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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ねこと魔法

作者: 愁しゅう

「キミの願いを叶えてあげよう」


 公園の、いつものベンチの上でまあるくなっていたボクに、そのひとはそう言った。


 真っ黒な服を着ているから、小さな外灯じゃ顔がわからない。


 なんでも?


 ボクがそう訊くと、


「ああ、なんでもひとつだけ」


 と、そのアヤシイひとは持っていた杖をクルクルまわした。


 …おかしいな、ボクの言葉がわかるの?


「わかるよ。魔法使いだからね」


 ふうん。そういう人間もいるんだ。


 じゃあ、じゃあ。


 ボクを人間にしてください。


 そうしたら、いつもボクを可愛がってくれてるあのひとと、お話できるから。


「キミの願い、叶えよう」


 キラキラと杖の先からお星さまが散った。


 いつも夜の空を見てるけど、こんなにキレイなお星さまははじめてだ。


 眩しくて、目を瞑っても瞼の裏が光ってた。


「…あれ?」


 目を開けると、魔法使いのひとはいなくなっていた。


 パチパチと瞬きして、手を見ると…


「人間の手だ!」


 ボクが叫ぶと、ベンチの下にいた三毛猫のサナさんが、『なう』とひと鳴きして走って行ってしまった。


 …あ。人間になったから、サナさんの言葉がわからなくなっちゃったんだ…。


 ちょっと、ショック…。




 二本足で歩くのって、なんかオカシイ。


 よたよたと歩きながら、何度も通ったあのひとの家に向かう。


 塀に登ったり、屋根の上を歩けないのがとっても不便だ。


 だから、人間は乗物に乗るんだなあ。


 でも、車にはボクの友達が轢かれたからキライ。


 古びたアパートの一階の奥の部屋が、あのひとの家。


 ボクにミルクなんてくれる余裕、ないクセに、毎朝ボクのために公園までミルクを持ってきてくれるんだ。


 夜に遊びにくるボクのために、ほんの少しだけ窓が開いている。


 あ!いる。


 ドキドキする。人間でも、心臓がこんなにドキドキするんだね。


「こんばんはっ」


 ベッドに座って本を読むそのひとに、声をかけた。


 恥ずかしい…声がちょっとひっくり返っちゃったよ。


 でも彼はなぜか恐い顔で、ボクのほうに来た。


「…おまえ、誰?」


 声も低くて恐かった。


「え…?」


 そうだった。ボクはいつもの猫の姿じゃなかったんだっけ。


 ボクならこの時間はまだ早いけど、人間はこんな夜遅い時間に遊びに来ないんだ。


 ぎゅっ、とボクは黒い洋服を着たボクの胸元を掴んだ。


 どうしよう、どうしよう。


「見ない顔だよな?俺になんの用」


「ボク、クロです…」


「クロ…?んな知り合い、いねえよ」


 あなたとお話したくて、人間になった…猫のクロ、です。


 そう言いたいのに、彼がとても怖くて言葉が出ないよ…。


 いつも、ぶっきらぼうに変わりはないんだけど、ボクを撫でる手はやさしかったのに。


 …こんなことなら、猫のままでよかった。


「…なんで、泣く」


 言われて、顔を触ると水で濡れていた。


 涙?こんなにいっぱい出るの?


「ごめ、なさい…っ」


 もう、それしか言えなかった。


「おいっ」


 彼が驚いたように叫ぶ声を背中に聞きながら、ボクは公園へと走って行った。




「なぁあん」


 いつものベンチへ戻ると、サナさんが隣に座って話しかけてくれた。


「ごめんね。…ボクにはもう、サナさんの言葉がわからないんだ」


「にゃあう」


 ゴロン ベンチに横になって、小さくからだを丸めて落ちそうになる足を抱えた。


 そんなボクの頬を、サナさんがペロペロ舐めてくれる。


 …猫が人間になろうだなんて、間違ってたんだ。


 かみさまが与えてくれたからだを変えてしまったボクに、天罰がくだったんだ。


 もう、あのひととは話せないし、サナさんともお話できない。


 ボクはひとりぼっちになってしまった。


 人間って、どう生きていけばいいのかなあ…。


「なぁあうん…」


 サナさんのぬくもりに慰められながら、ボクは泣き疲れて眠ってしまった。




「…ろ、クロ…」


 名前を呼ばれながらからだを揺すられた。


 重い瞼をあけると、朝日が目に染みた。


 目がチカチカする…。からだも、なんかギシギシする…。


「…さ、ん?」


 無意識に、いつも朝にミルクを持って来てくれる、あのひとの名前を呼んだ。


「…クロ」


 どうしたんだろう?なんか、困った顔してる。


 でも、今日は怖くない。


 起き上がりたくても、からだが痛くて起きれない。


 そんなボクのからだを、彼が支えてくれる。


「ありがと…」


 ボクはいつものお礼に、彼の頬をペロペロ舐めた。


 あれ?赤くなった。


「…本当に、クロなのか…?」


「…うん。あなたと、お話したくて…」


 人間になったの。


「信じられない…」


 でも、本当だよ?


 信じて、ともう一度、今度は唇を舐めると、『やめなさい』と咎められた。


 …やっぱり、彼はボクが猫のほうがいいんだ。


「あなたが…すき…だから…」


 あなたと同じ人間になったのに。


 ボクがひとじゃ、ダメですか…?


 からだをすり寄せると、彼は顔を手のひらで覆った。


 隙間から見えた、彼の顔が真っ赤だ。


「ヤバイ…」


「あ…」


 可愛すぎる、とぎゅうっと抱きしめられた。


 彼の心臓がどきどきしてる。…ボクと、一緒。


「髪、真っ黒でふわふわしてる。クロだ…」


「うん」


 クロだよ。


 さすがに、からだは黒くないけど…。


「可愛い、クロ…」


「…ぅん」


 唇、舐めたりするけど…こんなふうに、くっつけて喋るとくすぐったい。


 …からだも、なんか熱くて、ドキドキが止まらない。


 とろん、って頭が溶けていっちゃう。


 きゅるるるる。


 でも、お腹は正直で、お腹すいたよ〜って、叫んだ。


「くく、さすがクロ」


 笑った彼は、ちゅうってボクの唇を吸うと、立ち上がった。


「おいで。俺の部屋でご飯食べよう」


「ミルク、あるよ?」


 彼が伸ばした手を掴みながら、首をかしげた。


 彼はボクのために、いつものように黒い器にミルクを入れてきてる。


「人間は、これだけじゃ足りないから」


 そうなんだ。


 じゃあ、ボクが彼の部屋に行って食べたら、もっと貧乏?になっちゃうんじゃないかなあ…。


 心配して訊くと、大笑いされた。


 心配してるのに!


「俺は、クロを食べるからいいよ」


「? 美味しくないよ?」


「美味いさ。愛があるから」


 愛って食べられるのかあ。


 人間て奥が深い。


「じゃあ、いっぱい食べてね?」


「遠慮なくいただくよ」


 なにがそんなにおかしいのかな?


 笑う彼の手をぎゅっと握ると、ぎゅって返された。胸がほかほかする。


 そして、ボクは彼と手をつないで、ふたりで家に帰った。

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