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ZEBRANA WHITE  作者: 紫
1/3


皆様へ。


本作をお読みいただき、本当に有難う御座います。

皆様に感謝致します。



本作品はZEBRANAプロローグ WHTE、ZEBRANA BLACK、

ZEBRANA TITANIUMの4作品で一つの物語になっておりました。


長い作品を読みすすめてくださった方々、有難う御座いました。



                                女紫。



目次


CHAPTER・1☆輝けるスタートはゼブラナと共に☆

★Bar Zebrana★

☆小さな行い☆

★気になる彼★

★愛する彼★

★オープンカフェ★

☆家庭訪問☆

★ショッピング★

★おうちに報告★

★ちょっとの間・・・★

★輝く場所なら★

★CLOCE★

CHAPTER2★忍び寄る何か★

★不穏な影★

★ひしめき合う世界★

★ライカとピチョン★

★BARでの話★

★影と陰★

★眠れないときは★

★不安★

★過ぎて行く★

★過ぎた物★

★情熱★

★後悔★

CHAPTER・3★ラブ★

★拭えない物★

★行く末の見通しが立たなくて★

★無断欠勤★

★どこにもいない★

★ゼブラナ★

☆プリンセスショウの帰還☆

☆黒の王子様☆

☆どうしようもないシンデレラ☆

☆銀色の朝☆

CHAPTER・4

☆顔を見つめる☆

☆全てが拭うもの☆

★闇★

★叫★

★混★

★貴方★

★決★

★進★

★屈辱と交差★

★ピチョンくんのあたたかさ★

CHAPTER・5

★虎江川★

★白いお昼★

★到着★

★チタン★

★ゼブラナゲームの影★

★仲直り★

★ゼブラナ審査★

★心の対処★

★己★

★第二の心の中の親★

★血液型って★

★紫貴★

★連絡★

★ジュリ★

★桃色夕陽★

★宴★

★ゲームの盤上★

★夜の宴★

★宵★

★暗い部屋★

★星影★

★会★

☆ZEBRANA☆

皆様へ。

ZEBRANAシリーズを開始させていただきました。

『ZEBRANA WHITE』を開けて頂いて有難うございます。


本作品はZEBRANAプロローグ WHITE BLACK TITANIUMUと、4作品で一つの物語が出来上がっております。

少しずつでも読み進めてくださったら幸いです。



                                        女紫


CHAPTER・1☆輝けるスタートはゼブラナと共に☆


 銀座三越から出て、彼女は夜を見回した。

 スラリとした長身のホワイトピンクのスカートスーツは黒シルクがよく映える。クロコで重厚な黄金チェーンのハンドバッグ。彼女の香水は甘く高貴なフローラルとしっかりしたリリー。

 ショウ、彼女は夜の銀座を歩き、アパタイト、イエロー、クリアなど、色とりどりのダイヤモンドやエメラルドの輝きは回る。

 深紅や真紅が生きる彼女の生命カラーだからといえ、今日は気持ちを抑えていた。

 なんと言っても、今日は面接の日。

 16歳。この日のために、彼女は13年間お世話になりつづけた聖マドレネィン学園を自主退学して来た。


 彼女は性同一性障害だ。女性の心は物心つき始めた頃から持ち続けていた。彼女は堅実な努力者の両親の元、裕福な家柄で何不自由無く生きてきた。

『世に出たいの。どうしてもよ。自分を試す場所はもう見つかっているの。若いうちにやろうと思った事に賭ける事も一人一人の人生だと思うのよ先生。今まで本当にありがとう。理事長先生もとても理解力のある方で、先生も中学部の先生方とあたしの為によく相談をなさってくれた。あたし、とっても楽しかったわ』

 そう、白の肌の薄ピンクのチークの頬をにっこり微笑ませて、すらりとした長身を立たせて歩き、担当の先生の部屋から出て行った。

 意気揚々として白薔薇レリーフの渡り廊下を渡り、その内「きゃ〜!」とダイヤモンドのようなハートを飛ばし中庭を駆け回った。眩しい日差し、美しい太陽、素晴らしい至高の青空、素晴らしい季節の旅立ちだ。

 中庭の8匹のマーブル白ライオンと金の噴水からはまるで祝杯のような水を太陽に輝かせて黄緑の木々が清清しく艶かかって思える。両側の中庭を囲う白大理石の校舎を彩るエメラルドみたいだった……。

 

 ショウはドキドキしながら待ち合わせの場所に立ち、ホワイトピンクローズレリーフに黒ダイヤのあしらわれたコンパクトミラーでメイクをチェックしなおしてからクロコのバッグの中、真ッピンクのレースハンカチの横に仕舞い、 華やかな顔だ。大丈夫。一遍の隙も無い。身だしなみも完璧。ネイリングも美しい。オーラだって充分輝いたものを持っている。

 認められるわ。絶対に大丈夫。自信はある。

 夜の闇と眩い光の中を、艶めかせ反射させながら漆黒のフェラーリが遠くから滑らかに流れ込んできて、素敵な車だ。ショウはそれを街路灯の横に立ち見つめていた。

「………」

 初老、着物姿の美しい女性が鮮やかに漆黒のフェラーリをショウの前に停車させ、そのうりざね顔を上げ、ダークレッドブラウンのルージュを引き上げ流しまつげの綺麗な鋭い瞳を柔らかく微笑ませた。

「……」

 ショウは口を開き大きな目をぱちぱちさせて、彼女がそうだわ。『ゼブラナ』のママ。

「さあ、乗って」

 落ち着き払った深い声でそう言い、彼女は着物の腕を窓枠に乗せて粋な風で首を曲げ車内に促した。

「はい!」

 ショウは満面に笑んで車体を回り「失礼します」とシーツに滑り乗った。

『ゼブラナ』ママ、イサは強く微笑んでショウを見てから「行くわよ」と言い、華麗にシフト変換して夜の街を流して行った。

「どうもありがとうございます。こんな素敵なお出迎えがあるだなんて」

 イサママは微笑んでから滑らかにギアを変えスピードを変えた。とても美しい人だ。ショウは緊張して嬉しくて微笑んだ。

「あたしのバーは赤坂にあるの。小規模でちょっと、隠れた場所にあるからね。迷子になってしまう前に、子羊達を浚いに来たというわけ」

 そうおちゃめな目で言い、ショウも笑ってイサママはおどけ上目で微笑んだ。

『ゼブラナ』彼女の憧れだった。特殊な高級クラブで、知る人ぞ場所を知る、ニューハーフホステスのクラブだ。もちろんママもそうは見えないけれどショウと同じ。完全予約会員制を敷かれた金持ち達の間でのみ口伝される、もしくはゼブラナから会員カードが寄贈される一元さんお断りの一日おき営業のクラブ。お客様は全て海外、国内問わず一流と名のつく名門・VIPばかりだ。

 自分の輝ける場所。最大限に自分を出し切れる場所。

そして、多くの世界中の人々との高い交信の場。彼等の心を解く場……。

希望に満ち溢れる彼女は、光り輝いていた。

 ディオールのジャドールで薔薇のフローラルノートが華やかに、蝶の様に舞った。






★Bar Zebrana★


2ヶ月間の集中的なリノベーションが行われた。

新生『ゼブラナ』は一新して生まれ変わった。

 秘密クラブ時代のゼブラナは黒、ブロンズ、悪魔的、男性的絢爛シックな内装だった。それら一切の影をなくし、バーへと転身すると金、白、ダイヤモンド、赤を基調としたエレガンス女性的豪華ロマンティックな内装になった。

 ゼブラナが変わったのは内装もそうだが、方針も大きく変えた。以前いたホステル・ランの変わりになる子に若い女の子を入れて、それは明るく純粋な子だ。

 光りと輝きを一身にまとった強烈なオーラを持った子。店の雰囲気を一気に変えてくれる様な子だ。素敵な眩い笑顔に満ち溢れている子。若々しい気力に満ち、将来に希望を抱いている子だ。

 

 ショウは若々しく、綺麗な顔立ちをした子だった。好きな色は赤。赤がなくば生まれた意味が無いと断言していると書かれてあって、ママ・イサはくすくすと微笑んだ。写真審査では第一に美しいオーラのある子で、イサは彼女を一気に気に入った。

 年齢は16歳。あの名門聖マドラネィン学園で幼稚舎から通う生粋の実業家の家系。当然オーナーのみの完全機密体制をとるので悪いがこの店の原則として家族構成・性格上の問題・ニューハーフになったいきさつを面接時に提示してもらう事になるという第一次審査上の条件にも反対意義や問題も言ってこなかった。

 父親は総祖父が会長を勤め祖父が社長を務める真面目が信条の一流企業医療機器、医薬品会社の代表取締役。母親は祖母の家系がスウェーデンの古くから歴史のある森林研究所所長兼スウェーデン有名大学学長を勤めて来ている学者肌の気質。祖母は日本人の富豪と婚姻を結ぶと成長した娘だけが文化を好み、日本に渡り現在の夫に見初められショウ達を生んだ。素性に問題は無い。こちらとしても、大切なお嬢様をお預かりするのだから。

 面接の行われている中、空気はゆったりと流れていた。

「あたし、物心ついた頃から女性の心を持っていて、すっと女の子の格好をして生きてきました。精神科医では性同一性障害だと診断されました。それに……」

 ショウはそこで初めて上目になって、イサママの顔を覗き見た。

小首を傾げ、言ってみて。と微笑み促した。

「実はあたし、……二重人格でもあるんです」

「二重人格」

 イサママは一度意外そうに聞き返し、ショウは「ええ、」と恥じらい微笑み、頬を染めた。

こ こ、ゼブラナのホステス、ユウコ、ハルエも、そしてイサ自身も其々が其々理由の多少の特殊さを持ったニューハーフだった。もちろん、失踪したランもそうだった。

「性同一性障害で二重人格というからには、もしかしたらとお思いかもしれないけれど、もう一人の人格は男の子なんです」

「成る程」

 万年筆を走らせ、深く頷く。

「『彼』の性格は相当異なるという事のようね」

「ええ。あたし、彼を『黒』と呼んでいて、相手はあたしを『白』と呼んでいます。5歳の頃から黒はあたしの中に現れました。きっと、相手も同じ事を考えて、ずっといたんだという感覚だけはあって、突然知らない場所で倒れていて保護されたりという事が何度かあった事が始まりでした。黒の時の記憶はあたしは無いので、どういった性格かは詳しく無いんですけれど、どうやら質悪い輩みたい。ごろつきというか」

 目の前のお嬢様は一切そんな世界に足を踏み入れるなんて信じられ無いわ、そんな世界など知りません。という子だ。

 肩を縮めてイサママの顔を上目で伺い見て、駄目?という目をした。

「フ、まあそう身構えなくても大丈夫よ。その彼の事があなたの問題なのね?」

「はい」

「彼の存在は調整できるの?」

「はい。自信はあります」

 そう胸を張ってからショウは大きく頷いた。

「あなた、彼氏は?」

 穏やかにそう聞き、ショウは満面に微笑み一度照れてうつむくと、実に幸せそうな顔を上げた。どこまでも新鮮で、イサママは嬉しそうに微笑んだ。

「います。付き合い始めて1年で、今とても幸せです。学園の高等部に進学した折に一人暮らしを始めていて、現在は彼と同棲しています。彼もあたしを応援してくれていて、とても優しい人なんです」

「そう。それは素敵な事だわ。良い彼と巡り会えたのね」

「はい」

 イサママは満足して微笑み頷き、言った。

「あなたはとても強く輝いているわ。ゼブラナにあなたが欲しいとあたしは思う」

「本当ですか?!」

 ショウは驚喜として目を見開き、イサママは「ええ。お願いねショウちゃん」と微笑んだ。

 ショウはキャア!と歓声を上げ飛び跳ねて、イサママに抱きついておおはしゃぎした。

「あらあらこの子ってば、本当に可愛いわね」

 そう驚き微笑んで、笑って彼女の温かい髪を撫でた。






☆小さな行い☆


「アシモちゃん!」

 芦俵夕あしだわら ゆうマネージャーは目元を引きつらせ振り返り、店じまい中にユウコが彼をそう呼んだのを顔を上げた。

「やめろそのアシモだとかいう言葉」

「いいじゃないいいじゃない。はいこれお客様の名刺とデータ表。ママに渡す前にパソコンで処理してね」

 夕は溜息混じりに天を仰ぎ受け取って颯爽と190の長身のきびすを返した。

「ねえアシモちゃん」

「なんだよ一体」

 ハルエは何やら足首を持ってヒールの裏を見ながら頬に手を当て傾げて困った顔をしていた。

「なんだかヒールの具合がわるい」

「俺は雑用係じゃ無い」

 そう言い歩いて行った。

「おいショウ」

「はい!」

 ショウは一生懸命渡された名刺の名前と肩書きを覚える為にテーブルに広げていたのを顔をあげた。

「そんなこと家でやれ。それにこれからは渡された瞬時に覚えるんだ。出来る筈だろう」

「はい」

「今は先輩達を見習ってこの店でやれる事をやる」

「わかりました!」

 そう言い立ち上がり、その彼女の歩いていこうとした頭を帳簿で叩いた。

「こら」

 そう、テーブル上の広げられた名刺を示した。

「大変!」

「ったく、大丈夫かよ」

 ショウは名刺を整えかき集めてから頷き、夕を見上げて髪を耳に掛け走って行った。

 接客のほうは初めてとは思えないほど良かった。また初々しさもありそこもいいポイントだった。ゼブラナ常連の客達も新しい種類のショウに満足し彼女を支援し可愛がってくれた。

 ジョージは夕を呼び、彼の所へ行った。

「実は、また2メニュー酒を増やす予定なんだか、仕事が済んだら味見てくれねえか」

「ああ。分かった」

 夕は事務所へ上がって行った。

「ねえ。マネージャーって、かっこいいわよね」

「彼は25歳、独身、彼女はまあ、今はいないかしら?でも、やめといた方がいいわよ〜なんてったってアシモちゃんはママの大のお気に入りなんだから」

 そうユウコは微笑み言って、ハルエが意味ありげに微笑み続けた。

「ママの物取ったら駄目よショウ」

「え?そんな事、分かってるわ大丈夫!」

 彼の事も確かに気に掛かっている。それと、ショウは今日もう一人気になる人がいた。

 カウンターに腰掛け、バーテンダーのジョージさんと親しげに会話を交わしていた。

 チタンカラーのシャツ、黒の細身のネクタイ、黒の洒落たスーツジャケットをスマートに着こなしていた。適当にセットされ項まで流され掛かる黒髪に黒目勝ちな瞳がよく似合う。男らしい雰囲気があって、なんだか、渋い感じがして素敵だった。






★気になる彼★


ショウは渡された名刺を見つめていた。

樫本英一。

 名前だけで肩書きは一切印字されていないシンプルな物だ。その裏側に彼は携帯ナンバーを走らせ、彼女に渡した。微笑みも無い男らしい声音の彼は、ショウをどこかしら心浮かせた。

「彼、最近あんたの所に来るわよね」

 ショウは目を瞬きさせてユウコを見て、ユウコは上目を微笑ませて言った。

「あんたの事、気に入ってるのよみれば分かるわね」

 ハルエもふふんと微笑んで煙草を軽く吸いつくとショウに下目で微笑した。

「彼、イサママの弟と共に付き人として来店していたのよ。まあ、ママの弟が飲んであたし達がお相手していて、2人の付き人の彼等はボックス席の左右に立っていたボディーガードみたいな?ものだったからその時は客としてじゃ無かったんだけど、個人ではグランドゼブラナビルの常連でもあったしね」

「グランドゼブラナ?」

 ユウコはショウの両肩に背後から手を掛け言った。

「あんたはまだこの業界に入ったばかりだから、ああいった人に贔屓にしてもらうって、かなりいい線行ってるって事よ。彼はイサママの弟の腹心。お頭さんの右腕なの」

 名刺を見つめていたのを、顔を上げた。

「? お菓子『ラサン』のミディアム?」

「そう」

「おいしいものねあれ」

「………」

「………。でも、これは一歩前進よショウ。あんたは絶対に伸びるわ」

 ショウはイサママと極道葉斗組の繋がりをまだ知らなかった。元が青山、銀座や西麻布、日本橋。そして表参道、代官山や恵比寿、たまに自由が丘などが主な行動範囲で、彼女は事務所の点在するような新宿の深部には当然踏み入った事は無い。このバーのある赤坂にも大して踏み込まず、葉斗組総本山のある吉祥寺にも専門店以外には訪れない。

 もう一人、黒なら、新宿や池袋、渋谷、横浜、横須賀などの行動範らしいから、もしかしたら極道ややくざ事情に詳しいのかもしれないのだが。

「極道のところのジンじゃけんのう・・・」

 そう声をフと低くしてユウコは肩越しに言い、ええ?、とショウは肩越しにユウコのしたり顔を見た。

「ちょっと待ってよ姉さん達、それ、怖い事実なんだけど、」

 全くそういう世界の人には思えなかった。ショウが焦る物だからユウコとハルエは意地悪っぽく上目で微笑み合って、くすりと笑った。

「あんた、なんだかついてるじゃない」

 そう言って、彼女の肩を叩いた。

「いい?彼の事は丁重に接客するのよ。お頭さんの信頼する幹部なんだから」






★愛する彼★


 ショウは明るい日差しの中を歩いて、モダンな専門店が並ぶ中、角の立地のとあるショップの方向を微笑み見た。

 ガラス壁の店内はゆったりグレーの陽が差し込んでいる。

 彼はすらっとした長身、柔和に微笑む爽やかな顔立ちで、さらさらの金髪を顔のラインまでゆったり伸ばし、水色の瞳はあくまで柔らかい色だ。

愛する彼はお客様に黒いショッピングバッグを渡してにこにこして大きな手をゆらゆら振った。

 ライカはショウが微笑んで手を振って来たのを見て、嬉しそうに微笑んで手を振り替えした。

 シンプルモダンな輸入食器のショップを訪れ店先の白い大きなオウムが羽根を広げた。

「やあラブ。今日も綺麗だね。日差しがどこまでも白く差し込んで」

「綺麗だね!綺麗だね!ラブ!」

「ハアイ、ライカ!ピチョンくん!」

 ショウは恋人のライカに微笑み彼の頬にキスをし鳥かごの中のピチョンくんのくちばしにも軽くキスをする。

 店内に入って行き、落ち着いたモダンな内装は白に黒を基調に、灰色を刺し色にした実にシンプルなカラーで、ビューティーサウンドが流れるハイセンスな食器店だ。モノクロでシンプルな食器が揃っている。

「今日はカフェに行ってきたの。ランチ、一緒に食べに行かない?」

「それいいね。本当だ。もうそろそろランチの時間」

「ランチ!ランチラブ!」

 ショウは微笑みピチョンくんの頬を撫でてライカを見上げた。

「どこに行こうか。素敵なお店、どこかに出来たかしら?」

「そうだなあ。足を伸ばして銀座まで行ってみようか」

「それもいいわね」

 ライカはオーストラリア人だ。4年前に日本に渡ってきて、彼と出会ったのは学園の高等部へ上がった春の事、行きつけのサロンの待合室で彼と出会う事が度々続く内、意気投合して食事をするようになり、今では同棲をしている。ライカのオウムのピチョンくんはこの1年で一回りからだが大きくなった気がする。

 オーナー室からオーナーが出てくるとショウに気づいていつもの様に微笑んだ。彼はダンディーで素敵な人だ。人種は分からないが苗字は日本人のものだった。

「やあ。お昼の出向かいかい。今から行って来てもいいよ」

「早いけどいいんですか?」

 オーナーは腕時計と掛け時計を見てから口端を微笑ませた。彼は何かの癖なのか、いつも腕時計、そして掛け時計両方の時間を確認する。

「ああ。行ってくるといい。せっかく彼女も来てくれたんだ。行ってらっしゃい」

「ありがとうオーナー」

 2人は微笑み礼を言って、昼の白く眩しい日差しの充ちる野外へ歩いて行った。

 温かい風の方向……

 追い見るように、ライカを振り返った。

「ね!オーナーに何か素敵なもの、買っていきましょうよ」

「そうだな。それいいね。何にしようか」

「そうね。ランブルのマンゴーチョコレートがおいしいの」

 2人は腕を組み合って歩いて行き、日差しは明るく、どこまでも、温かかった。






★オープンカフェ★


「店はどうなんだ?楽しくて仕方ないんじゃないのか?」

「面白いわよ〜元々好きだしね。人と接するって。それにパーティーで無くても素敵で上品なドレスも着られて、いい人がつくほどどんどん体だって磨きが掛けられるしね。最高の環境よ。ゼブラナって、あたしの憧れでもあったんだから!」

 ショウは両手を広げてうきうきし、微笑んで腕を組み引き寄せた。

「ねえライカ。あたしがもっともっと綺麗になって行ったら、何してくれる?」

「これ以上輝いたら?そうだなあ。ご褒美にブエノスアイレスとかいいんじゃない?」

「きゃあそれっていい〜!アルゼンチンタンゴって、情熱の宝石よねえ!」

 ライカの頬にキスをして微笑み、ぐるんとしたまつげで彼の顔を眺める。

「最高の日々を共にしましょうね」

 爽やかな風が流れ、陽気が心浮かせた。

「イサママってね。とても素敵な人よ。粋で綺麗で渋くて格好いい女性っていう感じでね。ユウコもハルエも言ってる。とても良い人柄なんだって。いつもバーを働きやすくてとてもいい環境に持っていってくてるわ」

「それが一番良いことだね」

「ええ。憧れちゃうなあ。ああいう女性みたいに歳を重ねたい」

 イサは55の年齢で姿勢をぴんとさせた細い体を着物に粋に包ませている。172センチで、ショウ達やユウコ、ハルエもりもよほど背は低くコンパクトに思えるけれどなんと言っても迫力のオーラが備わっている。あの流しまつげの綺麗な細面に見据えられると洗いざらい心の内を読まれているんだろうと諦めざるを得なくなってくる。それでもどこまでも優しいまなざしの人だ。

 彼女はきりっとしていて艶鋭い。

「ユウコというのがまた胆の据わった人でね。柔和な微笑み方をする人なのよ。なんていうのかしら、変な言い方だけど貫禄っていうのかしら。とても綺麗な人で頼れる腕っ節の優雅なお姉さんっていう感じなの。どこまでも潤っていてね、骨太美人っていうの?」

 ライカは嬉しそうにショウが話すのをずっと微笑み見つめていた。彼女はキラキラしていた。

「それで、ハルエというのがね、すらっとスレンダーで行動もスマートで、言葉はたまにきついけれどどこかしら堂々とした冷めた感じがとても地になじんで似合うっていうのね、すかっとした気分の良さがあるっていうのかな。綺麗に格好良い感じでね。それと、マネージャーのアシモちゃん。またその彼が良い男なのよ〜う」

 意地悪っぽくライカの顔を見てライカはにっと微笑み、「俺のラブはやらないぞー」と言った。ショウはフフ!と微笑んで、


そのまま、

突っ伏した。


「ショ、ショウ!」

 顔を挙げ、ライカは口を引きつらせた。

 顔にかかった長い髪の間から覗くそのぶすっとした伏せ気味の目は『倦怠』の一文字で、でかい口元の端が両方不機嫌そうに下がりきり、ゆらりと立ち上がるとそのまま歩いて行った。

 一気に夜の雰囲気を引きつれて。

 ライカは「ああー!」と額を押さえて金を置き追いかけた。

「翔。ほらほら機嫌悪くしないしないバ〜!」

「ぅるっせーんだよ!!!」

 ぶっ殺す勢いで目を剥き、ライカは肩を縮めはにかみ「まあまあ」と言い、髪を掻きながらその背の後を付いていき、『彼』の額にそのままついたスライス苺を取ってやって横に並んだ。

 彼、翔はうざそうに横のライカをいつもの剣呑とした鋭い目で睨み見上げ、のっぽで爽やかに優顔のライカは肩をすくめおどめてみせた。

「この、俺に、付いて来てんじゃぁ、ねえよ!!」

「でもね。『白ちゃん』に誘わ」

 何事かを怒鳴って翔はそのまま、ハイヒールをブンッ、ブンッ、と蹴り脱ぎ棄てて歩いて行った。

 ショウのもう一人の人格だ。

「おーい。俺は店に戻るぞー」

「勝手にしやがれ」

 そう肩越しに睨み言い棄てては背を丸め、雪男のように歩いて行き、男達が見てきてこそこそ翔の事を「おっかね〜、あの女、」と言っていた。

「いやあれ男だぜ、声低いって女より」

「確かに女にしては背でかすぎ」

「え?野郎?うっそ!」

「何かの罰ゲームか?あの、女装」

「でもすっげー美形なんだけど」

 翔はまたぶちのめしに行って即刻ノックアウトさせ反吐を吐き歩いて行ったからライカはアチャー!と言って急いでぶちのめされた男の子達のところに行って「ごめんなさいよ!うちの連れがね!」と起こし謝りに行った。彼等はびくびくして「、いいっすよ、」と白人に言い翔に負傷させられ去って行った。

 ライカはやれやれと首を振って、店の方へ歩き戻って行った。


 翔は糞機嫌が悪かった。反吐を吐き唾を吐きすてて大股で歩いて行き、サイフを見ると適当に入っている。下を向きながらだったためぶつかったのを怒鳴り散らしそのカップルはいきなり綺麗な子が凄い形相で彼氏を怒鳴り散らしたから驚いて逃げて行き、翔は悪態をその背にがなり歩いて行き、ドラックストアーでふき取るメイクオフを買って適当な服屋に入り憮然として男の服を腕に引き込んでカウンターに置いた。

 それまでに「いい女だな」と微笑み言い合っていた店内スタッフは、男服を見て翔の美人な顔を見た。

「さっさとしろよ愚図共が!!!」

「げ、男、」

 ぎらんと翔はすっごい目ででかい口を歪め切り男を睨み見て、男は口を引きつらせ金を預かって翔はカーテンの中ぶ着替えるうちに「やべー、アレ、」と地獄の耳に聞こえる。

 カーテンを開け質悪そうなのが出てくると2人はギクッとして殴り殺されそうになったのをナイフに視線が行って後じさり、「ご、ごめんね、」と胸倉を掴まれるのを顔をはにかませた。それをばっと打ち棄て店から出て行った。

 翔は新宿で連れ立つ仲間内でも喧嘩早くて気が触れやすく短気で喧嘩慣れしその上始末悪かった。柄が悪くしょっちゅう気に食わないグループと衝突ばかりで女をとっかえひっかえしては何人も美人達を泣かせてはまた美人に微笑み女を取られれば殴り殺す勢いでナイフを付きたて何度か暴力団に痛い目を見せられては要するに、ごろつき風情だった。

 夜、人格が目覚めれば新宿界隈へ行き路地で崩落狂遊三昧してはカードギャンブルに武器密売、バンド、深夜のレアなレコード店で働いていた。気性が荒くなるとたまに手に負えなく大体は大乱闘になり警察沙汰になってばかりでどうしようもない。

 翔はドアをノックした。






☆家庭訪問☆


芦俵夕は寝返って甘く唸り、感覚だけ目覚めたが目は開かなかった。

 乱れる黒のシーツを引き寄せてイージーパンツの細長い片足を曲げて目を開き、でかめの吊り上った目で玄関ドアを見た。閉じられていないでかい窓のカーテンから陽が灰色に入って、腕時計を見るとうんざりする時間だった。閉ざしていた口から溜息を吐き起き上がって腹のめくれたティーシャツを引っ張り下ろして黒のボーズ頭の後頭部を撫で掻き立ち上がった。

 一体こんな時間に何だ。一体誰なんだ。俺の生活リズムを乱していいと思っているのか。一体どの女だと思いながらもフロアを歩いて行き牛革のサンダルに片足を通し丸穴を覗き見る。

 夜の生活をする夕はこんな時間に起きている様な人間では無かった。

「………。?」

 首を傾げる。野郎が立っている。また引き返しマットレスに転がって眠りに入ろうと目を閉じた。

「アシさーぁん」

「………」

 目を開いてまた歩いていく。いきなり刺して来そうなごろつき少年エックスに知り合いはいない。玄関ドアの横に立ち穴を覗き見ながら110のナンバーを押した。

「俺。翔だけど。ゾゥブルゥ、アヌァアッのさー」

 繋がった電話を切って、片眉を上げた。

「ショウ?」

 夕はあの華やかな派手顔を思い出して、眉を潜め鍵を回した。どうやってこのヤサが分かったんだ。

「何やってんだお前。迷惑じゃねえか」

「あ。アシさ〜ん。入れてよ」

 夕は管を巻いてチェーンを外し、中に首をしゃくり招いた。

 翔は見回しながら広い空間に口笛を吹いた。まるで雪男のように歩き入って勝手にフロアに足を放り座った。

「いー部屋っすねーあの店で働いてりゃあ、こんないい部屋入れるんっすか」

 夕は元が半年前まではあるマンモス高級ラウンジ内のショットバーでチーフバーテンダーをしていて元から羽振りは良かったし、大雅の人間にもそれなりに気に入られ姐さん達にも可愛がられていた。夕は冷静に距離を置き続けていたのだが。

 だが、確かに今の店で働いていると以前の職場以上に金が嫌でも転がり込んでくる。ゼブラナは高級な客しか取らない高給取りだ。

「おい。お前何か飲む?」

「ああ。ブラックでいいっすよ」

 部屋をへーっと見回して転がりCDボックスを引き寄せると「お。イイ趣味してんじゃな〜い」と笑って胡坐に引き寄せがさがさやり始めた。勝手にステレオに手を伸ばし掛けて、乗るような曲じゃあ無いっていうのにがんがんに乗りながら「うぇ〜い」と腰を曲げ言い戻って来た。

「よおよおサバンナいきてえっすよねー」

「まとまった休みは3ヶ月後だ」

 「ッマーッジー、ィ」と凄い顔で前のめって言い、座り込みクリスタルテーブルの上の銃を物色した。これじゃあごろつきだ。

「このチャカ、いつのもんっすか?修理出す前に今良い奴入るんだけどなー」「ほら」

 それを奪って頭を叩き、カップを渡した。飲まずにテーブルにおいて何かを見つけて歩いて行った。

 その檻の中を見て背をまっすぐに伸ばす後姿はあの女の成りのショウがかすめはしたが、「うっをあんかいるよ〜!!」とだるそうで粗野な口ぶりだけはやはり野郎だった。

 腕を伸ばしてその猫を腕に抱えて頭を撫でながら戻ってきて、

 にっこり笑い座った。


「可愛い」


 きっとハートを付けそう言い、夕は顔を引きつらせてさっきまで男にしか見えなかった今の目の前の人間を見上げ、膝たちしていたその人間はお行儀良く座って足を横に揃え流した。

「お、お、お前、お前一体、」

「?なにが?どうしたのよアシモちゃんマネージャー」

 そう首を振りながら言い、テーブルの上のカップコーヒーの取っ手に女の様にしなり指を通して目を閉じて薫りをかぎ、にっこり微笑んだままの口元が驚いた顔になって「わお良い趣味してるじゃなーい」と言ってそのコーヒーを飲んだ。

「二重人格なのか?お前」

 女、ショウは自分の格好、全身黒でだぼだぼの服を見回して極めて落ち着いた風で微笑んだ。

「あの黒の馬鹿は殴り倒して押し込んだから気にしないで」

 そうにっこり微笑みカップを置いて、横目で怪訝な顔の夕を見て顔を向けた。

「あたし、白の方なの。ママには言ったんだけど、この事は内緒ね。混乱するし」

 全くの別人だ。夕は横目で見て何度か頷き、ショウは猫がなついてくるのを撫でてあげた。

「いきなりごめんね。訪ねてきちゃって」

 そう猫を見下ろしながら微笑んだ顔で言い、夕は別に、と首を振った。

「今日、アシモちゃんの話になったの。彼氏とランチしてて、カッコイイのよ〜って」

 夕は肩をすくめて灰皿に灰を落として窓の外を見てから猫が主人の所に来たのを細い胴を抱えてテーブルの向こう側へ行き腰を降ろした。ショウは上目で微笑み組んだ腕を乗せ身を乗り出し言った。

「今度ね。あたし、取るの」

「へー」

 まだ16の年齢だ。無理に決まっている。性転換手術をしたがっているのだろう。

「まだ、どれくらいかな。17になったら年齢ごまかしてとっちゃうの。黒の奴には内緒でね」

 さっきの男の成りの態度を見ると、それはどうか。まあ、自分には暴力は震えない。

「その頃までにはまとまったお金は入っていると思うの」

 とんでもない。1年も待っていたら恐ろしい厖大な金になっている。一度の給料が一体何億はじき出す事かショウは分かっていないのだ。そういう世界に自分が来たという事を。親の力も借りずに。客ときたら、彼女達に一日で何億もの金を、物資を、与えてくる。一日に何十億、何百億という金が容易に一人ずつの手で動く。それがゼブラナだった。

「そうか。頑張るんだな」

「うん。頑張る」

 そう微笑みコーヒーに口をつけ、「んん、良いわねこの配分」と言った。

「なんだか、本当の彼女が来る前に帰るわ。変な修羅場は避けたいし引っかき傷作りたくないのよね」

 彼女は今までの遊びの元、一夜に千兆の動いてきた世界からは全くの無縁の光りだった。魔の一つも無い。異常さの寄せ付けない様な。純粋で、女の子だった。

 ショウが立ち上がると、夕も立ち上がり腕を引いた。

「………」

 一度抱き寄せると、離して背を促した。肩越しにショウは微笑み見上げて歩いて行き、玄関で靴を履くと「じゃあね」と見上げ手をひらりと振ってから、夕が腕を伸ばしあけたドアから出て、その事に「ありがとう」と微笑み歩いて行った。

「………」

 夕はその背を見てからしばらくしてドアを閉め、何故自分が抱き寄せていたのかが分からなかった。カップを片付けてからやれやれ首を振った。寝起きで頭がぶっとんでいたんだろう。再びベッドに転がって眠りに落ちて行き、猫は夕の腹に身体を伸ばして昼寝に就いた。






★ショッピング★


時間は午後の3時を迎えていた。

 今日はライカは閉店までのシフトだった。女の子のスタッフ、エリがいつもの様に1歳の息子をお迎えに行くために京花と引継ぎを済ませたのを、ライカの所まで来て彼を見上げた。

「ねえ、ちょっと今日物騒だったのよ」

「ぶっそう?」

 その日本語をライカは知らなかった。「そう」エリは続けた。

「やくざの男が2人、オーナーの所に来て」

「え?本当に?」

「そうなの。なんだか、もしかして借金しているのかしらって思ったから……」

 エリはオーナー室をちらりと見てから、俯き、また向き直ってライカを見上げた。

「経営はかなりうまく行っているはずなんだけど」

「まあ、商売って言うのは売り上げと経営は別物でもあるからね。そうか。俺に相談してくれれは良かったのにね。オーナーも」

「ねえ、それとなしに、聞いてみてくれないかしら。心配だわ」

「そうだね。エリはマリエちゃんがまだ小さいから安定したいだろうし」

「ええ、そうなの…オーナーだって、良い人だからきっと戸惑っているわ。女が口出しするよりは。ね?」

「うん。分かったよ」

 ライカは頷いてから、エリは微笑んでスタッフルームに消えて行った。

これは参ったな。きっといきなりオーストラリア者に言われてもオーナーも聞かないだろう。



 携帯の着信音が鳴り響いた。

「おお翔〜?お前、デモテープ作り天才じゃねえ〜?!受かっちまったぜ審査よおお!」

「………。?」

 ん?

 審査?何でこの子(誰か知らない)知ってるの?ゼブラナ受かった事?ありがとう?

「おい?寝てんのか?あん?まあこの時間だしな。まあ快挙快挙!」

 …ああ、分かった。黒の奴の連れね?なにやら、黒の方も同じ時期に何かが受かったらしい。

「今夜飲もうぜトカゲ達にも俺から連絡しておくからよお!じゃあなあ!!」

 そう言い連絡が切れたから首をやれやれ振って歩いて行った。

 またしばらくして掛かってくる。

さっきの『6G#』

 いつも黒に掛かってくるのは1234ABCD????などの組み合わせの羅列ばかりだった。きっと白や拾われた人間に知られてはまずい人間達なのだろう。

「ああ翔〜俺おっれ〜えぃ。祝杯ライブ明日だからよ〜ん。っじゃーあね〜え、ういっ」

ピッ

「………。変な子。(v−−)」

 ショウはさっきから掛かってくるわけわからん内容の電話を、いつもの様に簡易メモに書き込んであげてから着替えなおした服はやはり全ビロード赤でミニフリルピクニックドレスだ。細長い足がにゅっと付け根から伸び、やはり赤がなければ生きてゆけそうにも無い。

「絶対狂った顔した子よねこの『6G#』とかって子毎回おかしい」

 さっき同じく恵比寿ですれ違って女装扱いされぼこぼこにして来た男が今度はもうゴッテゴテのロリータ服で自分たちの横をルンルン言いながら赤薔薇ハイヒールでツカツカ、フリルのけつをフリフリ歩いて行ったから、さっきの男の子達はもう、呆然としてその赤ヒモで締め上げられたなだらかな白い背を見送っていた。黄金の取っ手を持ちクルクルと黒レースの日傘を回して、この夏を、あいつ完全に気が狂ってんじゃないかと思いながらも顔を引きつらせていた。

 ショウは、今日は何しようと考えあぐねながら歩いていた。お聴香、エステ、ファッションショー、ブランドカクテルパーティー、サーキット、乗馬、展示会、美術館、ショコラ講座、お茶会、ゼブラナの時間まで、今の時間を思い切り京都まで行き祇園の裏町でのんびり過ごしたって良い。

 でもショッピングにおさめる事にしてお洒落な町並みを流した。

 まずは天然香水専門店へ入って行った。基本的に彼女は学友達とは一切土日を過ごさない。

 彼氏以外と街を出歩かず、一人ショッピングだ。

 彼女は学園ではいつも抜きん出ていた性格と成績だったが、やはりいつも浮いていた。

 本人はプライドが高かったためニューハーフの自分をそういう目で見てくるクラスメートと関わろうもしなかった。

 休み時間も綺麗に背筋を伸ばし音楽を聴いたり海外富豪雑誌や海外語学の本を見たり作ってきたケーキを食べたり薔薇の鏡を見つめメイクを直したり綺麗にセットアイロンロールされ縛り上げられた髪のビロードリボンを直したりと充分謳歌していた。

 たまに話しかけられれば盛り上がる程度で基本的にはド派手な一匹狼だったし自分からはつるもうとはせずに、優秀だったから勉強や、美容法を聞かれれば快く答えてあげていた。

 だが、ひとたび体育ともなると、がらっといきなり性格が変わった。

サッカーのときなど酷かった。うがああ!!!と怒鳴り叫んでサッカーだっちゅーのにアメフトみたいにタッチダウンさせてボールを破裂させるわスポーツテストの結果に満足しなくてガンガン頭突きで鉄棒曲げるわハードルにつまずこうものなら怒頭キレて投げまくるわで完全な逆ギレ度が酷かった。

 だから、制服は男女両方のブレザーを持っていた。

 女の時の人格でスポーツなどやろうものなら「日焼けなんて嫌よ!!」と泣き出したり「きゃああ!!!!」と本気でテニスのボールを怖がったりレオタードなんか嫌よ馬鹿!!と、キレ出したりえんえん泣いていた。

 男の時の凶暴で人間離れした人格の時はごろつきのようなきこなしと成りで、1日中机につっぷし眠りこけていた。

 それか起きていようものなら近づくのもやばいって程の上目の眼光で糞機嫌悪く浅く座り肩をつけて長ったらしい髪も耳にかけるだけで垂れ流しむすっと一言も喋らずにガラ悪く座っている、完全なる他人嫌いの微動だにしようとさえしない一匹狼男だ。

 テストもオール0点完全白紙の、どちらにしろ浮きまくっていた。

 だが、事実、長身で整った体系で豪い美形の彼・彼女はどちらにしろ影からのファンは多かった事を彼等自身知らない。

 前者は孤高で素直な子だったし、後者はこの世なんかぶっこわれちまえオーラがバリンバリンだったわけだ。

 その分、そんな彼・彼女を気に食わない先輩生徒も多かったわけだ。


 可愛らしいスモークピンクのフリンジレースの連なったその大きめのバッグ。

「きゃあん可愛い〜!!」

 ショウはそう叫んだ。

「ようショウちゃん。それ、リサ子がデザインしたんだぜ」

「本当?すっごく可愛らしい!」

 工房を構えるこのショップはバッグや帽子、靴などがディスプレーされている5人のスタッフ全員がデザイン製作販売している。

「葉書行ったと思うけど、16日のこの店のパーティー、参加OK?」

「まあ。本当?葉書?ありがとう。今実は一人暮らしし始めていて。ママに聞いてみるわ。住所、はい!」

 そう薔薇の形のピンクに赤と金字の新しい名刺を渡してにっこり微笑んだ。

「へえ。今度遊びに行くよ」

「ああ……ごめんねライカと同棲してるんだ」

「そうか残念。彼も連れて来いよ」

「うんそうするね。ね。そうそうこのレコードさっき買ったんだけど、良かったらカフェで流してみてよ」

「どれどれ」

 黄緑のレコード盤を出して、この店の隅ではカフェもやっていておいしいココアだとかキャラメル・バナナ・バニラ・様々なラテも出しているからそのレトロでフェミニンな蓄音機に置きながら綸路は言った。

「今度、俺達や他のサークル仲間で一軒借家、借りるんだ。丁度レトロで古めかしいところがあってさあ、味があるところ。ショウちゃんそこに遊びに来てよ。気兼ねなく俺達遊べるからさ」

 とっつき難い所をたまに覗かせるショウに彼はそう気を遣って言ってあげた。ショウは嬉しそうに満面の笑みになって、頷いた。綸路も一度ウインクしてから続ける。

「そこでならスペースあって楽しいパーティーもやりたい放題だし俺もサーフボード作ったり出来るしさ、何か音楽だって出来るしな。自分のやりたい事気兼ねなく出来るんだぜ」

「うん!」

 レコードに針を落として流れた。

「おお可愛いんじゃな〜い?ショウちゃ〜ん!」

「でしょ〜!」

 女の子の高い声が高い声で高く甘く可愛らしく英語で唄を声にしている。とびっきり可愛い。

「君も可愛いよ今度本気で一緒にNY行こうよNY2人きりで」

「こら綸路!またそうやってショウちゃんに浮気事持ちかけてる!!」

 妻のタマがそう言いカフェのキッチンから出て拳骨した。

「駄目よショウちゃんこういう悪いお兄さんにつかまったらなんてったってこいつは悪魔崇拝者だから」

「ア〜ミン」

「そ、そういえば前ドス黒いナニカを見た気が・・・お部屋の片隅に・・・」

「崇拝スペースね」

 綸路はしたり顔で笑ってからショウにピンクのバッグに合う蜂蜜のエナメルブローチをつけた。

「パーティーの時はこれが招待状。忘れずにね」

「OK」

 ショウは上目でにっこり笑い、2人に手を振って歩いて行った。

 木々が立ち並ぶのを綺麗な色の蝶が飛んでいて、ふよふよと飛ぶのを目で追った。

 しばらく、ぼうっと青空の先の先を眺めていた。蝶が消えても、その先を……上の上まで






★おうちに報告★


ショウは実家を訪れていた。

「そうなの。いきなりだったんだけど、勝手にごめんね。でも、自分の事を伸ばしたかったのよ。あたしなりにいろいろ考えて決めた事をパパにもママにも言わずに進めてしまってごめんなさい」

 母親は2日前にいきなり学園から来た連絡に驚いて、一度帰って話を聞かせて頂戴という留守番電話を入れておいたのだ。

「そうなの。あなたが様々を考えているだろう事はお母さんも分かっていたのよ何かやりたいことがあるのなら、出来るだけの事は協力してあげたいってね」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわママ。心配させてしまってごめんなさい。でも今はうまくやっているの」

「どうやって生活していくの?仕送りだけでやっていけるの?」

「その事なんだけど……」

 ショウは上目になって、母親が首をかしげ促したのを言った。

「あたし、実はホステスをやっているの」

「………」

 びょんっと母親の顔があがり、お抹茶粉が舞った。

「あ、ご、ごめんなさいママ、」

 母親は渡された布でこぼした粉をふき取って、ショウの顔を見た。

「ほすてす……?」

 母が言うと、京の裏路地で頭を下げゆったりと舞妓達が言い交わしていそうな言葉に聞こえた。

「そうなの」

 ショウはおどけ言って、正座する黒タイツの膝の前に真ピンクレースのハンカチを置いていたのを、母は真っ赤なビロードの装いの娘を見てから、心を鎮めて小さく頷き、お茶をしゃかしゃかと立て始めた。

「ライカさんは、知っているの?」

「ええ。知っているの」

 ショウはそう言い、小さく口端を上げた。

「あなたは、16歳なのに」

 そう、顔を上げて言い、首を「ね?」とかしげて茶器を彼女の前に置いた。

礼にならってお抹茶を飲み、綺麗な仕草で全てを終わらせると頭を下げて一言言い、母もお辞儀をして背を伸ばした。

 ショウは心がそれで互いに清流の様に落ち着いたのを、一呼吸置いてから言った。

「ずっと、夢だったわ」

 そう、遠くの空を見つめながら言った。

 母親はしばらく彼女の横顔を見ていたのを、彼女の方に膝を向け見てから、微笑んだ。

「頑張って。あなたの心を応援するわ」

 ショウは嬉しそうに満面に微笑み母親の顔を見て、大きく頷いた。

 幸せそうに笑う娘のためなら、どこまで彼女が自分の力で出来るのかを伸ばしてあげたかった。中途半端な心を持ち合わせてなどいないと分かっているからだ。自分という人間に生きてきて、それでも受け入れ、模索して、多くを学びたい、自分を真に試し生かしたいのだと。これをあえて今初めて、それを酌んでやることで、成長を促せる。

「腹を決めたことなの。あたし、やってみせるわ」

 母は微笑んで大きく頷き、ショウの所まで来ると、彼女の手に手を当てた。

「とても、世間は大変だと思うわ。荒波にもまれて、女は行かなければならない。それも乗り切って、何かがあったなら此処に顔を見せにいらっしゃい。母さんは、いつでもここにいる」

 そう、彼女の手を温かく握り叩いた。

 ショウはその手を見下ろし、笑顔の顔を嬉しさで赤くして、涙をぽろりと流しうつむいてこくりと頷いた。

「あんたは良い子だもの。多くの味方や良い先輩がついてくれる。感謝の心を大切に学んで行くのよ」

 そう肩を優しく抱いて、頭を撫でた。

「体だけは壊さないようにね」

「うん」

 ショウはにっこり笑った。

「ありがとう。ママ」





★ちょっとの間・・・★


ショウはマンションに戻ってきて、ばさばさいう音でにっこりした。鍵が開いていて、5時なのにライカが早くも帰って来ていた。

 今日はお昼時、仕事が遅くなると言っていたのだが。

「ハアイライカ!ただいま!」

「やあおかえりラブ」

「おかえりラブ!おかえりラブ!」

「ただいまピチョンくん!」

「今日も綺麗だね!」

「ふふ。ありがとう可愛いピチョンくんは良い子ね!」

 ライカと抱き合ってにっこり微笑み合って、ライカは夕食の準備をしてくれていた。

「あらライカありがとう。おいしそう!」

「ああ。おいしいよこれは」

 そうにっと微笑みウインクした。

「今日は早かったのね」

 このところ、ショウの仕事で一緒にいられる時間が減ってしまい、今の時間がショウはとても嬉しかった。

「店じまいまでいるって聞いたのに」

「うん。早く帰れたんだ」

 そう小さく微笑み言って、冷えたシャンパンをボックスから出した。

 オーナーが、今日は早く店じまいをすると言っていたのだ。きっと、エリが言っていた関係で何かが店内で動くのだろう。何かの査定かもしれない。あちら側からの。その人間が来る前に、店長である自分を昼時に店から遠ざけた位だ。聞きだすことは難しいかもしれない。今日はオーナーには聞けなかった。

「ママにね……会って来たんだ」

 ショウはそう言い、ライカの顔を見上げて言った。

 ライカは彼女の肩を引き寄せ背にそっと手を回し、彼女の顔を見た。純粋な瞳は光りがきらきらとして、何度もライカは彼女に心動かされてきた。

 ショウは一度目を閉じ開いてから、心の準備をした後に言った。

「応援してくれた」

 ライカは微笑み、彼女の頬を撫でた。

「良かったなショウ」

 彼女をいくらでも応援したい。彼女の母親も同じ気持ちだという事が本当によく分かる。

「うん。ママ心配性だから、不安だったんだけど元気つけてもらっちゃった」

「ショウのママは良い人だよ」

「うん」

 そう言ってから、目を閉じ床を見た横顔は微笑んではいたが、小さく言った。

「パパには仕事の関係でしばらくは会えないけれど、いずれはしかり言うつもり。まだ言わないほうが良いかなってママとも言い合っていたの。フフ、娘が赤坂のクラブホステスになったって聞いたらパパは心配で眠れなくなりそうだから」

 ライカも微笑んで、「きっと、ゆっくりその事実を取り入れえ認めてくれるときが来るはずだよ」そう言ってくれた。ショウは頷き、ライカにキスをした。

「今度の日曜日に報告しに行くつもり。明日お土産を買いに行きましょう」「そうだね」

 明日の火曜休みはいろいろな予定を立てる。お洒落な店をたくさん知っているショウはよくその専門店やショップ、住宅街の一部や2階などに展開されているような、知る人ぞ知るお店までも知っている。よくライカと共にショッピングに出かけ、街中で白人の彼氏といる所を学園と子とすれ違うと一瞬を置き、ひらひら手を振られた。






★輝く場所なら★


ショウは彼、樫本英一がマネージャーに扉を開けられ入って来たのを上品に微笑んだ。

 樫本はいつもの様に表情も無いままに彼女を横目に見て頷き、促され颯爽と歩きソファーに落ち着き座った。

「いらっしゃい英一さん」

 ショウは自分で言ってみて照れて微笑んだ。樫本は口端だけ小さく上げ微笑み足を組んでからいつものロメオYジュリエッタクラブを出した。手並み良くショウは火を出し、彼の俯き火に近づける顔を見つめていた。引き付けられるように自然にだ。彼は吸い音をそっと立て、ぼうっと彼の顔を見つめる彼女に気づいて、ふと、上目で見て、ショウは瞬きして頬を染めた。樫本は目をそらし体を起こしてソファーの背に片腕を回した。

 この人、上目になると二重になるんだ……。

 そうぼんやりと思って、ハッとして伸びた背筋を更に伸ばした。ずっとぼやぼやしているのだ。何故か、今まで味わった事の無い安堵感というか、気のふっと抜けていく空気をこの人からは感じる。自分がリラックスする。何故だろう?

 樫本はいつも酒を飲まない人だからウーロン茶だった。

どうやら元々身体が受け付けないそうだ。

 奥さんは、いるのだろうかとおぼろげに思った。きっともしも今彼が独身で無く既婚者なのだとしたら、とても素敵な人なのだろう。格好良くてさばさばしたような。

 彼は極道の人だとユウコとハルエは言っていたが、ショウはそういう人達を見た事が無いからそうは見えなかった。というよりは、どこか資本のあるところの人に思える。スーツジャケット姿もいつもお洒落で何気にイタリー物だし、名刺入れや腕時計などの必需品もそうだ。彼の乗る車もマセラーティだった。

「英一さん、伝統あるお武家の息子さんだったんですか?それに剣道道場まで」

「ああ」

「それなら、日本刀の扱いも慣れてるん」

 ショウは自分がさらりと言っていた事に言葉を止めてしまった、と思った。

「さあ。どうかな」

 樫本はさらりと言って、イサママの肩をおどけさせた顔に気づいて彼も肩をすくめた。ショウは銃刀法違反だとか、そういう法律が根付く以上口に出してしまった事に天を仰いだ。

「門下生も多くいらっしゃるんでしょうね」

「いや。今は道場は無い。時代の流れだ」

「そうですね……。移り続けても、国の特有の物だけが消えて行くようで寂しくなる事もあります。特色が他のものに変えられる世の中ははかなくもあって無常でもある。でも、心に残り続ける物です。その国の心は絶対に」

 樫本は「そうだな」と小さく笑って彼女の細い手に視線を落とした。

 ショウは、彼の手をその手を包んでいた。

何か、お仕事であったのか、寂しげな表情に思えた。男らしく微笑んでいたのに。

 実際、最近の所は仕事の関係で樫本はずっと動き回っていた。彼は口をつぐんでショウの顔を見て、ショウは慌てて手を離した。

「ごめんなさい、あたしったらいきなりお手を」

「いや。いいんだ」

 ショウは微笑んでから言おうか言うまいか悩んだ内に、口から流れていた。

「なんだか、英一さんといるとほっと気が抜けます」

 そう言っていた。しばらく樫本は何も言わなかったのを、言った。

「…そうだな。俺もそうだ」

 そう呟くように言い、テーブル上のグレースワロフスキに視線を落としたまま、それは光を受け屈託無く輝いている。彼女の前では装う事も無く、気が安堵した。晩酌時のように。

 不思議な人だ。ショウはそう思った。何故か、そういう雰囲気があった。

「………。?」

 なにやら、物音が聞こえ始めた。

「ジョージ。今日はウーロン茶でいい」

「ああ」

バタン!!!

「あああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 ショウは驚いて真っ青になっていきなりの声に「きゃ!」と叫び樫本の腕にしがみついていた。襲撃かと思ったからだ。でも銃弾は飛んでは来なかった。

 樫本は彼女の肩を一度抱き背を叩いてあげてから「落ち着け。大丈夫だ」と言い、ショウは白くなった顔で彼を見上げ何度か頷いてから扉の方を見た。

 アシモマネージャーの後ろから、派手な男の子がズカズカと怒った顔で何やら言いながら歩いてきていた。

「だーだー!!!あだあだあいっんでだらああああ!!!あ。イサ姐お邪魔してるでやんす」

 ショウはぽかーんとしてその子を見て、樫本は心なしかうんざりしていた。

知り合いだろうか?その子は18歳くらいで、バーに来る年齢でもなかったし風貌もそういう系統では無いようにしか見えない。

「ッきのっからあおっからざあああ!!!へねしー!!!」

 日本人では無いのか、ショウの知るどの言語にも当てはまらなかった。彼は黒牛革のパンツにブーツ、上に紫の釦無しシャツを着て、首からはバフォメットのブロンズ装飾品が掛かっていて腰のメッシュベルトに黒ダイヤバックルから鎖が左右の腰を2本ずつ囲って、バフォメットと紫から覗くへそ下までの素肌は黒の墨で何かの豪華な花?黒の繊細な牡丹だ。その入れ墨が綺麗に咲いているのが少しだけ見える。全ての指に何かしらの重厚なゴールドリングがはまって長い爪は黒のマニキュアで黒のラインストーンが煌いた。可愛い顔の口耳鼻にピアスがあいて、ヘアスタイルはチタンゴールドに抜いた髪を片側に流している前髪以外を短く借り上げて黒とシルバーで豹の模様にしていた。

「ああどーろねっかぴゃああああ!!!!!(ハート)」

「………、」

 少年はショウの前まで来て手を掴んでぶんぶん振って来てはジョージの方を見て手をぶんぶん振った。

樫本は少年を睨んでウーロン茶を受け取り、ショウに囁いた。

「悪いな煩くて。馬鹿なんだ」

 ショウはどこか風の様な声の樫本の近くなった黒目勝ちの目を見て、頬を染めて頷いた。よく見ると、どこかしら同じものを感じる。不思議と、この冷静な樫本とだ。

「弟さん?可愛い子いるんですね英一さん」

「ってきゃうぃーー!!!」

「うる、せえ……、」

 樫本は彼を落ち着かせ座らせて初めてその子はまともにショウの顔を見た。

「こいつは弟の紫貴しきだ」

 そう樫本が説明した。

「あたしはショウ」

 ずっとその紫貴という子は何かを言い続けていて、いきなり怒鳴り叫んで奇声を張り上げた。

「んねってって、翔?!!!!」

 ショウはあらぬ物、目玉が可愛い顔から飛び出したのだ…本物が。それを間近で見せられ叫びそうになったのを逆に他のお客様、その人は新規のお客様だ。その彼が叫んだ。それをユウコがしどろもどろになって紫貴を見上げながらもなだめた。

 ああ。まさか。思い当たった。この声は!

『6G#』じゃない!

 あの毎度の携帯電話の馬鹿。実物までこんなぶっとんでて狂った事しか叫ばない子だとは思わなかった。

「知り合いか」

「し、らもしらららのら、バンドのベース、」

 ………。? ベース?

 この子が来ると樫本は何か毒でも当たったかの様に恐い顔になって、ショウは頭の中でハテナを飛ばした。彼はその恐い目のままショウをじっと凝視していて、まるで心の中の中までを探ってくるかのような黒の大きな瞳は、底なしで深い闇のように思えた。闇は何も無いわけではなく、理性と精神の宇宙が瞬き広がるようにだ。心理と解明の迷宮のようにだ。どこまでも広がるように……

 その瞳にショウは引き寄せられていた。

自分が危うくキスをしそうになったのを慌てて目を反らし顔を俯かせた。

 樫本も恐い目をふと他所に向けて煙草を吸った。

「樫本」

 彼は顔を上げ、入って来た客に軽く答えてその客はハルエの席の男の所に来て手を掲げてから座り、2,3今の現状、結果などを言ってから背後の樫本を振り向いてソファーの背に腕を掛けた。

「珍しいな。お前が飲みに来るなんて。酒でも求めたい心境か?」

「さあね」

 気の無い返事をしてから彼は背を反らし、垂れ幕をどかしその男に何事かを耳打ちした。ショウは紫貴がにこにこして話して来るなにがしかを聞いてはうんうん頷いてあげていた。

 一瞬、

「ラン」

 その固有名詞が2人の低い声の会話から聞こえては豪華な中へ飲み込まれて行った。

 ユウコの今日は2組目の客で、ゼブラナの常連だとショウもこの数日で分かっている。ショウも知っている世界中リゾート地に高級スパ施設を提供している社長と、もう一人の連れる客は有名な美術館の館長だ。彼のオーストリア語からもその名が出た。

「もう2ヶ月もへそ曲げているらしいなランは」

「そうなんですよあのコンチキショウメがねえ、今に帰って来たらぶちのめすのに。腕が鳴りますわ(柔和な微笑みハート)」

 ラン?

誰だろう……。

「おい紫貴。そろそろ行くぞ」

「え、もう帰っちゃうの?」

ショウは慌てて樫本の腕に手を置いた。落ち着く腕だ。見た目じゃあ分からないのに、がっしりしている腕は安堵感があった。樫本はショウを見て、足を組み替えてからウーロン茶を飲み干し立ち上がった。

「ああ。おら行くぞ紫貴」

紫貴はだだこねて帰りたがらなかった。それを渋々と兄の背に着いて行った。なんだかこうやって後ろから2人の兄弟の背を見ると、仲が良さそうで、いいな、そう思った。

放っておくと危なっかしい紫貴ちゃんの背と、頼りがいのある広い樫本の背は、どことなく似て思えた。紫貴の背が思った以上に兄に負けず劣らずの何かを感じたからだ。頑なさとか、自分の道を通すとか、広い心といったもの。やっぱり、兄弟なんだな。

羨ましいとも思った。あたしと黒は、互いの顔を面と向かって見た事も無い。

彼等を見送るために外へ出ると、紫貴はショウの手の甲にちゅっとキスをしてにこにこした。それを樫本が肩を引き後ろに行かせたのをまた顔を覗かせショウに言った。明日、レコーディングなのだそうだ。

バンドって何の事だろう。黒、バンドやってるの?

「あたし、お昼なら開いてるわよ」

紫貴は首をかしげかしげしながら頬を膨らめた。自分があまりに黒とは別人だからだろう。

イサママをあたしは一度振り向いて、彼女は目で合図を送ってきたのを頷いた。アシモマネージャーも「樫本さんがいる手前下手に人格変異のことは言うな」という目で見てきた。ショウは頷いて、見送るにとどめた。

なんだかバンドとかベースとかよく分からないが、黒にも紫貴ちゃんという友人がいる事だし今まで昼の学園が白、夜の世界が黒だったのを、全く逆転させる事になる。夜は蝶のゼブラナの白、昼に黒はシフト移動してもらう事にした。

ショウは樫本に微笑み、黒の連れの紫貴にも微笑んでから見送った。

樫本の背は、紫貴が暴れ歩いていくのを前に闇の中へと歩き消えて行った。ショウは、その広い背をすっと見送っていた。

イサママは彼女の背を叩き屋内へ入って行った。





★CLOCE★


夜もまだ1時。

 この月曜日はこの時間がゼブラナの閉店時間だ。

書類をめくって足を組み替え黄金の落ち着く中、ミーティングを終えると店じまいと翌日準備をして行き、いつもの様に葉斗の幹部上杉が縞馬達、ユウコとハルエとショウを責任持って送り届け、イサママとジョージが最終店じまいをして芦俵マネージャーが事務所へ入り顧客情報の更新と売り上げ計算に入る。

「はあ。そうですか」

「そうなの!それでね上杉さん!あたしのこと、英一さんはとっても良くしてくれているの!」

「へえ。そうですか」

「何か心からのお礼をしたくて、あたしの初めての常連様だから」

「まあ。そうですね」

「上杉さんは英一さんの信頼している部下なんでしょ?」

「ええ。そうですね」

「何気に何が好きなのかわかるの?」

「ええ。彼はいろいろ趣味があるようで」

「本当?!どんな趣味?」

「K-1、Jazz、イタリアンカーですかね」

「本当?じゃあ今度、昔パパがくれて純プラチナで模られたエンブレム、持ってきてあげよう!ランボルギーニ!」

「………。」

「今日も有り難う上杉さん!」

 ショウは彼に手を振り、階段を静かに上がって行き2階から黒塗りににこにこ微笑み手を振ってから部屋へ戻ると、静かに鍵を開け、入って行った。

 上杉は神経質な顔つきで顔を前方へ戻し、張り詰めた空気を払拭するためクーラーを最大にした。樫本にランボルギーニを見せたら、大事だ。下手すりゃ、大惨事だ。樫本はランボルギーニだけはどうも嫌いだ。しかもその理由はある意味樫本らしくもあった。

 上杉は急いで葉斗屋敷へ戻る。


 ショウは部屋の突き当たりの窓際のベッドに枕に頬の着け眠るライカの可愛い横顔を微笑み見つめて、頬に優しくキスを寄せ、腰を降ろすベッドからそっと立ち上がって時計やアクセサリーをテーブルに静かに置きシャワーを浴びに行く。メイクを落とし、香水の薫りを流し、髪を湿らせる。身体を水分が滑っていく。洗い流し、出て顔と身体を整えて髪を乾かしルームウェアを着てから簪で髪を纏め上げた。

 ライカの横に来て彼に体を向けて彼の温かい片手を両手で持ち微笑み唇を寄せ、目を閉じ眠りについた。






CHAPTER2★忍び寄る何か★


この原生林の音は幻想的な葉掠れに…。

林の匂いはどこまでも身を包んだ。

鳥の高い声、羽ばたき。

葉影……乱舞。

それは狂喜じゃ無い、

狂乱。

ラン、彼女は岩に駆け寄り乱れて足を汚し、そして滑った。

長い髪を振り乱し虫の鳴く中を、足元の土を濡らす水脈と黄緑の草に木漏れ日の黒い影がの光り中丸く陽を乱舞させる。

刺され、水を跳ねてまっすぐの杉の木に手を掛け、横に崩れ目を閉じた。腹を押さえ、力が抜けた。

鳥羽は逃げ惑い、もう手遅れだと悟った。自分で自分の喉を掻っ切った。

幻想の悪魔は足を掠めて水流を通り、木々の重なる陰、回る回る中消えた。

激しい血が噴出して激しい感情が渦巻いて、倒れ込み、激しく叫んだまま息絶えた。

ランは揺らめく目を開けて、他人の物だった水色の瞳を漂わせた。あの人は死んでいる。臭いで分かる。血の臭いが濃い。嗅ぎなれる安堵の臭いだ。それに包まれくたばってみるのももはやいいんじゃないか、そう思って笑えて来た。心底笑えて来た。実際声を立て笑い、その声は森の中不気味にこだました。まるで、生まれ変わる前の通りの卑下た高い大笑いだった。

自分は死ぬほどの傷では無かった。感覚は分かる。これぐらいの傷はよく腹に受けた。しかも匕首や短刀じゃ無い。諸刃のナイフだ。

耳下を流れる水はちょろちょろと音を立ててホワイトブロンドの髪を濡らした。陽に反射し七色に光る銀ロングドレスのスリットから曲げ出る足に、まだ鳥羽の熱い血が噴き続けていた。それも弱まった。ランは可笑しそうに顔を笑ませて頭をごろんと森に向けると若い鹿が走り逃げて行った。

水を跳ねて明るい方向へ消えて行った。ああいった若い時代は自分には無かった。どこも足を浸らせて来た。泥沼に。今は森の清流の土に流れる中、それを音で聞き、グラマラスに肉付けされて行った身に冷たく感じていると、目を閉じて、流れていく様だった。今までの汚れ。今までの泥。今までの時間だ。

流され、消えて行くかの様に、気力をそがれたように、森の力が、汚濁した命を消して行った。

血が合わせ流れ、森は浄化しよう、浄化しようと光を、そよ風を、空気を、送っては栄養にして行こうと、穏やかに木を揺らした。

影と光が交互に、次第には、光だけが揺れて眩しさと目の開けられる光の中、眩しさだけになった。

ランの命は完全に消えて行った。


今日はゼブラナの前ホステスだったという女性、ランと、前マネージャー鳥羽という男性の葬儀だった。

3日前、ニュースで流れた変死事件の2人。ショウは当然2人とも知らないので唯一ハテナを飛ばしていた。相当人気だったのか、葬儀には悔しく泣く男性もいれば、駆け落ちした鳥羽を呪う声もあった。

ランというホステスは、遺影で見るからに実に気が強そうで美しく妖艶な人だ。鳥羽という人はアシモちゃんと同年くらいだろうか、きりっとした目で健康的に焼けている。

セレモニーホールから抜けて、ショウはきょろついた。

「ショウ」

声にショウは嬉しそうに通路で振り返った。

「英一さん!」

ショウは笑顔を広げ、喪服姿の樫本の所まで来ると、ベージュ円柱に囲まれたカーブを描く広い窓際、ピアノの置かれる眩しいホールラウンジまで引き返した。こげ茶木枠で一面のR窓からの陽は明るい。

眩しい陽がショウの白い肌、笑顔に降り注いだ。

「おとついはごめんなさい。お相手が出来なくて」「え?いや、別に」

素っ気無さにショウは微笑んで柔らかいキャメルベージュのじゅうたんを一度見つめてから樫本の黒い瞳で、なんだか可愛い鋭い目を見上げた。

樫本は彼女の眩しい陽の差す頬に指が伸びそうになったが、手を引いて、光の差すピアノを見た。

「また、いらして下さいね」

彼女の瞳はヘーゼルブラウンで、太陽の光によって光彩に深緑の線が入る。母方の瞳の色特徴だった。

「ああ」

それだけ言い、彼は踵を返して会場の黒革の扉の中へ消えて行った。ショウはその背を、ずっと見つめた。

ガンガンガンッ

不穏な音が何発も鳴り響いた事でショウは驚き走って行き、一気にあわ立った会場に警官や刑事が流れ込んだ。

ゼブラナ常連、品川綸旨会長の孫、品川ヨウが拳銃を持ち、床に伏せっている。

彼が発砲したんだわ。

その事で品川会長は真っ青になって気絶した。最近からのショウの新しい常連、ヨウの父親、品川啓二は葬儀にはいない。

ショウは口を両手で押さえてユウコの横に来て、ヨウを取り押さえた樫本の方向を見た。ヨウは警官にそのまま連れて行かれた。ユウコに聞く。

「ねえ一体何があったの?」「ランを、返せって……」「え?」

唯一、ショウはランの事を詳しくは知らないのだ。自分の入る前の3人目だったゼブラナホステス。彼女はわけも分からず困惑して、発砲された人間がいると知ると驚き駆けつけた。

流れ弾が当たったらしく、イサママが急いで応急処置している。

ショウは会場を見回し、ランというホステスと共に失踪し駆け落ちした先で、共に遺体で発見されたという元マネージャー鳥羽の大きな遺影を見た。額に見事に穴が空いていた。スタッフ達はそれを急いで降ろし下げて行った。

三角関係だったの?

パトカーは離れて行き、遅れて会場に到着した夕はそのパトカーと入れ替えで乗り入れた。2台救急車が停まっている。

駆けつけると、品川ヨウの祖父、品川会長が担架で運ばれ、もう一人も常連、ある財閥当主で腕を打たれていた。妻が運ばれていく横を共に走っていて、夕は会長に付き添うイサの所に駆けつけた。

「一体何が。奥様?」「旦那は…」

妻は気絶する会長を見てイサの顔をきまずそうに見た。彼等はよくゴルフと共に回る仲だ。

彼等は救急車に乗せられ走り去って行った。夕は会場へ進み、ユウコは彼の所まで来ると腕に手を回した、夕の背後の刑事達を不安げに見た。

「疑われたの?」「何でも無い。第一、何が起きたか分からないんだが」

夕は彼女の手を外させながら言った。

「ちょっとね、一騒動あったのよ」

そう眉を潜めて早口で言い、また不安げに腕に手を回し会場を見回した。

「おい、どうしたんだよ。大丈夫か?」

彼女の手は小刻みに震え、顔は青ざめていた。ガンシャイか?

「え?ああ、ごめんなさいね。情けないわあたしったら」

また早口でそう言い、肩をすくめた。若い頃撃たれた頃からだ。狂気の沙汰で。だからあの品川ヨウの狂気に狂った、銃を乱射する姿を見て、常連客が撃たれたというのに完全に足がすくんで動けなくなっていた。

「いいか。大丈夫だから落ち着けよ」「ええそうね、」

夕は一先ずそこにユウコを置いて客たちに侘びと挨拶に向かった。


ショウは不安になって、ライカに会いたくなった。怖い。発砲事件が葬儀で起きただなんて。

「ライカ……」

ショウは床を見つめた。





★不穏な影★


ショウは花瓶を置くと、品川会長の奥方が穏やかそうな顔を彼女に向けた。

「ごめんなさいね。まあまあ、お若い方だこと。どうぞこちらへ」「失礼します」

ショウは小さく微笑んでそう言い、声が女の子にしては涼しい風の様な声だったために、風邪でも引いているのか気遣った。気をつけて喋れば充分女の声に見せることは出来る。いいえ。大丈夫ですと微笑んだ。

ショウは今回の事について、元マネージャーと駆け落ちしたというホステスランとのロマンティックな愛の逃避行に、品川ヨウが嫉妬したのだと思っていた。第一、ショウはゼブラナ火災を知らない。

イサママは後悔していた。こんなに事態が落ち着かない危険なうちに、若い彼女を入れるべきではなかったのだ。巻き込まれてからでは遅い。

「ショウ、ちょっといい?」「はいママ」

彼女達は通路に出てイサママはショウに言った。

「入ったばかりでいろいろごたごたしてすまないね。気を遣って来てくれてありがとう」「とんでもないわママ。あたし、今回の事が早く収まってみんながまた楽しくゼブラナで飲めるようになるまで頑張ります。一緒に頑張りましょうねイサママ!」

ショウは驚くイサママの両手を持って大きくにっこり頷いた。遠のかせようと思っていたのだが。

「ショウ」

イサママは微笑み、彼女の背を叩いてから促し歩いて行った。

「あんたには絶対に迷惑は掛けないからね」「ママ。あらしはもうここに掛けているわ。ゼブラナの為にこうやって人生を変えてきたの。だから、捧げるつもりなんだから。お客様の悩みは共に取り組みたいわ」

そう強い目で微笑んで歩いて行き、傷心している親族の子供たちの所へ行き優しく声を掛けた。

イサはなんとも着かない顔でショウのそんな姿を見て、小さく微笑んで床を見つめた。

「みんな大丈夫?」「おじいちゃんが……」「元気出して。ほら、涙拭こうおじいちゃんが目覚めたら、心配して驚いちゃうわ」「うん」

ショウは顔を挙げ、イサママの方を振り返った。彼女の前に見慣れない女性が立っていて、ママにいろいろ言っていた。

『あなたのせい』『恥』『ニューハーフ』『ヤクザ』『脅し』『うちの子は無罪』

大きくそれらの言葉が強調され、イサママは頭を深く下げた。誰もが顔を見合わせショウは急いで駆けつけた。

尚もキツイ声の女性はイサママに対して続ける。

「あなた、うちの子を殺そうと追い掛け回したらしいじゃない」「それは」

イサママは一度俯き、ショウは驚いて首を傾げながら彼女の横まで来て女性を上目で見た。そこに共に病院まで来た樫本が見かねた様に歩いてきたから女性は踵を返して歩いて行った。

ショウはイサママに一度大きく頷くことで元気付けた。

樫本はショウを引き返させ歩いていかせる。その彼に聞いた。

「一体何が?殺そうとかって、なんだか尋常じゃなかったわあの奥さん」「いいから黙るんだ」

ショウは釈然としない風で送り迎えの男の方向を見て、車に乗った。

発進して、ショウは方向転換で樫本の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

「あんたがゼブラナの新しいホステス?」「ええ。ショウよ」「へーえ」

ショウは紫貴ちゃんと同年代だろうか、運転する22,3くらいの男の子を見た。彼は自分を幹本だと言った。その後頭部を一度見てからまた病院のエントランスを一度振り返ると聞いた。

「ねえ。何が動いてるの?」「は?しらねえのかよ。ランが品川商事から金を脅迫したんじゃねえか。それで息子がランに騙されたって怒り狂って発砲したわ父親はその事でかんかんに怒ってるわ会長はぶっ倒れて社長妻は葬儀に怒鳴り込んでくるわ黒幕にはにげられるわで」「なんですって?!」

幹本は驚いてショウを見て、しまったと思った。目を見開いた彼女の顔は、10代だった。知らないのだ。大人の世界を何も、今のゼブラナの状況も。

ショウがいくら「ねえどういうこと?どういうこと?」と聞いても、何ももう彼は答えてくれなかった。

「あ。アシモちゃんの車……」

夕の車は病院の門へ入れ替えで入って行き、ちらりと葉斗ナンバーの黒塗りを見てから駐車場へ流れ込んで行った。

戻ってきた葬儀場の門に、ハルエが立っていた。また『見知った』弔問客に、広い鍔帽子の黒レースの上から黒のレースハンカチで目元を押さえて涙を拭く仕草で顔を隠し、ミディアムの髪を大きく外側にグルンとカールさせて銀色のラメを降り掛けている。真っ黒の唇にゴールドブラウンシャドーと分厚い睫で、まるでスーパーモデルみたいなその細い顔立ちを隠している。いつもは3センチのローヒールなのに、今日は一日16センチヒールでとんでもない巨人の彼女を見上げた。だから始め誰なのか分からなかった。

いつもはハルエは涼やかな目元でアイシーパステルカラーメイクはクールなのだから。

「あらミキモちゃん」「どうもハルエ姐。『カシモ兄貴』からの伝言で、今日イサ姐は店には出られないようです」

ショウは幹本が言った呼び名にくすくす笑ってからハルエが車が去っていたのをハンカチを顔から外した。それ毎にショウは首をかしげた。

「さっき、マダムの殴り込みがあったって」「そうなのよ!あんたあれは酷かったから女の一場面を見てしまったようでね。もう息子のオツムを棚に上げて」「まあまあハルエ姐」

病院にも来たあの妻は、まっすぐ道を歩いていくと、いきなりばっと振り返って弔問客達を睨み付け、背後のお焼香の灰壷を手の甲で床に払いつけ怒鳴り散らしたというのだ。あんた達揃いも揃って頭可笑しいんじゃない?!と。あれはちょっと神経を疑うものだったとハルエは言った。刑事にその後追い出されたという。

それらの事をこそこそと小さい声で言い、どうやらここに自分がいるという事をばれてはいけないらしいのだ。

「あたしは今急いで帰るから!じゃあねショウ」

そう言うと、いそいそと、ゼブラナ客達の高級なリムジーンやラグジュアリーカーばかりがばんばん並ぶ中の迎えの車両の中にいそいそとなにやら黒の大型バイクを担ぎいれ、いそいそしながら乗り込み帰って行った。

ショウは最後まで首を傾げ傾げしていた。






★ひしめき合う世界★


豪華な木製教会へ入って行くと、外人達がひしめき合っていた。彼等も常連客などだ。

真っ赤の薔薇や紫のアネモネ、黒の薔薇の束を茶や黒の革や黒のビロードに包んで持っている彼等は、富豪と呼ばれるクラスの外人達だと分かっていた。ユウコや夕と、今回の事についてを話し合っていた。

蛇の様に綺麗で、伏せ目で話し合う他の綺麗なニューハーフ仲間達や他の高級クラブやラウンジ、海外の妖しげな秘密クラブ、オークションハウスなどの人間達がプライドや格が上な風でホールで各々話し合っている。どこかの高級なパーティーのような風雅で、社交なのだと分かった。ここも一種の……各と時限世界の違う一つの世界なのだ。葬儀という枠ではなく。

ショウは出て行き、きゃ!っと叫んで肩を支えられた。

「ごめん。大丈夫かい?」「ええ、」

顔を上げると、若く素敵な人が立っていた。甘く優しげな、しっかりした顔つきに高級スーツ、髪を緩く甘い顔つきそのままにセットさせ、男物の高級なパルファンがふわっと薫った。金の懐中電灯のチェーンの下のベストが彩り、上品に洒落ていて、誰もがそうだった。それを見ていたのをショウは顔を上げ、微笑んだ。

「大丈夫です」

そう言い、外へ歩いて行った。なんだか、世界が違うのかしら……そう思った。

「君」「はい」

ショウは先ほどの人を振り返り、首を傾げさせた。彼は、金で細かいアラベスクが彫りこまれた名刺入れから名刺を出し彼女に渡し微笑んだ。

「虎江川涼さん……」「君の名前は?」「え?ああ、えっと、ショウです、真淵翔……」「ショウさん」「はい。ゼブラナに新しく入った……」

本名を自分が咄嗟に名乗っていたからショウは一度俯いて、気おされてしまっているのだ。さっきから全体的な彼等、ゼブラナの客たちや関係者達のオーラに。

そして、なんだか気付き始めた……。続けざまに何かが起こるような異常な世界らしい事、混沌とした場所なのだとおぼろげに。

「あ、そうだわ!」

ショウは自分の名刺入れをバッグから慌てて出し、それを差し出した。虎江川は「慌てなくていいんだよ」と微笑んだ。ショウは瞬きして彼を見上げてからようやく笑った。

「綺麗な子だ。今度、君に会いにクラブに行こう」「本当ですか?ありがとうございます」

ショウはそう微笑み、「待っていますね」と言った。

ショウの前に黒のレースのロンググローブの白い手腕が伸び、その黒赤いマニキュアとゴールドのリングの細い手を見下ろして彼女は顔を上げた。

「退いて」

冷たい顔つきの美しいブロンドの白人がそう冷たい目でショウを見下ろし、歩いて行った。

綺麗な漆黒の衣装で、ショウはなんだか葬儀だというのに彼等は何を考えているのだろうと思いながらも、富豪というのはこういうものなのか、それとも自分が地味に普通のフォーマルの喪服スーツを着てきてしまっただけなのか、ゼブラナホステスとしての意識力も無く普通で来てしまって対面的にはいけなく叱られるべきものだったのか。

学園で場所と装いと年齢は重要な事だと常に習ってきていた。神聖な場での過激な装いは不必要なのに。派手をするのは人生でいいのだ。でも、ここは違うのだ。そういう次元では無いのだ。まるで宇宙から。表現の世界。ただヴェール一枚先の違いで。自分が常識を考えているだけなのか、なんだかよく分からなくなってしまった。

華美に飾る事こそが。亡き者を見送るという事。でも、ここに来てまでやはりまるで打算的で悪魔的に思えた。

「大丈夫かい?」「あ、はい」

ショウは小さく微笑み、自信を失くして歩いて行った。その彼女の背を虎江川はずっと見下ろしていたのを、微笑ませた目元を上目に口端を引き上げ追いかけた。

「どうした?気分が優れなさそうだね」「え?いえ、ぜんぜん。元気満々です」「ハハ、なんか可愛いな」「………。馬鹿にしないで下さい!」「………」

ショウはしまったと思ったが、彼を睨み付け踵を返して歩いて行った。自分のポリシーだ。きっと、なんださっきのはと怒らせてしまったわ。いきなりあたしは怒鳴ってしまって、感情的になってこの小娘はと心中笑われている筈だ。からかわれた位で自分のプライドを失いそうになってすねるなんて。

「ごめん。あまりに初々しかったからつい」「意地悪なんですね」

そう振り返り、彼を見た。男は一度地面を見てからショウの顔を見た。ショウは他所を見つめていた。

「今度、絶対行くよ」

そう虎江川は言い、ショウは彼の顔を見て、彼は微笑み教会へ引き返して行った。

ショウはしばらく見ていて、振り返って歩いて行った。

ここは常識の世界では無いんだわ。自己の世界。ちょっと可笑しい事も正常化される事が普通の世界。どことなくあくどく……

ショウは溜息を漏らして俯きながら歩いてしまっていた。

「こら。どうしたんだお前」「あ。アシモマネージャー」

背後から夕は来てショウが力無く肩をおどけさせるのを見た。

「なんだか怖くなってきちゃった」「?何言ってるんだ。よく分からないが元気出せ」「フ、はい」

ショウはにこにこ微笑んで顔を挙げ頷いた。

「会長のお孫さん、大丈夫かしら。なんだか心乱れてて、戻るわよね。まさか刑期なんか?」「それはまだ分からない事だ。余計な心配は無用だ。いいな」

ショウは頷き、不安げに地面を見下ろし瞳を閉じた。

青空は早く白の雲を流した。





★ライカとピチョン★


ライカは今日は早番でショウのマンションに帰って来ていた。鳥かごを掛けてから餌をあげると洗濯物を取り入れ畳んだ。鼻歌を歌いながらバスルームとトイレを掃除してリビングの掃除をしてからベッドメイキングを済ませ掃除機を掛けると着替えを済ませてピチョンの籠を持って出かけた。

「ラブ!ラブ!」「え?ははは。違うよ彼女を迎えに行くわけじゃ無いんだ」「ラブ!」

このオウムは自分の言葉を覚えてしまったから多少照れくさかった。店でもどこででもラブ!ラブ!と言うのをライカは「彼女と本当に仲がいいのね」とくすくすからかわれるのをいつもおどけていた。ライカはショウをすっと大切にして来ていた。出会って1年程しかまだ経過していないが毎日を充実して2人で過ごしている。

最近の彼女は前にも増して楽しそうだし、それに嬉しそうだった。

「ラブー!愛してるよ!ラブ!」「こらこらピチョン」「愛してるライカ!」

ライカは笑い困って車に乗り込んだ。

自由が丘に行って照明器具を買いに行く。本当は彼女は帰ってから共に買いに行く予定だったが連絡がつかなかった。留守番電話と冷蔵庫の伝言ボードにメッセージを残しておいたが、何時に帰るか分からないから夕食は何にしてあげようかと悩んだ。まあ、バーへ向う前には帰っているから。

「そろそろお前にも恋人を作ってあげなけりゃあな。今日はお前のラブを見に行こう」「ラブ?!」「そうそう」「愛してる!」「強烈だなお前も」

車は進んで行った。それにしても、リエの話ではどうやらやくざ者が来たと言うがライカが様子をうかがっていてもオーナーを訪ねて来る様子は無い。もしかしたらやくざとは自分が気づかないだけかもしれない。確かに、彼は何度もライカが店に立っている時間帯にオーナーを訪ねていた。オーナーをよく訪ねてくる男といえば、一人思い当たる。その客は洒落た商品を扱う店やワイン専門店のオーナーっぽい若い男で、いつも日本語がうまいとは言えないライカに英語で話してくれるし、見た目は黙っていれば殴られそうな目元造りにも思えるが、話すと気が良くて気の利くことも言ってくれるし、たまに皿を購入してくれる。いつもプランツクーペや3500スパイダーで来た。

オーナーは変わらず店を経営しているし、顔つきもいつも通りで様子を窺おうにも悩んでいるような怪しい点は見当たらない。3度ほど有楽町や麻布のバーで共に飲んで世間話をしても、一切いつも通りだ。軽くジョークを飛ばすタイミングさえもズレは無い。だから、もしかしたらもう問題は解決したのだろうかとも思えた。

だが事実、タイムリミットは着実に迫ってきていた。






★BARでの話★


「いらっしゃい英一さん」

ショウはそう微笑み、樫本は短く応答して芦俵が席に案内したのをソファーに腰をおろした。

「今日の昼はご苦労だったな」

「とんでもないです。皆さんや英一さん達こそ、今日は充分疲れを取って行ってくださいね」

「ああ。それで、どこに行っていたんだ?」

「ああ、お昼ですか……?」

「そうだ」

ショウはあまり、よく分かってはいないのだ。葬儀の後、単独行動を取っていたから。芦俵は下手なことは言うなという視線を一度ちらりと渡してきた。

開店前に聞かれ、自分はいつの間にか男性のリムジンの中にいたと言った。

ショウは小さく微笑み、グラスを渡しながら言った。

「ちょっと遠出を……。気分転換に。ごめんなさい何も言わずに」

「別に。無事なら良かったんだ」

ショウは樫本の顔を見て、樫本はグラスを置いて目を転じた。

「今は事は収まっていないことは誰だって分かってる。下手な行動に移すな。そうだろう」

そう芦俵の方を見てから言い、彼は目を上げてから歩いて行った。

「俺だってどんなに心配したか」

そう言ってグラスに口を置いた。

「優しい方なんですね」

樫本は一瞬黙った後に、ショウに小さく微笑み彼女はまずい事を言ったかしらと、同じように微笑んだ。

心配していたのは正直な所の事でもあった。品川啓二にさらわれたとも思った。

さとるといたんだってな」

ショウを見ながら言った。

「芦俵から聞いた」

「はい」

樫本はショウをまともに見た。ショウは頬をピンク色にした。

「客につけたのか?何であいつに声なんか掛けて」

樫本は、ショウから入り口の方向を見て、じょう さとるは帽子とジャケットを芦俵に預けてから案内され歩き始めたところだった。

「樫本」

条は両眉を軽く上げて両手を広げて、ショウは挨拶をした。

リムジンで送り届けてくれた人だ。

「ああ。やっぱり来ていたのか樫本。俺も、席を一緒にしても?」

樫本は露骨に表情を一度無くしたのを、口はしをあげる条を見てから「ああ」と溜息混じりに言った。

「話をしたいと思ってな。じゃあ、邪魔する」

ショウの横に座って、彼女は葉巻に火をつけると彼はにっこり微笑んだから、ショウも微笑んだ。

「今日、お前の話になったんだ」

「なんで」

「ショウがどうやらお前を相当気に入っているらしいからからかってやろうと思って、いろいろ吹聴しておいた」

「何も俺にはやましい所なんか無いはずだが」

「こいつはイタリー馬鹿だとか」

「いいじゃねえかそんな事」

「K-1狂だとか。般若みたいな性格だとか」

「冗談」

「ご友人なんですね」

「古い付き合いというだけだ」

「お前の両親は今、アメリカらしいな」

「ああ」

余り仲がよさそうでは無い感じで、冷たい空気が樫本からは流れ、適当な空気が条からは流れていた。ショウは二人を見た。

「どうも条さんいらっしゃい」

「ああ。イサママ」

「今日は葬儀にいらっしゃって頂いて有難うございます。何かと一悶着はあったけれど、ようやくランも天に召されたんでしょうねえ」

「ああ。そうだといいけどな。ま、あのランに安息の地が訪れるとも言えない」

「言えてるな」

樫本もやれやれと微笑んで言った。

「ショウも驚いただろう。可愛そうに入ったばかりでいろいろ洗礼を受けて」

「世の中の勉強になりました」

「言葉をうまくいえばそうなるな。世の中は怖い所だから、いろいろとイサママやお姉さん達からも教われ」

「はい」

「それで、大丈夫なのか?」

「ああ、はい……大丈夫です」

そう条に小さく微笑んだ。樫本は片眉を上げ、そんな2人を見て首を傾げ条に言った。

「お前がさらったんだってな」

「ああ。あまりに可愛らしかったからな」

「どこを連れ回したんだ。他の人間が走り回っているときに一人で女と消えて」

「さあ。いろいろ。ジェットでイタリアとか」

「イタリアだと?俺も連れて行けよ」

「樫本家はトスカーナに別荘を2つ持っているんだ。そうだよな?今度3人で行こうか」

「もう売り払った。あんな古い幽霊屋敷」

「それは残念だ。俺が今度買っておくからショウ、2人で行こうか」

「もう一つ残念な事を言っておくと、既に貴族が買い取って不法侵入になるぞ」

「俺の知り合いだろうどうせ」

「嫌味な野郎だ」

「悪いな皇子で」

「イタリアなんか……」

「ショウはイタリア好きか?あんな気取った国よりもスペインの方が面白いぞ」

「自国営業するのが好きだなお前は」

「ああ」

憎まれ口を終わらせると条は、ショウの背後から樫本の肩をトンと叩いて声を潜めた。

「会長はどうだ。あの馬鹿息子はいつ釈放されるんだ?」

樫本は条を見た。

「あんな派手やらかしてすぐに出す程、日本の警察は忙しくない。第一もうこの世にいない」

「いない?」

「ああ」

「葉斗はしっかり動いてるのか?」

「ランが絡んで黙ってるわけが無いだろう。だがこちらの世界は牧場主には関係の無い世界だ。会長も今の所は問題は無い」

「まあ、死んで損の無い所だな」

そう、煙をくゆらせると店内を見回した。

ショウはそれらの話を、耳にいれるだけ入れてグラスの雫を綺麗に消した。

樫本は不意にショウの腕を持って、彼女は顔を上げた。

「言いません」

ショウはそう、ふと顔を上げて言って、樫本も条もショウを見てから彼女がグラスを出しだしたのを手に取った。

条はやれやれ笑ってからグラスを傾けた。樫本は口をつぐんで顔を反らした。

ショウは、どこか不思議な雰囲気が稀に流れる。空気のような、なんだか掴めない物のような。実態がここにあるのに、どこかを浮遊しているような……。

 俺が護ってやるから、安心するんだ

そう言いかけ、樫本はグラスを口につける事で言葉も飲み込んだ。

感情だけがそのまま心にわだかまって。





★影と陰★


ゼブラナは様子を違えていた。

昔はホステスクラブ、婦人もご用達する上質なエステティックサロン、地下カジノ、妖しい宴のパーティーホーム、闇オークションハウス、VIPルームが集まった一つの秘密倶楽部ビルだった。遊びの場、交渉の場、約束の場、契約の場、接待の場、条約の場、金の動く場だった。3人のホステス達は国のトップランクの機密にまで精通していた。どこの国の誰が誰を殺したとか、どこの国がどんな兵器取引をしたとか、いろいろな事。多くのVIP達の裏の顔、事情、金融動向、各国の闇の動き、裏の世界の動き、巨大プロジェクトの裏に精通していた。一人が大統領になるのに死んで行った官僚達の頭数に誰の陰謀が隠されていたのか、戦争を巻き起こす契約、国も黙殺する兵器密輸事情を分かっていた。当然、黙秘の上の暗黙の了解だ。だから、誰もがその関係でランが始末されたと思った。

失踪の裏に隠れる真意を金持ち連中共が募り誰もが賭けをしていた。条もだった。

そうしたら、品川コーポレーションが何やら私情で動いているという事だった。

だが、他の繋がりがまだある筈だ。まだ終わってはいない。

今度は誰が転ぶか、誰が目の前で暗殺されるのか、どこの駒が抜けるのか、誰が損をするのか、それを使って誰を誰が蹴落とすのか。

ゼブラナゲームはまだ、終わってはいない。

だが、仕掛け人が分からない内は、深入りしな事が鉄則。命あってのスリルだ。秘密倶楽部ZEBRANAなら、看板を掲げたバーZEBRANAに変わっていた。

ゼブラの夜が混沌とした闇の世界なら、白は世界だった。

まるで全てを打ち消し逃れようとでも言うように、足掻きにならなければいいのだが……。

今はその広かったスペースは駐車スペースになっていた。店の規模は5分の1になっている。

今まではコーヒー店と骨董品店の間の路地裏を歩いて行くと、しばらくして黒アイアンの荘厳な門が開き、その奥に黒石材の壁と鉄鋲の鎧戸のサイドに2人のPBが立ち、その上に洒落た青銅の燭台と、松明がくすぶり石材に煌々と反射されていた。看板も何も無い完全会員制クラブ。全員顔パス。昼は路地裏前に骨董品店の店主のバイクが置かれ、その前に占い師が机を広げていた。

もう一つはリムジンや高級車などで、離れた場所にある大手企業ビルの地下駐車場へ乗り入れ、そのビルの高級ブランドショップの軒の連ねる中のある宝石店に入り、エレベータでVIPルームへあがって行き、そこからでしか無い専用の地下へプライベートエレベータで降りて行き、地下の通路を進んで行き倶楽部ゼブラナに入った。

今では、建物が縮小した為に裏の商店街側からもこのスペースに入ることが出来た。それに、秘密倶楽部でなくなり、建物も焼失したために現れたレンガ壁の野外階段では昼時、役目のなくなった占い師の老婆が昼寝をしていた。






★眠れないときは★


ライカは深夜、目を覚ました。

オウムはぐっすり眠っていた。

起き上がるとこの頃寂しいことにショウが隣で眠っていないから、思い切り伸びをして青い闇から月の光の差し込む大きな窓際のベッドから離れた。

冷蔵庫から牛乳を出してグラスに注いで飲んだ。

オウムは、くー、くー、と言っていて、首を斜めに眠っていた。

彼は外套を肩に羽織って、財布を持ち外に出た。

夜気は何の体感も感じない。

どこかで飲もうと思うが、こんな時間から飲むと、翌朝に響くことも分かっていた。

夜の道を歩いて行き、近くのカクテルバーの木のドアを開ける。

自分の名前と同じ『Bar 来夏』という名前も気に入っていた。

「いらっしゃいライカ」

「こんばんは」

玉杢の美しいカウンターに肘を掛け、黒革のスツールに腰掛けた。

「何だか眠れなくてね。一杯飲みに来たよ」

「ショウちゃん今日もがんばってるって?」

「うん。楽しいって聞くよ」

「なんだか、バーの仲間から物騒な話を聞いていてね」

マスターはそう声を小さく言い、ライカはメニューから顔を上げた。

「ぶっそうって、良くない事か?」

ここでも『ぶっそう』な事が起きて?

「まあ、よく分からないけどな。ショウちゃんが楽しいって言ってるなら良かったよ」

「そうだね」

まさか、ゼブラナというバーでだろうか。

ライカはゼブラナには全く詳しくない。世間が知る程度、高級なニューハーフクラブで敷居が高くて来る客も超一流。それしか知らない。

「自分の輝ける場所だと言っていたよ。そういう言葉を聞くと嬉しくて」

マスターは微笑んで頷いた。

確かに毒素のランが抜けて、ゼブラナもママが形態を変えさせ、そうなる事も充分あり得た。それをイサママが望んでいるのだから。誰にも、有無を言わせずに。

「でも、心配じゃないのかい。ライカも人がいいねえ。普通、水商売で自分の女の子働かせるのは心配だろうに」

「それは心配でたまらないさ」

元々、黒の人格の翔の方は夜の危険地帯にどっぷりはまっている事も知っていた。そしたらショウも今度は夜の世界を選んだ。だが、いつも派手に生きる事をしてきた彼女の心が、心と違う体を抱えることで窮屈を感じている事もわかっていた。特殊な体は特殊な世界でなければ羽ばたけない。

確かに、愛する人にだけ認めてもらっていれば、心は救われるけれど解き放ちたい心は馳せるばかりだ。自分を充分見つめてきたら、今度は生かしたい。

それをライカは応援している。

あの子はがんばり屋だから大丈夫。生きていけるさ。一人では無い。あの子にはこれから多くの人がついてくれる。

ライカは、陰から支え続けてあげたかった。





★不安★


ショウ達は条を見送り、樫本も席を立った。

2人は別々の方向へ帰って行った。

ショウは店に戻った。

「いらっしゃいませ」

芦俵は客を迎え、その客は見覚えがあった。

「虎江川さん」

彼は微笑み、手を軽く上げた。

「やあ。来ちゃったよ」

ショウはくすりと笑い招いた。

「へえ。随分内装が変わったなママ。素敵だよ」

「ええ。ありがとう。小規模にして、目がよく行き届くようになったわ」

「まあ、確かにね」

虎江川はソファに座って、ショウの綺麗な装いは、やはり彼女を美しく見せた。オーラも気品もある。煌びやかな背景を背に引き立っている。

「やっぱり綺麗だね」

「え?ふふ。ありがとうございます」

そう照れ笑いをした。

「今日は君にプレゼントを持って来たんだ」

「プレゼントを?」

「ああ」

彼はウインクしてから小さな包みを彼女に渡した。

「ありがとうございます」

ショウは受け取ると、虎江川の顔を見て、彼はショウの耳元に囁いた。

「これはあとで開けて」

「はい」

彼はマティーニのショットグラスを受け取ると口をつけてショウを見た。

「ここではどれくらいいるんだ?」

「2週間前からです」

「楽しいか?」

「はいとっても」

「いろいろな事が起こっているけど、それで楽しめる心の余裕があるなら良かったよ」

虎江川もショウもわざとっぽくおどけて笑った。

笑うと尚素敵な人だ。甘いものを持っていても、目の奥にはサディスト的な好色が静かに覗いた。裏の顔は怖い人なのだろうか。屈辱を強いて来るような。

そうでもなさそう。でも、好きでここに来るような人だからきっと普通では無い。一癖何かある人なのだろうとも思った。でも、楽しくのんでいただく。ここでいい思いをしてもらう。微笑みのオアシスを。ショウの目的だ。喜びだ。

ガチャ

乱暴にドアが開いた。ショウがそちらを見た。

「酒を飲ませろ」

そう言い、女連れの男が入って来て、彼にショウは見覚えがあった。彼は酔っていた。

「オーナー」

店内をざっと見回してから、食器店のオーナーはカウンターに座り、連れの女は喜んでいた。

「ねえあのシャンデリア可愛い」

「ウイスキーならなんでもいい」

「どういった味の物で」

「スモーキーな奴だ。ハーブも混ぜた」

「どのようにして」

「ストレートダブル。お前は何がいい?」

「あたしはー、ピンク色のカクテルがいいな。少し強めで」

「ミルク系統で?」

「それいいわねえ。でもココナッツミルク嫌いだから」

「お任せを」

オーナーはショウには気づかずにいた。見回すという先ほどの行為も視線が乱暴だったから外見の行為と違って視線が流れただけだろう。

会員制では無く、一元でも招く様になったゼブラナだが、新規の客というわけでは無い。彼は裏で動かしていたカジノの提携で3度ほどこのゼブラナ地下のロイヤルカジノのオーナーとの繋がりもあり彼が連れてきた。ハルエが3回ともついたのは、ロイヤルカジノのオーナーが彼女を気に入っていたからだ。

彼もハルエの歯に物着せぬ言い方を気に入って客についていた。

「お久しぶり。大久保さん」

「ママ。いい子だろう。シェミエールだ」

「よろしくシェミエールちゃん」

「よろしく。アルメリアから来たの」

「美しい方ね」

「ありがとう。誉められちゃったわうれしい」

イサは彼が窮地に陥らされている事を分かっていた。だから心中複雑でもあった。堅気のイサはどうこう口出しできない。

「今日はよく飲んで行ってね」

そう、ネイティブ系で頼りある図体をした彼の広い背中を撫でて言い、優しく微笑んだ。

「ああ。思い切り飲んで行くよ。ジョージ酒だ」

「どうぞ」

グラスを受け取ると一気に飲み干した。カウンターにガツンと置き、そのバカラが彼の厚い皮の手の中、その勢いで割れた。

「大久保さん……」

イサは彼の肩を持ってなだめて、芦俵に視線を送った。ジョージは白い布巾を渡して血を拭かせた。

「随分他で飲んできたようですね。ほら、手をお貸しになって」

「大丈夫?ジボー」

「ほらほら。お連れの方も」

ショウは落ち着かなげに様子を窺い、グラスを片付けに向った芦俵は、いいから気にせずに。動揺を見せるな。という視線を送った。ショウは頷いた。

イサは彼の気持ちも分かっているから、どうにかなだめる他無かった。

「荒れているようだね。何か、うまくいかない事でもあったかな」

虎江川は肩を上げそう言い、ショウは気が気ではなかった。

ライカが働く店のオーナーなのだから。

「まあ、彼はどうやら元々羽振りがいいようだから、すぐに持ち返すだろう」「そうですね」

ショウは小さく微笑み、もう一度オーナーを見てからライカを思った。

今、眠っている頃よね……。






★過ぎて行く★


店が終わると、ショウは赤のスプリングコートを着込み、黒のロングスカーフをゆるく巻いて襟を立て、網タイツとダイヤの黒ヒールで夜の石畳を歩いて行った。上質な黒シルクのエレガンスなシャツが街路灯を白く映す。

ポケットの中のキーを確かめ、携帯電話が鳴った。

彼女は肩に掛ける金のチェーンと黒ハラコのバッグの黒ひだの金留め具を開けて、携帯を出した。

「はい」

「やあ」

「条さん」

彼女は立ち止まった。

「今日は店で元気良さそうで良かったよ。あんな事があった手前心配でしょうがなくてね。店も終わった頃だろうし会わないか?」

「どちらに向えばよろしいですか?」

「迎えに行くよ。アジーンは分かる?交差点の角にある」

「はい」

「そこで待っていてくれれば迎えに行くよ」

「有難うございます」

「じゃあ。後でまた」

「はい」

ショウは歩いて行き、ミラーを取り出し身だしなみを再確認してから細い路地を通るとコーヒー店と骨董品店の間の路地から出て、赤坂の洒落たバーの建ち並ぶ静かな道を歩いて行った。この時間、辺りは人はいない頃だ。

50メートル先の交差点の街路灯の下で待った。

しばらくして、深みのあるシルバーのベントレー、アルナージレッドレーベルがショウの前で止まった。

ショウは、微笑み開けられた窓の中の条に微笑み挨拶をした。

「さあ。乗って」

「はい」

ショウは「失礼します」と助手席に乗り込んだ。

「今から銀座のバーにでも行こうか」

「お任せします」

「じゃあ向おう」

車は進み始めた。

「今日は有難うございます。送って頂いたどころか、お店にまでおこしいただいて嬉しかったです」

「顔が見たくなってね。君が強烈に俺にアピールして来た姿も忘れられなくて。まあ、面白い一日でもあったよ。もう気分は完全に治ったようだね」

「ええ」

彼女は本当に一変して、女性らしいオーラだった。もし店でもあの風変わりな風だったら呼び出さなかった所なのだが。こちらまでああいった不可解さに飲み込まれては下手を見る。

ショウは美しく、若々しくてクリスタルのように綺麗な造りをしている。それが座って微笑み話していた。外見に隙も無い。育った家柄はしっかりしていそうだ。きっと家紋はいい所の令嬢だろう。あのゼブラナでスタッフをしているくらいだ。

「よくああいう発作は起こすのか?」

「あの……」

ショウは顔を彼に向けた。

「あたし一体、どんな事を?」

「え?」

きっとあまり覚えていないのだろう。そういう事も多い。人は混乱するとその時の行動を忘れる時もある。

「きっと、いろいろな事があって疲れていて正当な判断は出来なくなっていたんだろう。よくある事だ。気にするな」

ショウは、まさか黒がひどく何かをやらかしたのだろうかと思った。

これは、彼のために聞かないほうが良い事なのだろうか。彼の男としてのプライドとして。

ショウは、黒の事について考えることをしない人間だった。黒は逆によく考える。男について。女について。白という人間について。白という女について。

「はい」

ショウはそう返事をしてやはり、彼女はこの1週間元気が無かった。

信号で停車していたのを、条は彼女の俯く顔を覗き込みその滑らかな頬にキスをそっとよせた。彼女は顔を上げ、微笑んだ。彼女は会った当初から何かに思いつめている風だった。互いのことを思っているからだ。自分のことを思っているからだ。男性とこうやって二人でいるときは、考えるべきで無いのに。

「ゼブラナの人たちは凄いですね……。何があってもへこたれないわ。あたしも見習いたい」

「まあ、それなりに経験も積んでいるだろうからね。ちょっとやそっとじゃ確かに倒れないさ。特にハルエも肝が据わってるよ」

「面白いですよね。姉さん達。あたし好きだなあ。ああいうスカッとした人たち」

「俺も君みたいな子は好きだよ」

「わあ。有難うございます」

ショウは嬉しそうに微笑んだ。一度手を伸ばし彼女を包括してから、ショウを離し、青になったのをコーナーを曲がって行った。

確固とした頼りある腕と体には温かさがあって、ショウは足元の影を見つめた。

彼女は、よく不安そうな目元をするように思える。だから元気つけたくなる。男として。彼女は不安を輝きに変えているようなものだった。

「ショウは彼氏はいるのか?」

「えっとー……」

「そうか。いるんだな」

「はい」

「まあ、いいんだ。いつクルーザーを見に行こうか」

「クルーザー?」

「ああ。どのタイプがいい?免許を取る場所は俺の知り合いに話を通しておくよ。今度、昼時は何日が予定が空くかだけは聞いておこう。出来れば火曜日がいいんだが」

「開けておきます」

「じゃあ、来週の火曜日で構わないかな。また連絡するよ」

彼はモナコでクルージングの集まりに入っているから、彼女にそこで友人を多く作らせる事にする。信頼の置けるキャプテンにも紹介するつもりだ。その後のこの時期のパーティーもいくつかいい物がある。

停車すると歩いて行った。ショウは開けられたドアを、彼を微笑み見て入って行った。

落ち着いた店内は美しい時を重ねたオーラがあった。

「ワインにするか?」

「ソフトドリンクで。酒は飲めないので」

「まあ、今日は思う存分飲んだもんな」

ショウはやっぱり!と怒った。まさか、16歳でお酒を飲むなんて!ショウは呆れた。まさか泣き上戸であんなに泣いて目覚めたのかしら。

ショウはいつの間にかリムジンのグラステーブルに腰を下ろし燻し銀のような人を背に、そして、泣いていたのだ。

何かがとんでもなく悲しくて、そして、寂しくて……。喪失感とか、絶望とか、闇、そういう、全ての悲に繋がる感情が心底から天井まで渦巻いている感覚だったから。

でも、泣き上戸なんだとしたらとんでもない!ショウは、全く黒ったら!とかんかんに怒った。

「樫本は常連なのか?」

「はい」

「そうか」

「仲がよろしいようで」

「憎まれ口は叩くが別に嫌いな奴じゃ無い。だが、本当に注意するんだぞ」

「ええ」

あのバーで樫本も同じ事を言っていたのを思い出してショウはくすりと笑った。女性らしい仕草と視線の持って行き様には磨きが掛かっていた。洗礼された教養が根付いている。ごく自然だった。

柔らかな微笑と、照れたような笑い。両親からは随分愛され育てられてきたのだろう。長い足の線も、指一本一本の動きも。そんな彼女の仕草一つ一つを見ていた。手腕も上品でどこか気品があふれていた。プライドだ。この子は変わるだろう。

跳ね返す強い心も持っていそうだ。瞳の奥には純ながらも強い光が根付いている。それと、あの時見せたような極端な弱さも。

情熱的な赤がよく似合う。華やかな顔つくりに、どこか奔放な自由さのある所も似合っている。

綺麗にセットされた髪は綺麗になされていた。

「趣味は持っているのか?」

「趣味ですか?お洒落と買い物が一番楽しいです。明日も秋の為のオーダーメイドをしに専門店に」

「そうか。俺も仕事が無かったら付き合いたかったんだがな」

「牧場主以外のお仕事で?」

「ああ。基本的には一定の仕事についているわけでは無いんだが、オークションハウスを持っているんだ。それが近づくと昼間でも忙しくてね」

「素敵ですね。オークションって楽しそう。一度行ってみたいと思っていたんです。でも、未成年者だから。……あ、内緒で」

ショウは上目になって肩を縮めた。

「こうやって見れば二十歳以上に充分見える。今回のオークションは16世紀の硝子オークションなんだが、そういう物に興味は?」

「綺麗な物は大好きです」

「こんどの火曜日に本を持って来よう。気に入るものが絶対あると思うよ」

本来倶楽部ZEBRANAの会場を借りる予定だったが急遽場所を自分も持つオークション用の横浜のオークションハウスで開かれることになっている。

ショウは綺麗な手つきでグラスを傾けた。

純情そうな子だ。きっと、彼氏という人も良い人なのだろう。

主張してくる個性を大切にするような。そういう男が着いていそうだ。

「そろそろ行こうか」

「はい」

コートを羽織り一度その肩を抱いてから離し歩いて行った。

車に戻ると走らせて行き、彼女は夜の風景を見つめていた。

まつげ一本まで気を入れた横顔は整っていて自我が強そうだ。西洋系の丹精な彫りの深さが丁寧に加わっている。

「今日は泊まって行くんだろう」

夜を見つめていた彼女はふと条の横顔を見上げ、しばらく見つめていたのを、頷いた。

条は口元を微笑ませ、ショウを一度見てから前方に視線を戻し、そのまま進めて行った。





★過ぎた物★


格式のある高級なホテルに入って行き、豪華絢爛なラウンジにミッドナイトの生演奏が流れている。

条は彼女を振り返り、彼女と共に歩いて行った。

エレベータに乗り、美しい部屋に入って行くとショウはその美しさに驚き条を見上げて微笑んだ。美しい以外にたとえる言葉は思いつかない。日本にこんな洗礼された場が存在するなんて。

「素敵!」

そう満面に微笑み、条の肩に両腕を回しぎゅっと抱きついてから見回した。

条は彼女の手を引き寄せ、彼女は腕の中に収まり、彼の瞳を見つめ肩をみつめた。

しばらく包括をしあうと彼女を促し歩いて行った。夜景が美しい眼下に広がっている。

「綺麗ね……」

ショウはそう囁き、条は窓際のカウチに腰掛け肘をつけた。

「国を手に入れられる人間は限られてくる。これら全てを手に出来る人間はな。どんなに個人が背を伸ばそうが、それは手にした事にはならない。だから、誰もが勝ちつづけて行く。国という最高ランクが待っているからだ。そして、美しい物を作り出す。裏を見せずに」

ショウは、夜景から条の横顔を見下ろし、頷いて再び夜景を見つめた。

美しく思える。夜景は美しい。

人は光を求めるから、あたしみたいに。太陽もそうだけれど心もそう」

ショウは身を返してから言った。

「なにか、お酒をお作りします。シェーカーは振れないけれど」

「そうだな」

条は見上げてから、口端を上げた。

「任せる」

ショウは嬉しそうに微笑みバーカウンターへ歩いて行った。

条は立ち上がり、夜景をつまらなそうに見下ろしてから、身を返しホール中央のソファーに上着を脱ぎ置いて腕時計を外し腰をおろした。

また発砲されるようでは困るから銃は持って来ていない。まあ、今の彼女には心の影など無い様に見えるのだが。

夜景……。

ランは眼下に収め見下ろし、興味もなさげに煩わしそうに言っていたのを、ふと思い出した。

こんな物木っ端微塵に壊れてしまえばいいのに。崩れてしまえばいい。夜なんか、照らさなければいいのに。馬鹿みたいだわ。虚勢なんか。美しさなんか全てね。こんな世界も。闇の中に生きる人間に光りなんか無用なのに。全てが無様に爆破してなくなればいい。煩わしいわ。夜景なんか無くたって構わないっていうのに。混沌と渦巻く人間が虫けらみたいな輝きの一粒一粒にしか過ぎない。この世はくだらない物しか照らそうとしない。本質を照らさない。どんなに醜くても、本質のみが美しい生命たのにね。銀粉を舞わせてこの世はくだらない足掻きをする人間共の寄せ集めね。それが夜景……。それを表現しているのをあたし達だけが見下ろせる特権を持っているのよ。チープな紙切れとともにね。実にくだらないデモンストレーション。フン、何も無い砂漠のほうがマシな物よ。人間は足掻かずにはいられない衝動に駆られるのよ。醜く焦るの。笑えるくらい。背比べよ。日本って、大っ嫌い。

そう、小馬鹿にした様に笑い見下ろし言った。

ランは足掻き、ランらしく死んだ。

今思うと、そうだと思った。足掻くことこそが人間。それをランは体現した。

夜景が嫌いだと足掻き、ランは誰よりも美しく、微笑んで社会の裏側を男達に操作させて来た。この森の中、逃げ出したランに、既に何かの魅力は備わっていたかは不明だ。行き抜き、勝ち抜く術は続けられただろうに、何かに心が揺らいだのか、血迷ったのか、きっと、耄碌したのだろう。鳥羽という青年にかは不明だが。

馬鹿な女だ。

最終的に、下賎の世界に落ちて行ったなど。

パールホワイトのガウンに緩く豊満な体を包ませ、グラスを片手にランは条にもたれかかり、ブロンドの髪を簪で緩くまとめて条に言って来た。

国の事。政府の事。蠢く混沌と成立した物。全て、変える事等可能だった。

虚勢を豪勢に金の周りと流れに変えて、悦楽し、狂喜し誰もが恍惚とそれに染まりきり、彼女は全てをゴージャスに生きる事を一種の装飾品にしていた。それが許された女だった。アクセサリーの一つ一つにしていた。栄華から男達の足掻きの全てまで。上から水の流れを見て楽しんでいた。操る事を。騙し、蹴落とし殺されて行く事を余興にしては興味も無く煙管の灰を捨てるように男を見下し、足をぶらつかせた。




★情熱★


以前、ランはこことは違う部屋のソファーで、ラスベガスのVIPだっだ気もする。条にしなだれかかり、背後に装飾された太い柱の間のグランドピアノの置かれた空間を見ていた。グランドピアノがその角度からが一番美しいと言われている角度からソファーセットを背後にセッティングされていた。

そのランのいた場所に煙の先、彼女が腰掛けた。

ショウは微笑んだ。

綺麗な子だ。どこまでもそう思った。曇りなど一切無い。

「どうぞ」

「ああ」

賭け事もギャンブルもやらない暇さはあったのだが。危険なゲームも恋愛の危険さも知らない内の少女だ。それだけに可愛くも感じる。

「ここにおいで」

ショウはにっこり微笑み、彼の横まで来て座った。

「綺麗な香水の香りだ。変わったものをつけている様だね」

「ああ、この香水ですか?」

ショウは自分を見下ろしてから言った。

「本家の祖母の香水です。彼女から受け継いだもので、何をブレンドした物かは忘れたけれど、この前のバースデーで、もう大人の女性だからって、新しくブレンドしなおしてプレゼントしてくれて」

「へえ。素敵な香りだね。よく似合うよ」

「ありがとうございます」

ショウは微笑んで条を見上げた。

「あたし……」

どうしたんだ?そう言おうと思ったが、まさかまたとんでもない騒ぎをしでかすんじゃないだろうな。そう思って彼女の顔を見た。

まるで、ごろつき青年の様に騒ぎまくり、はしゃいでいたのだから。最終的に野性的にばんばんぼーぼー言っていた。

「ショウ。何か音楽を」

「ああ、そうですね」

ショウは立ち上がって見回すと、レコードのある方向へ歩いて行った。

「何か弾いてよ」

ショウは振り返り、右にナイトジャス、左にオペラのレコードを持っていたのを条を見た。

「何がいいですか?」

「何でもいいよ。君が好きな音楽で」

「そうね……」

ショウは離れブースを歩いて行く前に、条のところに来てから、ソファーに両肘を掛けて言った。

「それか、歌いますよ。あたし、学園でいろいろやっていたんです」

「じゃあ俺が何か弾こうか」

「即興の方が面白いかしら」

そうショウはウインクをして、条は微笑んで彼女にキスをしてから立ち上がり、彼女の手を引いてた。

「スペイン舞曲か……。そうだな」

「スペイン舞曲?」

「ああ。何かそういう感じの物を弾こうか。君はご両親がアンダルシアンの競技会が好きだと言っていたね」

「はい。その通りです」

「スパニッシュは?」

「ええ」

「珍しいね」

「勉強しているから」

ショウは1歳の頃から実に多くの言語を習得していた。ほとんどの国の言語はしゃべることが出来る。

条は椅子に座り、彼は膝を指でトンと叩いてショウは微笑んでその膝に座った。心なしかしっかりした体重を感じて条は彼女の髪を撫でてからしばらく、目が離せなかった。軽いに変わりないが、安心する体温がある。あの時、彼女が実態が無い様に感じた瞬間は何だったのだろうか?

「思った事を口にすればいいよ」

舞曲の旋律がワンフレーズ流れ、ショウは小さく頷き取り入れ、閉じていた瞳を開いて歌い始めた。

「あたしの愛は終わったが 河の流れは留まる事も出来ようか

 流るるささやかな血潮に 身を乗せ運ばせる どこまでだって

 そよ風はあたしの頬を撫で 愛の時間を思い出させるが

 過ぎ去ったまどろみの時間も 夜の密の煌きも 月の面影も

 やはり過ぎ去った

 

 廻り廻って感情を 巡り巡ってこの体を

 貴方への愛が駆け巡り 全てを忘れさせようとはせずに

 会いに行ってしまうのだろう

 

 琴音の旋律に乗せる河のせせらぎに 戻り行く心も重ねて 

 星の輝き コヨーテの遠吠え 母を思う子供の夜鳴き 

 ブナの森の梟の鳴き声 

 あたしを一律の元に誘わせては 引き寄せる悲しみの踊り手

 喜びに変わるその夜まで続けと 願っては廻り続けては貴方と共に 」

情熱的なカルメン。ジプシーのような乱舞する歌声と、猛り狂う闘牛を操る様に回った。熱のある艶やかな瞳をして、空間に熱を、それに、流れるような水を持たせた。

条は微笑み、彼女の手を取り回転させて彼女は笑いホールを回り、タン、と足を踏み鳴らして、鋭い微笑みで回った。

「愛の灯火を知ったのならば 喜びしか知らない

 もう駆け巡って行く他無いのだと 馬の如く駆け巡って行き

 雄牛のように詰め寄って 小鳥のように囀って 愛情を物にし詠うのだろう

 花が舞い散るように 河の流れに、抱かれて その腕に、抱かれて 」

横顔でフフ、と笑って背をのけぞらせ回り、彼女の小さな背を条は受け止めて見つめ合った。

良かった……。彼女は光り輝いていた。

あの不安を掠めた全てなど払拭され、それが強制で無いのならば。女優の様に演じていないのならば。それでも分かっていた。この子は、自分に愛情を置いていない。俺にはそういう物を置いていないという事が。

条は微笑み、彼女の滑らかな頬を撫で、ショウは艶のような視線に光を滑らかに受けさせて胸元に頬を寄せた。

しばらく闇の中、曲も音色も無く、静かに足を揃え身を寄せ合ってステップを踏んでいた。

 



★後悔★


ショウは朝陽の差し込むテラスで、紅茶を口にしてはうつろいでいた。

目元は寂しげだった。

ライカ……

浮気なんて初めてだった。自分がするなんて思ってもみなかった。彼女は瞳を閉じて朝陽を視線から一度消して、また開いた。

朝陽がこんなに通常通りに見えるなんて。あなたがいなくてはこんなに違って見えるのか。あんなに輝いていた筈なのに。罪悪感がつのった。

色味も無く、つまらない朝陽を緩く見下ろした。何も無い。

ウィンドウ横の黒シルクのシェードにブロンズ蛇の支柱の間接照明を消して、彼女の心の中に掠めた物も朝陽に溶け込ませた。それは、不安……。

条の所に戻って、彼は寝返りショウを抱き寄せ、彼女はもう一度緩い眠りの中へ落ちて行った。ゆっくりと。

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