落ちてくるモノ
「お疲れ様でしたー」
夜勤のシフトを終え、バイト先のコンビニを後にする。
時刻は朝の五時半。しかし空にはまだ星が煌めいている。十二月の日の出は遅く、この時間でもまだ辺りは真っ暗だ。
そう言えば今日は月曜だったな……つまりこれから帰ってネトゲのウィークリークエストをこなさなくてはならない。既にレベルがカンスト寸前の俺でも小一時間かかる面倒な仕様なのだが、これを一週間続けるとガチャチケがもらえる。これは大きい。どれだけ課金しまくってもタダでもらえるガチャチケは嬉しいものだ。
それが済んだら一寝入りして、昼から牛丼チェーン店のバイト。
そして再びこのコンビニに舞い戻ってくるルーチンワーク。
――俺の世界はそれだけで完結していた。
プライベートな人付き合いなど一切ない。そんな暇あるんだったら1レベルでもネトゲのアバターを成長させる。もうリアルはこんななんだ。今更自分のスペック上げるくらいなら分身のスペックを上げた方が効率的だ。99から100にするのは難しいが、0から1にするより遥かに簡単だ。つまりそういうことである。
とは言えもうすっかり慣れっこになった日々のタイムワークだが、日に一回はふと我に返って死にたくなってくる。
だってそうだろ? 大体こんな生活して、この先どうするんだって話だ。
風の噂では学生の頃の同期はしっかり定職に就くわ、ちゃっかり結婚してる奴もいるわ、まともな人間としてそれなりに成功している。
こちとら稼いだ金は生活費とネトゲの課金で全て消えている。当然貯金なんてゼロだ。今病気になったら真剣に死を考えるまである。
だからと言って、簡単に死ねないのが人間なんだけど。
「はぁ……どっか行きてぇな……」
呟いた言葉は、吐き出した白い息となって消えていく。
実際どこかへ行くだけなら出来る。適当に電車の切符を買って、遠くに行けばいいだけだ。
一時間も電車に揺られれば、海にでも山にでも行ける。
しかしそれは一時の逃避でしかない。明日も明後日もバイトのシフトはしっかり入っているし、家賃も光熱費も支払いの期限は間近だ。現実はどこまでも残酷に俺を追い立てる。
もっと思い切りがよければ、そんなことすら些細に思えるのかもしれないが……どこまでいっても俺って存在はその程度のものなのだと痛感させられる。
いっそ、もっと遠くへ。
こんなバグだらけの世界とは別の、もっともっと遠くへ。
例えば、最近のラノベとかでよくある異世界とかに――
「……なんてな」
妄想の時間は終わりだ。
馬鹿なこと考えてないで早く帰ろ。
とりあえず腹減ったし、朝食った残りモンでも適当に食うか。
あー、冷蔵庫の中、何があったっけな……
そう思いつつ、寒空を仰ぐ。
その時だった。
「……ん?」
最初は豆粒のようだったそれが視界に入ったのは、果たして偶然だった。
雲一つない空に、それは落ちてきた。
「――えっ? 人っ!?」
それは瞬く間に地表へと近づいてくる。
しかも一人ではない。どこからどう見ても二人だ。
パッと見、やたらと長い髪の毛を棚引かせているところから、女の子のようだ。どちらも白いワンピース姿で、顔は髪に覆われて見えない。
え? これってアレ? ギャルゲーでありがちな落ちモノってヤツ? ていうかラ〇ュタ? いや、しかし二人ってどういうことだよ。
それより、どこから落ちてきたんだ。この辺りは民家しかないし、あんな高いところからどうやって――
なんてことを考えている間に、二人はみるみる内に俺へと迫ってくる。
こういう場合って向こうが、「どいてーっ!」とか叫んでくる展開なのかもしれない。
だが、少女達は意識を失っているのか、完全に脱力した状態で落下してくる。
カッコよく受け止めれればいいのだが、残念ながらこの時の俺は落ちてくる彼女らを前にして指一本すら動かすことが出来なかった。
人間、唐突なことが起こったら本当に何にも出来ないんだなーなんて、他人事のように思いつつ、
そして――
避ける間もなく――
少女らが俺と接触した瞬間だった。
「っ!?」
淡い光が、どこからともなく発生した。
それは一瞬で目も開けていられない程の眩しい光へと拡散する。
暗闇の路地が、一瞬真昼のように明るくなる。
「ちょ――――っっっ!?」
俺が確認出来たのは、そこまでだった。
――ブラックアウト。