婚約者兼従姉弟が僕の弟のために高位貴族の令息を締めに来たので、こっそり見守る僕
『私の従兄弟への扱いが悪いので、悪役令嬢らしく攻略対象を締めに行ってきます』の続編です。
【注意】徹頭徹尾、ヤンデレ視点です。
「ミスター・エマーソン・ララクレマ。タンジー・ララクレマ男爵令嬢がサロン”レモンの木陰”にてお待ちです」
学園の従僕(男の使用人)の告げた内容に狂喜乱舞したい。
タンジーがシズナル学園に来ている!
シズナル学園を辞めてしまったタンジーが。
沈んでいた僕の心は天高く舞い上がる。
それもその筈。
タンジーのいないシズナル学園なんかいてもしょうがない。
タンジー・ララクレマは僕の従姉弟で、女神で、婚約者だ。
あの輝くような金の髪に初夏の空を思わせるような水色の瞳。嫋やかな肢体に少し掠れた低めの声。
あの目で見つめられると僕の心臓は止まりそうになるし、あの声で僕の名を呼ばれると僕は全身の血が沸き立ち、頭がクラクラする。
ああ、何で僕は彼女の婚約者なんだろう。
夫でないのが残念だ。
夫なら、彼女に名前を呼ばれていくら倒れようが自宅なので安心して倒れられるのに。
二十四時間弱一緒にいられるのに。
ああ、早く結婚したい!
初めて彼女を見た時から僕は彼女に心を奪われてしまって、父に強請ってよく彼女の家に連れて行ってもらったくらいだ。
父は僕の気持ちを知っていたから、彼女の協力をする代わりに彼女が僕と婚約するようにしてくれた。
彼女がアンガスが良いと言ったものなら、弟を手にかけていたかもしれない。
父が彼女を手伝って、実家を立て直している間も彼女の傍に居られるならと僕は協力を惜しまなかった。
彼女と同じ空気を吸いたいがためにシズナル学園に入ったぐらいだ。
この素晴らしい報せのお礼は銀貨にしよう。
僕のような下位貴族の直系ですらない者に専属の従者などいないからお礼も自分で支払うのが常識だ。だから、下位貴族の傍系などは硬貨を持ち歩く。
「わかった。”レモンの木陰”だな」
僕は報せてくれた学園の侍従に銀貨を渡し、足早に”レモンの木陰”のサロンへと向かう。
途中、ロメイン公爵を見かけたので声をかけることにした。
ロメイン公爵は我がララクレマ男爵家の後ろ盾になってくれている高位貴族で父と親交のある方だ。そして、奥方はララクレマ家が作るドレスを殊の外、気に入ってくれている。
そうなるのも当たり前だ。
タンジーをイメージして作ったドレスに駄目なものなんてない。
「閣下。こちらでお顔を会わせるとは思ってもおりませんでした」
ロメイン公爵は黒髪で中肉中背だ。若い頃は騎士として活躍していたせいかがっしりとした体をしている。
40を越えたせいかお腹周りにやや肉がついてきているが、非常に見栄えの良い均整の取れたスタイルだ。
「エマーソン・ララクレマか。そう言えば、まだ学生だったな、そなたも。夜会でも姿を見かけるからか、そなたが学生というのをすっかり忘れておった」
「私はまだまだ若輩者で、人脈作りにも精を出しております」
「何が若輩者だ。押しも押されぬ人気者が何を言っている。時に、そのクラヴァットの締め方、ジョンに教えてくれないか」
新しく考案したばかりのクラヴァットの締め方に気付くとは相変わらずの慧眼だ。
この締め方は従来の締め方にアレンジを少し加えたものなので従来のものと誤認してもおかしくない。
「ああ、これですか。わかりました。ジョンさんにお見せしましょう」
僕は見せに行くことだけを了承する。ロメイン公爵の従者のジョンさんは器用なので、教えなくても見ただけで結べるからだ。
流石、ロメイン公爵の従者だけはある!
ロメイン公爵も従者も一流だ。
「頼んだぞ」
「勿論でございます」
「時に奥がそなたにドレスを作って貰いたいと言っていたのだが、本当にデザイン画は描かないのか?」
「申し訳ございません。私は私の女神だけをモチーフに選んでおりますれば、閣下の奥方様を盗むわけにはいけません」
僕が遠回しに断りの言葉を口にするとロメイン公爵は苦笑する。
「それを夫に言うか、ミスター・ララクレマ」
「閣下はこのような戯れ言を気になさるような方ではございませんので。奥方様には今まで通り、デザイン画の中から状況に応じたものを選別させて頂きます。デザイン画からパターンを起こす際に微調整すれば、奥方様なら充分に多くの者を魅了できましょう」
光を纏った姿が視界の端を掠める。
タンジー!
目で追った先には実り豊かな麦のような色の髪が陽の光を反射して煌めく。結い上げられず、後ろに流したその髪を靡かせてタンジーは歩く。
今日のタンジーは薄い紫の、ライラックをイメージした小さな造花を襟ぐりと袖口、スカートの裾にあしらったドレスを着ている。ドレス自体は造花よりもやや濃いめの色をしているが、全体的には淡い色使いの服装だ。
僕はうっとりとその姿を目に焼き付け、キョロキョロと辺りを見回すタンジーを訝しく思う。
何故、”レモンの木陰”に向かわない?
僕に会いに来た筈なのに誰を探しているのか?
「ん? ああ、ミス・ララクレマか」
「そうです。私の女神です。想像の源。ああ、今日もとても似合っている」
「そのピンはライラックか?」
ロメイン公爵は僕のクラヴァットに留められているピンクがかった淡い紫水晶の付いたピンを見ながら言う。
幾つもの紫水晶が小さな花が集まっているように見えるデザインをしている。
テーマは勿論、タンジーのドレスと同じライラック。
「ええ、お揃いなんです。同じテーマを身に着けていると離れていてもすぐ傍にいるような気持ちになりますし、一緒にいれば誰のモノかすぐに分かりますからね」
タンジーとのお揃いを惚気けていたいが、今はタンジーが誰を探しているのか気になる。
「相変わらず、そなたはミス・ララクレマしか目にないのだな」
「閣下も奥方様とお揃いを作っては如何ですか? 元々は秘密の恋人同士が揃いの持ち物を持ったりしたところから由来しますが、奥方様の眼の色や髪の色のものをいつも身に付けておくのは奥方様も悪い気は致しませんし」
「もしかして、奥が付けている耳飾りか首飾りがいつも黒真珠なのは私の髪の色か?」
「左様にございます」
「もしかして、そなたが勧めたのか?」
鋭い。
「いえ、奥方様のお望みです」
「奥が? そう、奥の顔を立ててくれなくとも良いぞ。本当にそなたもレナードも嬉しいことをサラリとしてくれるものだ。今回のこともレナードからの報告がなければ愚息がどのような醜態を晒していたものか」
ロメイン公爵は溜め息を吐かれるが、僕はドンドン遠のくタンジーの姿に気が気でない。
そっちは”レモンの木陰”ではない。
どこに行くのだろう?
「では、本日はそれで?」
「ああ。レナードの息子も――と、そなたの弟だったな。注進したようだが、聞く耳を持たなんだようでな」
「成る程。その件でしたか。弟もサイモン様のことでは気落ちしておりました」
タンジーはその弟を気に入っていた。
もしや、アンガスのためにこの学園に来たのか?
しかし、今のサイモン様のところに行くなら厄介な人物たちが屯っている。
ソーン・フレイムラントは言葉を交わすだけでも危険だ。あいつとは同じ空間にいるだけでも危ない。
急いで助けに行かなければ。
もういっそのこと、ソーン・フレイムラントを殺しておいたほうがタンジーの安全にも、他の多くの女性のために思えてきた。
問題はいつ殺るか。
まずはタンジーが奴を視界に入れないようにしなくては。
僕のタンジーが汚れる。
ドミニク・リッジはまだマシだが、奴の辛辣な言葉でタンジーが傷つくかもしれない。
ニヤリとロメイン公爵が笑う。
「ああ。どうやら、ミス・ララクレマに先を越されたようだが」
「ご一緒致します」
タンジーの姿をどうにか視界に収めながら、僕らは付いて行った。
あちこち探しまわり、学生に尋ねるタンジーとの距離はドンドン詰まっていく。
喫茶コーナーのテラスでサイモン様が金髪の青年、赤毛の青年が淡く赤味がかった髪の少女を囲んでいるのが見える。
そこに勢いを殺さずに突っ込んでいくタンジー。
駄目だ、タンジー。
上気した顔をそんな奴らに見せるんじゃない。
「面白いことになってきたな」
ロメイン公爵は僕にだけ聞こえるように言う。
その人の悪い笑顔に僕は悪い予感しかない。
「声をかけなくていいんですか?」
「まあ、待て。どうやら私たちの存在には気付かれていないようだから様子を見よう」
「閣下・・・。タンジーに危害が加わりそうなら私は勝手に動きますよ」
声をかけたタンジーにサイモン様は顔を歪める。
「なんだ?」
アンガスの信頼を裏切った挙句、タンジーにそんな態度をとるとはいい度胸をしている。
「お~や。学園を辞めたタンジー・ララクレマ男爵令嬢じゃない」
ソーン・フレイムラントがタンジーにウィンクする。
死ね!
僕のタンジーに色目を使うな!
フレイムラントの言葉でサイモン様はタンジーが誰か気付いたらしい。
僕のタンジーがわからないとはどういう記憶力をしているんだ。
ロメイン公爵の令息だというのに美への理解がなっていない。
それに幼い頃から何度も顔を合わせてきたというのにタンジーの顔と名前が一致しないなど、死んで当然だ。
「ララクレマ? もしかしてアンガスの・・・?」
「そうよ! あなたを止めようとしたアンガス・ララクレマの従姉弟よ!――話があるからこちらに来て下さい!」
タンジー、怒り心頭で我を忘れて言葉遣いが崩れてる。
それも可愛い。
「それに同意する謂れはないな。それに上位の者に向かってその口の聞き方はなんだ? それでも貴族の令嬢か?」
「サイモン様のために穏便にしようにしているのに、どういうことですか? 何様ですか? こんな公衆の面前で自分の恥を話したいんですか?」
可愛いよ、タンジー。
身分が上だろうが噛み付いていくその姿が堪らない。
でも、僕じゃなくてアンガスのためなんだよね。
シズナル学園には僕に会いに来た筈なのにサイモン様を探していたんだよね。
「ちょっと、あなた。サイモンに酷いこと言わないでよ!」
この少女はフレイムラントか、リッジの家族か?
それとも彼らかサイモン様の恋人なのか?
「黙れ! あんたは怪我を負わせたヒモ男の面倒を見ているのがお似合いよ!」
ヒモ男って・・・。
タンジーなんて言葉遣っているんだよ?
どこでそんな言葉を覚えてきたんだ?
そんな言葉を教えた奴は罪を償わせないと。
ん?
あの少女にはヒモがいて、サイモン様たちは恋人じゃないのか?
「なっ?!」
驚く少女とサイモン様とフレイムラント。
「ヒモ男?」
「誰だそれは?」
一番冷静に対処したのはリッジだった。
「デタラメは言わないで下さい、貴方と違って彼女がそんなことするわけ無いでしょうが」
「ヒモ、情夫、不甲斐ない恋人(笑)、金を無心する愛人、どれでも良いけど、あんたはこの場にふさわしくないのよ。わかってる? 王族や高位貴族の令息を侍らして金品貢がしているのが、どのくらい顰蹙買っていることか。そこまでしてまともな服を着たいなら、デザイナー志望のドミニク・リッジに頼めばあんたのためならすぐに作ってくれるわよ」
タンジー・・・。
これは一度じっくり聞き出さなくてはいけない。
タンジーにこんな言葉を教えた人間は他にもろくでもないことを教えているに違いない。
僕のタンジーに!
タンジーの衝撃的な言葉にリッジのポーカーフェイスが崩れた。
「!!」
「サイモン様、自分が何やっているかわかってらっしゃるんですか?! こんな子供同士の社交場で一人の女の取り巻きをして、成績落とすわ、他の生徒に迷惑かけて自分の評判が落ちないと思ってるなら、どこのバカ様かしら! 廃嫡騒ぎも覚悟しているのかしら?」
「言うに事欠いて、そろそろ身分を弁えろ、タンジー!」
タンジーの名前を家族以外で呼んでいい人間はいない。
いくらサイモン様であろうが、そこは譲れない。
タンジーは僕の婚約者なのに・・・!!!
父が懇意にしているロメイン公爵の令息とは言え、僕のタンジーを呼び捨てする権利はない。
僕は知らず知らずのうちに足を踏み出していた。
それに最初に気付いたのはフレイムラントだった。僕から淡く赤味がかった髪の少女を守るように立つ。
「馴れ馴れしく彼女をタンジーって呼ばないでくれる?」
ぎこちなくタンジーが振り返る。
「これはレナードの報告通りのようだな、サイモン。それにミスター・ララクレマが言うようにミス・ララクレマの名を呼ぶな。身内でも、親しい間柄でもない淑女の名前を呼ぶなど非常識だ。そんなこともわからないのか?」
ロメイン公爵も参戦するようだ。
疚しい気持ちを自覚しているのか、タンジーは僕と目を合わせず、忙しなく辺りを見ている。
逃さないよ。
僕はタンジーの肩を掴む。
「タンジー。僕に会いに来てくれたって聞いたのに、何でサイモン様と話しているわけ? どうして、僕のところに真っ直ぐに来てくれないわけ? どうしてなの? ほんと、教えてよ?」
すべてが終わってからサロンで僕と落ち合いたかったにしても、僕は怒っているんだからね。
「サ、サロンに向かう途中でサイモン様を見かけて・・・、アンガスのことがあったから追いかけてしまったのよ」
サロンに向かうどころか、最初からサイモン様を探していたのに?
僕だって馬鹿じゃないから、途中から後をつけていたことはバラしたりしないが嘘はいけないよね。
声が小指の先ほども信用していないとわかってしまうものになってしまう。
「ふ~ん。アンガスのためと言って、誤魔化せられると思っているわけ?」
「ええ?!」
「タンジーはサイモン様のどこが良いわけ? 髪は僕と同じ色だから、髪質? フワフワとしているこの髪が嫌なの? サイモン様みたいにサラサラな髪が良いわけ? それとも、体つき? 筋肉ダルマが良いなら鍛えるよ。爵位は無理だけど、タンジーのためならお金をたくさん稼ぐよ」
「違うわよ! 誰がこんな色ボケを好きになるもんですか! ――だいたい、女の子にちょっと褒められただけで鼻の下伸ばして、兄と慕ってくれている可愛い弟分を邪険に扱うようなカスをどうやったら好きになれるのよ! お寝しょは十歳越えてもしているし、ミミズに呪われて腫らしたことはあるし、摘み食いをして腹痛を起こしてバレるくらいの食いしん坊だし、実は苦いものが苦手なのにコーヒーはブラックで飲むのがカッコイイと思っているような奴なのよ!」
「?!!!」
僕とタンジーの会話が聞こえていた聴衆は唖然とした面持ちで顔色を失ったサイモン様を見る。
サイモン様の恥ずかしい過去はロメイン公爵か父が教えたに違いない。話の種か緊張を和らげるために話してくれたものだろうけど、大人になるにつれて自分の記憶からも消してしまった忌まわしい子供の頃の話だ。
「僕とタンジーの仲が羨ましくて物欲しげに見ているのもよくあるし、女性と付き合ったこともないから僕らを妬んでいる――」
「違うわよ!! 呆れているのよ! あんたが孔雀みたいに飾り立てているから珍獣を見るように私たちを観察してんの!!」
「成る程。サイモン様はお父上と違って従者にコーディネートをしてもらわないといけないタイプだから、僕を真似ようと必死になっているわけだね」
「誰があんたを真似るか!! あんたのそれは度が行き過ぎ。もうちょっとおとなしくできないの?!」
「タンジーとお揃いにして二人で一対みたいにするにはこれぐらいしないと駄目だ! タンジーはシンプルなものを好むけど、シンプルすぎると逆にタンジーに似合わない。タンジー好みに合わせたドレスにするなら、僕の服装はそんなタンジーを引き立てるくらい派手にしないと釣り合いが取れないんだよ」
「何それ? あんたを自分を引き立てるアクセサリー感覚にってこと?! 厭よ、そんなの! それじゃ私がサイテー女ってことじゃない!」
「タンジーに彩りを添えられるなら本望だよ」
「やめて。ソーン・フレイムラントみたいなクサイ台詞はやめて。あんたは着飾ることだけが取り得なんだから評判を落とすような言動はやめて。我が家の広告塔を担っているんだから評判を落とすような真似だけはしないで」
タンジーが僕のことを心配してくれている!!
僕に会いに来た筈なのに先にサイモン様の居所を探してまで会いに行った浮気を許しそうなくらい嬉しい。
「評判を落とすって・・・。そんなことはないよ。愛する婚約者のために役に立ちたいというのはおかしなことではないからね」
「だったら、クズみたいな台詞だけはやめて。あのクズと同じようなセリフを聞くとこの世から消し去りたくなるから。根暗でウジウジしていて自分のことを見つめられず、他人からの評価に頼りきりで、手っ取り早いから女の子にチヤホヤしてもらって自尊心を満足させているだけのクズなんて、存在しているだけでも許せない存在よ」
今度はソーン・フレイムラントが真っ青な顔をしている。
いつ倒れるにしろ、タンジーがいなくなるまで倒れないでいて欲しい。
優しい僕のタンジーは面倒見が良いから、自分が嫌っているような奴が倒れても介抱するに決まっている。
「タンジーの嫌がるようなことはしないよ。私もフレイムラントの真似だけはできないから。勿論、タンジーがしてくれと言っても、タンジー以外の女の子には見向きもできない。僕の女神はタンジーだけだ」
「その歯の浮くような台詞もなんとかならない?」
「いくら愛しい君の頼みでも、タンジーの存在自体が私をこうしてしまうからどうしようもない」
「エマーソン。一人称変わっているけど、どうしたの?」
僕はタンジーに名前を呼んでもらえる幸せで魂が飛び出さないように堪える。
「何故って、私はララクレマ家の広告塔だからさ。家や君と話している時はともかく、ここは人目があるからね」
驚いたようにタンジーは周りを見渡す。
ロメイン公爵に絞られていると思っていたサイモン様も、当のロメイン公爵も、タンジーに有害な存在も(まだ倒れてはいない)、リッジも、ヒモのいる少女も、いつの間にか喫茶コーナーの窓越しやテラスの見えるところにできた人垣も僕らのやり取りを見ていた。
「いやー! もうー! やだー!」
タンジーは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「見ないでー!」
耳まで真っ赤にして恥ずかしがっているタンジーが可愛すぎる。
他の奴もそんなタンジーを見ているので、僕は冷たい一瞥をくれてやる。
さて、アンガスが危険だと判断した人物を排除するか。
「ところでお嬢さん、ここは勉学をする場で、異性の取り巻きを作られては迷惑なんだが、わかってくれますよね?」
「ララクレマ! 貴様、何を言っているのかわかっているのか!!」
僕はリッジに笑いかけていなす。
「先程、タンジーの言葉を聞けばリッジ様もデザインをなさるとか。同じデザインをする者としてお話がしたいので、一度、我が家にお越し願えないでしょうか?」
「お前もデザインをするのか?」
簡単に意識が逸れた。
「我がララクレマ家のデザイナーは私めにございます」
「在位二十週年記念の国王夫妻の衣装も、王女様方の結婚衣装も、ロメイン公爵夫人の衣装も?」
「ええ。すべて私めの作品でございます。テーマを変えるだけでモデルはすべてタンジーです。タンジーは素晴らしいでしょう? タンジーをモチーフにすれば、一つのテーマ幾つものデザインのバリエーションができますよ」
「そんなっ! ララクレマ家が服飾を手がけ始めたのは十年以上前だぞ。その頃、お前はどう見ても幼児じゃないか!!」
「ええ。お絵描きの代わりにデザイン画を描いていました」
ニッコリと言えるような笑顔を浮かべてみせる。
「こんなところにあの天才がいたとは!! それも年下・・・」
リッジはがっくりと地面に膝をつく。
デザイン画を描くのに、他人を天才呼ばわりして落ち込むなんて自分の才能を見限っているとしか思えない。
描きたいものを描く。
その心意気のない者にデザイン画を描いて欲しくない。
勿論、受け入れられるものと受け入れられないものもあるが、自分を縛ってしまっては自由な発想を失ってしまい、盗作する能力以外失くなってしまう。それは人生にとって大きな損失だ。
「お家の担う役割の重要さも分からずに自分の才能に溺れた挙句、勝手に私を天才呼ばわりして自分を悲劇の主人公に見立てるのはやめてくれませんか」
「へ?」
間抜けな声を上げてリッジは顔を上げる。
「リッジ様はご自分より才能のある人物に絶望なさっておられますが、誰でも毎日描いていればこれくらいはできます。お家の役割を理解されていればリッジ様は喜びこそすれ、嘆かれることはありません。リッジ様がデザイン画を描かずにいられないのなら、好敵手と見なしてやはり嘆かれることはなかったでしょう」
「ララクレマ・・・!」
リッジは大きな瞬きをして僕を見る。
それがタンジーでないのが非常に不満に思う。
「服飾は平和な時こそ、皆が気に留めるもの。リッジ様はその基礎を支えるのがお仕事となるのです。国が荒れては服飾に気を留める者も減り、権力者の好みだけが反映される文化停滞を生みます。もう一度、お家の担う役割を真剣に考えて下さるなら、ご趣味のデザイン画を世に出すのをご協力しましょう」
「・・・」
リッジは希望の光を宿した目で僕を見る。
キラキラしたその目がタンジーのものとは明らかに違い過ぎて、僕は嬉しくない。
タンジーがキラキラした目で僕を見てくれたら良いのに・・・。
「子ども同士で話は済んだようだな。さて、サイモン。部下の躾は必要だが、良き友の信頼を裏切った自分をどう思う?」
「父上、それは・・・!」
反論したげなサイモン様だがロメイン公爵は視線一つで黙らせる。
「自らの非を認めるのも上に立つ者がしなくてはならない重要な事だ。上に立つ者は迅速に、より良い選択をすることを求められている。たとえ過ちを犯そうとも、それを反省するのも、次の行動に移せばいい。そこを躊躇ってしまうと下の者に多大な被害を与えるのだということを今回は学んでくれば良い。だが、二度と同じことをするな。良き友の信頼を裏切った代償はこれからの人生、長く支払うこととなるのを肝に命じておけ」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
タンジーがサイモン様を締めに来てから令嬢たちの間で仕事に打ち込む姿が高位貴族の令息に好まれるという噂が広がり、社会進出する令嬢たちの姿が見受けられるようになった。
タンジー自身もそうだからか、動きやすいドレスが良いとか、殿方の服装に似たものが良いと言われて作った服が令嬢たちに受け入れられて、タンジーはご満悦だ。
令嬢たちが仕事のために出て行った先で知り合った庶民と結婚する小説が流行ったり、実際に結婚する令嬢が多かったりしたせいで、貴族の結婚事情では妻を金で買うか、余程、努力しなくてはいけないようになった。僕には関係ないが。
サイモン様はこってりロメイン公爵に絞られて再教育された。
有害な物体は相変わらず有害だったが、隙を見せないので処分できなかった。タンジーはアレを相手するだけ時間と労力の無駄だから無視するのが一番だと視界にも入れない。まったく、その通りだ。
リッジは僕のところに時々やって来てはデザイン画を置いて帰る。僕は匿名にしてそれを紹介しているうちに彼のデザインした服を着る者も出てきた。
赤味がかった金髪の少女はあの後、品行不良で放校処分となったのでそれ以上は知らない。
そして、僕とタンジーは結婚した。
「ねえ、エマーソン」
タンジーが僕の名前を・・・。
僕は幸せで鼻血が出ないように堪える。魂が飛び出さないようにはなったが代わりに鼻血が出そうになる。
「私の服って毎日、あんたとお揃いなの?」
「勿論そうだよ。装飾品から下着まですべて私がデザインしたものだ。タンジーに何を着せようかと思っただけで幾らでも思いつくから、同じ服は二度と着ることはない」
タンジーは驚いて、その空色の目が落ちないかと思うくらい目を見開く。
「下着まで?! 今までずっとそうだったの?! 子どもの頃からずっと?!」
「ああ。ララクレマ家が商売をし始めた頃からそうだよ。それがどうかしたのかい?」
「このスケベ!!」
小気味良い音が響く。
僕は頬を引っ叩かれた。
どうして?
僕らはずっと婚約者だったのに?
「それに私だって気に入った外出着を時々着たかったのに、どうして毎日新しい外出着を作るのよ!」
「タンジーのことを考えてないことはないからデザインが次々浮かんできてしまう。と、なると、作るしかない」
「作らなくていいわよ、もう!」
頬を赤くしてそっぽを向くタンジーが今日も可愛かった。
エマーソン・ララクレマ:
タンジー・ララクレマ男爵令嬢の従姉弟で婚約者。
幼い頃からタンジーを溺愛する、ララクレマ家の服飾デザイナー兼広告塔兼ファッションアドバイザー。
ゲームでは常識人だが現実ではヤンデレ。
ゲームではララクレマ家が没落した後、タンジーを娶り、苦楽を共にして、庶民の間で有名な仕立屋になる裏設定がある。
タンジー・ララクレマ:
ゲームでは優しくて善人なのに悪役令嬢。現実ではツンで口が悪い。
ゲームでは叔父が実家を乗っ取って、お家再興をしている。それ以外はエマーソンとの婚約や服飾事業の広告塔になっているなど、現実と変わらない。
現実では自らが主導でお家再興をしているために、頼りにされなかったエマーソンがヤンデレ化してしまった・・・。