Attack of Killer Ants (3)
その後も、マーヴにはしばしばミスが目立った。
「マーヴ、シャワーが水じゃないか!」
『自分で設定しませんでしたか?』
「マーヴ!洗濯機が動いてないぞ」
『そんな命令は記録にありませんが』
「マーヴ、どうして俺の目玉焼きにイチゴジャムが乗っかってるんだ?!」
『寝ぼけてましたスミマセン』
いい加減何かがおかしいということに、鈍いもとい大らかなキリーも気付いていた。
マーヴがあまりにもミスを犯しすぎる。それはようやくマーヴ自身にも感じられたことだった。
『キリー、何か変です』
「ああ、何かが変だ」
マーヴは性格こそ難だが、間違いなく最も優秀な航宙船の一隻だ。
これまでのマーヴの航行履歴がそれを証明している。
とすれば、マーヴの不調には何らかの理由がある筈だ。
キリーの世話を忘れたり勘違いするだけなら悪戯か嫌がらせの一種とも考えられた。
だが、先日の接近警報に始まりいくつかの不可解な警報が現れては消える事態がここ二、三日の間に頻発するに至っては、早急に原因を突き止める必要があった。
ここ数日間のマーヴの全機能ログを読み返してみたが、深刻な動作不良や不具合を起こしている箇所は無い。
第一、重大な問題があればマーヴ自身がとっくに検知している。
マーヴの自己診断機構そのものに誤りがあることも考えられるが。
『私自身のプログラムを検査してみましたが、問題は見つかりませんでした』
「検査プログラムはどこの?」
『連合配布の航宙船航行用人工知性検査キットVer.6.1 EnterPriseEditionです』
「なら大丈夫な筈だな」
人工知性を蝕むコンピュータウィルスや悪意あるプログラムを埋め込まれた可能性もゼロではないが、毎日の検疫結果がそれを否定している。
ソフト面に異常がないなら次はハード面を疑う。
「ハードエラーが何個か出てるな」
『消耗部品の損耗警告です、エラー部品は既に交換済みです』
機械的エラーの履歴とマーヴが出力した部品の使用記録を付き合わせる。
「PP3CNってのはどこのパーツだ?よく交換してるけど」
『配線管理のコネクタです。壁裏の配線同士を繋いで信号を管理しています』
「こんなに頻繁に入れ替えるものか?ここ一週間でB8ブロックに二個、C7ブロックにも一個交換してるぞ」
『推奨耐用期間は約一年。確かに交換頻度が高いです』
キリーはファイルを置いて立ち上がった。
「外した部品は?」
『廃棄庫に格納しました』
廃棄庫は貨物区域の片隅にある。宇宙での生活は極端な資源節約とリサイクルによって成り立つ日々だが、それでも最低限のゴミは発生する。そういう不要物を一時保管しておく場所だ。
キリーは簡易宇宙服を着用して、貨物区に向かった。
「廃棄庫に着いた。コネクタをしまったのはどこだ?」
『18番ボックスです。通常工業ゴミとして処理予定でした』
捨てたのが最近だったため、18番ボックスはすぐ近くに置かれていた。蓋を開けるといくつかのプラスチック部品に紛れて小さなコネクタが見つかる。
同じPP3CNと思われる部品を全て拾って、キリーはマーヴの元へ戻る。
マーヴは検査の仕度を揃えて待っていた。
マーヴィンⅡの内部には電子工作室も設えられている。
整備の大部分は自動ロボットがやってくれるが、時には乗組員が細部の調整を行わなければいけない時もある。
その際に部品の動作確認や故障原因の特定などが行えるよう、必要な器機や設備を備えているのだ。
光学分析器にコネクタを放り込めば、拡大された姿がディスプレイに映し出される。
細かな傷は見て取れたが、特別大きな損傷や古びた様子はない。
「何か分かるか、マーヴ?」
『傷の形状が気になります。精密検査に回しましょう』
マーヴのマジックハンドがコネクタを一つ摘み上げる。ぽいっとカプセルに封入して精密検査機に放り込んだ。
『結果が出るまで約三十分……』
かかります、と言いかけたところでポーン!という軽快な音と共にディスプレイの隅に赤いランプが点る。
『交換警報です。B8ブロック、備品ID:PP3CN』
マーヴのアイカメラとキリーの目が互いを見つめ合う。
「どうする?」
『警告が出た以上交換の必要があります』
「そうだな、この際サンプルが増えたと思おう。部品をくれ」
マーヴから真新しいPP3CNのパーツを受け取り、キリーはB8ブロックに向かうことにした。




