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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
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漂う毒の匂い


「美加理…そんなに泣かないでよ…俺が母さんを怒らせてばっかだったのが悪いんだ」

「だって真佑くんが…大学出るまでそんな酷いお母さんのところでずっと頑張ってたなんて…思ってもなかったから…っ…ぐすっ…!それに…真佑くんは何も悪いことしてないのにっ…ぅうっ……」

「………ありがとう、美加理。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」


母さんに殴られるのは、いつも俺が何かしてしまっ時ばかりだった。大人の誰かに事情を話す度に、「それはお前が良い子にしていないからだ」とか「お母さんが苦労して育ててるのに迷惑ばかりかけて」と言われ、挙句には「これだから母子家庭の子供は」と根拠の無い悪口まで言われた。言われる度に結局俺が悪いんだと思い、言ってきた大人達を疑うこともできなかった。


美加理が初めてだった。

俺は何も悪くない、むしろ頑張っていたと言ってくれた人は。


だから、俺はこの時美加理に心から惹かれるようになっていった。


「……私の所もさ…お母さんが実家で望まれ続けてやっと出来た女の子だからってめちゃくちゃ持て囃されたから…良く言えばマイペース、悪く言えば悪気のない自己中って感じなの。自分以外が働くのは当然って世界で生きててほんとに腹立つ」

「そうなんだ…働きたがらないところはうちの母さんとちょっと似てるな…まあうちは結局働かないと無理ってことで仕方なくやってたみたいだけど…美加理の場合は悪気無しってことだから、ある意味疲れるよね」

「ホントだよ…しかもお父さんもお父さんなんだよね。普段は兄ちゃんと姉ちゃんには厳格なくせにお母さんの実家の援助で成り立つ企業の一社員だから何も言わないし。それだけならまだしも、お母さんって娘の私から見ても若々しくて可愛いからお父さんが未だに惚れ込んでる感じ」

企業に援助しているという話で、俺はあることを思い出していた。

過去にテレビで顔立ちが美加理に似た綺麗な女性が、大手企業の一社員と結婚し、相手にとっては逆玉だと話題になっていたことを。

「もしかして…美加理のお母さんって富士道コーポレーションに援助してるっていう…?」

「やっぱ知ってたか〜…お母さんも普通の令嬢とかなら特に話題にもならなかったのに県でもミスなんとかに選ばれてたからこういうのが起きたんだろうな…」

美加理の母は財閥の娘な上にミスなんとかに選ばれるほどの美人故に、注目を浴びても仕方ない環境にいたようだ。しかも本人はかなり甘やかされて育ったように見受けられ、娘の美加理から見ても非常に自己中心的に映っていたのだろう。

「てな感じで、甘やかされ無自覚自己中美人のお母さんと、それを容認するお父さんのせいで兄ちゃんと姉ちゃんは高校卒業したら真っ先に出て行ったし、私も自分の親やばそうと思って一人暮らし始めたってわけ」

「美加理も…色々大変だったんだ…ところで、なんでやばそうだと思ったんだ?」

「………違和感を持ったのは…私が今の大学に入るって言い出した時、だと思う」

美加理が言い淀むのを見た時、今の大学に進学するまでの経緯は何やら複雑そうだと感じた。


「お父さんとお母さんは、少なくとも長男か長女は絶対良い大学入って良い会社に入れっていう長子制エリート主義だから…兄ちゃんがカメラマン目指すから専門的に学べる方の短大に行くって言い出した時は本人のいないところでお父さんは特にブチギレてたんだよね…何故こうもバカに育ったんだって」

「バカって…お兄さんはちゃんと将来のこと考えてるのにそんなこと…」

「そう思ってるんだけど…あの人たちにはそれが通用しないんだよ。どっちもそういう世界で生きてたから。んで、兄ちゃんがダメってことで次の犠牲者が姉ちゃんだったの。本人の気持ちガン無視で進学先まで決めて勉強させて…もし姉ちゃんが良い大学に合格して、有名どころの会社に入ってなかったら次は私だったと思う」

恐らく、テレビか漫画で見たことがあるような、エリート主義かつ『子供は親のトロフィー』思考な親なのだろう。

もしかしたら、美加理が犠牲者になっていたら、こうして俺と巡り会うこともなかったのかもしれないと、美加理のお姉さんには決して言えないことを思ってしまっていた。

「そこまでエリート主義だと…美加理の時もお兄さんやお姉さんほどじゃなくてもかなり大変だったんじゃ…?」

「ううん、むしろ放任主義に切り替わってた」

「えっ!?今の大学に入るって言ったのに何も言われなかったのか…?」

「何も言われなかったよ。兄ちゃんと姉ちゃんの時とは大違い」

今通ってる大学は俗に言うFラン私立大学とかではなく、一応県内ではAランクと言われている。しかし、有名な国公立大学や県外の難関私立大学以外認めないらしい美加理の両親にとっては、もっと上を目指して欲しいと言い出すはずだ。

それが、美加理の時は何も口出ししなかったと知ったことで、俺は驚きを隠せなかった。

「だから何も言われなかった時は単にラッキーとしか思ってなかった。普通に『頑張りなさい』って言われたし、大学に受かった時も祝ってくれて、自分は人生を自由に選んでも良いんだって思って喜んじゃってたんだよ」

「そっか…多分だけど、お姉さんがご両親にとってのエリートになれたから安心して反対しなかったのかも…?」

少なくとも美加理は両親から何も制限されずに自由に生きられると知って安心しかけた。だが、俺は美加理が親をやばいと感じた理由を知ることができていないため、ある言葉に引っかかっていた。


(ん…?喜んじゃってた……?)


「……私もそう思っていたかった。でも、合格を知るまで私は何も分かってなかったんだよ。なんで私にはエリート主義の息がかからなかったのか、その理由は完全に諦められた兄ちゃんの代わりに姉ちゃんがエリートってやつになったから、今度は娘に良い人と結婚させて、結婚相手に跡継がせたい…っていう欲望が芽生えてたからってことも。合格祝いの日に親が親戚と夜中に話してたのを聞いちゃって…」


美加理は両親に嵌められたかのような諦めの目で、親がやばいと感じた本当の理由を話し始める。

その時の目は、いつもの綺麗なグレーが黒で澱んだように見えていた。


「親と親戚曰く、姉ちゃんの高学歴と高収入は男にとって良い印象じゃないらしいの。だから私みたいな普通の大学出身の女は、お母さんの時みたいにどっかのエリート社員か御曹司的な奴と結婚させるには丁度良いんだって。だから進路も口出ししなかったんだと思うと…大学行ける喜びが絶望に変わったって感じ」

「それって…お見合いとかさせられるのはもう確定ってこと…?」

「そう!ほんとに最悪だよ!!今思えば昔から親戚のババア共は女の子なんだからテーブルにお酒持ってくぐらいしなさいとかいちいちうるさかった!!今年の正月の集まりの時も『恋愛ごっこは良いけどそいつと出来婚だけはすんなよ〜』とかニヤニヤした顔でジジイ共に言われたのほんと気持ち悪すぎて今でも吐きそう!!」

「………なんだよそれ…普通にセクハラだろ…!美加理…辛かったよな…そんなこと平気で言う人がいるなんて…」

お互い家庭環境は違えど、自分の家族が異常だと知った時のショックは痛いほど分かる。

俺の場合は母方の祖母や父方の祖父母以外の親戚からは完全に嫌われていても、見捨てられているため的敵自体は少ない。しかし、美加理の場合は両方共干渉してくると思うと、将来的には針の筵状態ではないかと、自分のことのように怒りすら覚えていた。


美加理の親と親戚は、美加理のことを跡継ぎを作るための存在としか見ていない。


女の子だからと下に見られて尽くすことを求められ、本人は自覚していない容姿の可愛らしさ故に性的な揶揄までされる。

その上、跡継ぎのために結婚まで勝手に決められるという、辛い運命に立たされている美加理を見ていると、自分の母親に対する悩みが小さく思えていた。


「あーあ…ほんと時代遅れの男尊女卑思考でくだらないし気持ち悪い。彼奴ら全員死ねば良いのに」


口元は笑っていても、目は完全に死んでいる。

出会った時に見た綺麗なグレーの瞳の中にあった光は、すっかり消えてしまっていた。


「じゃあ…その人達からしたら…俺なんか絶対ダメなんだろうな…」


辛い思いをすることになる美加理を、俺が守れたら良いのに。

そう思った時には、無意識に言葉が漏れてしまっていた。


「………真佑くん…それ、ちょっと告白にも聞こえるんだけど…」

「………えっ!?あ、いやそのっ…!今のは忘れて!!単に自分はエリートとかけ離れてるなって思っただけで…!!」


あの時は、お互い顔が真っ赤だったのは間違いない。

その一ヶ月後に改めて美加理に好きだと告げることになるとは思っていなかった俺は、恋心を誤魔化すかのように、美加理の辛い運命のことをとにかく忘れようとしていた。



     ーーーーーーーーーーーー


美加理と家族のことを話したのを思い出して、ライヤの両親を好きになれない理由が腑に落ちた気がした。

そして、ライヤ推しになった理由の一つがそこにあったことに気がついた。


俺は、美加理のように、家族から跡継ぎとしか見られていないライヤには幸せになって欲しかったのだ。

美加理とは違い、ライヤ自身は家族環境の闇に気づくことがないのかもしれない。だが、真面目な上に根っこが純粋なライヤのことだ。気づいた時の絶望は計り知れないことになるだろう。


自分は単なる跡継ぎとしか見られていない。それでも、尊敬する親の期待には応えたい。

そんな相反する思いに引き裂かれることになり得るライヤを守りたいと思い、俺はライヤ推しになった。


(そんなライヤからあのルシフェルとかいう悪魔が生まれるなんて信じたくない…何があってルシフェルが生まれたんだ…ライヤ…)



コンコン…


ドアをノックする音が聞こえる。


医師が来たのかと思い、俺はドアを開けた。


「はい、……………っ!?」

「どうしたの?そんなに驚いた顔をして。久しぶり…って言ってもわからないかもしれないわね、ふふふ」


黒い服に、黒く長い髪。少女のような雰囲気で魔王のような金色の瞳を持つ背丈の低い女性を見た瞬間、俺は警戒心で思わず後退りしかけた。


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