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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
9/22

自分の中の何かが打ち砕かれる

診察に来た医師を見た瞬間、俺は無意識のうちに警戒するかのように身構えていた。


ゲームでは宮廷に怪しい薬を広めて全体のバッドエンドを助長させる存在であり、絶望したミーシャの自殺を手伝うことになるカルミアが、自分の目の前にいる。

もうミーシャはこの世におらず、カルミアが自殺の手伝いをすることも絶対にない。美加理が幸せな死を迎えたことで、この世界はもうバッドエンドにはならない。

しかし、カルミアを見た途端に、身体は勝手に後退りしようとしていた。


本当はバッドエンドでのミーシャへの対応や、ライヤの記憶の中を知る限り、見かけによらず優しい人だとは分かっている。しかし、どうしてもカルミアの金色の瞳と黒髪が魔王か魔女のようで、かなり怪しく見えてしまう。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。薬のために実験台にしたり肉体改造するわけじゃないから安心して」

(安心のさせ方下手くそか!!患者を余計に不安にさせるのはやめてくれ!!)

あまりに酷すぎる緊張のほぐし方に、思わず脳内でツッコミを入れてしまった。

この人は本当に医者なのだろうか。仮にも精神を病んでいる患者に対して不安を煽る言い回しはどうかと思う。

「………前の貴方なら今の言葉を聞いても素直に安心していたのに、ちょっと見ない間に変わったのね」

「っ……!!お、俺のこと…なにも知らないんですか?」

事前に知っているのなら、こんな言い方しないはずだ。カルミアに俺がライヤじゃないと見抜かれているのかもしれない。

下手くそな安心のさせ方でここまで理解したのかと思うと、カルミアはやはり只者ではないと感じる。

「転生者に憑依されているってこと以外は何も分からないわ。その正体が誰なのか、どこから来たのか…知らないから貴方を責めたりすることもないし、かと言って同情もしない」

「………要するに、ただの患者として見てくれるってこと…ですか?」

「?そうよ。何を当たり前のことを言ってるの?」

「……変な贔屓とか、忖度されると…思ってたので…」

あくまで身体はライヤ・ラズライトだ。俺をここまで連れて来た男の話と言い、ライヤだからとできるだけ他の患者よりも丁重に扱われ、医者というより従者か侍女のように振る舞われるとばかり思い込んでいた。

俺は勿論だが、ライヤも望まないことをされるのは嫌だったから、カルミアの答えは正直嬉しかった。

「私は医者よ。誰が相手でもちゃんと一人の人間として向き合う。差別的で欲深い親を見て来た身としては、それだけは守ってるの」

「……そう…なんですか…」

カルミアの生い立ちはゲームでも出てこないから、何故医者として過ごしているのかは分からない。美加理が昔買っていた公式ブックでは、『ヒロインをバッドエンドに導く怪しい医者の女』という趣旨が書かれているだけだった。

咥えて、美加理が死んだ後に出たそれぞれのキャラごとのコミカライズや、誰とくっつくかはっきりしなかったアニメでもカルミアはちょろっとしか出なかったため、結局生い立ちは謎のままだ。

かと言って、出会ったばかりなのに安易に聞くわけにもいかない俺は、そう返事をするしかなかった。

そんな俺の反応を見たカルミアは、何故かつまらなさそうな表情をしていた。

「………何も聞いてこないのね。大抵の男は今の話をすればやたらと食い付くのに」

「食い付くって…親の話にですか?それは…初めて会ったばかりだし…俺は患者だから聞くべきじゃないと思ったので…」

確かに、カルミアはミーシャ・グレイスと同い年と勘違いするぐらいの幼い見た目とは裏腹に、妖艶な雰囲気を醸し出している。

意味ありげに親の話をされれば、男性は魅力に取り憑かれて食い付いてくるのは間違いなさそうだ。カルミアは、今までそういう男性に妙な目を向けられて苦労したのだろうか。

「ふーん…その辺の男よりちゃんと弁えてて()()()ね。この前見た時よりもずっと」


()()()??


俺が良い子なんてあるわけない。ただカルミアに気を遣っただけなのに、何故そんな風に褒めるんだろう。

俺を褒めてくれるのは、父さんと美加理しかいない。

俺の中に植え付けられていた考えが塗り替えられそうで、俺は戸惑いを覚えた。


「………俺は…良い子じゃない……皆を怒らせたり…傷つけてばかりなのに……」

《そう。そうだよ、真佑。だからこの魔女には騙されるな》


俺の動揺を嗅ぎつけて来たのか、ルシフェルが背後から現れた。


今のタイミングで出て来ないで欲しい。


騙されているのかもしれないことぐらい分かっている。カルミアも、本当は心神喪失状態でもミーシャを酷い目に遭わせようとしたと聞かされているはずだから、ゲームのバッドエンドのように、ミーシャを傷つけた罰を与えに来た可能性があることも。

だが、カルミアの目は嘘をついているように見えない。俺はカルミアなら信じても良いかもしれないと思えている。


また中学の時のように、救いの手があろうがなかろうが、人との関わりを拒絶して孤独になるのはもう嫌だ。そのために俺は、父さんの息子として、ライヤ・ラズライトとして真っ当に生きていくと決めた。


なのに、父さんや美加理以外の誰かを信じた先の未来が、何も見えない。


「俺は…貴女を信じたい……大丈夫だって思いたいのに…っ…俺はまた昔みたいにッ…!!」

「すぐに信じなくても良い。そもそも信じなければならないなんて言ってないわ」

「………え…?」


また俺は、パニック状態になっていたのだろうか。

前みたいに静かにしろと怒られると思って身構えていたが、カルミアは小さい子供を諭すような目で俺の肩に触れていた。


「貴方は過去に何度も辛い目に遭ったから、人を信用できないのでしょう?そんな生い立ちの人が簡単に誰かを信じることができるなら苦労しないわよ」

「ッ………!!あ……」

「だから今は私を信じなくても良い。でも、一人じゃどうしようもないほど不安になったら私に言って。話を聞くぐらいはできるわ」

「最初から信じなくても…良いんですか…?」

「良いわ、信じなくても。それに…」

「それに……?」


含みのある言い方が気になる。何を言われるのかと、謎の緊張感が走っていた。


「最初から患者に信頼を全部預けられても正直面倒臭いからよ」


まさかの医者の口から患者に向かって面倒臭い発言が飛び出して来て、俺は思わず言葉を失った。

良いこと言っていたようでいて、本当はそれがカルミアの本音だったのではないかと思うと、何だか拍子抜けした気分だ。


「は………ははっ…!!医者の貴女がそう言ってくれるなら、俺も気楽でいられるかな…」

「ふふふ、やっぱり今の貴方は話が分かるから助かるわ。そこにいる()()も貴方を見習ったら良いのに」

「えっ?」

「じゃあ、何かあったら呼んでちょうだい」

「え、あっ…カルミアさん…!悪魔ってどういう………行っちゃったし…」


ちょっと和んだ空気の中で、カルミアが指を指しながら言った悪魔は、どう見ても背後にいるルシフェルのこととしか思えない。

カルミアはそういう霊感的なものがありそうだが、それが本当ならカルミアは何者なんだろうとますます不思議に思う。



《チッ…!!あの魔女め!!1回目の人生でミーシャの自殺を手伝っておきながら善人ヅラしやがって…!!》


背後にまだいるルシフェルが、カルミアが出て行ったと同時に舌打ちして悪態を吐き始めた。


「善人ヅラとか言うなよ…最初の人生でミーシャに何があったか知らないけど…少なくとも今はあの人が悪い人とは到底思えない」

《騙されてんだよ!!っ……あの女が自殺の手伝いさえしなければ…!俺が愛したミーシャが死んだ後にあの汐梨とか言うクソゴミ女の化身にも等しいミカエラが生まれることもなかった…!だから今でも許せないんだよ!!》


要するにルシフェルにとってのカルミアは、自分の愛する人を間接的に殺したから、ムカつくを通り越して憎しみを向けているのだろう。

いつもと違って声を荒げるルシフェルの怒りは、絶対に理解できない…とは言い切れなかった。

美加理の死がどんなものか知っているから何も怒りはないが、仮に殺されたとなれば俺も腹立たしくて復讐すら考えてしまうと思う。

しかし、話を聞いていると、カルミアやミカエラよりも、別の誰かに怒りが向いているようにも見える。


「分かったよ…そんなに心開いたりしないから怒るなよ…ところで、そのミカエラ…ってやつもお前と同じ悪魔のか?」

《厳密には悪魔ではなく堕天使だが、神にも等しいとか自称してやがる勘違い激痛クソ悪魔みたいなもんだから俺は心底大っっ嫌いだ!!クソ神よりは話がわかるだけマシだがな!!》

「落ち着けよ…前もクソ神って言ってたけどなんでそんなに嫌いなんだ…?」

《お前も話を聞けば嫌いになるぞ。お前が死ねない理由もクソ神にあるからな》

「ッ………!!そう、なのか……」


ルシフェルが声を荒げるほど嫌いな存在が、自分の死に関わっていると聞き、これは相手が悪魔だろうと聞かなければならないと感じた。


「……なら、尚更聞きたい。死ぬことができない理由も…教えて欲しい」

《……神様は、一目じゃ分かりづらい誘惑の力しかないのにミーシャをやたら聖女か天使のように神聖化してるんだ。要するに過激派処女厨》


ルシフェルの最後の言葉は、一瞬「なんて??」と思った。

ミーシャは確かにゲームの主人公だが、魔法が使われる世界ではないため、誘惑と豊穣、癒しの力があるっぽい描写はあれど、漫画でよくある典型的な聖女という扱いではない。

見た目という意味では理解できるが、天使ならともかく聖女として見る神様は、確かに処女信仰が強そうな気はした。


《過激派処女厨の神様は、記憶喪失中かつミーシャの中身に近い時の美加理が、堕天使ミカエラの口車に乗せられて記憶操作という禁忌を使ったことにキレて、死ぬ直前に苦しむ呪いを与えた。だから美加理は死ぬ前から血を吐くようになっていたんだ》

「……は?神様は美加理にそんなことしたのか?」


許せない。


ライヤの記憶の中にある美加理が時折苦しそうな顔をしているのはそのせいだったのかと思うと、対象が神様だとかそんなの関係なく、強い怒りが湧き立つ。


《だが、神様にとって想定外の事実があった。記憶操作の影響で"ミーシャ"としての人格が残ってたんだ。だから美加理は死ぬ時にそっちを犠牲にして無事にアレキサンドラと想いが通じ合い、安らかに死ぬことができた。ミカエラも封印されてようやくタイムリープすることはなくなったから、少なくとも天界にとっては一件落着ってやつだ》


もし美加理が記憶操作の禁忌を受け入れなかったら、今頃この世界はどうなっていたんだろうか。

恐らく美加理が死んだ後にタイムリープするから、俺はたった一人でこの世界に取り残されていたのかもしれない。

美加理の死はどうしても避けられないことなのは辛いが、美加理にとっては少しでも幸せな結末だったのなら、ミカエラに振り回された天界だけでなく、俺も少しは安心できそうだった。


《まあ…これで終わらないのが神様だ。アイツは…ライヤ・ラズライトの存在をどうしても許せなかったんだ。だから本人が自ら死ぬことができない呪いをタイムリープが起きる度にかけてたんだ》

「ッ……………!!」


自殺ができない原因は、神様の呪いだった。


神様のせいだとは何となく分かっていたが、それよりも何故ライヤが対象になってしまったのかがわからず、頭が混乱する。

少なくとも、よりによって自分の推しがそんな目に遭っていた事実に怒りを覚えているのは確かだった。


「………神様はなんでライヤを許せないんだ…?ゲームでも別に他のキャラみたくミーシャを襲ったり誘拐して監禁するわけでもなければ…家族を殺したりするわけじゃないのに…」


他の攻略対象で起こるバッドエンドは、神様がブチ切れても仕方ないレベルで、ライヤの時の何倍も酷いものだった。


クロードはトニーに奪われたくない気持ちの暴走によってミーシャを無理やり抱いたことで、ミーシャへの嫉妬で狂った幼馴染のユリアナの手で一緒に殺された。

グランディエはトニーから救い出す代わりに誰の目にも触れさせないよう自分専用の部屋に監禁し、王子でありながら自らミーシャの身の回りの世話をし続けるという、典型的なヤンデレ化してしまった。

グレイは、ジルコニア家には戻ったものの、ミーシャとの結婚に反対する父親を殺して公爵の座に就いた。そのまま、婚姻前なのに自分の部屋に閉じ込めて処女信仰強めの神様が見たら発狂しそうなことを行って身も心も堕とすという、対象をR-18にしろと言いたくなるメリバだった。

隠しキャラのレイヴァンは、既婚者なのに妻を捨ててミーシャと逃げたが、妻の母国の騎士団に見つかって両方とも殺された。レイヴァンにとっては精神的に仕方ない状況だったが、それでもライヤのよりは自業自得と言える。


自業自得か目も当てられないバッドエンドを起こす攻略対象たちよりも、ライヤを許せない理由があるのだろうか。


《神様にとってはお前の知ってるバッドエンドよりも許せないことが、1回目の人生で起きたんだ》

「な…なにが……起きたんだ………?」


真剣だが重暗い表情をするルシフェルに、緊張が走って身体がどことなくひんやりとし、心臓も鳴り止まなくなる。

何を言われるのかと構えてる俺に、ルシフェルは口を開いた。



《一回目の人生でのミーシャは、ライヤが率いるようになった騎士団の連中に無理やり犯された。酒を飲んで酔っているミーシャをライヤが少しの間一人にしてしまったせいで》



言葉が出ない。


ライヤの油断のせいで、ミーシャが乱暴された。

その事実は、ライヤへの憧れを鈍器で殴るに等しいものだった。



お互いにしんとしている空間の中、真っ暗になった外からは静かに雷の音が聞こえ始めていた。



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