この世界は進み続ける
この最終話とエピローグ二本立てで投稿します
ディアナ王国の首都イオスを中心に、弔いの鐘が鳴り響いた。
8月11日午後5時00分━━国王アレキサンドラ、崩御。
前王の第一子として誕生し、次期王としての期待に応えるかのように、美しい容姿と多くの才に恵まれたアレキサンドラは、期待通りの皆に"平等で優しい王"となり、民衆から愛された。
しかし、そんな環境でアレキサンドラ自身が幸福を感じたことは、愛する美加理と一緒にいる時以外では数え切れるほどしかなかった。
弟のグランディエやセルレウスが生まれた時のこと。多忙な父の代わりにレオン・グレイスに勉強を教えてもらったこと。
まだ幼い頃にレイヴァンと一緒に何度も授業をサボってはラルフに見つかって怒られたこと。
唯一分け隔てなく接してくれたグレイに何度も剣の勝負を挑んだこと。
そして、自分の血を分けた子供のフェリシアや、アレックスが生まれた時のこと。
"皆に平等で優しい王"という理想像を期待される重圧の中で、心の拠り所である両親も早くに亡くし、兄のような存在であるグレイやラルフが次々に自身の側からいなくなり、ずっと誰にも辛さを訴えられない孤独に苦しんできた。
そんなアレキサンドラにとって、数え切れるほどしかない幸福だけが、死ぬまで終わらない孤独の中で生きるための糧だった。
国王の真実は、誰にも知られることはなく、葬り去られることになるのであった。
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アレキサンドラが亡くなったという知らせが、国中に回っている。
周囲では嘆き悲しむ者で溢れかえっていて、アレキサンドラは本当に民衆から慕われていたのだと思わされるほどだった。
しかし、アレキサンドラにとっては、これでやっと美加理のもとに行けるため、死はむしろ本人にとって幸せの瞬間だったのかもしれない。
もし本当にそうだとすれば、その気持ちは痛いほど分かる。
俺はこの世界に来てから、美加理に愛されたアレキサンドラのことが妬ましくて、何より羨ましかった。そして、美加理が心を許せた唯一の人だったからこそ、妬みや羨みが晴れた後はとにかく生きてて欲しかった。
美加理のことがなければ、もしかしたら仲良くなれたかもという、大層なことは思わない。今はただ、アレキサンドラが美加理と天界で幸せに過ごせることを願っている。
「……お前は本当に優しい男だな。国王とはいえ一人の恋敵だろう?」
美加理とアレキサンドラがいる空に向かって数秒だけ祈りを捧げていたら、背後からライヤが話しかけてきた。
「あくまで美加理のためだよ。そういうライヤこそわざわざ教会まで行ってたじゃないか」
「あれは単にお礼を言いに行っただけだ」
「お礼?」
「………悔しいことだが…アレキサンドラ様が美加理を愛して全て受け入れることがなかったら、この世界は未だにタイムリープが続いていたかもしれない。そうなれば、ミカエラが暴走して世界を破滅に導いていた可能性だってあった。だから俺は…あの御方に感謝を伝えたかった」
「そう……だったな……アレキサンドラがいなかったら今頃はって思うと……」
この世界の国民は、アレキサンドラは亡くすのにはあまりに惜しい賢王とだけ思っているのだろう。そして、"皆に平等で優しい"国王と信じ、美加理のことはただ情けで助けただけだと思い込み、何もかも恵まれた神にも等しい存在だと捉えている人間は数多くいる。
だが、その生きてる人間の中で、俺とライヤだけは真実を知っている。
アレキサンドラは、ただ愛しい美加理の側にいたいと願っていた、一人の人間に過ぎない。
この人がいなかったら、この世界は未来へと進むことはなく、美加理は救われないままだったということを。
「そういうことだから、恐らく神ユピターは今頃アレキサンドラを救世主扱いしてるはずだ…ミカエラの封印に繋がって、世界がタイムリープを起こすこともなく未来に進むことができた救世主だってことで、国王として犯した罪も有耶無耶にしてるんだろう…」
結局、神ユピターは世界が平和になるなら何でも良かったのだろう。この世界の救世主だからと言って、アレキサンドラが犯した罪は有耶無耶にしてしまう。
本当の救世主はもう一人いることなんて、気にもかけずに。
「なんだかなぁ……神様ってよく分かんないな…」
「そうだな。だがもう俺たちには関係のない話だ。それよりアーサーが待ってるんだろう?彼奴に酒の一杯でも奢る約束したって聞いたぞ」
「えっ!?」
突然約束事を突きつけられて、俺はドキッとした。空を見て黄昏たりライヤと話してたから、アーサーと集まるまでの時間をすっかり忘れていた。
ライヤが指差した時計を見ると、時計は17時半をとっくに過ぎている。集合時間は18時だというのに。
「あぁっ!!しまった遅刻する!そういうことは早く言ってくれよ!!」
「お前なら忘れないと思ってたから言わなかったんだが…」
「そういうとこだよお前は!!」
「心配だから俺も着いて行く」
「お前が来ると色々ややこしいからだめだ!!改めて二人にちゃんと事情を説明してからにさせろ!!」
今まで一度も迎えたことなどなかった遅刻のピンチに慌てふためきながら、俺はなんとか準備して病院を出た。
早く気づけたおかげで、時間までには小走り程度で間に合った。
待ち合わせの酒場では、アーサーが俺に向かって手を振っていた。隣には元騎士団長のエルドリックさんがいて、なにか大声で叫んでいるようだ。
「ライヤ!!!今日はお前が奢ってくれると聞いて楽しみにしていたぞ!!!!アーサーが騎士団長に就任した祝いの宴を楽しもうじゃないか!!!はっはっはっ!!!!」
「エルドリック様!声がデカいですって…!!ライヤ!!お前の好きな牛串いっぱいあるからな!!」
どうやら少しも酔わずに帰ることは難しいらしいが、友達のアーサーや元上司(多分良い人)のエルドリックさんと飲むのは楽しみだ。
前だったら俺がこんなに楽しんで良いのかと苦悩していたが、今となってはそんなことは気にならない。
この世界が未来へ進むことが出来たように、俺も未来へ進んでいく。
未来が見えないと嘆き、これ以上先に進めないと苦しんだ日々が、もはや懐かしい。
「ライヤ、今日は飲みまくるぞ!どっちが飲めるか勝負だ!」
「ええっ!?で、できるだけお手柔らかに頼むよっ…!」
俺は、やっと自分の人生を歩むことが出来る。




