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異世界遊び  作者: にごり
序章 闇に沈む
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第十二話 一歩目

 






 蹴散らす。俺達の有り様に対してその表現に間違いはない。

 しかしダークストーカーという種族は間違っても一般の兵士や騎士に一方的に嬲られるような弱者では決してない。

 自らの命さえ計算に入れない、半ば特攻兵器と化しているその有様はそこらの新兵など容易に震えあがらせ、人を食い物にして晒す光景は凡そ常人には耐えられない狂気を孕んだものになるだろう。


 事実、このサフタムの村は少女という例外を覗いて瞬く間に地獄に変えられ、彼女の心に大きな傷を作ったのだろう。

 サフタム砦の周りで哨戒任務についていた兵士とて幾人かがダークストーカーと遭遇し、報告を持ちこむことなく化け物の餌食となったという話も聞いた。

 ダークストーカーという異形が人間と生存の凌ぎを削っていることに他ならない。


「甘すぎる」


 振り下ろされた手斧を小剣で逸らす様にして受け流し、ガラ空きになった胴に真横から大剣を叩きつける。

 まるで出来の悪い人形のようにその身体をくの字に曲げると、その切れこみから一気に胴体を二つに割いていく。絶命に十分な致命傷。

 パシャリと血飛沫を頬に浴びせられたが、その跡をぬるりと暖かい赤が辿っていく。

 人間と変わらない濁った赤。いや、人間のそれよりも幾分か黒が濃いか。


 俺は、俺たちは圧倒的な武の差を見せつけてやっている。

 もはやお前達に勝ち目はないのだと。俺たちを喰いたくば今の二倍は持ってこいと真実をダークストーカーに見せつけてやっている。

 しかし奴らの化け物染みた顔から狂相は全く消えていない。仲間であるはずのダークストーカーが殺されても表情一つ変えず、狂い笑うだけ。

 むしろ仲間を殺されるごとに耳をつんざく雄たけびを上げ、肩をいきらせて今にも突撃してしまいそうな高揚に侵されているようだった。


 狂気の使徒。


 これこそがダークストーカーの本質。

 その種族が持つ肉体や量といった脅威よりも、命さえ勘定に入らない精神こそが人が恐れる絶対の脅威。生命の本質とは真っ向から反する異常性。

 生存こそが生物が持つ絶対的な意思ではなかったのだろうか。自らの命を前提にして生きることこそが定められた在り様ではなかったのだろうか。


「…………まさかな」


 相変わらず俺を前に舌舐めずりを止めない、もはや二体まで減ってしまったダークストーカーをよく見やる。胸中に浮かんだのはこのファンタジーという世界ではどうにも否定し得ない一つの考え。

 今もまた考えなしに突撃を仕掛けてきたダークストーカーの手斧と剣を大剣一つで弾き、そのまま独楽の要領で勢いよく弾き飛ばす。そしてその回転のまま横合いに二つの命を狩り取る。

 宙に舞う頭部に、顔に浮かんでいたのはやはり笑み。トカゲのような悲痛な断末魔とまるで合わないあべこべな様子にどこか苛々としたもの抱いてしまう。


 生命の息吹を感じられないということは、誰かに作られた魔法生物か何か?

 幼少のころから様々な本を呼んできているが、魔法に関する知識はあまりにも少ない。

 そも精神世界などというネレイドのことさえ詳しくもなく、時折ローズやリリィの交わす魔法用語にも付いていけない。

 どうせ俺には使えぬものと諦めていたからこそ、まともに聞こうとは思わなかったが――――。


 やはり、感情の希薄性が邪魔だ。

 いつもいつも俺はあと一歩というところで自分の心が見えなくなり、気が付くと空虚な心でこの世界に浮かんでいる。

 魔術行使として常人よりも心とイメージを強く持っていると自負し、魔術や魔法に忌避される迷いやそれに準じるものに程遠い力を持っているが、それは嘘だ。

 そういった多感なものを持たないくらいに、俺の心は揺れないから。


 おかしい。おかしい。おかしい。

 だが、別にそれでもいい。


 果たして俺とダークストーカーとの間に差異はあるのだろうか。

 いや、ただ一つ狂気という分かりやすい感情がある分奴らの方がマシだ。

 一体俺はいつ、どこに、心の欠片を置いてきたのだ?

 確かな前世の記憶に裏打ちされるはずの、あの一般人の感情はどこで消え失せたのだ?


「ディンッ!! 気を付けて、奥から何か来る!」


 背後から聞こえた甲高い声に、貼り付けられた無表情を示された村の奥に向ける。

 気付けばジャン副隊長やベダール殿もそれぞれダークストーカーを処理したのか俺の隣に並び、油断なく武器を構えたまま俺と視線を同じくしていた。


 ドシリ。ドシリ。

 

 地面を重く踏み抜く様な地鳴りと共に家の影から顔を覗かせたのは、人を縦に三人は並べただろう背丈を誇る一つ眼の巨人。

 はち切れんばかりに膨れ上がった紫の肉体を腰巻一つが覆い、人間を鷲掴み出来そうなほど太い腕には木を引っこ抜いた様な棍棒が握られている。

 頭部には山羊の角を思わせる捻じれ曲がった一対の角。ギョロリと剥いた一つ目は確かにこちらを射抜き、血の滴る口からは鋭い犬歯がはみ出てしまっている。


「オオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」


 村が、身体が、空が軋む。


「まさか……サイクロプスッ!?」


 ジャン副隊長の言葉を受け、もう一度前の化け物を見やり、そして俺は。






 ――――――――?






 今、何かが。

 気のせいか?







 場の空気が一変した。

 今の今までかすかに流れ始めていた余裕の雰囲気が消え去り、誰もが一瞬は肩を強張らせた。

 ジャンは一拍置く様に唖然とした表情を浮かべ、軽く舌打ちを。

 ベダールも僅かに呆けた後に赤茶色の大槌を地面に置き、空いた片腕をグルグルと回し始める。

 ディンは受け流すための小剣などもはや意味はないと腰に差し、両手で真正面に構えるように大剣を持ちなおした。


「な、何さ……あれ……」


「あんな、大きなものが……」


 動揺が激しいのは女性陣だった。

 既に気を失って抱えられるだけだった少女を、逆に強く抱きしめる様にして自らの身体の震えを隠すリリィと、力なくぼんやりとサイクロプスを眺めるだけのローズ。

 果たしてこのサイクロプスという化け物をこの戦力で抑えられるかどうか。

 ディンはいつでも行動に移せるように体勢を低くしたまま隣のジャンに話しかけた。


「奴に関する情報は?」


「稀に現れるダークストーカーの指揮官的な奴だ。といっても勿論指揮なんてしないで突撃兵的な奴だけど。どっちにしろ、珍しい」


「見りゃあ分かんだろ。あのでっかい棍棒に殴られりゃお陀仏。あのぶっとい拳で殴り付けられりゃお陀仏。あのドラゴンみてぇな牙に喰われりゃお陀仏」


「目から怪光線を出してみたりは?」


「…………おもしれぇ冗談だな、小僧」


 交わされた軽口は本当にそれだけだったのか。へらっとディンの言葉に笑って見せたベダールだったが、それに引き換えディンの頭にはわりとその言葉が真実味を帯びていた。

 大きな眼があれば今にもビームを出しそうではないのか。ファンタジーと現実で惑う彼の戯言だった。


 そんな二人のやり取りを心強くも思いながら、ジャンはチラリと後ろの方に視線をやる。

 はるか後方に見えたのは震えて動かない二人の少女。

 剣と盾をしっかりと握り直しながら、ジャンの頭にはリリィの魔法がサイクロプスの撃破に必要であると警鐘を鳴らしていた。

 むしろ見上げるほどの大きさと頑強な身体を誇るサイクロプスには、自らの盾と剣などあまりに小さすぎる。攪乱を請け負う程身軽なわけでもない。


「しばらくは俺とベダール殿で保たせましょう。攪乱と囮は俺が。その間に彼女をどうにかして動かしましょう」


 人知らず片爪を噛むようにして表情を歪めたジャンの考えに気付いていたのか、ディンがそれを提案するや否や山のような巨人の異形に駆けていった。

 もはやその行動を咎める隙も、咎める意味もありはしない。この場で出来る最善に他ならない。


「若造ぉ。あの嬢ちゃんを使い物にしときな。貴族のひよっ子はどうでもいいが、今は魔法が必要だ」


「……それしかないようですねッ……」


「問題ねぇ。遅けりゃ儂があいつを喰っちまうぞ?」


 歯を剥き出しにして汚く笑うベダールにやや嫌な顔をしつつも、ジャンとベダールは互い違うように互いの戦場に駆けていった。

 ジャンは少女の下へ。ベダールは痛恨の一撃を入れるためにあのダークストーカーの方へ。

 後はどこまでこの少数でやれるものか。


「グゴオオオオオォッッ!!」


「ちっ」


 ディンが真正面から走り込めば、その紫の巨人は耳をつんざくような咆哮を上げる。血の混じった涎が吐き出され、それを見たディンはたまらず片目を閉じた。

 無論その汚物に顰め面を見せたのではない。ただ咆哮するだけで平衡感覚さえ失ってしまう様な厄介な状態。曰くバインドボイスというやつに彼は舌打ちせざるを得なかった。


 そして少しだけ揺らいだディンに向けて馬鹿正直に振り下ろされる巨大な棍棒。ゆっくりと振り上げられたはずの棍棒は陽の影を作るまでに高く天を突き、そのままうなりを上げて大地に叩きつけられる。

 地が揺れ、周りで倒壊しかけた家々の部品が崩れ落ちるほどの振動。ベダールの馬鹿力を遥かに上回るその有様に、横っ跳びすることで脇に逸らしたディンは冷や汗を掻いた。


「しかし当たらなければこの暴威もまた心地良い」


「ウオッッ! オオオオオオオオオオオオ!!」


 円を描く様にしてサイクロプスの周りを駆け、その一つの視線を釘付けにしようとちょこまか動き回るディン。もはや肩に背負った大剣などただの飾り。走る走る走る。

 もはや魔術行使は全てをその敏捷性に預けている。剣への魔力の流動も今はストップ。ただ囮として生きるために全力をその足に向けていた。


「へへへ、鬼さぁんこぉちらってなぁ!!」


 そうやってガラ空きの背中を見せたサイクロプスの右足に、ベダールは横合いから思いっきりその大槌を叩きつけた。

 まるで足を取られるようにしてベダールの背丈ほどもある片足が掬い上げられ、苦悶の表情を浮かべながら悶絶の咆哮を上げるサイクロプス。

 しかしその足はちぎれない。今の今までダークストーカーを一撃で粉々に砕いてきたベダールの大槌でさえ、致命傷にはまるで至らない。


「何食ったらそんなに頑丈になるんだ!?」


「人間をたらふく食っているのでしょうッ!!」


「儂も女なら何人も喰ってる!」


 片膝をつき、息を荒くして憤怒の表情を浮かべるサイクロプスを挟んで二人は軽口を止めない。

 精神が根こそぎ持っていかれる危険を度重なる戦闘の経験としてベダールは知り、魔術への理解度によってディンは知り得ている。

 今こそ言葉を連ねるべきなのだ。顔に笑みを浮かべるべきなのだ。折れぬ心を以って凄惨な戦場の在り様を愉快な舞台に変えるべきなのだ。


「さぁって鬼ごっこは続行だ。儂は鬼を狩る側だがな!!」


「元気な方だ」


「何か言ったか小僧ぉ!」


「ただの独り言ですよ。お構いなくッ!!」


 まだ、演者は踊り続ける。







 まるで嵐のように、地震の様に。

 繰り広げられる攻防を眺めていたローズとリリィは、ただ自分の無力に唇を強く噛み締めた。

 ようやくにして事態を正しく認識出来るくらいには気を落ち着かせ、ようやくにして立ち上がろうと思えば、彼女らの足は震えたままだった。


(何故……僕は、何故こんな所に居るんだッ!?)


 地面の土を握りしめるように、拳を大地に弱く叩きつけるリリィ。

 身体の震えを伴いながらもその心中に浮かぶのは、あまりにも弱い自らへの叱咤。幾度も『彼』の隣にあることを誓いながらも、結局は力量の違いに放っておかれるこの始末。

 幼き頃から彼に付き従い、同じような修羅場を潜ったはずなのに、何故彼と自分はここまで違うのか。何故、自分は弱いのか。


 あれは、別に修羅場ではなかった。


 そう、それが真実だった。

 戦争を見据え、騎士になることへの茨の道を正しく認識していたディンと、たかが戦士ギルドの依頼で戦う事の深奥まで見透かしたような気になっていたリリィの差。

 ダークストーカーと初めて遭遇した時とも同じ。自らの力量を越える者が立ちはだかればすぐに情けない女の顔が這いだし、ただ後ろで怯えることしか出来ない『貴族の少女』が顔を出す。


「フロラウラ君! ……立てるかい?」


「ふ、副隊長……」


 駆け寄ってきたジャンの姿を彼女が視界に入れたのはその時だった。

 涙で少しばかりぼやけた中に映る彼の姿は、いつもの情けないものなど思わせないほどに勇ましく、必勝をもぎ取るために駆けまわる様は本来自らの立ち位置だったもの。

 ――――今の自分は、どれだけ。


「見ての通り、今の装備じゃあんなデカブツを倒すには時間が掛かり過ぎる。だから君の魔法が必要なんだ」


「で、でもっ」


「失敗してもいいっ。駄目で元々でも、やる価値はある。例え注意を引こうとも、僕らがいる」


 どれだけ口当たりのいい言葉でも、自らを調子づかせるだけの妄言だと思ってしまう意気地のなさに、リリィはジャンから目を逸らす。

 こんな自分が、何よりも心の強さを必要とする魔法なんて。

 縋る様にしてジャンから目を逸らし、遠く戦っているディンとベダールへ視線を向ける。

 ――――リリィは、泥だらけの手で目を拭った。


(ディン……)


 彼が戦いの最中でありながらも、真っすぐと此方を見ていた。

 いつもと変わらぬ無表情の中に、確かな信頼を見せる瞳でリリィを射抜いていた。


 ああ、あの時と同じだ。

 いつも自分は肝心な時に腰が引けて、その都度あの目に励まされる。

 どこまでも現実的に生きているはずのディン・セルグリムが、こんな無力な自分の力を信じてくれる。


 応えないわけにはいかなかった。

 自分の調子の良い心に嫌気がさしながらも、彼の言葉さえあれば立ち上がれる自分が嬉しかった。

 いつもいつも揺らぎっ放しの自分が、絶対に揺るがないソレを持っていることが嬉しかった。

 まだ震えはある。でも涙は止まった。


「うん……うん……」


「フロラウラ君?」


「やれます。やらせて下さい……証を立てる。言ったはずでした」


 一度大きく息を吸い込み、覚悟を決めたかのように一気に立ち上がる。

 腰にぶら下げたデュアルリングを取り出し、強く強く握り込む。もはや瞳はまっすぐ倒すべき敵に向けている。

 もう迷わない。弱くても、立ち向かう。彼の信頼に応えるために。


「ローズ、この子を頼むよ」


「あっ……」


 そんな彼女の様子は、隣で竦み上がるローズ・フィンロードという少女にどのように見えたのだろうか。

 呆ける様にしてジャンとリリィのやり取りを眺め、そうしていただけだった彼女の胸中に浮かぶのは ――――失意。


(何のために、私は)


 土壇場の中で、彼女は自分の中にあった醜い心を認識していた。

 致命的なまでの覚悟のなさ。現実をどこか舐め切っていた確かな油断。自惚れ。

 所詮自分も、与えられた才能と抱いた理想に振りまわされる凡愚に過ぎなかった。


 この光景を見るまでは、彼女は自分がダークストーカーなどに負けるわけがないと思い込んでいたのだ。

 自分はヴェスパーダに選ばれた真の騎士であり、貴族としての在り方を最も理解している者なのだと。

 自分に迷いなど無い。その確信がどこから来たのか理解してもいない癖に。


(私は)


 ローズはただ座り込んだその場で顔を俯かせる。

 なんて、なんて不甲斐ない。なんて無様。

 真の貴族だと謳いながら、周りの貴族など下賤な群れだとこきおろしながら、何よりもそれだったのは自分自身だったなどと。


 見せ掛けの修練の中で戦いの全てを知った気になり、父の判断にまで噛みついて末はこの有様。現実を打破する覚悟も力もない。

 金と地位で身体を着飾った貴族たちと何が違うのだ。

 自分は、理想と才能で身体を着飾り、現実を貶めていただけだった。


「わ、私はッ……」


「ん? ああ、ローズ君はその子を守っていてくれ。きちんと頼むよ?」


 ジャンが見せた瞳の中に、ローズは確かな侮蔑の意を見た。

 いや、事実そのような見下した目を彼が見せたわけではない。自分の有り様に絶望した彼女自身がそう思い込んでしまっただけ。

 自らのあまりにも無様な様に、この場で誰よりも自分が弱いのだと気付いてしまっただけ。

 知れず、ローズは歯を食いしばった。


「私はッ……!」


 そう、彼女は覚悟もない理想だけの少女である。

 だが彼女は誰よりも誇り高い者であった。誰よりも負けず嫌いの頑固な者であった。

 そんな少女が、自分の無様を認めていられるだろうか。このまま何も出来ずにへたり込んでいる現状に耐えられるだろうか。

 出来るわけもない。


「私も戦えますッ!!」


 心配しているように顔を覗きこむジャンを振り払うように声を張り上げ、静かに力を具現させる言霊を紡ぐと、両手にあるべく宝剣と盾を握りしめた。

 自分の心の弱さも、覚悟のなさも、未だ震える心も、意地だけでねじ伏せる。

 あまりにも若い感情。あまりにも頼りない一本の糸。それに縋りつく様にしてローズは立ち上がる。


「いや、だから、そうなっちゃったら誰がその子をだね……」


「ヴェスパーダの力を用いれば、あのような木偶の動きを止めるくらいは出来ますッ!」


「そりゃ有難いけどさ……出来るの?」


 いぶかしむ様にして見つめるだけのジャンに、ローズは気圧された。

 現実的過ぎるその指摘に反論できる言葉を彼女は持っていない。たかが意地で立ち上がった自分にはまだ恐れがある。恐怖。不安。惑い。

 だがその全てが未だに心に渦巻いていながらも、ローズはそれらを意地のみで御する。彼女は、それが出来る。

 ジャンの言葉に、ローズは半ば強引に胸を張る様にして応えた。


「此処で折れるは騎士ではありません。仲間が戦っているのに、私だけがめそめそと子供のように泣き喚くなど在ってはなりませんッ!」


「……言っておくけど前衛には出ちゃ駄目だよ? ローズ君は補助でフロラウラ君はとどめだけ。いいね?」


「お任せをッ!」


 強がりだ。どこまでもこの言葉の群れは強がりに過ぎない。

 だが。


「リリィ! 準備はいいですわね?」


「勿論。でもいいの? まだ足が震えてるよ?」


「ふ、震えてなどいません! やれます。やってみせます!」


 ここまで来るともはやただの意地っ張りだ。

 しかし彼女らは暴威の前に並び立つ。

 未だ轟音鳴り止まない化け物と、それを抑える二人の騎士を前にして駆けていく。

 その勇ましい表情の中だけには、もう恐れはない。


「…………ふん」


 ただジャンだけが、静かに、つまらなそうに鼻を鳴らした。







「あぁ? 使い物になんのかぁ?」


 続く戦闘の中にぼやくように口を開いたベダール殿の言葉に、俺は少しばかりの驚きを以ってその変化を受け入れていた。

 戦いの中に駆けこんでくる二人の少女。互いに浮かべる表情は決死の覚悟を持った真剣そのものではあれ、いつもの動きと比べるとやはり固い。

 しかし魔法を匂わせる空間の歪みと、渦巻く風を従えた白銀の影に、俺は確かな突破口を見た。


「ベダール殿。ここまで来ればもはや引き立て役なので」


「ケッ……面白くねぇ。こいつだってそろそろ骨バッキバキだろうが」


 唾を吐き捨てて悪態を付く彼に従うようにして目の前のサイクロプスを見上げれば、体勢がおかしいままに立ちすくむ巨人はやけに不気味だ。

 執拗に繰り返された流れの中で、幾度もベダール殿の大槌によって殴りつけられた右足は、元々の体色なのかうっ血したそれなのか分からないほどに紫色に滲んでいる。

 機動力は既に奪っている。のだが、ここで油断すれば上半身で暴れるだけで奴は厄介な暴風と化す。むしろ手負いのなんとやら、だ。

 弓矢の一つでも持ってくればいいとも思ったが、残念ながら弓に対する習熟度は剣に連なるそれに比べるとあまりにもお粗末だ。


「お二人とも、今から援護いたしますわ!」


「役に立つのかぁ?」


「無論ですッ! 即刻終わらせてみせましょう。いいですね、リリィ!?」


「やるのは僕なんだけどね、じゃっ、やるよっ!!」


 ローズ嬢を前に、リリィはその後ろでいつもの詠唱のようにデュアルリングを重ね合わせた。

 静かにヴェスパーダを真正面に構えるローズ嬢から、風の流れが白色を以ってサイクロプスに纏わり付く。

 その光景はまさに風の鎖。破壊された足ながらも強引に立ち上がろうとしたサイクロプスの動きを、ギシギシと軋ませながら硬直させていた。


「破邪なる風よ、応えなさいッ! 風縛ッ……ヴェイン!!」


 一気にその力を解放するかのように風が巻き上がり、その中心のサイクロプスを白色の鎖で縛り上げる。

 うめき声を上げながらももがこうとするサイクロプスではあったが、その巨体と剛力を以ってしてもその束縛から逃れられない。

 ただ真っ赤に染まった瞳を剥きだし、睨むだけが関の山。


 ――――恐るべきは、宝剣か。それを成し遂げる本来のローズ嬢の力量か。


 時間にして十秒も経たず。

 しばしその宝剣の力に見とれていた俺だったが、大きな魔力が一点に集中する気配に意識を引き戻された。

 足元から広がる光点。リングの中心に浮かぶ魔法陣。風を伴うようにして『力』が噴出する気配。

 魔法というのは、いつ見ても不可思議な光景である。


 リリィの魔力が気配のみを以ってサイクロプスまで線を作り、奴が片膝を付く空間に点となって爆縮する。

 その濃厚な気配を表すのであれば……赤? まるで空間にその色が広がる様な気配。

 未だ魔法に対する俺の見識は浅い。


「廻れ刃よ、闇を裂け。黄昏開くは焔傷! 届けッ、赤天刃!」


 重ねたリングに込められた魔力を解放するかのように、リリィは両手を勢いよく開く。

 すれば、その赤が飛び散るかのように顔を覆いたくなるほどの光と熱が空間に傷跡を付ける。

 まるで亜空切断とでもいうかのように、サイクロプスの巨大な腕から胸にかけて鉤爪のような線が浮かびあがり、その跡をギャリギャリと削る様な音が響き渡る。


「グギャアァァアアアアッッッ!!」


 紫の身体に炎が爪痕を以って燃え上がり、その焼き跡を示すかのようにサイクロプスの右腕が宙に跳ね上げられた。

 俺の剣でも恐らくは苦労するだろうというのに、リリィの魔法はあまりにも簡単にサイクロプスの右腕を切断し、今もまた身体中を包む炎で苦しめている。


「いつも見ても、卑怯くせぇ力だぜ……」


 もはや戦闘に対する興味も消え失せたのか、地面に下ろした大槌に身体を預ける様にしてだらけるベダール殿だったが、それに関しては俺も同意せざるを得ない。

 危なげなく二人でサイクロプスを相手取っていたとはいえ、ただの一度の魔法でここまで力を発揮するなど、そこらの騎士など目も当てられないのではないのだろうか。

 このフラムバルドという国が魔導師をあまり利用しない意味は良く分からないが…………いや、ここまで簡単に出来るのも前衛あってこそか?


 俺もまたベダール殿と同じように大剣を肩から下ろし、もはや戦闘は終わったと油断しかけた。

 俺たちは、サイクロプスの体力を甘く見ていた。


「グッ……ゴ……ゴアアアアアアアアッッッッッ!!!」


 右腕を切り飛ばされ、炎を伴いながらも立ち上がるサイクロプスの姿に――――俺は静かに魔術行使を全開まで振り切った。







 一分の油断があった。

 振り上げられた巨大な棍棒。駆けだすベダール。背後のリリィを守ろうと再びヴェスパーダを構えるローズ。

 それぞれの動きがありながらも、サイクロプスの一つ眼は自らを傷つけたリリィを捉えて離さない。


 今の今まで繰り返した叩きつけなど届かぬ距離でありながらも、紫の巨人は構わずその棍棒を振り上げる。

 一体何を。そんな疑問に答えなど必要もなく、それぞれが胸に沸いた嫌な予感を払うために動きだす。


 サイクロプスが選んだのは、そのベダールの身体より大きな棍棒の投擲。

 最後の力を振り絞るが如き咆哮を上げ、その力のままにリリィとローズに向けて放り投げた。


「ローズッ!!」


「くッ……!!」


 ローズは逃げない。

 逃げる隙もなかったと言えばそれまでだが、彼女の足はピクリともリリィの前から動きはしなかった。

 ようやくにして表れた覚悟。だがしかし放り投げられた木のような棍棒を受けるには余りに時間も足りず。

 吸い込まれるようにして飛んでくるその『死』に、ローズはたまらず目を閉じた。

 だがその死は届かない。


「通さんよ」


 響いた声は誰のものだったのか。

 気付けば投げられた棍棒はリリィ達から離れた宙を飛び、やがて数瞬を以って轟音を立てながら地面に落ちた。

 目を丸くしながら言葉を失うローズとリリィの前には、誰かの背中。

 大人のそれと比べれば小さなそれなのに、頼もしさを感じる男の背中。


「ディン……」


 リリィが声を掛けるや否や、ディンは返答もなく弾け飛ぶようにしてサイクロプスに向けて駆けていく。もはや油断の果てに危機を迎えることは許されない。

 その勢いのままに飛びあがると、構えた大剣を一直線にサイクロプスの一つ眼へと突き刺した。


「グギ……アア……」


 もはや取りついたディンをはぎ取る力さえなく、真っ赤な血を噴き出しながら地に倒れ伏せるサイクロプス。

 剣を突き刺したままにサイクロプスの頭部から飛びのいたディンは、少しだけ血に濡れた茶色の髪を掻き上げながら口を開く。


「血に沈め」


 吐き捨てるように告げた言葉を最後に、サイクロプスはピクリとも動かなくなった。












漢字表記だと楽に厨ニっぽさを表すことができるのよねん。天とか、羅とか、冥とか。

どうにもそれっぽい詠唱を考えると横文字っていうのは作者の趣味に合わない。ファンタジーなのに。

ドイツ語先生に助けを乞うか? いやいや、それも何だかあれだ。

約束された勝利の云々らしくルビでも振るか? いやいや、そもそもああいったルビは大抵にして神話云々の名前が出てしまう。ここは異世界だ、そりゃおかしいだろう。

いやいや、そんなことを言い出したら言語について一切描写されてないこの世界観はどうなんだ。たまにことわざとか、和製英語とか、四文字熟語とか。

いやいや、いやいや、いやいや…………。










頭を空っぽにして読んでね!!






あ、ちなみに次回更新はまったり。

言語関連も真面目に考えりゃ世界観も深まるが手間がなぁ……



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