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拝殿

 「なぁ斎藤。お前八代町出身だったよな」

「そうだけど」

「黒猫神社って知ってるか。呪いの噂があるんだとか」

「知らないな」


 そう言って僕は教科書をカバンにしまった。高校生にもなると、交友関係も行動範囲も拡大していくものだ。僕は地元の公立高校に進んだが、そこには別の町からやって来た連中ももちろんいる。


「出るんだってよあそこ。夜中になるとおかっぱ頭の黒髪の幽霊が…」

「ホントぉ!? こわぁい!」

「あそこで呪いたい人の髪の毛を黒く染めて供物を捧げると、本当に呪い殺してくれるんだって」

「きゃ~!ウッソ~ぉ!?」


 僕の冷ややかな目を知ってか知らずか、目の前のクラスメイト二人がが呪いの神社の噂で盛り上がっていた。どんな噂が広まっているのか見当もつかないが、噂なんてその程度のものだろう。確かに彼女は幼少から打棒に関しては恐ろしい力を秘めてはいたが…少なくとも人を呪い殺すような真似は絶対しない。……そう僕は思いたい。


「フフン。実は成功例もあるんだなこれが」


 得意げになる男子の声を聞いて、僕は思わず顔を上げた。


「成功例だって?」

「お。ようやく斎藤も気になりだしたか?」

「黒音…いや黒猫様が人を呪い殺したっていうのか?」

「黒猫様?詳しくは俺も知らないよ…ただほら、となりのクラスに高橋っているだろ?アイツが…」


 そう切り出して彼はわざとらしく声を潜めて言った。彼の隣にいた女子が興味深々で身を乗り出してきた。


「あぁ、先月入院したやつ?」

「そう。高橋ってほら、お調子者じゃん。あいつ実は、わざわざ八代町のその神社まで呪いを確かめにいったらしいんだよ」

「マジ!? アホやわぁ…それで? 入院したのは呪いに失敗して自分に返ってきちゃったってわけ?」

「違う違う…あいつ、呪いとか信じてなくて。自分の名前書いて、殺せるもんなら殺してみろって御札を賽銭箱に入れたらしい」

「はぁ!? ばっかじゃあん…」


 そう言って二人は爆笑した。確かに高橋は自業自得だ。でも、誰かを呪い殺そうとしなかっただけマシなのかもしれない。僕は中学生の時黒音と二人でみた呪いの紙を思い出していた。


「なぁ斎藤。お前、誰かを呪い殺したい気持ちになったことある?」

「あるよ」


 それだけ言うと僕は二人を残しカバンを引っ張って教室を出た。誰だって生きてれば人を恨んだり妬んだりするし、そりゃ僕だって同じだ。もしそんな気持ちを抱え込んで、それを「代行」してくれる、自分の手を汚さずに執行してくれる存在がいたとするならば…それはきっと需要はあるだろう。オレンジ色の景色が徐々に青く暗くなっていく空の下、僕は自転車を漕ぎながら自分の町へと向かった。いつもなら右に曲がる道を、迷った挙句左に曲がる。黒猫神社に寄るためだ。しばらく疎遠になっていた黒音に、どうしても会いたかった。



 夜の神社は何の意識してなくても、背筋に冷たいものを感じてしまう。併設された公民館で集会でも開かれない限り、好き好んで夜中ここにたむろするものなどいなかった。不定期に点滅を繰り返す蛍光灯や、オレンジの交通ミラーが何故だか妙に胸を騒ぎ立てる。時刻は十時を回った。門限まで時間がない。意を決して僕は自転車を押し中に入った。


「黒音…?」


 彼女を探して僕は呟いてみたが、賽銭箱のとなりには誰も居なかった。シン…と静まり返った境内で、僕は一人ポツンと佇んでいた。夜の色に塗られた周辺の木々が、空の深青を覆い尽くさんと風で揺れ動いている。ふと気になった僕は、石畳の階段を上がって賽銭箱の中を覗き込んだ。


 そこには、かつて有ったはずの木の格子が無かった。代わりに箱の中には、たくさんの紙がゴミのように投げ捨てられ、その一つ一つに、「殺す」だの「死ね」だの呪いの言葉と…僕の名前が書いてあった。


「うわっ!?」


 仰け反るように顔を箱から離した瞬間、上に釣り下がられていた鈴がガシャガシャガシャガシャ!!と大きな音を立てて揺れ始めた。僕は背中から石畳の階段を転がり落ちた。鈍器で殴られたような痛みが僕を襲ったが、生憎意識の方はそれどころじゃなかった。


 階段の下で、僕は目の前の社の扉がスー…と開いていくのを見た。そこに、真っ黒な、後ろの景色に溶け込むくらい全身真っ黒な姿をした少女が立っていて。


縦長の赤い目で僕を睨んでいた。



 そこから先は、あまりよく覚えていない。「あれ」を見た瞬間、頭で考えるよりもまず体が動いた。反射的に「あれ」から背を向け、自転車には目もくれず脱兎のごとく全力で走った。中学校の5kmマラソンが、今活きてきたと喜ぶべきなのだろう。気がついたら僕は家の中にいた。汗だくで肩で息をする僕を、両親や妹は不審そうにじろじろと眺めた。その夜、僕は嫌がる妹と無理やりテレビゲームをして遊んだ。三時くらいになって怒った妹が部屋を去っても、僕はまだ眠る気にもなれなかった。 


 どこまでが幻で、どこまでが現実だったんだろうか。置いてきた自転車、賽銭箱にあった僕への呪いの言葉、鳴り響く鈴…そして何より、社から姿を現した「あれ」。「あれ」の姿は、そう、確かに…。何度も瞼の裏でフラッシュバックする映像が、僕の心臓の音を耳の奥でどんどん大きくしていった。


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