人生ポジティブ
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ」
「いや、別にリリィが謝んなくていいから……」
「でも父のせいで、強制的にお店で働かされることになっちゃうなんて……」
「仕方ねぇさ、金ねぇのは事実なんだし」
事の顛末はこうだ。
俺、出された飯を食う。
↓
飯代を請求される。
↓
当然ながら俺一文無し。
↓
飯の対価に店の手伝いを強要される。
まぁアレだ。見事に嵌められたわけだが、考えてみるとそんなに悪い話でもない気がしてきた。
今日食った分働くだけなら1日で終わるが、俺が宿無しだと聞くと住み込みで一時的に住み込みで働かせてくれると言うのだ。
金の単位すら分からない怪しげな奴を雇ってくれるに至ったのは、やはりリリィに依るところが大きい(ちなみに1イェールはほぼ1円に相当するようだ)。
偶然あの時彼女が俺を見つけてくれなかったかと思うとゾッとする。その上飛ばされた時間が夜だったら多分詰んでただろう。運良くここに辿り着いても、変人扱いされて誰にも相手されなくて野垂れ死んでたかもしれない。
異世界に来て早々サバイバルは勘弁だ。ヴォルックにせよ、この世界の動物はどうも俺の知識ではどうにも出来そうにない。
とにもかくにもいわゆる渡りに船ってヤツだ。結果オーライ。
期間はとりあえず十日。その間に何とか出来るか、かなり不安ではあるけれど。
こっちの世界でも就職活動とか怖気がする。持ち前の魔法とかでどうにかならんかな……
つーかこんな可愛い子と一緒に働けるんだ。前の世界のことを思うと、このまま住み込みで無給でもいいくらいである。
とまぁ何やかんやで、今俺とリリィは市場へと買い出しに出かけていた。
時刻は夕方。空を染める茜色が綺麗である。どうやらこの世界でも太陽は存在するらしい。ここではどう呼んでいるのか知らないが。
「あの……本当にいいんですか? 迷惑だったら、私から父に話をつけますけど」
「いいよいいよ。どっちにしろ、行く所なかったし」
「そうなんですか?」
「うん。……あー、一つだけお願いなんだけど、俺がここじゃない世界から来たってのは内緒にしてくんない?」
実は、リリウムの町に来るまでの間、リリィには本当のことを話していた。
だってこっちの世界のこと全く知らないから、上手い言い訳を考えようもない。
結果として、リリィは普通に俺の言ったことを信じてくれた。
だからって、特にこういったことが頻繁に起こるというわけでもなく、単に彼女が疑うことを知らない性格だったという話なのだけれど。
ますます危なっかしい。親父さんが心配性になるのも分かる。
「内緒、ですか? でも、元の世界に帰るには、皆に色々訊いた方がいいんじゃ……」
「あー……別に急がないし、暫くはここままでいいよ」
「?」
正直もう戻りたくないんだがな。
リリィは少し小首を傾げたが、素直に頷いてくれた。
「分かりました。じゃあこれは二人だけの内緒、ですね」
「え? あ、うん……」
微笑して囁くようにそう言うリリィに、思わずドキッとしてしまう。
屈託がない表情とはこのことを言うのだろう。女耐性がない俺にそれは危険だ。
うーむ、親父さんじゃないが、悪い虫がつかないかますます不安である。まぁ、向こうにとっちゃ俺が悪い虫に見えるんだろうけど。
「えっと、他に寄る店はあるのか?」
「あ、もうさっきの調味料店で終わりです。すいません、荷物全部持たせちゃって……一つくらい持ちましょうか?」
「いいっていいって、こういう力仕事は男に任せとけばいいの」
元の世界では口が裂けても言えなかったこの台詞も、今の体型ではそれなりにキマって聞こえる(筈だ。多分)。
実際のデブデブしい俺(身長165cm、体重91kg)なら、両手に食材諸々が詰まった紙袋なんて持たされたら十歩で音を上げてしまいそうだ。
体力まで向上しているとは、転生様様である。
中学生まではサッカーやってたんだがなぁ。当時複数のDQNに目をつけられてイジメられたのが運の尽きだった。
そこから坂道を転がり落ちるように俺の転落人生は始まったんだ……
…………ま、今その話してもしゃーないわな。
今を生きよう。こんな前向きになれたのはいつぶりだろう。やっぱ近くに可愛くて優しい女の子がいるだけで違うな。人生ポジティブになる。
「なら、少しお言葉に甘えちゃっていいですか?」
「ん。て言うか、あの店ってリリィと親父さんだけでやってるのか?」
「はい。お母さんは、その……私が赤ちゃんの時に病気で亡くなったみたいで、記憶には全然ないんです」
「そ、そうか……なんか悪かったな」
「いいえ、こう言っては薄情っぽいですけど、何だか他人事なところはありますし……母も顔すら知らないですから」
「写真とかも残ってないのか?」
「シャシン……? って、何ですか?」
あ、こっちにはないのか、カメラ……
確かにこの世界、機械っ気が微塵もないし、当然っちゃ当然か。
「えーと、何だ、俺の世界であった風景を切り取って絵に出来る魔法みたいなヤツかな」
「へぇ……ユーヤさんの世界にはそんな便利な魔法があるんですね」
「つっても既に作られてたのを使ってただけで、原理なんて全然分かんないけど――ん?」
大通りを歩いていると、とある建物へ入ろうとしている集団が視界に入った。
彼らは簡単に言うと武器や防具で武装した身なりであり、見るからに冒険者という出で立ちであった。
両手で持つような剣を携えている人、身長ほどある杖を手にしている人、服装からしてシスターっぽい人、最低限の防具をつけているだけの屈強な人……お手本のようなネトゲのパーティーだ。つか、やっぱ魔法の世界っつっても剣とかはちゃんとあるのね。
どこかの冒険から戻ってきたところなのだろうか、皆一息吐いてリラックスした感じで両開きの戸を開けて建物の中へと消えて行った。
その建物には大きな看板がかけられており――
「…………読めない」
言葉は通じるのに、やはりこの世界の文字は解読不能だ。どうなってんだ。
「……? いきなり立ち止まって、どうかしましたか?」
「なぁリリィ、あの建物って何なんだ?」
「あの建物って……あぁ、ギルドのことですか?」
ははーん。やっぱり何となくそんな風だよな。
「ギルドって、なんかクエストとか受注出来たり、冒険する人達が集まったりする場所のことだよな」
「は、はい、その通りです。……ユーヤさんの世界にも、ギルドってあったんですか?」
「あーまぁ……似たようなものはあったかな」
ネトゲの中でな。
そうなると、なるほど、俺がネトゲで得た知識も全くの無駄ではないらしい。
ハイファンタジー系の異世界なんて根幹は全部一緒だからな。
つまりだ。あそこで金を稼げばいいって話なのではないか。
理由は分からんが、こちとら魔法が使える身だ。それなりのクエストをこなすことだって可能な筈だ…………よね?
だったら善は急げ、である。
「リリィ、ちょーっとだけ寄り道してもいいかな」
「え? まぁ、時間はまだ余裕があるので別にいいですけど……どこかに行かれるんですか?」
「そこのギルドなんだけど、いい?」
「ギルド、ですか?」
「うん。まだこの世界のシステムをあんまり把握してないからさ、出来るだけ常識を仕入れたいんだよね」
「なるほど……分かりました。じゃあちょっとだけ、寄り道ですね」
そう言いつつ、リリィはまた悪戯っぽく笑ってウィンクした。