第二話 ファンタジーということ
さて、今日も今日とてくだらない一日をすごさなければならないわけだが、基本的に俺の仮目的は両親の望む騎士団に入るべく、戦うための力を付けねばならないという事。
ボロとはいえ一応貴族の一端ではある故に礼儀作法など今更な話であるし、コネを作るといってもこんな寂れた家では眼を向ける者もいないのだろう。
故に実力で地位と名誉とやらを勝ち取らねばならない。
――――アホらしい。
そう思わずにはいられないのだが、少なくとも力を付けることには賛同できる。損にはならないだろう。
といってもそういった戦いを教授してくれるのは無論世話役のロンのみ。彼が言うにはその剣術の類もセルグリム家を一時は大きくしたと言われる曽祖父から承った技術らしく、ただの平民であった者を貴族までのし上がらせた力はそう馬鹿に出来たものではない。
子供の頃に曽祖父から習ったと眼下を赤らめながら話すロンに、こちらも思わずじんわりとしたものを感じてしまう。
そう言う意味ではここでセルグリム家を終わらせるというのは不幸なのだろう。
「ダークストーカーとの戦いは熾烈なものと知りながらも、セルグリム卿から語られる戦争の物語には興奮せざるを得ませんでした」
「ロンは戦争当時にはまだ?」
「ええ。私がこの剣術を卿に習ったのも晩年のこと。ただの一使用人である私に何故教えたのかは……気まぐれだったのかもしれませんが、私は必死にこうやって剣を振りまわしたものですよ」
「極めた、と自負できるか?」
「どうでしょうか。残党狩りと称してダークストーカーの集団に剣を向けたことはありましたが、お家を興すほどの力があったかと問われれば」
「ならば俺は曽祖父と同じくらいの力量がなければ、騎士団に認められることもないだろうな」
もはや見ること叶わない曽祖父の幻影を浮かべながら空を仰ぐロンに、少しばかり重たいものを感じながら呟く。
ただ名もなき頃から腕っ節一つで名誉を勝ち取るというのは生半可なことではない。
他に家を再興出来る方法などないのかとも考えるが、家を興した流れが流れ故にセルグリム家は戦場を死に場所と求めるしか脳の無い生粋の戦人。
「ただ鍛えるしかないか」
「悲観するほど希望を絶たれてはいけませんぞ、ディン様。私から見てもあなたは剣の才に溢れ、尚もその歳で物事を理解出来るとなれば」
「他より一歩抜きん出ることも出来るか」
満面の笑みで頷くロンに気恥かしいものを感じながらも、それでも単純に褒められたことは嬉しい。
今ではロンと打ち合っても青あざばかり増やすだけで才の欠片など見掛けることすらないと思うが……まぁ、未だ木剣を持つことすら難しい成長の途上。
お家を嘆くならばともかく、二度目の生で得たこの身体を蔑むのはまだ早い。
「さて、ロン。今日も頼む」
「お怪我には十分にお気を付けを」
「ならば手加減して欲しいものだが」
「ははは、お戯れを」
優しいのか、そうでないのか。
今日もロンの太刀筋を見切れることは出来そうもない。
◆
ここで重要な話になるのだが、果たして8歳程度の子供が戦う事を前提に重たい木剣を振るい、幾度も振り下ろされる老人の剣に耐えることができるのだろうか?
鍛錬と称してただ剣を前後に振るうだけのそれは鍛錬とは言わない。基礎中の基礎としては重要なものかもしれないがそればかりやっても剣の腕がそうそう上がるわけでもないのは自明の理だろう。
ならばこの小さな身体を闘争に逸らせる現実的な方法とは何か。
無論それは、実に都合のいい魔法というものである。
「ディン様。邪念を払い、集中を」
「…………」
遠くで子供たちの遊ぶ声が聞こえる中、俺はロンの声を受けて一人眼を閉じて意識を身体の内に向ける。
前世という神秘一つのない科学の世界では感じられなかった『精神力』なる存在を練り上げ、その力をつま先から頭のてっぺんまで隅々に行き渡らせる。どこか現実味のない、所詮イメージだけが為せる業。
しかし地面を引きずるようにして手の中に握られた木剣は徐々にその重さを感じさせなくなり、今すぐにでも飛び跳ねそうなほどの軽さを足腰に感じるようになる。
イメージ。それこそがこの世界で一般的な『魔術』の正体である。
魔法ではなく魔術。
前世のどこかで見知り得たとある呼称に実に似通っているとも思えたが、実のところこの世界で行われる魔術、もしくは魔法といった技術には思いこみにも似た精神が重要なのだとか。
この世界に存在する万物には例外なく『マナ』というモノが存在し、人間もまた魔の才があろうとなかろうとそういうモノを体内に潜めているのは間違いないという。
そしてそのマナというものを練り合わせ、自らの体内で完結させるものが魔術。体外に捻りだし、その力を以って現実を捻じ曲げるのが魔法だという。
簡単に言えば魔術とは自らのみに発動する補助強化魔法のようなもので、魔法とは一般的なファンタジーで見られるようなアレである。
よって、自らのマナに精神の力を混ぜ合わせ、外に出すことが出来るモノが一般的に魔道士の才があるものと認められている。
魔術はどちらかという格闘家や戦士が戦うための必須事項であり、これに慣れそして極めることが出来れば人としての範疇を越えた動きを取ることも可能なのだとか。
魔術は内気功のようなものと、それを習った時にふと思ったのはそう懐かしくない記憶だ。
しかし同じ魔の付く技術とは言え、やはり魔法と呼ばれる技術は戦いにおいて何者にも勝る戦力を持つ。
呪詛一つで大地が抉れ、天が逆巻き、人が倒れ伏す。あまりにも広大な殲滅性を誇る力は恐れられて然るべき力なのだろう。
「ロン。お前は魔法を見たことはあるか」
「聖騎士団が戦力の要となるこの国ではあまり魔道士の類は見られないのかもしれませんね。他国であれば魔道士こそが国家戦力の要となるはずですが……どちらにせよ、私も直に見たことはありません」
「……凄まじい光景なのだろうな。魔法を行使するというのは」
「家一軒吹き飛ばすのに一秒も掛からないと言いますからね。時間さえかければ村一つという話も……」
「何とも……千の群れを為して襲いかかるダークストーカーと比べれば微妙な話だ」
眼を閉じ、集中を切らさぬままに木剣の柄を力強く握りしめる。
眼を閉じようが左を見ようが右を見ようが闘争しか転がっていない気がして、しばし憂鬱なものに苛まれる。
果たして魔法の才がなかったことを悔やむべきか、喜ぶべきか。
そう――――なんとも微妙な話だ。
◆
さてさて、今宵も世界を広げるために本を読むと言えば読むのだが、何を思ったかロンが持ちこんだのは我が家が代々……たった100年忠誠を捧げているフラムバルド国についての書物。
どうやらこれから忠を捧げるのだから云々かんぬんとは言ってはいるが、これでもほどなく10年は住んでいることになる第二の故郷。
今更おさらいするはずもなく――――と切り捨てるのは簡単だが、これでもロンが持ち寄ってきてくれた本の一つ。
端から端まで読み説けば何か一つでも面白いことが。
――――まぁ、そんなこともなかったわけだがおさらい程度にはなったのだろう。多分。
兎にも角にもフラムバルド国が国として成り立ったのは丁度ダークストーカーという存在が世に広まり始めていた500年も前の話である。
むしろ500年もの時を費やしても地底から這い出る化け物を駆逐出来ないことに驚くべきか。その原因はあちら側か、それとも此方側に求めるべきか。
まあ、フラムバルド国の成り立ちの初めは侵攻するダークストーカー達を止めるための砦だったらしい。
最前線とも言われるこの地域一帯に各国の軍が集まり砦を築き、その過程で戦士たちを中心に人が集まっていった。
そうして500年もの時を越えれば、対ダークストーカー戦力として有名な『聖騎士団』を軍に持つフラムバルド国が出来上がっていた。
無論戦い以外にも国となり立つ要素を数多く有してはいたが、この国が他国に知られる一番の要素は対ダークストーカー国家とまで言われるその戦力といって過言ではないだろう。
ダークストーカー。
地の遥か底より這い出る悪魔の群れ。
人の血を啜り肉を貪る狂気の権現。
ただその有様に生は無く、ただ壊し殺戮するだけを知る化け物たち。
一体何を目的にしているのか、原初は何なのかという部分は一般人に知られていないものの、大体にして知られる情報は上記のとおりだ。単純に侵略者と呼ぶ者も多い。
この国の上層部がどれほどダークストーカーについて知っているかは知らないが、フラムバルドの剣が啜った化け物たちの血は大河を越える。
まぁ、最もダークストーカーが多く現れた地域に興った国であるから当然なのだが。
兎にも角にもそういった世界の盾と剣を自称する国である故、その戦いに加わるという意味は他国以上に重く、そして価値がある。
敵がいなければただの使えない儀式剣と揶揄されることもあるらしいが、それでも国の抱える最高戦力、聖騎士団が持つ名は大きい。
故に両親がそれに俺をねじ込むことを固執するのだ。
この世界を生み出した神の御業を借り受け、世界のために破邪の刃を振るう聖なる騎士。
その出で立ちは光を帯び、戦場を癒しの炎と凍てつく死で埋め尽くす神の騎士。
来たれ天使よ、来たれ使徒よ。我らの神の威光を示さん。
……まぁ、なんというか宗教染みたものを感じさせる危ういものではあるが、一度ロンに連れられてフラムバルドの戦いの歴史が刻まれた博物館で彼らの姿を絵画と言う形で見せてもらった時は、少しばかり憧れに満ちたものを抱いてしまった。
真っ黒に塗りつぶされ、まるで鬼のような容姿の化け物の群れを前にして戦列を組み、臆することなく剣を向ける全身鎧の聖騎士団達。
絵師が良かったのか、それとも俺の過剰なまでの好奇心がそうさせたのかは知らんが、あれを現実の戦争でやられれば仲間たちは希望に満ち溢れるのは間違いないのだろう。
誇張表現が多かれ少なかれ入っていると理解出来ても。
それ以外にも人間の背丈を越える巨剣や、傷だらけながらも中にいる人間を守ったと言われる鎧などが展示された博物館は幼き日の良き思い出だった。
今も十分に幼いが。
――――簡単に言うと、そういった感動を与えるほどに聖騎士団の名は大きいという事だ。
果たしてあれに俺が入ることができるかどうか。普通の騎士など、ましてや近衛騎士までもなれそうにないというのに、随分とうちの父母は大きい欲望を持ったものだ。
というか、おそらくは神などといった信仰が形となって聖騎士団に力を与えられているとは思うのだが、それは俺にとって致命的なのではなかろうか。
とりあえずこの世界に産み落とされたことについて、俺は神を少なからず憎んではいる。
そもそも日本人にただ一人の神とやらを盲信しろなどと。
へそで茶を沸かす日も遠くは無い。
紅茶も随分久しく飲んでいないが。
……もしも神がいるというのなら、威光などどうでもよいので金を与えてはくれないだろうか?
ままならん話だ。
やはり序盤は説明会が多くて困る。