第六話 玩具
戦争。一言で表してもいいのならば、あの平和だった前世の世界でも良く耳にした言葉だ。
空想の中で。海を挟んだ向こう側の地で。テレビの中で。歴史の授業の中で……はたまたくだらない喧嘩の中で。
血の流れないものさえ含まれるのであれば、俺も一度は知れず体験していたのかもしれない。
そんな戦争の匂いがフラムバルド国には蔓延っていた。
街通りの中で不安そうな表情を浮かべる平民の間には絶えず希望と絶望が交錯し、付き合いのない貴族の間でも私兵やもしくは有する騎士の動きが活発になり、フラムバルド城を囲む城壁の中からは昼夜問わず鍛錬のための剣戟が響いている。
そういえばこの首都カンダネラにやってくる商人の姿も増えてきている気がする。おそらく商売の匂いでも嗅ぎ取ったのだろう。例え相手が補給やら何やらを知らない獣の群れとしても、戦争は商人にとってチャンスに他ならない。
そしてそのチャンスもまた、商人だけのものではない。
良心が痛む相手でもなく、ややこしい権益が発生するわけでもなく、『次』を考える必要もない戦争――――いや、性質の悪い化け物と人間の大喧嘩となれば考えなければならない要項もだいぶ減る。
世間は聖戦だの天罰だのと嘯いてはいるが、どうにも俺はただの喧嘩にしか思えない。
おそらくは明日と言う日を迎えれば当分は見ることもないだろう質素な自室のベッドの上で、俺は真っ暗になった天井を見つめていた。
既に明日のために色々と準備された少ない荷物は部屋の隅に置かれ、その横には一年近く修繕と手入れを繰り返し使ってきたロンのお下がりの武具。
窓から入り込む月光を反射して鉛色に光るそれは、幼き頃に博物館で見たどの武具よりも貴く思えた。
(…………)
いよいよ明日。ダークストーカー討伐に伴い、騎士隊へ入隊させるための試験がフラムバルド城内で行われる。
無論、一般の兵士志願者と違いその門はあまりに狭い。戦時ということでいくらかその門は平時よりもマシかもしれないが、もしも失格となれば自動的に一般兵卒に入隊。まぁ、騎士隊に志願するつもりならば兵士となって命を散らすことに躊躇いはない、ということなのだろう。
試験的な仕組みにしても、家族から向けられる狂気染みた期待にしてみても俺にとっては後戻りが出来ない話だ。
一体何人が集まるのだろうか。そもそも今回のダークストーカーとの戦争の規模は? 奴らは一体何処から?
未だ兵として所属しているわけでもなく、ただカンダネラ地域になけなしの土地を持つ無職のような貴族であるこの家には戦争に関する一切の情報が入ってこない。混乱を起こさないために情報制限がされるという平民と同じ扱いだ。それがまた両親を苛立たせる。
果たして弱冠14歳となり未だ脆弱な身体だとしても、幼少の頃より蓄えた魔術の冴えと剣の腕はどこまで通用するのだろうか。
――――聞いた話では出自や賄賂でどうとでもなる道であるらしいのだが、まぁ、それは大金を持ち得る輩のみの話だろう。
俺にはまるで関係のない話だ。
◆
晴天の空に浮かぶ日光を浴びても尚、まるで美しさが感じられないオンボロ屋敷の門の前に並ぶ三つの影。誰もがその顔に見送りの笑顔を浮かべていると言うのに、およそその心中は一人と二人に分かれてまるで違う。
此方を心底心配しきっているロンの顔は鼻水と涙でさらにぐしゃぐしゃに歪み、俺の為し得なければならない功績にしか考えが及ばない二人の両親の笑顔。
ロンの泣き顔には喜んでいいのかうんざりとしていいのか迷い、両親の薄らけた笑顔には満場一致でため息が出た。
全くもって門出からして先が思いやられる。
兎にも角にもがしゃがしゃと重苦しい鎧を身に纏い、腰には剣をぶら下げたままフラムバルド城へ。
城に着く前に鎧を着込み街中を歩くことで目を引かないかとも思ったが、今は戦争を前にした時期。城の巡回兵やら、儲けに来た傭兵団やら冒険者やら。鉄臭い匂いで街中はごった返していた。
ちなみに一年前まではスカスカの状態で着込んでいたロンのお下がりの鎧だが、今ではそれなりに見て取れる状態にはなっている。と言っても肌着だった部分に薄い赤銅の鎖帷子を着こんでいるだけで、鋼のブレストプレートやら手甲は変わっていないが。
頑強さよりも身軽さを。どうせ入隊試験として戦わねばならないというのもあるのだろし、不完全な状態で不合格となっては――――まぁ、面倒だ。
そんなこんなで城の正門まで辿り着き、入隊試験云々を番兵に話し中に入れてもらう。やはりと言うかなんというか、鎧を着込んだ男たちの群れは街中のそれと比べ物にならないほどに多い。
正門を潜った先に広がる庭先には、兵卒募集に来た人間やら自分を売り込みに来る冒険者やら……何やら煌びやかな鎧を着込み取り巻きを連れる貴族らしい人間やら。
誰も彼もが命知らずばかりだ。
(何人生き残るのだろうな)
正門を潜った俺の姿を一瞥し、すぐに視線を返す男たちの群れに居心地の悪さを感じつつも、騎士入隊担当の人間を視線で探す。騎士志願と言う事で俺と同じような貴族出身の志願者が集まる場所にでもいるのだろう。
すれば芝生の上に木机と看板を並べ、フラムバルド騎士隊が着込む様な白銀の鎧を身につけた二人の男女を見掛けることが出来た。
どうやら騎士隊直々に受付までこなしているらしい。
「騎士隊の入隊志願者として参りました。受け付けは此方で?」
「む、そうだ。此方で合っている。名、家名等の記入、各項目をよく読み、試験参加についての同意をこの用紙に署名して……」
「……何か?」
話しかけたのは黒のロングヘアーを後ろで縛り、キツ目の瞳で志願者達を睨んでいた女騎士の方。いかにも固そうな印象を抱かせる彼女に恐る恐る聞いてみれば、流れるように話し始めた説明を唐突に切り、睨みつけるような視線を俺に向けていた。
つま先から頭のてっぺんまで舐めまわす様に見定める様な、気持ちが悪いというよりも咎められているような感覚に陥ってしまう。
何だか学校の強面の教師に叱られているような……微妙な例えだ。
「もしや、セルグリム卿か?」
「……卿などとは……確かに私はセルグリム家の長子、ディン・セルグリムであります。しかし何故……」
「弱冠13歳でダークストーカーの集団を蹴散らし、奴らの接近を知らせたことは城にいる者であれば聞き及んでいる。貴公の報せが無ければ今回の戦争で出鼻を挫かれることもあったのだ」
「滅相もありません。何より集団などではなく、たかが数人の尖兵であります。子供の遊びが良い方向へと転がっただけでしょう」
「セルグリム卿、私は行き過ぎた謙遜を好まぬ。それに真に子供であれば此処には来ないはずであろう?」
「……評価に違わぬ力を試験で」
「それでいい」
全くもって面倒な話である。
確かに未だ鎧も満足に着込めぬはずだった子供が戦争の影を齎すにはあまりに馬鹿げた話であるが、俺の立場から考えて余計な評判を受けるのはあまりに厄介である。
目の前の受付をしている黒髪の女騎士は笑って――固い表情のまま口元を弧に描いているのを笑顔をと言っていいかは微妙だが――くれるのだが、その隣の男騎士はこちらの事情を知っているのかいないのか苦笑を漏らしている。
一体どこまで俺の名が知られているというのやら。
「今回入隊試験を担当するカトレア・ディオンだ。貴公と共に剣を振れることを楽しみにしている」
「……全力を尽くします。では」
しかめっ面のままに志願用紙に署名し、手を差し出してくれたディオン卿の顔に満ち溢れる過大評価に内心疲れを感じながらもこちらも手を差し伸べる。
がっちりと交わされた握手を重く感じながらも、試験開始までしばしこの広場で時間を潰そうと踵を返した時、ふと背中越しにディオン卿の声を浴びせられた。
「セルグリム卿」
「……何か?」
「試験の間にも色々と雑音が多くなるだろう。貴公の歳だけを聞いて嘲る者も少なくない。くれぐれも短慮を起こしてはならん……実力だけではどうにも出来ぬものも存在する」
真実俺のことを気にかけてくれるディオン卿の苦虫を噛み潰した声。女性としては勇ましくもあり、そして美しくもあるような力強いその表情が確かに歪んでいた。
少々重すぎる評価やこういった感情を向けられる覚えは身に覚えがないのだが、どうにも彼女は高潔な騎士であらせられるらしい。そして大人なのだろう。
故に、俺のような者の心配をさせてしまうのは、どこか気が引けた。
「ディオン卿。先ほどの言葉をお忘れでしょうか」
「?」
「嘲りには謙遜を。皮肉には謙遜を。侮言にも謙遜を。自分を卑下することにかけて隣に出るものはいないと自負しております。むしろ先ほどディオン卿から頂いたような言葉こそが私を悩ませるでしょう」
「……ふっ。口だけの者など眼中になかったか?」
「むしろ私のような者が高貴なる方々の目に入るものかと……では」
含む様なディオン卿の笑みにこちらは心底困ったような苦笑を貼り付けて返す。
基本的に下手に出れば俺の出自やら何やらに口を出す者など気分を良くして踵を返すのみ。今更ディオン卿に注意されなくても外野の雑音と付き合う術は持ち得ていた。
無論彼女やダークストーカー発見の時に話したファルシング卿のような高潔な騎士には逆効果らしいが。
兎にも角にも受付は終わった。
後は試験が始まるまで門から続く城壁に背中を預け、俺はしばし庭に集まった様々な志願者達の姿を観察し続けていた。
とりあえずその身につけた鎧やら剣やらの装備を見れば一般兵か騎士志願かを見分けるのは容易い。
騎士になるためには出自と金が最も近い道である。俺の様に実力だけでこの試験に受かろうなどという物好きは一人二人いれば多い方なのだろう。
――――故にこの試験はほとんど貴族の坊ちゃま達が名を知らしめるための披露会に過ぎないのだ。
騎士志願者と思わしき集団の中心を見れば、過度な装飾やら何やらで実用性もない威光だけを増幅させたような鎧の青年やらが多い。
無論見てくれだけでなく魔法付加による高価なアーティファクトなのだろうが、いかんせん戦場で血を浴びながら吼えるような男には見えない。
おそらく戦場に出れば周りを取り巻く屈強な男たちを私兵として狩りだし、自分はその背後で震えるくらいしか脳がないのだろう。
そんな彼らを眺め、一つため息をつく。
実力的に考えれば当然、ディオン卿の言う通りに眼中に入れる余地もない者たちだが、何と言うか『金持ち』で『貴族』である。その二点だけで随分と扱いには骨を折らねばならないだろう。
もしも武術を推し量るために剣を持って互いに戦う事が試験だと言うのならば――――。
(こちらは試験官の度肝を抜くような実力を出さねばならない。しかし一方的に叩きのめせば……)
眉を顰める、なんてものではない。着込んでいる鎧さえも気だるくなるほど重く感じてしまう。意気消沈というか、戦意喪失というか。
そのまま座り込みたくなる気持ちに陥りながらしばし目を閉じていれば、やがて一つの気配が俺の方へ真っすぐと近づくのが感じられた。
気配というか視線というかそんなファンタジーな感覚に最初は戸惑いもしたものだが、度重なる魔術行使と闘いの中に身を置いている影響か、すでに魔術を使わなくてもこの程度の芸当ならば容易い。
「少しよろしいかしら?」
目を開けてみれば、俺の目の前に白銀の鎧を光らせて仁王立ちしていた……少女?
声を返すよりも先に目の前の少女を観察するように視線が動けば、ドレスと鎧を一体化したような一見華奢そうな装備と、見たこともないような美しいウェーブのかかったような金糸の髪を靡かせているのに、自然と感嘆の息が漏れた。
一言で言えば、華麗。俺の顔を覗きこむようにして向けられた瑠璃の瞳もその顔も整い過ぎて絵画のようにも思えた。
「……私の声は聞こえて?」
「ああ、申し訳ありません。つい貴女の姿に見とれていたようで……」
「その言葉、喜んで受け取っておきますわ。私はローズ・フィンロード。以後、お見知りおきを」
「ローズ……良き名ですね。私はディン・セルグリム。今日という日に感謝を」
顔面から火が出るほどの言葉に痒くなる全身を抑えて一礼。
ドレスの裾を摘んでの彼女の一礼は俺と違って堂に入っているようで、なんだか自分の言動が惨めに思えてしまう。14という若さでありながら老けているだの枯れているだの言われる無表情の俺では、この言葉も動きもあまりに茶番だ。
現に俺の礼を受けたローズ嬢は、クスクスと口元に手を当てている。そしてその姿も程良く似合っている。
「お話に聞いていた通り、の方ですわね」
「……話、とは?」
「嫌々というのが滲み出てらっしゃるわよ?」
片目を閉じて優雅に笑うローズ嬢の言葉に、口元がへの字に曲がりそうになるのを必死に抑える。
このやり取りでそんなことを見抜かれるほどのヘマをしたわけではないと思うのだが、どうにも彼女は俺の何たるかを微妙に知り得ているらしい。
しかしダークストーカー発見繋がりの話であれば、先ほどのディオン卿のように知っているかもしれないが……。
「リリィ・フロラウラですわ」
「……成程」
「もう少し楽になさっても構いませんのよ? ディン様のことは彼女からよく聞き及んでいますもの。例えば……まだ分別もつかない年頃から既に聡明であらせられるのだとか」
「そんな。ただの買いかぶりですよ」
「謙遜は面倒な関わりを断ち切るための方便、だとか」
「…………」
此処にはいないあの小生意気な少女に少々の腹立たしい想いを向けつつ、今日何度目かとなったため息をゆっくりと吐く。思いもよらぬ縁に歓喜すべきかどうか。
俺は観念したように首を横に振ることしか出来なかった。
「猫を被ることに意味はないか」
「ふふっ、その方がよろしいでしょう。取り繕ったお姿よりもそのように鷹の眼をしたあなたの方がお似合いですわ」
「あまり評判はよくないのだがな。俺にとって剣呑過ぎる目つきは余計な諍いを起こしやすい。周りの子は良く俺を責め立てたものだよ。生意気だと」
「あら? リリィのお話だと投げられる小石も魔術鍛錬には丁度良いと仰っていたようですけど」
「……随分と仲がよろしいようで」
事実時折背後から浴びせられる意地汚い……まあ、苛めにも似た攻撃は尽くを避けて逃げた。反撃をすれば面倒、ただ耐え忍ぶのも面倒。となれば選択肢は多くない。
そんなことよりも俺のことがリリィの軽い口を以ってして彼女に伝わっているのが一番の面倒なのだが。
貴族同士の繋がりを甘く見ていたと言うかなんというか。ローズ嬢以外にもペラペラと話していたのではないだろうな?
「……ディン様」
「何か?」
「此処に集まった騎士隊の志願者達を見て、どのように思われました?」
質問の意図を測りかねる言葉だった。
おそらくは彼女も俺と同じように騎士隊志願者であるのは間違いないのだろうが、もしやお飾りと化している状況に辟易しているのだろうか。
ローズ嬢の振る舞いこそ貴族の令嬢たるそれに違わぬ優雅さなれど、チラリと見えたその掌には剣を絶えず振り続けていたような傷跡が見えている。
なれば彼女も金と地位ではなく実力で此処に来た輩なのだろう。
「……実力で這い上がる。それが此処においてはもっとも遠回りになってしまうらしい」
「同感ですわ。そこらに這いまわるのは騎士の何たるかも知り得ないような凡夫の群れ。剣を握ることを手段とするのは私も変わりませんが、その目的があまりに下卑ている」
「目的、とは?」
「……リリィの言う通り、昨今の貴族については疎いようで」
「すまんな。そんなことよりも優先しなければならないことがあったからに他ならん」
「頼もしいことで」
困ったようにして笑うローズ嬢に続きを促す。
そういえば昨今の貴族事情など気にかけたこともなかったな。金やら何やらが関わるならば詳しく調べねばならんだろうが、腕っ節一本を頼りにする騎士、貴族など良くて騎士隊長、悪くて見習い。もはや家一軒の領地しか持たないセルグリム家が凄惨な貴族内の策謀に身を置くのは考え辛い。
ひょっとすればどこかの派閥に入らねばならないこともあるのだろうか。
「今、貴族内では次期国王を決める問題でごった返しているのです。現国王のサヴァン王も齢60を越え、その王権を誰かに渡さねばならない時が近いでしょう」
「息子が何人もいることは知っているが」
「そこが問題なのですわ。次期国王として名乗り出ているのは長子リヴァン・リ・ド・フラムバルド様と次子であるウォーヴァン・リ・ド・フラムバルド様。今はダークストーカーの件で大きく表に出ることはありませんが、お二人の争いは熾烈を極めているのです」
名前だけならば勿論聞いたこともあったが、その人となりをどうだと言うのはさすがに知っているわけではない。
だが別段興味も沸かなかった。この目で見たことがあるのは現国王のサヴァン様だけとはいえ、王の座を狙って争うのはこういう世界観なら避けることの出来ない話だろう。
しかし争いでどっちに付くかなどといった問題があるにしても……傍っぱ貴族の俺には関係のない話だろうに。
そんな俺の興味なさ気な態度に気付いたのか、ローズ嬢はその声量を小さくし、口元に手を当てながら俺に一歩近づいた。
「今回のダークストーカーとの戦争が次期国王決定に大きく関わっている、と」
「……ああ、成程。より大きな手柄を上げた方がというわけか」
そのローズ嬢の苦い言葉に俺は合点がいった。
そうと気付いた後で周りにいる志願者達の目つきを見れば、何故か今まで抱いていた印象とはまるで違ったようにも見えてしまう。
どちらの派閥にいるのかは知らないが、ここで手柄を上げて次期国王に力添えしたいと企み、ギラギラとした感情を腹の底に収めている貴族達。いや、収めようともしていない。
「対ダークストーカー国として有名なフラムバルド国であればこそ、なのでしょう。武力こそが名誉と地位を帯び、本質的な力を得る。ひょっとすればそういった事情はセルグリム家の貴方の方が詳しいのかもしれませんが」
「戦争を食い物にするのは俺も彼らも変わらないが……成程、下卑た目的とはそういうことか」
「功績を上げるためであれば手段を選ぶことはないでしょう。彼らには民を守るという気概が何一つ感じられない。噂では領地の税を上げ、私兵として民を半ば脅迫にも近い形で軍を整えているという噂も聞きます」
握り拳を震わせ、その綺麗な顔に怒りを滲ませるローズ嬢の様子に、素直に俺は感嘆の息を吐いた。
下卑た、といっても貴族であるならばそういった仄暗いものを持つことが普通であるだろうに。無論貴族の何たるかを知らん俺の言葉など意味はないが、彼女の想いは真に迫っていた。
しかし別に愚痴を言いに俺に近づいたわけではないだろうに。一体何が目的で、と考えると首を傾げざるを得ない。
ひとしきり怒りに肩を震わせたローズ嬢が、そんな俺の疑問に気付いたのか、やけに姿勢を固くして口を開いた。
「ディン様。私は心の底から民を想い、かのダークストーカーの牙から民を守りたいと決めています……それは貴族としては甘い考えなのでしょうか?」
「……生意気を言わせてもらえれば、貴族としては貴女ほど高貴な方はおらず間違ってなどいないだろう。だが現実としては間違っている。甘いと言えばそうなのかもしれんな」
「やはり。父や兄にもそう諭されましたわ。しかしだからといってあのような者たちと足を揃えるのは、貴族たることを望む私にとってこれ以上ない侮辱」
ああ、成程、と。
さすがにリリィの友らしく、彼女もまた若く、そして素晴らしい人間なのだろう。
なんとなくリリィが俺の事を彼女に話したのも分かる気がした。
「リリィはよく私に零していました。ディン・セルグリムは目的を欲していると」
「…………」
「騎士になるという目的も行きずりに過ぎぬと嘆いていました。しかしその力はそこらの騎士を軽く凌駕すると」
「嘆いたつもりなど無いが、しかし間違いはない……で、貴女の目的は?」
好奇心、冒険心。ゲームのような感覚。希薄な感情
それをリリィがどこまで勘づいていたかは分からないが、ローズ嬢の申し出はおそらく上っ面の目的という点ではこれ以上ないものになるかもしれない。
そう、これは一種のロールプレイだ。
「民を守る盾として、敵を屠る剣として、その力を振るってはみませんか?」
薄っぺらな人生に没頭するには、随分とよい暇つぶしになりそうではある。
修正、修正!