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【箱】短編

空の果てを指さして彼女は笑った。

作者: FRIDAY

 

   ●



「私はあのてっぺんに行ってくる」


 『象牙の塔』を遠く望みながら、彼女はそう言った。


「あ?」


 それに対して、俺は我ながら実に間抜けな声で返してしまった。

 くるっと、彼女はこちらへ振り向く。


「あの塔のてっぺんに、行ってくるって言ってるんだよ」

「いや……無理だろ。あれは誰もてっぺんまで行けたことなんかないんだろ? どうやっていくんだよ」


 『象牙の塔』は、今や世界の七不思議にまで数えられる塔だ。十数年前に一夜にして現れた純白の円柱塔。その高さは高く高く雲を突き抜け宇宙にまで到達しているという。

 そして、その頂点へ挑んだ者は数多くいるけれど、到達した者はひとりもいない。

 さながら現代の、『人に為されざるバベル』。


「どうやってもこうやっても、フツーに、歩いて」

「いやまあ、そうなんだろうけどなあ……」


 俺は頭を掻いた。まだ本気とも冗談とも判断がつかないのだ。


「行って、どうすんだよ」

「写真、撮ってくる。私は写真家志望だからね」


 さぞかし素晴らしい景色が見えることであろう、と彼女は瞳を輝かせている。

 知っている。俺は知っている。

 こうなったら彼女は意地でもやり通そうとすることを。


「いや、でもさ」


 それでも俺は、何とか何かを言おうとしていた。


「死ぬかもしれないだろ。やめとけよ。お前がそんなことしなくても、他の誰かがいつかやるって。そんなことは」

「私がやらないと意味がないんだよ。私にとって」


 にっと、彼女は笑った。


「ダイジョブだって。死にそうになったら帰ってくるから」

「それでも」

「もう決めた」


 いっそ清々しいほどにあっさりと、軽い調子で彼女は言った。


「……決めたのかよ」

「あはは、何でそんな顔するの? 大丈夫だって。別に今すぐ行くってわけじゃないし、準備だってちゃんとするよ」

「………」

「高校卒業したら」


 立ち止まって、彼女は遠くそびえる塔を見上げた。


「行ってくる。うまいことてっぺんまで行って写真撮ってきたら、あんたに一番に見せてやるよ」

「……その前に、高校卒業しないとな」


 もうほとんど諦めて、俺は冗談交じりにそう言った。一瞬きょとんとした表情をした後、彼女も笑って、


「それもそうだね。これで高校卒業できなかったら笑い話だ。――まあ、ちゃんと卒業してやるさ。だからまあ、期待しないで待っててよ」

「期待して待ってるよ」


 俺はそう言った。

 そうでもないと、彼女が帰ってこないかもしれないと、心のどこかでそう思ったからだ。


「ん」


 彼女は笑った。心底楽しそうに。


 『象牙の塔』を背にして、彼女は空を指さした。

 高く高く、空の果てを彼女の人差し指が指し示す。


「いいよ。それじゃあ期待して待っててよ。約束――この世界を、必ず見せてあげる」


 高校最後の夏休みの終わり。



   ●



 壁に飾られた写真を見るたびに思い出す、どこか気恥ずかしいような青春の一ページ。



   ●



 

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