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Nina, The Perfect Lady (4)



ニーナF5は、マーヴを停泊させたユニットのすぐ近くに停められていた。

純白の船体はマーヴと同じ、ロゼメカニカル社の宇宙船シューティングスターだ。

いくつかのオプションが異なるようだが、白く眩く輝く姿は漆黒の星空を背景に遜色なく美しかった。

管理局に確認したところ、星間開拓機構からの申請で既に船員登録の変更は済んでいた。

マーヴの姿は最早港にはなく、キリーの身分は正式にニーナF5の船長となっていた。

当然、この真新しい船に乗り込むにも問題はない。個人認証も暗号コードも難なくセキュリティを通過する。

船橋までの道のりもマーヴと同じだったが、どことなく何かごく些細な雰囲気の違いでいつもとは違った景色に見えた。

単なる気分的なものではあったけれど、気分というのは意外とバカにできない。

キリーは航宙士に任命された時からマーヴと一緒だった。旅客でなく船員として他の船に乗るのは初めてだ。

それゆえのかすかな緊張感が、新人だった頃の気持ちを少しだけ思い起こさせた。

「やあニーナ、初めまして」

初めてニーナのブリッジに入る時は、努めて朗らかに声を掛けた。

「船長のキルレイン・オルセンだ。キリーでいい。よろしく頼む」

カメラがあるだろう方向に向けて片手を挙げる。鈴が転がるような穏やかで優しげな女性の声が答えた。

『初めましてキャプテン・キリー。私はニーナF5です、ニーナとお呼び下さい。

 これから船長のお供をさせていただきます。どうぞよろしくお願いします』

第一印象は大間違いだったと思った。

マーヴとあまり変わらないなんてとんでもない。何もかもが大違いだ。

マーヴとのファーストコンタクトを思えば、ニーナの応対は女神の降臨にも等しい。

ニーナは上品かつ控えめに、マーヴからの引継ぎ事項を述べた。

『船長の生活習慣と健康情報はマーヴィンⅡより受信しております。船内環境の更新を完了しました。

 本部より最新星系図の配信手続きを完了しています。イリヤ13銀河の測量進捗率を表示しています。

 いつでも任務を再開いただけます。ご了承いただけましたら署名を頂戴します、キャプテン』

メインディスプレイに表示される船体の状況や周辺宙域のデータを確認する。

完璧だ(パーフェクト)。

何も問題ない。もし些細な困難があったとしても、全てニーナが片付けてしまった後なのだろう。

大当たりだと思った。

業務改善プログラムの間だけなんて勿体無い。ずっと乗っていたい程ニーナは良く出来た船だ。

「これからよろしくニーナ、良い旅にしよう」

それは船乗りの間で最大級の好意を示す言葉だ。

キリーにとって、ニーナはもう大切な相棒となっていた。


実際ニーナは優秀だった。

高級な秘書プログラムのように、実に速やかにキリーの世話を焼いてくれた。

船の状況も航路の安全確認も、ニーナのまとめたレポートを読めば一目瞭然だった。

彼女が尋ねてくるいくつかの事柄について、大抵の場合はイエスかノーで答えれば十分だった。

喉が渇いたと言えば珈琲の飲料チューブが差し出され、少し疲れたような頃合を見計らって休憩を勧められる。

仕事も生活もキリーのリズムに合わせてストレス無くこなされるようスケジューリングされていた。

それらは、キリーに対する極めて細やかな気配りの賜物だった。

「君は素晴らしいな」

『ありがとうございます、船長のお役に立てることがニーナの誇りです』

マーヴではこうは行くまい、とキリーは思った。

珈琲が飲みたいと言えば自分で淹れろと言うだろうし、疲れたと言えば今週の進捗率が何パーセントで残りのノルマがどれだけ残ってると細かな数字を挙げて嫌味ったらしく指摘してくるだろう。

気難しいマーヴの機嫌にあわせるのはいつでもキリーの方だった。

実際、憎まれ口の混ざらない世間話を気負い無くこなしてくれるニーナの性格は、キリーの精神にも良い影響を与えつつあった。

ところが。

問題は最初のプライベートタイムに起こった。

一日の仕事を終えて一息つく時間。

早速熱いシャワーを浴びようとバスルームに向かったキリーは、しかし、浴室の機密扉の表示が“準備中”となっていることに気付いた。

「ニーナ、何でシャワーが使えないんだ?」

『現在慣性航行中につき、動力炉は待機モードで運転中です。1時間18分後に通常空間へ復帰した後のエンジン始動まで温水は使用できません』

「マーヴはエンジンが回ってる内にお湯を貯めておいてくれたぜ?」

驚いたように問うキリーに、ニーナは耳慣れた穏やかな声で返事する。

『ソーリー、キャプテン。そのような命令は承っておりません』

キリーはうーむと唸った。シャワーのお預けは残念だが、確かに頼んでおかなかった自分が悪い。

ニーナはキリーの日常的な瑣末なことについて、まだ完全に把握している訳ではないのだ。

「次からはそうしておいてくれ。じゃあ俺は顔を洗ってくるから、その間に夕食を用意してくれ。

 ビーフステーキに付け合せはポテトフライとコーンのソテー、それからさっぱりとしたオニオンスープが良い」

『ソーリー、サー。その命令は遂行不可能です。ニーナは居住区域に立ち入り出来ません』

今度の答えには少し当惑したような雰囲気が滲んでいた。

キリーが首を傾げる。

「どうしてさ?天井のマジックハンドで冷蔵庫から出して温めてくれればいいじゃないか」

『ノー、サー。居住区域内にニーナが操作可能な汎用装置は接続されていません。自動調理器の遠隔操作は可能ですが、食料キットは予め船長がセットする必要があります』

「だってマーヴはあちこちにマジックハンドがついてたぜ?」

本当だ。キッチンだけではない。

廊下や娯楽室、環境適応室にトレーニングルーム。どこにでもマーヴのカメラと汎用アームが設置されていて、普段は天井に格納されているそれらを、必要に応じて伸び縮みする人間の手を模した義腕であるそれらを、マーヴは自由に使っていたはずだ。

マーヴが立ち入れない場所はそれこそキリーの寝室くらいのものだが、それでもスピーカーくらいは付いているので用が有れば声を掛けるなり、爆音を奏でてキリーをブリッジに怒鳴り込ませるなりの手段は取れるのである。

しかし、ニーナは静かに告げる。

『ノー、サー。居住区域内にニーナに接続された汎用装置はありません。居住区域内においては船長が全権全責務全責任を負うことになっています。

 検索中……星間開拓機構の標準測量航宙船の仕様を表示します。ご確認ください』

映し出されたそれには、確かに、居住区にマジックハンドが設置されているという情報は無かった。

船倉やブリッジ、居住区以外の廊下にはいくつもの汎用アームが用意されているが、居住区域だけは別。

そこは船員が自律自制を以って生活すると共に、船と人間が互いに適切なプライバシーを維持できる場所なのだ。

それならマーヴが使っていたあれらは何だったのか?

ニーナは、まるでキリーが無茶な我侭を言っているように思ったかも知れない。

それでも彼女は声色一つ変えずに優しい声で慈悲深く囁いた。

『それでは船長、ご用がありましたらお呼びください』

スピーカーの向こうからニーナの関心が去ってしまったのを感じた。

そしてキリーは、バスルームの前に取り残されて途方に暮れてしまった。




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