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Attack of Killer Ants (5)



コンソールの前に腰を据えるや、正面の大型ディスプレイに船内ライブラリから抽出したインフェルノアントに関する情報が表示された。

『これより詳しいデータは、現在連合図書館に問い合わせ中です』

画面に何ページにも渡って記述されている内容に素早く目を通しながら、キリーが問う。

「船内に蟻の姿は?」

『まだ確認できていません。カメラロボットによる艦内捜索を行っています』

「どれくらい掛かる?」

『約一時間。その間キリーはブリッジから出ないでください。たった今出入り口を封鎖しました』

ぷしゅっと扉の向こうで完全に気密が確保された音がした。

ブリッジは、もしもの時に独立して生命維持が可能なよう設計されている。その準備だ。

最悪の場合はキリーを脱出させて、マーヴは最寄の緊急機関に救難要請を出さなければならない。

「なるべく早く済ませてくれよ」

『善処はします』

その間にキリーはインフェルノアントの生態について学習しておくことにした。

「うーむ、いかにもモンスター的だな」

ライブラリから取り出した情報を映す画面を睨んで、キリーは顔を顰めた。

インフェルノアント。一言で言ってしまえば“獰猛な蟻”だが、その攻撃性には目を見張るものがある。

強化繊維を食い千切る程の強靭な顎を持ち、肉食寄りの雑食性かつ凶暴で、出会ったものにはとにかく噛み付いて食料にしてしまう。

繁殖力も旺盛で、土の中に巣を作り、餌さえ豊富なら巨大な群れに成長する。牙に酸と毒を持ち、噛まれれば炎症を起こして手足が麻痺する。一匹一匹は些細な毒だが、大量に噛まれるとショック状態を起こして昏倒することもある。

そうなれば、生きたまま蟻に貪り食われる結末しかない。

「ぞっとしないな……」

キリーが呟いた時、ンンとマーヴの咳払いが発言の前触れを知らせた。

『インフェルノアントの巣を発見しました』

「よし、映せ」

すぐさまライブラリを閉じて正面に向き直る。

一番大きなディスプレイにカメラロボットからの映像が映し出された。

随分狭い所のようだ。人間が入り込むための空間ではない。

恐らくは配線がのたくる壁の中の隙間のどれかだろう。

映像は暗く荒く、画面に映った壁面にはざらざらとしたノイズが見える。

「カメラが古いのか?画質が良くないな」

『良く映ってるじゃないですか。とても鮮明です』

「だってノイズが――」

言いかけて気づいた。ノイズではない。

明かりの無い空間を赤外線で映しているために分かりにくかったが、壁面が一面真っ黒に見えるのはどうやら塗装ではない。

ざわざわと蠢く無数の蟻が壁を埋め尽くして、それが黒く見えているだけなのだ。

ぞわーっとキリーの腕に鳥肌が立った。

『実際よりスケールが大きく映ってますから今見ている印象よりは小さなコロニーですが、それでもかなりの数ですね』

マーヴは淡々と事実だけを報告する。

次の瞬間、ガリリッという音に重なって画面に砂嵐が走り、それきり真っ暗になった。

“NO SIGNAL”――信号途絶。と小さなメッセージが隅に表示される。

「映像が切れたぞ」

『蜂型カメラが食われたようですね』

巣に接近し過ぎたせいか、蟻に襲われたらしい。聞きしに勝る獰猛さだ。

「マーヴ、蟻共は何だってあんなに増えてるんだ?巣は作れても餌がないだろう?」

『PP3CN――樹脂製品を好んで齧っていたことから分かるように、インフェルノアントは雑食性で合成繊維を栄養源にすることも可能です。恐らく壁財に使用されている断熱材の繊維を食べて増えたのではないかと』

雌の個体が混ざっていたことは幸か不幸か。

雄だけならこれ程増えることはなかっただろうが、気づかないまま他の星や港に上陸させてしまう可能性もあった。

「どうにか駆除する方法はないか?」

『現在、連合図書館から最新の研究レポートを取り寄せているところです。もうじき届くはずです』

「よし、それを待って対策を練ろう」


マーヴの言葉通り、程なくして銀河連合の大統合図書館から生物学の論文を大量に受信した。

インフェルノアントに関する詳細かつ多様な実験のレポートだ。

『インフェルノアントの生態について、木星圏イオ極所生物研究所のマリノフ博士が低温実験を行った結果です。インフェルノアントは気温が摂氏マイナス20度以下で巣に篭り冬眠状態に入るようです。

 先程から徐々に船内気温を下げています。現在は摂氏マイナス15度。蜂型カメラをもう一台犠牲にして確認したところ、蟻達は巣に集まって冬眠の準備を始めています』

マーヴが伝える蟻達の動向を、キリーは毛布に包まって震えながら聞いていた。

「ものすんごく寒いんだが」

『暖房を切ってますので当然です。連中を無力化するにはこの方法しかありません。次の宇宙港で特殊防疫班の派遣を依頼できます。それまでは我慢に徹してください。摂氏マイナス20度に到達』

「その前に凍死する!」

叫ぶ。厚着をしても毛布を被っても寒い。がたがた震えて歯の根が合わない。

熱いコーヒーを淹れても、あっという間に冷めてマグカップの中で氷に変わる。

まるきり冷凍庫に閉じ込められたのと同じだった。

「マーヴ、俺が生きてる間に何とかしろ!」

『仕方ないですね。カメラによって観察したところ、現在巣はB8ブロックとC7ブロックに跨っています。今ならばこの2区画を廃棄することでこれ以上の侵略行為を食い止められます。現在気温摂氏マイナス22度』

「暖房も使えるようになるんだな?!」

既に蟻よりも寒さの方がキリーにとっては死活問題だった。

何しろブリッジにいながら吐く息が凍り付いて、その水分で睫に霜が下りるのだ。その内ダイヤモンドダストも見え出すだろう。

画面の向こうでは、蟻達が巣穴にぎゅうぎゅうに詰まって冬眠を始めている。ぎっちり一塊になって身動ぎもしない。

蜂型カメラがすぐ側まで寄っても動き出す気配はなかった。

『B8ブロックは空き部屋ですが、C7ブロックは保管庫として使用しています。積荷は諦めてください。摂氏マイナス24度』

「保管庫?何を入れてたっけ?」

『物品のリストを表示します。確認してください』

画面にずらずらと品名が並ぶ。菓子類や酒の肴になる乾物などが多い。保存期限の長い嗜好品をまとめて突っ込んであったようだ。

「俺のスニッカーズが……」

キリーの口から嘆きの溜息が漏れた。

娯楽の少ない宇宙空間において、酒類や甘味といった娯楽はストレス解消に重要な位置を占める。

「なぁ、本当にC7も捨てなきゃダメなのか?お前は粉が散るからってクッキーやビスケットを随分嫌ってたよな?」

『勿論です!私は船長であるキリーの安全を何よりも第一に考えています!

 摂氏マイナス26度』

「お前が大声を出すのは何か誤魔化したいことがある時だって知ってるぞ」

『そんなことはありません!ところで精査中の論文よりマリノフ博士が発見した新たな事実をお伝えします。インフェルノアントの一部には摂氏マイナス40度でも活動可能な極低温に適応した個体が稀に存在するそうです。ぐずぐずしていると酒類を保管しているC6ブロックも破棄する羽目になるかも知れません』

「今すぐ捨てろ!!」

がこん、と遠くで隔壁が閉じる微かな振動が伝わってきた。

『C7およびB8ブロッを閉鎖。射出準備完了』

「船内走査開始。蟻の存在が確認できなければ、C7とB8ブロックを破棄する」

これで一匹でも蟻に居残られては堪らない。

『了解、船内走査開始――インフェルノアントの姿は確認できません。船体構造物を破棄します』

船内のどこにも蟻が残ってないことを確認してから、二つの区画を切り離した。

圧縮空気により押し出されたブロックが、緩やかにマーヴの船体からから離れていく。

「武装開放、安全装置解除。目標、離脱後船体構造物」

『了解。武装開放、安全装置解除。目標を離脱後船体構造物に設定しました』

正面のメインモニターに映し出された宇宙空間に、切り捨てられたばかりの船体ブロックが浮かんでいる。

打ち出された勢いのままゆっくりと回転するそれへ、十字の照準が重なる。

測量航宙船は、警察や軍に配備されるような戦闘機ではないが辺境をたった一隻で旅する船だ。

故に、乗組員の安全を守るための最低限の武装は許可されている。

当然マーヴにもいくばくかの武器が搭載されている。

キリーはビームライフルの安全装置が外れていることを確認した。

バッテリーが充電される甲高い音に重なって、マーヴが標的のロックオンを宣言する。

キリーには他に何をする必要も無い。今時手動で銃撃戦をする船なんてまず無い。

船が弾を込め、目標を定めて狙いをつけてくれる。人間はただ引き金を引く責任を負うだけだ。

「撃て」

その一言で画面に閃光が走る。真空の宇宙を染める真白い眩い光。

荷電粒子の束が通り過ぎた後には、何も残っていなかった。

船体ブロックは跡形もなく蒸発した。中に巣食った蟻と共に。

どれ程頑丈な生物でもこれ以上生きてはいられまい。

「あー疲れた……マーヴ、コーヒー淹れてくれ」

椅子の背に凭れ掛かって、キリーは深々と凍え切った溜息をつく。

『了解。たった今暖房を開始しました。現在気温摂氏マイナス23度』

マーヴの一言で、キリーは生き返るような心地がした。




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