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異世界遊び  作者: にごり
序章 闇に沈む
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第五話 匂い


黒の狂兵、闇より這い出る者、殺戮と破壊の象徴にして執行者。

何とも大仰な名で呼ばれていることに首を傾げてはいたが、実際に対面してみるとその呼び名もあながち間違っていないと感じさせられる。

遠く、此方を狙い弓を引き絞ったまま睨みつける二体の弓兵の口元は弧を描き、身の内に猛る狂気を抑えつけるつもりなく暴虐の意思に染まった表情は如何なるものか。

崩れかけてはいるが斬れ味などまるで考慮していない鈍重そうな手斧と大剣を握りしめたダークストーカーの二匹は、常にその口から死臭を漂わせている。


(…………逃走)


その選択肢を頭に浮かべた途端に、脳内で箇条書きに示される不可能と断ずる状況確認の数々。

数は此方の倍、逃げ込めるカンダネラへは走って30分かどうか――――ダークストーカーがこんなに近くまで来ていたことに何故誰も気付かなかったのか。

今を生き延びることに専念せねばならないというのに、様々な疑念も途絶えず浮かぶ。

そして今は俺の背後にいるリリィを視線だけでチラリと見れば……逃走という選択肢は取れなくなった。


「ディ、ディン……僕は、やれる、やれるから……」


あまりに唐突に現れたダークストーカーの姿にすっかり動転し、状況をよく飲みこめていない彼女が敵に背を向けるのはおそらく無理だろう。

腰を抜かし、恐怖に身体を縛られていないだけ十分過ぎる反応ではあるが。

どちらにしても俺一人ならばともかく彼女を守りながら一目散に、ということは出来そうもない。ならば、共に戦わねばなるまい。


「冷静に。落ち着いて。自分の力を信じ……必要なのは心を揺らがせないこと」


「うん、うん、分かってるよ……分かってる」


「リリィ」


「な、何?」


魔法にしろ、魔術にしろ――――いや、戦いというものにおいて恐怖や焦りというものは何より心を蝕む毒である。精神力やイメージといった心を強靭にせねば魔術、魔法の行使にも影響が出ると言うのならばなおさら。

ならば安心させねばなるまい。どのような言葉を以ってしても。


「弓兵に魔法をぶちかませ……それまでには如何なる害意も俺の後ろには通さん。お前の力を信じる」


「ディン……」


「生き抜くぞ。こんな小兵にくれてやるものなぞ何もない」


「……ふぅ。いいさ、キミにそこまで言われたら裏切れない」


まだ震えはあった。まだ歩は進めなかった。それでもリリィはぎこちなくその表情にいつもの笑みを浮かべていた。

ここから先は彼女に任せるしかあるまい。心の臓を狙い飛翔する矢も、命を吸おうと振り翳される狂気の鉄塊も、何一つここより先には通さない。


鳴らされる戦いの鐘は、身に猛る狂気を抑えきれず空間を裂いた弓兵の捻子くれ曲がった赤黒い矢。

真っすぐに迷うことなく俺に向かってきたその点を、右手に携えた鋼の刃を鞘から抜き放ち、真っ二つに叩き切る。

浮かぶのは、ここまでの芸当を出来るまでに鍛えてくれたロンへの感謝と――――抑えきれない高揚感。既にこの身に平和な前世が残した鈍さなど残っておらず、むしろ剣を振るう事の喜びが滾ってしまっている――――のだと思う。


「ウオォォアアアアァァッ!!」


晴天の青空にはあまりに似つかわしくない小さな小さな戦場に響くのは異形達の振れ切った叫び。気圧されることなどあり得ない。あり得はしない。

左手に鞘を、右手に剣を。もはや耐えることなく弾けるようにして駆けた俺と二体のダークストーカーの間には、ただ笑みしか浮かんでいなかった――――のか?







魔術行使。一気に身体中の血液を沸騰させるようにして内に眠るマナを精神によって叩き起こすと、ディンの視界はまるでスローモーションのようにゆっくりと時が流れた。

身体能力を一気に魔術によって底上げし、奔る身体を獣の如く速さを以って動かす。


一歩、二歩。大きく二体のダークストーカーに踏み込んだディンはそのまま一気に深々と体勢を落した。まるで地を這うようにしてその場に這いつくばり、頭上を越える一閃を茶色の髪を数本断たせるだけで回避する。

さらに飛んできた地擦り気味に近づいてくる大剣に対して、そっと右手の剣を合わせる様にしてそのまま身体ごと動いて受け流す。

接敵して数瞬、ただ暴虐のままに振り下ろされた力を流されたダークストーカーは面白いくらいに無防備な姿を晒し、未だ低い体勢を保っているディンの口元に笑みを作らせた。


「むっ」


しかしその隙を縫うかのようにして一本、二本と弓兵が矢を継ぎ放ってくる。

あまりにも厄介、あまりにも適切。見た目人型の鬼にしか見えぬ姿をしているが、武器を扱ったりその身にボロボロながらも鎧を纏ったりと、知性がないというわけではない。

戦いの申し子とでもいうのか。ただひたすらに命だけを狙ってくる敵に、ディンは冷やりと汗を掻いた。


「しかし」


耐えきれぬわけではない。ディンの確信は早かった。

次々に繰り出される斬撃、弓矢。そのどれも身を翻す様にして紙一重で躱していくディンは攻撃という選択肢を取らずにいれば事実致命傷を受けることなく立ち回れていた。


騎士というのは、いや、凡そ重苦しい鎧を纏う戦士というのは基本的に左手に盾を持つか、それとも両手持ちを利用して破壊力を活かすかのどちらかが一般的なものだった。

その在り方は重戦車のように全てを受け止め、全てを粉砕するといった在り方であろう。そもそもにして重装騎士というのはそういうものであるからにして、間違いはない。


それに比べディンの装備する防具は関節部分や胸下辺りが肌着のままだったりと、いささか相手の攻撃を受け止めるような造りにはなっていない。

無論未だ成長期のピークを迎えず、背丈の低い事情もあるのだろうが、それは彼の戦い方そのものに多分に影響していた。


「ヌゥウウウウッ!」


「まるで扇風機だな」


ダークストーカー。後先考えずに殺戮のみを目的にする狂兵故に、その戦い方はあまりに力任せなものだった。小手先も奇策もなくひたすらに大ぶりで振るわれる血錆びた武器。

そうなれば、鉄壁となりて戦う騎士といった在り方に程遠いディンの闘い方は、非常にダークストーカー向きとも言えるのではないだろうか。


――――先の争乱にて腕一本で貴族にまで成り上がったセルグリム卿の闘い方は、ひたすらにダークストーカーを狩るものであった。


受けとめるという選択肢はディンにはない。

ただ鈍い音を伴って薙ぎ払われる鉄塊を身のこなしだけで避け、決して真正面から受けずに鞘か剣を以って流し、ひたすらにリリィの盾となる。

袈裟切りに払われたダークストーカーの手斧を、体勢を沈め回避する。茶色の短髪であるためにか遮るものなく擦らせた彼の額に赤い線が薄らと走る。


「…………」


もはやディンはこの闘いの場を俯瞰できるほどには気を鎮めていた。

成程、ダークストーカーと呼ばれる集団がこの程度であるならば未だ文明が破壊されず平和を維持している理由もわからなくはない。

ディンの胸の内に蠢くのは、少しの安心と失望らしき感情。


命の勘定を考えずにただ殺戮を望むダークストーカーという存在は、力持たぬ民には脅威なれど、戦を知っている軍隊というものにはあまり驚異的なものではないのだろう。

もしも万を越えるほどの勢力が突撃しか知らぬ戦を以って襲い来るならばともかく、ここ100年の歴史では千に届くかどうかというのがダークストーカーの規模であった。


「……リリィ!」


「目標、ダークストーカー弓兵!」


もはや力を測る意味など無く、ディンが声高に背後にいるリリィに向かって叫べば、彼女はデュアルリングを重ね構えていた。

風もなく靡く彼女の衣服と、その周りに浮かぶ神秘的な光源の数々。魔法の顕現にしてその詠唱。

二つ重ねられたリングの中心を放つべき敵へ向け、その円の中心に浮かぶのは赤茶色の魔法陣。


「穿て烈天、怒りのままに!! 大地の墓標よ、今ここに刻み込めッ!」


響き渡るリリィのどこまでも通るような声に、戦場の空間が歪んだ。

それはイメージが現実となって世界を侵食する証拠であり、天災にも近い現象を人の身で起こす神の御業。

ニヤリと獰猛なまでの表情を貌に浮かべたリリィは、そのまま勢いよく魔法陣の浮かぶリングを地へと叩きつけた。


唱えたのは、地属性中級魔法・『大地の墓標』。

リリィの呼び声に応える様にして地面が揺れ動き、やがて慌てふためく様にして周りを見回す弓兵二体の足元が唐突に盛り上がった。

もはやその変化に気付き足元を見下ろす暇なく勢いよく、岩の塊が槍となって敵を貫く。断末魔など上げる暇すらあり得ない。慈悲の欠片なくダークストーカーを貫いた岩の槍は何本も飛び出ては胴体を穴だらけにしていく。


「ァ……ア? ア………」


やがて大地の揺らぎが収まった時、そこにあったのは血溜まりを大地に作る二体の屍。ピクリとも動かない二体のダークストーカーの串刺し刑の跡が残っているだけだった。


「ウォォアアアアアッ!!」


しかし、残された二体が止まることはない。ただ狂ったように怒りにも似た表情を醜い顔に貼り付けて武器を振りまわすだけだった。

そこには仲間を殺されたことに対する悲しみも痛みもありはしない。どこまでいってもダークストーカーとは殺戮に生きる魔物であり――――。


「……ふん」


果たしてその琥珀色の瞳に映っていたのは何だったのだろうか。

もはや守りに入る意味などなくなったディンの剣が、ゆっくりとコマ送りのようにしてダークストーカーの首元に吸いこまれていった。







一度剣を振って血を払い、チン、と乾いた音を立てて鞘に剣を戻せば、出てくるのは危機を脱したが故の一息だった。

背後から駆け寄ってくるリリィに勘づきながらも、さらに濃くなってしまった赤色の大地を眺め思う。

何故ダークストーカーがこんなところに、と。


「怪我は?」


「ないに決まってるさ。でも、キミは?」


「掠り傷程度だ」


「あっ……額」


「掠り傷だと言っている」


血が流れるほどでもない赤い線を額に作っただけだと言うのに、リリィの安心したような表情は見る間に曇っていく。どうにも俺の周りには過保護な人間が多い。

……まぁ、結局リリィから手渡されたハンカチで額を抑えながら、足元に転がっているダークストーカーの亡骸を調べるべくしゃがみ込む。


死しても尚憤怒の表情を貼り付け、形も闘い方も人間とは同じだと言うに、皮膚から何まで全く違う。まるで見てくれにも攻撃的なものが含まれていそうである。

いやはや、力もない者がこんな形相をした鬼に睨みつけられれば腰も抜かすか。


「…………はぁ~」


「どうした? 気が抜けたか?」


「……当たり前だろう? 初めてダークストーカーに会ったんだ。本の中か家で雇ってる古参の兵とかにしか聞いたことがなかったよ」


「まぁ、道理か」


ダークストーカーの身体に付いている、どこで造ったのかわからないようなガラクタ鎧を弄くりながら答える。

無駄に刺々しい装飾があったり、造りの一部に生き物の骨のようなものが見られたりと、恐怖の権現と言われる理由も分かるような気がする。……無駄におどろおどろしい見てくれだとは思わないでもないが。

そんな感想を覚えていれば、ふと、リリィが訝しげな眼で此方を見下ろしているのに気付いた。


「相変わらずだね」


「は?」


「感情が希薄」


「…………」


まっすぐに此方を見つめるリリィに、俺はしばし応えるべき言葉を見失った。

正直な話、そういったことは自分でも少なからず気付いてはいた。異世界に転生し、全く違う文化に触れ、生き死にの経験さえしているというのに、この心が崩れるほどに動くことはない。

そう、どことなく他人事のようにディン・セルグリムという男を演じている節がある気がするのだ。


唯一はっきりと分かっている冒険心や好奇心といったものすらも、本を読むだけに終わり自ら足を動かすほどでもない。

鬱陶しい家の事情や周りの評価すらも朧気に心に残るだけであって、怒りや悲しみよりも諦め染みた呆れしか出てこない。

まるで、つまらないゲームを淡々とこなしているような。


「あの化け物たちを前にして眉ひとつ動かさないキミを僕は頼もしく思う。でも……それが何よりも悲しい」


「……お前より血に慣れているだけだ。俺も初めて戦った時は震えていた」


「じゃあその時のこと覚えてる? 思い出せばベッドの中で震えるくらいに怖かった?  僕は……食事も取れなかった。久しぶりに母上の胸にしがみついて眠ったよ」


鮮明に思い出せるほどには、記憶に残っていない。

そしてそれを知ってもなお、俺は、別に、何も。

転生の時に心の一部でもどこかに落してきたのだろうか?

――――どうでもいい話だと思ってしまうのだが。


しばしの静寂。血の海の中で俺たちは互いに吐きだす言葉もなく、立ちつくしていた。

何にせよ、答えも出ぬことに迷うよりも今は為すべきことがある。

例え少数とはいえダークストーカーがこんなカンダネラの近くまでいるというのは少しばかり異常だ。そこら辺の観測を国が怠っているというわけでもないだろうし。


「報告しておくべきか。ともかくここから離れた方がいいだろう」


「…………」


「駄々を捏ねてくれるな、リリィ。事態は一刻も争う」


「……ま、腰を抜かしそうになっていた僕が何を言っても勝手な物言いにしかならないか」


「そういうことでは」


「分かっているさ…………分かっているよ」


二度続けたその言葉に、俺は何も言う事ができそうにない。

が、今は兎に角カンダネラ城に赴いて事の報告を済ませた方がいいだろう。サセズの依頼を完遂できぬことには、まぁ、しょうがないと言う他ない。どうにもウェアウルフを惨殺した者がこのダークストーカーだとすれば、カウラの森に他の奴が潜んでいるとも限らない。

……後で謝っておく必要があるか。


「じゃあ、さっさと行こうか。またダークストーカーに襲われたくはないし」


「そうだな。が、ちょっと待て」


デュアルリングを腰の後ろにぶら下げ、やれやれといった風に踵を返すリリィを留め、俺はダークストーカーの亡骸へと近づいた。

そして腰から剣を抜き放ち、瞳を剥いたまま転がる遺体から首を切り取って腰元のポシェットから取り出した布袋にその頭部を入れた。


「……何してるのさ」


「子供が証拠なく喚いても大人は信用せんだろう。一応返り血に塗れてそれなりに説得力ある格好にはなっているが……生憎、俺たちがこうなるのはほとんど日常茶飯事だろうしな」


「だからってそんな、頭ごと……」


「耳でもいいが……まぁ、一応のためだ」


「…………これじゃあ街中なんて歩けないね」


「西側の門から入るぞ。城までは一番近い」


疲れたようにして息を吐くリリィを宥める方が幾分苦労しそうな気がする。

まぁ、互いに無事で何よりだ。







戦闘の疲れさえふっ切って急ぎカンダネラ城に向かえば、当然の如く門前で衛兵に阻まれた。

最初ばかりは血を纏った俺の姿に賊でも入り込んだかと槍を向けられたが、これでも貧乏貴族で戦士ギルドに通い詰める子供としてある程度の知名度は持っているつもりである。いかんせん喜べるような内容でないために、なんとも微妙な話ではあるが。


「セルグリム家の長子、ディン・セルグリムだ。急ぎ王にお伝えしたい話がある。どうか通して頂きたい」


「……話とは何だ」


「ダークストーカーが現れた」


言葉にすれば衛兵の顔が青ざめるのは早かった。

予想では俺の言葉など一笑に伏されるかとでも思ったが、さすがに血だらけの子供を前にしてそこまで、というわけではなかったようだ。

兎にも角にも王と言わず、せめて騎士隊辺りの人間には話を伝えておきたい。この状態で王にお目通りが出来るとは思わないが――――などと思いながらリリィと二人応接間らしき場所で待たされて数十分後。


「王が直接話を伺いたいらしい。ついてこい」


なんともまぁ、急な話である。さすがに手土産に証拠として持ち帰ったダークストーカーの頭部を見ればそんなことも言ってはいられなくなるか。


「王様に会うの、久々かも」


「会ったことがあるのか?」


「……カンダネラにいる貴族なら大抵はパーティーとかに呼ばれると思うけど。さすがに面と向かって話すようなことはないけどね」


貧乏でよかったのか、悪かったのか。

せいぜい粗相を働かないように気を付けよう。







まるで俺の家とは比べ物にならないほどに高い天井。視界に入るもの全てが新品同様に輝くほど手入れされたものばかり。壁も床も、窓も何もかもが王族の住まう建物として申し分のないものを見せている。

城そのものが美術館のようにも思え、足元をずっと伸びる赤い絨毯さえ踏むのが憚られてしまう。


「……来ないね」


「黙っていろ」


何とも豪華な彫刻を施された玉座を前にして、俺たちは王の間でずっと立ちつくしていた。

辺りは静寂に包まれ、俺たちの周りで立っているフルメイルの近衛騎士たちも無言のまま。息がつまりそうな状況に顔を歪めざるを得ないが、ここで文句を言えばいつ剣が振り下ろされるかわかったものではない。

隣で立つリリィの声にすぐ注意を差すが、遠く、玉座の周りで立つ近衛騎士の視線が俺と合った。


肩口まで伸びた金髪と凛として整った顔立ちを持つ騎士らしい容姿を持った彼は、たしかヴァン・ファルシング卿。

30に満たない若き騎士であり、その若さで近衛騎士隊長の任を任されている清廉な方だとか。

所詮父母の僻みにも似た話が情報源故にどこまで信用していいかわからないが、油断なく鷹の瞳で此方を睨みつける限り、油断のあるような方ではないだろう。


そんなことを頭の片隅で考えていれば、誰かの鎧がガシャリとなる音がした。

それを皮きりにして続々と王の間に集まった騎士たちが一方に跪き、俺とリリィも慌ててそれを真似て頭を深々と下げた。

やがて王らしき人の足音が近づき、目の前の玉座にゆっくりと腰を下ろすような状況を感じさせられた。


「面を上げよ」


荘厳な雰囲気を以って放たれたその人の声は、歳を召したようなしわがれ声であってもなお、低く耳の底に残るような魅力的なものを残している。

その人の声に短く答え、ゆっくりと頭を上げ、視界に玉座に座った人物を入れる。

赤や黄金といった鮮やかな王衣に身を纏い、真っ白な髭を胸の辺りまで生やしたその姿は、確かに脳裏に浮かべた『王』という人物像と似通っていた。

しかしそこに愚帝を感じさせるような気安い空気は無く、皺だらけの中に光る瞳はこちらをまっすぐ捉えて離さない。ただ其処に座っているだけだと言うのに、無意識に俺は喉を鳴らした。

フラムバルド国王、サヴァン・リ・ド・フラムバルド。老王たるその男が俺に嘘を許さぬ瞳を浮かべていた。


「そなたらがダークストーカーの報せを持ち込んだ者で相違ないな?」


「はっ。先刻、平原にて彼奴らと接触、そして戦闘の後に殲滅。そのままこれらの午を伝えるべく城へと足を運んだ次第であります」


出来るだけ無駄なことを省き、事実だけをすぐさま答える。

俺の言葉に周りの騎士たちが、そしていつのまにか居た大臣らしき数名の男たちがざわめき始める。さすがにダークストーカーの一件には動揺を隠せないか。


「カンダネラより半刻、カウラの森近くの平原でと聞いているが……お前たちがダークストーカーを発見するまでの推移を大まかに知りたい」


「はっ。我らディン・セルグリムとリリィ・フロラウラは共に戦士ギルドにて受注した任務のため、ウェアウルフ討伐を報告させていただいた現場にて行うつもりでした」


「しかしそこはウェアウルフの死骸が散乱しているのみ……その中の一部の死骸がカウラの森まで引き摺られている跡を見つけましたが」


「そこで奇襲を受けた、と」


「はっ。現れたのは4体。二体の弓兵が岩陰よりこちらを狙い、残り二体の剣兵は土の中より這い出る様にして」


「土の中より…………ふむ、ジャイアントワームの類でもなく?」


「彼らが持ち込んだダークストーカーの亡骸を見れば一目瞭然でしょう」


俺とリリィの証言が並び立てられていくうちに続々と意見を交わし合い始める王の直臣たち。彼らの話は紛糾することはないとはいえ、その声には切羽詰まったものを感じさせる余裕がないものだった。

徐々に大きくなる不安の声が王の間に広がっていく中、老王はただ静かに口を開いた。


「静まれ……ともかく、ダークストーカーの出現は間違いなさそうだな……前侵攻より十余年か」


「…………」


「そなたらの無事と、血を恐れぬ勇猛に感謝を。御苦労だった、下がってよい」


「…………はっ」


最後の最後に此方に笑みを向けてくれた王にもう一度深く頭を下げ、足早に王の間より退出する。今後の国の動きに興味がないわけではなかったが、俺たちのような子供が図々しく言葉を差し挟むなどもっての外だろう。

そんなことよりも……なんともまぁ、最低限の礼儀は知っているとはいえ、それなりに緊張するものだ。隣で右手と右足が同時に動くリリィを横目で見つつ、俺はそんなことを考えていた。







無事に何かしらの騒動に巻き込まれることなく淡々と報告するだけで終えた謁見だが、だからといってこのまま帰るというわけにはいかない。

情報を統制のために城内の応接間で待機する俺たちの下には近衛騎士隊長のファルシング卿が訪れていた。


「本来であれば、情報を詳しく集めるために君たちの協力も欲しい所だが……まぁ、仕方ないか」


「我らはたまたま生き残ることが出来た匹夫の勇に過ぎないのでしょう。そもそも我らの様な子供が」


「あまり自分を卑下してくれるな、ディン。王の言葉を虚にしない為にも、な」


「……失礼いたしました」


行き過ぎた謙遜はどうのこうのと聞いたことはあるが、さすがに言い過ぎたか。俺の言葉に困ったような顔を浮かべたファルシング卿に頭を下げる。

何だか、頭を下げてばかりのような気がするが、基本的にこういったやり取りが普通だろうか。目上に当たる貴族や王族などと話す機会がなかったせいで、何だか珍しい感覚に陥る。


「それに、君たちの噂は私も聞き及んでいるよ」


「……それは、何とも、申し訳ありません」


「ははは。謝ることはない。実力の伴わない騎士も大勢いる中で、きちんと闘いを経験した者ほど貴重なものはいないからな」


「と言っても、さすがに彼には騎士の役目は務まらないと思いますが」


「おい、リリィ」


何故かは知らんがファルシング卿の言葉を否定するリリィの腕を引きながら、そんな俺たちの様子に眼を丸くした後に笑うファルシング卿にどのような顔を向けていいか困ってしまう。

どうにも、あまりに騎士らしい清廉とした人物を眼の前にすると何を言っていいか分からなくなってしまうらしい。


「…………おそらく、ダークストーカーが現れたとなれば一年の内には戦争が起きるだろう」


「すぐに始まるわけでは?」


「奴らは戦力を小出しにするような戦争はしない。策もなく、ただ兵を集め突撃させる。だから……まぁ、今の段階でどの場所にどれほど兵を溜めこんでいるか分からないから何とも言えないのだが」


「猶予、ですか」


「その通りだ。だがダークストーカーとの戦争は最初の一波さえ耐えれば我々の勝ちだ。人間同士のように何年と策を弄しながら続くと言うのは稀だからな」


という話を聞けば少しはましに思うかもしれないが、逆にその最初の一波を止めねばずるずると国は崩壊していくだろうし、その最初の接敵で多くの兵が死んでいくのだろう。

ただ殺戮のみを求めるダークストーカー。戦争は利益を求めてなんて言う話があるが、まるでそんなものありはしない。


「まぁ、戦時ともなれば君の名が求められることもあるかもしれない。戦える人間を、騎士にさえ届く力があればなおさらだ」


「…………」


「といっても隣のお姫様はそれを望まないかな?」


「……別にそんなこともないですけど」


「ふふふ、まぁ、今はゆっくり家に帰って休むといい。それと褒美としていくらか金貨も出されているから後で届けさせよう」


それだけ言うとファルシング卿は足早に俺達の下から去っていった。

にしても、先ほどからむくれっ面を見せるリリィに首を捻る。

彼との間に何かあったのか?


「リリィ、ファルシング卿相手にあまりああいった言葉は……」


「望んでもいない道に引っ張る輩は好きになれなくてね」


「別に彼はそれを勧めただけだろうに」


「じゃあさ、騎士なんて目指さず一緒に冒険者にでもならない?」


「は?」


このタイミングで言いだす意味がまるで分からない。

だが、その表情を泣きそうに歪めて口を開けば、そのような提案を示した意味も理解出来た。


「……戦争は、嫌だね」


「…………」


どこか縋る様にして呟くリリィの声に、俺は沈黙を返すのみ。

戦争。今の今まで俺の仮目標のリミットとして定めたものだが、唐突にそれが目前に迫ればどこかしら逃げたいという感情も少なからず出てくる。

近しい人が死ぬというのは、許容出来る様なものではないのが当たり前なのだから。



あー、全然足りない。もっと読んでる人が悶絶するくらいの厨ニが欲しい。

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