Missing Mission (2)
サブリナ宇宙港は広い。
貨物ターミナルに当たる上層階は一面無機質な倉庫街だが、中層へ下りればその賑やかさに印象が一変する。
宇宙空間からサブリナを見れば、一見回転するバームクーヘンのようだ。
バームクーヘンの一層はそれぞれが百メートル近い厚みを持っており、中には建物が詰まっている。
中央の穴には長い円筒が通っていて、バームクーヘンと一緒にゆっくり回転している。
枝分かれした円筒の先に鈴なりの宇宙船が停泊していることから、そこがドッキングポートだと分かる。
バームクーヘンと円筒の共通する回転中心が、サブリナにおける“上”だ。
多くの宇宙港同様、サブリナでも遠心力を人工重力として利用している。
バームクーヘンの外側へ向けて力が働くので、サブリナ内部からは常にドッキングポートが頭上に浮かんでいるように見える。
上層部の重力はほぼゼロに近いが、ドッキングポートから自転車のスポークのように放射上に伸びたエレベータを下って中層に入れば0.5G程になる。
中層には区画整理された商業街やビジネス街があり、旅客を含めた大勢の人間が暮らしている。巨大な都市が丸ごと一つ収まっているのと同じだ。
それらのライフラインを支えているのがバームクーヘンの皮に当たる最外層だった。
キリーはエレベータを降りて、中層第三階に入った。
そこは商業地区の中心で、巨大なショッピングモールや宿泊施設が集まっている。
観光客向けの華やかなホテルからバックパッカー向けの安ホテルまで選り取り見取りだ。
常ならばVIP向けの最高級ホテルを素通りして、馴染みのビジネス向けホテルに空室の確認をするところだが、今回用があるのは宿ではない。
ホテル街を通り過ぎた先、大通りを挟んだ先にある背の高い建物、星間警察サブリナ支部──犯罪者を追って星々を駆ける宇宙の法の守護者の城である。
有数の大宇宙港だけあってサブリナに置かれた支部も大きなものだ。
採光の良いガラス張りのエントランスは明るく開放的で、さながら真新しいオフィスビルのようだった。
受付の背後で十二分に存在を主張している盾形のシンボルがなければ、ここが警察署だとは気づくまい。
「すみません、聴取の依頼を受けてきたんですけど。キルレイン・オルセンです」
『ようこそ測量航宙士殿。そちらの廊下左手奥にございます第8会議室にてお待ちください』
身分証を提示すれば、受付の案内ロボットが愛想よく返事する。
ありがとうと短く礼を言って、キリーは指示された部屋を探しに行った。目的の会議室はすぐに見つかった。
中は程ほどに広く、殺風景な室内の真ん中に大きなテーブルがあって、周りをぐるりと8脚の椅子が囲んでいる。
その内の一つに勝手に腰を下ろして、キリーは耳をそばだてた。
廊下に物音や気配の類がないことを確認し、通信機からマーヴに話しかける。
「で、どんな用で呼ばれたんだと思う?」
『皆目検討もつきません』
マーヴが答えた。
「お前が何かやらかしたんじゃあるまいな?」
『私が?まさか、キリーじゃあるまいし』
鼻で笑うマーヴへ通信機のディスプレイ越しにデコピンを一発かましたところで、廊下を近づいてくる足音に気づいた。
ガチャリ、とノックも無く開いた扉の向こうに立っていたのは、制服に身を包んだ壮年の警察官だった。
「キルレイン・オルセンだな!」
椅子の上のキリーに目を止めて詰問する。高圧的な態度だった。大声で威圧的な物言いをするのは、長年の職業癖なのか本人の性質なのか。
『いけ好かない人間ですね』
「ちょっと黙ってろ」
最小音量で零したマーヴの感想を、キリーは通信機のスピーカーを塞ぐことで遮った。
マーヴの舌のおかげでややこしいことになっても困る。
「何をぶつぶつ言ってる」
「いや、こっちの話」
取り繕うような笑顔で立ち上がり形式的に握手を求めてみるが、警官は応じなかった。
「あー……で、俺に聴取したいことって何ですかね?何か事故でも?」
「手順はこちらで指示する!」
急に怒鳴られた。驚いて黙ったキリーに、警官は満足そうにフンと鼻を鳴らした。
「分かればいい。まずは氏名と所属を名乗れ」
「はぁ、キルレイン・オルセン。所属は測量航宙士で……」
「略するな!正確にだ!」
キリーの自己紹介を怒号が掻き消す。
「銀河連合星間開拓機構測量調査部測量課の航宙士です。知ってるでしょう?」
また鼻で笑われて、後半の質問は無視された。
「俺は銀河連合星間警察航宙機動部第789警備隊第18班船長レイニー・オセロだ。覚えておけ」
はぁ、と生返事を返しながら、
(船長か、そりゃ偉そうな訳だ)
そんな暢気な感想を抱いた。