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Nina, The Perfect Lady (3)



サブリナから十分な距離が取れれば、メインエンジンを点火して全速加速へ移る。

マーヴのナビゲートに従い、ゲート経由で約2時間の道のりを飛べば、そこはスラトマ銀河H707星系シアルビィ宙域だ。

ゲートを飛び出した途端、目の前に木星程の大きさの巨大な赤いガス惑星が現れる。

それが太陽級恒星シアルビィの第五惑星シアルビィⅤであり、その右側面に浮かぶ小さな石くれがシアルビィⅤの第十二衛星シアルビィⅤ-ⅩⅡだ。

この星系を名付けた学者は想像力というものがなかったらしい。

或いは、あまりにたくさんの星々に対して十分な想像力を発揮しすぎたために枯渇していたかだ。

しかし、全部で十六の惑星と百三十二の衛星を持つシアルビィ系においては、簡素に言い表せて何より間違えにくいという点でこの命名は概ね好評であった。

シアルビィⅤを背景にシアルビィⅤ-ⅩⅡの軌道上に浮かぶ白い宇宙ステーションが、シアルビィ第一宇宙港だ。

サブリナ程ではないがこちらも大きな港で、約五十万人がステーションとその周辺基地で生活している。

『管制より入港許可が出ました。ドッキング準備完了しています』

「了解、ドッキングシークエンスを開始」

『ドッキングシークエンス、開始します』

キリーの指示と同時にメインエンジンが待機状態に入る。サブエンジンと姿勢制御スラスターを使って、マーヴが宇宙港に接岸する。

ランデブーを果たしてドッキングポートにアンカープラグを繋げば、係留索を伝ってポートと船の双方から頑丈な筒が伸びてくる。それらは真ん中で接合して、ぷしゅっ!と圧縮された空気が満ちる音と共に連絡橋ができあがった。

『船内環境の設定を更新します』

マーヴが船の重力を港内と同期させる。

0.1G程に下がった重力の中を泳いで筒を下り、キリーは港に降り立った。

だだっ広いポート内部にはあちこちの船や倉庫、税関を出入りする大勢のヒトが行き来しているが、その中にキリーの見知った顔はない。

「マーヴ、課長から何か連絡はあったか?」

『何も。そちらの様子は?キリー』

「こっちも何にもだ。とりあえず事務所へ行ってみる」

『了解、私は待機します。いってらっしゃいキリー』

マーヴを置いて、キリーは入港ゲートへ向かった。

どこの港もそうだが、船が接岸するドッキングポートと港の主活動域たるステーション本体の間には入港局が存在する。

ステーション内部に入れるのは上陸許可を得たものだけで、そうでない場合はポート内設備しか利用できないことになっている。

これは防犯と検疫上必要な措置で、同時に港の利用率を上げる効果もある。

ポート利用だけの入港許可は港使用料金が安い。そのため、貨物の引き受けや燃料補給などの単純な用事で寄港する船は、入港申請だけで用を済ませてすぐに立つことが多い。

よって、多くの船が立ち寄るシアルビィ港でもドッキングユニットが足りなくて長蛇の列ができるということがないのだ。

通常、上陸申請は入港申請と一緒に行う。身元が照会された後、問題なければ上陸許可が発行される。

キリーの場合は必要ない。測量航宙士の身分証明ひとつでフリーパスだ。

キリーが向かったのは、シアルビィ第一宇宙港内にある星間開拓機構の支部だった。

連合の公共事業である星間開拓機構は、ほぼ全ての宇宙港に大なり小なり拠点を持っている。

各地で働く航宙士達をサポートし、連合の円滑な航路開拓を支援するためだ。

シアルビィ第一宇宙港支部は、その大きさに伴ってこの辺りの宙域では一番大きい支部だった。

サブリナにはここより大きな支部があっただろうけれど、立ち寄る暇はなかったしそんな必要もなかった。

ステーション内に入ったキリーは、早速近くの街頭端末から周辺地図を入手する。

通信機を操作して、ナビゲーターを起動する。ステーションの立体地図が浮かび上がった。

星間開拓機構を検索すれば、近い。徒歩で10分くらいだ。

大通りに出て、複雑に交差する自動歩道の内の一本に飛び乗る。

そのまま運ばれていけば、すぐに目的の建物が見えてきた。

Aの字に似た、二棟のビルが凭れ合うように寄り添う高層建築だ。

渡り廊下であるAの真ん中の棒の真下に石柱が立っていて、“星間開拓機構シアルビィ第一宇宙港支部”と書かれている。

裏側にはフロア図が刻まれていた。

キリーの所属する測量課は左の棟にあるようだったのでそちらへ入る。

ようこそ、ご用件をどうぞ。と尋ねる受付ロボットに身分証を提示して、エレベーターで真っ直ぐ18階へ上がった。

チーンと甲高いベルが鳴って扉が開けば、そこはもう測量課のオフィスだ。

1フロアぶち抜きの広い部屋にずらりとデスクが並んでいる。コンソールの前に座っているのはオペレータロボットだ。担当する宙域の航宙士と連絡を取り合っているのか、或いは流れ込んでくる大量の情報を分析して報告しているのだろう。

一歩足を踏み入れれば、すぐに応対用ロボットがやってきた。

「測量航宙士キルレイン・オルセンだ」

『声紋、虹彩識別完了――お疲れ様です、用件はお聞きしています。こちらへどうぞ』

ロボットに案内されて連れて行かれた部屋は、特別通信室だった。連合の所有する広域超光速ホットラインに接続する設備が置かれている。ここからならば、高度な暗号通信で傍受の心配なくどことでもリアルタイムで音声通話を行うことができる。勿論、火星の連合本部とでも最速最高画質で通信可能だ。

既に部長のデスクに繋がっていて、ディスプレイにはロサカ・リナその人の仏頂面が映し出されていた。

≪遅い≫

また開口一番叱られる。

「これでもぶっ飛ばしてきたんですよ。それで部長、俺はここで何をするんです?」

≪今辞令を送信した。ありがたく拝命しろ。それから港で船を受け取れ≫

ディスプレイ脇のランプがちかりと点灯し、隣のディスプレイに当の辞令とやらが表示される。


【 辞令

   銀河連合星間開拓機構測量調査部測量課 測量航宙士キルレイン・オルセン殿


   測量航宙船マーヴィンⅡ船長の任を解き、

   測量航宙船ニーナF5船長の任を命ずる。

   尚、本令は本書の受信と同時に効力を発揮するものとする。


     銀河連合星間開拓機構測量調査部長 ロサカ・リナ】


「つまり、俺はこのニーナF5ってのに乗ればいいんですね」

≪そうだ≫

「マーヴはどうするんです?」

≪測量航宙船としての任を解いた。既に回収して新たな任地へ出発している≫

「あいつを野放しにするんですか?大丈夫ですかね」

≪あれは優秀な船だ、性格以外はな。面倒は起こすまい。

 もう切るぞ、私は暇ではない。精々改善プログラムの成果を楽しみにするとしよう≫

「あ、ちょ、部長!」

ぶつり、と一方的に回線が切られた。

「あいつを甘く見すぎですよ部長」

ぼやくと同時に応対ロボットが寄ってきて、キリーにメモリーカードを手渡す。

通信機に差し込めば、新しい船との接続情報が登録された。

マーヴィンⅡの名と船籍番号があった箇所にニーナF5の名と新たな船籍が表示されている。

カードをロボットに返すと、一礼して去っていった。これで仕度は全部済んだのだろう。

港に戻るとしよう。そこには、新しい相棒が待っているはずだ。




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