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異世界遊び  作者: にごり
序章 闇に沈む
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第十話 低速

 各騎士隊に用意された小さな作戦会議室にて俺とリリィ、そしてローズ嬢の三人はジャン副隊長によって集められていた。

 会議室の中は王宮などで見られるような、例えば円卓を名のある将軍達が囲む様なものではなく、所々の棚に押し込められた羊皮紙だとか、壁に掛けられたボロボロの具足だとか随分と古びた様子が見て取れる。


「まあ、各領主に仕える騎士ならともかく、僕たちはちょっと偉い兵士に過ぎないからね。それよりも小奇麗な場所の方が良かったかな?」


 首元をぽりぽりと掻きながら苦笑を浮かべた副隊長の視線は、俺やリリィにではなく育ちのいいローズ嬢に向けてのもの。

 確かにこの中では一番こういった煤けた場所には似合わない彼女ではあるが、そんな細かいことにいちいち不平を言う人物かと問われれば――――。

 存外だと言わんばかりに副隊長の言葉を否定する彼女を眺め、とにかくカトレア隊長から命じられた説明とやらを受けるのが先決だと話を促した。


「最初に断っておくけど君たちが入隊してきた今の時期は、戦争が近いと言う事でひっきりなしに命令は飛び交うは政権争いで仲間割れにも近い睨みあいが隊の間で起こったりと騒がしいから気を付けてね? 勿論実際に剣を向け合うなんてないけど……」


「その話は聞いたことがあるね……あくどい所だと相手方の権力者に毒を仕掛けるだとか」


「……次期国王に媚びへつらうとして多くの金貨や命が動いているということは残念ながら私も知り得ています。しかし我々の目的は民を救い、ダークストーカーを殲滅することでしょう?」


「……まぁ、そうなんだけど。とりあえず周りは荒れているってことは覚えておいて」


 窘めるようにして笑う副隊長。やはりローザ嬢のように愚直なほど真っすぐな心はどこか引っかかるものがあるのかもしれない。一方では輝かしい騎士の精神として。一方では物の道理を知らぬ小娘として。

 しかし敵を倒すしかないのは俺とて同じ。お国のことなど知ったことではない。

 となれば早々に我らが命じられる内容について教えてほしいものだ。


「で、重要な話。僕ら第15騎士隊が命じられたのは――――サフタム砦にてダークストーカーの軍勢を迎撃せよ、だ」


 どこか苦労人の影が滲んだ表情を一変させ、声質も固く明かされた俺たちの役目に、他の二人も緊張で喉を鳴らす音が聞こえた。

 話に聞くダークストーカーとの戦争が近づいているとは知っていたが、模擬戦も何もなく即実戦。その事実は未だ戦争を経験していない俺達にはあまりに重いのかもしれない。

 ……しかしサフタム砦というのは確か。


「キリル山脈よりまっすぐカンダネラに向かうと予測されるダークストーカーの群れを、僕達第15騎士隊を含めた部隊が足止めとして動く。奴らが基本突撃しか知らないのは知っているね?」


「はい」


「ダークストーカーは目に見えて多くの人間が群がる場所を狙う傾向が強い。だからこそ僕達はサフタム砦に大規模な兵隊の列を作って奴らを誘いこむ。そしてキリル山脈から真っすぐ伸びきったダークストーカーの軍勢を……」


「奇襲、ですか?」


「ま、そういうことになる。奇襲部隊として動くのは……リヴァン様率いる軍隊とウォーヴァン様率いる部隊。挟み討ちの要領で横合いから一気にってね」


「…………我々は功績のための囮ですか」


 ここまであからさまな事を聞かされると、どうあってもこの戦争そのものを餌としてしか考えない国の有様に少々辟易してしまう。

 リリィとローズ嬢もまた露骨すぎる作戦に対して不満気な表情を見せ、そしてやはり副隊長がそれに対して申し訳なさそうに笑うのだ。

 しかしどうにもダークストーカーを甘く見過ぎてやしないか? 俺とリリィが襲われたあの時はしょうもないながらも一応は奇襲の戦法を仕掛けてきたはずだ。


「僕たちの役目は如何にしてダークストーカーの軍勢をおびき寄せるか、だ。ひょっとすれば撤退を前提にして釣りを仕掛けるかもしれないし、もしも作戦が失敗すれば」


「一気に飲み込まれるでしょうね」


「その逆の可能性の方が高いかもしれませんわよ? 功に焦った片方の部隊が誘き寄せに完全でない状態で先走るとも」


「そうなると僕らも待たずに混戦の中に突撃しなくちゃならないかな」


「……徹頭徹尾貧乏くじを引かされてるんだね、僕らは」


 揃ってため息を吐けば、会議室の中では何やら妙な空気が漂っていた。

 しかし、利用されているというのは俺自身どうでもいいのだが、基本的に待ちの戦法でしかも釣りをせねばならないということは、だ。


「名を上げる機会などありはしない、か」


「あ、そう言えばディンはそっちの心配もしなきゃいけないね……」


「何の話ですの?」


「貧乏な貴族にはちょっとくらい玉砕の命令を下された方が儲かるって話さ。あんまり嬉しくない話だけど」


 首を傾げるローズ嬢に事細かに話すにはあまりに下卑た話であり、ここでその内容を明かしていちいち彼女を憤らせるわけにもいかない。

 ただ名誉と金のために息子を死地に送らせているなんて話を聞けば当然……いや、貴族であれば多少は納得してくれるか? ――――どちらにしても詮無い話だ。

 今はまずやらねばならんことを、だ。


「兎に角僕らが命じられた任務は以上だ。ということでこれからサフタム砦に向かうけどいいね?」


「……今からですか?」


「これでも時間が無い方だからね……別れの挨拶をするなら少しくらい知り合いに会うくらいの時間は取れるけど。まあ、僕らがこれからやるのは戦争だし」


 軽口ながらも脅しめいた副隊長の言葉ではあったが、俺もリリィも、そしてローズ嬢もその言葉にうろたえることはない。

 誰もが揃って一様に頷き、戦場に向かうべく腰を上げた。







 サフタム砦。

 カンダネラより一週間北に歩くと直にキリル山脈の灰色の山肌が輪郭を帯び始め、踏み慣らされた街道も徐々に荒れたようになる場所にそれはある。

 少しだけ小高い台地の上にポツンと存在するその砦は、そういった範疇の建物の中では中途半端。破られたこともない堅牢な砦でもなければ、長きに渡って管理がなされていないボロボロの砦ということでもない。

 ひょっとすれば台地のあちらこちらに散在する石碑や岩壁は寂寥感を感じさせるだろう。


 だがしかし見上げるばかりに高く聳え立つ石造りの外壁と、その砦自体を囲むようにして台地に疎らに広がる昔の戦争の影が物々しいものを感じさせる。

 苔に塗れた崩れかけの石壁。腐れかけた一階だけの物見台。少し段差となった台地の影を探せば雨風に晒された白骨でも見つかるかもしれない。

 幾度も修繕を繰り返されて今尚北の防波堤として存在するこの砦に、今やカンダネラより派遣された多くの兵隊と騎士たちがごった返していた。


 一晩中煌々と暗闇を照らす松明はそこら中に掲げられ、戦士の足音が砦の中に響かない時はない。むしろ確実に迫りくる戦争の匂いに誰もが瞳をぎらぎらとぬめらせ、絶えず戦うべき相手に対する話で盛り上がっていた。


 ダークストーカー。


 実際の所その実態はあまり多くの人間に知られているわけではない。

 いや、むしろその詳細は不自然なほど表に出回らず、500の年月より前の災厄として語り継がれているだけのようでもある。

 一体どこから? 奴らの目的は? …………どんな顔? どんな戦い方? 言葉は?

 どれもこれも平民には届かぬことばかり。ただ『恐ろしい者』として知られているだけだった。


「なぁ、お前、ダークストーカーって見たことあんのか?」


「いんや。俺も十年前はまだガキだったからな。そもそも十年も前から剣振るってて今でもこんな前線に送られる奴なんていねぇだろ」


「そりゃ貴族に逆らい続けて出世出来なかった大馬鹿か、戦場では逃げてばっかりのヘタレだな」


「そそ。だが偵察隊の奴らにでもちょっくら話を聞きゃあいいんじゃねえのか? あいつらならもう何度か遭遇してるだろ」


「偵察にいった隊の半分は戻ってこねえけどな。ははははは」


 砦の内部のどこか。あり合わせでつくられたような木製の机と椅子を囲んで兵士が笑う。

 送りこまれた傭兵か、兵士か、騎士か。兎にも角にも既に『囮である』と命じられたものでもあるような戦士たちの士気は低いのだろう。

 言ってしまえばこの砦に引き籠るだけでも彼らの役目は果たせるのだ。今回の戦で中心となるのは奇襲部隊である二人の王子の部隊。それを理解すれば油断にも似ただらしない空気が砦の中に蔓延るのは当然だった。


 そんな淀んだ空気の中を歩く二人の少女。

 女性が戦場に戦士として在るのはそれなりに珍しい話でもないが、それが年端もいかない少女となると如何ほどのものか。砦の中を歩けば彼女らの姿に振り向く者は少なくない。

 そしてその視線を浴びれば浴びるほどに彼女らの機嫌は悪くなっていく。


「……苛々する」


「やはり戦いの中に私たち女が身を置くというのは注目を集めることなのでしょう。歴史上でも女性が戦いで活躍した事実もあるというのですが……」


「逆に女が戦っただけで歴史に残るって話かもね。もしかしたら僕らも載るんじゃないかな? ローズに至っては宝剣なんか持ってるし」


「……名だけで名誉を頂くなど侮辱に他なりません。結果の伴わぬ名誉こそ今の貴族に蔓延る毒ではありませんか」


「まるで狐だね」


 眉を顰め、暗がりの砦の中を歩くのはローズとリリィ。

 既に彼女らの所属する第15騎士隊もサフタム砦に到着し、それぞれの役割を果たすために行動を開始している。といっても未だローズ辺りは複雑な砦の中で迷子になることも多いのだが。今もまた迷子になったローズをリリィが見つけ出したところだった。

 果たして周りの男たちが彼女らに向ける視線は女ということだけか。それとも度々迷子になる彼女らを哀れむものか。


「それにしても此処に来て3日目だよ? そろそろ迷わずにいてもらわないと困るんだけど」


「す、すみません……どうにも同じ光景が続く廊下ばかりだとどうも……」


「貴族の屋敷だって同じじゃないか。ひょっとしたら毎回王宮とかでも迷子になってる?」


「う……」


「…………まあ、君が迷うお陰で僕は結構簡単に覚えられたけど」


 むふーと息を吐いて両手を上げたのはリリィ。ばつが悪そうにして視線を逸らすローズを前にして苦笑すれば、彼女は廊下の途中途中で聞こえる様々な会話に耳を澄ましていた。

 それを見ればローズはたまらず顔を歪めてリリィの行動を咎めた。


「時に聞くことすら汚らわしい会話すらあるのですから、そうやって耳を欹てるのは……」


「いやいや。いろんな情報を探るにはこうやって何気ない会話の中を探るのも重要だよ? ディンなんて昔から街を歩く時はそうやって魔術鍛錬してたって話だしね。聞こえてくるのは誹謗中傷ばかりだったらしいけど」


「あの方はどれほど…………もう少しどうにかなりませんの? 一見すれば罵詈雑言を一笑に伏すのは美徳かもしれませんが、結局は耳を抑えて塞ぎ籠っていることに他なりませんわ」


「…………彼なら「耳が痛いな」って言ってローズの言葉を笑って聞き流すだろうね」


「その光景が今にも浮かぶようですもの」


 カツリカツリと気持ちの良い足音を伴いながら進む彼女らの表情は共にげんなりとしたような影のあるもの。

 リリィならともかく、付き合いを始めてから一カ月も経たないローズまでもがディンの在り様に言いようもない苛立ちを感じ始めていた。

 ローズは貴族としての誇りを以って苛立つのか、リリィは人としての心を以って苛立つのか。どちらにしても真にディンという男のことを思っているのは同じだろう。


「此処の雰囲気とてそうですわ。確かに私たちが受け持つ役割は地味なものかもしれませんが、民を守るためには大事なこと。大事の前の小事とは決して小事を疎かにしてもいいという弁ではありませんもの」


「ひょっとしたら貴族だけでもなく兵隊の皆も戦争を利益としか考えていないのかなー……戦争は元々利益を求める方法だったか」


「戦場は遊び場ではありません。そういえば私達の隊にも戦狂いの愚か者がいるそうですね」


「あー、あの髭もじゃのことね」


 まるで親の敵のように表情を鬼に変えてこめかみをヒクつかせるローズと、無表情のまま吐き捨てるリリィ。

 双方の脳裏に浮かんだのは、散々人を侮辱するような言葉を撒き散らしたあの大男のことだった。


 ベダール・フルゾッタム。

 第15騎士隊の古参であり前戦争の場でもダークストーカーを相手に暴れ回った豪の者であるらしい、というのが二人が聞き得た情報だった。

 ジャン副隊長の口から嫌々ながらも話された情報にリリィとローズは驚きに顔を引きつらせながらも、やはり向けられた言葉の群れを思い出すと腸が煮えくりかえざるを得なかった。

 しかもそれがカトレア・ディオンの率いる部隊となればその怒りも一入。


「納得いきません。あのような下郎が高名たるカトレア様の下に居座るなどと」


「しかもカトレア隊長、何だか髭もじゃに甘かったよね。騎士隊の他の皆も何だか諦めてるっていうか流してるっていうか」


「アレもまた他の貴族や騎士のように名誉や金にかまけて生きているかと思うとッ……」


「……うーん」


 握り拳をわなわなと震わせて目を閉じたローズを尻目に、あのベダールが他の凡庸な貴族たちと同じかと思うと首を傾げざるを得ないリリィ。

 彼の有り様はどちらかというとそこらの貴族と真っ向から反するような、どこか成り上がりの平民を思わせるものであった。

 ――――どちらにしても騎士としての名誉を頂いているのであれば、それらしく振る舞うのが当たり前ではあるのだが。


「まぁ、あまり気にし過ぎてもあれだよ。今は僕らが出来ることをやらないと」


「…………はぁ。それもそうですわね」


 苦笑するリリィの言葉を受けて、ローズは疲れたようにして肩を落とすのだった。







 砦、と言ってみてもその種類は多岐に渡る。敵の攻撃を受ける防御的な見地で扱われる防御要塞や、周辺住民や撤退する部隊を保護する為の避難所、もしくは多数の砦と連携することによって成る攻撃要塞か。

 どちらにしても『戦争』という機会がなければ俺の様なものが足を踏み入れるには中々難しい場所なのだろう。


 そもそもこのサフタム砦を管理しているのは国ではなく、この領地一帯を治めている貴族に他ならない。今でこそ様々な所属の部隊が駐屯しているが、本来であればその領主の私兵や騎士が責任を以って管理するのだろう。

 はたして今回の作戦場所としてこの砦を差し出すことになってしまった哀れな貴族は何処の誰なのだろうか。そもそも――――本当にそれは可哀そうなことなのだろうか?

 次期国王を担うこの一戦にて砦を差し出した貴族は、戦場となる領地の凄惨な有様と引き換えに莫大な報償を受けるのではないだろうか。


 石壁に囲まれた仰々しい砦に踏み入り、様々な情報を集めていくうちにとことん俺たちは報われることのない囮に過ぎないのだと理解していく。

 集められた部隊のほとんどが中立派であったり仄暗い噂が立つ厄介なものであったりと碌な集団ではない。やはりロンと話した時に抱いた不安が的中したのか、どうにも嫌な予感が拭えない。


「カトレア・ディオン以下第15騎士隊、フィンロード辺境伯と共に戦えることを嬉しく思います」


「ははは、そう固くならんでもいい。楽にしてくれ」


 軍事的な砦然りといった石と鉄で囲まれた雰囲気とは少し違った、指令室とも思われる場所に俺とカトレア隊長はいた。

 我ら騎士隊に宛がわれた作戦会議室とは違い、大きな机の上にはここら一帯を示す巨大な地図が広げられ、それを照らす蝋台やら本棚などは一線を画する高級感を漂わせている。

 だからこそ場違いな感が否めない。赤の絨毯もなんだか踏み場に躊躇する。


 胸に右手を当て、深々と頭を下げた俺とカトレア隊長の前で穏やかな笑みを浮かべる壮年の男。オールバックにした白髪と口髭がやけに似合い、人のよさそうな表情と合わせて何やら優しそうな印象を抱かせる。

 しかしその老体とも思われる身につけるのは指揮官だけが纏う事の出来る荘厳な金の鎧であり、それを飄々と着こなす様はただの老人ではない。良く見れば立ち振る舞いもまた隙がない。


「して、貴公が私の娘を破ってくれた騎士殿かね?」


「はっ。ディン・セルグリムと申します、閣下」


「ふむ。若く、しかし驕りもない良い眼をしている」


 俺の目を覗きこむようにして笑うのは、このサフタム砦の指揮を任されているベデリル・フィンロード辺境伯。第2騎士団を率いる老将であり、我ら第15騎士隊もまた彼の指揮の下動くことになる。

 そして何故にそんなお偉い様の下に俺の様な下っ端が呼ばれたのかと言えば、まぁ、フィンロードの名から見れば分かりやすい。彼はローズ嬢の父君であらせられるというわけだ。


「で、どうだったかね? 我が家に伝わる『ヴェスパーダ』は」


「気を抜けば瞬く間に飲み込まれ、弱き意思で挑めば虚しく吹き飛ばされる。正しく嵐を冠する宝剣かと。もしもあれが試験試合でなければ今頃私はベッドの上で魘されていたでしょう」


「ふふふ、例え世辞と言えども、あれは我がフィンロードが積み重ねた歴史と同義だ。嬉しく思うよ、ディン殿」


 あらん限りの言葉を以って謙遜……いや、事実にも近いことを言ってみれば、フィンロード辺境伯は一つ頷いて笑うだけだった。

 なんだかこちらの謙遜ごと褒められているようで気恥かしい。隣では眉を顰めたカトレア隊長が小さく小さく咳払いをしていた。


 しかし確かにヴェスパーダを持つローズ嬢を打ち破ったのは事実だとして、まさかその両親にまで目を付けられるとは思わなかった。いや、予想してはいたがこんなにも早く会うことになろうとは思わなかったのだ。

 こっちとしてはいつ厳しい視線を送られるのかビクビクしているのだと言うのに。

 予想に反してフィンロード辺境伯の人柄が良かったことに安堵すべきか。


「しかし、セルグリム、セルグリムか」


「?」


「いや、古き戦を知るものであればセルグリムの名は貴族の間にそれとなく広まっていたのだよ。残念ながら短い期間ではあったが、ダークストーカーを狩る者としてセルグリムの名は有名だったからな」


「そのお言葉だけでも我が父もそして亡き祖父も喜ぶでしょう。此度の戦でもセルグリムの名に恥じぬ戦いを、と心に決めております」


「…………むぅ。ディン殿、もう少し楽にしてもいいのだぞ? 貴公がその調子ではうちのお転婆があまりにも可哀そうだ。あれも君の二つは上の女だというのに落ち着きが足りん」


「…………気を付けます」


 そのお転婆もフィンロードの名があればこそ、と反論するのはあまりにも失礼だろう。ここは辺境伯のお言葉に甘えることにする。

 本当に、俺の周りにいる貴族がこういった方ばかりであるのならば苦労しないのだが。カトレア隊長にジャン副隊長、それにフィンロード辺境伯然り。こういった方は本当に稀だ。

 であるならば、この砦に第15騎士隊として詰めることが出来たのも幸運かもしれない。


「カトレア殿も、うちのお転婆が迷惑をかけるだろうがよくしてやってくれ。本来であればあれは戦場に立つ人間ではない」


「お任せを。まだ前途ある若き騎士を戦場の地に横たえるほど我らの剣は鈍くはありませぬ」


「頼もしいことだ…………ダークストーカーが動くのも近い。我らが受け持つ役目は軽いものではないと胆に銘じておいてくれ」


「「はっ!」」


 揃えた返事にフィンロード辺境伯は満足げに頷くと、俺達二人は部屋から辞そうと踵を返した。

 しかし、まぁ、そう準備も万全に事に当たることが出来れば苦労もしないわけで。

 どことなくこの砦に来てから内心に渦巻いていた不安が、思わぬ形となって現実となった。


「ディオン卿! カトレア隊長はいらっしゃるかッ!」


 指令室の外から聞こえてくる呼び声に一度カトレア隊長と視線を合わせ、朗らかな表情を一変させたフィンロード辺境伯の頷きに応えドアを開ける。

 入ってきたのはこの砦に詰める兵士の一人だろうか。特に息を切らせて走ってきた切羽の詰まったような感じはなかったが、その表情がなにかしらの問題が発生したことを語っている。


「騒がしいぞ、どうかしたか」


「それが……サフタムの村の人間がダークストーカーの攻撃にあっていると……」


「村の? 領主の話では既に全員避難させたはずではないのか?」


 サフタムの村。その名の如くこの砦より少しばかり北のキリル山脈寄りに位置する小さな村であり、今回の戦争において真っ先にダークストーカーの軍勢に飲み込まれるであろう場所である。

 無論村が壊滅してしまう事は同情に値するが、事前にそこに住む平民たちはこの砦を管理する領主の手によって避難させているはずだった。


「い、いえ。どうやら避難していたのは駐屯兵と村の長に連なる有力者だけだったらしく」


「何だとッ!?」


「なんと、愚かな……」


 声を荒げ表情を鬼のように変えたカトレア隊長と、苦虫を噛み締める様な表情で零すフィンロード辺境伯。

 どうやらただの問題というわけでもないらしい。そもそもにして辺境伯であるはずの彼がこの砦の指揮を取り、元の領主がこの場に居ないと言う時点で臭い話である。

 どうにも次期国王争いの影がちらついているようで鬱陶しい。


 しかしもはやダークストーカーとの衝突が近いこの時に、俺たちが何を?

 今更軍を動かして奴らを刺激し、衝突を早まらせるのはよろしくない。

 少数の部隊ではそのまま村人と共に餌になるのがオチだろう。はっきり言えば見捨てる以外の選択肢がないと思うのだが。


 そんなことを一人考えていれば、報告に来た兵士の後ろから走り込むような足音と共に、鎧に身を包んだローズ嬢と肩で息をするリリィが現れた。


「お父様っ、お話は既に聞き及んでおりますわ! 今すぐ救援として我らがッ!」


 ――――成程。こうなるか。








なんか主人公が薄い。


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