表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/100

新聞編 08

あたしは、泣きながら走っていた。

部長から逃げたあたしに怒りと恥。

竹都に見てもらえないあたしにやるせない気持ち。

たくさんの気持ちの涙が、どんどん溢れてくる。

バカみたい、バカみたい、バカみたい……!

唇を噛んで、失速していく足。

疲れて、止まる。

誰もいない廊下。

気がつけば、竹都のクラスの前まで走ってきていたようだ。

驚いて、肩を震わせる。

逃げなくちゃ。

脳裏に浮かぶ、一言。

もう竹都は帰っているだろうけど、でも、逃げなくちゃ。

今は、竹都のかけらにも会いたくはない。こんな惨めな姿、晒したくはない。

そう、思ったあたしの目の前に。

運命的なまでに、

感動的なまでに、

竹都が、いた。

幻覚かと疑った。しかし幻覚でも、あたしは背を向けて、また逃げた。

帰ろう。もう、帰ろう……!

また泣けてきた。

あたしは今まで拭わなかった涙をそこではじめて拭った。

だって、竹都が声をかけてくれること、知っているから。


「冬子!」


ほらね。

皮肉に思いながら、竹都の残酷な優しさを嬉しがり、惨めになってまた溢れてくる涙を拭う。けれど、足は止めない。

今のあたしの、本気の拒絶。

今は、竹都に会いたくはない。

「冬子!」

ふいに腕を掴まれて、あたしは止まった。

「……」

走って、止めてくれた。

名前を呼んで、止めてくれた。

「……どうしたんだ?」

竹都が、問いかけてくる。

やめてよ。

あたしは、心の中ではそう叫んでいた。

離してよ。

でも、言えない。

喉が詰まって、胸が痛くて、頭ががんがんして、言えない。

苦しい……

「痛いよ……」

やっと出た言葉はそれだけだった。

涙は、止まることを知らず、どんどん頬を伝って落ちていく。

「ごめん……」

竹都はすぐに力を弱めたが、手を離す気はないようだ。

最低なくらいに優しい竹都。

ひどい。ひどいよ。

どうして優しくするの。どうしてそんなに優しいの。どうしてあたしにも笑ってくれるの、心配してくれるの。

辛いよ、痛いよ……

あたしは、ただ何も言えないで、そこで泣いていただけだった。

「……ちょっと、来れるか?」

竹都は優しく囁いた。

あたしは、何も言わなかった。

竹都はあたしの腕をひっぱって、廊下から階段を登っていった。

あたしの歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれる。あたしを落ち着かせるために、ゆっくり階段を登る。

そんなふうな気遣いも忘れない。

竹都が止まった目の前には、今朝来た場所。

見つからなければバレない、屋上への階段。

「他に見られたくはないんだろ。そこに座って、落ち着こう」


「……」

今すぐここから逃げ出したい。

竹都の隣にいたくない。

屋上へ続く非常階段に座って、あたしはどうしようかと考えた。

どうやって言い訳をすればいい?どうやって逃げ出せばいい?

涙がだんだん流れてこなくなった。竹都の隣は、でもやっぱり安心するんだ。


時間が止まればいい、なんて思ってしまう。


「……落ち着いたか?」

しばらくして、竹都があたしの顔を見ないで聞いた。

泣きはらした顔を見ないようにしているらしい。

なんで、恋心は分からないくせに……ばか……

あたしは、そんな竹都を見ながら、つい微笑んでしまう。

「うん……落ち着いた」

きっと、きっとこれは、あたしの最後のチャンスなんだ。

竹都と一緒にいられる、最後の、時間。

綺麗で泣きそうなくらい赤い夕日。

放課後の、サッカー部や野球部の人たちの声。

屋上の階段で、二人きり。

竹都はあたしに振り向かない。

分かってる。

恋する前から負けていた。

知っている。

だからせめて、最後のこの20秒。

ほんの少しだけ。

少しだけ。


竹都と一緒にいて、一番嬉しいって、正直に思う。


苦しくない、辛くない日々に戻ろう。

そうしたら、あたしは新聞部の人たちに、はっきり言うんだ。

竹都にふられた。さっさと新聞はがしなさい!って。

怒ってやるんだから。

あたしは、勇気を振り絞って立ち上がり、素早く階段を下りていく。

振り返り、一番の笑顔を、初恋の人に向ける。


「ありがとう、落ち着いたから、帰るね。本当に、ありがとう」


今まで、10年分の思いを詰めた、最後の挨拶。

次に会うときは、初恋の人じゃなくて、同級生の、幼なじみとして、


会いましょう。


私立合格していました。

とりあえず滑り止めなので…今から合格の賞状もらってきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ