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初戦、そして。

「ご、ごめん……もう大丈夫だから、そろそろこっち戻って来てもらっていい?」


 衝撃的な現実に直面し、盛大にパニくること数分。

 すっかり怯えてしまった少女は、さっきから少し離れた木の陰に隠れ、ビクビクしながらこちらを窺っていた。

 そりゃそうなるわな。誰とも知らない不審者に声かけて突然奇声上げられたら誰だってビビるわ。

 その勢いで俺を置いて逃げ出してしまったかと思ったが、どうもまだ気にしてくれている様子だ。よかった。このままこんな場所でぼっちにされたら、それこそパニックになってしまう。


「あ、あの……ごめんなさい……私、余計なことしちゃいました……?」


「え? いや、そんなことないよ。これは、その……あー、こっちの話って言うか……」


「……?」


「まぁいいや。とりあえず訊きたいんだけどさ……ここ、どこ?」


 本当は何で自分がこんな姿になってるかの方が謎だったが、どうもこれに関しては目の前の少女に訊いても答えを得れなさそうな気がした。

 急に意識を失って目が覚めたら別人になってた――なんて言ったら、それこそ頭のおかしい人だと思われかねない。それだけは避けたい。右も左も分からない今、この娘が俺の生命線だ。


「ここ、って言われても……この道なら、私達の町のリリウムと隣町のナーリヤを結ぶ街道ですけど……」


「リリウム? ナーリヤ?」


 聞き慣れない横文字が出てきて、思わずオウム返しに訊き返す。

 少なくとも日本語ではない……っぽいな、これは。

 だとしたら、状況は深刻だ。


「えーっと……ちょっと俺さ、道に迷っちゃって。その、リリウムとナーリヤだっけ。こっからだとどっちの方が近いのかな」


 とりあえず町に着けば人がいるだろう。そうすれば情報収集が出来る。

 どういうわけか言葉は通じるようなので、まだ望みはある……と思う。多分。


「それなら、リリウムの方が近いです。ここからまっすぐ歩いて、一時間もすれば着きます」


「あ、そうなの」


「……あの、よければ一緒に行きますか?」


「え? いいの?」


「はい。私もそっちに行くところ、というか帰り道なので。……あ、もしかして、迷惑だったですか……?」


 おもむろに涙目になる少女に、俺は慌てて手を振って否定する。


「いやいやいや、全然そんなことないよ。寧ろありがたいくらいだし……でも、いいのか? こんな出会ったばかりのわけの分からん奴と同行して」


 少女は、「うーん」と少し首を傾げて、


「何だか困ってるみたいですし、私、そういうの放っておけなくて……ほら、困った時はお互い様って言うじゃないですか。それに貴方のこと、悪い人ではなさそうですし」


 ニコッとしながらそういう彼女は、まさに天使と言えた。

 こんな可愛くて純粋無垢な人間がいていいのか。今ここにいるけど。


「まぁ、うん。そりゃ悪い奴じゃないけど……」


「なら大丈夫じゃないですか?」


「まぁ、そうだね、うん……」


 言っといてなんだが、とても頭の悪い返答をしている気がする。

 その優しさは嬉しいが……ぶっちゃけちょっと危なっかしくないか、この性格は。マジで。

 こういうのを天然っていうのだろうか。

 野垂れてた奴が悪人だったりしたらと思うと、こっちまで心配になってくる。


「私、リリィ=ラルヴァスっていいます。リリィって呼んで下さい」


「リリィね。うん、分かった」


「……えっと、貴方のお名前は?」


「あぁ、ごめん。俺の名前ね。時津雄哉」


「トキヅ、ユーヤ……? 何だか、変わった名前ですね」


「え? 変わってんの?」


「あっ、ごめんなさいごめんなさい。別に悪気があったわけじゃなくて……」


「はぁ……まぁいいや。俺のことも雄哉でいいよ」


「そっ、そんな出会ってすぐの男の人に対して、呼び捨てだなんて失礼ですよ」


「今自分はリリィでいいっていったじゃん……」


「それはその……あんまり畏まって呼ばれることに慣れてなくて……ごめんなさい……」


「…………」


 謝り癖でもあるのかこの子は。

 話が進まん。頭を切り替えよう。とにかく町へ行くことが先決だ。

 俺は立ち上がって、背中や尻についた土ぼこりを払う。

 ……そういや俺もファンタジー世界で農民が着てるような、シンプルな民族衣装のような服装になってるな。見てくれは、そんなに悪くない。ユ○クロで買ったクソ安いセーターと5年くらい買い替えてないジーパンより、よっぽどマシな気がする。


「そんじゃ行くか。道案内頼むわ。って、ここ真っ直ぐ行くだけなんだっけ」


「はい。ちょっと道が曲がりくねってますけど、基本的に一本道で――」


 そうして、未知の世界への第一歩目を踏み出そうとした、




 その時だった。




「グルルルル……ッ!」


「え?」


 腹の底に響くような唸り声が、俺の足を止めた。

 振り返ると、狼のような四足獣が数体、土壁の上から俺達を見下ろしていた。


「ひっ……!」


 俺の隣で、リリィが短く息を呑む。俺もまた、完全に言葉を失っていた。

 そう、それは決して狼ではないのだ。狼の『ような』四足獣だった。

 だって、俺が知る狼は耳の横に角なんて生えてない。

 加えて何より、体長がおかしい。あれ、軽く俺の身長超えてないか。ボリューム的に、まるで成長した熊だ。

 その内の一体は周りのヤツより一回り巨大で、額には×印の傷跡がある。まるで周囲を従えているボスのようである。


「そんな……こんな所にまでヴォルックが……!?」


 ヴォルック? またよく分からん言葉が飛び出したが、どうやら目の前の化物達のことを指しているらしい。

 目算でヴォルックの数は八体。そのいずれもが、獰猛な牙を剥き出しにして、ギラついた眼光を放っている。

 状況からして、俺達を襲おうとしているのは明白だった。


「……っ」


 どうする? どうすればいい? 死んだふりか? それは熊相手か。

 戦う? あんな化け物と? タイマンですら勝てそうにないのに、それを五匹も? 無理言いなさんな。こちとら元いた世界では体重九十キロ間近のマシュマロマンだぞ。格闘なんて無理無理無理無理かたつむりだ。

 そうだ。それにこっちにはリリィもいる。俺がダメなら、リリィなんて尚更だろう。


「…………………くっ」


 ははっ、短い異世界人生だったな。時津雄哉さんの来世にご期待下さい。

 でも、可愛い女の子庇って死ぬなら悪くな――


「……ユーヤさん。私の後ろに隠れて下さい」


「は? ちょ、リリィお前何言ってんだ」


「そして私が合図したら、向こうへと一気に走って下さい」


「待て待て。そんなこと出来るわけないだろ」


 命の危険の最中、女の子を置いて一人トンズラするなんて、流石に俺でもそこまでクズではない。

 だけどリリィはさっきまでとは打って変わって気丈な態度で、


「私なら、平気です。……多分。一応補助系魔法なら一通り会得しているので、隙を見て私も逃げますから」


「補助系魔法て……それがどういうもんか知らねぇけど、折角助けてもらった恩人を置いていくことなんて出来っかよ」


「だけど、今はこの方法しか――」


 ザッ、と。

 何かが地面を擦る音が響いた。

 ほとんど前触れもなく、ヴォルックの一体がこちらへと大きく跳躍してきたのだ。

 情けないことに、俺は完全に足が竦んで指一本動かせない。

 反面、リリィは冷静にヴォルックへと意識を向け直し、すぅ、と息を吸って、大音声で叫んだ。


「『アネモス! 風よ!』」


 瞬間、リリィの前方に薄い膜のようなものが張られる。

 膜? いや、違う。

 あれは壁だ。渦巻く気流で出来た、風の障壁。

 その障壁に、まるで弾丸のように突進してくるヴォルック。

 バシィッ! と何かが弾けるような甲高い音が響き渡る。

 果たして突っ込んで来たヴォルックは、見事に弾け飛んで元いた場所にまで吹っ飛ばされた。


「あ……え……?」


 夢でも見ているのか、俺は。

 これが、魔法? マジで? マジでそんなの存在すんの?

 自問するが、目の前で起きたことが全てだ。今、リリィは間違いなく魔法なるものを使い、化け物を吹っ飛ばしたのだから。


「早く! 今の内に逃げて!」


 切羽詰まったリリィの声。混乱の極致にいた俺は、言われるがままにリリィに背を向けて走ろうとUターンする。クズとでも何とでも言えばいい。俺がこの戦いに介入するのは、どう考えても場違いにも程がある。

 だけど、急に動き出した獲物を、奴らが逃すわけがなかった。


「ガアアアアッ!」


 咆哮と共に、二体のヴォルックが逃げようとした俺の方へと一直線に向かってきた。


「っ!? ダメっ!」


 振り向いたリリィが、こちらへとジャンプしてきて、丁度俺とヴォルックの間へと滑り込む。

 そして再び風の障壁を作りだすが――


「きゃあっ!?」


 どうやら二体の突進には耐えれなかったようだ。次に吹っ飛ばされるのは、リリィの番だった。


「ぁ……ぅ……」


 俺の前方で、地面に伏して力無く呻くリリィ。

 恐る恐る振り返ると、そこには涎を垂らして今にも俺に飛びかからんとするヴォルックが三体。




 マズイ。

 死ぬ。



 次に背を向けたら、間違いなく食い殺される。

 なら、どうすればいい?


 どうしようもない。そんなのは百も承知だ。

 考えている時間なんてない。




 行動を起こせ。




 何でもいい。




 早く。




 何でも、いいから。






「――――」






 だから、俺は、何をトチ狂ったのか、さっきリリィがやったことをそのまま真似をした。

 手を前にかざし、大声で唱える。


「『アネモス! 風よ!』」


 光が、弾けた。

 続いて、轟! と、風が吹き荒れる。

 風、なんて生易しいものではない。

 暴風。あるいは、竜巻。

 触れる物を全て巻き込む凶器と化した爆風が、ヴォルックへとまともに直撃する。

 前方にいた三体。後方にいた三体。そして未だ俺達を見降ろしているボス含む二体。それだけではなく、あまりの風の強さに根こそぎ引っこ抜かれた木々が、瞬きの内に遥か上空へと一気に巻き上げられる。

 後に残るのは、嵐が過ぎ去った残響。

 そして風が一通り収まった頃に、ヴォルック達+大量の木が空から落ちてきた。

 どこまで巻き上げられたのか知らないが、もうピクリとも動かないところからすると、その高さは想像に難くない。


「な……何なんですか……今のは……」


 リリィの声で、俺は張り詰めていた緊張の糸がたわみ、大きく息を吐いた。


「はぁっ! はぁ……はぁ……はぁ…………ぶ、無事か? リリィ」


「は、はい……特に大きな怪我は……って、そんなことより!」


 駆け寄ってきたリリィが、非常に怪訝な様子で俺をマジマジと見つめる。


「今の魔法……どうやったんですか……? あんな簡易詠唱で第一級魔法なんて、見たことも聞いたことも……」


「いや、俺も全然分かんないだけど、とにかく何とかしなきゃって、リリィがさっきやったことの真似しただけで……」


「それだけであんな……あり得ないです、信じられない……近衛隊パラディヌスの人でも、こんなの扱える人いない筈です……」


 未だに半分呆然としているリリィだが、それは俺も同じだ。

 魔法が使えたこと自体、俺が一番驚いているのだから。

 奇跡でも起こって、さっきのリリィがやったことの再現が起こればいいと、その程度のことを思っていた。

 だが結果として、発生したのはリリィの魔法がとんでもなくグレードアップしたような魔法だったわけで……

 彼女の言葉を借りるならば、さっきのは第一級魔法とかいうらしい。

 神級……うぅむ、字面からして最上位っぽいぞ。

 リリィの驚きっぷりからして、どうやら今のはマジで洒落にならん魔法らしい。


 えーっと…………つまり、だ。


1、どうやらこの世界では魔法が使える。

2、俺にも魔法が使える。

3、しかも『簡易詠唱』で『第一級魔法』が使える。


「んー…………」


なるほど。

これはもしかして、アレか。

異世界に転生されたらお約束のパターンか。


つまり、強くてニューゲーム。


いや、別に二周目って意味ではないのだが。


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