最後通牒の音
休日。昼過ぎまで眠っていた。
連勤後にもぎ取った一日の至福を昼寝に費やし、夕方になると雨降り前に買い出しに出かけた。道行く人々は皆、マスク越しの会話。一人分空いた距離で笑っている。
新たなルールを守りながら街ゆく蝶は、あちらの花へ、あちらの花へと舞っていく。
――次の休みは一人寿司でも行こう。
疲労も暗さも全てを変換して、前向きな予定を立てた直後。
――ブツンッ!
聞いたことも、感じたこともない激しい音が脳内に響いた。思考回路が切断されたかのような音ではあったが痛みはない。
視界もクリアで体に異常はなしと判断を下した俺は、坂下にあるコロッケ屋を目指したのだが。
何を買いに来たっけ? あれ? 何円だ?
ワタワタしている俺を見た店のおばあちゃんが「慌てなくていいよ」と宥めてくれたので事なきを得た。ここで何かを疑っていれば未来は変わったのかもしれない。
だが、世間の情勢を肌身で感じていると、自分のことはいつだって後回しになってしまう。
それはとても不自然なことにも拘わらず、俺達は皆〝それ〟が全てだと信じたかったのかもしれない。帰宅直後に検温するも異常なし。だからこそ、すぐに脳内から消してしまったのだ。
そして知る。
心が爆ぜる音は『漫画の文字』みたいに鮮明にくっきりと聞こえる音だということを。
その音は骨折音でも切断音でもなく。ただの、音、として突如聴こえる。
プツ、ブツ、プッツンプッツリ。ボキッ。バキッ。
鈍くて重い、軽くて残酷な『最後』の音。
崩壊、崩落の前兆もなく音が鳴ると、何が起きると思いますか?
無音や無心ではなく、内外からの雑音に苛まれ蝕まれ始めるのだ。
あの音を聞かないように回避する術もある。しかし、誰の身にも起こりうる事態だ。
翌朝出社して、翌月末に退職した。
それが懸命に働いた俺の末路であり、あの音を聴いた後からの新たな旅立ちだと思いたい。




