絶望と慟哭
※トラウマのフラッシュバック、自傷行為の描写あり
美加理が死んで、"ミーシャ・グレイス"としての葬儀が終わってから何日経っただろうか。
亡くなったと聞かされてからは、何度も思い出と後悔を繰り返して涙を流し、精神的に追い詰められていっそ死んでしまおうかと思う日々だった。
美加理は、天国で安らかに過ごしているか、また別の世界に転生しているに違いない。
今俺が死ねば、また美加理にどっちかで会えるかもしれない。向こうはそれを望んでいないかもしれないが。
しかし、そう思って実行しようとしても、何故か俺は死ぬことができない。
勇気が出ないわけじゃなくて、本当に死のうと思っているのに、肝心の生命がなかなか途絶えてくれないのだ。
タオルで首を吊ろうとしても、ただひたすら苦しい思いをしただけだった。その様子を見つけた看守に助けられ、もう二度とこんなことするなとこっ酷く叱られた。
ならばと思い、落ちていたガラスの破片で手首を切り、頸動脈も刺した。これで確実に死ぬだろうと思ったが、何故か生死の境を彷徨うことはなかった。むしろ、激痛で悶え苦しみ、床を血で汚してしまっただけだった。
あまりに自殺を繰り返そうとしたせいで、俺の身の回りには死に繋がる物が全て没収された。
「…………死にたいのに何で死なせてくれないんだ……俺は…もう生きるつもりなんかないのに……」
《それはあのクソ神様のせいだよ、水瀬真佑》
「かもしれないな…それもこれも全部クソ神様のせいで……って誰!?」
追い詰められすぎて思わずスルーしてしまいそうになったが、目の前では信じ難い現象が起こっている。
服装だけでなく、髪と目が真っ黒のライヤみたいな男が、宙に浮いたまま俺に話しかけているのは、幻か何かだろうと思いたい。
《幻じゃねぇよ、一応。俺は…この世界が今回に至るまで五回タイムリープされて積み重なってきたライヤ・ラズライトの負の感情の集合体だ》
「は…?タイムリープ?ライヤの負の感情の集合体…?それに……お前の声どっかで……………ッ!?」
頭の中で、あの囁きの声が響く。
━━━ようやく"ミーシャ・グレイス"を我が物にできる……それなのにお前の魂は本当に意気地なしで情け無いことだ
そうだ。
このライヤもどきの悪魔の声は、美加理に再会した時、俺に襲えと最低な誘惑を囁いてきたモノと同じだ。
美加理は、この悪魔のせいで苦しんで、また短い人生で死を迎えてしまった。こいつさえいなければ、美加理は今でもアレキサンドラの元で幸せに生きられたはずだった。
俺は、この悪魔をただ憎むだけで終わりたかった。
だが、その後には自分が転生せず永遠に地獄にいられればよかったのにと、深い絶望と後悔に苛まれて、何度も死にたいと願っていた。
目の前にいる悪魔は、俺を見下ろして余裕の笑みを浮かべている。
推しのライヤと同じ顔の造形なのに、表情のせいか酷く歪んで見える。見ているだけで腹立たしくてたまらない。
《素直に俺を憎めば良いのに、何でお前は完全に憎み切ることすら恐れているんだ?もしかして俺自身がお前の好きな"ライヤの負の感情"だからか?》
「黙れ!!!お前みたいな屑とライヤが同じなわけないだろ!!!なんでライヤからお前なんかが生まれてきたんだよ!!お前さえいなければ美加理が…っ!!」
《でも実際はあの白い柔肌と、怖くて震える姿に興奮していただろ??相手はあくまで美加理じゃないのに》
「ッ………そんなことは…っ」
身体はあくまでミーシャ・グレイスで、美加理本人でらない。この悪魔に操られ、無理矢理手を出させられた時は、本当に苦痛だった。
しかし、俺はあの時、ミーシャ・グレイスの身体を天音美加理のものだと錯覚してしまっていた。
ずっと会いたかった美加理に触れているんだと思ったら、身体が熱を帯びて、理性をギリギリ保つのに精一杯だった。
《分かるぞ。俺もかつて本気で愛した女に触れることができて抑えられそうになかったからな》
「……だったらっ…なんで美加理はあんなに泣いてたんだ…!?お前が何か美加理を深く傷つけること言ったんだろ!?」
《ああ、美加理があまりにお前のこと拒絶するものだから、目の前の女のガワがミーシャ・グレイスであることも忘れて、拒絶されるお前にムカついてムカついてたまらなくなったんだよ》
「拒絶されたからって傷つけて良いわけないだろ!!美加理が男のせいでトラウマ抱えてること知らないのか!?」
《ッ……俺だってそれぐらい分かってんだよ…とっくの昔に……まあ良い。だからもうこれ以上何も望めなかった俺は、次のタイムリープ発動を期待して、美加理の傷をたっぷり抉った。そうすれば前のミーシャ・グレイスへの転生者と同じように美加理も不幸な死を選んで、タイムリープも発動される。憂さ晴らしにお前のことも傷つけられるしな》
一瞬、悪魔の余裕の笑みが消えて、傷ついた目をしていたように見えた。しかし、俺はこんな奴に気を遣うなど死んでもしたくない。
何やらミーシャ・グレイスの不幸な死がタイムリープに繋がり、この悪魔はそれに期待していたようだ。だが、卑劣なことをしようとしておいて、また次のタイムリープ後の世界で、別の転生者を通じてミーシャ・グレイスと愛し合いたいとでも言いたいのだろうか。
《だが…美加理はアレキサンドラに愛されたまま、肉体ごと幸せな死を迎えてしまった。もうタイムリープ発動もできないし、それを使っていた堕天使ミカエラはクソ神様のせいで完全封印された。だからもう諦めて、お前に嫌がらせして過ごすことにしたんだ》
もうタイムリープが発動することはない。美加理が最後にはアレキサンドラに愛されたまま、幸せに死ぬことができたのなら、それは素晴らしいことだと思っている。
だが、安心はできなかった。この悪魔がまた俺に取り憑いて、好き放題罪を犯してしまうかもしれないのだ。
「まさか…また俺に取り憑いて罪を犯して愉しむつもりじゃ…!?」
《安心しろ、もう取り憑いたりはしない…というかあの一回で力使ったからもうできねぇよ。その代わり…この俺━━"ルシフェル"がその対価として、俺を通じてお前が最後に美加理にどんな恐ろしい仕打ちをしたのかを思い出させてやる》
ルシフェルはまたニヤリと笑った顔をしながら、俺の額に手を触れさせた。
その瞬間に、指先から黒い波動が生じて、頭が割れるような感覚に襲われた。
「っ〜〜〜〜〜ぁああああッ…!!ぁ、が……っ……あぁあッ…ぅううッ……ぐ……っ!!」
頭が割れる。
無理やり脳内を覚醒させられて、記憶を奥深くまで掘り出され、取り出そうとされているようで、気持ち悪くて吐きそうだ。
「ぁああッ…!!ぁ…ぐッ……ううぅうッ…!!や……めろ……ッ………ああぁああッ…!!!!」
視界も歪んでいき、自分の今の感覚が分からなくなっていく。いつになったらこの拷問みたいな時間が終わるんだ。
早く終わって欲しい。
そう思った途端、脳内には美加理を襲おうとする光景が映し出された。
嫌だと拒絶し、涙を流す美加理に対して、ルシフェルに取り憑かれた俺はおかしくなったように笑い出していた。
『ッ…………はは……はははッ…!!そうだよ…俺はずっと…ヤラれそうになって怯える美加理が見たかったんだ…!!亜紗美は一切そういうのないから…見れないんだと思うと本当に残念だった…!!』
急に笑い出したかと思えば、俺の表情は、自分でも想像できないほど歪んだ笑顔になっている。
亜紗美とは浮気のフリをした一回しか家に呼んでいないし、そもそも男女の関係になったことは一切ない。
俺に触られる最中にトラウマを思い出して怯えてしまう姿は、身体を乗っ取られていても見ていただけで胸が締め付けられ、こちらまで涙が出そうだった。だからこそ、俺は美加理のそんな姿だけは絶対に見たくなかった。
なのに、ルシフェルはタイムリープ発動なんかのためになんて酷いことを言うんだろう。
『………なに…言って……?もしかして付き合ってた時も…そう思ってたってこと…?』
そんな恐ろしいことを、一度だって思ったことはない。
絶望したような目で呟く美加理に、今すぐそう伝えたい。しかし、記憶を呼び起こされているだけの俺は、口を動かすこともできず、見ているしかできなかった。
『……当たり前だよ。俺は過去に手を出されかけた美加理が…俺に抱かれるって時にそのトラウマを思い出して怯えて泣く所が見たかったのに…!!それなのに急に態度変わって…俺になら何されても良いなんて言い出してさ…!!俺はそういうの求めてないんだよ!!』
『……っ…何それ……私がそうしたのは真佑が………ッ』
美加理が言いたいのは、あの忌まわしい日のことだろう。
俺が同じ学部の苦手な男三人に、『付き合ってるのにヤらせないとか俺だったら冷める』『ぶっちゃけ彼女失格じゃね?』などと美加理を馬鹿にされた日から、平穏は終わりを告げた。
美加理は、俺にまで顔色を伺うようになり、トラウマを克服したと嘘を付いて、性行為を受け入れたがるようになった。
無理をしていると、一目見ただけで分かっていた。だが、受け入れようとする美加理の気持ちを無碍にしたくないばかりに、俺も抱くしかなかった。
絶対痛いはずで、お互い初めてで気持ち良いわけがないのに、美加理は無理やり声を出していた。そんな風にお互い空気を読み合っているような雰囲気でする行為は、ただただ苦痛としか言えなかった。
『……俺が感じてるフリされて気づかないとでも思ったのか…?そういう所だよ…!!俺は美加理がそうやって他人の顔色ばっか窺って性格とか変えたりするのが嫌いだったんだ!!トラウマ持ちらしくヤられる時は怯えてれば良いんだよ!!!』
美加理は勿論のこと、こうしてルシフェルに取り憑かれている姿を見せつけられている俺にとっても、絶望を与えるに等しい暴言だった。
他人の顔色ばかり窺う所が嫌いだとは全く思っていない。そんな中でも、美加理は俺とは違って周囲に合わせようと振る舞って、努力していた。
そんな姿を知っているからこそ、いつかそのせいで美加理が辛いと思ったら、俺にも頼って欲しいと思っていた。
なのに、俺は美加理を二度も傷つけた。
アレキサンドラやグレイに助けられるまで子供のように泣きじゃくって、怯えながら謝るしかできない状態にしてしまったのは、結局全部俺のせいだ。
「あぁ……あぁあッ…!!お、俺は…っ……美加理になんてことを言って……っ」
美加理の怯えた顔が忘れられない。
謝り続ける悲痛な声が頭に響いて止まらない。
グレイに連れて行かれる俺に対する、恐ろしいものを見るような眼差しが頭から離れない。
「あ…ぁ……あぁ…ッ……ご、ごめんなさ…っ……」
美加理のそんな眼差しが頭を過った瞬間、突如過去の記憶が一気に甦り始める。
俺が美加理と出会う前の約十数年もの間、母親や親戚、時には友人だった男から冷たい眼差しを何度も何度も何度も何度も浴びせられてきた。
その後には、皆俺のことを………。
「〜〜〜〜〜あぁぁあああああああッ!!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!!生きてて…っ…俺なんかが生きててごめんなさいッ!!!」
俺が父さんみたいに優しくて強い人じゃなかったから、母さんをイラつかせたり怒らせては物を投げられたり、罵倒を受けながら何度も叩かれた。
誰からも好かれる父さんに全然似ていないから、父方の親戚から嫌われた。
上手く立ち回れないくせにクラスで立場の弱い大人しい男子を庇ったから、その男子を虐めようとした友人から疎まれて、俺が代わりに虐められた。
『おい騒いでんの誰だようっせーぞ!!!』
『ちゃんと静かにしてろよこのカス!!』
『てめぇ頭おかしいだろ!!!マジでさっさと死ねよクズ!!!!』
ああ、拘置所内で次々と俺に罵詈雑言が湧き始める。
ここが僕に相応しい場所かもしれない。
「お前らまで騒ぐな静かにしろ!!!おいライ……お前、大丈夫か?」
髪が白くて、大きい人がいる。
僕のことを怒りに来たんだ。
気持ち悪いから喋るなって怒られるかもしれない。
「ごめんなさいッ…!!ごめんなさいぃい!!!みんなのことッ…もう怒らせたりしないからッ…!!ちゃんと良い子にするから怒らないでッ!!」
「あ?何言ってんだ?俺は怒ってねぇよ…だから落ち着けって、な?」
「ぅううッ…!ぐすっ…ぅうッ…!お父さん……っ…怖いッ……怖いよっ…!助けて…助けてッ…!僕もそっちが良い…お父さん……っ…僕も一緒に連れてってよ…!!」
「"真佑"ッ!!!!」
「ッ………!?!?」
グレイから本当の名前を呼ばれて、俺は一気に現実に引き戻された。
どうしてグレイは俺の名前を知ってるんだろう。
誰から聞いたんだ。もしかしたら美加理かもしれない。美加理はなんで俺の名前を教えたのかわからない。
「お前の本当の名前は美加理の手紙で確認させてもらった。お前が本当にクズ野郎だったらぶっ飛ばしてやろうと思ってたが…何やら色々美加理とすれ違ったんだろうな。何があったかは知らないが…お前はその父親のために良く生きることだけ考えろ」
「…………父さんのため…?」
「ああ、そうだ」
グレイの声は、いつになく穏やかだった。
ルシフェルによってぼんやりしていた悍ましい記憶を覚醒させられ、恐怖に支配された俺にとっては、あまりに優しすぎた。
「ッ……!!ひぐっ…ぅッ…うぅッ……うぅ〜〜っ…!!」
俺は、グレイに見守られながら、ただひたすら子供のように泣き続けた。
涙が枯れた頃には、もうグレイもルシフェルもいなくなっていた。
この数日後に改めて尋問を受けた結果、俺はルシフェルに乗っ取られたことが心神喪失として認められた。
そして、拘置所内での行動から精神疾患と診断され、刑務所ではなく病棟送りが決まった。
真佑がパニック起こすのを見て「お前も美加理と同じパターンか!」と感じたと思いますが、真佑の場合はまだ本領を発揮してません。
まだまだ重くなっていく予定です。




