梨緒が断ればそれで良いんだ……
とかなんとか、ファッション部には悪いし、ヘタレたことを思いながら口を開く。
「なぁ、梨緒」
「はへ?」
隣にはいるがいきなり話しかけられて、梨緒は気の抜けた返事をした。
「梨緒に、頼みたいことがあるんだ」
「頼み?」
俺が立ち止まると、梨緒もきょとんとした表情で立ち止まる。
「あぁ。といっても、俺からじゃなくてファッション部からなんだ」
「ファッション部……?」
梨緒は怪訝そうな顔になった。
「……そう、ファッション部。実は……」
昨日あったことを簡潔に話した。
すると梨緒は、驚きで目を丸くし、やがて不安げな顔になった。
「でもその話、みんなの前に立つんでしょう?新聞部の件で私の名前はギリギリでなかったけど、また何を言われるか分からない……」
しゅん、と梨緒は俯いてしまった。
「……嫌だったら断ってくれて構わない、とファッション部は言っていたから、断っても良いんだ。やめにするか?」
俺が優しく聞くと、しかし梨緒はうーん、と唸った。
「でもでも、そうすると今年のファッション部は発表ができないんでしょ?せっかくドレスも作ったのに……ふーちゃんは、どうするって?」
「冬子にはまだ聞いていない。でも、多分断るだろうと思う。冬子は、当分そういうのはやりたくないだろう」
「……辛い思い、しちゃったもんね……」
「……」
俺は、その梨緒の言葉に、胸が痛んだ。
新聞部だけじゃない。冬子を傷つけていたのは俺もだった。
……本当は、冬子にこんなこと頼める立場じゃないんだよな。
俺が自嘲していると、予鈴がなった。
「あ、じゃあ、もう少しちゃんと考えてみるね」
梨緒は明るくそう言って、ぱたぱたと忙しく一年生の教室へ走っていった。
俺はそれを見送り、自分の教室へ歩いていった。