3
★ピチョンくんのあたたかさ★
ショウは部屋に戻り俯いていたのを静かに歩き出して、紅のランプを、灯した。
LO
VE
「ライカ。今日、あたし……」
見つめて、手に触れ涙が一粒頬を伝い落ちた。
「あなたの事必死に受け入れ様って、必死になったの……」
そう囁くような声で言った。
彼の優しい笑みを思い出させてくれるほんのりした紅で、『LOVE』というキューブ型の赤も、彼の愛情で。
「今日は……酷い女になりすぎて、疲れちゃった……」
唇が震えてその温かい彼の『LOVE』に触れて、顔をゆがめ頬を涙が伝った。
「あの時みたいに……、いつもみたいに慰めてもらいたいの……。あたし、今日最低な女だったわ。あなたの事を奪った人なのに、あんなに惚れこんでて、葉斗にいた昨日より酷い女だった。彼の心を、あたしの事を愛してくれている彼の心をこれ以上に。あたし、あの頃のあたしらしさは無くなっていくのかな。ねえ、ライカ……優しい人……」
その優しい愛情を見つめてショウはファサッという音に闇の中、振り向いた。
「ラブ?大丈夫?」
「………、」
ショウは涙があふれ出て、目覚めたオウムのところにつまずき駆け寄って、その場に口を押え座り膝の上に涙がぽろぽろこぼれ、……彼女の背を、ほんのりとライカの視線が包み込んでくれるように、紅い灯火が広がった。
ピチョンは悟った。
そんな、地に崩れ泣くラブを見つめて、ライカのようなあの優しい灯火が広がる背を見て、そこに……ライカがいるような気がした。
ライカが……死んでしまったということを
「もう、もうあたし、酷い事を言わない。もう言わないわピチョンくん。あたし、あたしもう愛情だけに生きる。どんな愛情でも。それだけに向き合ってもう攻めない。ピチョンくんがいるのに、あたし酷いことを言って……」
「ラブ、ラブ、」
大丈夫だよ。泣かなくても大丈夫だよ。それでも、オウムの目から涙がこぼれ、ショウは煌きに目を上げた。
「ああ、なんて事……」
彼は悲しんでいた。失って、泣いていた。
「ピチョンくん……」
「大丈夫。ラブは大丈夫ダワ、ラブはラブだから大丈夫ヨ」
いつものように笑って欲しい。オウムはライカのようには笑えないけど、慰める言葉なら幾らでもライカから奪っておいたから。だから、笑っていて欲しい。
ピチョンくんが、……一瞬、幻影だったのか小さな男の子に見えて
ショウはその大きな黒目の可愛らしい少年を見上げて、瞬きした時には闇の中に白のピチョンくんが、停まっていた。
「………」
『凄いなあ〜ラブと1年前出会ってからよく喋るようになったよピチョン』
『え?本当?嬉しいなピチョンくん。さてはあたしに惚れたな?』
彼に出会うようになった1年前、あたしはピチョンくんからも元気を貰いつづけた。ずっとずっと笑い続けて、ライカも喜んでいた。
そうよ。あたしにはこの子がいる。ライカを失ってしまったけれど、彼があたしの前に舞い降りてきてくれた。天使のように、真っ白の羽根を広げて降り立ってくれた。
ライカのぬくもりを、微笑を、笑顔を、ちょっととろかった所とか、でも、頼りがいのある微笑み。全てを、忘れなければやって行ける。
あたしを護ってくれた優しい彼。強かった彼。愛情の彼。
「ピチョンくん。頑張ろうね。あたし達、あの人を失ってしまったけれど……天国へ旅立ってしまった彼は見えなくなってしまったけれど、この場所から2人で彼を想い続けられるよね……あたし達、生きてここから頑張れるよね。見守ってくれて、ありがとうピチョンくん」
綺麗な涙が流れ、ピチョンくんは「クー、」と目を閉じ頬擦りし、ショウはその頭を撫でて目を閉じ微笑んだ。
「大丈夫……大丈夫。安心して眠ろう。大丈夫」
しばらくしてピチョンくんは白ピンクの薄い下瞼で隠れた瞳は、寝息の「クー、クー、」に変わって行った。安心しきって、眠りに落ちて行った。
ショウも微笑み、鳥かごを一度抱えてから頬をぬぐって、ライカの愛情の証を振り返った。
「おやすみ、あたしのラブ。あたしのライカ」
CHAPTER・5
翌日の朝、目を覚ました彼女は寝返り白のシーツに頬をうずめ、しばらく眠っていた。
カーテンの閉じられた方向に向き直り、目を開いて閉じてからゆっくり起き上がった。
ピチョンくんを起こさないように静かに立ち上がって携帯電話を探るためにハンドバッグを開く。
「……あ」
ショウはハンドバッグの底のハンカチに包まれたそれを出した。
「虎江川さんの……」
ショウは静かに椅子に腰を下ろしてリボンを解いて行った。
それはリングにしては箱の気配も無いし、もっと薄っぺらなもので指で探ると硬質だ。包みを開いて行き、黒のビロードの袋が現れた。
ショウは首をかしげ、それを開いて掌に落ちてきたものを見た。
「鍵」
それは、金の鍵。
その金は前方に置かれた赤いロマンティックなキャビネットによく映える。
一度身支度を終えると明るい外に出て携帯電話を手にした。
名詞を見下ろしたものの、今はお仕事の時間だから部屋の中に静かに引き返した。
ピチョンくんのために玄関に洒落た格子を取り付けることを考えた。
それを最近お店で見つけあった。フランス物のやつで、随分洒落ている取り付けフェンス扉だ。フローリングへの上がり框に寸法を合わせてもらおう。
籠の中ばかりでは彼も窮屈だろうから。ずっと離れずに24時間ライカといたピチョンくんだものね……。
これから留守にする事もあるから彼を狭い場所にいさせて話し相手もいなく座っているだけでは可愛そうだ。
彼女はレコードの所へ行き、真ッピンクでクリアなカバーをてに取った。それはクラウンの形をした可愛いものだ。蓄音機の上に置いて振り返った。
「くー、くー、」
ショウはフフ、と笑ってサニタリーへ入る。女性ホルモン剤を飲んでから食事を始めた。
★虎江川★
虎江川は半ば諦めかけていた。
やはり、2人で会う為のマンションのキーはいきなりぶしつけだったのだろうか。
部屋を一つあげるから、衣裳部屋にでもプライベート以外の仕事部屋にでも使える。使い道は多くある。
だが、そういう物を与えておいて自分の存在を彼女の中で確固としたものに収めたいなどという心境は、浅はかだったのだろう。
都市部の高層ビル群はその時間も青の空を上に描かせていた。
いい日だ。
今日くらいは何かが舞い込むだろうという気分を起こさせる青だった。石ブロックを踏み鳴らすと彼のスマートなスーツ姿をその下に映した。
書類の横のプライベート携帯をスーツジャケットに入れてから、一瞬目に飛び込んだ光を見るために再び手に携帯電話を収める。
それを開き見下ろした。
ZEBRANA ショウ
メールを確認するためにボタンを押そうとしたが、夫婦用の携帯電話がデスクの中から夫を呼んだ。
こんな10時に、妻は一体何を伝えたいのか。溜息を一度つくと手に取った。
「涼。今日はね、パパがお食事に来るから分かっておいてちょうだい。この前届いたあなたのヴァレンチノ、揃えて出しておくから」
「ああ。いきなりだな」
「まあ。あなたったら、あたしがお昼の優雅なバスタイムに何の連絡も無しに来た義母様のことを忘れたの?大きな恥をかいたわ。まさか、なんの用意も無しに予想も出来なかったの?とまるで千里眼でも習わせる勢いの目で冷たく見られたの。素敵な物まで頂いて、こちらはバスローブ」
「悪かった。こうやって知らせてくれて感謝しているよ。出来た妻だ」
「感謝してもらえると甲斐があるわ」
秘書が扉をノックし、スケジュールを確認する為に虎江川に目配せした。視線を返しておいて妻との会話を終わらせる。
「仕事の時間だ。義父さんには最高のワインを出しておいてくれ」
「え。もちろん。じゃあ、お仕事頑張ってね。あなた」
「ああ。ありがとう」
「それじゃあ」
妻は切り、虎江川は秘書を一度認めると彼女は背後の扉からホールを歩き進めた。
それまでをハイバックチェアに腰掛け、メールを確認する。
虎江川さん。
おはようございます。
今はお仕事でお忙しい時間でしょうから、失礼ながらメールでお礼をさせていただくことをお許しください
。
お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
先日はご来店いただきありがとうございました。贈り物まで頂いてしまい、お心遣い感謝いたします。
またご来店いただいた時に虎江川さんとお話したく思います。
お仕事頑張ってくださいね。
失礼いたします。
Zebrana ショウ
頑張ってくださいね。か。妻とも違うあの優しげではっきりした彼女の声が脳裏を掠めた。
虎江川は秘書が目の前まで来たのを顔を上げ、携帯電話をスーツにしまうといつもの様に促した。
秘書は本日のスケジュールを淡々と伝えた。
★白いお昼★
今日は、お昼を久しぶりの買い物だ。
1時間コースでエステを済ませてから、カフェによって、ヘアサロン。
彼女はるんるんと歩いて行った。
その後には買い物をして、新しい服を買おう。
ゼブラナには華麗なる全ブランドコスメのボックスが信じられない美しさで揃っては花開かせている。
イサママから与えられ、ショウにプレゼントされた立派なドレッサーは、とても素敵なものだ。
モンドでゼブラナの人たちに休憩時、控え室に置くジャスミンティーを買っていこう。この前キャビネットを見たら、一通り陶器やシルバー製のポットが揃っていたものの、ジャスミンの壺だけは無かった。
モンドのオーナーはショウのママの友人だから、知人にしか出されない特別な配合のジャスミンティーがあるのだ。
「お、おい、この前の男女だ……」
この前、翔にこてんぱにのされた青年達が、今日はまたとんでもない格好をしている彼女を見た。
「今日はあの白人いないな」
彼女は彼らの横を高級なパルファンをふわつかせては、蝶のように歩いて行ったが振り返って戻って来た。
間近で彼女を見ると、彼等はとんでもない美人な事に気づいた。その大男に瞬きした。
彼女は白シルクで裏地は薔薇が咲き乱れるひらひらの日傘をさしていて、真っ赤なハートのぶら下がる柄を持っていて、にっこり微笑んだ。
白のレースに金の釦のはまったグローブの手を差し出して、彼等はそれを見下ろした。
「あなた達のお父様か上司の社長さん達に、よろしくって渡してね」
そうハートをつけて彼等に微笑んだ。
ゼブラナの名詞だった。
彼女はお尻をフリフリ歩いて行った。
「あら。真淵さん?」
ショウは真ッピンクのルージュの唇をすぼめさせ、上目でくるんと振り向いた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。大城さん」
彼女はカシミアの上品なセーターに金のロングネックレス、上品な顔をロングを綺麗にセットし囲ませて、パンツスタイルのジュリ=大城だった。
ジュリとはいっても、日本人情緒溢れたとても綺麗な顔をした子であり、父親の会社のモデルもする程、すらっとした容姿端麗な子だ。
「お久しぶり。彼ら、お友達?」
「ああ、彼ら?彼等は、彼がジョナサンと、彼がマンダリンに、彼はヨシュアム」
「全っ然違う。掠めても無く違う」
「俺マンダリン」
「……お前、調子いいぞ……」
「よろしくマンダリン。ジョナサンにヨシュアム」
「信じなくていいからな……」
「あたしは今からエステ。真淵さんは?」
「あたしはローゼリアンで」
「まあ、本当?同じだわ。Men’sもあるんだけれど、マンダリン。あたしの顔で予約はしなくても大丈夫だと思うの」
マンダリン達は「どうする?」としばらく顔を見合わせてから、ヨシュアムとジョナサンは美人なショウを、マンダリンはやはり、綺麗な大人っぽい落ち着きのジュリを見てから同意した。
というか、本名はジョナサンが玲、マンダリンも玲、ヨシュアムは馬貴だった。
「今真淵さん、何をしているの?貴女は今御爺様の会社を継ぐために海外準備を?留学なんでしょう?真淵さんらしくてとても立派だわ」
「いいえ?」
そうショウは微笑んだ。
やはりニューハーフへ向けてくる多少の偏見のある高揚とした口調でジュリが尋ねて来た。それでもその彼女の性格からはほんの針のような物だった。
「お水よ」
「オミズ?」
彼女が言うと、どこかの高級な香水ブランドのようだった。
「そう。キャバ嬢とか、ゲイバーとか、娼婦嬢……」
「ちょ、ちょっと真淵さん、」
ジュリは辺りを見回し、ショウの腕を撫でながら言った。
「貴女気でも可笑しくなったの?やめて?恥ずかしいじゃない……」
「……とかは、また違う種類のお店で働いているの」
「当前じゃない。女性の心を忘れないで?貴女らしくないわ。気を鎮めてよ」
女性の心?キャバ嬢にだって娼婦嬢にだって女の心はある。プライドも。彼女達自身が向ける、他への偏見も。価値観と、それに生きて行く世界のほんの薄皮程度の違いだ。
「ゼブラナで働いているの」
「………」
パチパチパチと、ジュリは3度瞬きをしてショウを見た。
「……本気?」
ジョナサンは彼女の前に名詞を差し出した。
「貴女……貴女未成年者でしょう?ゼブラナは……」
男の子達3人を見回してから、ショウと腕を組んで傘の中に入って小さく言った。
「あの倶楽部は危険だわ。パパも常連なの。3ヶ月前の秘密バーティーでパパとママはゼブラナで火災に巻き込まれて、一部ではバックについている葉斗組が他の所に痛い目を見せられたんだって聞くわ」
「何ですって?!」
「え?」
分厚く長いまつげで横のジュリの顔を見た。
ジュリはショウの肩についたもの。何だろう、鳥だろうか?きっと、白鳥をペットにしているのだろう。この子の事だから。真っ白な鳥の柔らかい羽毛が乗っているのを指でつまんで、彼女の手に持たせてあげながら言った。
「ええ。そう。あの倶楽部は地下カジノも行っているし世界各国の富豪が募って、夜通し行われる闇オークションや秘密パーティーを行うの。火災でゼブラナビルが焼失してからは分からないけれど、貴女危険よ?学園に戻ってきなさいよ」
「………」
「クラスメートの数馬君と草野君、覚えている?彼等は寂しがっているわ」
そう、2人で仲良く話しながら歩いていて、3人はそれぞれ今夜のクラブイベントのことについてを話し合いながら後ろを歩いていた。
「ホームページも更新が無いわ。この前の椿の精油、良かった」
「今ね……」
ショウは立ち止まって口元を小さく微笑ませて言った。
「あたし、いろいろとリフォームしてきているの。心配いらないわ。学園の皆は元気?」
「ええ」
ショウは、良かった……そう瞳を微笑み閉じて言った。
「真淵さん、本当よ。ゼブラナは危険なの。お客さんだってそう」
「心配してくれてありがとう」
ショウはそう微笑み、ジュリは彼女の顔を見て瞬きした。
「……ショウちゃん?貴女……、何かあったの?」
「……え?いいえ。何でも無いわ」
微笑みながら首を振り、ジュリの顔を覗き込んだ。
「なぜ?」
「………」
ジュリはショウの顔を見つめて、彼女の手を持っていたのを瞼を伏せ見下ろし、微笑み何度か頷いた。
「真淵さんは元々強いものね」
手の甲に手を合わせて言い、ショウは初めて感じたクラスメートだとか友達だとか、そういうぬくもりを感じて、手を見下ろしジュリの顔を見た。
「なんだか、変ったわね真淵さん」
彼女の顔を見つめ、ショウは「いいえ」といいながら首を横に振った。
「あたしは、何一つ変ってなどいないわ」
変ったのはあたしの周りだけ。激しく、巡り巡って変っただけ。
ジュリは彼女の印象の深い目を見つめていたのを、口を小さく微笑ませた。
「頑張ってね。貴女のこと、パパにも常連さんになってあげてって言っておくわ」
この子は言う子じゃ無い。分かっていた。
いつも自分のプライドを持って、絶対に曲がろうなどとはしない。この子が思っている以上クラスメートも彼女のことを悪い意味合いで思っていたわけでは無かった。
ただ、彼女の純粋な壁が高くて超えられなくて、中には個性を維持し、孤高の彼女を尊敬の感情を持ってみている子さえいた。絶対に気取らなく可愛い性格で、人の事も悪く言った事も無い。おちゃめで笑顔が可愛くて、揺るがない心の本当に綺麗な子だった。
そこらへんの女の子よりもよっぽど綺麗な心をしていて、だから女の子達は逆に彼女をどこか引き付けられながらも畏怖していた。人には越えられないガードという物がおのおのに強く咲き誇っているけれど、彼女はそれを安易な物では無く強い輝きとして持っていたからだ。
やった分だけ出来る彼女を、悔しいことも挫かずに絶対にどんと構えているところも。いつも、学園では毅然としていた。彼女の中の芯があるからだろう。
ショウは、これからは知人には夜の世界で働いているとは言わない事にした。
誰だってそれは心配もするだろう。
「でも、あたしは大丈夫」
「……そう。ね。そう言えば、ライカさんはどうしたの?」
「ああ……、えっと国に帰っているの。たまにね、ご両親に会ってきてあげてってあたしが言ったのよ」
「そうなのね」
ショウは頷き、淡い青の空を見上げた。
何処までだって飛んでいける……
魂になったら
ライカは、あたしのことをどう思うかしら……
でも、お願いよライカ、お願い。
最後のあたしのわがままを聞いて欲しい
最低でごめんね
でも、あたしはライカの分まで彼のことを、他の人のことを、多くの人のことをこれから愛して行くことを許して欲しい
ねえ。飛翔する事って、天にだって出来る
情操だけになろうがあたしはあなたに会いたいわ
……出来ないのかな……
あたし
「……今頃きっと、ご両親とお話している頃ね……。………」
ショウはそう、青の空を映していた瞳を飛行機雲に沿って流れさせた。
「ショウちゃん……」
ジェリは彼女の芳しい表情を見て、彼女の瞳が透明に輝いていたから、それが輝きだけなのかが量れなくてただ、見つめていた。
ショウを見ていたそんなジョナサンは完全に彼女のミステリアスさと曇ることの無い麗しさの虜になっていた。
★到着★
エステティックサロン『ローゼリアス』に到着した。
ジョナサンは見上げて他の男をちらりと見てから女2人に続き入って行った。
上品な配色は白を貴重とした淡いローズピンクで、可憐なロビーに進んだ。
常連2人にスタッフは柔らかく微笑み、銀のシャンデリアが彼女達の白い肌を尚のこと美しく彩らせる。
ジュリは男3人のことを伝えてから、スタッフは微笑み3人を見て微笑んだ。
お洒落なラウンジで紅茶を出され、ソファーに座った。
ジェリは細い指にシガリロを出し、ショウにも勧めたが彼女は微笑み断った。
この前こてんぱにのされた時は、今度いたらぶっころそうと思ったが、これはかなりの上玉だ。そうジョナサンは思い微笑して彼女を見てにっこりした。
彼女も一応は微笑み返しておくと視線を前に向けた。
だが、プライドの高そうな女?だ。まあ、ニューハーフなのは気になるが見た目も抜群。どこを取っても女にしか見えない。
「ショウちゃん。この中、案内してよ」
ショウの手を握りパウダールームに来ると、ジョナサンがキスをして来ようとそっと瞳を閉じたからショウは驚ききつくビンタした。
背後の黄金のミラーにショウの目元を吊り上げた顔を見て彼は口端を上げた。
「本当は男だけあってやっぱり強烈だな。単なるビンタだってのに」
ショウは、彼を睨んで「フン」と言った。
「ええそうよ。殴れば死ぬこともあるわ」
「ハッ、面白い事を言うな。一丁前にプライドなんかあるのかよ」
ショウは強く微笑んでやり、身を返して歩いて行った。その腕を引かれたの振り返った。
「その手を離して」
「駄目」
彼の股を蹴り上げた。
「馬鹿にしないで」
ジョナサンはその場に崩れて倒れた。ショウは走って逃げてラウンジに戻った。
「ふん!もう全く、男の子って嫌ね!」
「あれ〜?早くも脱落者?」
「ええ。あの子、あたしを弄ぼうとしたから」
ショウは目を伏せて戻って、ジュリは既にいなかった。
「彼女なら玲と消えた」
「そうなんだ」
ショウはソファーに座って、ジュリが思った以上に軽いこだったらしいと分かって閉口した。それと同時に残念でもあった。
ショウは首を振り、スタッフに呼ばれてヨシュアムも殿方用の逆方向に続いた。消えて行くショウの背に呼びかけた。
「玲は?」
「え?あの子とデートでしょう?」
「玲の方じゃねえよ」
「さあ……。何処かで伸びてるんじゃない?」
ヨシュアムが肩をすくめて歩いて行く背にショウは呼びかけた。
「あたな、本名は?」
「馬貴」
「マキ」
「そう」
「楽しい時間を」
彼女はそう微笑み入って行った。
「ジュリの事はごめんなさいね」
「とんでもないわショウちゃん。さあ、横になって」
「ええ」
ショウはゆっくり横になってからうつぶせになりエステを開始した。
滑らかな肌にパックを滑らせて行き、今日も途中からよく眠っていた。
★チタン★
ロビーに戻ると、馬貴がすでにいた。
「どうだった?」
「眠ってた」
「ふふ、あたしもよ」
「顔つるつるにしてもらったんだ」
「本当?触らせて?あ。本当だ。綺麗」
馬貴は笑ってからショウも微笑んだ。
エステから出て歩いて行き、彼は彼女の滑らかな手を握って建物の間へ入っていき歩いて行く。
狭い天からゆるゆると弱い太陽の陽射しが降りてきていた。
「今日予定は?」
「いろいろあるわ。サロンとか、その後にショッピングを」
「全部ドタキャンでいいじゃねえか」
「サロンに行きたいの」
「明日でいいだろう。この奥にお洒落な個室があるんだ」
ショウの前に、うらぶれた路地の中、ステッカーにまみれた黒のペンキドアが現れた。
多少汚れた灰色の壁は夜になれば荒廃的なものを除かせるだけで、看板は出てはいるのだが、いまいちなんのお店なのかは不明だ。
彼が呼びかけ、扉が内側に開く。
青紫のビロードの垂れ幕から派手なタトゥーまみれのいかつい腕が現れて、その手に彼は何かを渡した。
ショウは言い知れない危険を感じて引きかえそうとしたが、馬貴は普通の時の爽やかな顔で首を傾げ彼女を見て「こいよ」と軽く促した。
中は黒と茶色のペンキ壁で、ワインレッドのランプシェードで所々照らされる暗い通路。
薬をやらされて暴力をふるわれるのだろうかと一瞬身構えた。
通路に開口部が規則正しく左右に並んでいる。それを各々がシルバーチタン色のサテンカーテンで間切りされ、足した20センチ下からはは乱舞する光が覗くだけだ。
互いがTVを見ていたり、曲を聴いていたり、照明を焚いていたりする生活光で、それらが暗い通路の床にシンと広がっている。
ショウの手を引き歩いて行き、黒く、毛足の長い金色の目をしたここの女オーナーの飼い猫が一つの個室から出てきて、「ミャン」と短く鳴き小さな身で歩いて行った。
翔や紫貴のバンドをバックアップする影の女立役者、エロティカの持ち店の一つだ。
一つの個室に入って行き、ショウは空間を見回してから馬貴を見た。
「俺の部屋なんだ」
「そうなんだ」
「そう。俺ここで働いててさあ」
「……ちょっと待って。何か悪いお店?」
「え?悪いお店?」
馬貴はきょとんとして首を傾げ、噴出してからひとしきり笑った。
「大丈夫だって。昼は営業して無いから。今は普通に俺の借りてる住宅。まあ、夜なら仕事はするけど彼女を連れ込んだだけだって。仕事をしてるなら通路はもっと煩いから安心して」
「仕事って、楽しい?」
「まあ、楽しめるか気になるなら夜2時くらいから来てみなよ」
「結構です」
「ハハ。まあ、座って」
「ええ。失礼します」
ショウは何かを見つけた。
「あなた、男娼なのね?」
「あ。ばれた?昼は気配悟られないようにしっかり片付けておくんだけどな」
ショウは呆れて肩をすくめた。
「じゃああの2人もそうなのね」
「そう。安心しろよ。俺は容易に女の子に手出ししない性質だから。何か飲む?」
そう言い、黒く石膏で固められた冷蔵庫から缶コーヒーと缶コーヒーを出した。どちらにしろ、冷蔵庫の中は缶コーヒーが50本しか入っていなかった。
それとフルーツだ。
灰色っぽいワインレッドの空間だった。こげ茶と黒の、どこか洒落た男性的ラスティーな部屋。
煙草に火をつけながら戻って来て黒スキンの掛けられた牛革ソファーに座り、缶コーヒーを開けて飲んだ。ショウは断った。
「何か曲、掛けない?」
「何聴く?」
「えっとー。チタン」
「………」
彼は瞬きしてレコードとプロモDVD、CDから顔を振り向かせ、可憐な白い装いのお嬢様なショウを見た。
「……変ってんな本当。チタン知ってるなんてヤバイぜ」
ショウは軽くおどけておいた。
「特にベースの翔って奴がラリッてんだ。この前連れの男がベースで殴り殺されて爆破させられた」
「わわ、わ…わーお。現実味無い世界〜…」
ショウは目を白黒させて口元をがたがたさせた。
「奴等全員完全にイカレてて危険で頭狂ってんだよ。理性もぶっとんでて、奴等自体が動く危険地帯。音は最高にクールな物繰り出すんだけどな。信じられねえくらい。あの地帯だけでくすぶってんのが信じられねえくらいだ」
「まさかヨシュアムもそんな死人がよく出る地帯に足を踏み入れるっていうの?」
「さあ。気が向けば」
チタンのカセットを掛け、ショウは初めて耳に入れた瞬間、顔を引きつらせ耳を塞いだ。
爆音の後に続いた、激しくも繊細で美しい旋律の波に驚いて、ショウは、一瞬で心が全ての音に同調したように乗っかった。
紫貴の高い声で叫ばれたその魂の雄叫びの言語の波が押し寄せるリリックを聞いていて、聴き入っていた。
脳の中心からカオスの心底に渦巻く宇宙まで、聴き入っていた。
まるで紫貴の指し示しめぐらせる先の闇を彼は見据え、魂を唄っている。
哀しくなる程の、苦しさや美しさ、強烈なパンチの利いた音とリリック……。
全てに流れ出るものは一種無秩序なのに、その混雑した流れを掴むと一気に、完全に考え抜かれたリズムが体を、空間を撃ち抜いてくる。
聴き心地さえ良くなっては共に激しい海峡の坩堝に飲まれていく。その安心感。
必死で音を感じ取ろうとする刹那に引き離して来るような悪魔の雄叫びと激しい爆音に切り裂く獣の悲痛な叫び声。
有無を言わせず酔わせては、音でまるで殺して来るようだ、違う。魂のガードを打ち砕き侵し、生命を生かして来るのだ。彼らの音は、彼らの音は。
引きずりこまれる事を余儀なくされては、常に計算しつくされた音の重厚な重なりも繊細な音の重奏も、エロティックな旋律の元神経を逆撫でしつづけても聞き逃せない。
心底から入り込んでは感じさせて来る音のオンパレードと身に侵食してくるリリックと、魂を産まれた地球の起源から呼び覚まさせて来る咆哮。打ち割るガラス質のような連なる銃声、込められた歌詞の意味と、稀に重なる濁音のような音。
一律の元にリスナーを狂わせては秩序立てて行く。世界観、人、音、荒廃的で無い色とりどりの世界。
爆音のような声、松明の流れる野太い音、低いうめき、地に貪りつくような快感、天に昇っていくような完璧なるシンクロ。
流星群を抱かせる獅子の咆哮、全てを繋げる銃声、メンバー達の雄叫び、狂ったような全ての音。かき鳴らしては叩き打つ怒涛の波、引き裂かれる感情の声……
だが、甘く、溶け出しそうな濃密さを含む時もあれば、鎖で叩きつけられ割られたガラスの上で乱舞する鋭さもあり、炎で焼かれるギャラリーの顔さえ目の前に広がりそうだ。
だが、止め処無く紫貴は美しいリリックを聞かせている。激しくも時にゆったりと、甘く氷のような高い声で。
焼きつかれる感情は悪魔の怒涛なのに。
これが……黒の世界
居場所
夢
守りたい物。
確固とした彼の存在意義。
あいつの砦
ショウは……目を開いた。
「ショウちゃん……」
ワインレッドに染まる彼女の麗しい横顔に、彼は見つめ離せなくなっていた。
ショウは、彼の瞳を見つめた。
英一と……同じ色の目をしていた。
無償に哀しくなり彼女は涙の伝い流れる頬をそのままに俯いた。
激しいピアノが華美にかき鳴らされ、美しく激烈な旋律……
際上限にその旋律は駆け上がって行き、ピアノが木っ端微塵に爆破された音が全てに轟き耳をつんざいて、静寂が落ちて行った。
闇の、何処までだって……闇の底へと何かが漂流し旅立っては静かに流れるようにやがては全てを停止させた。
渦巻く事無く侵食して行った。
不気味な静寂と、まるで飢餓に襲われる静けさの恐怖。そして、その空間に流れ込むだけ流れ込み脳裏に焼きついた紫貴の世界観の歌声の情景が、煌いた。
余りにも儚く、余りにも尊い生命として。
暗闇が訪れて、ショウは馬貴が包括したのを大きな目を開いた。
カシャッ
閃光にショウは振り返り、ジュリの姿を見た。
彼女は微笑み、カーテンの先に消えて行った。
はめられた。
ショウはジュリを追いかけその細い手首を持った。
「駄目よ。これはパパに見せてゲームの足しにするんだから」
「……。ゲーム?」
★ゼブラナゲームの影★
ジュリは、『ゲーム』そう言った。
ジュリは黒い壁に背を着け、ショウを微笑み見た。
「そう。パパも加わっているから。今収まり始めているらしいけど、まだ終わって無いから。ランの後釜の、結末をね」
「知っていたの?あたしが働いていた事」
「いいえ?パパの賭けているゲームのことは知っていたけれど。さっきパパにショウちゃんをお願いねって言ったら、何かを撮って来なさいと言うから。まさか、聖マドラネィンに通うご令嬢が、あんな金持ちの悪の巣窟にいただなんて、これはスキャンダルだものね」
「どうやらゲームを随分愉しんでいるようね」
「あたしを一緒にしないでね?聞いたけど、貴女結構ポイントが上がっているそうよ。どうやら、この最近も何かやったんですって?その天性の激しい性格で。早くも性悪女に転身しそうだってギャラリーの中では言われているそうよ」
「……そう、御楽しみなの。客達は」
ショウはジュリを見下ろし、ジュリは視線を泳がせ上目でショウを見た。
「あたしの玩具代は高くつくわよ。寄越しなさい」
「ふん。男娼なんかと抱き合っていたくせに」
カメラを奪い取って、ジュリはビクッとしてそれを見た。
素手でカメラをバリッと壊した拳で彼女の横の壁を殴りつけた。
ひびが入った。
「んな、な」
「パパに言っておいてよ。その分あたしにいい思いさせるのね、って……」
ジュリは顔を強張らせ走って行き、コンクリートの壁を殴ったくらいでは何の傷も着かないらしい拳をショウは下ろした。
首を横に振って逃げ行き消えていったジュリの背を見てから、カメラから飛び出たフィルムを拾い上げて馬貴の部屋に戻った。
彼は口笛を吹き、カーテンから顔を覗かせてからソファーに戻って行った。
歩いて来たショウを見上げておどけた。
「女の子を震え上がらせちゃって悪い男の子だ」
「男の子とか言わないでよ!」
ショウはふんっと言ってソファーに座り、テーブルの上のマッチを擦ってからフィルムに火を載せて、ガラス製のテーブルに放った。
「あなた……さっき、目が可愛かった……」
「俺の目?」
炎を互いに感慨も無く見つめていたのを、馬貴はふと顔を上げた。
ショウは横目で微笑みソファーから立ち上がった。
「じゃあね。ヘアサロンの時間だから」
「また来てよ」
「気が向いたらね」
彼は可笑しそうに笑ってから「別にここは危険地帯じゃ無いよ。待ってるぜ」と言った。
ショウは適当に笑っておいて出て行った。
自分の中で、最低だわ、そういう言葉が浮かんだ……。
精神だけ高く持っているだけではすぐに悪質に落ちて行ってしまうんだわ。
志を高く持って、誇りを守って、もう、無闇に誤解されるような行為はやめると決めた。安易だった。
きっと、あの子は学園であたしの噂を広めるのかもしれない。
でもきっと、言わないだろう。ゲームが絡んだからああやって醜く何かを求めるだけで、そういう物なのだ。
楽しいゲームの魔力は、美しいだけでは詰まらないから誰もが乱そうとする。
奇麗事で済ませようとするけれど、ゲームの起動事態が浅ましい物事の始まりで、そんな混沌とした場から生まれる。
それは、もう愉しむほかなくなって来る。
奇麗事など考えることも無く蹴散らして、富を、栄誉をくすぶらせかかげてくる厭らしさ。
ショウは鼻で息をついて歩いて行った。
★仲直り★
ジュリはショウが路地を出たショーウィンドウに腕を組み背をつけていた。
「さっきはごめんなさい」
「別に」
「あんたに惚れていたから……。何だか嫌で」
「ふーん」
「ねえあの子はどうなったの?元気?貴女をこうやって攻めても無駄よね。別人ですもの」
「ええ」
別人。
分かっている。あの音に協調した体は同じでも、心は、別人だ。初めてそう言われた慣れてきた言葉が自分には浮遊して思えた。
それは、寂しさという物なのだろうか?同じ体を共有しているのに、別人である悲しさというものは、表裏一体という言葉などでは括り付けられないもののように感じた。
「あたしだって、貴女の事が嫌いでは無かったのよ?可愛い性格だし綺麗な子だしね」
「それをあなたの中で汚したのね」
あたしの羨望しつづけた物も知らずに、でもそれは他人には一切関係の無い事でもあると分かっている。理解なんかいらない。
「貴女に嫉妬していたからかも。翔君は貴女のことどう思っているかは分からないけれど」
「嫌ってるんじゃない?」
「ねえ真淵さん」
「やめて。そうやって呼ばないで。ショウでいいわ。なんだか、あまり仲良くなくてもよそよそしい呼ばれ方するのは好きじゃ無いの」
ジュリは可笑しそうに笑ってから彼女に彼女の日傘を持たせた。
「騙されないわよ」
そう上目で微笑んでジュリも上目で微笑んだ。
「もし騙されるなら、一度友達になってからにしてよ」
「いいわよ?ジュリ。パパにもここの所、夜露紫紅〜」
「ふふ。今から友人の店に行くんだけれど、ショウちゃんはどこに?」
「髪型を変えるの」
「そうなの。あたしはさっき、行って来たばかりだから。それとも、ネイルサロンでもやってもらおうかしら」
「いいの?友人のお店は」
「すぐそうやって引き離さないでよショウ?たまには連れ立つのもいいわ」
「そうね。たまになら。いろいろ話したいでしょうし」
女同士は心を探りあう場面もあるから嫌いなのだ。時にぬくもりもあっても、時に姑息さも覗かせる。
「そうね」
2人は街を流して行き、ショウに聞いた。
「貴女、凄い根性ね。まさかゼブラナで働こうだなんて、噂に高い彼女達とうまく渡り歩けるものなの?」
「ええ。彼女達は優しくしてくれるから。ランという人があたしにはどういう人なのか分からなくて、パパは知っている?」
「パパは他の人の常連だったから。でも、相当の曲者だったみたい」
「そうなの」
自分がその消えたホステスの変りの3人目だと知ったのは入ってからだった。
★ゼブラナ審査★
ゼブラナの全容をショウは知らずにいた。ショウの家系はゼブラナには行かない系統でもある。
事前調査は調べ様が無かった。
その募集を見たのはご用達にしていた落ち着き払う内装の宝石店だった。カウンターの中に名詞が置かれていた。
ZEBRANABRANDNEW
それを見て、店員に聞いた。
スタッフを募集しているようだと。それで、彼女は詳細の記された用紙を頂いた。
必須条件
容姿端麗な方
10カ国語以上を流暢に操れる方
身長180センチ以上
家柄が良い方
上品な女性の嗜み全般が身についている方
接客の好きな方
この世界が初めての方でも、貴女なりのホスピタリティーのある方ならば、後日審査させて頂きます。
26歳以下の方
無論NHに限る
※尚、総支配人のみの厳守としますので、身分と身体的な事、性格全般やNHになられた経緯などは全て明かして頂きます。
全身とお顔の正面、横、斜め、背後からのお写真に加え、細かい経歴書、履歴書を同封の上、下記へお送りください。
審査結果の是非はご投稿より1週間以内、履歴書上の住所への返信のみとさせて頂きますのであしからず。
彼女はそれを急いで送り、そして待った。
そして、来たのだ。
第一次審査合格
そして、面接の日時と待ち合わせの場所が記されていた。
一切の書類は不要。貴女の身、一つでいらして下さい。
貴女自身を審査したく思うので。
そして迎え、始まったのだ……。
ショウの第二の人生、黒のフェラーリが、ショウの白い世界に流れ込んで来たと共に……スタートした。
★心の対処★
「ライカさんはよく何も言わなかったわね。秘密にしているの?」
「いいえ。応援してくれているわ」
「へえ。心が広いのね」
「そうよ。素敵な人……」
「………」
ジュリは立ち止まって彼女の横顔を見て彼女を引き止め、振り向いた……ショウを見た。
ジュリは視線を落とし、きっと、知っているのだろう。
ライカが殺されたこと……
ショウは視線を落とす前に身を返し歩いて行った。
「……。ねえ、ショウ。貴女いいの?」
「何が?」
「いろいろよ」
「何故?」
「ライカさんの事」
「……?ライカはオーストラリアよ?オールドゴースト」
そう、振り向いて言って、ショウは首を傾げジュリの顔を見つめた。
「そうでしょ?そうでしょ?」
「………」
彼女はいつも毅然としていて、毅然としていて、花のように凛としていた。
その目は、何事にも美しく輝くものだった。その瞳は静かに凛としていた。
彼女はジュリの頬を撫でて微笑み言った。
「何も変ってなどいないわ。あたしも、周りの事も」
そう微笑み囁いた。
「あたしはあたし」
ジュリの肩を優しく叩き歩いて行った。
きっと元からこういう子だったのだろう。しっかりと立って勇ましく、何かを向える毎に成長して歩いて行く。
自分を見失う事など無く、何故ならそれは見失うことなど出来ないからだ。もう一つの心はもう一人の心があるから、脳は白か黒の自分自体を見つめる以外には現実を対処させる。
隙を与えずに。だから彼等はじっくり物を考えてから自分の頭の中で、一つ一つを間近で考えさせられ対処していく。脳がそうさせる。
もう脳は隙は無いから、自分で考えなさいと。
そうして生きて来たのだろう。だからこそ、それぞれの宇宙を至上にして行き、求めようと思う。
サロンに到着し、4階のVIPルームへ向う。
ジュリはネイルケアのコースを選ぶ。
ショウの付きのスタッフは彼女の横を見た。
「あれ?今日ライカは?この曜日はショップ、休みだろう?珍しいな」
「彼は今実家」
「へえ。お土産はコアラでいいよ」
「コアラは持ち出し厳禁じゃ無かったらね。ぬいぐるみは持ち帰るんじゃない?彼のことだから、人程巨大な奴」
「ライカなら持ってきそうだな本当に。店のドア横に飾ろうかな」
「それいいわね」
そう眉を上げて微笑んで、いつかは、言わなければならないのだ。彼が亡くなった事はしっかりと。
だから、もう来れなくなったこと。でも、葬儀は無いこと。ママにも、パパにも……。
でも、今は絶対に実家には帰らない。帰るのは元気な時。絶対に。
彼が亡くなった今は行かない。それに、もしかしたらその事は言わないと思う。パパとママにそのことを言ってしまえば、絶対に自分はまた耐えられなくなって泣いてしまう。
立ち上がる事など出来なくなってしまうから、彼は事情があって国に帰らざるを得なくなったと言うだろう……。
彼の最期を、自分の心の中だけに留める事にどうにか収めたい。
「……ショウちゃん?」
スタッフは驚き、ショウは目を上げた。
「ごめんなさい、あたし……、」
目から一粒涙が流れて、ジュリは振り返り、ハッと息を呑んで一瞬置いて彼女の所に行った。
自分は、こんな彼女をさっき攻めたりなどして。ショックで仕方ないに決まっているのだ。気丈に振舞ってはいても。彼は何の曇りも無く全て彼女を受け止めてくれていて、初めて彼女が心から感じることの出来た最高に幸せな時間だったのだから。
言ってあげたかった。
今の貴女は素敵。
とっても素敵だわ。
だから、あまり頑張り過ぎなくても、充分素敵な女性なのだからと。
ショウはジュリに一度微笑んで、一粒だけはらりと流れた涙を拭って言った。
「さっき、車が横を通りすがった時に埃が目に入ったのよ。瞬きをしていなければほら、こうやって涙が洗浄してくれるというわけ」
そう大きな目をぱちぱちさせた。
「ほら。もう良くなったみたい」
「……そっか。良かった」
スタッフもそう微笑んで、彼女の手を取った。
「さあ。座って、姫」
「はい」
そう微笑み座った。スタッフもにっこり微笑んだ。
「今日はどうしようか」
「ストレートパーマと、ヘアエステは上級コース。長さは肩を10センチ越す程度にそろえて貰いたいの。上品で、綺麗にグルーミングしたくて」
「分かった。任せて。素敵に仕上がるよ」
「約束」
「約束」
★己★
ショウは微笑み、自分の姿を見た。
華麗な美だ。
髪は今随分と長い。背の中心よりも。
黒は何も手を加えずに縛りもしなく、乱雑に真中わけで耳に掛けるか掛けないかだ。そうやって行動中はいつも目覚める。
ショウはいつも綺麗にアレンジしていて、アイロンで様々にカールさせたり、美しく様々に結い上げたりしていた。
ショウは絶対に黒に、とんっでもない髪形や激しい刺青、ごったごたのピアス、体中に無意味なボディーピアスなどを許さなかった。もちろん酒も煙草もドラッグもそうだ。やろうとすれば、一瞬で彼を昏睡させた。
そういうコントロールはショウの方が強かった。
一度、妙な物をショウは見つけて、それは彼の自己改善計画書のような物だった。
妙な絵がいっぱい描かれたメモ帳が落ちていたのだ。
長い髪を漆黒にし、うなじから後頭部までをM字に全て刈り上げ、肩甲骨から剃り上げた部分に脳髄の蕩け切ったスカルタトゥーを彫り込ませ、即頭部だけシルバーに染めると細かく編み込んで後ろに流し、残った長い黒髪を後ろに流し骸骨を隠して垂らして乱雑な長さの毛先を1cmゴールドに色抜きする。
項、両腕にボディーピアス。鼻と口のピアスは鎖で繋ぎ、舌にGの広い穴をあける。首からの鎖とへそピアスを繋ぎ、背にもがき苦しむ黒豹の墨、拳銃の隠し弾の為の横腹の金属埋め込み穴左右5穴ずつ、5本の指骨にビスを埋め込み殴る時の武器にし埋め込むビスの種類が特注として細かく描かれ、顔面タトゥーの絵柄は顔を囲う蛇……
ーー馬鹿かっと、ショウは冗談じゃないわこんなお馬鹿なそこらのごろつき風情!とカンカンに怒ってそれらをごみ箱に棄てた。あいつは一応は名門の御曹司だ。やめてもらいたい。
パパはあたしがそんな成りで帰って来たら爆笑する間も無くぶっ倒れて気絶するだろうと思ったものだ。
ジュリは背後からショウに呼びかけた。
「そういえば、ジョナサンは?」
「え?さあ。今頃どこかで伸びているんじゃない?あなたこそマンダリンはどうしたの?デートを放り出して」
「冗談でしょ?ハッ、あんな男の子、デートだなんて。軽くあしらって別れて来たわ」
「そうなの」
ジュリはくすり、と上目でショウを見た。
「でもヨシュアムは、綺麗な子だったわよね」
「顔だけでしょ?」
「そうかしら?」
「そうよ」
ショウは歌ってから言った。
「やめた方が良かったみたい。ちょっとお嬢様が冒険しちゃったのよ。あたしは良い子だから」
ふと条暁を思い出したが、馬鹿らしくて首を横に振った。彼はあたしを騙そうとしている目をしているわ。条は高みの見物をして小娘と遊んでいただけだ。
その目を見て、付いて行ったのは自分だった。
きっと、ゲームという物に加わっていたのだろう。
遊ばれるだけで済ませるつもりなど毛頭無いから、挑む事にした。
いろいろな事に自分は愉しめばいいだけでもある。確かにそれは正解でもある。ただ、巻き込まれるのは危険かもしれないのだが。
だから自分自身も高みの見物をしていればいいのだ。この状況を。
加えられているらしいがなんだろうがどうでもいい。
「でも、やっぱり同年代っていいわよね。彼氏はあたしとは余り変らない18。なんだか……まだまだ可愛くて」
「我がままなの?」
「少しね」
「よくあたしには分からないな」
「性格上の問題よ」
「へー」
ショウはミラー越しの視線を反らしてジュリは手を眺めて微笑んだ。
彼には若手エリートや洒落たデザイナーが似合うと思っていたから意外だった。それか京の老舗の息子などが。
「今の彼って、素敵?」
ジュリは、ショウの横に来てアームに腰を下ろしそう聞いた。
「素敵ね。毛並みの良い子猫ちゃんみたい」
そう彼女の髪を優しく撫でて言い微笑んだ。本当に素敵で美しい。
「今の彼?」
ジュリは目でおどけて見せた。
英一の事だと分かっていた。
ジュリは彼女の耳に小さく囁いた。
「いい?樫本家は代々受け継がれる由緒正しい家柄だわ。総遺産はとんでもないと聞くの。彼等はイタリアにも親族を構えていて、その一部は中世のトスカーナの貴族群だったという話」
「え?彼ってクオーター?」
「ええそうよ?あの顔みれば分かるじゃない」
「……え?ジュリ彼を知ってるの?」
「当然よ。社交パーティーはどれほどの頻度で催されると思って?つい4ヶ月前も貴女の御爺様とご両親が出席したチャリティーパーティーに出席していたわ。彼のイタリア人のお婆様と共に」
「………」
そのパーティーは覚えがあった。自分が欠席した理由は行き着けるブランドのファッションショーがあったからで、決断を最後まで悩んでいた。パパに面と向ってライカを紹介しようと思っていた時期だった。付き合いだして半年していたし、2人暮らしも落ち着いてきていた時期だったし、彼と家族との仲を深めたかった。
そのパーティー、選ばなくて良かった……。
「彼って、素敵な人よね」
ショウは肩をすくめた。
「さあ。あたしに遊ばれて終わりなんじゃない?」
そう言って目を閉じて、三面鏡に映る自らを見つめた。
「完璧ね。美しいわ……」
ショウは微笑を広げた。
……今度、英一が来た時に……
髪を、あの時のようにまた、撫でてくれる時のことを、思っていた
「………」
表情も無く、見つめていた。美しい自らを。
来る筈が無いわと、妙な諦め。
磨きを掛けつづけて、何処までだって自分は美しく上り詰めたいのだ。
雲海の上の絢爛な満点の星空と月光の余波が照らす、そういう高みに。それ以上に何処までだって誇り高く。出来る。それが出来る。
ショウはジュリのネイルを「みせて」と言い、見た。
「綺麗ね!凄く綺麗だわ、素敵」
「気に入ったわ。また今度、ここでお願いする事にしたの」
「そうね。それは素晴らしいわ」
★第二の心の中の親★
サロンを出て歩いて行った。
ジュリは腕時計を見下ろして、ショウを見た。
「ごめんなさいね。そろそろ待ち合わせの時間なの」
「充分楽しんで」
「ええ。ありがとう。今日も楽しかったわショウ」
「そうね。ごきげんようジェリ」
彼女達は逆方向に歩いて行った。
お茶のお店に入ってオーナーとお話をしながらティータイムだ。薔薇の繊細な花をそのまま砂糖とチョコレート漬けした店でも人気のお菓子を口に運んではカップに口をつけ、ジャスミンティーを配合してもらう。
美しい器に入れてもらった。
「パパとママにもお土産を買っていこうかしら。何か入った?」
「入りましたよお嬢さん。支配人がカザンラクにローズ畑を買いましてね。その薔薇の花びらジャム付きのローズティー。それにミントティーに合わせる為の薔薇煎餅。高貴なお味が御口に合うでしょう」
「まあ本当?それは素敵だわ。それをお願い」
「はい」
「ね。ママは最近来た?」
「ええ。つい5日ほど前にお見えになられましたよ」
「そうなのね」
良かった。それならば、今のこの辛い時期鉢合わせてしまうことも無いわよね。
ショウは受け取り、いつもの様にオーナーは、彼女が小さな少女の時代からそうだった。彼女の両肩を優しく包括し、そして柔らかく微笑んだ。
こうされたくて……安心したくて自分の心境はここを選んだのではないだろうかと、ショウは瞳を閉じて思った。華奢で今にも枯れてしまいそうなオーナーの四肢は毎年それを増して行くように思う。でも、芯の強さが備わっている。大人としての安心感や、包容力と許容の懐がどこまでも悩みを一つの包容で一次消し去って包んでくれる。
ショウも微笑み、オーナーにお礼をしてから歩いて行った。
何度も振り返り、ママと友人であるからこそ様々のショウを見てきた第二の親の力のようなものを貰い、手を振って微笑み歩いて行った。
いつまでもオーナーは彼女を見送りつづけてくれた。
★血液型って★
見知った長身の背を見つけて、その彼は他のショップから出て来たところだった。
彼の後ろまで行って、追いかけた。
「ハアイ!アシモマネージャー!」
「おーう。ショウ」
彼は振り返った。やけに彼は彼女を見回した。まるで幼稚園児の無傷の安全確認でもする父親のようだ。彼女はどうにもなっていない様だ。
「お買い物?」
「ああ」
「一緒に買い物しよう?」
「え?ああー、そうだな」
「今から服を買いに行くの。選んで欲しいなあ」
「どこの服屋だ?上品な髪形になったな」
「そうなの。似合う?」
「ああ。綺麗だ」
「嬉しい」
夕はバーの買出しの物資を一度店に持っていくと言ってから駐車場まで行く事になった。
「ちょっと待ってろ。車持って来る」
「うん」
ショウは街並みを見回し、夕の背を見てからお行儀良く腰をおろした。
夕は参って首を振りキーを回した。あれは一歩間違えれば子羊だ。
さっきなど、すでに他の青年と街中を歩きそして消えて行った姿を一瞬見た時は疑った。
ゼブラナホステスとしてしっかりして貰わなければ。プライドと誇りを持ってもらいたい。全てに関してだ。
呆れ息をついて戻った。
「お邪魔します」
「悪いな。すぐに済ませる」
港区へ向け走らせる。
「マネージャって大変なのね。買出しまで」
「当然だ。仕事の一部だからな」
「あたしも今度からついて行っていい?」
「冗談だろう?買出しなんて。まさかホステスのやる仕事じゃ無い。駄目だ」
「はい」
「店はどうだ?取り合えず体は」
「平気。明日から1日おき営業でしょう?」
「ああ。体の調子も整え易いだろう。紫貴って仲間とバンド活動らしいな」
「ええ。そうみたい。あまりあたし分からないけど」
「分かっておくんだ。互いにこれからのスケジュールをな。大人だろう」
「はい」
夕はショウの顔を見て、前に戻して進めて行った。
「分かっていなかったから混乱を招くんだ。責任を持つんだ」
そう夕はギクッとして、ショウを見てその事で人を轢き殺しそうになったのを免れた。
「ちょっと、どうしたの?アシモちゃん!」
夕は目を押えてから小さな坊主頭を振った。
一瞬ショウに、ナニカが重なったからだ。
そのナニカが夕の手に、手を乗せた。ショウだったのかは分からない。
「今、俺の手に触れたか?」
「え?」
「今だ。サイドハンドルの手に」
夕は眉を潜め恐い顔をしてそう聞いて来て、ショウはぱちぱち瞬きした。
「今?触れたけど、何で?」
「はあ、ああなんだ。そうだよな」
そうシートに背をつけて窓の外を見てから言った。
「真面目な話をしている時にいきなり触れるな」
「………、」
そう素っ気無く言って、また発進させた。
ちょっと、やっぱり彼はキツイ。
「もう少し、優しく言ってもらいたいな」
そう彼女もシートに手をつけて窓の外を見ながら言って、夕は彼女のその横顔を見て目をくるんっと回しおどけた。
「あたしが悪魔にでも見えたの?」
「え?ハハ。違う」
上目で微笑みショウは夕を見て夕は前を向き直った。
「悪女を演じたいなら成人してからにするんだな」
「嫌ねアシモちゃんってば!そんな物なんかになりたくないわ」
「男を操ることが楽しくなってきたら、そうなって行く」
「操られるの?アシモちゃんも」
夕は口を噤んで、まるで暗示を掛けて来るような何処までも底の見えない大きな目で射貫かれるのを、ふと視線を反らして赤信号で止まった。
「そうだな。俺も男だ」
「………」
夕から出た意外な言葉にショウは逆に黙ってしまって、変に緊張してこれ以上はやめた。
夕はそんな彼女を見て可笑しそうに首を振ったから、ショウは「あ〜何よお子様だと思ったんでしょー」と上目で笑い、彼の腕を突いてから爽やかに笑い窓の外を見た。
夕は彼女のその横顔から視線を戻し、ギアを変え走らせて行った。
彼女からは絶えず不思議な雰囲気が流れていると思うのは自分だけなのか、彼女は放って置けないように感じる。適当なのか、それとも取り組んでいるのか、なあなあなのかその中心を漂っているようで。不安を薄いヴェールでカバーしては軽く微笑んでいる様で。初めからそうだった。
夕は一瞬彼女の頬にキスをしてからショウが2度瞬きし顔を上げた時には、夕は前に向き直って運転していた。ショウは微笑み、また窓の外を見つめ続けた。
バーに到着するとショウを車に置いて鍵を開け事務所に入って行き用品を指定の場所に並べると下の厨房に向かい物資を収め戻って来た。
「どこに向うんだ」
「ランス。でも、ここまで来たからなあ」
「俺の部屋に寄って行くか?」
「え?」
「………」
自分が何を言っているんだと、ついさらりと出た言葉に無駄口を噤んで何事も無かった様にキーを回した。
「ランスだな」
「うん」
ショウは俯いていて、夕は片手を一度広げてから下げた。
「悪かった。別に何も考えて無かったんだ。妙だったよな」
その言葉にショウはショックを受けて夕を見上げた。
「……あたしが男の子だから?」
ジョナサンも言った。ショウに面と向って言ってきた。どんなに傷ついたか、ライカは一度だってあたしみたいな子が気にしている事を言わずにいてくれた。
「違う。店のホステスだからだ」
「そうなんだ」
「ショウ?……。こうやって俺も誘ったのが悪かったな。俺と二人っきりなんて嫌だったよな」
「誘ったのはあたしよ。気にしないで。あたしアシモちゃんのこと好きだし」
「そうか。じゃあ軽めに済ませよう」
夕はそう言い、首を振って戻って行った。
「ありがとう。あたしに付き合ってくれて」
「何がだ?」
「お買い物」
「別に。俺も暇してたしな」
それは嘘だった。部屋に女がいたのをうざくなって出てきていた。
買出しを済ませる言い訳で出て来たが、今日の内は戻る気は無かった。帰ればまた我がままに甘えてこられる。普段なら良かったが、この頃は度が過ぎる。
そろそろ別れるつもりだ。
「アシモちゃんって、こんなに格好いいから彼女綺麗な人でしょう」
「何で」
「あたしには関係無いか」
「見た目が綺麗なだけだ」
「アシモちゃんあら選べるわよ。頭がいい人がつくわ」
「さあ。俺は馬鹿な子が好きなんだ」
ショウは目を丸くしてとんっでもなく意外そうに夕の顔を見た。
夕はそれを見て、口を閉ざして事実だから視線を反らした。
「あ。しっかりしてない子を怒ってるのが好きなんだー。Sなのね」
「別に」
「可愛い性格がたまらないのね」
「なんだよ。詮索なんかよせ」
「ふふ。そうね。でも、アシモちゃんなら素敵な人が似合いそうだって思ってたから意外だった」
夕は何だかんだ言っても、見た目が抜群に綺麗でも大して頭も使っていなそうな子ばかりを自然に選んでいた。
寄ってくるのは確かに知己のある美人ばかりだが、付き合っていても別にどうも思わない。実際は何か暇になって別れている。
「素直な性格じゃ無いわよね。アシモちゃんって」
「別にひねくれていないはずだ」
「まあそうい…………ぅうぃゆぬ、うぇえええ〜〜い」
「うるっせえっからっ」
「よーうようアーシさんじゃ〜ん」
黒はクラブコンパートメントに足を広げ乗せて、夕は彼の頭を叩いて足を下ろさせた。
その時には既にすやすやとショウは眠りに入っていた……。
★紫貴★
紫貴は街中でショウを見つけて彼女ににこにこ声を掛けた。
昨日の事もあったがどうやら大丈夫そうだ。
昨日は兄貴が彼女を呼び出して話をし、翔がライカを殺された事に対して激怒した。その後、どうやら話をしたらしいのだが、夜にショウちゃんが葉斗屋敷に来て一騒動があった。どうやら零姐が彼女を慰めて励ましてくれたらしく、その後ショウは樫本に送られ帰って行った。
「紫貴ちゃん。今からご飯にしようと思うの。一緒に食べよう?」
「うん食べる食べる!」
彼女は昨日とは違う自分色の服を着ていた。
「私服?可愛いね!」
「うん。そうなの。ありがとう」
「お兄さんが奢ってあげようね。何にする?」
「そうだな。何にしよう」
「俺のオススメでいい?」
「うん」
「よし!じゃあ後ろに乗って!」
「ええ。お邪魔します」
ショウはにっこり微笑み、足を揃えて乗って、「んも〜〜ショウちゃん可愛い〜〜!」と、紫貴はにこにこして走らせて行った。
「え?黒がチタンを?」
「黒?」
「ああ、あたしの相方の事」
ショウはデザートのスプーンを手に目を大きくしていたのを首を小さく振って見下ろした。
「あたしが……無理言ったからかな……」
紫貴は「うーん」と唸ってからショウを見た。
「3ヶ月だけでも、あいつにチタンやらせて欲しいんだ。俺だってあいつとはマブだしさあ。どれだけあいつがあれに命持ってやってるか知ってるんだ」
「ほんとうに辞めるって言ったの?なんだか……信じられないな。あたしも聴いたから。カセット」
「ああ、アマチュアでカセットにライブ録音する人間いるからさあ」
「なんだか、魂そのものだった」
ショウはスプーンをおき俯き溜息をついた。
「なんで?」
紫貴は肩をすくめてパンを口に放った。ら、紫貴は咳き込んでガボガボ言った。
「ちょ、ちょ、ちょっと!フランスパン丸ごとなんでおかしわよ、」
そうショウは紫貴の背を大きくさすった。
紫貴は手でうーうー礼を言ってから体を戻した。
ライカの事だとおもう、という事はショウには言えなかった。
ショウが大切な者を失い悲しんで、だから、片割れのショウが強いられてきた苦しみ、生甲斐、大事だったものを失えば、自分も何かの大切な物から手を引いて自分の見を切るべきだと。
馬鹿らしいかもしれないが、それが翔という男だった。
白の事を大切に想っているからこそ自分が男として夢から身を引いて、ショウに、これからの道を頑張れよと、無言で言ってやる事など不可能だが言ってやりたい。
そういう男だと、紫貴には分かっていた。
だが、それを言えばショウはまた兄貴を憎んで心を彼女自身が苦しくするだろう。
「あいつまで失うの……」
「ショウちゃん」
ショウは多少怒った顔で窓の外を見て、パンをちぎって見下ろした。
「いつもあいつはあたしのこの手で人を殴り殺して、捕まったら警察を殴ってベースを掻き乱して、叫んで来たんでしょうね。全てを体現して来たんでしょうね。
男の夢ってあたしには何なのか分からなくて。あたしは当然、黒が動いている姿だとか、どういう声で喋っているのかどういう目で物を見てどういう風に接しているのかも分からないし、どういう男なのかも知らない。映像で見たりだとかした事も無い。
だから……」
初めて片割れを、あのカセットを通じて初めて分離してまるで目の前にいるように存在を感じ取れた時は、嬉しかった。
「だから、判断しかねて来たわ。あいつの生き様だとか全てを今まで。確実にあたしとは違う人間であたし達は双子なんかじゃない。
あいつも同じ、あたし達は不安の中を泳いで来たけれど、時には孤独で人波にもまれていたって心は不安を感じてふと見回しても自分の確固とした存在は消えてしまいそうで……。
身が心についていない様で虚勢をあたしは貼り付けた。時には黒という人間を羨望しもしたわ。馬鹿みたいに恋だとかそれに似た感情でもあった。どういう子なんだろうとか、どういう考えを持っているんだろうとか、あたしには無い凶暴な心を持つという事はどういう事なんだろうってね。
自分の体でも体感する風や、夜や、空気や、荒んだ地帯を彼はその目に、体に、何を思い見つめているんだろうって……彼が」
激しく、泣き暮れていたから……
ずっと、自分が少女だった頃の切望をふと思い出して、荒んで行くもう一人を抑えることに必死になる内に相方の心を読もうとする事をしなくなっていたのだ。そして、認めなくなっていたのだ。あたしが彼を、追い込んでいたのかもしれない……。
でも、黒は彼女を救ってくれた。あの最低なマゾサド夫婦からだ。
あの事は彼女は深く傷ついて両親になどいえなかった。父親の部下との浮気現場の事だ。確かに、父親の部下でもあって彼はよくホームパーティーにも来てたまに家族包みで旅行などもしていた。
あの専務と、ショウは恋に落ちるようになっていて、両親にももちろん内緒で会って浮気をしていた。それがある日、彼の妻に知られたのだ。
妻は夫を拘束した。ショウに彼の目の前でショウに強要させた。ショウは激しく嫌がった。あなた男の子でしょう!そうでしょうに!そう妻は叫び怒鳴り、ショウに麻薬を打った。報復を開始したのだ。
妻はサドだったし、それを見ていた夫は精神的マゾだった。
薬でももう一つの心は洗脳されずに、呼び覚ました。
助けてと、心が叫んだ。
妻は演技で泣いてもいた。夫の心を傷つけるために泣き叫びもした。
黒は目を覚まし、状況を見て椅子に拘束される男をぶん殴った。妻を放ってそのまま部屋を出て……白を呪った。
ショウは目を伏せてあの専務が自らさった時のことを思い出して、頭から排除した。
「あたし……全てに目を瞑ってきた気がする。
こうやって互いの夢があるって辛いよね……どっちも大切なのに。あたしたち、なんで双子として生まれることが出来なかったのかな。
触れ合って、共に他の物を見て、背中合わせにそれぞれが様々を経験して行って、今日はこういう事があったんだとか、明日はこうするのよとか、面と向って話し合うことは出来ずに、互いに何処かで傷ついていても知ってあげることや、見詰め合う事すら無い」
紫貴は自分の兄貴と頭からもらった言葉の事を思って視線を落とした。
ショウ達は特殊な双子、兄弟みたいな物だ。
紫貴が兄貴と面と向って話すような事も出来ない兄弟。紫貴は自分の夢を幾らでも叶えることが出来、樫本もそうだった。
だから翔の事は自分の夢を追いかける紫貴からしても、身を切るように辛いことだった。
ショウだって辛いだろう。そんな事は……。
生甲斐は人間には絶対に必要で大切なことだからだ。生命として、人間の体で生まれて魂を輝かせるしかない為に、他の魂を曇らせるわけではない地球の宝石にするために。
愚かな人間達の寄せ集めは、深いブラックホールに飲み込まれてしまえば消滅してしまうくせに、共に全ても失っても失ってしまうから、求めてしまうのだ。
人は終わりを知ってしまっているから、感情で死をこの身で感じてしまうから、自分の夢をそれまではもとうとする。現の期限は決められていると知っているから。綺麗なもので覆おうとする。地球が美を再現してくれているから。
自分の夢という物でだ。
多くの人間が、俺たちの前を押し寄せては引いて行って街角が出来上がって、天に叫んでも、存在は無化されてしまう事だってある。
だから、誰もが必死になってそれを見せないように余裕ぶって頭を少し、緩めて強制的に存在を誇示しようとする。
生命は決して下らない物では無いのに誰もが下らない物に変えてしまう。そういったそれ自体の行為で地球を何処までだって駆け巡らせて行く。
混沌としたものなど人の心の中でしか生まれなくても、追い求めて、偽善を覆い尽くして、そんな物無用だといくらもがこうが足元をすくわれる。
心をカオスにしたって、自然だけは絶対に人間などの手で汚れる事などあってはいけないのだと生命は知っているんだ。
俺たちの地球と人々は完全に背を向け合った相反するものなのに、こうやって黒と白の世界のように切るも事の出来ない一つの生命体の上に生まれてしまったものだから、苦しまなければならなくなってしまう。
強要し崩れて。
それでもどこにでも悠久の美しさを失ってはいけないと、自然は至高の世界に呼びかけつづける。
人々に、もう止めようよと、静かに呼びかける。不動の態で輝く命を投げかける。その中に取り込まれては追い出され、吐き出されて生命の一部として歩いて行って、人生を終わらせてつづけて夢物語を幻想にして、現代に持って来ても、踏みにじられて。
理想と現実を引っ掛けて小さく爪で引っかいてぶち壊して、怒鳴り叫んでも誰かが聞いてくれているわけではない。
瀧のように自然の世界の中で轟き落ちて行くのに過ぎないが、自然はそれを受け止める。滝壷として受け止める。生命の源の地球の懐に受け止める。
人の叫びなど、輝きの一つとして天に吸い込まれて、流されて行くばかりで、どんなに風が受け止めて飛んで行っても水分が伝達してくれても、届かないから、自分が伝える必要があるんだ。
生命、魂、地球を。
自然の轟き、その雄叫び、現代という形に変えて。
「3ヶ月あるから、あたしも黒の様子窺ってみるわ」
ショウはそう微笑み、紫貴はショウの顔をみて視線を落として軽く相槌を打ったのがなにか、いつも何か表情があっては大騒ぎしてばかりいるから、自棄に事実上自分より年上だとか男の態に見えて、ショウは視線を落としてデザートスプーンを手に取った。
「はい。あーん」
「あーん」
紫貴はプリンを食べてからいつもの様ににっこりした。
ショウもにっこりした。
「ショウちゃんさ」
「ん?」
「俺の兄貴の事、好きなの?」
紫貴は自分のシャーベットを肩肘をつけながら頬杖をついて視線を落とし食べていて、ショウはプリンを食べながら首を横に振った。
「嘘つかなくてもいいよ」
「嫌いよ」
「なら良かった」
「酷いこと聞くのね」
「ごめんね」
紫貴は口に運んでから、組んでぶらつかせた足を止めてショウの顔を見た。
「一絽姐がいろいろ言ってたけどさあ。絶対に下手考えないでもらいたいんだ。俺はショウちゃんの事も、翔の事も、兄貴の事も大事なんだ」
真っ黒な大きな目に射抜かれて、ショウは小さく微笑んでから小さく頷いた。
「そうね。分かってる。裏切らないわよ」
「……。自分の心を裏切るとしても?」
昨日、密会の約束をしてしまった……あたし達は
「試すのね」
「ああ。試す。俺は、まあ、こんな生活態度で言うのもなんだけどさ。誰にでも浮かれ騒いでてもらいたいんだよ。自分なりにな。
それには、何かを犠牲にしなければならない事を俺は知ってる。そこで成長出来ることも知ってる。多くそれを見てきたんだ。この目で。犠牲しいて来た人間達だって見てる。
でかい事なんか言えないが、身の回りの奴等にだけでもどうにかそうしていて貰いたいし、どんなに遠くの知らない奴等にでもそういてもらいたいって人並みに思ってる。
そいつもそいつの人生だから、関わることが無くても。世界ってそれで成り立ってるからな。
誰が建てたのかも分からない建物の中で人は関わって生きて、建てる側はこれから見もしない人間達のことを思って建てる。それと同じだ。
家族を思うのと、見知らぬものを思うのも同じなんだよ。ショウちゃんが羨望して翔を思う事もそう。姿が見えなくても、思いつづけること。全ては関わってるんだ。
だから、世界が幸せみたいになってもらいたいって事は誰でも思ってる。しっかりした己の強さを持ってだ。
苦しい中に加わることは、混沌とした物しか産まないんだよ。
……ショウちゃんと兄貴みたいに」
ショウはその目を見て、しばらくして、白いクロスに視線を落としてから言った。
「あたし……」
彼女はクロスを見つめつづけ、紫貴は手を伸ばし彼女のテーブル上の手に手を重ねた。
「ショウ。下手な事だけは考えるな」
「………、」
「極道の世界は、ショウが思っている以上に残酷なんだよ。死なんかどこにでも転がってる。横を通って行く。
ショウちゃんを中には加わらせない。これは本気の心だ。
誰だって2人を見てれば分かってるよ……あれで済むわけが無いってな。男とか女だとかそういう性別なんか関係無い。そういう事位分かってる。
口ではああやって誰もが口々に言っているが、男はもっと深く物事を考えてる。
男共って言うのはな、本音と建前で出来上がってんだよ。誇りと思考で出来上がってんだよ。
葉斗の奴等誰だってイサ姐と接して来ていて男の成りで女の懐持ってる人間の事なんか分かってる。その彼等なりの度胸だって分かってる。
ショウちゃんの事だって分かってる。女の心傷つけたい男共なわけじゃ無い。
だからこそ、本気で兄貴が男を殺して女と結ばれ様と切に思ってる事が、絶対に許せなくて、男としても誇りを失ってもらいたくないからああやって冷たくしてるんだぜ。
呼び戻したいからだよ。本来の樫本英一を。確かに、ショウちゃんは辛いかもしれない。分かっているし、男共の勝手な酷い理想だって言うのは分かってるが、それでも、曲げたらいけない世界なんだよ。
兄貴は今試されてる。もう一度立ち上がってもらわなけりゃならないんだよ。男だからだ。一度失った男気を取り戻さなきゃならない。
そんな中で兄貴がライカを奪った事は……本当にすまなかった。だが、本当に悪いけど……身を引いてもらいたい」
ショウは暗い目で紫貴を見て、熱い彼の傷だらけの手を見てから目を伏せた。
「じゃああたしは……どうしたらいいの……」
行き場を無くして、奪われて、ゼブラナで可愛がられて、帰ったらその裏側でどうしたらいいのか分からずに途方に暮れてしまうんだわ……
「勝手なのね」
「ショウちゃん……」
ショウは身を返して立ち上がり走って行きかけたのを、そのバッグを持つ彼女の手を引きとめて、ショウは振り返らずに立ち止まった。
横の席のカップルが気づいてショウを見上げて顔を見合わせて、ショウはまた席に座ってカップルはまたそれぞれの話に戻って行った。
「ショウちゃん。俺が誰か紹介するよ。いい奴、連れて来るからさ。そうした方が良い」
ショウは息を吸い、目を閉じてうんうん頷き、息を吐いて目を開いた。
「そうね……」
「兄貴には俺から言っておくよ」
そう、断固として言ってから席を立った。
「行こう。ショウちゃん」
「うん」
「その手、大丈夫?」
「うん……」
ショウはピンク色のカットバンの貼られた拳を見て頷いた。
紫貴は彼女の椅子の背もたれに背を着いて、彼女が顔をふと上げたのを軽くちゅっとキスをしてから、レジカウンターに踵を返し歩いて行った。
ショウも立ち上がってしばらくその背を見ていた。
歩いて行き、店を出た。
兄貴は涙もろいから、決断力を鈍らせているはずだ。こっちが言ってやらないと駄目だ。
そうなって惑わされるようになったのは1年前からだった。涙もろくなったし、何かに関するごとにやはり父親の表情を樫本英一が覗かせるということが彼を何処か浮遊させ夢うつつな雰囲気にさせていた。
これ以上、変らせるわけには行かない。
街角でも業務の移動中にも、たまにどこかぼうっとしているとか、目を何に移しているのか分からない表情を一瞬するとか。今まで兄貴には無かった事だったからだ。一切。
業務を以前通り行っていてもやり方さえ、もう昔とは変って来ているという事は、紫貴にも分かっていた。どこか甘さがあるからだ。大きく動くよりも心底から動き崩すようにもなっていた。今の山でもそうだ。
確かに頭と進めているらしい計画内容の内容変化にも寄るかもしれないが、彼には覇気が何処か無くなっただとか。口調にも全くい力が無いだとか、そういう事を言われているのだ。
激と魂と冷が今までの彼だった。操を立てていた。
だが、今の彼は静と浮遊と冷がない交ぜになって浮いているような。真理を突く般若の目は閉ざされたかのように。
大雅組はもう滅んだ。
それが、またショウの問題でそれに拍車を掛けるようでは、困る。
★連絡★
ショウは携帯電話が鳴ったのを手に取った。
ジュリからだ。
昨日、携帯番号を交換したから。紫貴に断ってから出た。
「はい。もしもし」
「ごきげんよう。ショウ」
「ごきげん麗しく。ジュリ」
紫貴は、だらしない顔をして「えへへ〜」と笑い、「御機嫌麗しく」で成り立ち始める乙女の会話にやはりだらしない顔をした。
「今日はこれからまた、暇はあるかしら。どこかのカフェで、お茶をしましょう?」
「今日は、そうね。それは今から?ただ今、お友達といるから」
「ああ、いきなり過ぎてしまったものね」
ゲームの進行についてだろう。
紫貴はショウを見て、眉を上げてから手を振った。
「あ、ちょっと待ってね」
「どうぞ」
ショウは話口に手を当てて紫貴を見た。
「俺行くよ。仕事もあるしさ」
「本当?今日はありがとう」
「ううん。また一緒にお昼しようね」
「うん。そうしましょうね」
ショウは微笑み、紫貴もにっこりして手を振って跨るバイクで走らせて行った。
ショウは見送りながら言った。
「今から向うわ」
「本当?いいの?」
「ええ。平気よ」
「今はどこに?」
「代官山。シェリーの前よ」
「あたしがそちらに行くわ。待っていてね」
ジュリは切って、バッグにそれを仕舞った。
★ジュリ★
ジュリの姿を見つけ、彼女は名馬の様にそのルックスをさらりと反転させた。
彼女は横に一人の人を連れていた。
「こんにちはジュリ」
「ご機嫌麗しく」
そう微笑み、その彼を紹介された。
「彼は紅矢泰斗。彼女は真淵ショウちゃん」
「よろしく。あたしは真淵翔です」
「よろしく。ジュリの彼氏なんだ」
「そう」
紅矢と言ったら、高級シャンデリア業界の国際的連盟にも名を連ねているスカーレットミラーの血族だ。
スカーレットミラー社長である紅矢聖がゼブラナの客だという事は知っている。妻であり代表取締役である志波と共にランと鳥羽の葬儀に出席していた。まだ新生ゼブラナには来店していない。
誰もが今様子を窺っているのだ。
「カフェに入りましょう」
彼等はレトロなカフェに入って行った。2階に上がって行き、ボックスのソファーに腰掛ける。
「実は今日、お屋敷のホールでパーティーを催すの。パパに聴いたら今日はゼブラナのお休みだからと聞いて」
もしかして、学園の通う子達の父親の中にも割りと多くの常連様がいるというのだろうか?それは多少、気まずさもあるという物だ。
「宜しかったら招待するわ。その時にいろいろ。ね」
ジュリはウインクしてからアイスコーヒーをオーダーした。彼はブラックホットを注文し、ショウは食後だから温かい生葉のハーブティーをオーダーする。
「宴はどのようなものなの?」
「次期のコレクションパーティー。今年のものはもう手に?」
「ええ。パリコレへ行った折に」
「今、貴女実家にいないんでしょう?戻るのは大変では無い?」
「いいえ。よく戻るから」
「そう。時間は宵の6時。貴女のお屋敷にお迎えに行かせるけれど、構わないかしら」
「ええ。ありがとう。コンセプトは?」
「『自ら』よ。それと、年齢層は広いの。枠はエンターロイヤルハイ」
ジュリは断ってからシガリロを出し言った。
「実は、例の事に彼の伯父の加わっていてね」
「成る程」
ショウは彼を見て頷き、彼は通路から口端を上げショウを見た。
「彼も加わって?」
「ああ」
そう肩をおどけさせて言ってからショウは「そう」と眉を上げ首を傾げていった。
「この子は面白い子なのよ。ねえ?ショウ」
「ふん。普通のつもりだけれど?」
そう微笑み言ってから真意を窺うことにした。
「でも、ゲーム違反なんじゃないの?ターゲットに進行状況を見せ様なんてね」
「それも一種の面白さなんじゃない?」
そう、シルバー薔薇レリーフの鈍く反射したシガーケースを細い指をそろえ置いて口端をにっこり微笑ませた。まるで手持ちのカードを返すかのように。
「ね?」
「一体誰がそんなゲームを始めたのか、顔が見たいくらいだわ」
「それは場合によっては闇の中」
ジュリはそうくゆらせ顎を引き強く微笑みショウを射抜いた。
「今回もそうなの?」
「暗黙の了解とはいかないそうよ……。仕掛け人はもう引いたとも思われていてね」
「それじゃあもう乗り遅れもいいところね。馬鹿らしいは。また盛り立てようなんてね」
「いいえ?今度考えるのは、ゲームの開始よ。時に沿い貴女がゲームオーナーになったって良い」
ゲームオーナーの言葉は無視しておいた。
「開始を?」
「ええ。そう。まだこのまま終わるとは思えなくてね」
「これ以上をあたしは望まないけれど?」
「決めるのは運命よ。今度はどういう手で出るのか、ゼブラナは常に何がしかの事が起こる場所なのよ。一人の脱落者が出たけれどね。そのゲームの仕掛け人がまたゲームを始動させるかもしれない」
濃密な蜂蜜のような恍惚が現れては鏡の中、闇に消えて行った。薄煙の先の様に漂い。
「その確率は高いわ」
まるで薔薇の芳香の様に品の強さで惑わせて来るけれど、それは落ちる闇。
ジュリが愉しむ様に共に糸を引く気にはなれない。
「誰もがそう言っている。その次回の内容についてをね。今夜」
ショウは両手を広げ、宙を見た。
馬鹿らしい宇宙を砕くものは人の力だけだ。人の浮かべる情操の宇宙など。
手をぱあっと、広げて星屑の様に壊してしまう。
「呆れた。この人達は。完全にこの余興に取り付かれているのね」
「ええ。あたし達の遊びだもの」
「仕掛人は見つけ様とは?」
「そこにあたし達の愉しみは無い」
「あたしがその人物の面に唾吐き棄ててやるわよ」
心底吐き棄てたい言葉を笑顔を含んで言い、華奢なカップにゆったり微笑みジュリはハーブティーを注ぎ、ショウに微笑んで緩く立ち上る煙の中に言葉を消した。
「言葉を控えてショウ?可愛い顔印象が台無し」
「失礼?」
ショウはジュリと泰斗の顔を両眉を上げ交互に見つめてから言った。
「死人が出るゲームだというのにあなた達は」
「デスゲームこそが最も沸き立つゲームという物よショウ。それは重要な事ですからね。重要な人物が死ぬことが良くも悪くもね」
「品川会長には手を出させないわよ」
「大丈夫よ。彼には株がついているから」
「気になる問題は、もう一人の株だけれど」
この事件には関わる事無く客観的に見てきたショウなりに、品川社長は怪しく葬儀後はゼブラナに姿を現さなくなった。息子の逮捕が原因とも思えない。
手で掴めない事実だとは思えない。現実味を持って首を擡げているのだ。なんらかの事実は天よりは低く、地上でのたうつ寸前を行き交っている。
彼が会長の入院時に女遊びなど不謹慎だと周りから思われたくは無い系統の男だという事は分かるが、何かがあるに決まっていた。
地をのたうつ側の人間としてだ。
それを当てはめて行くと確かに雲の高みから覗くかもしれない黒幕は愉しいたろうけれど、結局はそんな太陽の光輪で姿を見えなくするような人間に、品川社長という人格が身を貸すほど愚かなのかはショウには図りかねる。
今何を思って過ごしているのかは知らないけれど。
「目的は分かって?分からなければ完全には楽しめ無いんじゃない?」
「関係無いわ。理由なんかはね。進行の乱れと工程こそが醍醐味なんだから。収まり始めれば、興味も無くなるというものよ」
ここに毒りんごがあったら食べさせてやりたい。ショウはそう上目で彼女の目を細め見て、唇をすぼめさせた。
「だから嫌い」
「そう言わないで」
風で流れるように顎を軽く上げさらりと言い、横の彼は話を半ば聞いてもいない風で怠慢に他所の絵画を見ている。横顔は涼しげで淡々としていそうだ。
「ゲームはゲームよ」
「でも、ゲームで興味本位で盛り上がろうが事はなるようにしかならないわ。あたしのライカが殺されたようにね」
恐い伏せ目のきつい声で言い、2人は一瞬口を固まらせて、ジュリはしばらく置いて緩く微笑んだ。
「だからあんたを呼んだんじゃない?」
バシャッ
ジュリは水を掛けられたのを目を閉じ開いてから消えたシガリロを灰皿に置くと、首を緩く振り口の中の煙を全て細く吐き出した。
「ねえ?ショウこの世の中はね。勝ち抜いてこそが生きる価値なのよ」
そう、彼女の立ち上がり歩いて行く背に言って、新しいシガリロに火を着け手の水分を振り落とし手に持って言った。
「人の死位、関係の無い事だわ」
「………」
ショウはゆっくり戻って来てジュリを微笑みフと見下ろすと、手をついた。
彼女の口にくわえられるシガリロを取って彼女の手を取った。
ジュリはバッと顔を上げてテーブルに足を組み座ったショウを見て、彼女はジュリのあの綺麗なペガサスのネイリングを見下ろす。
煙に目を細め首を傾げゆっくりにじり消して、ショウは男に微笑みディープキスしてからジュリは手を抑えながら横の2人を見て口を離したショウを睨んだ。
「こんな女の子はあなたの恋人?悪い子ね」
ショウはそう微笑み、ジュリの頬を撫でてから泰斗を冷たい目で見下ろした。
「あなたが彼女を悪い子にしているのかしら」
彼は溜息を吐き出し冷たい視線で通路に視線を流した。
「加わろうじゃない」
「………」
ジュリと泰斗は眉を潜めショウを見上げ、ショウはにっこり微笑んだ。
泰斗がふっと口を微笑ませ、ジュリはしばらくしてから口を引き上げショウの手を取り握手した。
糞ッ垂れのゲームだ。加わって、ぶっ壊してやる。
「爪はどうせ屋敷に専用のネイリストでもいるんでしょう?」
ジュリは呆れて腕を組み、首を立てに振ってから手を広げおどけた。
「パーティー仕様にお色直しも必要よ」
そのパーティーの為のネイル直しだったのだが。
ショウはバッグの中を探りながらそう言ってからある物を出した。
「それはなあに?」
「ハイエナちゃん達、いいかしら」
その言葉にジュリは片眉をぴくりと上げたが、それ位上等よと上目のままショウを見て、泰斗は興味もなさげにしていた。
徐々にプライドを崩しめためたにして這いつくばらせ絶対無比に従わせるまでの知識はあるつもりだ。そんな物使わない。そんな気も無い。彼等にショウは興味が無いから。
「ゲームの新しい要素よ」
金の鍵
「まあ、そうなるかは分からないけどね」
そう言い、またキーを仕舞った。
ジュリは呆れ笑った。
「見上げたものね」
「ふ、狂ってるな」
「そう。普通のつもりだけれど?」
微笑み言ってから立ち上がり、「じゃあ。7時にお迎え、よろしくね」と言い、ハンドバッグを回し歩いて行った。
階段を降りて行き、店を出て、街をいつもの様にお尻をフリフリ歩いて行った。
ゲーム。
真相を知れる。
仕組みが分かる。
イサママに報告しなくては。
★桃色夕陽★
実家屋敷の庭。
泉には空が綺麗に映し出されている。白鳥は木々を背後に滑っていた。
白い石畳はほんのりと白い光を反射している。
午後の過ぎ行く時間、紅茶カップを傾けてショウはその変り行く色味を見つめていた。
カップをソーサーに置き天を見上げる。
月の存在はどこだろう?
きっと光に溶け込んでいる。
明るい空に桃色と紫の夕焼けが近づいてきて、黄緑の若々しい木々が映える。
ライカと共に見たかった。
綺麗な夕焼けだわ。
屋敷のホールを進み、ショウはスタイリストに微笑んでから彼等のところに来た。
「さあ。お嬢様こちらへ」
「ええ」
パーティーの為の装いを身につけていく。
2時間前にイサママからの返事が来ていたのだ。アシモマネージャーも連れて行くようにと。それに、一人チェジというバングラディッシュ人の女性も同行するらしい。
ジェリには、2人の友人も連れて行くことを伝えておいた。
「お嬢様。お客様がお見えになられました」
「ええ」
ショウはスタイリスト達にお礼をしてから歩いて行った。
応接ホールには夕のすらりと高い背と、その横にそのバングラディッシュ女が立っていた。夕の正装は初めて見たけど、とても素敵だ。使用人達も嬉しそうに顔を見合わせているからショウはくすくす笑った。
「お待たせ。アシモちゃんマネージャー」
「ふ、アシモちゃんって呼ばれているの?あんた」
チェジはそう言い、夕は2人の使用人がくすくす笑ったのを、頭をうな垂れてから腰に当てていた手を片方広げた。
「お願いだから名前で呼んでくれないか」
そう言いながら振り返った夕は、見違えて横の女チェジは「わお!」と言った。
「綺麗だな」
「まあ本当?嬉しい」
本当に美しかった。
「チェジだ」
「ごきげんよう。チェジ。あたしはショウ」
「初めまして。今日はよろしく」
「ええ。それで……」
ショウは微笑みを夕に向けた。夕は使用人2人に目をくれた。ショウも2人に頷き、彼女達はその場を後にした。
夕は2人が扉から出て行き重厚に閉ざされたそちら側から向き直った。
「チェジは葉斗でコンピュータ関係の情報集めをしている」
「まあ、いわゆるハッカーよ」
「ハッカー……女性でもいるのね」
「ええ。今回、あたしがそのゲームというものの裏を探る様に英一にいわ」
そのチェジは背を夕に叩かれて夕を見上げた。
「んもう!痛いわね!」
ショウは夕におどけておいた。
「とにかく、例のジュリという子には悟られないように図ってもらいたい」
「ええ。分かったわ」
ショウはチェジに微笑み、2人を見た。
「とても素敵じゃない。あなた達。今宵楽しんでばかりはいられないというのが躊躇われる程よ」
本当に、裏などを見せてくるつもりだろうか。きっと一部。
それにジュリの誘いに父親がどこまで関わっているのかが不明なのだから。
「お嬢様。お迎えの方が参られました」
「ええ」
彼等はエントランスホールへ向って行った。
★宴★
夕はシャンパンを受け取りショウの腰を引き寄せ夫婦に微笑んだ。
ショウは上目で微笑み挨拶をして会場を見回してから艶のように目を光らせた。
首を傾け夕に囁いてから夕はそれに返すと夫婦との会話を終えて歩いて行った。
「ねえアシモちゃん。常連様はいる?」
夕はゼブラナの全歴代顧客リストを網羅している。
「ああ。何人かな」
パーティー自体には海外の客は少ない。
もう一人の連れのチェジは流暢な日本語でエジプト人と話していた。彼も日本語を流暢に話していた。
彼女には夕が合図を送っておいたゼブラナの客達と出来るだけ話をして探るよう言ってある。
何人かのゼブラナの客達がショウ達の所に来て会話を交わして行った。
「事も収まってきているね。ショウちゃんはもうお店には慣れたのかい?」
「まだ至らなく見習うべき事は多いですわ。はやく雅持様達を最大限にお楽しみいただける手を開発していかなければ」
「がんばっているね。ショウちゃんは美しいからすぐに気に入られるよ」
「まあ、有難う御座います」
「今度、ショウちゃんにプレゼントを持って行こう」
「本当ですか?嬉しい」
「楽しみにしているといい」
「はい。喜んで。あたしも磨きを掛けておきますね」
会場に現れたジュリはショウを見て、横に連れる長身でかなりの男前を見ると満面に微笑を浮かべた。
「いらっしゃいショウ」
「ジュリ。お招きいただいて有難う」
「お楽しみいただけて?」
「ええ。とても素敵な宴だわ」
「喜んでいただけてよかったわ。開いた意味があるという物ね」
ジュリは夕を見上げ、毅然と優しく微笑んだ。
「彼は芦俵夕さん。彼女はあたしのクラスメートだったジュリ」
「よろしくどうぞ。彼は新しい恋人?」
「ええ」
「いいや」
「そうなのね」
「い、」
ショウのヒールの下から革靴を引き抜いてから「ああ」と言った。
「早いのね。凄いわ」
「そうなのよね」
「ああ」
ジュリは微笑み2人に「では、パーティーを楽しんでらしてね」と言い、歩いて行った。
ジュリと話していた時の会場の人間達の様子をちらりと窺ってきたチェジは、夕から晴らせる人物達の中で一瞬3人の様子を窺ったもの達のことを報告した。盗聴器になっている大振をイヤリングを揺らし、グラスに口をつけて小さな声で名を言った。
遠目にジュリの彼氏を見つけてショウは夕の耳に囁いた。
「彼よ。ゲームに参加しているというスカーレットミラーの分家の御曹司」
「本家の主は常連だ」
「ええ。その彼はいないわね」
「ああ」
ショウはクスリと笑い、夕は彼女の顔を見下ろした。その角度からも美しい。
「囁くともっと良い声ね」
「それはどうも」
夕は肩をすくめて会場を見渡した。
「部屋はどこだろうな」
「そうね。まだ宵の口には動かないと思うの。それは早い内に案内してくると思うわ。きっと、アシモちゃんのことを今サーチしているはずよ」
夕は頷き、その目を大きくしてから口を噤んだ。
夕の女、律子だ。
彼女がコートをボーイに微笑み預け、会場に進み入って来て見回すと、夕を見つけて相手も驚いた顔をした。
ヤバイ。
普通の女なら、目を細めて鋭く夕を眺め、様子を窺い会場をゆっくり回ってからここに来て微笑み今日夕に買ってもらったドレスの裾を優雅に軽く翻してから自らを見回し、連れの女の衣装を上から下まで一瞬で眺め微笑して夕にゆっくりと問いただすくらいの余裕は見せる。
だが、彼女はそうしそうな見た目にも関わらず、やはり憤怒して真っ直ぐ会場を横切り彼の所まで来ると、ドレスに大きく風を含ませながらツカツカ歩いて来た。
思い切り夕の頬にビンタした。
「え、」
ショウは驚いて彼らを見た。
「その女誰よ!二股掛けていただなんて!!もうあなたとはお別れよ!」
そう、今日買ってもらったばかりのリングを夕の胸に突きつけようとしたのを、ショウを睨みしばらくして、珍しく大きく息を吐き出した。
目元を落ち着かせ、精一杯という感じでショウのグローブの手を引き、彼女の指にリングを乱暴に通して、意地悪っぽく微笑んだ。
「あたしよりも似合うんじゃなくて?きっと、あたしの事よりこの女の事を考えながらあの時選んでいたんでしょうから!!随分だわ!夕の馬鹿!」
そう言い憤怒として踵を返し会場を後にした。
ショウは瞬きしてリングの通され差し出されたままの手もそのままに、彼女の背から夕を見上げた。夕は頬に指を当て首を振った。
「どうせ別れようと思ってた」
「なんだか、ごめんなさい」
「気にするなよ」
会場のジュリは、面白そうに微笑みそれを見てショウと目が合うと首を傾げ微笑んだ。
ショウは向き直った。
ジュリは彼らの所に来てから言った。
「彼女にはあたしからなにか施しをしておくわ。あなたも大変だったわね」
「いや。こちらの不手際だ」
「いえ。彼女はあなたの事を愛しているのよ。今だってね……」
夕は小さく微笑んでおいた。心の中ではうんざりしていた。別れはすぐだとおもっていたのは事実だ。
「今日はお屋敷へ宿泊していかれるんでしょう?ゲストルームを用意させてあるの。後ほど迎賓館へお二人をご案内するわ。ショウ。そろそろ、お色直しに向いましょう?ちょっと、彼女を借りて行くわね」
「ああ」
ジュリはショウを連れて行き、ショウは一度肩越しにちらりと夕を見てから歩いて行った。泰斗も微笑み彼女達と共に歩いて行った。
夕は一応はジュリに感謝をして会場を出て律子を探した。
律子はエントランスホール横のラウンジにいて、ボーイにグラスを貰っていた。一気に呷ろうとしたそぶりをそっと腕に手を伸ばし止めさせた。
「夕、」
彼女は涙で濡れる顔を上げ、夕は言った。
「悪かった。別れよう」
ビンタが逆方向に飛んで、当然でもあったのだが。
「ねえ夕?あなたってそんなに酷い人だったかしら?違うじゃない」
「さあ」
「お願いだから3日間考えてね。あたしは今日はそのまま帰るわ。無様だから」
そう言い、歩いて行こうとした。その手を引き寄せて包括した。
「悪かった。本当にごめん。3日間よく考える。今までの時間とこれからの」
恋愛上利益……
「俺たちの時間を」
「ええ……」
彼女は微笑むことも出来ずに夕から離れて見上げることも無く歩いて行った。
「車まで送る」
「ありがとう」
2人は歩いて行き、エントランスから出ると夜の冷たい空気に彼女を送り出した。
車に腰を滑らせ、彼を見上げた。
「パパにしようと思った結婚の話、止めておくわ」
「考えていたのか?」
「あなた、ZEBRANAで働き始めてから変ったのね。千砂さんが亡くなられても、あたしはあなたが出てくるのを待っていたのに」
「……ありがとう」
「いいのよ……」
そう微笑み、「あたし、馬鹿だったみたい」顔を前方に向けながら言いドアを自分で締めてスモークで見えなくなった。
ゆっくり車両は走って行った。
夕はしばらく見ていたが、引き返した。
★ゲームの盤上★
ショウ達は進んで行き、会場の大階段を上がって行った。
「彼、良い男ね。驚いたわ。昨日のお昼にあんな事があったのにね」
「さあ。思い出せないわ」
「ショウは可愛いから学園でも男の子達から人気があったのよ泰斗」
「へえ」
「茶化さなくてもいいのよ」
「事実よ。嫉妬しちゃう」
エレガンスな廊下を歩いて行き、観音扉を開けジュリは口端を上げ微笑みショウを中へ招いた。素晴らしくセンスのいい調度品の配置されるリビングを進んでいき、それだけは不釣合いなパソコンは浮くように思える。
太い柱横のチェストテーブルにそれは置かれ、その上に手をついて彼は横付けされるボックスに足を組み座りワインをテーブルに置いた。
ショウはジュリに促され画面を見つめて、ジュリはキャビネットの硝子戸扉に腕を組み背をつけ微笑んだ。
その豪華なギャンブルゲームの画面の様子に呆れて腰に手を当てくるんと上目でジュリを見た。
「あなた達、よくもまあ、やるわね」
「あたしは見ているだけだわ」
ショウは首を振ってから盤面を操作して行き、その進行を見ていった。
「………」
その内彼女は画面上を見ていく表情が無表情になっていき、徐々に恐いものへと変って行った。
ランと鳥羽の逃亡と死亡劇、イサママの追跡劇、イサママの病状、品川ヨウの逃亡荷担と襲撃、品川の金の出、ランと鳥羽の葬儀での騒動、刑事の動向、条に連れ去られたショウ、ショウの常連、食器店オーナーのカジノオーナーとしての落ち目と自殺、葉斗の金の動き、ショウの男ライカの射殺、樫本家長男の破門と帰還、樫本とショウの関係の経過具合、ショウとライカの恋愛模様……
グラスを傾ける泰斗の後頭部を冷たく睨み見下ろし、グラスを傾けるその後頭部から蹴り込んでやりたくなった。
こういう冷めた男は極めつけな恥を大衆の前で晒させて徐々に精神を犯して行き廃頽させてやりたくなった。
「それで、これはどこまで進んでいるの?」
まさか、自分と英一のことまで既に取り込まれていただなんて。
こいつらはまるでジャッカルのようにどこまでも鼻が利く胸糞の悪い種類の人間達らし。
食器店のライカの死亡は葉斗の人間達が隠滅したものの嗅ぎつけただなんて。
「それは君自身がよく分かっている筈だけどな」
「ランと鳥羽の黒幕よ」
その主催者だろう黒幕のスペースは暗闇が占領し、ブラックダイヤモンドがゆっくり回転しては光を受けている。その背後に、デーモンが目を青く光らせていた。
「さあ、誰だろう」
盤面を見ただけでは事件の全容を分かっていないショウにはまだ分かりかねない。2人を油断させてショウの持つUSBに記録させるか、それともチェジに入らせる。
このコンピュータだらでなくてもプライベート回線をキャッチすれば他の部屋からでもハックは可能だ。
「貴女にも加わってもらいたいのよ。誰もが匿名希望で参加しているから、安心してね」
「何が必要なの?」
「契約には何も必要ないわ」
「割りとブロークンなのね」
「この回線自体が置かれる状況が限られているから」
「誰から買ったの」
「さあ。貴女なりに進行を見守って、面白く動かして楽しませてね。ひとまず衣装替えをして、会場に戻りましょう?」
ジュリは彼女自身のリビングドレスアップルームに彼女を連れて行き、そこには衣装がそろってメイキャップをする人間、着付けをするスタイリスト、香水を選ぶパヒューミスト達が微笑み立っていた。
上品なピンクのミンクファー、黒の細いハイヒール、青のダイヤ、シルバーアラベクスの蝶、裾が広く白と黒のストライプの仕立てのいいドレス、黒シルクが上品なリボンの腰についた白を基調とするドレス、深紅の頬紅、夜の色のロンググローブや黄金の香水……
金のハイヒール
2人は身に着けて行きドレスアップを済ませると会場へ戻って行った。
★夜の宴★
全てを心酔わせてくる華やかさが増している会場は誰もが優雅に微笑みを広げている。
第二部に突入すると目元を隠す仮面を着け華麗な舞踏会が始まった。
黒の硬質な仮面をつけた夕を見上げ、ショウは目の色を窺えない事に不安を感じて足を踏み鳴らし踊る。
彼の頭上の豪華なシャンデリアに覗く瞳を水の様に光に反射させて、そのショウを夕はステップを緩く踏みながら見下ろした。
「大丈夫か」
「……うん」
そう彼女の口元は微笑み、夕の胸元に一度頬をつけて目を閉じながら曲と哀しい感情に乗って足を踏み均す。
彼の手に乗せる彼女のグローブは指が不安げに一瞬彷徨った。
ショウは安心しきった様に彼の胸部に頬を当てていた。表情は窺えなく、覗く口元は綺麗に微笑んでた。
照明が落ちて闇に落ち、ショウは目を開いて夕の手を握って、夕は少し背をかがめて彼女の頬にそっと頬擦りをした。
暗闇の中彼女は微笑み、再び彼の胸部に頬を寄せた。
「大丈夫だ。不安がるな。事は終わりが来る」
「ええそうよね……」
ショウは涙声で小さくそう言い、肩に頬をうずめて何度もうなずいた。
曲はゆったりと流れ、ステップを踏み均し続けた。
会場の横のエレガンシーシックな洋館に囲まれた、シャンデリアのような噴水のある、石畳の広い広場はライトアップされていて、夜を満たさせていた。
夫々が会話し合い影を重ねあっている。
ショウ達も出て、夜風の無い中をショウは夕を振り返ってから視線を落とした。
さっき、酷い物を見たの、そう、夜風が頬を掠めるほど緩く吹いているのならば、つい言ってしまいそうだった。
夕は広場を見渡していた。星の光は無いに等しく、ただ、月光は地の光に染まる事無く小さいが強く四方に七色の光りの手を優しく伸ばしていた。
月に例えられる美の女神はショウの心にぬくもりを与えた。
人の死を金に変えるゲームだったのだと、あれを見て気づいたのだ。残酷なゲーム。
それを自らは関わりもせずに嘲り笑い見下ろしているのだ。彼らは。
ショウは夕の前まで来て彼を見上げ、夕はそれに気づいて見下ろした。
「内容はどうだった」
ショウは俯き頷いてから顔を上げた。
きっと、自分の口からは言え無いような内容だったのだろう。残酷に言わせることも無いと夕は思って彼女の肩を叩いてから2人で歩いて行き、噴水のサラサラと細かく舞う方向へ歩いて行った。
「チェジは?」
「ああ。いろいろ頭の中で準備をしている筈だ」
ショウは相槌を打って会場のある壁窓の方向を見た。
見える範囲の会場の中は煌びやかで落ち着き払っている。
ジュリという少女も落ち着き払った大和撫子な見かけとは異なり、随分と悪趣味なものだ。
まさか悲劇の当事者自身に場面をゲームの盤面などとして再確認させようなどと。
それと同時に、見張られている。その感覚がショウの心にしっかりと打ち付けられた。
英一とは会わないほうが良いという事。
密会がもし知られることがあってはいけない。
傷つく前に、確かにそれを思うと変だが、ジュリには感謝して置こうともおもった。まともな恋愛を踏むべきだ。辛くならないような。でも感謝は実際しない。
それに、ゼブラナホステスというプロ意識も立つというものだ。
★宵★
ショウはジュリに招待された他のクラスメート達と会話をしていた。
3人の少年と4人の少女だ。
ジュリは会場にはいない。
ショウは歩いてくる夕を目を上げ見つけると微笑んで小さく手を招かせた。
女の子達は嬉しそうに顔を見合わせて笑って、夕を見て「良い男ね」と声を躍らせ言い合った。
「沙里です」
「マリン」
「美夏よ」
「路」
「彼らは司郎、大地と小峰くん」
「芦俵だ」
「彼氏なの」
「いいや」
「素敵」
4人の女は満面に笑んでショウを見た。
夕は踏まれそうになった足を一瞬反らしてかわし、ショウは笑顔で見上げた。
「ショウちゃんって良い子でしょう」
「俺もファンだった」
「そうだな。良い子だ」
「あ。誉めてくれるって嬉しいな。滅多に無い事」
ショウは微笑み伏せ目で見上げて夕は口端を上げ微笑んだ。
「仲が良さそうね」
「ありがとう」
ショウも夕も肩を、心の中で肩を竦めあっておどけたように両眉を上げた。
ショウは彼の腰に腕を回して首を傾げ微笑んだ。その腰にいつもの様に挿された銃を、またこいつにすられて下手をされる様では困るとショウの会話をする笑顔を見下ろした。その様子はなさそうだ。
彼のサイドに立つ美夏が夕を微笑み見上げ、流すように彼の体に視線を這わせてから夕の腰に回されたショウの白い手に手を合わせた。
ショウは微笑み上目で彼女を見た。
「彼に惚れたの?」
ショウの手を撫で美夏は首を傾げ目を伏せると、背を伸ばして夕の耳に囁いた。
「体の関係はあるの?彼女の事、知ってるの?拳銃、持ってるのね。それを使うの?」
夕は彼女の顔を眉を潜め見下ろし、ショウは意地悪っぽく微笑み美夏に言った。
「この人はそういう行為がいいの」
そうからかい夕は眉を潜めてショウの方を見て、呆れて首を振った。
「そういう話は止めろ。ショウ。品位が無いぞ」
「ご免遊ばせ?」
夕の体越しに美夏ににっこりしてから色目を使ってきている司郎には姿勢を伸ばし妖艶に微笑んでおいた。彼は瞬きして崇高な眼差しに見つめられ司郎は微笑んでグラスの手を持ち替えた。
彼女はどこか変った。そう思った。
強く微笑み、目の輝きを光に変えている。それは落ち着き払った美光だった。
月の光のような。今の今までは降り注ぐ昼の太陽だった。
それを夜に満ち潮をゆったりと引き寄せるような強い月光に。
自信というか、強さというか、そういった物が彼女には加わった気がした。
健気にも思える、透明な月光だ……
路はフフ、と微笑んで司郎の腕に手を置いた。
「またまるで詩人みたいに夢想しているんでしょう?」
「え?ああ」
「彼、ロマンティストなの」
「彼はね、月光の差し込む濃密な森の中、青い霧の湖畔の屋敷に生まれたの。美しい場所なのよね。眠る白鳥も月さえも青く充ち染め上げて、幻想的な冬に」
「ショウちゃんはそんな月光みたいだ。綺麗だね」
「ね?またそういう事を言ってくるのよ女の子に。注意してねショウも芦俵さんも。取られちゃうわよ」
16にしてはマリンは深い声音の持ち主で、背も162とコンパクトだ。
浅黒い肌に黒の髪の子で、健康的な琥珀色の目をしている。外国の外交官の娘だ。
さっきはワインレッドの木製猫のマスクをつけていた。何故気になるのかと思えば、翔の彼女の遊飴にラインが似ているからだ。翔と遊飴の下品な所はかなり頭に来たが、別に嫌いなタイプでも無かった。
ショウは夕がずっとマリンを見ている事に気づいて口元を微笑ませて長い首を伸ばし手を当て囁いた。
「気になるの?アシモちゃん」
「え?いいや」
くすりと微笑んでからショウはマリンに言った。
「マリンはお父様が外交官で、お母様がテルアードゥコーポレーション会長のお孫さんなのよね」
「ええ。そうよ」
そうショウに微笑んだ。
夕は特に、悪いがマリン自身が気になるわけでは無かった。だが、こういう顔の子は好きでもあった。
夕はマリンに微笑み、マリンは目を瞬きさせて微笑んで路は口端を微笑ませた。
「移り気気味のようねお二人さん?」
そう言い、ショウを見ると彼女も大して怒る風も無く、夕の腕を肩でついたいなどしていて、恋人?というより、友人?分からなかった。
それよりも、もっと2人の間には自然ななあなあとした雰囲気が流れていた。
気心知れたというか、ショウは安心しきっているし、夕からは適当な空気が根付いている。それが浅いわけでも無く互いに距離が着かず離れず保たれている感じに思える。
それを恋人同士と呼ぶのか、友人の枠なのかは不明だった。
きっと、深い部分では互いに似たもの同士なのではないだろうか。それで共にいても息苦しさは別に無い。なあなあのところを行っているから。
愛情関係の感情が互いに無い。それだ。
路はそう2人を見て首をおどけ傾げた。
恋人なのよ、いいや違うんだ。それは適当な冗談めかしだと。
それではショウの本物の気持ちは何処に……?
冗談めかしではなく、彼女を純粋に微笑ませていた彼女の心は。
それも不明のようで、近い答えのようにも思えた。
美夏は依然夕を狙いの目で見ていては、夕はマリンと話していた。ショウは司郎の褒め称えられ続けていた。
夕は自分がまだ『錬蒔』にいた頃なら客として確実に誘っていただろうものの、今はゼブラナマネージャーだし声を掛けるわけにもいかない。
ショウは耳打ちしてきて、「仲良くなればいいじゃない」と言って来た。
まさか。16歳なんて子供過ぎる。せめて22以上だ。22でも子供だ。
夕は大体女はタメ、それか1,2歳年下だ。自分が20代前半の頃は年上の女ばかりだった。やはり、見た目は長身で綺麗なのに何故だか馬鹿だったりした。
宵は深まってきて、灯りは落ち着き落とされ始めた。
★暗い部屋★
迎賓館を通って行き、他のゲスト達は既に各々がゆったりとくつろいでいる。
ショウの学友達は帰って行った。
「どう?素敵な部屋でしょう?」
「まあ、本当……」
ショウは驚いてその中に入り留まった時の流れに包まれて目を開いた。
ルイ16世の時代がそのまま続いているかのようだった。空気までだ。隅々にいたるまでを。
夕も見回して一瞬あいた口が閉じなくなりそうだった。才色兼備を兼ね備えた女を再現したような、豪華絢爛荘厳華美な空間だ。
「あまりにも移築したまま過ぎて、落ち着かない感もあるから照明を間接的な物にするといいわ。デカダンな風雅になって落ち着き払った空間になるから」
調度品の何もかももそうだ。数百年前のフランスのある貴族のお城を一部、移築した。
照明を落とし、そうすると一気に古城の重厚さが浸蝕した。
「浴室は左よ。じゃあ、ある程度落ち着いたら2階のホールの広間にいらっしゃいよ。オーケストラの演奏がなされるの。12時からよ。その後、リビングで愉しく語り合いましょう」
「ええ。ありがとう」
「では、どうぞごゆっくり」
ジュリはそう言うとにっこり微笑み出て行った。
ショウはしばらく見回していたのを、正装のジャケットを脱ぎネクタイを緩めて両方をソファーの背に掛けた夕の背を振り替えり見た。
「アシモちゃん」
「なんだ」
振り返るとショウが暖色の照明の中では、どことなく心寂しく見えてソファーの背に寄りかかりしばらくショウを見ていた。
「ショウ。何であんな事を言ったんだ」
「何が?」
彼女はランプシェードの置かれたローチェストの横まで歩いて行くと、ネックレスを外し置いて首を傾けイヤリングを外すとコトンと置き、夕を見た。
ショウは、初めてゼブラナで見かけた時とはまるで別人になっていた。
純粋に可愛い女の子が、美しい女に変り始めていた。
夕は逆方向を見て歩いて行き、バーキャビネットからグラスを出してシェリーを注いでから口を付け、片方をショウにも渡し彼女は口端を上げ受け取り口を付けた。
「彼女に恋人と言う事は、お前自身の評を下げる事だ。早いだとかどうとか言われて、どうも思わなかったのか?」
そう彼女の顔を見下ろして言い、ショウは視線を下ろし流してシャンデリアの下の、仄かにそれらのキャンドルで照らされるあちら側の床を見下ろし見つめた。
「構わないもの。そんな事」
「今は心を荒涼とさせたいかもしれないが、ゼブラナホステルとしてはあってもらいたく無い事だ。誇りを持ってくれ。言動一つ一つにとってもそうだ。今日なんて、酷い事を言った」
「ごめんね」
「女として今まで何を習って来たんだ」
夕は溜息を吐き出して浴場の方向へ消えて行った。
ショウは視線を落としたまま顔を反らし、一人掛けのソファーに沈んでヒールを落とし足を引き寄せ、時の作り出した陰影のローテーブルの彫刻に視線を落とした。
ドレスを脱いで着替えを済ませると彼女はイブニングウェアを着てベッドに頬を着け転がった。
目を開き重たいカーテンで閉ざされた窓を見て、顔の方向を変えて涙が流れたのを指で拭った。
夕はサニタリーから出て、ショウを見て歩みを止めた。
「………」
泣いている女の背だとは分かっていた。きつく言い過ぎたのだろう。
「ショウ」
彼女は涙を手の甲で拭って顔の方向を変えた。
「泣くな」
「うん……」
彼女はこくりと頷いて夕の顔を視線だけで見上げた。
暗闇の中の夕はそこまでも冷たく恐い顔に見えて、ショウは立ち上がって彼の所まで言って彼を見上げた。
「怒らないで?ごめんね?今日の事」
「別に、分かればいいんだ」
「これからは言葉を気をつけるから」
「そうだな」
「ねえアシモちゃん」
「なんだ」
夕は自分の腕を持つ彼女の手が緩んだのをホールから顔を移した。
「あたし……英一の事、諦めるの」
そう、顔を真っ赤に歪め泣き、熱い涙が流れた。
「ショウ……」
彼女の頭を抱いてやってから彼女が抱きついてくる背を叩いてやった。
「離れろ。広間に行くから」
彼女は肩に額を付けたまま首を振った。
「もう少しこうしていたい」
「しょうがないな。少しだけだからな」
「うん」
肩を貸してやり、ショウはしばらく白いシャツの肩を見つめながら静かに泣いていた。
「彼女と別れさせたのはあたしのせいよね」
「別に関係無い事だ」
「ごめんね。仲直りできるといいのにね。今日、帰ってあげたほうが」
ショウは夕の恐いほど表情も無い顔を見上げて一瞬震え、目を反らして体を離しソファーに腰を降ろした。
「俺の仕事だったんだ。エスコートもパーティー参加もな。それを、女が偶然居合わせただけだ。わざわざバーテンダーが女の客と話していていちいちキレる始末悪い女なんかいない。何も聞かずに勝手に判断したあいつが悪い」
「そんなの酷いわよ。彼女可愛そう」
「お前が言うなよ」
ショウは唇を震わせて踵を返した夕の背を見た。
「ごめんね……」
「なんで謝るんだ?」
「怒っているから」
「怒って無い。ただ思った事を言っただけだ」
「やぱりアシモちゃんって恐い」
「ああ。悪かったな」
「あ。謝った」
「そうやってチャカすなよ毎回」
「なんで怒りっぽいの?普段冷静じゃない」
「さあ。普通のつもりだ」
「嘘よ。怒ってる」
「ああそうだな」
「こんな事引き受けるんじゃ無かったって思ってるんでしょ。ゼブラナだって全然面白そうに仕事して無」
夕が顔を向けて来たからショウは黙った。
「人の事を詮索するな」
「そう思うんだもの。それだけだわ」
「同じ事を言うのはよせ」
「ほら。言い逃れとか言い訳に聞こえるでしょう?」
「なんだよ尋問みたいに。なんで」
「してみたくなる顔してるから」
「………」
ショウはゆっくり立ち上がって背を向けた夕の背に両手を当てて頬を当てた。
「だから、きつく言ったり怒らないで。恐いのは嫌」
夕は、恐がってもいないくせにそう言ってのけるショウを肩越しに見下ろしてから、歩いて行った。
ショウは目を閉じ俯いて目元を押えた。
それでも彼女には何故か自然に気を止めて来ていた。何かと何をするか心配で見てはいられない。きっと、自分の心と葛藤しつづけては浮遊する身を投げ出して来たのだろう。
笑顔の表情を見るとどこか憂いを持って投げかけるから抱き寄せてあげたくなる。きっと彼女がそこらへんの女より健気な女だからだろう。
必死になってすがりつく女も、必死に我慢して耐えてやってのける女も、無理に強がる女も、弱い女も、精一杯になる女も心惹かれた。
きっと、自分が愛されたいと切望しているからだろうとも感づいてもいた。
それでも冷たく引き離してついてこさせるなど、女はどいつも許さない。勝手な心だがそれでも良かった。どうでも。
「アシモちゃん?眠ったの?」
夕は可笑しそうにふ、と笑って振り返って「別に」と言った。ショウも笑った。女優並の微笑みだ。満点位つけたい程だった。
「お前、綺麗だな」
「………、ふふ、有難う」
ショウは照れ笑いしてから立ち上がって重厚なカーテンを引いた。
青の月光が静かに長く伸び、空間を冷たくしたが取りとめて暖色の照明と闇にシンクロして温かみを持たせる。
「あたし、部屋に残っているわ。いってらっしゃい」
「お前は聴きに行かないのか?」
「うん。月光を静かに眺めていたいから」
「そうか」
「うん」
夕は相槌を打ってからバーカウンターに行き、ブランデーを少し飲んでから部屋から出て行った。
ショウは窓際のカウチに腰掛け、背後で静かに扉が閉ざされた意識の中、背もたれに手腕を乗せ天高い所の月を見上げた。
ライカがもしもあたしに出会っていなかったら、一体どうなっていたんだろうと思った。
そんな事、思いたくないのに。
あまりにも月光は美しすぎて、ショウはしばらくは目が光で痛くなっても閉じることも出来なかった。
あんなゲームの盤上は、事実なんかに沿って無い。事実など、華麗では無い。
誰もが身を持って感じるものは悪魔的な物だ。
それだけは、それだけが盤面上を色濃くて、ショウは目をようやく閉じて立ち上がった。
バーカウンターへ来て、初めて自分でお酒を飲んだ。
喉を焼いてしばらく体を浸蝕していくブランデーを、一気に呷ってから部屋を出た。
廊下を歩いて行った。
★星影★
ショウは一つの開け放たれた開口部に入って行った。
美しい歌声が響いていた。
彼女、麗は引き語り、空間に高い澄み切る声と繊細な旋律を澄まさせた。
街路灯に照らされる路 石畳のパリに
貴方の待つ霧の中 森林のよ様に感じて
あの日の事を覚えている それは美しい夜
貴方とキスを交わし 花の舞い散る夜に
チェリーブロッサム 愛の嵐に
別れては引き寄せる蜜に
まるで花びらの様に 咲き乱れて嬉しい
夜の泉の様に
空間は8人程の男女が微笑み立ったままやソファー、チェストなどに腰を下ろしゆったりと聴いていた。
麗は美声を震わせて、静かに細い指でかき鳴らすろ滑らかな声を出した。
白鳥が舞い、闇の中 心の泉は鏡の様で
銀に光って花びらが咲く 別れたことを夢にしたくて
何度も辿った路を辿って、あの日の様に扉を叩き
貴方からの言葉 貴方からの手紙 全て破ったけれど
麗は水の様に艶やかな目を閉じ、喉を静かに震わせた。
こうやって来てしまった
メリーゴーランドの様に 三日月と記憶だけ巡り続ける夢に……
深い声で瞳を開きかき鳴らす
花のように咲き乱れて 花のように舞い
巡り 春の息吹に愛を感じるのなら まるで花びらの様に
まるで花びらの夜に ミラーの泉の様に
咲き乱れる悦び 蜜月の黄金に 咲き乱れる花びら
消え入りそうに
メリーゴーランドの様に
三日月と貴方だけ 廻り続ける夢に……
儚く現れては
幻の泉から 白馬が駈けて行くわ
儚く消え行く
鏡越しの心が消えてゆく霧の中
静かにかき鳴らし
灰色に充ちた恐怖に 貴方を失う夜の唄
声はだんだん高くなり行き
錆付いた甲冑を着け 錆付いた剣を持ち
かき鳴らして高く声を響かせる
貴方へと向うのは……
静かに闇に落ちる
涙で塗れた錆ね
穏やかに声を震わせて、優しさは悲しみの様に、儚く柔らかに幸せを含む
彼が寄り添ってくれているかの様に
まるで花びらの様に ミラーの泉の様に
幸せを望むのは
咲き乱れる悦び
静かに鳴って
涙で濡れる息吹……
目を閉じてリズムを付けかき鳴らす
闇の中に舞い散る秘華 貴方の為に着たわ
シルバーを身に纏い 黒のシルクを身に着けて
黒のハイヒールを履いて 美しい香パヒューム
優しく瞳を開き
貴方へと導いて 夜の息吹の中で
水の様にかき鳴らす
月の巡りと共に 貴方へと落ちる夜に
花の息吹を纏い 夜の煌きの中で……
静かに鳴らして滑らかに鳴らし、瞳を開いて美声を滑らせる
夜の桜舞い散る中 薄桃の花が舞い
悠久の美しさ 三日月の青を纏い
哀しげに音を重ねて、流れ、流れる……
夜の桜が舞い落ちる からくちピエロの涙が
操られるばかりね……鎧を着た騎士の女
男の愛にうもれて 涙を見せずに別れて
貴方の姿を追い 愛を求めるメリーゴーランド
目を閉じ、優しく歌う
三日月と記憶だけ 巡り続ける夢に
水の流れは静かに止まり、桜の花びらは透明な澄み切る泉の水面を、薄い桃色の色を写し滑って、回転したかのような幻想を、抱かせ春を懐かしむ静かな恋の唄は終焉を迎えた。
野外の広場は月明かりが眩しさを広げ、夜の1時を人々の蜜のような時間を静かに照らした。
麗は微笑み8人にお礼をして両頬にキスを受けて言葉を交わした。
麗は開口部のショウに気づくと柔らかく微笑んだ。
彼女は微笑み、リビングに進んで彼らにも挨拶をした。
「こんばんは」
「こんばんは」
「とても美しい声につられて……」
「まあ、どうも有難う」
彼女は名を名乗り、ショウも名乗った。
麗は8人にもう一度礼をしてから横のスペースへ歩いて行き、ショウを小さく手招きした。
彼女も微笑みそちらへ行き、スツールに腰掛けた。
「あなたは唄を歌われる楽曲の方?」
「いいえ。歌うことは好きで、宴ではたまに歌わせてもらうだけなの」
「とても素敵だった」
「あなたは?」
彼女はショウに穏やかに聴き、ショウは一度俯き微笑み、考えをめぐらせた。
「そうね、あたしは何に当てはまるかしら。例えば、愛情とかにだけ生きれたらって思う女よ。変な言い回しだけれど……」
麗は可笑しそうに笑う事は無かった。
彼女の白い手に細い手を乗せて、ショウは顔を上げた。
「あなたは、きっと素敵な愛に生きる事が出きる人だわ。あなたの横には、温かい光りが見えるから」
「光り……?」
首をかしげて麗の顔を見た。
「大丈夫。茶化しているわけじゃ無いわ。とてもそれは安心する光り。あなたは、もしかしたら近い時に、何かを失って……?」
そう、哀しそうな憂いの目でそっと彼女に聞いた。
「ええ……」
「その魂が、きっと暖かな光としてあなたの得るこれからになって行く筈。物事ってね、失っても巡る物なの。何かを失っては絶対に得ている、気づかなくても、心の中に残ったものは光としてにじみ出ているから……」
彼女も、何か大切な者を失ったのだろう。
きっと、そうだろう。
「あなたの唄を聴いていて、足が動かなかったの。なんだか心とシンクロして、今日、一つの愛を諦めたから。それはあたしの正しい判断。終焉を迎えた事の方が、あたしの光りは心にいついてくれるって思うわ」
「そう……」
麗は優しく微笑み、重ねる温かい手でショウの手を撫でてくれた。
「もしも、光りを見失いそうなときは、心にそっと問い掛けてみて。思い出たちが応えてくれるわ。未来へと導いてくれるから、そっと優しい記憶に問い掛けてみて」
ショウは麗の潤んだ黒目を見つめて、頷き微笑んだ。
「優しい記憶を留めておくと、心を純粋でい続ける事が出きる。変化をおそれないで。いつかは大きな輝きに変るから」
「光りが輝きに……?」
「ええそうよ。あなたの道としてね。横にいてくれる光りは、陰る事など無い。あなたの道を照らしてくれる」
照らしてくれる……
「………」
ショウは大きな瞳から一粒柔らかな涙がこぼれ、麗ははっとしてその顔を見た。
「あたし……大切な人を殺されてしまったの」
「………ショウさん」
「その殺した人を、愛してしまって、行き場の無い心はあたしを、そして殺されてしまったあたしの光りを、あたしの心が隠そうとする。愛情を諦める事を決断して、あたしは彼の光りを、……彼を殺した人の横に広がる光まで、見た気がした……英一さんが、あたしの光を殺した時、彼も自らの光に目が眩んだんだろうって」
「………英一さん?」
麗は視線を落として、今更気づいた。全くの化粧化の無いショウは、どことなく、いいえ、確実に似ている人がいる。
「英一さんは、あなたの大切な光を消してしまったの……」
それは、哀しい事だった。
「麗さん?」
麗は顔を上げてショウの手を両手で持ち、その手を引き寄せた。
「あなたの光りは、柔らかい。あなたの光りは柔らかいわ……」
麗は目を閉じ開いて言った。
「だから、これからは何があっても、あたしも、あなたを……」
麗は目元が戦慄き涙がこぼれ、ショウは驚いて大粒の涙が麗の頬を濡らすのを見つめることしか出来なかった。
英一さんの光りになっていたのね。目が眩む程の。
「あなた、あたしの大切だった人に似ている……」
麗は彼女の肩を抱き寄せて肩を震わせた。
「麗さん……」
ショウは彼女の背を優しく撫でつづけた。温かさを取り戻すまでしばらくは。
「ねえ。麗さん。あたしね、いろいろな事を経験して、分かった事があるの。死んで行った人たちの強大な力よ。人の命は多くの人を動かす事」
それがゲームなのだとしてもそうだ。彼らは、派手に死に勇んだ人たちを弔っている。ゲームという中で、弔っている……人間だもの、悲しまない人間はゼロじゃ無い。
ライカを失って、その魂の温かさが身を浸蝕して、あたしを励ましつづけてくれるとしたら……、きっと、立ち上がるまでをその先も光りを呼び戻せる。
「失った物が哀しい光りなら、もう、あたしは攻めない。攻めないわ……」
攻めない……不条理な世界。美しいだけじゃ無い。でも、生きなきゃ。
あたしが落ち着きを取り戻せば、ゲームは幕を閉じる。
煙の様に消えて行く愛にしよう。
★会★
青ざめた人間達が8人、屋敷を後にした。
ジュリは額に組んだ手を当て、うな垂れた。
敵に回したらいけなかったのよ。
芦俵夕はゲームを愉しむ人間達に言った。
ゲームを愉しむ人間にも監視は置かれ、言い知れぬ姿無い黒幕から死を横たえさせられている事。
ジュリは顔を上げて彼氏がきたのを見た。
「あたし、止めるわ。ゲーム」
「何で」
「芦俵夕があたし達を殺す雰囲気がやばかったからよ」
「何で」
「別に。いいじゃない。あたしの気まぐれよ」
「………」
ジュリは自分の寝室に戻り、泰斗が入る前に閉ざした。
8人の脱退者の遺体が上がったのは2日後の事だった。
☆ZEBRANA☆
バーの中を飛び回る白いオウムは嬉しそうだった。
「ね、ねえ、あたし鳥って苦手なのよ、」
ユウコはハルエの肩にしがみつき、ピチョンくんを見上げていた。
逃げ腰だ。
「いやね。鳥じゃない。しかも喋る」
「いやよ!」
「イヤン!イヤン!」
「ほら可愛いじゃない」
ハルエは肩をすくめてユウコが恐がるのをおどけた。
ショウはくすくす笑って、見上げた。
ドアが開き、樫本は開店前のバーに入って来た。
「あら樫本」
イサママはスツールから向き直り、横に彼は文大吉を連れていた。
「バーテン志望者らしいんだが」
ショウは樫本を見ても動揺せずに心を引き締めた。
イサママは笑顔になってジョージを呼んだ。
「ショウ。話がある」
「………。はい」
石畳に出て、ユウコとハルエはドアから並んで顔を覗かせて広場中央の2人の背を見ていた。
「お前の事を諦める。もしかしたら……店には顔を出す時が来るかもしれないがそれだけを認めてくれないか」
「………」
ショウは一度深く目を閉じ、思いを巡らせてから瞳を開いた。
「あたしはあなたを迎え入れるわ。どんな時でも見守っていて下さい。ライカの分も。あたしの中からライカは消えることは一生無いわ」
「……ああ」
「ねえ、英一」
ショウは一度広場を見渡してから樫本を見上げた。
「長い歴史をこの広場跡の以前の姿は記憶として大気を弄んでいるけれど、それらをあたしは新しい輝きで充たすのよ。もしもあなたが闇の存在なら、あたしは光の存在。あなたの新しい光の存在。心に留めて。今までのあなたの中の多くの光が、充たされるように……」
あたしは全ての過去に屈したくない。
「真淵翔はね、どちらも熱い性格なのよ」
「ああ、そうだな」
「それを、どうか、汚すことは無く居て欲しい」
ショウは微笑み、樫本の肩に手を置いた。彼女はふと天を見上げて、ライカのような優しい月明かりにピチョンくんが重なった。
白いオウムが樫本の肩に乗って、首を伸ばしてラブに頬をよせた。
樫本はそのオウムを見て、オウムも樫本をつぶらな目で見つめた。
一瞬……麗さんの言っていた彼の光にピチョンくんが重なった気がした。
「あー!お客さーん!イタリー!イタリー!」
フ、と樫本は噴出し、やれやれ首を振った。
ライカがいつも樫本をガラス壁の向こうから見つけると、ドアを開けて手を振ってきた。
『あー!お客さーん!来た来た!イタリーの車格好いいですねー!今日も!』
『イタリー!イタリー!来た来た!』
ショウもピチョンくんを見て微笑み、ユウコだけは顔を覗かせ青くなっていた。
「光って、もし地球が消えても宇宙に残りつづけるものだわ。魂と、同じなのね。宇宙の星屑の光も、魂の光も。もしも星が消えても何億光年も残りつづけるわよ」
光と光が重なって……いつかあたしも光になった時に、語り合えたならばいいのに……
≪END≫