最強の武器
バギオはいじめられていた。
バギオは悔しかった。
イジメ野郎を殺して自分も死のうと思い詰めたのだ。
包丁を用意した。
「父ちゃん、母ちゃん、ごめんなさい、大切な用ができたの、です」
パラッパラ、パラッパラ、パラッパラッパー。
最後はもう歌っていた。
ねじり鉢巻をギュッと締める。鉢巻にはもちろん「特攻」の二文字、真ん中には日の丸だ。
日ノ本の英霊の皆様、このバギオをお守りください。
そしてバギオを褒めてやってください。
バギオは英雄として戦って死ぬのです。
バギオは家を出た。
いじめっ子の家の前に辿り着く。ピンポンを押した。
ピーン・ポーン
バギオは空を見た。太陽が黄色い。
誰かがバギオの襟にすがりついている。
「だ、誰だ!?」
その誰かは長い髪をなびかせ、鋭い視線でバギオを見上げる。
両膝を地面について、襟元を両の手で握る。まさにすがりついている。
その誰かの体重にバギオはかがみ込む。
誰かは必死にバギオを諭す。
「バギオ、今は逃げろ」
バギオは誰かの手を握ると言った。
「誰かさんよ。99%の勝機がなくても1%の勝機があれば戦うのが男の宿命」
そういって襟を握る誰かさんの手をほどいてゆく。
「オレはいじめられっ子のまま死ねない」
誰かさんは抗うことはなかったが、それならば――と言う
「バギオ、どうしても殺るというならこれだけは覚えておけ、お前はリンやバット、みんなのために生き延びなければならない男、それだけは忘れるな!!」
「誰かさん、リンやバットって誰だ!?」
「オレの友達さ」
いじめっ子が自室から顔を出し、バギオの姿を見ると言った。
「なんだてめえその恰好、勝負しようってのか、待ってやがれ」
バギオは一目散に逃げ出した。
バギオは大学を卒業した。就職が決まらない。
これもいじめっ子のせいで不登校になり、大学受験もうまくいかず、やっと入った三流大学でもいじめに遭い、ひきこもりになってしまったせいだ。
バギオは再び鉢巻を締めて包丁を懐に呑むといじめっ子殺害計画を練った。
「あの時殺しておけば、いじめっ子がこんなに増えることはなかった。殺すのも一人で済んだ。だがこうなったら已むを得ない。何人か道連れにしてやる」
バギオはいじめっ子達の住所と勤務先を探し当て、周到に計画をねった。
まずは一人目だ。
「こんないいマンションに住んでやがるのか」
張り込んでいると301号室のドアが開き、ターゲットが現れる。その後ろからは美人の奥さんだ。
「ちっ、俺を苦しめておきながら自分はしっかり美人の嫁まで……」
マンション内に乱入して駈けあがるべく歩を進めた。
太陽がやはり黄色い。
ふっと闇がよぎったと思うと、誰かが襟首を掴んですがっている。
「バギオ!今は逃げろ!」
「よお、誰かさん、また会ったな。リンやバットは元気か?もう邪魔しないでくれよ」
「バギオ、お前では奴には勝てない」
「なんだと?包丁を奪われて返り討ちとでもいうのか?ありえるな。だが、顔を斬りつけるくらいは」
「やめるんだ!」
「99%の勝機がなくても……」
「お前には1%の勝機もない」
「なんだと!?」
もうひとりの誰かがバギオの前に立っている。
「お前にあの子が殺せるか?」
「なにっ!?あれは……」
由美だ。バギオの幼馴染にして初恋の相手。すっかり美人OLになってオフィスに向かうところだ。
「由美は俺の青春だ。由美だけは俺をいつもかばってくれた」
「あのイジメ野郎は由美でさえイジメ殺すだろう、それがイジメ野郎だ」
「そうだ、お前は奴から謝罪される、そしてそのスキに包丁を奪われ、刺された後でバルコニーから突き落とされる。自分で勝手に後悔して自殺したことにされる」
そうこうしているうちに降りてきたイジメ野郎がロビーから出てくる。
襟首を掴んだ誰かが言う。
「由美はまだ処女だぞ!!」
「なんだとっ!?だ、だが‥…俺は汚れきった男、こんな屈辱を背負ったままで、どうして由美に告白できようか!」
「どんな死もやせ犬の死と変わらん。お前がイジメ野郎を殺して死んだら、誰が由美を迎えに行くんだ!?」
「ずらかっちまえ!本当に強い男になりたいなら!!」
くっ……!!バギオは駆け出すと由美の後を追った。
バギオは由美と結婚し、子供も産まれた。
しかし就職先は零細企業しか見つからず、生活は苦しい。小説を書いては出版社に持ち込むが全く相手にされない。作品賞に応募しても端の端にも引っかからない。
由美は言った。「会社辞めなければよかったな」
子供から言われた。「家がボンビーってバカにされる」
それからも憎い相手を殺しに行こうとしたが、その度に誰かさん達が現れ、バギオを引き止めるのである。そしてこんな言葉を残した。「お前はすでに最強の武器を手にしている」
子供たちが巣立ち、病気がちだった由美が旅立った。
「結局何にもいい思いさせてやれなかったな。情けない男でごめんよ」
バギオはまたひとりぼっちになった。
バギオは書き溜めていた作品ファイルを全消去した。
武器にも何にもならなかった。
「騙しやがって」
バギオは鉢巻を締め、包丁を再び懐に呑み込むとイジメ野郎の家に向かった。
家の前で誰かさんと誰かさんが待っている。
「バギオ、ずいぶん年取ったな」
「あんたらもな」
「行こうか」
「ああ」
バギオはいじめっ子の家のピンポンを押す。そっくりな顔の若者が現れた。
仏前に通されると線香を手向けた。
「お父さんには随分と世話になりましたよ」
そうやって全員の家と墓を廻り終わると自宅に帰った。
すっかり日が暮れていた。
「生き残ったのは俺だぜ」
橋の上から投げ捨てた。包丁は濁った川の中に沈んだようだ。
気がつけばさっきまで一緒にいた誰かさん達はもういなかった。
「由美―、帰ったぞ―」
誰もいない。真っ暗な部屋だ。
スイッチはどこだっけ?ヨロヨロと探す。
由美がいないとダメだな、そうやって笑うと急に周りが明るくなる。
「おかえりー!」
息子夫婦と娘夫婦、そして孫達もいる。
テーブルの上にはバギオの好物が所狭しと並んでいる。
パンパンとクラッカーが放たれる。
手作りの垂れ幕だ!
『バギオおじいちゃん誕生日おめでとう!』
「おお、お前たち!」
「おじいちゃーん!おめでとうー!」
孫達がすがりついてきた。
「リン、バット、大きくなったな」
「おじいちゃん、だーい好きー!!」
「おじいちゃんもお前たちが大好きだぞ」
「さ、リンとバット、もう一回ちゃんとおばあちゃんに挨拶しようか」
両親に促されたリンとバットは仏壇の遺影に手を合わせた。
「ささ、おいしいぞー!」
「いただきまーす!」
「うーん、これはうまい、高かっただろ」
「まぁね」
娘が言う。
「父さんには随分ひどいこと言っちゃったね」
「そうかい?」
「ボンビーとか言っちゃって」
「あの頃はな……」
バギオが遠い目をする。
息子が言う。
「でもお父さんは耐え難きを耐えて、一生懸命俺たちを育ててくれた。お父さんは男の中の男だよ」
「よせよ、照れるじゃねえか。お前も男の顔になったな」
「お父さんありがとう。なかなか言えなくて」
娘が酒をついでくれる。
「気にしちゃいねえよ。さぁどんどん食べな」
リンとバットの食べっぷりにバギオは目を細めた。
「強く生きろよ、我が子孫たち」
「あれ、おじいちゃん、あの人達だれ?」
息子夫婦、娘夫婦が笑って言う。
「えーっ?誰も居ないぞー」
「リンもバットもそういうの好きな年頃なのよね」
「いるよー」「手を振ってる、うれしそうだよ」
リンとバットはそういってはしゃぐ。
バギオは笑って応える。
「おじいちゃんの古い友達だよ。な、おばあちゃん?」
仏壇の由美も笑っている。




