空の果てを指さして彼女は笑った。
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「私はあのてっぺんに行ってくる」
『象牙の塔』を遠く望みながら、彼女はそう言った。
「あ?」
それに対して、俺は我ながら実に間抜けな声で返してしまった。
くるっと、彼女はこちらへ振り向く。
「あの塔のてっぺんに、行ってくるって言ってるんだよ」
「いや……無理だろ。あれは誰もてっぺんまで行けたことなんかないんだろ? どうやっていくんだよ」
『象牙の塔』は、今や世界の七不思議にまで数えられる塔だ。十数年前に一夜にして現れた純白の円柱塔。その高さは高く高く雲を突き抜け宇宙にまで到達しているという。
そして、その頂点へ挑んだ者は数多くいるけれど、到達した者はひとりもいない。
さながら現代の、『人に為されざるバベル』。
「どうやってもこうやっても、フツーに、歩いて」
「いやまあ、そうなんだろうけどなあ……」
俺は頭を掻いた。まだ本気とも冗談とも判断がつかないのだ。
「行って、どうすんだよ」
「写真、撮ってくる。私は写真家志望だからね」
さぞかし素晴らしい景色が見えることであろう、と彼女は瞳を輝かせている。
知っている。俺は知っている。
こうなったら彼女は意地でもやり通そうとすることを。
「いや、でもさ」
それでも俺は、何とか何かを言おうとしていた。
「死ぬかもしれないだろ。やめとけよ。お前がそんなことしなくても、他の誰かがいつかやるって。そんなことは」
「私がやらないと意味がないんだよ。私にとって」
にっと、彼女は笑った。
「ダイジョブだって。死にそうになったら帰ってくるから」
「それでも」
「もう決めた」
いっそ清々しいほどにあっさりと、軽い調子で彼女は言った。
「……決めたのかよ」
「あはは、何でそんな顔するの? 大丈夫だって。別に今すぐ行くってわけじゃないし、準備だってちゃんとするよ」
「………」
「高校卒業したら」
立ち止まって、彼女は遠くそびえる塔を見上げた。
「行ってくる。うまいことてっぺんまで行って写真撮ってきたら、あんたに一番に見せてやるよ」
「……その前に、高校卒業しないとな」
もうほとんど諦めて、俺は冗談交じりにそう言った。一瞬きょとんとした表情をした後、彼女も笑って、
「それもそうだね。これで高校卒業できなかったら笑い話だ。――まあ、ちゃんと卒業してやるさ。だからまあ、期待しないで待っててよ」
「期待して待ってるよ」
俺はそう言った。
そうでもないと、彼女が帰ってこないかもしれないと、心のどこかでそう思ったからだ。
「ん」
彼女は笑った。心底楽しそうに。
『象牙の塔』を背にして、彼女は空を指さした。
高く高く、空の果てを彼女の人差し指が指し示す。
「いいよ。それじゃあ期待して待っててよ。約束――この世界を、必ず見せてあげる」
高校最後の夏休みの終わり。
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壁に飾られた写真を見るたびに思い出す、どこか気恥ずかしいような青春の一ページ。
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