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異世界遊び  作者: にごり
序章 闇に沈む
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第四話 血の足音




何処まで行っても天辺の見えない鍛錬を繰り返すだけとなった幼少期ではあったが、剣を振るい魔術を行使するという現実は俺から作業感すらも取り払ってくれる。

それと共にどうやらロンの俺に対する剣才の評価に間違いはなかったのか、自らの成長を認識できる程度には剣の腕が上がってきているような気もする。

剣を振るう度に耳に届く風切音は重くなり、ロンの振るう木剣の軌跡もよく見える。調子が良ければ今は年老いた老兵と言え、一端の達人であるロンからも一本は取れるほど。


無論、それほどまでの実力を持つ頃には既に12歳にもなろうかという話ではあるのだが。


繰り返し繰り返し鍛錬を重ね、そして両親からお小言を貰い、貴族のお坊ちゃまから適度に邪魔され、リリィと共に親交を深める。

変わり映えのしない日常だったが、それに飽きることは無かった。時にロンやリリィが持ってきてくれる書物を糧に世界に関する知識を蓄えるだけでも、俺は満足できる人間であったから。


――――などと思っていたのは過去の話。


力を付ければ付けるほどにそれを試したくなるのは人間の性なのか。兎にも角にも鍛錬相手のロンにばかり木剣を――――今となっては普通の鉄剣を振るうだけでは、どうにも微妙な感情が心の奥底で蠢いてしまっている。

もう1年か2年でも経てば騎士として名を上げる機会を得るくらいの歳には届くだろう。無論そんな歳で騎士隊の募集に名乗りでる者などいはしないが。


まぁ、こじつけをするわけではないがいつまでも訓練ばかり重ねていても実戦においていつものように戦えるか、と問われれば首を振らざるを得ないだろう。

無論この世界にもダークストーカーとは別の、人間を害する魔物のようなものも存在する。いつまでも人型ばかりを相手していてはそれこそフラムバルド国の儀式剣。ダークストーカーや人間以外とは戦えないお飾りの剣だ。


そんなことをもんもんと抱えていた俺に対して、両親たちの出した答えは実に明白だった。

街の外に出て魔物とでも戦ってくればいいのではないか。もしくは国の兵隊を動かすほどでもない小事に悩む平民の手伝いでも、と。

簡単に言えば外にいって狩りでもしてこいとのこと。無論過保護の気があるロンは顔面を蒼白にさせて俺を引きとめたのだが……まぁ、実力的な話で留めるのならばこちらも引かざるを得ないが。


俺が初めて街の外に飛び出し、少し離れたカウラの森と呼ばれる場所に群れを為す狼を討伐すると決めた時、ロンの心配っぷりは逆に見ていられぬものがあった。

何度も俺が身に纏うロンのお下がりの鎧を撫でまわし、幾度も口頭で腰にぶら下げたポシェットの中身を並べ立て確認し、肩に手を置いて真っすぐな視線を寄こしては瞳に涙を浮かべる。

……過保護なんてレベルじゃない、が――――まぁ、それほど心配してくれることも俺には嬉しく思えた。


今となっては笑い話にでも変えようかと思う今日この頃だが、少なからず命のかかった荒事に俺が向かう時は、決まってロンは過剰なまでの世話を焼く。

既に歳は13。日本的な話で言えばまだまだ子供の域を出ないひよっこだが、それを許してくれる環境にはまだいない。

覚悟を決めていないのはロンか、それとも俺か。


今日も俺はロンのくれた鋼の剣を腰に下げて街に向かう。







だがしかし、そんな外に戦いの場を求める俺の隣を歩く人物が現れたのはいつだっただろうか。初めて俺が全身に返り血を浴びて帰宅した次の日には既に彼女の姿があったような気がする。

思春期真っ盛りの身体は徐々に女らしさを湛え始め、年月が経っても貴族の令嬢とは似つかわしくないラフな格好でニヒルな笑顔を浮かべる少女。少しばかり装飾の施されたドレスのような上着と、相変わらず健康そうな肌を惜しげもなく見せる真っ赤なスカート。

ともすれば日本で見られるような女子学生にも似た制服ではあるが――――まぁ、どうしたものか。


「ん? どうしたんだい?」


「…………いや」


随分と伸びた赤の髪を一本の三つ編みにして背に下ろし、傍から見た彼女の髪形は幼いころから変わらないショートヘアにしか見えない。

だがしかし成長を遂げた彼女の顔は何やら怪しげな雰囲気を醸し出し、時折此方を誘惑するような笑みを浮かべてクスクスと笑う。

そこらの貴族連中よりもずっと薄い化粧しかしていないというのに、何故もこうその年齢で妖艶なものを出せるのか。


幼少からの知り合い、リリィ・フロラウラは相も変わらず俺の隣に飽きずにいてくれる。

はっきり言って、喜んでいいかどうか微妙な状況ではあるが。


「……リリィ」


「お断りだよ? それに今更じゃないか」


「しかしな」


「何度も言うけど甘く見ているつもりはないよ。自分でこの道を選んで、それに相応しい力を手に入れ、キミの隣に立っている」


「…………」


俺やリリィの家がある首都カンダネラ、フラムバルド城の城下町を二人並び歩きながら、俺は深く息を吐く。

商店街を歩く俺達の周りを行く人々は活気に満ち溢れ、そこらに開いている各店の主が客を呼び寄せようと声を張り上げている。

鉛色の武具を取りそろえた店、軒先に大きなトカゲのような皮をぶら下げた雑貨店、顔を歪めかねない色をした容器の回復剤らしきビンを売る薬店。ファンタジーにありがちな店と、前世と変わらぬ人の営みを感じさせる普通の店。

そんな店の立ち並ぶ大通りの真ん中を二人で歩く。


「勘当されても知らんぞ?」


「別にいいさ。キミに貰ってもらうから」


「……そう簡単な話ではないだろうに」


「あれ? 貰ってくれることには反論しない?」


一歩俺の目の前に進み出てて、本当に嬉しそうな表情を浮かべて身体を傾けるリリィの反応に辟易としたものを感じつつ、論破出来そうもないことを思い知る。

もはや彼女がここまで行動力を発揮するとは。


外に鍛錬の場を求め行動する俺の話を聞いてから何カ月経った頃だったろうか。ロンから譲り受けた年季の入った鎧を身に纏って家の門に立つ俺の前には、どうにもいつものような私服に見えない格好をしたリリィが立っていた。

その腰の後ろに、どう考えてもか弱いお嬢様には扱えないようなオーダーメイドの二個一対の円盤型武器・デュアルリングをぶら下げて。


嫌な予感が、なんてものではなかった。

日に日にフロラウラ家の望む方向性とは交らぬ願いを膨らませていたことには気付いていたが、まさか俺と一緒に武器を取ることを選ぶなどと。

無論中途半端だと言われていた魔法の技術さえ習得して、だ。


「いや、今更だからどうと言うこともできないが」


「そうそう、早めに諦めた方が人生楽なものさ」


諦めずに家にも噛みついた女が何を、と口から出かけたが、本当に今更な話だ。

既に幾度も共闘し、その美少女然りといった顔と身体に魔物の返り血を浴びせた俺にとやかく言う資格はない。

ましてや、彼女との共闘に内心喜びを感じている状態では。魔法というものを現に目にし、それを援護として受けられるという贅沢さに俺は慣れてしまったのだろう。

――――見た目麗しい少女が隣にいるという褒められぬ理由も少なからずはあるのかもしれないが。


「さて、今日はどんな依頼があるだろうね?」


「これでも一国の城下町だ……大小はあるだろうが、ギルドに依頼がなくなることはないだろうよ」


「だとしても最近は狼狩りばっかりだったじゃないか……平和なのはいいけど鍛錬の一つとして考えるとどうもね」


「ならばそこらの古代遺跡にでも潜り込んでみるか?」


「まさか。そこまで自惚れてないよ」


向かうは城下入口にある戦士ギルド。言ってみれば冒険者などといった腕に覚えのある者に仕事を斡旋する仲介所のようなものだ。

いくらダークストーカーに対する戦力を多々有するフラムバルド国とはいえ、いや、むしろ強大な力を有するがこそ、小事に一々関わってはいられない。故に国には申しつけられない荒事はほとんどここに集うと言って過言ではない。

小金を稼げる場所であるせいで、少々荒くれ過ぎる者共が集ってしまうのが玉に傷だが。


「でもいつかは行ってみたいな……遺跡にはまだ発掘されないアーティファクトや魔道書が数多く残っているっていう話だしね」


「専門の発掘屋……トローバーだったか。まぁロマンを求め遺跡に潜るトレジャーハンターとなれば、賛同出来ることもなくはないが」


「やっぱり本で十分?」


「……さぁな」


「相変わらずだね、ディン」


よく舗装された石畳を二人並んで歩く中、クスクスと笑うリリィの声を背後に、俺は少しだけ歩く歩幅を大きくした。







国の首都にて開かれる戦士ギルド故か、多くの猛者達を受け入れた建物も扉も荒くれ者を呼び込むにしては随分と小奇麗なものであった。

ファンタジーの多くは中世ヨーロッパを基としてという話ではあるが、この世界でも大体はそういう感覚を覚えてしまう。化け物やら魔法といった概念が基となったそれらよりもはっきりしているため、無論違うところは多いが。


兎にも角にも既に慣れ親しんだ扉を開ければ、建物内には数人の冒険者然りといった装備をした男たちがうろついていたり、壁には賞金首らしい人間が描かれた紙切れが張られていたりと中々に凡庸な世界観を見せつけてくれる。

そんなこんなで、カウンターの向こう側にいる受付嬢が貼り付けられた笑顔を浮かべて俺とリリィに向けて声を掛けてきた。


「あら? 今日は早いのね。」


「あまり難しくないものを頼む。出来れば魔物討伐のような身体を動かせるものを」


「ご機嫌は如何かな、レディ」


「それなりよ、リリィ。まったく、そっけないのもいいけど少しは世間話の一つでも咲かせられないのかしら? ディン」


「ならば仕事終わりにでも茶に誘おうか? ……何にしても今は仕事中だろうに」


「お誘いは結構よ。どこかの誰かさんの魔法の餌食になりたくないしね」


「ふふふ」


背後で薄く笑うリリィに恐々しつつも、漆の様な黒のロングヘアーをかき上げる受付の女性に一つ苦笑を飛ばす。

血に濡れた冒険者たちを暖かく迎えるというよりかは、どこかさらなる闘争に誘うような惑わせる色気を漂わせるのはレディと名乗る女性。

いつも笑顔を浮かべるのは結構だが、こんなむさくるしい男達しか寄りつかないような仕事場だと考えると何か冷やかなものを感じてしまう。


「それで、依頼だったかしら?」


「あ、ああ」


「あんまりつまらないものは回さないでおくれよ? もう迷い猫を探して街中を走りまわるなんてまっぴらさ」


「同じ女性としてはあまり物騒な仕事は回したくないんだけど、リリィにとっては侮辱かしら?」


「気遣いは有難いけど、この世の女が全部一緒ってわけじゃないだろう?」


「…………はぁ。ま、今更言っても無駄ね。ディン、ちゃんと守ってあげるのよ?」


「……善処する」


口では女性には勝てぬものなのだろうか。一語一句に恐ろしいものが隠されていそうで踏み入ろうにも足を留めざるを得ない。

家の母のように単純な女であれば楽だろうに。


兎にも角にも俺たち求めるのはギルドに寄せられた依頼。無論依頼を達成すれば報酬が出るのがお約束ではあるが、別段ここは気にしなくてもいい。お家的に金が必要なのは当然だが、たかが銀貨数枚でどうにかなる話ではない。

こちらの達成感を満たすためだけのものであればそれでいい。

となれば、後は此方の力量と依頼を受ける場所を絞り込めばいいのだが。


「これはどうかしら? カウラの森――――あなたの初陣の森ね。そこでウェアウルフに襲われた商人が依頼人。依頼内容は襲われてそのまま置いてきた荷物の回収。別にウェアウルフを相手にしなくてもいいんだけど……まぁ、好きにしなさいな」


「その商人、よく生きて帰れたね」


「荷物を囮にって話だったわ。最近じゃウェアウルフがこの近くに現れることは少なかったんだけど……どこかの誰かが同胞の狼を矢鱈目ったら狩ったからかしらね?」


「その程度で奴らが動くものかよ。ただの狼とウェアウルフの間に仇討を望むほどの関係はない。あって縄張りをけん制するくらいの剣呑なものだ」


「ホント、本の虫ってのはからかいがいが無いわね。その上こんなに実戦を重ねちゃって」


「……依頼人はどこだ」


これ以上くどくど言われる前にさっさと依頼を受けて退散したほうがよさそうだ。

受注の内容をレディに口早に並べ立て、けらけらと笑うリリィの腕を引っ張ってギルドより逃げるようにして出ていく。

俺達のやり取りを眺める他の冒険者たちの視線は、生温かった。







ディンとリリィが請け負った依頼の主と会ったのは城下町の入口とも言える、カンダネラ東の巨大な門の前。

カンダネラという巨大な都市故か何人もの衛兵が立ちふさがっている物騒な場所で、一人肩を落としておろおろと所在なくうろつく一人の商人らしき見てくれの男が立っていた。

男の名はサセズ。ウェアウルフに襲われたというがどこか怪我をした様子はなく、どうやら情報通り荷物を囮にして無事逃げだせたらしい。


といっても商人にとって命とも言える商品の多くを失くしてしまったことは致命的なことに他ならない。

依頼を受けたと申し出たディンとリリィの言葉に不安そうな顔を一転し綻ばせ、そして二人のみてくれに片眉を下げたまま唖然とした。

戦士ギルドに駆けこんでみれば、送られてきた受注人は自らの歳の半分にすら届いていない子供二人。少女の方は高価そうな防具や武器を持ち歩いてはいるが、少年の方は足りない背丈に合わせた様なちぐはぐとした鎧を纏い、実に頼りない。


事実、リリィの装備は所々金に物を言わせた魔の加護が付加されていたりで、ただの軽装とは思えぬ機能を持ってはいるが、ディンのものはそんなものなど一つもない普通の鎧。

既に年上のリリィの背丈を越えるほどには成長できているとはいえ、市販の鎧を身につけられるまでとはとても言えない。

故に全身鎧の中でも胸当てや手甲など辛うじて装備できるものだけを身につけたその有様は、一般的な戦士から見ればあまりに頼りない見てくれであった。


「あ、えーと……あんたたちが依頼を?」


「……依頼を受けたディンと、こっちがリリィだ。依頼人のサセズだな?」


サセズからしてみれば見下ろす形になるディンの年相応とは思えない物言いに一瞬ムッとしかけたが、彼が徐に見せた手形の内容に渋々見た目で判断することを止めた。

戦士ギルドに登録している者のランクを示すような役割を示すそれは、銀のブレスレット。一級、とは言えないが依頼内容であるウェアウルフの駆逐くらいであれば問題ない程度の者に送られる物だった。


「もしかして、どこかの貴族様で?」


「依頼を俺たちが受け、そしてあなたの望みを達成する。それ以外に何か問題があるか?」


「……依頼を成功してくれるのならば構いません」


ディンの物言いに踏み入ってはならぬものをすぐさま読み取ったのはさすが商人といったところか。貴族が望んで平民の依頼を受けるなど訳ありのものとしか思えないだろう。

ニコニコと絶えず笑顔をディンの後ろで浮かべているリリィの反応もサセズには不気味に思えたが、それ以上に重要なのは荷物の行方だった。


「カウラの森とは聞いているが、商人が森の中を通るものか?」


「いえ、確かに依頼書にはカウラの森と書きましたが、私が襲われたのはその外れ……森の入口というか」


「何でそんな所を通ったのさ。護衛も付けない商人だったら街道から外れずに行けばいいのに」


「……その、近道を、ですね」


「急がば回れ、か」


リリィの問い詰めに居心地が悪そうに白状したサセズ。その気持ちに分からんでもない気を起こすディンであったが、脳裏に浮かんで無意識に口から出たのはその言葉だった。

しかし森の奥深くということであれば危険度も一気に増えるのだろう。もしもウェアウルフたちが荷物を自分たちの塒まで運びこんだとすれば面倒な話にもなり得るが……どちらにしても腕試しを望むディンとリリィからすれば別段問題にもならない。


リリィが家より持ち出したカンダネラ周辺を描き示した地図にサセズの証言を照らし合わせ、明らかになった襲われた場所はこの首都より1時間も歩けば着くであろう、本当にカウラの森に近くもない様な平原。

確かに街道からは外れているが、どうにもウェアウルフがこんな場所まで、とディンは首を傾げざるを得なかった。


「……本当にウェアウルフだったのか?」


「ほ、本当ですよ! 遠くに見えるカウラの森から一直線に此方に向かって来て……驚く暇がないほどの速さで駆けて来るもんですから、もう」


「……まぁ、この街からもそう遠くない。もしも森の中まで荷物が運ばれていたら時間は掛かるが」


「僕たちに任せておいてってやつさ」


ふふん、と両手を頭の後ろに組んで胸を張るリリィを横目に、ディンはどこか妙な感覚を覚えていた。







「多分、もうすぐ現場だと思うけど……そんなに心配?」


「心配というか、な。ウェアウルフの生態から考えると森の中にも入らん人間を真っ向から襲うというのはあまり無い傾向だ。奴らは基本木の上や影からの奇襲戦法で狩りを行うことが多い」


「サセズさんが一人だったからじゃないかな? 縄張りに近づいたら否が応でも威嚇なりなんなりはすると思うけど」


「縄張りなどあり得んよ。元々ウェアウルフは森の奥深くに縄張りを作り、森に迷い込んだ者を仕留める生き物だ。平原近くにまで勢力を広げるほど数も多くはない。ウェアウルフが『森人』と呼ばれているのは知っているだろう?」


「……気にし過ぎだと思うけどね」


子供の膝にすら届かない程度の草花が生え渡る大平原。カンダネラ近くの街道から少しだけ外れ、カウラの森との中間地点ほどの距離の場所をディンとリリィは二人歩いていた。

途中途中で3,4匹の狼の群れにも出くわしたが、所詮本腰を入れて戦うような相手ではなく、二人の手に持つそれぞれの武器で血を流しただけに終わった。


宝石などの魔道士に有利な装飾と加護を施しながらも、突き出た刃の群れを円形に並べた輪状の武器はリリィ。扱い方は双剣にも小太刀にも似た踊る様にして戦う舞闘形態。

その身に纏う衣服と合わさってか戦場で舞う踊り子のようにも見えるが、両腕を振るう度に血飛沫すらも共とするそれは死神とも見紛う。

どちらにせよ未だ15という歳で扱うには難しい武器ではあるが、実力見た目共に彼女には不思議なほどによく似合う。


それに比べディンは――――未だ腰にぶら下げた剣を抜き放たぬまま鞘で狼の脳天を叩き潰していた。

未だその本身を抜くこと無く、それが出来るくらいに彼は数多の鍛錬と実戦を越えていた。


「そろそろ見えるかな?」


「サセズの荷物とやらは荷車一台らしいが……どうだ? 見えるか?」


「ディンが見えなきゃ僕も見えないよ」


幼いころから身体能力を上げる魔術を鍛えているディンの眼が何も捉えぬのであれば、リリィのそれに何かが映ることはない。

平原にぽつぽつと並ぶ岩陰から隠れてサセズの言う現場近くを眺めるものの、そこには襲われて散乱しているであろう荷物の影も形もなかった。


「……近づくか」


「了解」


いつまでも平原に生え渡る低い草花に隠れてウェアウルフが奇襲を仕掛けてくるという可能性は低い。

警戒を弱めぬままに少々開けた草原の広場に近づけば、徐々にディンの表情が曇っていく。

彼の鼻を掠めたのはどこか腐りかけた血生臭い香り。リリィもまたその匂いに顔を歪めながら、声を出さず問題の場所へと近づいていく。

そしてそこにあったのは。


「…………襲われてさっさと逃げたって話だったよね?」


「…………」


リリィの強張った声にディンは答えない。ただその場にしゃがみこみ、そこら中に散乱する血肉の破片をじっと見て動かなかった。


そう、サセズが襲われたと証言した現場に広がっていたのは、襲ってきたはずのウェアウルフが肉片と化した血の海だった。

唐草色の地面がどす黒い血の色で染められ、ウェアウルフのものと思われる体毛の濃い身体は細切れに散らばったまま。その中にも事切れたウェアウルフの頭部が幾つか転がっている。


「他の誰かが、かな?」


「人間の手による……にしてもおかしい。鋭利な武器を使ったかのような断面図のようだが、ここまでバラバラにする意味はない。毛皮をはぎ取るでも、心臓を抉り取るでもない」


「心臓なんて何で抉り取るのさ」


「魔道士ならば覚えておけ。ヒトに良く似た獣人の心臓は研究に扱われることも多い。医術然り、魔法の呪術的な実験然りだ」


「…………覚えておく」


口元を裾で抑え、凄惨な光景に吐き気を覚えつつもディンの言葉に応えるリリィであったが、やはり顔色は悪い。無論彼女とて何度も血も死体も見届けているのだが、それでも尚、この光景はあまりに狂気に満ちていた。

まるで何の目的もなく、血に誘われるがままに殺戮の限りを尽くしたように散らばる獣人の肉片は、例えこのような状況に慣れている者でさえも嫌悪感を抱かせる。


ディンとて手掛かりを探そうと周りを見ているものの、その顔に浮かべる眼は細く、口は真一文字に閉じたまま動かない。

しかしディンは血の海と化した赤の風景の中に、まるで死体を引きずったようにして赤の線がある方向へ伸びていることに気付いた。

その線が伸びる先は、遠くにこんもりとした緑の山のように見せるカウラの森。


「ウェアウルフの上をいく魔物の目撃情報などあったか?」


「いや、そんな話は聞いてないよ。どこかの賞金首が森に逃げ込んだって話も聞いていない」


「…………」


「どうする? 個人的には森の入口までならなんとか、って所だけど」


「中に入るのは無理か」


「言ったでしょ? 自惚れてはいないって。正直な話……この光景にもちょっと足が震えそうなんだよ」


何でもないようにその言葉を口にしながらも、リリィはそっとディンの傍へと近寄り腕を握った。

そこからかすかにディンへ感じさせるリリィの震え。近づけば良く分かる彼女の顔の強張り。

それを見届ければ、ディンの頭には森の入口に近づくなどという選択を取る気など一切なくなっていた。


やれやれと一度首を振り、ゆっくりと腰を上げる。

そしてそのまま――――ディンはリリィを突き飛ばす様にして横に大きく飛んだ。


「うわっ……何をッ」


「構えろ!」


腰を強く打ちつけ、顔を歪ませるリリィにディンの声が飛んだ。そしてそれと同時に、先ほどまで自分たちがいた地面に一本の捻子くれた矢が突き刺さっていたことに彼女は気付いた。


これ以上ない敵対の証にして、奇襲をかけられたことへの認識。

さっと表情を変えたリリィはすぐさまデュアルリングを両手に持ち、既に気配が濃くなっている襲撃者の方へ視線を向けた。


「…………何、あれ」


リリィは、そしてディンもまた表情にさえ出さなかったが内心驚愕していた。

近場の岩の影、もしくは土の中から半身を晒す赤黒い表皮の人型の群れ。まるで性質の悪いゾンビ映画のようにボコボコと土の中から現れては、二人に向かってその醜悪な顔をニタリと歪めるその姿。


そこらのガラクタを切って張ったようなハリボテの鎧を身に纏い、顔は常に憤怒か狂笑の醜い表情。その手には手入れなど全く考慮されていないボロボロの手斧や棘だらけの弓を持ち、口からは常に血生臭い死臭を放っている。

その姿は、まるで鬼。


「ダークストーカー……」


ディンがポツリと零した言葉に呼応するかのように、この場の空気そのものが死臭を放ち闘争の匂いに侵されていく。

10余年の時を経て、再び地の底より這い出た狂気の群れが、今、唸り声を上げた。





色々なファンタジー要素と言いながらも、大体の参考となっているのはDragon Age: OriginsとOblivionでしょうか。

本来であればこれらの二次創作でもやれればよかったんだけど、情報量が膨大すぎて作者には扱いきれませんでした。

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