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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
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色の消えた世界

アレキサンドラ視点です。時間軸としては、真佑が美加理の死を知る直前ぐらい。

俺は、希望の中にいた。


美加理が病を治して戻って来てくれた時には、どこか良い場所にでも連れて行ったり、美味しいものでも食べさせたいと思っていた。

それらが叶わずとも、また一緒にいられるだけで幸せだから、早く美加理に会いたくてたまらなかった。


俺自身、ここまで美加理を愛するとは思ってもいなかった。

俺が愛しているのはあくまで再会してからのミーシャ・グレイスであって、その肉体に転生した美加理のことは、腹黒さが面白いと感じつつも、ミーシャ・グレイスを側に留めておきたいがために、自分に振り向かせたいだけだった。

だから俺は、揉め事を起こした美加理が出て行こうとするのを引き止めたかった。


しかし、その時の想いは複雑だった。


出て行こうとしていた美加理の目が、何処か寂しそうに見えたからだ。

あの場では強気にグレイス家で余生を過ごすと言っていた。その言葉に偽りが無かったのは確かだった。

しかし、自分はもう純粋無垢なミーシャではないと告げた時の美加理の目を見て、俺はふと思い出していた。


ミーシャを宮廷に住まわせた夜、あの子が泣き出しそうな声で呟いたあの言葉を。



『もし私が突然今とは違う別人みたいになったとしても…嫌いにならないで…』



いくらミーシャの肉体を乗っ取った怪しい転生者だろうと、出て行こうとする美加理を引き止めなければ、ミーシャを傷つけることになる。

そう思った俺は、可憐さのかけらもない、さっぱりした性格に見えた自称腹黒の美加理を側に置くことにした。

王たる者として、本人の意思を無視して自身の私情を挟むなど、あってはならないことだが、俺はそんなことを気にしていられなかった。

どれだけ家臣や宮廷の貴族達から反感を買うことになろうと、俺はやっと見つけた心の安寧であり、つまらない世界に色を付けてくれた愛する人を簡単に手放したくなかった。


そのために、俺は美加理を自分に振り向かせようとした。だが、そんな中で美加理と過ごす日々は、ミーシャといた時と同じぐらい楽しいものだった。

同時に、段々とミーシャと過ごした日々が記憶の中から薄れてしまうことを恐れていた。

ミーシャのことを忘れたくない。美加理のことは、ただこちらに振り向かせたいだけだ。

そう強く思っていても、美加理に想いを寄せる男は現れた時は、弟だろうと大人気なく嫉妬の感情を覚え、美加理にも露わにしてしまった。


そして、ついに嫉妬の感情を露わにしてしまった日、美加理について衝撃の事実を知った。

肉体を乗っ取った美加理は、ミーシャ自身の記憶が全くないことを。

美加理の照れ隠しだと思っていたことは真実だったと分かり、翌日にはまた大人気ない振る舞いをしてしまう始末だった。

俺もあの時はどうすれば良いのかわからなかった。

何事もなく美加理に接するべきなのか、それとも美加理の願い通りにグレイス家に戻すべきなのか、大人のくせに拗ねていたせいで声をかけることもできなかった。


しかし、真佑とかいう不届き者に乗っ取られたライヤに襲われた時、美加理は子供のように泣いて許しを乞い、酷く怯えていた。

その姿は見ているだけで辛く、胸が張り裂けそうだった。


美加理がずっと周囲の抑圧の中で苦しんで生きてきたこと、演じないと生きられない辛さを抱えていたことを知ってしまえば、俺はもうミーシャを留めるためだとか、美加理を振り向かせたいなんてくだらないことが全てどうでも良くなっていた。



美加理がこれ以上苦しむことないよう、自分が守らなければならない。



ただ、それだけを考えていた。



その後、俺と再会した時点でミーシャ・グレイスの肉体は記憶喪失の美加理が乗っ取っていたことも知った。

俺が守りたいと思った人は、どちらも『天音美加理』だった。

その瞬間に、俺はどんな性格になろうと、美加理を愛しているのだと改めて自覚した。その自覚が遅すぎるものだったとしても、またやり直せば良い。

たとえ病気にかかって、しばらく療養のために会えない日が続いても、俺は美加理を愛している。


病を治して会うことが叶ったら、今度こそ美加理を大事にしていきたい。




そんな夢が、グレイからの報告で打ち砕かれることになるとも知らずに。




     ーーーーーーーーーーーー


「………美加理が……死んだ………?」

「……はい。サラがお嬢様の様子を見に来た際に死亡を確認したと…」


嘘だ。


グレイが俺を驚かせて揶揄うためについた嘘に決まってる。

まだ公爵子息として宮廷にいた頃のグレイは、昔から王太子時代の俺を揶揄って遊ぶことが多かった。誰もが俺を次期王として神格化する中で、グレイは俺を一人の人間として見ていたのが嬉しかったから、いつもなら揶揄われてもなんだかんだ許せていた。

だからこそ、笑えない嘘はやめろと注意したかった。

しかし、グレイの目元を見ると、嘘ではないことが嫌と言うほど理解できてしまう。


執事としても、歳の離れた妹としても面倒を見てきた美加理の死に、涙を流していたのだろうと。


「…………グレイ、美加理は…まだいるか……?」

「本来であれば、陛下が家族以外で死者の顔を見に行くことは許されませんが……っ…顔を見せてあげてください……」

「ああ……誰にも止めさせはしない…」


顔を見ることで、深い悲しみに沈むことは覚悟している。

それでも、俺は美加理に会いたい。


そう思いながら、俺は周囲からの不審な目を諸共せず、美加理の元へ向かった。



「美加理ッ…!!!」


俺が美加理を住まわせた部屋に辿り着き、扉を開けると、そこは今まで見てきたものとは打って変わっていた。

いつも明るく出迎えてくれるサラは、ベッドの側で泣きじゃくっている。

来る度に「またか」という顔をしながらも、満更でもなさげだった美加理は、ベッドの上で()()()いた。


「…………なんだ、美加理はお寝坊さんだな。もう夕刻だというのに…のんびりしているところはいつでも変わらないな……はは」

「っ……アレキサンドラ様…お嬢様はもう……」

「元気になったら知らせてくれと言ったはずだろう?忘れるなんて流石に私も傷ついてしまうぞ…それにしても…今日の寝顔も本当に可愛らしいな…どんな性格になろうと…」


そうだ。

美加理はただ眠っているだけだ。


サラが死んだと思い込んでしまうほど、美加理は静かに眠っているんだ。


美加理が死んだのはやはり嘘だ。美加理の肌は血色も良くて滑らかで、唇も桃色で艶々としている。

もし死んでいるのなら、こんなに美しい訳がない。


「美加理、目覚めたらどこに行こうか?お前の好きなものが沢山ある場所が良いな。そこで二人でゆっくり過ごしたい……誰にも邪魔されない……静かな所で………っ」


これだけ話しかけているのに、美加理は目を開けない。指先一つ動くこともない。

ブルーグレーの綺麗な目を開けてくれない。


俺を、"アレン"と呼んでくれない。


美加理を宮廷に住まわせた夜に、死んでいるかもしれないと勘違いした時と全く同じだ。



絶望しかけて、思わず後を追ってしまいそうになった時とまるっきり一緒で…………。



「ッ………うっ……ぅ……みか…り……っ……美加理……ッ!俺を…っ……置いていくな…美加理ッ…!!」


美加理はもう、この世にはいない。


今度こそ俺は後を追う日が来たのだ。護身のために短刀を持っていて良かった。


俺は短刀を自分の首に突きつけ、頚動脈を切り付けようとした。

が、目ざとくそれを見つけてしまったサラに、素早く止められてしまった。


「陛下ッ…!!お辞めください!!そんなことしたらお嬢様が悲しみますよ!!」

「死なせてくれ!!たとえ神から罰を下されようと俺はこのまま生きるぐらいなら死んだ方がマシだ!!!」


美加理がいなくなったと知ってから、目の前にある世界がどんどん灰色に染まっていく。

国王として過剰な期待をされ、その抑圧に苦しんだ時も、唯一俺のことを人として接してくれたグレイがいなくなった時も同じだった。色を取り戻してくれたのは美加理だったのに、美加理はもういない。


ならば、俺はもう生きている意味なんかない。


「チッ…!どいつもこいつも似たようなこと言いやがって…!!アレキサンドラ!!国王が一時の感情に振り回されるな!!死ぬなんて馬鹿なこと考えるのはやめろ!!!」

「うるさい!!!お前まで家臣や貴族の連中と同じことをっ…!!俺だって国王になんかなりたくなかった!!!愛する人をろくに守れないどころか…むしろ苦しめる地位なんか最初から欲しくなかったんだ!!!!」

「落ち着け!!お嬢様はアンタのせいで苦しかったなんて言ったわけじゃねぇだろ!!」

「美加理は優しいから…っ!!!俺とは違って優しいから……っ…たとえ愛してくれたとしても…俺が国王であるせいで辛い目に遭っていた事実は変わらないだろ…!!」


俺が王でさえなければ良かった。


何度そう思ったことか。


俺が王でなければ、ルベウス派に属していたリナリアも良い人を見つけて幸せに生きられた。

ラルフがドルーゼと衝突することもなければ出会うこともなく、今でも側近としてそばにいてくれたはずだった。

王でありながらリナリアと契約結婚したという事実を濁すため、グランディエが犠牲になることもなかった。

何より、美加理のことだってもっと違っていたはずだ。

王妃でありながら元の身分と儚げな雰囲気故に周囲の冷たい目で踏み潰されるという屈辱を受けてしまう心配をして、愛妾にせざるを得ない状況に陥ることもなかった。


「俺は…皆に平等で優しい国王なんかじゃないっ…その名の通りのレイヴァンが本当に王になっていれば、俺はただの人間として生きて…美加理を真っ当に愛することだってできた……王でさえなければ俺は、俺はっ……うっ…ぅうッ……!!ぁああぁあッ…!!!」


涙が止まらない。


王でありながら俺はまるで子供みたいだ。


グレイがいるからだろうか。

否、もう情けない姿を見せたくない相手がいないからかもしれない。

顔を埋めている美加理の身体は、悲しいほどに冷たかった。


「………アンタは…確かに地位のせいで美加理を苦しめたかもしれない…けど、それは美加理の手紙を読めば本当のことが分かる」

「っ………美加理の………?」

「ああ。今読め…とは言いたいが、今のアンタは多分辛くて読めねぇだろうから、先に一つ言っておいてやる。美加理はアンタに愛されて幸せだったと言っていた」

「ッ………!!美加理……」

「だから…美加理のためにも死ぬのだけはやめろ…」


どれだけ不幸な目に遭ったとしても、美加理は俺と出会ったことを後悔していなかった。愛されて幸せだったと言ってくれた。

グレイにそう伝えられなかったら、俺は手紙を読む覚悟もできず、ずっと気分が沈んだまま、死にたいとばかり願ってその通りにしてしまっていたかもしれない。

そんなことをするにしても、その前に俺は目の前で眠ってる美加理に対して、ちゃんと伝えなければならないことがある。


「サラ、しばらく外に出るぞ」

「っ………はいッ……!ぐすっ…ぅうッ……」


グレイとサラが出て行き、この部屋にいるのは俺と美加理だけになった。


「美加理…俺もお前に会えて幸せだった。美加理のおかげで、俺は少しの間でも人として生きられた……王としてつまらない人生は…美加理がいたから悪くないものに出来たんだ……っ」


涙を拭いながらひんやりした柔らかい頬に触れ、美加理の小さい唇に口付ける。それで目を覚ますという、御伽話とか夢みたいなことは起きなくても良い。


今は王としてではなく、ただのアレキサンドラ・サッピールスとして、美加理に触れていたかった。



「美加理……愛してる」



また涙が止まらなくなる。

しかし、先程と違うのは、ここまで頑張って生きてきた美加理を安らかに眠らせてあげたい気持ちが芽生えていることだった。


苦しみも悲しみもない自由な世界に行けるよう、今は美加理のために祈りたい。

そのためも、まずは美加理が書いてくれた手紙を読むことにしよう。そして、自分が死ぬまで、肌身離さず側に置くつもりだ。



(美加理……ミーシャ・グレイスとして、俺の前に現れてくれてありがとう)



通りがかる貴族や家臣に悟られないよう、俺は涙を拭いながら自室に戻った。


次回からは真佑視点に戻ります。

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