新聞編 後日談 side冬子
あたしは、話すべきことを整理しながら、携帯を開く。
ベッドの上に座り、時計を確認する。
今は七時か。竹都は多分啓悟の家にはもういないだろう。
そう予想して、あたしはとある人に電話をかける。
二コールして、相手は電話に出た。
「もしもし……ふーちゃん?」
恐る恐る、携帯の向こうから声が聞こえてきた。
「みーちゃんから聞いたよ……帰りに、竹お兄ちゃんと会ったんだ、って……?」
「うん。それでちょっと文句があるの」
なるべく明るい声ではつらつと言ってやると、梨緒ちゃんはうぅ……と唸った。
「まぁ、ほとんど……ううん、全部竹都が悪いんだけどさ……辛かったよ」
「……」
梨緒ちゃんは今、どんな顔をしているのかな。あたしは、梨緒ちゃんを困らせてるのをひしひしと感じながら、言葉を選ぶ。
梨緒ちゃんも少なからず、竹都みたいなバカだから。ちゃんと、言ってあげなくちゃ。
「……辛かったけど……あれで良かった」
「……?」
「なんか、本当に、嘘偽りなく、竹都と話ができたの。いつも睨んじゃうんだけど、ちゃんと、本当に笑えたんだ。昨日より、ずっと上手に……だから、あれで良かった」
「ふーちゃん……」
梨緒ちゃんの声は、嬉しさと安堵に満ちていた。あたしのこと心配してくれたんだなあ、いい子だなあ、って思う。
だからあたしは、……今度はあたしが、梨緒ちゃんの恋を応援するんだ。
「それでね、本題がここからなの。梨緒ちゃんは、竹都のこと、好き?」
直球にきいた。
するとすっとんきょうな声がして、驚いて耳を離してしまった。
「そんな驚かなくても……」
あたしは苦笑いしながら、梨緒ちゃんはかわいいなあ、って思った。
素直で、いいなあ……
「えっと、だっていきなり……」
「竹都といえば梨緒ちゃんでしょ?梨緒ちゃんは、竹都のこと、好き?」
半ば無理矢理にごまかし、梨緒ちゃんの返事を急かした。
すると、梨緒ちゃんの返事は、あたしが予想していたものと違った。
「……分からない」
ぽつん、と、一滴の水が水面に落ちるみたいに、言った。
あたしは、目を丸くしたまま、黙ってしまった。
だって、分からない、って……
「分からないの……」
梨緒ちゃんは、しゅんとした、暗い雰囲気の声で告げる。
あたしは、どうして、とあてもなく呟いた。
「竹お兄ちゃんと帰らなくなった日……特に今日ね、考えたんだ。……私は、竹お兄ちゃんのことが好きなのか」
「……」
あたしは、ただ梨緒ちゃんの言いたいことを理解しようと、耳を傾ける。
「ふーちゃんが嘘ついて竹お兄ちゃんにフラれた、ってなった時、私は悲しかったの。ふーちゃんが自己解決をして。ふーちゃんが、一人で背負い込んで……それから、ふーちゃんの恋を応援しよう、って思ったんだ」
お人好し。
あたしは、悪意をこめてそう思う。惨めな気持ちがまた浮き上がってくるが、あたしはそれを必死で抑えた。今は、梨緒ちゃんの話をちゃんと聞きたい。
「それでね、ふーちゃんの恋を応援する、っていうのが、すんなりと自分の中で……理解できた、っていうのかな。受け入れられた……?なんといいますか、なんだか……」
梨緒ちゃんは言葉が分からなくて、いろいろ試した。だけど、今の梨緒ちゃんの気持ちをぴったりと表現できる言葉は、見つからなかった。今の梨緒ちゃんの、その気持ちに合う言葉が、今は誰にも分からない。
あたしにだって分からない。だって、信じられないから。
「やっぱりまだよく分からないなあ……でもね、はっきりしたことがあるの」
「……?」
「私は、竹お兄ちゃんを、竹お兄ちゃんとしか呼べないこと」
「……」
梨緒ちゃんは、啓悟をお兄ちゃんと呼ぶ。そして竹都を、名前ではなく、竹お兄ちゃんと呼ぶ。
まるで、啓悟と同じ兄のように。
「もし、……もし竹お兄ちゃんのことを名前で呼ぶことになったら、私は戸惑うし、躊躇うし、誤魔化そうとするんじゃないかな。えっと、つまり……私の、好き、は、兄弟愛みたいなものかなあって……」
そんなものじゃない。
と、あたしは言いたかった。否定したかった。だけど……
確かに、と腑に落ちる……落ちてしまう言い訳だった。
……梨緒ちゃんが、そう思うのだったら。
あたしは、耳に当てている携帯を強く握った。
「梨緒ちゃんがそう思うなら、その分からない感情をもう少し探ってみてよ……あたし、待ってるからさ」
「……でも」
どうやら梨緒ちゃんはそれすらも戸惑っているらしい。
「ちゃんと、自分の気持ちを整理して。いろいろあったから、きっと感情が揺れているのよ」
優しく、姉のような口調で言い聞かせて、それからしばらくは他愛ない話をして、電話を切った。
「それじゃあね」
「……うん」
そう最後に別れを告げて、あたしから電話を切った。
急に静かになったように思える部屋を、あてもなく眺め、ため息をつく。
あたしがどうこうできる問題ではないことは分かっている。だけど……
もし、もし梨緒ちゃんが、竹都への感情を兄弟愛と名前をつけたとき、
あたしは、笑って頷けるだろうか。
最近は夜中に目が覚めるという怪異が起こっているので、ちょこちょこ小説を執筆しているところです……今日はなかなか眠れないのでこのままどんどん話を進めます。