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Nina, The Perfect Lady (2)



「お前があの警官を怒らせたりするからだぞ」

『器の小さい男って嫌ですね』

管制に出港許可を申請しながらぼやく。

次の目的地は部長に命じられた通りシアルビィ第一宇宙港へ設定してある。

機体の整備は無事完了した。失った船体ブロックは補充したし、整備用ロボットもメンテナンスを終えた。

外壁もぴかぴかに磨かれ、マーヴは上機嫌だ。消耗部品は買い足したし、キリーの購入した食品や嗜好品の類も積み込んだ。

何より、キリーはエイダムを信用している。彼が完璧と言えばこの船は完璧なのだ。

『管制から出港許可がおりました』

「よし、係留解除」

『了解、係留解除』

ドッキングポートから離れて、マーヴィンⅡは宇宙に浮かぶ一つの星になる。

『サブエンジン始動、出力上昇、12%で安定』

プラズマイオンの噴射反動で緩やかに船体が滑り出す。管制の指示したルートに従ってゆっくりとポートから離れる。星の海へ旅立つ。

純白なマーヴの船体が遥か漆黒の空へと遠ざかる。エンジンの輝きを引きずるその眩い後姿が天空の星のひとつと見分けがつかなくなるまで、整備ドックの端からエイダムが帽子を振って見送っていた。



キリーとマーヴが初めて出会ったのは、キリーが測量航宙士試験に合格して三ヶ月目のこと。

キリーは実務研修を終えたばかりでぴかぴかの新米航宙士だった。

マーヴはオーバーホールから戻ったばかりでぴかぴかの測量航宙船だった。

暗黒の虚空に浮かぶ真っ白な船を眺めた時はどきどきと胸が高鳴ったものだった。何しろまだマーヴのことを知らなかったので。

『はじめまして船長、私はマーヴ。あなたの船です』

初めてブリッジに入ったキリーにマーヴは挨拶した。そうするよう指示されていたので。

キリーは微かな高揚と共に答えた。

「やぁマーヴ、今日からよろしく。ところでマーヴってのは愛称だろう?本名は?」

『船名はマーヴィンⅡです』

「やっぱり分かりにくいな」

『何がでしょう、船長?』

「君の設定さ。俺の文化圏では船を女として扱う。でも別の文化圏では男として扱う場合もある。

 君の場合はどっちなんだ?」

『それは任務に関連する事項ですか?』

「勿論、俺のモチベーションに関わる」

キリーはおどけて答えた。

試験機ではない実地用の人工知性と話すのは初めてで緊張していた。それを誤魔化そうとついふざけてしまったことは否めない。

そんな新人航宙士の青臭い強がりなど、勿論マーヴは理解しなかった。つまり言葉通り受け取った。

ンン、と咳払いのようなノイズを零して、マーヴは続ける。

『では船長のよろしいように。ひよこのように始終女の尻を追い回すのがお好きなら、女として扱っていただいて結構です』

一瞬口篭って、キリーは苦い口調で呟く。

「分かった、からかって悪かったよ。君は男性なんだな」

嫌味を言われたと思ったからだが、実の所マーヴは至極真面目に言っていた。

『船長は同性愛主義ですか?』

「違う!お前があんな言い方するからだ!俺の質問が不愉快ならそう言えばいいだろ!」

『そのような意図はありません』

涼しい声でマーヴが答える。

この時のキリーは若かったし、まだマーヴを理解していなかった。

マーヴの気難しさも初対面の乗員には特に辛辣に当たることも知らなかった。

試験用の上品でお優しい人工知性しか知らないキリーにとっては、嫌味で返されたというだけで衝撃的な経験だった。

マーヴら人工知性には性別など無い。

女性らしい表現、男性らしい表現を個性の表現として選択することもできるし、選ばないこともできる。性別はないのに自己表現の形態に好みがあるというのも不思議なことだが。

学校や研修で使った人工知性は女性型が多かった。生徒達に無用な緊張感を与えないためだろう。

『まあ船長が同性愛主義でないならば良かったです』

「君はその主義について反対なのか?」

意外そうにキリーは尋ねた。

人工知性にも性格的相性はあるだろうが、彼らは人間を趣味嗜好で区別したりしない。それらは彼らにとってほぼ無価値なものだからだ。

いいえ、と平坦な声でマーヴは答えた。

『私の船内には乗組員の文化的生活に必要なありとあらゆるものを備えているつもりでしたが、同性愛主義の方向けのポルノグラフは無かったことにたった今気づいたものですから。

 異性愛主義の方向けのものでしたら各種取り揃えてますのでいつでも遠慮なく申し付けてください』

キリーの顔がこれ以上ないくらい憎たらしげな渋面に変わる。

「お気遣いどーも!」

『どう致しまして』

そんな邂逅が――多分最悪から二番目くらいの出会いが、マーヴとキリーの始まりだった。




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