Missing Mission (1)
キリーとマーヴは現在地から一番近い宇宙港であるサブリナステーションに寄ることにした。
サブリナへの寄港は予定外だが、捨ててしまった船体ブロックを補充する必要がある。
現在は幾層もの隔壁で気密こそ確保されているとはいえ、デブリ等の脅威に対して外殻が欠けている状態は望ましくない。
加えて、内隔壁の耐熱性能は外殻に比べて著しく劣る。今のままでは惑星や衛星への大気圏突入は不可能だ。
つまり、キリーの仕事に差し支えるという訳だ。
上司へはとっくに報告書を送ったし、経費申請もマーヴが済ませた。
サブリナ港にて船体パーツを受け取る手筈は整っている筈だ。
「ついでに俺のビールとスニッカーズもな」
『嗜好品の類における予算申請は行ってませんので自腹でどうぞ』
「何だと!」
不慮の事故で損失した船員の私物は、ある程度の金額までなら簡単な申請で保証がおりることになっている。だがマーヴはそれらの申請を無視した。
「どういうことだ!買い直すにも大変なんだぞ!」
『別にこれまで一週間無くても我慢できたじゃないですか。
どうしても必要という訳ではないのでは?不要な貨物を船に積むのは好ましくありません』
「ふざけるな!ここで買い込めると思ったから我慢したんだ!俺のスニッカーズ、コーラ、ポップコーン、ポテトチップス!
この重要性がお前には分からないのか!そもそも前時代的な重量制限なんてお前には関係ないだろ!」
マーヴの言うことは正論だが、キリーは人間だ。マーヴのように要不要だけで生きていける訳ではない。
憤りながら、キリーはコンソールへ齧りつく。
「お前がやらないなら俺がやる!申請書の様式を出せ!」
『やめてください。キリーの汚い書き文字では通る申請も通らなくなります。
私が中央コンピュータから読み取りできないと文句を言われるんですよ』
いかにも渋々といった様子で、マーヴが手元のディスプレイに電子書類の記入画面を映し出す。
“諸費申請書”とある。利用目的は、船内備品購入費。
内訳には菓子類や嗜好品の品名がずらずらと並び、備考欄にキリーが提出した報告書の管理番号が添付されている。
“事故による船員私物に対する損害をこれにて補填するものとする。”と書かれていた。
どこにも記載漏れや不備はなさそうだ。
「何だ、ちゃんと用意してあるじゃないか」
ふと見れば、本来キリーが最後に自書するはずの署名欄にも何故か記載が済んでいる。
ペンで走り書いたような手書き風の字体は、まるきりキリーの筆跡に酷似している。
つまり、キリーの署名そのものに見えた。
「このフォント作ったのか?」
『よくできているでしょう?』
事も無げに、むしろ得意げな調子でマーヴが言う。
「お前、時々よく分からない遊びをするよな」
それがどんな使われ方をしているか知っていたら、流石のキリーもこれ程悠長には構えていなかっただろう。
サブリナ宇宙港は、この宙域では指折りの規模の港町だ。
真っ直ぐ張り出したドッキングポートには、無数の大型貨物船が引っ切り無しに出入りしている。
マーヴもまた管制にアプローチした後は案内されるままに指定された係留ポイントへと移動し、サブリナとの接合を果たした。
『船体ベクトル安定、接触時衝撃軽微、気圧OK、油圧OK、システムオールグリーン。ドッキングシークエンスを完了します』
「了解、ご苦労マーヴ」
港に停泊してしまえば、暫くマーヴの仕事は無くなる。船体の修理が終わるまでは少しの休息だ。
ところが、上陸の仕度をするキリーにマーヴが声をかけた。
『管制からメッセージが届いています』
「読み上げてくれ」
『──測量航宙士キルレイン・オルセン殿、船体修理に伴うドック使用許可が下りました。つきましては、本日地球時間16時より作業開始となりますので立会いをお願いします。なお、星間警察より任意聴取の依頼が入っています。差し支えなければ最寄の警察署にてご協力をお願いします。──以上』
キリーは首を傾げた。
「何だって警察が出張ってくるんだ?」
聴取と言われても、キリーには何の話だか皆目検討がつかない。
『行ってみれば分かるのでは?』
「成る程、その通りだ」
勿論そうするつもりだった。分からないことを考えても仕方ないのだから。