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ZEBRANA WHITE  作者: 紫
2/3

CHAPTER・3★ラブ★


ライカは思い切り伸びをして、朝陽に目を覚まし体を起こした。

ショウは……昨日帰って来なかった。

その空間を見つめて、ライカは視線を白のシーツに落として朝陽を見た。

いつもは、彼女がいるから、朝陽はとても美しい。光り輝き銀色の朝陽は彼女の目覚めた微笑みが柔らかくした。

光りに満ちさせて……。

どうしたんだろう。ショウは……。

シーツを正してから起き上がり、ピチョンも、くー、と一度言ってから、傾げたままの首で、薄桃色の下まぶたから黒い瞳をクリンと出して、くうー、と欠伸をして大きな羽を広げ首をくりくりやった。

「おはようラブ!今日も綺麗だね!」

ハハ、とライカは短く笑った。

「今日ラブはいないんだ。どこに消えちゃったのかな」

「ラブ?今日ラブ?」

オウムは首を傾げ傾げさせて、羽を広げた。彼に黄色い餌を上げてからその頬を撫でて微笑み、オウムも微笑んだように見えた。

「今日はラブ探訪の旅を手始めにしようか。どこかな」

「どこかな!」

昨日新しく買って来た照明はまだ、開けられていなかった。ショウが帰って来たら開けようと思っていた。可愛い奴で、きっと、ショウもすぐに気に入るだろう。

赤いし、ガラス製で、金のポールにピンクのガラスでジャコビアンに覆われて、その上に赤のガラスでキューブ型で


L O

V E


と、形作られていた。

夜に立ち寄ったインテリア雑貨店で、間接照明の照らす中、それに引き寄せられて、思わず微笑み、それを購入した。澄み切った深紅で、そして闇にポウッと柔らかい光を、インパクトまでも与えていた。

それを買うにはちょっと気恥ずかしくもあったが、ショウの微笑みが見えるようで、つい買っていた。

彼女はあの光りのようなものだった。赤く、どこまでも透明で、どんな闇にもほうっと光りを灯すような愛情を持っていた。

素敵な女性だ。

それを、部屋の片隅に置くとライカは朝の支度に取り掛かった。

白アイアンの鳥かごを持って今日も車の所へ行き、ふと、景色を見回した。

「………」

しばらく、いつもと同じ筈の白い朝の景色を、路地を、町並みをどこか違った風に見つめてそのまま、車に乗り込み籠を置いてハンドルに、額をつけた。

オウムは「くうー?」と鳴き、しばらく眩暈が収まるまで閉じていた水色の瞳を開くと、顔を上げた。

「さあ……行こうか」

そう小さく言い、朝の光が満ちる中を見てからキーを回した。

「どこかな!どこかな!」

ピチョンは羽を広げて声を張り上げ、ライカは微笑み見てから、車を進めさせて行った。

昨日は飲みすぎた。

ライカは自分で可笑しそうに首を振って、まだ酔いは覚めていないのだろうか。






★拭えない物★


朝の光はゆるゆると、緩くなり始めていた。

銀色から色味を変えて、白と光るグレーは反転するような錯覚を覚えるその朝を超えると、緩い空気を溶け出し流れ始めた。

この時期の朝は、時間を追うごとに徐々に変わって行く。

ライカは、店の扉を開けて中へ入って行く。

ガラスの壁から、お洒落な道を一度見回してから鳥かごの支柱を店先に出してオウムの籠を下げた。

「今日も一日よろしくピチョン」

「はーい!」

「今日も可愛いなお前は」

そう頬を撫でてから、店内に入って行き、奥へ歩いて行く。店の前と中をほうきではいてから、店内を点検し、次の店内フロア清掃の業者が明後日来る事を確認し、うんうんうなずいた。

ライカは事務所のドアへ歩いて行った。

「おはようございますオーナー」

そう一声掛けてからノブをひねり、ドアをいつもの笑顔で開けた。

「今日は暖かいですよ」

ライカは、ドアを開けたそのままの姿勢で笑顔を無くし、瞬きし、それを見た。

「な、」

息が止まりそうになり、一瞬を置いてドアを開け放ち駆けつけた。

「オーナー、」

背の高いライカだかそれを見上げて、確かにオーナーだった。頭には狂った沙汰だとしか思えないリボンがつけられていた。

一体何で……?

ライカは、わけもわからず店内のレジカウンターへ走りナンバーを押した。

「首を、オーナーが首を吊って死んでいるんです、」

「もしもし?どこの場所で」

ライカは店の住所を言ってから、動揺して聞きづらいライカの日本語を2度ほど聞き返すとその人間はコンピュータで住所を入力して場所を出すと、その食器店へ警官を向わせた。

ライカは受話器を置くと、店内を見回し何も変わった風はやはり無い。

事務所ドアを振り返り、急いで閉めた。

「こんにちは」

ライカはざっと振り返り、開店時間のお客を見た。

「あ、ああっと、」

と言って歩いて行った。

「いらっしゃい……」

情けなく客を迎える自分に呆れて、こんな時にどうすればいいのか、客の女性の所に行くと顎のラインまでのさらさらの金髪の前髪をかきあげてライカは高い位置の腰に手を当てた。

「今度ホームパーティーを開くお皿を探しているの。チョコレートを載せるお皿よ」

「……ああ、チョコレートをね、はい。そうだなあ……」

女性は首を傾げライカを見上げ、「どうしたの真っ青」と言った。

「え、ああー、それが……」

ライカは口端をはにかませて、白のシャツの腕をまくって肩をすくめた。

そのガラスの壁の向こうにパトカーが流れ込んで来た。

彼女は振り返り、それらは店の前で停まり警官が降りて来たから首を傾げライカを見上げ、オウムは驚き羽根をバサバサ広げ、「ヘイユ!ヘイユ!」と金切り声を上げた。

客に謝って、彼女は小さく微笑み、「何かが起きたみたいね。盗難?また来るわ」そう言って、ライカは客に「ごめんあさいねえ」と見送り、客は「またねピチョンくん」と言ってから帰って行った。

ライカは彼女の背が小さくなって行くと、警官達を振り返って騒ぐピチョンを中に入れて、「悪いね」と言い袋を掛けて、ピチョンは「フプーー、」と、不服そうな声を出して騒ぎを収めた。

「ご遺体はどこに?」

「こちらです。事務所に……」

警官がドアを開けた。彼は見上げ、ライカを眉を潜め振り返った。

「発見したのは何時頃で?」

「俺が店に来た10時の事です」

「店内の様子はいつも通りで?」

「はい。鍵はいつものように開いていました。オーナーは毎日、8時に店に来るので」

「そうですか……」

ライカは店内のスツールに腰掛けて、鳥の籠を抱え座って3人掛かりで縄から下ろされるオーナーの体をずっと上目で見ていた。

「ちょっと、どうしたの?」

ただ事じゃ無い店に、リエが入って来て刑事や到着した鑑識達を見てからライカの所に来た。

事務所の中を見て、リエは口元に両手を持ってオーナーを見て、その情景から目が離せなくなって、呆けるライカを見下ろした。

彼の顔は、怒りと呆けと静かな悲しみが混在した無表情でそれを見つめていた。

「ライカ……」

ライカはそれに気づいてリエを見上げた時に、一粒目から涙がぽろりとこぼれ、それを拭ってから立ち上がった。うっかり、鳥かごを落としてしまって、ピチョンは「ぺー、ぺー、」とそのことに驚いて泣いた。

「ああごめん、ピチョン、」

咄嗟に拾い上げて、籠の中ですっころんだピチョンの頬を撫でてからまた抱え込んだ。

ライカはオーナーを尊敬していた。だから、彼をここまで狂わせた何かが許せなかった。

彼のプライドを失わせ、こんな姿をさらさせた何かが。

「ごめんねリエ。相談に乗っていたのに結局……」

「……」

リエは一度俯いて、腹部を見つめてからライカに言った。

「あたし……、新しい仕事をもう見つけてあったの。経営不振が続くと、困るでしょう?だから」

ライカは何度か頷き、「そうか」と、力なく微笑んでから彼女の腕を軽くさすった。

「そうだね。その方がリエには安心できたよ」

彼女は俯き、頷いてからライカの胸に額をつけて包括しあってから体を離した。

「やくざの関係よ」

そうドアを振り返って声を小さくそう言ってライカを見上げた。

「警察に話しましょう。彼が何か悩んでたらしい事」

その2人の所に何らかのメッセージの書かれた紙を持って刑事が来た。

「お亡くなりになった推定時刻は昨夜の3時から4時だという事です。このような物が置かれていましたが、大久保さんの字で間違い無いですか?」

それを見下ろし、確かに癖と流れある字はオーナーの物だった。

『 天の鳩は

  撃ち落とされた 』

ライカとリエは首を傾げ、互いの顔を見合わせた。何の心当たりも思い浮かばない。

「オーナーは、やくざに脅されていたようなんです」

刑事は眉を潜めリエを見た。

「やくざに?借金ですか?帳簿は拝見してもよろしいですか?」

「はい……。事務所の金庫に」

リエは歩いて行き、オーナーの死体を見下ろして「ヒッ」と息を呑んで後じさり警部に支えられた。

「大丈夫か?俺が行くからリエは座っていて」

「え、ええ……、」

リエはこわばった体を硬直させて、店内に戻って行きライカは彼女に紅茶を淹れてあげてから彼女の頭を優しく撫で、リエはぽろぽろ泣きながらピチョンの鳥かごを抱え俯いているのをなだめた。

ライカは心配そうに一度彼女の肩を叩いてからしゃがんでいたのを立ち上がって、頭を一度抱いてから事務所に入って行った。

遺体にシートが掛けられ、金庫へ進むと鍵を回した。

「本当に不審な点は無いはずなんです」

「これを預かっても?」

「はい」

刑事はそれを押収してから詳しく聞くことになる。

「オーナーをやくざが尋ねたらしいんですが、俺は見ていませんでした。オーナーに聞こうにも何も言ってこなかったので」

「あなたはやくざの人間の特徴を覚えて?」

リエは自分の所にきた警部を見上げた。

「はい……」

よく覚えていた。一人は背が高くて随分な男前だったし、お洒落だった。もう一人は派手な顔つくりで、自分とあまり変わらない背丈の男の子で、彼も洒落た服を着ていた。だが、その背の高い男の方の目は、確固とした筋者の眼光が染み付いていた。彼女に、フ、と微笑み、彼女は一瞬釣られて微笑んだが、それも突如の乱暴なドアの締りと少年の気が狂った怒鳴り声に驚いて即刻青ざめた。

「その時その少年は何を怒鳴って?」

「それがあー、さっぱりい……、」

あまりの事には滑稽でもあったのだが、当然笑う心境では無かった。彼の死体を目にして……。

「金銭的なトラブルと直感していましたか?」

「余りの剣幕だったので、あの雰囲気もあってやくざと直感してやはりなんらかの金銭トラブルがあったんだと思って。でも、それからは現れなかったんです」

リエは、月水土に入って、ライカは定休日の火曜以外毎日入っていた店長だ。

やくざが来ていたのは木曜日と金曜日だった。木曜日と金曜日、土・日をもう一人の女の子が入っていて、土日だけをもう一人の青年が入っていた。

「その彼らが来たのはいつですか?」

「ええ。4日の月曜日です。俺が早めのお昼をオーナーからもらった内の事で、確認を取ることは出来なかったです」

「どこの組員か分かりますか?」

「いいえ全く。そういう方面には疎くて……」

「わかりました。有難う御座います。この店は今からすぐに閉店していただきたい」

「わかりました」

ライカはCLOSEの看板を持って外に出た。

今日の所は帰らされる事になった。向いの時計屋のスタッフが前で立ち尽くす2人の所に来て、彼らに声を掛けた。その時に、シートの掛けられた遺体が運ばれて行き、3人は救急車が消えるまでをそのまま見ていた。

「一体何が?」

「オーナーが……、自殺したんだ」

「本当に?」

彼は眉を潜めて店を見た。

「ごめんなさいね。あなたの店にも迷惑が掛かってしまうわ。今日一日警官が出入りするらしいから……」

「いいんだそんな事。まさか、あの大久保さんが自殺なんて。何が起きたんだ?」

「分からないんだ。全く」

「今から、香奈ちゃんとゴウ君にもこの事、連絡しなきゃ」

ライカは「そうだね」と相槌を打って、ガラスの先の店内を見た。

中は警官たちが出入りして、黄色いテープが巻かれた。



★行く末の見通しが立たなくて★


ライカはショウに連絡をしても、彼女は出なかった。全く連絡も無いから心配だった。

オーナーも死んで、ショウも昨日の昼から連絡が無い。何かがあったのだろうか。ライカは葬式の事を当然知らない。いつも絶対に連絡をしてくれるのに。

まさか、事故にあって……?バーで何かが起きて?分からない。

「clubZEBRANAの場所を何故?ライカ興味があるの?」

「興味っていうか」

ライカは肩をすくめてみせた。

「あのクラブはお高くって、とても一般人の行けるクラブじゃないのよ。それに、どこの街にまるのかも分からないし物騒なクラブだわ」

「物騒?」

「ええ。物騒」

リエはその言葉が好きなのか、この所使った。彼女はパスタを絡めて口に運んだ。

「ここだけの話、カクテルバーのバーテンやってる女の子に連れがいるんだけど、どうやらclubZEBRANAには葉斗組の息が掛かっているらしいのよ」

「ハト組?幼稚園?」

「え?ああ、違うわ。やくざ」

「やくざ?」

息は掛かっていない。イサが、葉斗組頭の豪と兄弟というだけだ。

「オーナーを自殺に追い込んだやくざの事か?」

「シ!」

リエがライカの口を押さえて、更に声を潜めた。

「まさかとは思ったんだけど……、おもむろに遺書には『鳩』って鳥の名前だけど記されていたし、やくざって聞いてもしかしたら葉斗組かしらって思ったのよ。でもまさか。そう思うでしょう?」

「いや、よく分からない……」

「まあ、あたし分からないけど、名前は分かっておいた方がいいわ。商売に絡んで来るから。どこが実はやくざ提携で進んでいるのか知らないと恐いから。オーストラリアでもそうでしょう?バーだとかイベントクラブや水商売の館はギャングが絡んでいる所が大体のはずよ。幾つか組があって、葉斗、峰、曙の会、揣摩逗、鳳、将山、陽陣、一、東条、他にも幾つか。絶対に噂を聞いて探ってもあのショップは大丈夫だって思ってたのに。きっと葉斗と繋がる金融会社に借金をして取り押さえられたのね」

そう首を振り弱い溜息混じりに言って、食後のコーヒーが来たのをウェイトレスに微笑み礼を言ってから口をつけてライカに断って煙草に火を着けた。ニコチンフリーで、ハーブやレタス、トウモロコシやハスなどが主原料になったものだ。リエは目の中だけが焦っていた。

「ライカも早く他の働き口見つけた方がいいわ。今すぐにでも、YSLのショップでもいいじゃない。ライカ好きなブランドだし、自由が丘のインテリアショップとか、探せば幾らでもあるわよ」

そこに香奈とコウも来て2人に手を振った。香奈は実家の洋風居酒屋の手伝いと掛け持ちをしている女の子だ。

「ねえ。どうなっちゃったのよ」

そう涼しげな鹿目で香奈は前髪を揃えた黒のロングの髪を少し揺らして、低い声で問いかけながら座った。コム・デ・ギャルソンの黒シフォンの袖から伸びる真っ白の腕は細い。まるで、白雪姫のように唇も紅い子だ。性格は冷静沈着だった。

コウはドカと座りながら顔をしかめて2人をぞろりと見た。日本人だが顔が何故だか男盤で若い頃のメグ・ライアンに似て可愛いのだが、性格は適当で悪い。客の前以外ではむすっと無表情だがやはり笑うと良い男だ。服の好みはジル・サンダーだった。リエはアニエス・ベー好きだ。ライカはどこか洗礼された風のある爽やかな顔つきだが、やはり気さくな性格だ。

彼らはやはり食器のブランドショップのコンセプトに集う通りのハイセンスな白黒のモノトーン好きが服装からでも窺えた。だから、毎回ど派手なショウが参上すると、それ毎にみんなは驚いた。

元々ショウの好みはどっぷりと個性派好みだ。

コウはファッション業界で働く兄と共にホームページを開設している為に、毎回ショウの写真や食べたもの、、お奨めの専門店やレストラン、お趣味、買った雑貨や、買ったレコード試聴、洋書紹介、小物や海外旅行やそこでのイベントやショー、高級シャトー、行った国のお奨めポイント、細かい美容法やプロのメイク方法、コスメも紹介され、彼女の開いたパーティーだとか参加したファッションイベントなどの情報を書き留めていた。

そのページも割りと格好良い出来で、彼女の個性やセンスを生かしたお洒落でクールだし、ショウが可愛らしいし綺麗な子なので人気がある。

それに、ショウは他国籍語を操れるために国ごとの綺麗な詩や素敵な詩、様々な恋愛のロマンティックな詩なども知っているから解説や軽めの語学講習、その国毎のしきたりなども載せていた。

彼女の父親は顔の知られた著名人の為にプロフィールの詳しい所だとか、彼女の自宅で催される優美なパーティーなどは載せられないのだが。

コウの兄の事務所では、ショウのデザインした服飾関係や小物なども作られて3度ほどコレクションパーティーも開かれていた。コウ自身は美容専門学校へ通っている。

彼らはどうにかこの状況を、彼女のことを思い出すことで心を和ませながらもやはり黙っていた。

「俺、学校あるし店なくなっても問題ねえよ」

「あたしも。実家の事があるし。ライカは?店長っていう名目でもあったし、当然今まで他の仕事は考えてはいなかったんでしょう?ママに言って、うちで働けるように言うわ。ショウちゃんだって不安がるでしょう」

「そうだね。ありがとう。飲み屋でなら俺も働いたことがあるから助かるよ」

リエは俯いた。また、オーナーのあの酷い姿を思い出したからだ。震える手で煙草に火をつけ、深く吸いつけ顔を歪めてむせた。動揺していて誤ってフィルター側に火をつけ思い切り吸っていて、確実に体に悪そうな妙な味が広がったからだ。

「ちょっと、リエ?」

彼女は目を閉じて、額を指で押さえてうつむいた。

「リエ大丈夫?」

「ええ大丈……」

リエは口を押さえて走って行った。トイレのドアを開け、思い切り洗面所にもどした。第二子を妊娠しているのだ。しばらく前に分かっていた……。

気分がとても悪い。体もなんだか冷えた。

「ちょっと大丈夫?リエ」

「ええ大丈夫。平気よ」

オーナーの死体は、目が競り出ていた。オーナーではないようだった。まるであのオーナーでは。お腹の中の父親では……。

彼には何度か身を委ねてしまっては、子供が出来ると愛情は消滅していた。元々、なあなあの関係だった。出来て喜びより逃げを感じていた。冷めている自分などがいた。

自分はライカを狙っていて、それでも彼にはあの可愛らしいショウちゃんがいる。だからそんな気持ちからオーナーとはふとした行きずりからだった。

それが、どこか愛着が出てきていた。一緒にいて楽しかったし、素敵だしダンディーで渋くて理想の男性だった。お洒落で思い描くままの人過ぎた。だから、醜い部分を知りたくなくて深くしる事をしなかった。

そうやって都合よく考えていたからだ。

子供の話は彼には一切しなかった。やはり、不思議と愛情までは結びつかない関係だったからだ。きっと、互いにそうだったんだろうと思う。愛し愛されてという風は似合わなかったから。

彼が何に手をつけていようが、私生活まで知ろうは思わなかったし、女の領分をわきまえていたつもりだった。第一、子供も待っているからそこまで時間を自由には使えなかった。

だが、やはりあの姿を見てしまっては、ショックは大きかった。

リエは泣いていた。泣いて、香奈にしがみついていた。

香奈は激しく泣くリエをそっと優しくなだめ、髪と背を撫で続けた。




★無断欠勤★


以前クラブ時代は22時開店3時までの営業の秘密クラブだったが、バーゼブラナに変わってから19時開店1時までの営業時間と変わっていた。

その10時間前の店内準備中にイサママはジョージと話し合っていた。

「文大吉をバーテンダーに?」

「そう思っているのよ。彼に指導してやってくれないかしら」

「出来る器かねえ」

「夕もいるし、2人でどうにか。これからの事を考えるといろいろ不安でしょう?彼なら確かだわ。まあ、腕のほうはこれから訓練してもらうけれどね」

「感覚の仕事だ。それに、カウンター客に対応できるのか?確かに前のクラブとは勝手は変わったが狭くなっただけだ。内容は大して変わらない大変なままだ。本人はなんて言った?」

「承諾していたわ」

「俺としてはしっかりと厳しく審査した上で最高のバーテンをと思っているんだ」

「当然、そうではあるけれど、彼の事も一応候補に入れておいて貰いたいの」

「分かった。様子を見てみよう」

夕が店内に入って来て、ベージュのトレンチコートを脱ぎながら2人に挨拶をした。いつも黒のスラックスに白のワイシャツ姿に黒の革靴が常の夕は、やはりその格好が長身にもその顔つきや性格にも似合う。

事務所にいつものように向って行き、ボタンをしっかり上まで閉めると蝶ネクタイをはめて黒のロング前掛けに黒のベストを着込んだ。チリなど着いていないか見回し全身ミラーでチェックし身だしなみを整えるとつけるものをしっかりつけてからマザーコンピュータに出勤確認をする。自分のデスクのコンピュータを起動させた。

30分後、葉斗の黒塗りの高級車で2人の煌びやかなマダム、ユウコとハルエが到着し、いつもの気品あるドレスで優雅に微笑んで促され入って行った。

ショウが続かなかった。

ユウコは伏せ目でキセルをゆったり水平にまわすとクリスタルのチェストに腰をつけて支柱から下がる垂れ幕をまとめる絹の紐を爪でなぞった。

「もしかして、この所の騒動で部屋で倒れているのかしら。ようやく気が抜けたのかも」

「無休は辛かったかしら?」

豪華な花の中から深紅を取って唇を寄せた。

「連絡、してみる」

今は照明が落とされ全てがグレーかこげ茶の光りの中、ダークトーンに落ち着く空間を待った。

「出ないわ。あの子、大丈夫かしら。困ったわね……」

幾ら連絡をしても無駄だった。

彼女は学園では無遅刻無欠席、責任感もあり時間にしっかりしているし、何かがあるようならバーに絶対に連絡をしてくる子なのに。もう1人の自分が邪魔してくることも無いことを言っていた。イサママは会った事はないが、夕の話では相当の無礼人らしい。あれは本当にショウとは別人で、ごろつきにしか見えないと。

「俺が行って来る。部屋の場所は?」

「はい。薬。風邪だったら渡してあげてね」

「ああ」

「いなかったら仕方が無い。連絡をして戻って来て」

「分かりました」

夕が出て行こうとしたところをやはりイサママが止めた。

「若い男のあんたがいきなり来たんじゃあ、ショウも驚くだろうからあたしが行くわ。お店の準備は任せたわね」

彼女はそう言うと新しい黒のフェラーリに乗り込み石畳を走らせて行った。

今までは金土日以外は1日置き営業であり、金土曜はオールナイト営業だった。

彼氏と同棲していると言っていたから、彼に身分を言えば大丈夫だろう。




★どこにもいない★


その頃ライカは、夜道を見回し歩いていた。

ショウがどこにもいなく、彼女は一向に帰って来ないのだ。

自分が留守にしているうちに帰って来ていたならまだ良かったのだが、伝言板も変わっていない。

結局、ゼブラナの場所は誰にもわからなかった。元々、本当にあるなんて思われていない場でもあるのだから。そこで働いているという意味が、深いものでなければいいのだが。

ライカはふと、信号機で停まるクールな黒のフェラーリを見た。

美しい初老の着物女性が乗っている。まるでスレンダーな銀狐のような、清涼とした美しい人で、優しさと温かさも持ち合わせていた。

彼女はライカの視線に気づき、白人で夕程の長身の青年を見て、一気に表情の鋭い造りが無くなり、柔和に微笑んだ。ライカも人懐っこく微笑んだ。

黒のフェラーリはそのまま滑らかにコーナーを曲がって行った。しばらく見ていたライカは顔を戻し、信号が変わり歩いて行った。

もう暗い夜もふけ始める。

彼女はしっかり食べているのだろうか。夕食は作っておいたが心配だ。実家に帰っているならそれこそ連絡をくれるのに。

確かに、もう自立する年齢16でもあるのだが、ショウにしては連絡がなさすぎた。

「あれ」

ライカは、見覚えのある洒落た車を見つけた。遠くにだ。

水色グレーの車体に黒の幌付。マセラーティ3500スパイダーだ。

あれに乗る人間はライカは一人しかしらない。食器店の常連の若い男。例の、ワインか、洒落たレトロな店のオーナーだろう人間。

彼は遠くのライカに気づかずに歩いて行った。

ライカはそのまま歩いて行った。




★ゼブラナ★


ライカはその場を迷い込んだ羊のように見回していた。

さらさらの金髪をかきあげて、消し炭色のワイドなパンツに白の長袖、その上に黒のカーディガンをお洒落に緩く着こなしている。

煉瓦壁と漆喰壁に囲まれた石畳のこの広場の空間の中は、そのスペースだけがまるで西洋の海近くの田舎の路地裏のような雰囲気があった。昼は青空の下白い漆喰壁が古びた暖炉と共に映えるが、夜は石畳が冷たく灰色に月光を受け、どこかしらの出歩くときの危険さを含ませるあの独特の雰囲気だ。

どこかにジプシーでも潜んでいて、酒屋から酒屋をはしごする酔っ払いから酒か金を奪い取ってでも行こうとする茶色の鷲そっくりの目が闇の中見つめているかのような。

きょろきょろ見回して、明るい方向、ブルーベリーモチーフの街路灯を見つけた。随分ロマンティックなものだ。白の漆喰にその青と安心する茶色が広がっていて、装飾看板が上部から白の照明に照らされている。

「あれ。さっきの」

白の漆喰や闇、渋いワインレッドのセダンが停車されていて、それは頭上のブルーベリー色のほんのりした青紫とこの落ち着いたこげ茶照明の色合いがよく似合う。車体にその茶色の照明の深い色合いが艶を与えうつっていた。ワインレッドを尚のこと重厚にしていたから、一気に空間に様々な色味が加わり、店の雰囲気の世界観が確固としたものとして現れた。ふいにだ。

先ほどすれ違った黒のフェラーリの着物美人が車体の横に組んだ腕を着物の袂に入れ立っていて、こちらを見ていた。

彼はそこまで歩いて行くと微笑んだ。

「どうもこんばんは」

「こんばんは。さっきはどうも」

イサもそう返すと、青年は車内を見た。

「あらお客さん!」

「ああ」

あのワインかレトロな店の洒落たオーナーだ。まあ、それはライカの決めつけでもあるのだが。彼は他所を見ていたのを、ライカを面倒臭そうに横目で見上げてから、窓枠に掛けていた腕を外してキーを差し込んだ。

「格好良い車相変わらず持ってますねお客さん」

男はちょっと嬉しそうに首をやれやれ振り微笑んでから着物美人を見た。

「知り合いなのかい?」

「ええ。まあ……」

どこか罰が悪そうにそう言い、思い当たった。どうやらこの看板のお店の人で、この着物の人がオーナー?

「俺の店に良く来ていたお客さんなんですよね。カップや皿を買ってくれました」

「へえそうなの。すごい偶然ねえ。あなたはバーに?」

「バー?」

可愛らしくて女の子の服屋のようなお洒落なお店の、ロマンティックな扉を見て、洒落た看板を見た。

「あれ。ゼブランナ、ゼブラーネ?あれ?ゼブラナ?あ。ゼブラナ?」

ライカは店の看板から、2人を見た。

「ショウは元気ですか?」

「ショウ?」

「俺の彼女です。ゼブラナで働いているってって言っていて。この2日間連絡が無いから心配していて」

「お前の所にも夜連絡が無いのか?」

「ないよ?」

ライカは瞬きをして男を見た。

「今から彼も捜すんだ」

「え?お客さんも?本当に?」

「ああ」

そう彼は言うと、着物女性、イサママだ。「頼んだね」と言い、彼は頷くと洒落た頭の車を走らせて行った。

3500スパイダーは確かカロッテェリアの一人がデザインしたんじゃなかったか、一度彼にイタリアのデザインにはまってるんですねといいう話をしたら、その目の色を変えて3時間位車のことについてを話し始めて止まらなかった。

オーナーが用事から帰ってくるとはっとして、A4サイズのいつもの封筒を持ち仕事の話の為かオーナールームへと入って行った。

どうやら彼は、母方がイタリア北部の全土に親族が多く散らばっているという話で、生まれと6歳までの育ちがトスカーナで母と祖母と使用人の4人で過ごしてきたが、6歳のときに日本に住んでいる父親に親子で呼ばれたようだ。

その時から祖父に習って剣道をやっていたと言っていた。でも、その剣道が、彼からは全く浮かばないともライカは思ったのだが。

ワインレッドの車体は濃密な夜の中、闇もやへ、滑らかに吸い込まれて行った。

「お店のお客さん?」

「ええ。ショウの常連なのよ」

「へー!偶然!恋人同士同じ常連なんですね」

あまり日本語が得意でないらしいとさっきから思っていて、イサママは優しく微笑んで「そのようね」と言った。

「俺もまた捜さないと。ここに来ると、ショウも働きずらいだろうから行きますね。あの子をよろしくお願いします。話では皆さん、とてもいい人達そうで安心した」

そう人なつっこく笑ってイサママも微笑んだ。

「あたしもあの子から聞いてるわ。優しくてとても理解力のある人だって」

「え?ショウが俺のことを?あはは照れるな」

そう、ショウと同じような顔で可愛らしく笑って、イサママは彼を見上げて安心した。あの子にはこんなに素敵ないい彼氏がいる。だからのびのびとした、あの晴れやかさもあるのだろう。素敵な笑みも出来るのだろう。

イサママはほっとしたように何度も頷き、ライカの腕に手を当てた。

「あの子はね。あたし達の大切な恵みのような子だわ。あの子を理解してくれて、ありがとう」

彼は彼女を見てから、満面に顔を微笑ませてから、まるで、お母さんのような人だ。優しくて、懐が暖かくて素敵な女性だ。

ライカは安心して、彼女達にならショウを任せられると思って嬉しかった。彼女のところで働いていれば、他の2人の女性もとても素敵で支えてくれるのだろうから。

ライカはイサママに深く頭を下げた。

「ショウのこと、お店に受け入れてくれて有難うぼざいます。彼女、毎日が楽しくて嬉しいって喜んでいるんです。前以上に輝いている。辛いこともあるだろうけど、これからも、俺も彼女の支えて行きたい。だから、いい環境に彼女がいることが出来て、俺も幸せです」

ライカはそう言い微笑み、イサママの白く細い手を取った。イサママは目を見開き見上げて、笑みを顔に広げて、この夜を歩きつづけたから冷えてしまっているおきな手を握り返してうなずいた。

「あの子はきっと成長するわ。その力添えがあなたにも出来ると思う。今、あの子はッ実大変な時期だけど支えてやりたいのよ。あの子もあなたを心から想っているんでしょうね」

そうライカの背を強く叩いた。

「気をつけて。あの子をよろしくね」

「わかりました」

そうライカは笑み、一度彼女と握手をしてから手を振って闇を再び歩いて行った。

イサママは彼が路地裏へ消えて行くのをしばらく見送っていた。

とても愛し合っているのだろう。いい子にはいい人が着く。

これは、人を惹き付ける力を持っているから。

ライカは見回し、その時になってお客さんに言い忘れた事を思い出した。

お店はもう営業できる状態では無いのだ。

あのクールな車体は、もうどこにもなかった。




☆プリンセスショウの帰還☆


ショウは紫貴のバンド立役者の女に誘拐されていた。

バンドをする以上、大事なメンバーをゼブラナに取られるわけにはいかなく、彼女を拉致監禁したのだ。

樫本がその立役者から連れ戻してきた。

樫本は閉店時間に到着すると眠るショウを抱き上げ、ゼブラナの野外階段を上がって行き、ドアを開けて入って行くとベッドのある部屋を見つけ彼女を横たえさせた。しっかりシーツを掛けてから下へ降りて行った。

「樫本。有難うね」

「いや」

店内に入っていき、既に閉店準備が進んでいた。

「ごった返しているけど、飲んで行くといいよ。ジョージ」

「ああ」

ジョージは微笑み、毎回煮出ししている高級本格中国茶を冷やし、グラスに注いだ。

イサの促すボックスの樫本の所へ持って行った。

「紫貴のスポンサーなんだが、独占するなと言ってきている。海外進出を目の前にメンバーを欠く事は出来ないからと言って来ているんです」

「成る程。彼女がショウに激しくモーションを掛けて来ているという事ね。でも、ショウ自身がどう考えているかだわ。バンドをやりたがっている心があの子にも本格的にあると思うの」

「あのショウが紫貴に加わってバンドだなんて信じられない。それに、話ではロシアから卸しているタクロスというアラブ人からチャカを売っていた。あのショウが」

「まああたしにも想像つかないのは同じだけどね」

イサは下手は樫本には言わないが、これは営業に関わる事だ。相手も互いに。ショウはホステスの道を進んで行きたいだろうし、もう一人の男の人格では、バンドや夜の危険地帯を住処としている。

輝きと闇の様に、全く相反する双子のようなものだ。それが双子とは違って一生別れることなど不可能な2つの人格なのだから。

きっと、ショウの言葉からは交信方法など眼中に無いのだろう。

女としての最高の表舞台を、男の体として生まれてしまった辛さを変えたい彼女の切なる気持ちも、同じ身としても叶え、尊重してやりたい。

だが、もう一人の少年だって立派な男としてのプライドの人格が備わっているのだから、当然その心を無視できない。

同時に彼らは生まれ、光を浴びるために生まれてきたのだから。そういうものと思って。自分の心と体として。

どちらも尊重してあげたいのは分かるが、これは一度、彼らにしっかり個人面談するべきだろう。

どちらにしろ、中途半端になられるのは困る。もう自立すると決めた以上はしっかりしてもらわなければ。

「でも、噂で聞く分彼女の強行にも困ったわね。紫貴はなんと言っているの?」

「どっちつかずだ。実際紫貴もバンドをショウに抜けられたら困るはずです」

イサは頷くと微笑んだ。

「分かったわ。あの子にはあたしから話を聞いてみる。あんたも、仕事関係が関わっているんだ。はっきりしてもらいたいだろうしね」

樫本は口をつぐんで頷いてから背をつけた。

「あの女には困ったものです。だが3ヵ月後にはバンドを引き連れ日本を出て行く筈だ。彼女への見返りはこちら側がしっかりしておくのでどうにか好き勝手をさせないようにこちらで便宜を図ります」

樫本が若い大学時代、アメリカでその女と婚姻を結んでいた時期があり、お互いが夫婦関係にあった。だが、すでにそれは終わった話だった。その分、その女立役者の出方は分かっていた。

「だが、先に目をつけておいたのは自分だという強みが彼女にはある。取り戻すにはどんな手でも使って来るでしょう。その事で、せめて海外進出を目前にする3ヶ月の期間だけでも、ライブの為のスケジュールは欲しいと言って来ている。局もまさか日本でも全くの無名で軍資金も無いまま、海外に送るわけにはいかないと思っている」

「そう。1日おきの営業でも少しの期間を持たせるという事ね」

「紫貴の行動を見ると、確かに1時から本行動に移し、ライブも同様だろうがツアーとなるとそうもいかなくなるからと」

「今日もその話は確かに出ていたのよ。無休体制はいきなりすぎるという話がね」

規模も小さくなった分、年中無休にするという事がせめてもの経営手段だったのだが、まあ3ヶ月程ならいいだろう。

そう彼女は思って続けた。

「あたしもいきなりなんの話もなしに翔を拘束してしまっているようなものだ。彼女の尊厳もあるだろうしね」

「だがイサ姐。彼女には譲る顔は絶対に見せない方がいい。取った者勝ちだという勢いが無ければ、普通に彼女を海外に引っ張って行く。ショウがホステスの仕事をやりたがっているとしてもそうだ。まあ、紫貴達と連れ立ってきてアングラに生きて来た女がいきなり何でホステスの道にきたのかは不明だが、葉斗を貶めるつもりだとは思ってはいないはずだ」

「あんたは第一、どう思っているんだい。まあ、聞くことはあんたにはお門違いでもあるが」

「俺は……」

実際、仕事が関わっているバンドの方面と、自分事の関わっているショウの事は半々だった。単に敵対する組の様子伺いに他ならないバンドだとしても。

「動き出した仕事を中途半端にするわけにはいかない」

夕は溜息をついてカウンターに布巾を置き彼らのボックスのテーブルに片腕を立てた。

「ショウは渡さない。いつまでも彼女に危険な綱は渡らせませんよ。自分のやりたいことも2分している位精神の安定していない内から海外に行かせることは危険に他ならない。今までのようにお嬢様のリゾートではなくなる。あの子は全く定まってもいないうちから一方的にこちらに来たんです。一度来たなら離さないべきだ。樫本さんの言う通り、もう取った者勝ちだ。武器密売だって、日本と海外じゃあ雲泥の差だ。そんな事あいつはどうとも思っていないんだろうが、ホステスをしたい心がある以上、しっかり通して招き入れるべきだ。しっかりした身分の親がいる以上、未成年者が自分勝手にする事に荷担するのはどうかと思うな。そのスポンサーというのがどういう人間かは知らないが、正論は通すべきだ。俺たちは樫本さんがどう言おうがショウを守りますよ」

樫本を見ていたのを、夕はイサを見た。

「俺の口の出る範囲ではないが」

ジョージは「まあ、」と言い、腰に手を当て夕の横まで来て、夕は背を伸ばしてジョージを見た。

「そうだろう。ショウはショウ一人の体じゃ無い。ホステスをする心のショウがいる以上。第一彼女は、人気があって常連が早くもつき始めている。ゼブラナが大きく変わろうというときに、彼女は大きな要素だ。樫本さんの業務の邪魔になる事だから口を閉ざしてきたが」

「確かに間違っちゃいないが、相手が相手なんだろう?」

ジョージは古い時代から女立役者の父親を知っていた。その父親というのは元々が領地を構えた大富豪だった。娘の事は噂程度に知っていた。その娘が父親から全ての権力を奪い、巨大なギャングに仕立て上げ、今では猛威を世界に広げているビッグモンスターだ。

内々の彼女の夫の話は知らないのだが。

樫本は女立役者、ジェグリアの子供っぽいわがままなやり方を知っている為に首を振り立ち上がった。こちらが奪えば、ゼブラナを爆破する女だ。

「今の仕事のことは他にも手を下しているから問題ないという事が実情だ。それに、峰組だけが綱じゃ無いし、一角に過ぎない。葉斗が都心から他に手を伸ばすつもりも無い。ただ、あの女に葉斗が目をつけられるとこれは困る」

「誰があんな女を連れて来たんだ」

俺なんだが……、と、樫本は天井のシェルに金のアラベスク模様を見てから、強烈にジェグリアがモーション掛けて来る打開策を考えた。大人しく引き下がらせなければショウが連れて行かれる。首に輪をつけて大人しく連れて行かれるようなものだ。

まさかメンバーの一人がショウだったなんて。

ユウコは階段を降りて来て、コンコンと壁を叩いた。

「失礼。ショウが起きたわ」

みんなそちらを振り返りユウコを見た。

イサは樫本を見て、彼は頷いた。

イサはソファーから立ち上がって、階段を上がって行った。

樫本はその背を見てから向き直り、ジョージが彼の肩を叩いた。

「どちらにしろ、今日はご苦労だったな。我等がお姫様を無事に助け出して来てくれて感謝してる」

樫本は小さく口端を微笑ませると、グラスを置いて首を横に振った。

「イサ姐の店の為に、ここまでしかしてやれないだけさ」

夕は一度遠くを見てから口から付きそうになった言葉を止めた。

ショウの為だとも分かっていた。

だが、一つの問題は、樫本はショウを列記とした女だと思い込んでいるだろう事だった。

事実、樫本はショウがニューハーフだとは知らないのだ。それを知った後、きっと樫本の性格なら一気に彼女に冷たくなるだろう。彼は男嫌いだ。その後のショウが傷つくことを考えると、言うべき事でもあった。

だが、樫本はショウの一番はじめての常連でもあるし、大きく彼は毎回ゼブラナに金を落として行ってくれる。そしてショウは彼に自分でも気づかない恋心を寄せている事は一目瞭然でもあり、それが彼女の大きなホステスとしての輝く自信に変えているのだ。だが先を見ると、自分が言わずにいる事は大きな誤算に繋がる。ショウは傷つけば、どうなるのかがまだ分からなかった。

ショウは、列記とした女の子で、そして傷つきやすく繊細だ。




☆黒の王子様☆


イサはエレベータに乗り、3階につくとショウの所へ向った。

ショウはまだ横になっていたのを、起き上がり髪をぐちゃぐちゃにかき乱し、口を広げて「うあああ〜ぁ」と、欠伸をしたからイサは片眉を上げて上目で彼女、彼の方だろうか、その子を窺った。

「お目覚めの様ね。王子様?」

そう、開口部に背を着けて首を傾げさせた。

翔はぐるんとそちらを見て、首を彼女の逆側に傾げた。

「あんた誰」

「あたしはここの住人」

「ふーん」

黒のシルクガウンを脱いで腰に巻いていたから、体に本当に何も手を加えていない事が分かり、そんな格好でショウがいられる筈も無いから確かに男の子の人格らしい事がわかった。

彼はまたモグラのように眠った目で暗い部屋を見回しベッドから出た。

「俺を誘拐した?おばさん」

「おば、失礼ね、」

「遊飴は遊飴。俺の女。さっきまで俺の横にいたんだぜ。ここにここ!ここってここ!」

そう手振りでその恋人の形を手であれこれ形作って、まるでナマケモノサルの様に背を丸めた。

「せっかく室内プールで2人で楽しんでたによお。エロティカは?」

「エロティカ?それは誰?」

「え?ああ俺の女(嘘。)まあ、嘘だけど。俺等のスポンサー。拉致って来たけど」

「ああ。彼女」

「おばさんさあ〜」

「おばさん呼ばわりは止めてちょうだい」

「だっておばさんはおば……、あ、ううん、そう、うふふふふ」

露骨にイサが顔を、ビキッとさせ、拳をバキッバキッとやったので、翔は白の真似をして勘違いなぶりっ子をしておいた。

「あなたが噂の男の子の人格ね?」

翔はそこらへんを歩き回って金目の物を探してうろちょろしていたのを、美人なおばさん、イサを振り返った。まあ、もう少し若かったら自分の女にしていただろう。べらぼうに綺麗だ。

「あたしはあなたの女の子の人格の時の」

「おいーおいおいおいおいおいおいちょっとそりゃねえから」

そう、冗談じゃねえよという体勢で言いながら、イサの所まで行って彼女を見下ろして言った。

「俺は!俺であの女じゃねえの!俺の人格じゃねえよ冗談じゃねえ。何で俺があれと一緒にされんだよ」

そう言うと長い髪をぐるぐるにまとめて留め、勝手にクロゼットを開けると「おーおー」頷いて、ハンガー掛けの着流しを取ってそれを肩に羽織って、くるっと向き直った。

「あんたあれだろ。あー、あれだあれ」

彼は「あー」と言ってから「あーあー!」と手に拳を当てた。

「白の奴のボスだろ。オカマバーのゼブラナの」

「そうよ。だから話をしなきゃね。そこに座りなさい」

イサは円卓の横の椅子に座ると、翔は指で指される絨毯の上を見て、首をかしげて頭を上げて、ドレッサーのスツールを引っ張り、背もたれを前にまたがった。

「俺、真淵翔だ」

「製薬会社の御曹司様ね」

「うん」

ぶらんと手を伸ばしてきた。

「葉斗イサよ」

そう手を取って握手した。

こうやってまともに見ると確かに格好良い少年だ。

自我が強そうで、強固そうな手はショウの時なら優雅な仕草も加わっているが、今の彼は男としての力強いオーラが備わっている。

剣呑とした目元は、行く末の危険そうな若者特有の荒んだ風と相まって、方向性を常に淀み探しつづけている目をしている。まだ望みをこの世界に捨ててなどいない、強烈な輝きも持っている。

きっと、見た目よりは思慮深い子なのだろう。喧嘩慣れしていそうで頑固そうな体造りで、すっと筋の通った鼻梁は人を食った風がある。

これは確かに別人なわけだ。

ショウが窺えない。全く。もしかして間違えて双子の弟を連れて来たんじゃないかと思える程に。それだけに彼に決断を聞くのもためらわれた程だ。

「紫貴ちゃんがお世話になっているそうね」

「ああ紫貴の知り合いなんだよなそりゃあ。まあ世話してやってるっつーか世話が大変っつーかな〜ああれ落ち着きねえからうんうん」

イサはくすくす笑い、翔は背もたれを横にしてから片足を乗せて言った。

「今、何が起きてるんだ?」

そう体をのめらせ、眉を寄せ聞いた。

イサは眉を上げ首を傾げた。

「もう一人の人格の子が、心配なのね?」

「あいつは危険な男に惚れてる。ライカの事もある意味そうだが、だがライカは一般の堅気だ。あんたの所の弟の舎弟なんかに惚れてるんだぜ。どうかしてるあの馬鹿。んな山冗談じゃねえ。何考えてるか知らねえがやめさせてくれ。あんな人ばったばった殺しまくってる男の何になりてえつもりだ。ゼブラナはあんな金持ちばかり抱え込んだこんな世界あの白じゃあ扱いきれねえ。泣きを見る」

「それはあなたの体でもあるから?」

翔は片眉を上げて腕を組み、イサを上目で見てつぐんでいた口を開いた。

「俺の体だからだ。ホステスなんざやる為の体じゃねえんだよ。それを勝手に使ってあの女は俺の夜の世界まで奪おうとしている」

そこで翔は黙りきり、イサから目を反らして窓の外を睨み、その口元を締めてその顔は怒っていた。

「翔」

イサは立ち上がって彼の髪を撫でて見下ろし、横顔を覗き込んだ。

きっと彼なりにいろいろ考えているのだろう。

どうやらこの子は、葬儀の後に人格が変わるとショウの客に片っ端に声を掛け、どんな客かを接して分かっただろうし、その中の条暁とリムジンで出て、その客の性格も見てきただろうし、それに樫本に関わっている事や今起きている事件も紫貴から聞いているようだ。

この子もまだ子供だ。いろいろ考え込んでいて、口ではどう言ってもショウの事を心配している。それに、自分自身がどうなるかも分からない不安も。

翔は窓の外を睨んでいたいた鋭い目と、硬く噤んだ口で目をそらした。

少年を、変に巻き込むわけには行かない。

これはごろつき同士の喧嘩で済まされる問題では無いのだ。

「ねえ翔。あたし達はね、誰だって二面性を持っているんだ。確かにあんた達の様に激しい二面性とまではいかないかもしれないが、常にその心と闘いながら生きている。逆に一面性だけを持つ強さも持ちたいと思いつづけているわ。白と黒。まるで縞馬のようにね。心は心臓の色とは違う。色というわけじゃ無い。それじゃあ済まされない。縞馬の様に、入り乱れているんだよ」

翔は視線を落とし、床を見つめた。

「たが、翔。どちらも同じように自分だ。あんた達が認めつづけてきた様にね。これはあんただからこそ、分かっていると思うよ。でもお互いのことを、お互い同士は理解し様という心は常に一方向だけだったと思う」

彼は何度か小さく相槌を打ち、横顔の視線は下がったままだった。

「でも、ずっと羨望して生きて来たのよ。男の今のあんたの体で生まれて、あんたも女の子とたくさん付き合ってきたから分かってるだろう。決定的にあたし達には得られない女の特権をたくさん持って生まれて来られなかった心の違いは。彼女も、それは分かって生きて来た。あの子はホステスという道で、女として認められたがっているわ」

「そうだな。分かってる。俺は男としてこのまま生きて行きたいつもりだ。絶対にな」

「今までに問題は無かったのね」

「そうだ。昼は白。夜は俺。完全に縞馬だった。だが、でかい獲物に飲み込まれればそのまま飲み込まれる草食動物みてえなものだった。互いにな。バランスは保てても、結局はふとしたきっかけで崩れちまうんだ」

そう吐き捨て、目を釣りあがらせた。

「俺はまだやりたい事をしたい。どうしてもバンドで奴らと続けてえんだよ。俺は俺の世界があるしそれを守りたい。俺は単に馬鹿みてえに生きて来たわけじゃねえんだぜ。俺を確立した場所を奪うなよ。バンドもベースも、あの連れ共も、俺の大事な世界なんだぜ。生きていく、俺の存在意義の」

そう言って立ち上がったのを、息を吐き腰に手を当て身を返した。

「だが、自信が無くなってきてる。俺は今まで俺だったのに、白の奴が俺を消そうと思ってる……」

「それは違うと思うわ翔。消そうだなんて思ってはいない筈よ。まるで兄弟のように思っている筈だわ。お互いが嫌な所も欠点も分かっていて切っても切れない関係で、憎みきれもしない愛着も持っている」

「もし白の奴に少しでもそんな気持ちがあるとしたら俺を押し込んでいない筈だ。俺は親父の顔もお袋の顔も知らない。妹だとかの顔も見た事がねえ。家族って言葉なんて知らねえんだよ。屋敷もあのロリータのごてっごてのイカレた部屋しかしらねえ。白は俺よりも強い。わがままだし高飛車だし、世間なんか何も分かっちゃいないくせに高括ってやがる。俺の存在認めようともしない。俺は何の為にいるんだよ。自分の為だぜ。あの女が、生き易いように押さえられる所だけ押さえられる都合のいい男でもなければそんな心持ち合わせちゃいねえし、俺のやっとで見つけた世界さえ奪い取ろうって魂胆だ」

「あの子に意図的な悪意はあるの?」

「実際は無い。だからわがままだって言ってるんだよ」

「それなら、あなたがしたがっている海外進出の話も同じ事ね」

「ホステスなんかやめちまえばいい!!!」

そう怒鳴って、部屋から出て行きイサは追いかけ、翔は夕にぶつかって夕の高い位置の腰を蹴りつけて、何かのスイッチが入ってしまったらしかった。

怒鳴りがなって、全ての目に付くものをなぎ倒し壁に投げつけ始めた。

そんな暴れた翔の背後から思い切り夕が彼の横頭を蹴りつけて翔はテーブルに突っ込んで行き倒れ込んだ。

夕は腰を曲げてそんな翔を見下ろし、足でごろんと仰向けにさせるとイサの顔を見た。

「どうしようも無いガキでしょう」

「はあ。まったく本当だねえ。心は確かにくんではやりたいが、3歳児の融通のきかない怪獣みたいだ」

首を振って、大きな花瓶までがしゃんと盛大に割られていた。

「スポンサーとは話をしてみるわ。これはちょっとこの子達2人の心だけでは心もとないから」

イサはそう言うと目を回し、気絶した翔の横にしゃがんで肩を叩いた。

「白ちゃんの恋人が心配しているから、部屋にくらい戻ってあげなさい。この着流し、あげるから」

翔は唸って高い鼻を押さえてから目を開け、見下ろすイサと夕の顔を見て顔をゆがめた。

「お前、これ次回の給料から天引きしておくからな」

翔は顔をぎゅっとさせて起き上がりかかった長い髪をどけて、足元の割られて転がった鮮やかなピンクのカサブランカを耳上に差して「ほーい」と言った。

「こら謝る」

そう、翔の頭をばしっと叩いてイサの方に彼を向かせた。手を払って肩越しに夕を睨み見上げてから憮然としてイサを振り返って頭を下げた。

「ごーめんなさい」

イサは肩をすくめておどけた。

「もう16の男なんだから自分の行動には責任を持って馬鹿はやめろ。いいな。格好つかねえだろ」

「悪かったですー子供だったですー女の部屋荒らして悪かったですー気をつけますーちゃんちゃん」

「殴るぞお前……真面目にやれよ」

翔は着流しに腕を通してカサブランカの茎を加えくるくる回し、玄関扉の方へ歩いて行った。

「ったく」

イサは夕を見て、イサは翔の背に呼びかけた。

「送って行くわ」

「お。マジ?助かる」

夕に後の店仕舞いを一時任せてからドアを開けようとした翔を止めた。

「花瓶と水だけは片付けてちょうだい」

翔は渋々戻って来てそれを始める翔を見て、その内に夕は下へ降りて行き、「あ〜あ〜床割れちまってるよ〜これアシさんが俺投げた時のだからアシさん行きね」と適当に責任転嫁している声を背にエレベータに乗り込みバーへ降りて行った。

樫本はジョージと話し合っている所だった。

うまく翔に会わせずに帰さなければならない。

「ショウはもう平気のようです」

「そうか。それなら俺は帰る」

樫本はすっと立ち上がると颯爽と歩いて行き、夕は見送った。

「今日はスタッフを戻してくれて有難う御座いました。忙しい中を感謝しています」

樫本は短く返答して車に乗り込み、明日の準備をする為に走らせ帰って行った。




☆どうしようもないシンデレラ☆


夕はモップとバケツを持って上へ上がり、雑巾一枚で格闘しているシンデレラのケツをモップの柄でばしばし叩いた。

「おらもっと気入れろ。水が減ってねえじゃねえか」

「お。サンキューサンキュー」

モップを奪い取って効率よくバケツを一杯にして行った。

「なあトランクスあるトランクス。俺この下セクシーにもマッパなんだよね〜」

夕は呆れて言った。

「そんなもの部屋まで我慢しろ」

「ちぇ!」

腰に巻いたガウンと肩に着た着流しの上から貰った帯で緩く腰をしめていた背後に挿したカサブランカをまた口にくわえて歩き出した。

「じゃあ行って来るわね」

「ええ。お願いします」

玄関を降りて行き、駐車されている黒のフェラーリの所へ行き乗り込んだ。

「わあかっこい〜い!!これしょうだい!」

「え?ああ。もしあんたが免許取ったらね」

「ああ本気で?やーり〜い!」

翔は助手席に乗り込んで嬉しそうに笑って見回した。

イサはエンジンを掛けて走らせた。

「翔」

「おー?」

「もう一人の子の事、よろしくね。今日、彼女の恋人初めて会ったけどとてもいい人だったわ」

「あれよ〜お人好しの優男なんだって」

「まあ、仲良くしてよ。悪い人じゃ無いんだし」

「俺は嫌いだけどな。ったく、野郎だってのにもう少しビシッとよ〜お。あんなへらへら笑ってよ〜。あれで白守りきれるのかってな〜。ごろつきに難癖つけられようもんなら白の後ろに隠れるわ、喧嘩おっぱじまろうもんあら逆に俺が出てきてライカの奴守ってやってんだぜ」

「それはあんた、あんたの方が強いんじゃねえ」

「男ってのは強いもんなんだよ。樫本って男みてえにな」

「……」

「あの男って噂同様強いんだろう?それはそうだよな。葉斗の守護神だぜ別名。あんな冷静な風でいざって時には一騎打ちだもんな。信念ってやつ強いしよお。まあ、男としてはやっぱり憧れる所はあるよな。ああいう男を女を護れる強い男って言うんだよな」

翔はふとイサの顔を見て、もうさっきまでの様には横顔がおかしそうに笑って無かったから、前を向き直った。

イサははっとして、「ああ、そうね」と取り持って口端を上げた。

翔は一応話の方向を変えて言った。

「紫貴の兄貴なんだってな。あの馬鹿垂れがどー間違えて生まれて来たのやら、あの兄貴に頭全部持って行かれちまったなありゃあ。リアルにヤバメって、俺等の間で定評だからな。ライオンに自分から突っ込んで行くからなありゃあ」

「はは、紫貴ちゃんは本当に可愛くて仕方無いわよね」

「落ち着きねえけどな。いい加減な」

「……」

イサは目を伏せ横の翔を見て、翔は「え。ああ俺も?」と頬の筋肉を上げ上目になって舌をちらりっと出しておどけた。

今のところは3ヶ月は押し問答が続くだろう。

峰組の事はうまく行く。その後の事をどうするかだ。女スポンサーには他の手を考えてもらう他なくなるだろう。

もしかしたら、ショウはホステスを辞めるかもしれない。まだ、分からなかった……。

マンションの部屋につくと、翔はイサに礼をしてから降り立ち、彼女の席の窓側へ来て、イサは窓を下げた。

翔はにっこり微笑んで、持っている派手で華やかなカサブランカを彼女の手に持たせた。

イサはそれを見て受け取って、翔を見た。

「プレゼント。やっぱり美人な女には綺麗な花が似合うな。まあ、あんたの部屋の花だけど。送ってくれてどうも」

イサは驚いた様に微笑み、ふっと笑って、互いにおかしそうに笑うと、翔は手を掲げてイサも手を振った。

「ありがとうね。翔」

そうイサは言い、翔は照れくさそうに両手を一度大きく広げた。

「それに、ごめんね。あんたには謝るよ。今日の監禁事件もそうだ」

「んな事いいって。遊飴とのデートデート。じゃ、気をつけてな!」

「ええ」

イサはゆったりとフェラーリを走らせて行った。闇に漆黒がどこまでも白い光を受け走っては小さくなって行った。

ミラーの中の彼が、確固とした青年に見え、イサは微笑みコーナーを曲がって行き、カサブランカを一度掲げ見た。

いい子じゃないか。本当にいい子だ。ショウの片割れだけある。

黒馬は闇の中へと、帰って行った。

翔は口笛を吹き階段を上がって行った。

ドアを開けるとライカは眠りこけていた。

翔は床に置かれたマットレスから丈はでかい図体のライカを蹴り落として着流しを放って眠りに付いた。

ライカは、自分の上に掛けられたなんだか良いお香の香りがふわっとしたのを目を覚まして、それが着物らしいのを見ると、顔を上げて、また自分がフローリングに顔をのめらせて眠っていたから、頭をかいて体を起き上がらせるとショウが戻っていて、いや、背を向けたのが何も着ていないから翔の方だ。

とにかく、安心しておいて今日もチェストをベッドの状態にしてからその上に横になって布団代わりに着物を掛けて眠りについた。




☆銀色の朝☆


翌朝、ライカは目を覚まし、まだ眠っている翔の所に行くと、その上品な寝顔を見てショウの方だと分かったから、微笑み彼女にシャツを掛けてあげてからいつものように彼女の長い髪を撫でてあげた。

「……ラブ」

彼女の頬に、銀色のまぶしい朝日が差し込み、美しかった。

彼女は微かに瞼を震わし目を開き、ライカを見つめて満面の笑顔を顔に広げて、ライカを見た。

彼の微笑みに、朝の光が差し込んで、彼の、綺麗な青い瞳も、さらさらな金髪も、柔和さの朝日に溶け込んだ。

「今日も綺麗だね……」

ライカはそう微笑み、ショウの柔らかい頬にキスをした。

……よかった。無事に帰って来てくれて……。

やっぱり、ライカのいる朝はとても美しい。

何にも、変えがたく。

愛情の光が囁きあって、輝きとなって、プリズムが重なる。どこまでだって……何度迎えたって美しい。

「おはようライカ。愛しているわ」

そう微笑み見上げて包括しあった。

彼女の髪を撫で、ショウは安心して髪に頬を寄せた。

オウムのピチョンも起き上がり、羽根をばさばさ広げた。

「おはようラブ!おはようラブ!今日も綺麗だね!」

ショウは微笑み起き上がって、ピチョンにも挨拶をした。

「おはよう。ピチョンくん」

「おはようラブ!ライカ愛してる!」

「ふふ。やっぱり可愛いわねピチョンくん」

そういつもの様に白い桃色の頬を撫で、ちゅっとくちばしにキスをした。

「ごめんね。心配させちゃったわ」

振り返ってそう小さく微笑んで言って、ライカは微笑み首を横に振って言った。

「安心したよ。お帰りショウ」

「ただいまい」

そう包括しあい、微笑み合って包括した。

こんなにいい人を心配させてしまって……。

「ラブ!きゃーラブ!」

ふふっと笑い、ショウはピチョンの所に行った。

「ピチョンくんにも心配かけちゃったわね。ごめんね」

「ラブ!好き!ラブ!」

ピチョンは嬉しそうに羽根を広げてはしゃいだ。

ライカは、ショウの背を見つめて、ライカは、床を一度俯いてから顔を微笑み上げた。

まだ、朝は言わない方がいいだろう。オーナの事。

「朝食を作ろうか」

ピチョンに朝ご飯をあげていたショウが振り返り微笑んで、ピチョンの頬を撫でてから「たくさんおあがり」と言って扉をしめた。

キッチンで2人で立って、朝食作りを始めた。



CHAPTER・4



ショウは、目の前を真っ黒にした。

真っ白なのかもしれない。

ただ、反転していた……


ショウは、泣き叫んだ





☆顔を見つめる☆


「ねえライカ。今日もお店行くわね」

ショウはそう言い、ライカの顔をウインクして見た。

オーナーのことが気になるのだ。彼は随分の量を飲んで行くとそのままあの女の子と帰っていきイサママは心配そうに微笑んで見送っていた。

虎江川さんは、平気だろうという事を言っていたけれど、彼に何が起きたのか分からないのだから。

ライカはショウの顔を見て、フォークを置いてからテーブルに視線を落とした。

ショウは微笑み、彼の手の甲に白い手を乗せ、ライカは、力無く微笑みショウを見た。

「いただきました。今日も美味しかったね」

ライカはそう微笑んだまま、ショウは小首を傾げ、「うん。美味しかったね。片付けよう」と立ち上がった。

2人で流しに立ち、ライカは動揺して真っ白な皿を一枚落としてしまった。

「……ライカ」

ショウは驚いて、白い皿を見下ろし、ライカを見上げて彼は「ああ……」と唸って、皿を見下ろし手を伸ばし掛けたのを、ショウは眉を怪訝そうに潜めて、その手首を持ってライカの瞳を覗き見て、その彼の腕に優しく手を置いた。

「ライカ?どうしたの?」

ライカはショウに視線を上げて、多少白くなった顔を横に振って、白の皿の大きな破片を拾った。

ショウは、ひとまずライカに、「ほうきとちりとり持って来るから、手を触れちゃ駄目よ」そう言い走って行った。

赤くて、取っ手が間抜けんなアヒルの首と、目がきょろついたちりとりと、セットになったニワトリの逆さにされ足が柄になったほうきで取って行き、なんだかその間抜けな2匹の演出が、こんな神妙な空気が流れた中を妙な可笑しさに変えた。

ショウは微笑み片付けると、ライカを見上げ、はっと気づいて、ピチョンを見た。

彼は、何か、きっと、ヒステリックな皿の割れた音だ。それにぴくぴく震えてつぶらな瞳を閉じていた。

「……まあ、ピチョンくん……」

ショウはそこまで行き、ピチョンをかごから出して、その大きく暖かい真っ白な背を優しく撫でた。

「ラブ、ラブ、ぺー、ぺー、」

そう泣いて、ショウの顔を、首を傾げ見上げた。

「ピチョン、ごめんね。なんでも無いの。なんでも無いのよ」

感情の豊かなオウムは、目元をくりくりさせて、ショウの頬に頬擦りをした。

ライカの方を見て目をきょろつかせて、ライカは力なく微笑み来て、ショウの肩に手を回してピチョンを覗き込んだ。

「大丈夫。大丈夫ピチョン」

「だじょーぶ、」

「そう。大丈夫。ごめんな。驚いちゃったな」

「大丈夫」

「うん」

そう真っ白な羽毛の背を撫でた。

「大丈夫!」

そうピチョンは大きな羽根を広げると、ようやくいつもの調子で「いただきました!いただきました!」と言った。

2人はオウムを見下ろし微笑んだ。

ショウは、ピチョンを籠に戻しているライカの顔を一度見上げてから、何かがあったんだわ。ライカにも……。

オウムの心はいつもリンクしていて、同じ時によく「わああ」と叫んで、同じ時にずっこける。それを思うと、ショウは可笑しくて微笑み、ライカの背を一度撫で微笑みあってから食器の片付けに戻った。

何かオーナーが元気になるような物を持って行こうと思って、ショウは頭の中でめぐらせた。

それに、リエさん達にも何か持って行こう。

ライカは思い余って、ショウの背を振り返り、そのライカの背後から、オウムが体を斜めに顔を覗かせた。

ショウは振り返り、心配そうな男2人を見て、可笑しそうに微笑み、布巾を置いた。

「どうしたのよさっきから2人して。あたしが大切にしていたレコードを割ってしまったような顔をして」

完全修復不可能になってしまったのは、レコードの丸い盤ではなかった。

オーナーだった。その彼の、魂だった。

ライカは、ショウの顔を見たまま首を横に振り、ショウは彼のところまで来た。

「ライカ……?」

そう、優しく聞いて、彼の強張る頬に手を合わせた。

怒りだ。彼は怒りで、表情を真っ白くしているんだ。

彼が怒った事など無いけど……、そうなのだと言う事が分かった。

ショウは、ライカの腕を優しく大きく撫でてから、不安がる彼を包括してその広い背を優しく撫で、胸部に頬を当てて目を閉じた。

「……大丈夫、ライカ大丈夫。何があったって、ライカは大丈夫よ……」

「大丈夫、大丈夫、愛してる」

そう、ピチョンも同意し、羽根を、肩を挙げ広げ閉じた。ショウは微笑み、ピチョンにウインクして、ピチョンも嬉しそうに羽根を静かに広げ、眼を2回ほどぱちぱちっとさせた。本当に可愛らしい。

ライカを見上げて、顔を窺った。

「お店で、何かあったの?」

ライカは目を閉じ、何度も頷いてその時には多少怒りが大きく覗き、引いて行っては目を開いて髪を流し、ショウを優しい目で見下ろした。

「ごめんねショウ、取り乱して」

「何かがあってはそうなってしまうものだわ」

そう彼を椅子に座らせてその前にしゃがんだ。

「どうしたの?」

そう、彼の手を両手で包んで見上げて聞いた。

ライカは目を閉じて顔を上げてから他所を見てショウを見た。

「……実は、営業停止になったんだ」

そう英語で言った。彼女も英語で返した。

「なぜ?」

その事実は驚いた事だった。

オーナーが荒れていて、そしてライカは店の営業停止と言った。

「日本のマフィアの人間が、オーナーに関わっていたらしい。それで、彼は自殺した」

ショウは瞬きして、信じられない、と閉じない口のままライカを見て、小さな声で言った。

「なんですって……?」

「俺もまだ信じられないよ。何が彼にあったのか分からない。昨日まで警察が入っていたから1日店は閉じていたんだけど、今日からもう営業は刑事に止められてる」

ショウは信じられない顔で床を見ていた。

「……彼、亡くなったの、」

彼は一昨日の夜、確かに元気そうとまでは行かなくても健康そうな顔色をしていた。女の子ははしゃいでいた。綺麗な子を連れていて、彼はその子の背を撫でて優しく毎回問い掛けていた。仲が良さそうだった。2人の姿は今となっては、悲しく思えた。

「ねえ、何故そんなことになったのか、警察の人たちはなんて?」

「まだ分からないんだ。俺たちは顔しかわからなかったし、俺は日本のマフィアには詳しくなくて。でも、今日店を閉めるポップを貼りにいかなきゃ。もう、警察も引き下がった時だろうし。様子を見にいかないといけないから」

「そうね」

ショウは頷き、ライカを見上げ、立ち上がって彼の後ろへ来て彼の頭を優しく抱いた。

「そんな大変な時だったのに、傍にいてやれなかった……。ごめんねライカ。一人で不安だったでしょう」

ライカは、はっとして微笑み、ショウの髪を撫でた。

「俺は大丈夫だったんだ。ショウの事を心配していたくらいだからね」

「ライカ……」

ライカは強く微笑んで、ショウはそんなライカの優しさを見て、彼女の瞳から涙がこぼれた。

ライカは驚いて、向き直ってショウの顔を引き寄せて慌てて日本語でなだめた。

「ショウは何も悪く無いよ。オーナーが何故ああなったのかは分からないけど、彼はああなる他、心がどうしようもなかったんだ。俺は、彼の相談に乗ってあげれなかった。俺はなんともないよ。ショウが帰って来てくれて、本当に良かった」

ライカはショウを優しく抱き寄せて、彼女に優しく言った。

きっと、彼女にもいろいろなことが起きたのだろう。もしかしたら、他の男の人の所にいたのかもしれない……。でも、聞かない事にした。

何か、辛かった事だけ言ってくれればいい。どこまでも彼女を元気付けたい。プラトニックな関係だから、精神だけでも彼女をどこまでも支えてあげたかった。

ゼブラナママは、彼女は今大変な時だからと言っていて、何か、ゼブラナでも起きたのだろうと思っていた。

壁の真新しい、真っ白な店をしていた。ゼブラナは新しく改装した雰囲気が包んでいた。

ショウは涙をぽろぽろ流して、ライカの肩に流して、流れる涙で濡れる頬は真っ赤になって熱かった。そんな時に見つけてあげる事が出来なかったなんて。

ライカは、彼女の心も傷ついているのを優しくなだめて、髪を撫でつづけた。

死んだランというホステスと鳥羽という男性、その事に怒り発砲した品川ヨウ、ショックを受けて病院に搬送された品川会長、その後、結局は自殺してしまったというオーナー。しかも自分は、浮気をしていた……。

ライカの顔を見ることが出来なくて、ショウはライカが優しくしてくれるのを視線を上げて涙で濡れる瞳でライカを見つめた。

ライカは瞬きして口を閉ざして、ただただショウをもう一度抱き寄せて、頭を抱き目を閉じた。

一瞬体が、激しく熱くなったが、それを無視して、彼女の髪を優しく撫でた。

「出かける支度をするよ」

そう優しく言って、体を離して彼女の頬をやさしくぬぐって微笑み、彼女に椅子に座らせてから、グラスにオレンジジュースを注いで手に持たせ頭を撫でてからサニタリーに消えて行った。




☆全てが拭うもの☆


ショウは俯き、涙を瞼から落とした。

オレンジジュースを見つめ、ライカは、本当にどこまでも優しかった。

頼りがいがある微笑みも、いざという時は本気で身を張って彼女を護ってくれる。腕の頼りある強さも、彼女の元気になる力だった。

彼の優しさは、彼女の原動力になる大きな力だった。

自分を責めるのは、あたしの心が渦巻き始めているから……。

白と、黒は、あたし自身の心が黒と白に、何かよく分からないものに……そんな事が激しく悲しくて仕方が無かった。

ライカを深く愛する心は、自分の黒い心を責めたてた。

あいつじゃ無い、他の黒い心を。

サニタリーに消えて行ったライカのいる方向を見つめた。

彼は怒らなかった。

2日間もいなかった事。心配させた事。何も彼に相談しなかった事。心配させたくなかったから、でも、それは、結局心の窮屈を持って救いを求めてしまった。他の男性に。つい、冒険をしたくなってしまっていた。

彼の他の愛情を、この不安で仕方が無い時に欲していた。強く抱きしめて欲しい。大丈夫だと、強く言って欲しい。強張った体の緊張を解いて欲しい。

不安で仕方が無いから……。

愛情はそれだけじゃ無いとずっと自分に言い聞かせていた。精神だけで、繋がる物だと。不安全てを拭い去ってくれるものだと。今までがそうだったから。

ライカは身支度を終えると、鏡を見て、カウンターに俯いた。

顔を上げて、気を取り直してサニタリーから出て俯くショウを見て微笑んで声を掛けた。

「行ってくるよ」

ショウは振り返り、その腕の中にはピチョンの籠も抱き寄せ持っていた。

「あたしも行くわ」

「ショウ……」

ショウは立ち上がってライカのところまで来た。

「行こう」

そう言い、ライカはしばらく黙ってショウを見ていたのを、彼女の瞳を見つめた。キスをして、優しくキスをして、離し見詰め合って、初めて深くキスをしあった。互いの不安全てなど拭い去りたいために。

オウムはショウの白い手腕に抱えられ、首を傾げ傾げさせて暗いのを見渡していた。

唇を離して見詰め合って、互いに多少紅くした顔で俯いてショウの髪と背を震える手で撫で、しっかりと優しく腕を巻き抱き寄せた。

ショウは彼の肩に頬を乗せ、鳥かごをしっかり抱え込んでしばらく2人は立ちすくんでいた。

大きな喜びと、大きな反動と、この先の不安とが互いの心にない交ぜになり混ざり合った。不安を確認しあってしまった事で。

ライカは、彼女の頬を撫でてから微笑み、ショウも微笑んでから笑い合った。

「店に行こうか」

「うん」

ショウは鳥かごをライカに預けてから支度をする為に着替えを持ってサニタリーに行った。

ライカはしばらく立ち尽くしたままでいたのを、ピチョンの籠をかかげ見て、クリーム色のとさかを傾げさせて薄桃色の頬をふわふわ膨らませた。

ライカは笑って、照れくさくて頭を掻いてから支柱にかけ、ふと、室内を見回した。

見回し、そして、いつも通りの室内を見てから、気を取り直してグラスを片付けに向った。

グラスを洗い蛇口をひねって、これからの事を考えて行く必要がある。

洋風居酒屋のバイトもずっと世話になっているわけにはいかないから、本格的に仕事を探しながらになる。

それに、食器店の借金があるのだとしたら働いて責任を持って返さなければならない。しっかりした職を見つけないと。オーナーが自殺した事についても、まだ警察から詳しい事は聞かされていない。

あのオーナーにあんな死なせ方をさせるまで、自分が何もしてあげることが出来なかった分、真相を知り、解明してあげたくもあった。彼の心を理解した上で、次に移りたくもあった。オーナーにはいろいろな意味で感謝しているからだ。せめてもの弔いをさせてもらいたい。それに、尊敬だってしていた。

それでも、関わっているらしいものが関わっているのだ。危険だった。

ショウはサニタリーから出てオウムの籠を持ち、ライカを振り返った。

「行きましょう?」

「ああ、うん」

ライカも振り返ってキーを持ちに棚の横に来て、バッグを斜めにかけ横のスタンド照明を見て、ふと笑った。

また、帰ってからにしよう。

ラブを元気つけるためにも、落ち着いた時になってから。

ショウはピチョンの頬を撫で話し掛けていて、その彼女を振り返った。

彼女は優しい子だ。本当に。分かっていた。

何があっても、彼女はいつも、ライカに微笑んできてくれた。自分になにがあっても、それは彼女自身が優しい子だからだと分かっていた。

ずっと彼女を愛して行きたい。これからもだ。

大切に想っているから……。

ライカはショウを呼んで、ショウは顔をこちらに微笑み向けてピチョンに「さあ行きましょう」と言ってあるいて行った。

2人で靴を履いて部屋を出て階段を降りて行った。

「これからが大変になるわね。ママに仕事を紹介してもらいましょうか?いろいろな所を知っていると思うの」

「実は、今カナのご両親の店でどうかなって紹介してもらっているんだ」

「カナさんの実家の洋風居酒屋?」

「うん。優しく気遣ってくれてね。それもしばらくしたら違う所を探すつもりなんだ」

「そうなのね。じゃあ、お昼にいろいろな所を探しましょうね。ママにも話しておく」

「ありがとう」

ショウは微笑み、車のところまで来るとライカも乗り込んでキーを回した。

「やあライカ。ショウちゃんおはよう」

2人は顔を上げ、『Ber来夏』のマスターを見た。

「おはようマスター」

彼はいつもの様にミニカブを引いて、斜めに被ったヘルメットに空軍ジャンパー、斜め掛けしたバッグ、白の前掛けをして口ひげの下のマイドロスパイプの口元で微笑んで歩いてきた。

「よかったなライカ」

そうウインクし、ライカも照れくさそうに笑った。ショウは上目で微笑み2人を見た。

「今日も行ってらっしゃい」

「行ってきます」

2人はそう微笑んで、マスターに手を振って進んで行った。

マスターはしばらく、その車を見つめていた。

2人は本当に仲が良い。




★闇★


既に食器店は押収が始まっていた。

ライカとショウは驚いて顔を見合わせた。

助手席にピチョンを置いてから、走って行った。

騒々しく人だかりが出来ていて「見世物じゃねえぞ」と曲者の声ががなりどやどやと人が割れては戻って行った。

一瞬、見えた店内はやくざの人間達が縦横無尽に這いまわっては店内をめちゃくちゃにしている所だった。

「ライカ!何であんな事に……」

そう彼を見上げた時には彼は目を鋭くし歯を噛み締めていた。

彼は走って行きショウも追いかけた。

人垣を掻き分けて進んで行き、店は酷い状況になっていた。割れるものは割れていた。見える事務所内の書類は舞っていて、ダンボールに詰め込まれていた。

金庫の中に何かが無いことで、やくざ達は何事かを言い合い店中を探し回っていた。

「お前等何やってるんだ!」

ライカは怒鳴り、スタッフルームから出てきた幹部の竹路は長身の白人を見て、その横の女を見ると舎弟たちは彼に怒声を撒き散らして、女の方も怒鳴っている所に来た。

ライカもショウも男を睨んで人垣がどよめいてカップルの背を見ていた。

「ここはオーナーの店だ。出て行け」

「ここは元々俺らの店なんだよ」

余所行きと言った口調でその痩身のスキンヘッド男は言った。

「権利も何もかもな。お前等が出ていくんだな。大久保はほう死んだ。もうこの店は俺らに返してもらうぜ」

そう引き返して行き、2人は追いかけた。

「ちょっと待ちなさいよ!あんた達がオーナーを自殺に追い込んだのね?!どういう事よ!」

「彼は借金なんかしていなかった筈だ!」

「お前等誰だ?」

「俺はこの店の店長だ」

「ほう。そんな事どうでもいい。おい追い出せ」

ショウとライカを押えてショウはあがらって、ライカは腕を上げて払いショウを抱き寄せて男達を睨んだ。

「オーナーはハトがどうとかいう遺書を残した。お前等がそうなんだろう」

ショウは、目を見開いてライカを見上げ、男達を見回した。

葉斗ですって……?

竹路はそれを無視して事務所に入って行き「もっとよく捜せ」と事務所の中を駆け回る奴らに言い、ショウは走って行きライカは驚き駆けつけた。

「ねえどういう事よ、ねえ!」

「うるせえ女は黙ってろ」

「ショウ!」

ショウは聞かずに、ライカが腕を引っ張るのを竹路に怒鳴った。

「許せないわ!何でオーナーを!」

「ふん。元からあの男は地下カジノのオーナーだったんだよ」

「……何?」

ライカもショウも瞬きして、竹路は事務所にはいくら捜そうが無い事を見てから2人の肩をど突き出て、そこで入り口の方を見た。他の男達も頭を下げた。

人垣が割れて、70’S物の黒のマセラーティが停まっていて、樫本が歩いて来た。

ライカは驚き瞬きして、顔を覗かせたショウはもっと驚き目を見開いて樫本を見た。

「お客さん、実は今日お店は……」

そうライカは怪訝そうに、押し黙った男達を見回してからライカは言った。

樫本は店内を見回して、ライカをいつもの冷たそうな横目で見てからライカに何も言わず、ショウの方も見ずに事務所の中に入って行った。

ライカはその背を見て、疑惑が、床の上を渦巻いた。

ショウは一点を見つめたまま、頭が真っ白になった。

ライカは大またで追いかけ、樫本の肩を強引に引き振り向かせ睨んだ。

樫本は、その彼の掛けた薄い色の色眼鏡の、何の感情も無い顔と目で冷たく見て、手を肩で離させ事務所を見回してから彼を振り返った。

「権利書はどこだ。店長のお前なら分かっているはずだ」

ショウはその言葉を聞いてライカの後ろに行き、樫本を睨んだ。

彼はショウを見て、その黒い目は色眼鏡を掛けていて感情は窺えなかった。その光も……。

彼は葉斗の人間だ。分かっていた。頭さんの腹心で、それで、それで……

ショウは唇を震わせ鋭くして行く目で、樫本が顔を反らしたのを、睨み俯いて、ライカは彼女の震える肩を片腕に抱き寄せて彼女を抑えてから樫本を見た。

「あんたが、あんたが自殺させたんだな」

樫本は、空の金庫を見ていたのをライカに目を転じて言った。

「ああそうだ。陽陣組を潰すためにな」

ライカは、拳を震わせて一瞬俯き、ショウが涙をぼろぼろ流しているのを見て彼女を抱き寄せた。

そんな2人を、上目で見て、樫本は微かに開いた口元を閉じ「警察に押収されている筈だ」と事務所から出たのを逃がすかとばかりにライカはドアを閉めて鍵を掛けた。

ライカは間近の樫本の奥二重の黒い目を見て、上目になると二重になる彼の目は、ライカを思った以上に何かの感情の静かに潜む目で睨み見上げた。

ショウはがたがた震えてライカにしがみつき、2人の顔を見上げる事さえ出来なかった。

「退け」

「退かない」

樫本は溜息を就いてドアから離れた。

ライカは樫本を睨みショウを引き寄せると、ドアの横に戻されている椅子に樫本が足を組み腰をおろしたのを上目で見た。

彼は天井からぶら下がったままの、既に輪ではなくなった縄を見てから、ライカを見た。

「首吊ったらしいな」

そう自分の座る椅子の背をトントンと叩いてから立ち上がった。

もう一度縄から2人を見てから、ライカは吐き捨てるように言った。

「彼は頭が普通じゃなくなっていた。頭に包装用のリボンなんか掛けて、あんたを心底憎んでいた筈だ」

その最期を聞いて、きっと紫貴がいたら爆笑していた所だろう。自分の死さえ、ジョークにする大久保の最期を。

「お前が発見したのか」

「そうだ」

ショウは驚きライカを見上げ、ライカは拳を震わせそのライカの目から、ぼろぼろ涙が涙が流れた。

しばらくして、それは拭って止まった。

「あんたは酷い男だ。俺はオーナーの事自分のボスとして信頼してきたし、あんたの事もずっと常連として接してきた」

「騙された方が悪いんだろう」

「騙すほうが悪いに決まってるじゃない!!」

ショウは怒鳴り、樫本はショウを見下ろした。

「ショウ。この世界はこういう物なんだよ。食うか食われるか。それだけで終わる」

ショウはショックで、樫本の目を見て、目を震わせた。

そう淡々と言い、書類の詰まれたテーブル上のダンボールに腰をおろして、一番上に乗った葉斗との契約書を手に取り火を着け、一瞬で消し手を離し広げた。

「この店はこれでなくなった。出ていくんだ」

そう立ち上がり、ライカはショウの手を強く握った。

「この店はやらない!」

ショウは既に、軽蔑した目で樫本を見ていた。

「そういうわけにはいかねえんだよ」

「やくざだろうがなんだろうがここには踏み入らせない!!あんたが今すぐここから出て行け!」

その瞬間、ライカは静かな怒りが渦巻いたのを自分の手についたものを思い切り投げつけた。

樫本は一瞬顔を反らしそれをこめかみに受けて、「出て行って!!」と怒鳴ったショウは「あっ」と叫んで口を両手で抑えた。

色眼鏡は飛んで行き、激しく切って血を流す樫本から、ショウは彼を睨むライカを驚き見上げ樫本はそのままの体勢で立っていたのを、一度目を閉じ開き、ショウは慌ててハンカチを取り出し「英一さん!」と、駈けて行こうとした。

ライカはその言葉に驚き、自分のショウを見て、樫本を見た……。

「あんたが、彼女といた男なのか……?」

樫本にははっきり言ってなんの事だか分からないが、応えずに床に転がり血のついたガラス製の透明な灰皿をテーブルに置き、ライカを見た。

「………」

「あんたはショウは俺の恋人だと知っ、」

ライカは目を見開き、黒い銃口を見つめた。

「……、」

その先の、樫本の目を見た。

ショウは身動きが出来なくなり、樫本はショウを見下ろした。

その目は、ライカには何かの感情を持っているように見えた。

何かの……。

混沌とした。

表情は無かった。

「……駄目だ……、ショウは俺の女だ!!!あんたになんかやら」


ガンッ


……ショウは目を開き、ドサッと一瞬を置き、固まる視界の端で……

ライカが、倒れた。

「………、」

血が一瞬広がって、落ちた。

閃光が消えて、白い煙が、立ち上がった。

ショウは、目の前を真っ暗にした。

真っ白なのかもしれない……。

ただ、反転していた……。

目の前のことが頭に入ってこなく、脳が処理をしてくれなくて、しれで視界が白黒反転して、激しく視界を攻撃した。

眩しく……。

ショウは小首を横に振り後じさり、顔を歪め泣いて、ぼろぼろと、それは一気に落ちてきた。

膝を着いてライカの頬に頬を寄せて彼の頭を抱き寄せ、首を激しく振った。

「……いや、嫌よ、ねえライカ!」

彼は血を流して、……彼は、死んでいた。

「ライカ!」

その顔を見る事が出来なくてショウは激しく首を振りつづけて彼の肩をがたがた揺らして頬からその肩に抱きついた。

彼女の長い髪にも頬にもべっとりとついた赤い血を引き連れて、それは床に広がって行く血と共にライカの襟元の白いシャツを赤くした……。

「樫本の兄貴。一体何が」

ドアの向こうで竹路が呼びかけ、ショウはビクッとして目を開け、その視界に入るライカの倒れた体と、樫本のスラックスの足と、その先のドアを見て、がたがた震え、体を起こし、震える目で樫本を見上げた。

彼は肩越しに横目で背後のドアを見下ろしていて、その手にはあの、黒い銃が握られていた……。

彼は、血を拭いたのだろう跡が横顔に付き、目に入る血を一瞬閉じてから、開きショウを見た。

ショウは、ゾッとして目を泳がせる事も出来ずに樫本を見上げた。

「お願い……、」

ショウは、床に視線を釘付けにさせてそう震える声で言った。

「助けてお願い、殺さないで、おねがい、……おねがい、」

……ショウ……

その声が出せなくて、樫本は一歩進んでショウは驚きザッと真っ青な顔を上げ首をぶんぶん振って腰が抜けたままで後じさり、身を震わせた。

「……嫌!お願い殺さないで!!お願い……!」

そう、血で真っ赤になる頬や、張り付く髪をして、ショウは樫本を、その内顔を歪め泣き血に涙を混じらせ彼を見上げ震えた。

「来ないで……、お願い来ないで!!!」

そう叫び、ライカの体にしがみつき、その肩に手をかけられたのを心臓が止まるほど身をビクッと震わせ目を硬く閉じた。

「死にたく無いわ!!!」

「………、」

そのショウは、肩を引かれて、樫本の腕に抱かれて、それは、強引でも無く、優しい包括だった。

「……」

ショウは目を見開き、彼の肩越しの壁を見つめ、体が動かなかった。

彼は、彼女の背を抱き寄せ頭を抱き、手にする床の銃は、ライカの流れた血に、浸っていた。

「……俺の女になれ」

「………、」

ショウは体を離した樫本の目を定まらない目で見て、その彼の目を見開いたままの大きな目で見た。

樫本は、視界隅のライカの体を視界から消して、ショウの血のついた頬に触れて髪を退け……鈴に……、どこまでも似ていた。

目を閉じて抱き寄せて、一度離してショウを見た。

彼の決して安易でない瞳をから、目を離せなく……

ショウは視線を泳がせて、感情が激しく駆け巡ったことに、激しい罪悪感を感じで、激しく涙を流し俯いて、肩を震わせライカの手を、強く握った。

「ショウ!」

その手の手首を強く掴み離させ引き寄せ、ショウはその激しく泣く顔でそのまま樫本を見上げ、その悲しみで真っ赤な彼女の顔を見て、樫本は彼女の手首を強引に引き寄せ肩を強く掴んだ。

「ライカは死んだ。お前はゼブラナのホステスだ。分かったな」

そう、彼女の手を乱暴に離し立ち上がって、歩いて行きショウは顔を俯かせたのを上げ樫本の背を見上げた。

「なんで、なんでなんでよなんでこんな酷い事、あたしは、あたしは英一さんのこと大好きだったのに、なのに何であたしのライカ奪ったのよ!!何でよ!」

そう怒鳴り立ち上がって彼の腕を引き、その彼の背をドンッとドアに叩き付けた。

樫本は彼女を見下ろし、彼女は樫本のシャツを両手で掴んで俯き肩を震わせて胸部に頭をつけて声を押し殺し泣き、床に、涙を落とした。

「………」

ライカの死体を、樫本は視界を上げ見て、しばらく見ていたのをショウの肩に手を置いた。

死なない女が目の前にいる。

もう、失わない女だ……。

彼女は激しく泣き、鈴の影をすうっとその俯ける顔から消し去って、樫本は彼女の頬に手を当てた。

「上を向け」

ショウは俯いていたのを顔を上げ、涙の目で樫本を睨み見上げ、その彼女の顎を上に向けさせた。樫本はライカの死体から目を反らし閉じ、これでいい。そう思った。

今まで受けて来ただろうライカのキスの全てを失わせる様に、キスを交わした。

その彼女の体を抱き寄せ包括し、ショウは彼の肩に手を置いてしばらくして肩に頬を乗せた。彼女の背を抱き寄せて、彼女の目からはずっと涙が流れていた。

ショウは、あまりのことに、悲しみに、相反する感情に、ライカのことに……、押し寄せる熱い温もりに、ライカを殺した樫本に……、この二つの悲しみに……感情が、視界が激しく反転した。

ショウは、目の前を真っ暗にした。

真っ白なのかもしれない。

……ただ、反転していた……

何がなんなのか分からなかった。

樫本は体を離しドアから出て行き、ショウは立ちすくんで、閉じられたドアを見る事も出来ずに涙を流した。彼に、気持ちが強く行っているその事が、気持ちを真っ黒にして行き、何も考える事が出来ずに、真っ白なのかもしれない……。

ただ、反転し続けていた。

激しく、眩暈が起きた。

ずっと、眩暈が続いたように……ショウは、泣き叫んでいた。

あらん限りに激しく、咆哮を上げていた。

ライカ!

ライカ……!!

……ライカ!

もう、戻らない。



★叫★


イサママはショウの肩を抱き寄せ、ずっと彼女を優しく宥めつづけた。

彼女は激しく泣き続けていて、激しく声に出し体中を震わせ泣き続けていた。

イサママはショウを宥めつづけけ、強く抱きしめた。

ユウコは、激しく泣くショウの背を大きく撫で続け、ショウはライカの死体が運ばれて行く事を見る事も出来ずにいた。

葉斗の男達は既に、人垣を下げさせていて、当然警察はこの場にはいない。

イサママは俯き、抱き寄せるショウの頭を撫で、ユウコはイサママの肩に手を置いて頷いた。ユウコはショウを預かり、イサママは事務所を出て書類の数々と共に遺体を乗せた車に乗りこみ走らせて行った。

ユウコは彼女を宥めつづけ、可愛そうに……そう言い、優しく、彼女の背を大きく撫でつづけた。

男達は、床を拭き続けていた。

しばらく泣いているショウは、その後気絶したような眠りに入りユウコは彼女をソファーに横たえさせてから髪を撫で頬をぬぐい、悲しそうな目で見つめ、男達を睨んだ。

「あんた達……、何故止めなかったのよ」

「それはユウコ姐、こちらの事でねえでさあ」

「あんた達男だろう!!ふざけた事言うでないよ!!」

男達は罰が悪そうに顔を反らし頭を掻いた。

ユウコは憤然として立ち上がり、ショウを優しく抱き上げるとドアの先に立ち尽くす男を睨み見下ろした。

「退いて」

男は退いて、ユウコは歩いて行き、文が助手席を開けてユウコがショウを横たえさせると自分の着ていたコートを後部座席から出し彼女にしっかり掛けてから文に頷き車に乗り込むと、文は後部座席に座って車は発進した。

「可愛そうに……」

「この子まで被害に遭っちまったんだな」

「そうね……」

ユウコは涙がこぼれ、目元を拭ってハンドルを切った。

「不憫だわ、余りにも不憫よ……、この子は何も悪いことなどしていなかったというのに」

ユウコは文に渡されたハンドタオルを微笑み受け取り、目元を拭ってから運転に集中した。

文は樫本という人間と一度会話を交わした事があって、人間性を垣間見ていたから心中複雑でもあった。樫本はムエタイをしていた文のファンだった事を言い、無茶を続ける弟を本当は心配し、父親に潰された継承されつづけた道場を悔やんでは、文に若い舎弟達に、一つの道を貫いた男として多くを言ってやれる事も多いだろうから、心あたれば道しるべになってあげられる事を教えてやってもらいたいと言ってきた人間だ。それが、今回のような事を犯すなど。




★混★


ピチョンくんはラブが帰って来たのを見て、首を傾げた。

さっき自分はおっかない人間、竹路なのだが、その男に車毎拉致られて、この場所に連れ込まれていた。

さっきから男達は、この立派な書院造りの広い間をあっちにこっちに歩いて行き、広い闇の日本庭園には鶴がいる。

ピチョンくんはうずうずしていたのを、ビービー激しく鳴き始めた。

ハッとして、ショウはピチョンくんの所に駆け出して、がたいの良いスキンヘッド猫田が「うるせえ鳥だ」と、オウムの所に行きショウはその猫田の背をどつき睨んだ。

「あたしの鳥よ!!手出ししないで!」

「っだとこの…、」

そう猫田やそこにいた男達は振り返り、ぎょっとして、ショウを見て目を丸くし、青くもなった。

「……す、」

オウムがその声を掻き消して、「ラブ!ラブ!あたしの!!」そうビービー言ってからラブにくりくり首を傾げ傾げして、ライカを探したがいない。

「いってらっしゃい!いってらっしゃい!」

そう最近、この2週間ほどでライカの口から覚えた言葉を、今日の6時の晩はいないライカの変りにショウに言って、彼女は歯を噛み締めて鳥かごを奪って、猫田の胸をどんっとどついて走って行った。

ユウコが続いて、真っ青になっている男達を見回してから、廊下からはもう一人の腹心檀城が怒鳴り声を聞きつけ歩いてきていた。

彼はイサ姐の所のユウコともう一人の女を見た。

彼は眉を潜め、その彼女を見て背筋が、一瞬粟立った。

横にいて帰ってきた上層上杉の顔を見て、続いた桐神は「おう、」と立ち止まる二人に額をつけた。それを押え居間を見て、何やら分からんが誰もが黙って女2人とにらみ合ってるんだかよく分からないが、曖昧な表情だ。首をかしげた。

「おいなんだ一体」

樫本の従兄弟である幹部桐神は、樫本の元妻を知らないからショウを見ても分からなく、誰もが青ざめているから上杉の肩を叩いた。ショウは見知った送迎の上杉さんを見てから顔を反らした。

壇上は振り向いてショウから目を離し言った。

「あの女は誰だ」

それを竹路が応えた。

「ショウだとかいう娼婦ですよ」

「ちょっと竹路の旦那?あたし等を娼婦呼ばわりするんじゃないわよ。この子はうちの」

ショウはユウコの言葉をさえぎって猫田を睨んでいたのをきびすを返して廊下を歩いて行った。

「ショウ!待ちなさい!」

ショウは俯き、大またで歩いて行き涙がぼたぼた流れ、ヒノキの廊下を睨みながら歩いて行き、ユウコは追いかけハンドバッグを持たせて肩に両手を置いた。

ピチョンはラブから、雨が降って来ているのを見上げて、ユウコを見た。

「ラブ?」

「ラブ?」

ユウコはオウムが喋ったのを見下ろして、ショウをこちらに向けさせた。

「ねえ、ショウ。あなた、しばらくお休みを取っていた方がいいわ。あたしのマンションにしばらくいなさい」

「でも……」

いやいやするようにショウは思いつめた顔で言って、ピチョンくんをしっかり抱き寄せ、ピチョンくんはラブの肩にピンクの頬の白い羽毛をふわふわと寄せた。

ショウは、そんなピチョンくんを見下ろし、ぽろぽろ涙を流して肩を震わせ俯いた。

「ショウ……」

「いいの。何も聞きたくない……」

そう言い、とぼとぼと歩いて行き、ユウコはその後ろを歩いて行った。

「……あたし、ゼブラナをやめるわ……」

「……ショウ」

ぽろぽろ泣きながら歩いて行き、その彼女の背を持った人間がいた。

ショウは顔を上げ、その男性を見上げた。

頭の豪は、彼女の頬をぬぐってから「こっちへ来るといい」と言い、歩いて行かせた。

そこにはイサママがいて、ソファーに座っていた。その後ろへ来てショウを彼女の横に座らせてから豪は彼女達のソファーの前へ座り、ショウは俯いて鳥かごを抱き寄せていた。

「うちの樫本が、悪い事をした」

ショウは顔を上げずにずっと鳥かごを抱えていた。

イサは彼女を気遣い弟の顔をちらりと見て、豪は頷いて立ち上がった。

「堅気に手を上げたのは樫本だ。君には、彼に手を下す権利がある。私が認めよう」

ショウは驚いて目を見開き、白くなった顔で豪の顔を見た。

「あの何、何のことですか……?」

テーブルの上に出された匕首を、ショウはそろそろと、強張る視線だけで見下ろし、ユウコが息を呑んで目を閉じた。

ショウはそれから目を離せずに首をぶんぶん振って、イサは手荒なやり方に豪を見た。

「あんたねえ、この子がそんな事できるはずが無いだろう。馬鹿を言うんじゃないよ」

「私情を挟んでショウちゃんに打撃を与えたのは樫本だ。しかも見ての通り、……相当の感情からだろう。冷静に事を行って、人の命を奪った……」

「ちょっと待って下さい、」

ショウは青ざめて顔を上げて、豪の顔を見た。

「あの、あたし、ゼブラナを辞めます、だから、だから何もしないで下さい、何も無かった事にして下さい……、お願いします、」

「……ショウ……」

「あたし、あたしがいけなかったんです、ライカは何も悪く無いし、それに英一さんの事も、もう一生会わないから、だから変な事にしないで、彼を殺さないで下さい、これ以上はあたし、あたしこんな事一つも進めたくなんか無い、あたし家に帰ります、大人しくします、だから、だから……、」

彼女の顔が赤くなって行き、顔が歪んできて、熱い涙がぼろぼろ流れ、イサは言葉が詰まって彼女の肩を抱き寄せた。この子はこういう世界のやり方など、何一つ知らない子なのだ。被害者なのだ。何も分かっていないのだ……。

だから、何もこの子に強要させるべきでは無い……。

豪はイサを見て、ショウを見てから匕首を袂に閉まって言った。

「ショウちゃん。樫本には、金輪際ゼブラナには立ち入らせないように言ったから、君は君の道を進めていって欲しいんだ。私達のことにいきなり関わらせた事はすまない事だった。ゼブラナの事は私達は一切関わっている事では無い。樫本の為ではなく、姉貴のためにやってみるのはどうだね?」

「ママのため……?」

ショウはそう、顔を上げ、イサは言った。

「あんたの決める事だからね。ゆっくり考えればいいんだよ。今は辛いときだ。分かってる。ライカさんはね、あんたがゼブラナで輝いている事を」

「ママ、」

「ショウ、聞くんだよショウ。……彼はあんたの事を心から喜んでた。本当だよ。あんたが自分の道を決めてくれた事は、ライカさんを救っていて、彼は心底嬉しかったんだよ。あんたに笑い続けてもらいたいと、思っているはずだ。彼は優しい人だった。あんたを護りたくて仕方が無かった。あの時会って彼と話して、あたしは心底、あんた達2人にバーを続けることへの救いや、いろいろな事を気づかされたんだよ」

「ねえ?ショウ。あたし達はね、人間なのよ。人間でしか無いのよ……。そのことはとても深いという事だわ。多くの人と出会って、そして続けていかなくてはいけないのよ。何があっても、続けることが人間なの。ショウ……、辛いでしょうね。苦しいでしょうね。でも、いつかは笑わなくちゃいけないのよ。人の中でこうやってあんたは生きて行く事は、強くなることなのよ。自立したと同時に得るものは多いわ。心と体を別離させないように生きて行くの。でもこの先を考えて、一番ベストな道を考えて。あんたの道だわ。全てはあんた次第なの。続けるも、戻るも、全て。ただ、事は取り戻せなくなった。彼を欠いてしまった……。でも、これだけは分かって欲しいの。ショウ。あたしは、あたし達は、いつまでもあんたの味方だっていう事。もし、道を変えるとしても、いつでもあたし達の所に来て。辛いとき、苦しいとき、いつでも貴女のゼブラナは開いてる。イサママはいつまでもあの場所にいてくれるから……」

ショウは、ユウコを見上げて流していた涙を、何度も流し続け頷いて、ユウコは彼女の肩を優しく撫でつづけた。





★貴方★


ショウは、暗い部屋に帰って来て、部屋の中心に力無く座り部屋を、見渡した。

開けられたカーテン、チェスト、ダイニングテーブル、椅子、フォト、壁のポスター、観葉植物、ベッド、レコードスピーカー、キャビネット、ドレッサー、

……差し込む月光……、ライカのいない……ベッド

彼女は俯き、キラキラと差し込む月光の空間は全て、まるでケースの中のようだった。

感情の闇は闇であって、そして涙が落ちた。

ショウは、鳥かごの蓋を開けて……

ハタハタと……真っ白のオウムが闇の中空間を羽ばたいたのを涙の流れる目で見上げ、顔を赤くして飛び回るオウムを見上げたまま、子供のように声に出して泣いた。

「ライカ!ライカ!」

オウムはそう叫び、飛び回った。

「どこかな!ライカ!」

どこに行ってしまったの

どこに行ってしまったのと、もう二度と、帰ってなど来ない。

ショウは、耐えられずに立ち上がって引出しをガタンと開けて、睡眠薬の瓶を震える手で蓋を開けその手にざらざら出し口に放って瓶をあおってふと、瓶を床に落として、棚の横の、見慣れないものを見つけた。

「………」

小首を傾げ、それを見て咳き込んで、口の中の喉に詰まる錠剤を駆け込んでキッチンに吐き棄ててごほごほ言い、涙の頬を拭ってゆっくり体を、起こした。

ピチョンくんはそんなラブに驚いて口を噤んで、「ク?」と、言った。

ショウは顔を上げて、部屋の壁際の蓄音機の針の上に足を揃えて座っているピチョンくんを見てから、ピチョンくんはショウの肩まで飛んできて止まり、彼女の髪をライカがしているように頬擦りした。

ショウは小さく微笑み、彼の背を撫でてそのさっきのスタンドの所まで行った。

首を傾げそれを手に見つめて、ポロリと、涙が流れ視界が開けたのを包装されたダンボール紙をがさがさと取って行った。

何かが現れ、ショウはそれを見回し首を傾げ、何かが足に触ったのを見下ろした。他にも包まれているものがある。それを取って、コードだった。アウトレットに挿しこんだ。


ショウは闇の中に、浮いた、   LO

                VE    を見た。


ショウは、息を吸い、その浮いた、フンワリとした美しい深紅を、驚き見つめた。

「……これ……」

そう、スタンドに手をかけて見回し、ショウはそれを見つめた。

「LOVE……」

 おはよう、ラブ

そう言い、目覚めてきた日々……。

美しい朝。

 ラブ、今日も……

ライカ……

真っ白のピチョンくんはその紅いLOVEの上に羽ばたき移って、その、ホウッとした赤を見つめ、シンとその赤は、彼の体を暖かな色で染め上げた。

「キレイだね。キレイだね」

ピチョンくんはそう言い、優しい深い紅を見つめて、ショウはその場に居座り見上げて、

 おはようラブ。今日も綺麗だね

続くと思われてきた朝。

……死んだらいけない……

そう思った。

彼の愛情、彼のぬくもり、彼の心……、彼のオウム……、彼のそのピチョンくんがいる。彼の遺して行ったあたし達のオウムがいる。なのに、死んだりなんか出来ない。

ライカはあたしを応援しつづけてくれていた。あたしが本当は男の子の体だと分かっていたのに、それでも認めてくれた。あたしを心から、愛してくれた……。

あたしを、護ってくれた。護ってくれたのだ。

「……ライカ」

そう囁き、美しいLOVEを見上げ柔らかく微笑んだ。

「ありがとう……ライカ」




★決★


ショウはよく考えを巡らせてから、閉じていた目を開いてテーブルの上に組まれたその手を見て、頷いて立ち上がった。

ピチョンくんのところに行って、レコード盤の上ですっころんで「ぺー!ぺー!」と叫んでいるのを抱き上げ、優しく撫でて「大丈夫?」と撫でてあやした。

「大丈夫?ピチョンくん」

「大丈夫!」

ふっと、ショウは優しく微笑んで、ピチョンくんも微笑んだ気がした。

驚いて笑い、その頬をさすってから言った。

「行って来るわねピチョンくん」

「いってらっしゃいラブ!いってらっしゃいラブ!」

そう、ピチョンくんは羽根を大きく広げさせた。

「行ってきます」

微笑み、「ごめん。入っていてね」そう籠に入れてからピチョンくんのくちばしにキスをしてショウは微笑み、部屋を出て歩いて行った。

引くか、続ける事。

ショウは泣き腫らした大きな目元を一度抑えてから大きなピンクとグラデーションのサングラスを掛けると階段を降りて行った。

腕時計を確認する。

1時半。ゼブラナの閉店した時間だ。

これは考えて決めた事。ユウコの言うようにあたしは進まなければならない人間。

ママにホステスの道を進むと誓い、そしてライカは、嬉しそうにあたしの毎日の言葉を聞いてくれていたから……。その彼の記憶があった。

自分で決めた道。見つめた道。あたしの居場所……。

輝きたいの

あたしは、認めてもらいたい。

ショウは俯き、目を閉じ開いた。

……黒は泣いていた。あの日、あの時、何かが悲しくて、泣いていた……。

あたし達の体で、心で、一つの心で

あいつはどんなに馬鹿なのか分かっているつもりでいた。無茶ばかりして、酷い地帯へ向って行って、何で泣いていたの?そう思った。紫貴ちゃんは黒の連れで、どうやらバンドをやっているらしいけど、ショウはそんなことは知らずにいた。

あたしはゼブラナを続けたい。

そう羨望しつづけてきた。

ずっとだ。自分の道を確立するために自分を磨きつづけた。黒は?なんだか、体を痛くして目覚めるときもあれば、骨折して目覚めた時だってあった。この前なんて女の子とお風呂に入ってなどいて、ショウは目覚めた……。なんだか、可愛い子だった。男と野蛮に喧嘩ばっかしているんだわと思った。

何度もあたしは体を磨きつづけてきた。なのにあいつは、自分だけの体のようにただ乱暴に扱って……。

ショウは顔を上げて、自分がかなりの距離を歩いていたことを見回して、嫌だわあたしったら。俯きながら歩いていた……。

ショウはしっかり顔を上げて歩きつづけた。

車の免許は取るつもりでもいた。そう、おぼろげに思いながら歩いていた。

「おいお前」

ショウは振り返り、自分の背後に黒のベンツが停車した。

身構えて、黒スモークの黒塗りが深い闇と重なりそうになった間際の車体を見た。

「おい。やっぱさっきの女だ」

そう桐神は言い、運転できない猫田は倒して寝ていたのを助手席を戻し顔を覗かせてショウの顔を見た。

桐神はナイフのような目をしていて、彫りが深いのかどうなのか分からない顔をしているが、しっかりとした鋭い顔つきは何にも有無を言わせない着いて来させる雰囲気が根付いている。年齢不詳の顔をしていた。

桐神は腕を窓の外に出してショウをその刀のような目で剣呑と見上げた。

「お前何処に行く」

「どこって……、あんたに関係無いじゃない。構わないでよ」

ふんと顔を反らし歩いて行った。

「待てって。お前何者だ?」

「関係無いわ!あたしはあんた達が大嫌いなのよ!話し掛けないで」

「お前が英一を失脚させたんだろう」

「……」

ショウは戻って来て、義務的に後部座席を開け滑り乗ると、彼ら2人を上目で睨み見た。

「どういう事?」

「何があったか俺は知らねえが、あいつが葉斗を追い出されたんだよ。あいつのものだった屋敷も取り上げられた。俺たちはもう一人の勢力だった檀城につく事になったんだ。今、どこに行ったか分らねえ。消えたんだよ。頭に庭園に殴り落とされて、何があったんだか、あいつは何も言わずにそのまま消えて行った。俺たち全員の目の前でだ。あいつとそれにクアトロポルテが消えた。紫貴は今、この時間は何処にいるか知らねえがな」

「あたしに当たらないでよ」

「おい。分かってねえようだがな、あいつは葉斗じゃあいなきゃ困るんだよ。俺たちは檀城につく気は毛頭ねえ」

「ヤクザの世界の事なんか知らないわ」

「お前はいいのか?お前、英一のなんなんだ?恋人か?」

「……あたしは、」

ショウは口を噤んで、2人を上目で睨んでから言った。

「あたしはゼブラナのホステスよ。今からゼブラナのママの所に行くわ。連れて行きなさいよ」

「何?」

桐神は眉を潜めてショウを見て、ショウは鋭く桐神を睨みつけた。

「お前……野郎なのか?」

そう猫田は眉を潜めてまじまじとショウを見て、ショウは眉の無い下の猫田の目を睨み見下ろして「寄らないでよ」と言った。猫田は桐神の顔を見て、またショウを見て口笛を吹いて体を戻した。

「おい。どういう神経してんだ?お前。え?英一はお前が葉斗から追い出したような物なんだぜ。それをこれ以上イサ姐の所で働けると思ってるのか?」

「英一さんはあたしの彼を撃ち殺したのよ。今日ね」

「……」

「……」

「この目の前で。あんた達のお頭さんはあたしに短刀を渡してきて、敵討ちに殺して良いと言って来たわ。何故そうしなかったのか分かる?あたしは彼の事を狙っていたからよ。指詰だろうが何だろうが嫌だったのよ彼の体の全て、一部ですら失うのがね!文句ある?!」

2人は瞬きしてぽかんとしてショウを見た。

ショウは2人を睨んで、その目は大きな怒りで充血して燃え上がっていた。胸が燃え尽きそうなほどの憤怒だった。

きっと、自分に対する怒りがない交ぜになっているのだろう。そういう表情はよく見つづけてきた。

「お前……手前の男死んだその日の内から殺した男に取り入ろうってのか?」

桐神がそうショウに言った。

「お前、プライドがねえのか?今自分が何言ったか分かってんのか?」

ショウはふんと鼻で息をして、流し目を反らして窓の外を見下ろしてからまた2人を見た。

「あたしはね、自分の身を守って生きる。どんな方法だろうがね。ライカを失った今、もう自分で守る事を学んだわ。最低だろうが、それでもあたしは生きつづける。傷ついてばかりじゃ、すぐにへこたれちゃいそうだもの」

そう、俯かないように前方を伏せ気味の目で見つづけた。

「ハッ、随分なスケだな。阿婆擦れもいい所だぜ」

猫田がそう吐き棄て向き直り、ショウはしばらく耐えていたが、目を閉じ開いた。

「最低だぜ、お前」

ショウは猫田の背後を蹴り胸元を引っ張り助手席に引き込みびんたしまくった。

「このアマ!!」

そうシートに叩きつけられてショウは起き上がって猫田を蹴り付けて、ドアを開け2人で転がり落ちて猫田をアスファルトに叩きつけこんな醜い自分が嫌で嫌で嫌で嫌で仕方が無くて、その猫田の顔をびんたし腕を蹴り付け引っかいて、桐神が大またで降りてきて彼女の振り上げた手首を掴みベンツに叩きつけ、彼女は崩れて桐神の足を蹴り付け、ぼろぼろになった髪と腫れた口端で睨み見上げ立ち上がり、ハイヒールを投げつけてぼろぼろになりながら歩いて行った。

「おい待て」

「離して!」

腕を掴み引き寄せて、桐神をびんたして桐神は激しく泣く彼女の顔を見て、彼女の頭を、肩に抱き寄せた。

「悪かった。何があったかは知らないが、お前自身に何かあったんだろう。男らしくなく責めて悪かった」

ショウはこれ以上泣かないようにしたいのに、声を上げ泣き出しそうになって、息をついで目を閉じ、しばらくしてから首を横に小さく振った。

猫田の馬鹿に掴まれ痛めた腕を押えながらとぼとぼ歩いて行った。

桐神は肩を上げ猫田は立ち上がり痰を吐いて悪態を吐き、桐神は息を吐いて車に乗りこみショウを追った。

「おい。イサ姐の所に行くんだろう」

ショウは無視して歩いて行った。

「乗れよ」

言葉を無視していた。

ショウはしばらく歩いていたのを、ブロックに転がる小石が歩くのには痛くて、立ち止まると、助手席に乗り込んだ。

猫田は顔をゆがめて前を向き直り、ショウは猫田を無視していた。

桐神は進めて行き、2人は樫本の姿を探しながら進めて行った。




★進★


「思い切り罵られたけど、これはあたしの決めた道なのママ」

ショウはそう言い、イサママは彼女の肩に手を置いてから彼女の血の出る口端を拭ってあげると彼女の顔を見て、彼女の表情が変った……そう思った。

悪い方向か、それとも強くなったのか、精一杯の虚勢か、きっと、いろいろだろう。

決意が一番初めの物よりも強く、比べ物にならないほど込められていた。

眼光も、ダイヤモンドのように強かった。

だが、何物にも曇り屈折することの無いものだった。

「この道は……、いい?ショウ。何がこれからあったって、傷ついたって、どんと構えてなくちゃいけない商売よ。例え、それが自分を殺しに来る殺し屋だとしても客として強い微笑で迎えなければならない商売だ。あたし達も魂張って挑んできた。でも、嫌な経験を積みつづける事にもなる。一番最低な事も見つづける事になる。そういう世界なんだよ……。それを、本当に耐えられるって言うんだね?」

ショウは、イサの目を見て言った。

「ええ。イサママ。耐えなければ。あたしは確かに世の中も分かっていない今まで保護されてきたお子様だけど、決めたことは曲げない。あたしの信条だわ。それに、」

そこでショウは言葉を切って、可笑しそうに俯き目を閉じ笑ってから、顔を上げて言った。

「それに、いつのまにかどんなに骨折していても、顔をパンパンに腫らしていてもミイラ人間になってしまっていても、無遅刻無欠席を決めた手前に、床を這ってでも学園に行ったぐらいよ。まあ、どうしても道を突き進みたくて自主退学したけれど。まあ、割りと根性はあるでしょ?」

イサは驚いた様にショウを見て、柔和に微笑み頷き彼女の腕を撫でた。

心が強い子だ。強く強くなろうとしている。輝こうと、思うだけじゃなく。

昼に、大きなものを失ったばかりなのになんて健気な……。

「それと……、英一さんを利用させてもらいたいの」

「利用?」

イサは小首を傾げて冗談めかした口調ではあったが、目は強かった。悪意など無いのだ。

「彼を常連様として迎えつづけるという事」

「危険だよ。あんたの心を最期に傷つけることになる」

「いいえママ。確かにこれは彼に責め苦という敵討ちのうちに入るかもしれない。彼がどんなに嫌がろうとそうし続けろと強要するんですからね。でもママの言うように、苦心を強いてきた人を克服して自分の心を強くするためにも、あたしはそうしなければならないわ。周りからどんな風に見られても、彼を本物の悪者にするだけにはあたしはしない。あたしの常連様だからよ。あたしの初めての常連様だから。あたしは彼を、何があったって接客しつづける。あたしの心がそれを許すまで、自分の心にオーケーサインを出すまで」

「傷つくことが、怖くないのかい」

ショウは一度目を閉じ、初めてその時、何かが覗いた。

「その時は……彼も最大限に打撃を食らわされているとき。共倒れになろうが、あたしは彼に尽くしつづけるわ。彼を最大限に苦しめて、それを乗り越えれば、彼は本物の男になっている筈。あたしが惚れたままのあの人に。駆け引きは得意じゃないし傷つくだけで終わって、葉斗にも迷惑を掛けたならその時」

「……」

「お頭さんは、あの時短刀をあたしに与えて来た時の契約を、あたしは実行させる。ライカを殺した彼を殺す。……それまで、彼から本気で離れられなくなっているかもしれない。彼は、他の抗争で命を落とすかもしれない。でも、あたしは彼のあたしに対する心を信じているわ。殺したら、あたしは涙に暮れて自分も死ぬかもしれない。そのときには彼を棄てて、ゼブラナのホステスをしているかもしれない。でもきっと、あたしは彼にそんな事は出来ないわ。何故なら、あたしは強くなりたいから。ライカを失いたくないから。恨みに生きて上乗せして虚勢を張って生きつづけることが強さなどではないから。あたしは心を、本当の心を失いたくは無いから。ライカは、この判断になんて言うかは分からないわ。止めてくれって言うかもしれない。そんな事は。でも、あたしはこれからを成功したいの。この道で成功したいのよ。野望を持つ事は、悪い事では無いわ。……そうでしょう?それは、希望や、夢や、羨望だとかをぎゅっと凝縮して形を心に留めたものだわ。それは、あたしは曲げない」

イサは彼女の瞳を見つめ、しばらく見つめていたのを頷いて、彼女の肩を抱き寄せた。

「……いらっしゃい。ショウ……あたし達の中に」

「………」

ショウは、バーの暗闇の中を見つめて、声を震わせ何度も小さく頷いて、暖かな涙が流れて、きっと、強くなっている筈。乗り越えた先の物は、皆と共に。それはもう、苦い涙では無かった。

ただただ、温かい涙だった。

ライカの頬に触れるあの銀色の、美しい朝陽のあの手のぬくもりのように……。

深く愛していた。愛していて、どうしようもなくさっきまで辛くて仕方が無かったけど、よく頑張ったねって、ライカが優しく言ってくれているように感じたから……。

ショウは涙を静かに流して、イサの温かい心の温もりにしばらくは寄り添って泣いていた。

今に、強くなる。あたしは強くなる。

ライカは、あたしを護ってくれて、強かったように……。




★屈辱と交差★


あの日から2日経っていた。

街路灯を背に樫本は煙を乱暴に吐き棄て、ロメオを地面に放り踏みにじった。

赤坂。

彼女がコーヒー店とアンチークショップの間の路地から出て夜を見回し歩いてきていた。

ショウは視線の先の洒落た車、それを見て歩いていたのだが、その先のコーナーに立つ街路灯に背を着ける樫本を見た。彼は鋭い目で夜の街角の道路からショウを見た。

上目で睨んでくると二重になる目はやはりショウを睨んで、ロメオのパッケージを車内に放って、ショウは目を合わせないように肩を縮めながら歩いた。

樫本は鋭くなった目を押え腕を広げてからショウの腕を引いた。

「ショウ」

ショウは真っ青になって樫本の足元だけをみると、彼のその胸部に、トンと頬を当てた。

「……、」

樫本は息を呑んでショウの肩を持ち離そうと掴んだが、それがやはりどうしても出来なかった。

「ショウ。俺に何処まで恥をかかせれば気が済むんだ」

「だから?」

「……」

ショウは思った以上に氷のような色の目をし、樫本を顔だけ斜めに見上げた。

確かにそうだとは分かっていた。自分はショウに酷いことを強いたのだから。

『女に許され戻って来た男』

そのレッテルが貼られた。

誰もが樫本のやった行動を耳に入れた。戻らされた庭園で皆の前で頭に跪き、檀城には冷たい目で見られ土下座をさせられ、頭はまた同じスポットに収まり業務を今まで通り行えと言う。葉斗から抜けることは一生許さないと。

部下たちは何ともつかない顔をし樫本を見た。哀れむ目をする人間すらいた。

檀城派の人間は嘲り笑う口元の人間もいた。

だが、分かっていたことだ。自分のやった不始末。

あの時のその姿を見下ろしてショウは、何の感情も無い眼で樫本に言った。

『戻って来れて良かったんじゃない?』

樫本は石砂利の上に額をつけたまま、目を固く閉じて歯を噛み締めた。そして彼女は言った。

『また、ゼブラナにいらしてね。待っているわ英一さん』

そう、微笑んで言った。

猫田は短く悪態をついてショウのその肩を引いたが、ショウはその手をバシッと払い男達を見回し見据えて、樫本を見下ろした。一度、嘲った笑みを口元に貼り付けると恐いほどの無表情になって言った。

『この人を殺さなかっただけあんた達、あたしに感謝しなさいよ。ねえ?そうでしょう。それと、彼をこれから馬鹿にしたらあたしが直々にゼブラナに来たあんた達に最高級の毒のグラス割り出してやるから恨みたいだけ恨むのねえ』

『このアマ、樫本の兄貴に屈辱強いてきてんのはてめえだろうが!!』

『煩いのよ猫』

『何?!!』

それを聞いて桐神だけが噴出した。

頭は組んでいた手を一度上げた、2人の男が庭に下りて樫本の顔を上げさせた。彼はしばらく顔を上げずに目を開きもせずにいたが、目を開き顔を上げた。

その時の表情は誰もが思っていたものではなかった。樫本らしい鋭い眼光で見るでもなく、彼女を思った以上に、鈴とショウへの何らかの気持ちもあったのだろう、哀しそうな上目で微かに一瞬見て視線を落としたから誰もが黙り込み、樫本と鈴姐に瓜二つのショウを交互に見た。彼は膝に乗せた手を返すように立ち上がるといつもの毅然とした顔つきに戻っていて歩いて行った。頭の前まで来ると一度頭を下げ、歩いて行った。

桐神はその背の後を歩き猫田もショウを威嚇してからその後に続いた。

ショウは上目で猫田を睨んでから、樫本の背を視線で追ってしまう前に視線を庭に強引に戻して、昼の白い月を見上げた。

ライカ

ごめんね

あなたのショウなのに……

あたしは……

ショウは男達がショウを冷たい目で見てくるのを、頭がそれをとがめる前に彼女がぐるりと男達を見据えて、微笑んだ。

ライカ

ごめんね

あなたのショウは

醜さを表明した

彼と公然にフェアになんかなろうとしたんじゃない……

『せいせいした。じゃあね』

そう言い、頭に小さく微笑むと男達をどつき退かして歩いて行った。

その夜もやはり目が溶けそうな程泣いた。一人の部屋で、全然慣れてくれなかった。ライカがいない事、ピチョンくんの『綺麗だねラブ!』と言う言葉、彼のいないこの信じられない空間、彼の最期の言葉さえ、最後まで聞けなかった事、樫本への激しい怒り、全然慣れなかった。飲み下すことなど出来ない気がした。

この夜の街並みは樫本とショウしかいなかった。

ショウは彼の顔を睨み見上げる事もせずに性悪に微笑んで、車が通ったところを見て背を伸ばして彼の頭を抱き寄せた。

「ショウ」

彼女の体を引き剥がして、またあの目、彼女を哀しんだ目で見た事でショウは気に障って彼の頬をびんたした。その方向に向けたまま視線だけショウを見て戻し、息を吐いた。

ショウは道路を睨んで車が過ぎ去って行った赤いランプから樫本の顔を見上げた。

「週に2回。あたしの席に来なさい。常連としてお金を落として行ってちょうだい。分かったわね?毎回700万を落として行って。それだけで許してあげるわ」

そう言い、これ以上彼に屈辱を強いる言葉を思いつかなくて、失敗する前に視線を落とし俯いてしまった。そんなつもりなど毛頭無かったが、震えた泣き声で小さく「英一さん……」そう囁き、彼の胸に、失って寂しくて、強制的に殺されて哀しくて、ショウは泣きついていた。

必死ですがるように背に抱きついて、自分が強いらせた全てを、惚れた男を大衆の前で跪かせた事を、自分に詫びさせた事、彼に……、惚れてしまった事。

「大好きだったから……、あなたの事、大好きなのよ」

「………、」

樫本は彼女の肩に手を掛けることも出来ずに、彼女が泣き囁く言葉を拒絶しても体の中に流れ込んで来ようとする事を、しばらくは認めてしまう。その事に罪悪感が無かったわけでは無い。ショウの肩を片腕で退かしたが車が通りすがった。彼女を引き寄せ包括した。

ショウは涙の流れる開かれた瞳で彼の目の閉じられる横顔を見つめて、過ぎ去って行った車は視野から消えて行った。目を閉じる。

彼はまるで公然で結び合った罪悪の誓いのように、それらの己のプライドを捨てようとでもするように、瞳を閉じる彼の目を見て、ショウは口端を鋭く引き上げて彼の頭を抱き寄せ髪を優しく撫でた。

手に出来る。恨みに紛れて手にすることが。

落ちようとも。

「愛していると、言って。英一」

そう囁く声で言い、頭を撫で続けた。

今に痛い目を見るなんて分かっていた。でも、馬鹿みたいに心を広く彼を、そして彼に気を傾かせる愚かな自分を許したくも、偽善ぶりたくも気障ぶりたくも無い。冗談じゃ無いわ。彼を許すですって?そんな事あたしは許さない。失ったプライドだけは取り戻してもらう。失った誇りだけは取り返す。牙には牙で……。

愛情を手に入れるため……

「ねえ?……英一?言って?」

言ってよ

彼の頬をさすって閉じられた目を見て、見つめた。

「言って、ねえ」

お願い。好きでいさせて。来るかもしれない時まであたしを何も言わずにただ受け止めて欲しい。都合の良い女を。男を持ち上げもしない女を。一緒に落ちるかどうかは分からなくても、……あなたはライカを殺したのよ。

「責任持ってよ、」

愛しているわ、そう言ってしまえば負けだという事は、なんとなく分かっていた。何が負けなのか知らないけど、馬鹿らしいけど、終わらせちゃえなんてそんな事、出来なかったからただただ必死になっていた。あたしは。どんなにもがいても悲しみは沈んで、失った事実が侵食してきて、彼にどう思われようが、彼は確実にあたしを、愛している。

じゃなければ許さないからだ。彼を。あたしへの愛情がなければ全然許せない。

白と黒が反転し、あたしの視界の中で、眩暈は起きずに目を固く閉じた。

「……ショウ」

ショウは顔を上げて他所を見る樫本を見た。

何を口を滑らせようとしたのかが分かってショウは思い切り樫本の胸をどついた。激しく街路灯に吹っ飛び頭を打ち崩れ、彼は顔を歪めて片目を開き上げた。

「今、何て言おうとした?まさか『ごめん』とかじゃ無いわよね?まさか、ハッ、いくらなんでもあたしの思い違いよね。ああどうかしていたわ。あたしを愛していると言おうとした男を突き飛ばしたりなんかして。ああ、それともあれ?猫田同様『最低な女だ』だとか、『ここまでして哀れな女だ』とか、」

徐々に流れ目は歪み始めた。

「『お前みたいな女願い下げだ』だとか、それとか、もう、『好きじゃ無い』と、か、……それ、とか……、それとか……」

許せなかった女を、そんな大人になれない心が毒を吐いて……。許すべきじゃ無いし、彼はあたしを離すべきなのに、あたしも彼を離すべきなのに。分からないでいたい。そんな事全然分からないでいたい。

「……う」

彼女は顔が歪み真っ赤な顔から涙がこぼれた。

「ひっ、あたし……、」

樫本は彼女を見上げて立ち上がり、彼女を引き寄せた。

「あたしの事棄てないで、……独りになりたくない……、」

囁くように小声で叫び震えて、ショウは体を震わせた。

「ショウ」

彼女に酷いことを言わせてしまっているのは紛れも無い自分だ。俺はライカからショウを奪い、ショウの必死の虚勢を弁明も出来ずに。

震える彼女の肩をしっかり抱き寄せ、止まらなくても止まるまで強く抱きしめた。

夜は空気が留まって、あたし、いつかこんな事が平気になっているならいいのに……どう思われても構わないわ。あたしはあたし……

「ショウ……」

何度も囁きたくなったが、口を噤んで彼女の温かい首筋に頬をうずめた。

騙されたって、構わないという心が……この女になら構わないという感情が心底を渦巻いた。もしもこの先、どこかで苦しんで帰って来るような女でも、それでも受け止められるなら。

醜い心が囁いた。それが出来るのはもう、俺しか結局はいない事を分からせたいなどと。

彼女を離したくなどなくなっていた。

出遭ったあの、一瞬から


あたしはあなたの何になりたいの……


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