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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
本編
26/38

始まりの時

真佑視点に戻ります


「…………はっ…!!も、戻った…のか?」


目が覚めると、今いる場所はもう真っ白な空間じゃないことに気づく。

無事にちゃんと病室に戻って来られたのだ。


ミーシャに導かれて、父さんの本当の想いを知り、望んでいた再会を果たすという幸せな夢。

あの夢で読んだ父さんの手紙は、現実に戻って来ることはない。

それでも良い。逃げるためや、恥ずかしくない人生にすることではなく、自分のために人生を決める後押しをしてくれた父さんの言葉は、全部覚えているから。


(そういえば…夢から覚める前に美加理の声が聞こえたような…)


ふと気になったのは、夢から覚める前のことだった。あと、ミーシャのことだ。

夢の中で側にいたミーシャは、最初こそ正真正銘本物だと思っていた。だが、ミーシャの喋り方が、段々とゲーム本編のものとは異なってきていたことがずっと引っかかっている。

優しく寄り添う姿勢はずっと同じだった。ただ、本物はもっと攻略対象の悲しみは自分の悲しみとして受け止め、無意識のうちに虜にしてしていくという、いわゆる聖女のようなキャラクターだった。


しかし、俺が見たミーシャは、そうとは言えなかった。

優しく寄り添っていても、全ては受け止めず、前に進ませるために敢えて厳しいことを言って突き放す。


まるで、美加理みたいだった。

恐らく、俺が見たミーシャは美加理なのだろう。美加理がミーシャの姿を借りて、俺を導いてくれたのだ。そんな都合の良い話などあるわけがないのは分かっている。

たとえ都合が良すぎるとしても、愛している人に背中を押してもらったと思えるだけで、前に進める気がするからだ。



ガチャッ


「ライヤ?もう起きて大丈夫なの?」

俺が起きた気配を外から偶然察知したのか、カルミアさんが珍しくノックもせず驚いた顔で入ってきた。

「っ……!!カルミアさん…!あの、ご心配おかけしました…ほんとすみません…」

「そんなこと気にしなくて良いの。こうして起きて話ができるようになっただけで十分だから」

カルミアは本当に優しい人だ。何度も何度も迷惑をかけたのに、まだ寄り添ってくれる。

その恩に報いたいのは、父さんからそうするとかじゃなくて、自分でそうしたいと思ってのことだ。

そのためには、この人にどうしても聞いて欲しいことがある。

「カルミアさん、実はここに来てからずっと隠してたことがあるんです。驚くかもしれないですが、聞いてくれますか…?」

「勿論よ。私だって貴方に話聞いてもらったし」

「…ありがとうございます」

俺は、カルミアに本当のことを話す。

驚かれたり、もしかしたら気味悪がられる可能性だってある。以前なら、きっとそう思っていた。

だが、今は相手の反応ばかり考えて逃げたくない気持ちの方が勝っている。


「俺は…本当はライヤ・ラズライトじゃないです。ライヤの身体を借りているだけで、本当は別の世界から転生して来た、水瀬真佑です」

「っ……!!」


案の定、カルミアは驚いた顔をしていた。だが、すぐに落ち着いた表情に戻った。

それを確認した俺は、そのまま話を続ける。


「ライヤの身体を借りて…み、ミーシャに対して乱暴しようとした時のことも…悪魔に取り憑かれていたらしくてはっきり覚えてないんです。酷い言い訳かもしれないですが、本当に俺はそんなつもりなんてなかった…だから自分のしでかしたことを知った時は死んで詫びようと思ってました」


今思うと、あの状況で死のうと考えたのは罪から逃れて楽になろうとしていたからだろう。

美加理に対して申し訳ないと思うのなら、もう本人はいなくても自分は生きて犯した罪を償うべきだと、グレイがいなかったら思いとどまることすらできなかった。


「取り憑いてたのは恐らく、初日に貴方の後ろにいた悪魔のことね」

「やっぱりアイツのことが見えてたんですね…」

「私は昔からそういう類のものが見えるらしいの。あの悪魔がどういうわけか私を物凄い顔で睨みつけていたのはよく覚えてるわ」

「………その悪魔は…その時以来あまり邪魔はして来なかったんですが…俺が少しでも希望を持とうとしたら、辛い真実を聞かせて苦しませようとしてきたんです。絶対信じちゃダメなことだったのに、俺は疑うこともできず、絶望までしました…」


よりによって、父さんが俺を愛していないという最悪な嘘を教えるなんて、ルシフェルは余程俺を苦しめたかったに違いない。

父さんと血が繋がっていないという事実があるだけで信じ込んで絶望していた俺の姿は、ルシフェルの思う壺だったのだろう。


「でも…俺はもう悪魔に惑わされたりしません。大切な人を二度と傷つけないためにも、これだけは貴女に約束したいです。前とは違って、俺は自分を助けてくれる優しい人達がいることを既に知っていますから、もう大丈夫だと思ってます。まあ…ほとんどが自惚れかもしれないですが…」

「こういう時こそ自惚れるべきよ。それで貴方が悪魔とやらに勝てるのなら、それで十分」

「っ……ありがとうございます。俺は…貴女には何度も救われてばかりですね」


俺はカルミアがいなかったら、ずっと夢を失い、希望を抱くこともなかった。いずれは前世と同じか、それよりも辛い結末を迎える危機を乗り越えられなかっただろう。

いつだって『○○すべきだ』ではなく、『○○でも良い』と言ってくれるカルミアは、ルシフェルや心無い人間の言うような魔女なんかじゃない。

正真正銘、心根が強くて優しい医師だ。それは俺が、ここで過ごしきた中で一番よく知っている。


「……カルミアさん、本当に何度もありがとうございます。話したいことはまだあるんですが…その前に片付けたいことがあるので、終わったら改めて話させてください」

「………分かったわ。それじゃあ、終わるまで待ってるわね」

「はい…!」


全てを話すには、まだ片付けておきたい問題が残っている。俺は全てを終わらせてから話したい。

カルミアから了承を貰い、去っていくのを見届けると、俺はカルミアと話し始めた時からずっと一緒にいるアイツの方を見た。


「………次はお前の番だよ。ルシフェル」


姿は顕現されてはいなかった。だが、ずっと気配を感じていた。それでもあえて気にせず、カルミアと話をし続けたのは、奴の感情を炙り出すためだった。

絶望に打ちひしがれている姿を見たがっているルシフェルが、よりによってミーシャの自殺を手伝った憎き魔女に希望を打ち明けた俺に対し、どんな表情を見せるのか。


その結果は、概ね当たっていた。


「随分悔しそうな顔だな。お前の意思に反して俺が絶望してなかったからか?」

《ッ……生意気な…!!お前は絶望して嘆く姿がお似合いなんだよ!!あんな魔女に心を許して…所詮は儚いばかりの夢まで抱いて…!!何故お前は絶望したままじゃないんだ!?ライヤの身体に入ってるはずなのに…なんで最後まで希望なんか持てるんだよ!!》


悔しそうな顔は予想できていた。だが、それは俺の考えていたものとは違っている。嫌いな相手が楽しそうにしてたり、幸せなるのが悔しいだけではなさそうだ。

もし本当にそうだとすれば、金の無心に来たつもりが、まだ付き合ったばかりの美加理と一緒にいて幸せだった俺を見た時の母親と同じ表情をするはずだった。


「ルシフェル…お前は俺に本当はどうなって欲しかったんだ?」

《お前には……っ…お前は俺と同じでいるべきなんだ!!》

「同じ?」

《俺はっ…!自分のたった一つの過ちのせいで愛するミーシャを失い、両親にも見捨てられて…もう死ぬしかなくなった…!!それから俺はずっと絶望の中にいた…幾度と起きたタイムリープを経て、ライヤの身体に転生してきたお前は状況や環境は違えど似たような境遇だった…》

確かに、ルシフェルの言ったライヤの境遇と俺のは似ている。

父親にこの世を去られて、母親には憎まれながら育った。その上、たった一つの過ちをきっかけに愛する美加理を失うことになった。だから俺は、いつ死んでも構わないと思いながら過ごしてきた。

《俺と同じように絶望の中にいる人間がいる…それを感じていたくてお前をずっと絶望の中にいさせるために俺は何度も何度も苦しめようとした…!!でも出来なかった…お前は魔女に心を許して、希望まで抱いてっ…!!また俺だけが絶望の中に取り残されたんだ!!そんなのは嫌だ…!!だからお前も俺と同じでいろ!!一人だけ幸せになろうなんて許さない!!!》

なんて自分勝手なのだろう。自分では何も変わろうとせず、人にばかり求める。

ライヤの負の感情の集合体だから、そう考えるのは仕方ないことなのかもしれない。


否、そもそもルシフェルは、本当にライヤの負の感情の集合体なのか。


そんな疑問が湧いたと同時に、俺は目の前にいる集合体に向かってあの言葉を呟いた。



「……………()()()、なのか……?」



何故、ルシフェルがカルミアを憎んでいるのか。

理由を聞かされた時は、あくまでライヤの負の感情の集まりに過ぎないのに、何故そこまで詳しいのかはずっと不思議だった。

だが、今のルシフェルの本音を聞いて、確信が持てた。本当に負の感情の集合体というだけなら、あんなことは言わない。



『そんなのは嫌だ』



"負の感情の集合体"というものは、ターゲットをとことん追い詰め、絶望させるために動くと、ルシフェル本人も言っていた。

もしルシフェルもそうなら、『そんなのは嫌だ』ではなく、『ふざけるな』とか、『悔しい』と言うはずだ。

あの一言を呟いた時のルシフェルは、いつもの意地悪な表情とは違い、今にも泣き出しそうな目をしていた。



"もう、自分一人だけが孤独で絶望の中にいるのは辛い"



目の前にいる男の本音は、たった一つだけだ。



「ルシフェル…いや、ライヤ。ルシフェルとしてじゃなくて、君の話を聞かせてほしい。タイムリープ前にミーシャと何があったのか知りたいんだ」

《ッ………言いたく…ない……俺は…もうあの時のことを全て思い出すのも……っ》


彼はもうルシフェルとしてではなく、"ライヤ・ラズライト"として、言葉を紡ぎ始めていた。

当時のことを話すために、全てを思い出そうとするのは辛い。ましてや、自分の犯した罪を打ち明けるのは相当覚悟と勇気がいることだ。

厳格な騎士道精神を持つ家庭で育ったライヤが、騎士道に反する行為をしでかしたこと自体、本人にとっては醜聞であり二度と立ち直れないほどの絶望だったに違いない。


「俺は受け入れるよ」

《っ!?なん……で………》


ライヤがタイムリープ前の世界で犯した罪を知った時は、確かにショックだった。

だが、ライヤはもっと苦しんでいる。俺に同じ思いをさせ、その行為が騎士道に反していたとしても、そんなことを気にせずにはいられないほど、絶望の中で孤独になることを恐れていたぐらいだ。


愚かだと思った。

夢が壊されたと感じて失望もした。

それはライヤがかつて犯した罪を初めて明かされた時以上のものだった。


だが、同時に守りたいと思った。


ライヤは、本当は融通は効かないほど真面目で、騎士道精神を何より大事にし、親の肩書きを鼻にかけることなく努力を積み重ねて強くなろうとし続ける男だ。

そんなライヤを好きになり、推しになったからこそ、その本来の美点を掻き消してしまう苦しみから解放したい。


「糾弾したいなんて思っていない。俺はただ、ライヤと話したい。叶うなら仲良くなりたいって思ってるだけなんだ」


ライヤを安心させつつ、本音を打ち明けると、本人は驚いたような顔で俺を見ていた。


《ッ…………俺と…仲良くなりたいなんて……》

「あっ、嫌なら良いよ!!ちょっと図々しかったよな…っ」

《いや…そんなことは思っていない。むしろ、最後まで聞いてもそう思ってくれるのなら…》


仲良くなりたいなどと図々しいお願いをしてしまったが、どうやら大丈夫らしい。

そして、ライヤはようやく話す決心がついたようで、その準備としてゆっくり深呼吸していた。


《っ…………け、軽蔑するかもしれない…それでも…最後まで、聞いて欲しい》



全ての始まりは、ミーシャと出会い、愛を知った時からだった。


次回は、タイムリープ前のライヤ視点の話です。

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