こくはく
朝日が昇り、世間の学生が登校し終えた頃合いを見て、俺たちはハルカの家に赴いた。平日のもう授業が始まる時間であるにもかかわらず俺たちの訪問におばさんはにこやかに対応してくれた。どうやらハルカから俺たちが休学中であることは伝わっていたらしい。昔からお世話になっていたおばさんに嘘をつくのは少々忍びなかったが、ハルカに簡単なサプライズをしたいから部屋に上げてくれないかとお願いすると簡単に部屋に入れてくれた。
年頃の男を娘の部屋にノーマークで入れるというのはさすがというべきか、おばさんにだけは相当信用されているようでよかった。
潜入したハルカの部屋を流し見て、俺とユウタは互いに顔を見合わせ頷いてから、その部屋を掘り返すように今回の事件の手がかりを探し出した。
別にハルカが犯人だと確信があったわけじゃない。可能性の高そうな人間をどんどん洗っていこうと思っただけだ。だからこの部屋を探すまではあまり疑ってはいなかった。
けれど、押し入れから最近通販で買ったらしい痴漢撃退用の変声機を発見した時、俺たちの推理はほぼ確信に変わった。
「サプライズかぁ、まぁ帰ってきたら男が私の部屋に入ってきていること自体がまずサプライズだけど、他にどんなサプライズを用意してくれてるの?」
午後六時、部活を終えて帰宅したハルカが自分の部屋に入るなり開口一番そう言った。まあ当然の反応だろう。帰宅したら男子二人が自分の部屋を荒らしているのだから。おばさんに俺たちが部屋にいるということを聞かされていなかったとしたら今頃殺戮パーティーが始まっていた。なぜ断言できるのかって?簡単なことだよ。なぜならば……
「それと、私の着替え用のタンスもあさってるみたいなんだけど、ちゃんと弁明は聞かせてもらえるんでしょうね?」
もうすでにハルカの目には俺たちを殺戮する未来をうっすらと映しているからである。おそらく俺たちが何か変なことを言った瞬間鉄拳制裁では済まされない何かが起こる。だがしかし、今回だけは俺たちも幼馴染の下着なんかに現を抜かしている余裕はない。
「よぉ、まあ幼馴染にこんな質問するのもあれなんだけど、お前はいったい何者なんだ?」
その言葉を投げると、一瞬目を細めてから、うっすらと笑みすら浮かべた。その反応で、やはりハルカが黒であることを悟った。
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。ハルカ、いや、名無しさん」
「名無しさん?何それ?」
「もしも惚けるつもりなら、お前のパソコン、開いて見せてくれないか?パスワードが難しくて開けられなかったんだ」
俺たちがパソコンを指さすとハルカはわずかに眉間にしわを寄せた。
「その反応を見るに、まだ消してなかったみたいだな」
「何のこと?」
「お前のパソコンの中に入っている写真のデータ、あるいはパソコンにも入っているラインアプリのアカウント、それを確認させてもらえないか?」
そこまで言及すると、さすがにもう逃げられないと判断したのか、視線を横に逸らして数秒ほど考えるそぶりをしたハルカは肩から力が抜けるような大きなため息をついた。
「まさか、昨日の今日で私にたどり着くなんてなぁ。早く削除しておくべきだった」
そんなことをぼやきながら、ハルカはパソコンを立ち上げパスワードを打ち込み、ホーム画面を俺たちに向けた。それだけで、もう十分だった。ハルカのパソコンのホーム画面に映されていたのは俺たちが女子更衣室にカメラを仕掛ける瞬間を写した写真、すなわち俺たちに送られてきた写真の一つだったからだ。
「お前が、名無しさんだったのか」
バレてもうどうでもいいと思ったのか、ハルカは机に腰かけいつも俺たちに接するように、にっこりと笑いながら「そうだよ」と返してきた。
「因みに、どうして私が犯人だって思ったのか訊いてもいいかな?」
「…………考える原点は、どうして犯人は顔も声も名前も伏せようって考えたのかってところだ。別に声を聴かれても顔を見られても問題はなかったはずだ。初対面ならだれかを特定することはできないからな。なのにどうして伏せたのか。伏せなくては犯人が分かってしまうからだと思えば簡単だったんだ。そう考えるともっと当然のことが見えてきた。犯人は俺たちの問題行動の写真を何枚も送り付けてきた。ということは学校にカメラを仕掛けるために何回も学校に出入りしている人物である可能性が高い。だったら普通に考えて学校関係者だ。教師か生徒、事務員あたりだな。まあ学校の鍵を開けられる奴が犯人かなとも思ったんだけど、学校の鍵は放課後先生が施錠するまで三の一の教室に隠れていれば、内側からかぎが開けられる。玄関もおんなじだ。だから生徒にも犯行は可能なんだ。ラインアカウントをとれるデバイスだけあればアドレスも取得できる。あとは俺たちのラインのアドレスを知っているやつは誰だと考えて総当たりするだけ。もちろんお前が一番怪しいって思ったけどな。俺たちがどんなことをしでかすのか一番感づいていたのはお前だったし。おばさんに聞いたらお前あの日結構帰ってくるの遅かったらしいし。部屋を探したら変声機出てくるし。カメラは見つけられなかったけど、もうお前が犯人確定だと」
俺の推理を話すと、ハルカは降参とでも示すように手を上げた。
「なぁ、担任が辞めたのも、お前の仕業なのか?」
「仕業って言われるのは心外だけどね。もともとあいつが悪いわけだし」
ユウタが震えた声で尋ねた問いに、ハルカはにこやかなまま平然と答えた。
「教えてくれよハルカ、お前はいったい何者なんだ?どうして、担任を脅迫した?」
そう問い詰めると、ハルカの視線がスーっと細くなる。
「今回の事件、ただの中学生一人がやったとは思えないんだ。絶対他に誰か仲間がいるんだろ?カメラだってここにはなかった。頼むよ、教えてくれ」
俺たちが頼み込むと、今度は鼻をふうんと鳴らして視線を逸らした。
「そっか、そこにはたどり着いていないんだ」
そう呟いて、勢いをつけて立ち上がって、俺たちをからかうような視線と笑みを送ってきた。
「今回の件に、他に共犯者なんかいないよ。いたとしたら、それは担任自身」
「どういうことだ?」
するとハルカはパソコンの画面を指さして、
「これ、どうして撮れたと思う?」
と訊いてきた。
それは先ほどまでと変わらず俺たちが女子更衣室にカメラを仕掛けている瞬間だ。どうしても何も、それはその瞬間を盗撮していたからだ。なぜそんな当たり前のことを訊いてくる………、待てよ?
この写真が、今回の事件のカギを握っているのか?だとしたら何だ?ハルカは何を俺たちに気づかせたい?俺たちが盗撮された写真?
もしも、もしもだ。盗撮される対象が、本当は俺たちではなく、たまたま俺たちの行動が盗撮されていただけだったとしたら……。
「女子更衣室を、盗撮していた……?」
俺たちとまったく同じことを、誰かがやっていた。だから撮れたのだとしたら……。
そしてそうだとしたら、誰がやっていたのか。
「担任が、女子更衣室を盗撮していた?」
その結論に達した俺たちにハルカはまた笑顔を向けながら、「正解」と告げた。
「コウスケたちが女子更衣室にカメラを仕掛けた時ね、あなたたちのカメラを見つけるより先に別のカメラを見つけたの。そのカメラの中身を確認した時、あなたたちが隠しカメラを隠している瞬間が映っていたから、私はあなたたちの犯行に気づいたわけ。で、見つけたもう一つのカメラだけど、誰が仕掛けたかわかるまでは私が預かっておくことにしたの。私にとってその日がすべての始まり。まあ、そのカメラは誰が仕掛けたのかっていうことは大体わかっていたわ。担任が何度か女子更衣室で何かを探しているのを見たし、様子もおかしかったから。すぐにばらしてもいいかなって思ったんだけど、これを使ってあんたたちを脅したら少しはあんたたちも更生してくれるんじゃないかって思ったの。私もあんたたちのすべての犯行をカメラに収めたわけじゃないわ。でもあんたたちをよく見ていると次は何をしでかすのかっていうのが大体想像ついたし、聞き耳を立てれば結構相談事も聞こえてきていたし。で、できる限りの犯行現場をとって、あんたたちを脅してからその写真とメモリーを抜いたカメラを担任の家のポストに入れたわ。因みにメモリーは後々使うつもりで今も預かっているけどね」
「じゃぁ、担任が辞めたのって」
「盗撮がばれて表ざたになるのを恐れたんじゃない?」
そこまで聞いてようやく真相にたどり着いた俺たちは、急に腰の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「なんだよぉ、俺はてっきりハルカが変な組織の一員で、俺たちや担任を脅したもんだとばっかり……」
情けなくもそうぼやくユウタに、ハルカも笑いながら「怖がりすぎだよ」と笑った。そしてポケットから黒いチップのようなものを取り出した。
「それは……」
「ビデオカメラのデータ。もしあの担任がまだ教師を続けようとしたらこれで脅して辞めさせようって思ったんだけど、やめてくれたからね、砕いてトイレにでも流す。あんたたちもちゃんと怒られたようだから、この写真も消すわ」
そのチップを俺たちに見せつけ、からかうような笑みをもう一度浮かべ、
「これに懲りたら、もう悪いことはしないことだね」
そう、言われた。
そしてその日、俺たちはハルカの家で晩飯をいただいてから帰ることになった。
ただ、ハルカの家を出る直前、一つだけ聞きたいことがあって、尋ねてみた。
「なあ、俺たちがあの時、誰かを殺してでも非日常を手に入れたいって言ったら、どうするつもりだったんだ?」
「…………」
すると、ちょっとだけ仰いで悩んだ後、また笑顔で答えてきた。
「その時は、私を殺してって、頼んでいたかもしれない」
その回答に、俺たちは少し固まった。
「そうすれば、あんたたちも止まってくれたよね?」
でも、続いた言葉を聞いた瞬間、こいつはいつものハルカだと思いなおして、俺たちも笑った。
「じゃあな、迷惑かけた」
「ほんとよ、あんたたちのせいで何回こっちが盗撮教師に説教されたと思っているの?」
「…………また今度、出かけるか?」
「あら、お誘い?」
「デートじゃねえぞ?三人で行くからただの友達として、幼馴染としてだ」
「え、俺も行くの?」
「いいわねえ三人で行きましょう。当然おごってくれるんでしょ?」
「バカ言うな、あれだけ俺たちを脅してくれたのにおごるか!割り勘だ!」
「えぇー、みんなに今までのことばらしちゃうよ?」
「いいぜ、もう十分怒られているからな。もう誰にばらされても困ることはない!」
「ちぇ、コウスケってば硬いなぁ、ねぇねぇユウタ。なんかおごってよ」
「お、ぉう!いいぜ!何でもこいだ!」
「…………ねぇコウスケ、なんかユウタってば怪しくない?」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ。ユウタ。親友かつ幼馴染の俺たちに、何か隠し事があるんじゃないか?」
「そ、そんなことないやい!」
「またまたぁ、何かいいネタをお持ち何でしょう?ゆすらせてよう、このこのぉ」
そして俺たちは、俺たちが選んだ日常へと、戻っていったんだ。