第九話 第15騎士隊
「今日から我らの隊で共に戦う新たな騎士……と、それに随伴する私兵だ。ダークストーカーとの戦争も近い。皆もよくしてやってくれ」
「はっ!」
一糸乱れぬ勇ましい返事が響いた騎士隊専用の宿舎前の広場で、カトレア・ディオン率いる第15騎士隊は新たな仲間の歓迎に沸いていた。
沸くといってもそこはカトレアの厳しい指揮によって統率された部隊。白銀の鎧に身を包んだ騎士たちは内心で新たな騎士に興味を抱きつつも、表情にその浮ついたものを出すことはなかった。
そんな騎士のお手本とも言える気高い有様に、その整列の前に並んでカトレアの紹介を受ける若き騎士とその私兵の一人は身体を固くしていた。
真ん中に立つ仏頂面の茶色の短髪の少年こそ戸惑いはないようにも見えるが、その両脇に並ぶ二人の少女は見るからに緊張している。
(……大丈夫大丈夫。僕は彼らについていける。場違いじゃない。場違いじゃない……)
(これがカトレア隊長率いる騎士隊……やはり騎士とはこのようでなければいませんわ!)
内心に抱く印象は全くの別ものであったが。
しかしそんな三人の心情に察しがついているのか、カトレアはふっと笑うとそのままそれぞれに自己紹介を促した。彼女自身、率いる騎士隊を過小評価するつもりはないが、フルメイルの騎士隊を前にして緊張しているようではダークストーカーとの戦いなどもっての外。
視線でその紹介を促せば一足先に前へ進み出たのはやはりというか、ウェーブのかかった金髪を靡かせるやけに振る舞いに気品が溢れるドレス鎧の少女。
「私の名はローズ・フィンロード。騎士として皆様と共に剣を並べられることを誇りに思いますわ。未だ若輩の身ですが、この身に宿した誇りと皆さまと共にあることを裏切らぬと誓いましょう」
一つ一つがどことなく騎士というよりも貴族というものを感じさせる言動に、騎士隊のものたちはほう、と少しだけ息を漏らしそれぞれローズに歓迎の意を表わした。
といっても彼女の噂は既に彼らも知り得ており今更、という部分もあるのかもしれない。
今騎士隊の者が興味を引くものと言えば――――。
「私はディン。ディン・セルグリム。騎士の何たるかも知らぬ新参ではありますが――――どうぞよろしく」
しかし騎士たちの興味に反してディンの挨拶は随分とそっけなく、誰もが拍子の抜けたようにそのまま一歩下がった彼を舐めまわすように観察していた。
ダークストーカーを倒した天才剣士。かの宝剣を叩き伏せた豪の者。噂だけを見ればこれほど期待の持てる新人はいないのではないだろうか。
そんなディンの紹介も終え、そして。
一度頭を下げたディンが一歩退いた後に進み出たのは、鎧さえ身に纏わず魔道士が身に纏う様な戦闘着に身を包んだ赤毛の少女。
緊張という点ではローズと比べ物にならないほどに強張り、たった一歩進み出ることさえガチガチになってしまっている。
カツリと石畳を鳴らせば、不気味なほどな静寂が続く中で少女は大きく息を吸い込み……そしてそのまま吐きだし、その場に跪いた。
「私の名はリリィ。ローズ様の従者にして皆さまの手足となるべく馳せ参じた若輩の魔道士であります。皆さまの剣が守るのが民と国であれば、我が魔は来たる全ての邪を払いましょう」
未だ頭を上げずその場に跪いたままのリリィに、騎士たちはたまらず感嘆に息を漏らした。
その有様に貴族らしい鼻持ちならない態度など欠片もなく、正しくその様は従者。そこにフロラウラの名などなく、ただ魔道士としてのリリィがそこに居たのだ。
「されどカトレア様率いるこの高潔な騎士たる皆さまにこの身をねじ込んだのは事実。我が身に望む意思も、力も、未だ信を得るにはあまりに遠く……故に今は剣を取りましょう。杖を取りましょう。この空々しい口は縫い合わせましょう――――ただ証を立てるために」
瞳を閉じ、頭を垂れる弱冠16の少女が見せた気概に誰もがその言葉に聞き入り、そして疎らに、徐々に騎士隊の者達の手を叩く音が続いていく。
それでもリリィはほっと息を吐くでもなくまま、黙った姿勢を崩すことなく騎士たちの視線を真っ向から受けた。
そんな中でほっと胸を撫で下ろしていたのは他でもないローズだった。
◆
「本当によろしいので?」
「従者じゃなきゃ駄目なのさ。ただでさえあのカトレア・ディオン卿率いる騎士隊なんだ。コネだけで入りこむなんて……何より君とディンに失礼だよ」
今日より騎士の任に就くローズが向かったフロラウラ邸の一角では、魔導着に身を包んだリリィが出立の準備を整えていた。
ローズの心配そうな顔にも言葉を濁すことなくはっきりと答え、腰にはいつものデュアルリングをぶら下げる。
「……情けない話ですが、地位と金貨を以って騎士隊に入る貴族は少なくありません。ただしそのような方法で得た騎士の座で民を救う者もいます。確かに褒められないかもしれませんが……」
「分かってるってば。ローズの協力があれば僕を騎士隊に入れることくらい簡単なのかもしれない。だけどそれはローズの誇りを汚す行為だ。友情を理由に誇りを汚すなんて許されることじゃないのは君も分かってるだろ?」
「しかし貴族たる貴女が私の従者など……」
声を荒げる様にしてリリィの言葉に反論するローズだったが、その言葉の先を手で制したリリィに迷いはなかった。
「大丈夫さ。これでもディンと一緒に戦士ギルドの依頼で泥水啜るような仕事もしてきてる。僕をそこらの頭でっかちの貴族と比べちゃいけないよ? 雑用でも何でもやるさ……良く考えれば従者で騎士隊に入るっていうのもローズを利用してるし」
「そ、そんなことありませんわ!」
「ふふふ。ローズは優しいね。でも騎士隊の皆が望むのは言葉じゃない。多分彼らから見れば能天気な貴族の娘が遊びに来たとしか見られないだろうし……ディンの隣に在るためには騎士隊の鎧や剣も残らずピカピカに磨いてみせるよ。それに、魔導師としての価値だって証明してみせるさ」
◆
俺としてはリリィがローズ嬢と共に城の敷地まで入ってきた時点で何やら嫌な予感がしていたのだ。
昔から俺の居る所についてくる彼女と言えども、などと愚かなことを考えたのは一瞬。いつものドレスとも見紛う戦闘着ではなく、魔法使いが着る様な青色のローブを身につけている時点で俺は肩を落とした。
思うところがないわけではない。
彼女と俺の関係を考えれば『ソレ』に思い至る所は多く、そしてそれを深く考えねばならぬ義務が俺にはあるのだろう。
しかし騎士とはいえ、これから俺たちが関わるのは純然たる戦争。まともな結末を迎えられるとは到底思わなかった。
「ただ、証を立てるために」
いつもは中性的な口調とニヒル気味な表情をしている彼女が跪き、震える声で屈強な男達に声を上げる。
そこに見えたのは確かな決意。俺がそれを否定することなど、それを馬鹿にすることなど。
隣ではローズ嬢が何やら安心したように息を吐いていたが、俺はリリィの姿にただただ声を失い茫然としていただけだった。
「……というわけだ。といっても戦争は近い。彼らの指導は副隊長のジャンに任せることにする。無論祝宴のパーティなど我々には不要だ……他の呑気な隊とは違ってな」
にやりと笑ったカトレア隊長に釣られるようにして踵を揃え、胸元に手を置く騎士隊の姿に意識を呼びもどされ、しばし俺はその礼に従って真似るべきか迷った。
どちらにしてもこれより俺たちはジャン副隊長の支持を仰ぎ行動することになるらしい。
ということで彼の姿を並んだ騎士隊の中から探そうとしたのだが……どこにもいない。
「隊長。副隊長の姿が見えませんが」
「……ああ、そういえば頼みごとをしていたのだったな」
「……?」
どういうことなのかと隊長に聞いてみれば、彼女は額に手を当てたまま疲れたように首を振って答えてくれた。
当然リリィやローズ嬢とも顔を見合わせどういうことなのかと視線を交わすが、二人ともこの状況については何も分からないらしく、小首を傾げて疑問符を浮かべるだけ。
良く見てみれば、今まで凛とした出で立ちを見せていた騎士隊の皆までもがうんざりと眉を顰めている。
そんな時に、宿舎の影から何かを引っ張る様な姿でジャン副隊長が声を張り上げながら現れた。
「た、隊長ー! 見つけましたぁ……」
「情けない声を出すな、ジャン。だが、まぁ、ご苦労だった」
カトレア隊長の性格的にジャン副隊長の目を回した様な声を一喝するとでも思ったが、意外にも彼女が副隊長をやんわりと労っている。
隊の中では結構優しい方なのだろうかとも思ったが、それよりも目に入ったのは引き摺られるようにして現れた全身を鎧に包んだ男の姿。
何故か兜までしっかりと被った臨戦態勢なのだが、徐々にいびきのようなものが聞こえてきた。
「起きろ」
「……んあ? …………んが」
「死にたくなければ今すぐ起きろッ!」
「うおっ!?」
目の前で繰り広げられているやり取りは、どうにもかのディオン卿率いる騎士隊のものとは思えない。徐に全身鎧の男の尻を蹴り上げたカトレア隊長が吼え、鈍い悲鳴を上げた男が兜をかぶり直しながら立ちあがる。
そんな光景にリリィは知れず半眼になり、ローズは口を開けたまま呆けてしまっている。
「あー……なんだ? お嬢。やっと戦か?」
「隊長と呼べ、阿呆が……伝えたはずだろう? 今日は新たな騎士が来ると」
「あぁ? 新入りだぁ?」
「ディンに、ローズだ。隣にいるのはローズの従者のリリィだが」
かちゃかちゃと深くなったトサカ付きの兜をぐいっと持ち上げれば、そこから見えたのは口元から顎までを茶色の髭で覆われた山賊のような顔の男。目つきも鋭い。
さらに立ちあがってみれば気付いたのは、この男、山のように大きな身体をしており俺でさえその顔を見るには見上げなければならなかった。
真っ先に男が向けた視線の先は俺。
鋭かったはずの瞳がぎょろりと剥き、近づかれた顔から漂ってきたのは――――酒の匂い?
そろそろ目の前の男に理解が付いていけなくなった頃、俺に向けていた強面を固まったローズ嬢に向ければ、彼は声を上げた。
「ほう! こりゃあ別嬪じゃねぇかッ! ……あぁでも胸はちっと足りねぇか」
「んなっ……あ、あ、あ、あ、貴方はッ……」
固まるを通り越して痙攣気味に、いや、怒りに身を震わせたローズがぷるぷると人差し指を男に向けるが、当の本人は残念そうにため息をつくだけ。
――――彼は、本当に騎士か何かなのか?
そしてそのつまらなそうな視線をローズからリリィに向ければ、リリィはすぐさまその顔を歪ませて見せた。
「…………」
「な、何でしょうか……?」
「ああ……駄目だな。この女、誰かに惚れてやがる」
「はぁ!? こ、こいつっ、何を言っているのさっ!!」
そろそろ帰ってもいいだろうか、などとそんなことを思いうんざりとしながら腕を組めば、耳に通るようなリリィの甲高い声が上がる。
もしもこの山男の様な人物が騎士であるならば、早速リリィは生意気な口を聞いてしまったわけだが如何に。
ともかく現状を落ち着かせるべくカトレア隊長に視線を向ければ、彼女はその視線をジャン副隊長に向けた。どういうことなの。
「入ってきたのはヒネたガキと胸のねぇ女とコブ付きの女かよ……ったく、こんな奴らに儂の睡眠を邪魔するない」
「む、むねっ…………下郎風情が黙りなさいッ! 聞いていればそのような耳に汚い言葉をつらつらと……剣を、剣を取りなさい! 成敗してさしあげますッッ!!」
「ディン? ディン? 別に僕はアレだからね? その、えと、とにかくアレだからね!?」
そういえば騎士隊の備品から短剣の一つや二つでも借りたいのだが、そういったことは隊長よりも副隊長に聞いた方がいいだろうか?
いや、そもそも今着ているいつもの防具とて騎士隊と揃えて白銀のものにした方がいいのかもしれない。そうなるとやはり備品か? あのような高級そうな装備を買う金などないぞ?
――――俺は何も聞こえない。何も聞こえないとも。
しかし顔を真っ赤にして弁明し始めたリリィはいいとして、つむじ風を伴いながら何やら詠唱に入り始めたローズ嬢はさすがにまずい。
騎士隊の中から『あれがヴェスパーダか!』などと呑気な声が聞こえた気もするが、今はそんな場合ではないだろうに。
口笛を吹くジャン副隊長を睨みつけつつ、その巨人とも見紛う男の前へ一歩踏み出す。しかし本当に大きいな。
「……んだぁ? 気にでも障ったか? お坊ちゃんよぉ」
「さぞ高名な騎士殿と見受ける。是非名をお聞きしたい」
「ガハハハハ! わかってんじゃねぇか。儂の名はベダール。べダール・フルゾッタム。その筋の奴に聞きゃあ『金剛』なんて呼ぶ奴もいるな」
「ほう、ベダール殿……良き名です。貴方はこの隊に所属で?」
「まぁなぁ……此処にいれば戦が近ぇってんでお嬢の世話になっとるが……てんで戦なんて始まりゃしねぇ。俺たちは雑用じゃねぇってんだ」
「成程」
なるべく怒らせぬようにして名と所属さえ聞けばあとはどうでもよろしい。
まったく、コミュニケーションを取ることすら面倒なことこの上ない。貴族は気難しい輩などとは言われるが、これはこれで厄介な男である。
どうにも話の節々に戦闘狂のようなものが見えるが……というか、今俺たちがやらねばならんことはこの男の与太話に付き合う事ではなく、ジャン副隊長から色々と教導してもらうことだろうに。
「小僧。どうやらおめぇは年功序列ってやつが分かってるらしいから、その顔、覚えておいてやる。ああ、ついでだが隣の嬢ちゃんもな。どうにも貴族臭くて仕方ないが」
「……分かりました。我がヴェスパーダを以って三枚下ろしにして、さらに塵と刻んであげましょう。さぁ、剣を取りなさい」
「ロ、ローズ! さすがにいきなり決闘なんて駄目に決まってるじゃないか。まずは落ち着きなって」
「う゛ぇすぱあだぁ? 武器を自慢するなら鍛冶屋でも商人でも出来らぁ。貴族のひよっこがピーピーうるせぇんだよ」
――――さすがにこれ以上は許容出来る範囲ではないか。
そんな意味を込めてもう一度カトレア隊長に視線を向ければ、ようやく彼女は疲れたようにしてべダール殿の後ろに立ち。
「たわけッ!!」
「むぐォ!?」
随分と腰の入った正拳を鎧越しに放った。
細身、というわけではないが女の身でありながら隊長の放った正拳にベダール殿は身体を仰け反らせ、ゲホゲホとせき込みながらその場にヘタり込んだ。
何だかよく分からん男である。
「ローズ。後でこいつにはきっちりと言っておく。だから今はその剣を収めてくれないか?」
「この散々汚らしい言葉を吐いた男を許せと? カトレア隊長、私は然るべき罰を望みます。でなければ私自らこの剣でッ……」
「……ディン。そろそろ何とか言ってやってよ。怒るのは分かるけど……僕達まだ入って一時間くらいだよ?」
耳打ちしてくるリリィの言い分にも一理あると頷き、いきり立つローズの耳元に口を近づける。
ここまで接近しても俺に気付かぬとは……重症だな、これは。
「ローズ嬢、ローズ嬢」
「ひあっ!? な、なんですの!?」
「羽虫の話を思い出せ。この男は羽虫。この男は羽虫、羽虫、羽虫」
「羽虫……羽虫……羽虫」
何この洗脳。
「……命拾いしましたわね。五分の魂にも満たぬ羽虫ならば、拾った命は大切にしなさい」
何だか羽虫という扱いではなく、ローズ嬢にとってビダール殿は真実羽虫になってしまったらしい。 舞い上がった風を収めながら不機嫌そうに鼻を鳴らす彼女に、リリィと俺は揃ってため息をついた。
相変わらず背中を抑えたまま蹲るベダール殿だが――――なんだろうな。
「…………『真面目な部隊』、か」
疑問に思わざるを得ない。
あー……オグレンみてーな汚カッコいいおっさんが仲間のRPGとかねーかなー。
『渋カッコいい』じゃなく『汚カッコいい』ってな感じの。
勿論ベダールのモデルはオグレン。
……ていうかこの小説を読んでくれてる読者の中の何割が、元ネタとなったDragon Age: Originsを知ってるのかしら。