直会
「それで、小鳥遊くんは別の高校に行ってるんだ?」
「ああ。今は二年の秋頃習う教科書を勉強している」
「お前…まだ一年だろ」
「そうだよ」
「ふうん…変なの」
闇に包まれた黒猫神社で、僕と小鳥遊と黒音の三人は賽銭箱の横に腰掛け会話を楽しんでいた。途方もない緊張感を抱えていたさっきまでの、そのあまりの落差に僕は拍子抜けだった。
「…それで、斉藤くんは」
「え…」
彼女が僕をじっと見てきた。僕は言葉に詰まった。何というか彼女は…とても平気そうに見える。呪いだとか祟りだとか町中が騒いでいるのに、彼女は何も気にしてないのだろうか。いや…。
「まだ野球やってるの?」
「え…ああ、うん」
「すごーい。硬式と軟式じゃやっぱ違うでしょ?」
「まぁ…」
歯切れ悪く僕は答える。何故だろう、僕はあわよくば彼女とおしゃべりできたらと密かに思って此処に来たはずなのに、何か違う。
僕は彼女から顔を背けて賽銭箱を見つめた。暗がりに浮かび上がった木箱の中には、「参拝者」が持ち込んだ呪いの依頼で溢れている。
「…ああそれ。最近じゃ遊び半分で入れてく人も多いのよ」
黒音が静かに言った。
「…これじゃ神社の人も迷惑だろう」
「ええ、だから近々賽銭箱をとっぱらおうかって話も出てるみたい。…これ以上良くない噂ばかり広まってもね」
「この神社は…」
「どうでしょう? 誰も信じなくなった神様に、明日の居場所なんてあるのかしら」
僕はグルッと黒音の方を振り返った。驚いた表情の彼女の前で、僕は唇を噛んだ。
聞くべきだ。「あれ」のこと、呪いのこと…そして何より傷ついているだろう彼女のことを。こんな事件が自分の身に降りかかって、悲しんでいない筈がない。だけど僕は聞けなかった。見え見えの平気なふりをする目の前の少女を、どうすれば癒してやれるのか。その時の僕には何も思いつかなかった。真夜中の境内に、気まずい沈黙が訪れる。
「……俺たちもう帰るよ」
そう言って小鳥遊が立ち上がった。僕も黙ってそれに続く。「またね」と笑顔で手を振る黒音に、出口に向かいかけた小鳥遊が気取って声をかける。
「そうだ。そういえばこの神社って、黒音以外に誰か居たりする?」
「え? いないよ」
「そうなんだ」
もしかして小鳥遊くん霊感あったりするの!? もう怖ーい。そう言って彼女は笑った。鳥居を抜けて、一番近くの県道に出るまで、僕と小鳥遊は一言も喋らなかった。
「…間違いないな」
やがてお互いの分かれ道に差し掛かったところで、立ち止まった小鳥遊がポツリと呟いた。
「お前の幻覚じゃなけりゃ、『黒い女』ってのは八代黒音のことだ」
僕は返事をしなかった。そばの電柱に止まっていた黒いカラスが、バサバサッと大きな音を立てて飛び立った。
それから僕らが黒音と会って数日後、入院していたお調子者の高橋が急死した。