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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
17/27

俺が欲しかったもの

グランディエ視点で、時間軸は前回の真佑がカルミアの過去を聞いている頃です。

美加理が亡くなって二ヶ月も経った今でも、兄さんはまだ深い悲しみに取り憑かれている。


今までの兄さんは、公務以外では趣味の剣術に勤しむか、音楽鑑賞を嗜んでいたはずだった。だが、最近は公務を終わらせるとすぐに部屋に引きこもりがちになった。

王妃だけでなく、娘や息子も寄せ付けない。俺とセルレウスでさえも、呼びかけても生返事しか返らない。

抜け殻のようになった兄さんは、髪を洗って適当に梳かすぐらいしかしなくなり、長髪だった父上の真似のつもりで伸ばしても何故か襟足しか伸びない髪は、背中まで伸び切っていた。

美加理が亡くなった悲しみのあまり、いつもの朗らかな姿が消え失せた兄さんを見た貴族の連中は、軽蔑の表情を隠さなくなった。


天音美加理という、混血の娘ミーシャ・グレイスに取り憑いた転生者に対して。


美加理が亡くなったと知った途端、アメリ・ガルシアを筆頭に美加理を見下していた連中は、ここぞとばかりに中傷し始め、今ではありもしない醜聞を流している始末だ。


『ミーシャ・グレイスは亡きグレイス侯爵への恩を仇で返した親不孝者』

『野蛮な転生者に取り憑かれて悪魔と化した化け物』

『罪のない男を誑かし貪る淫売』

『王を狂わせた淫魔』


これらの出鱈目な中傷を事細かに描写し、卑猥な挿絵まで入れた醜聞伝が小説として出版されようとした時は、本当にどうなることかと思った。

ほとんど動けない兄さんの代理である俺の許可を得た上で、グレイを筆頭に、美加理の友人ユリアナの実家やその夫であるクロード、セルレウスらが元凶である貴族の抱える罪を全て洗い出して家ごと取り潰した。男性は地位も取り上げられ、人手がなくて困っている貴族の使用人にならなければ職を与えずに路頭に迷わせている。一方で、女性は使用人として働くか、教会への永久奉仕かの二択にして猶予を与えた。

ミーシャ・グレイスの醜聞伝小説は、これにより下書きも含めて全て消え去った。


引きこもっている兄さんは、醜聞伝のことを一切知らない。もし当時の宮廷の状況を知れば、兄さんの手であの愚かな連中は真っ先に処罰されるだろう。

そうなった暁には、いまだに宮廷にひっそりといる反アレキサンドラ派が、愚かな王であることを強調させるため、またミーシャのことを使って兄さんを攻撃する危険が生じる。

知らない方がかえって良いというのは、こういうことかもしれない。

とはいえ、兄さんが美加理を亡くした悲しみで引きこもっているこの状況が続けば、反アレキサンドラ派だけでなく、中立派まで不信感を持たれて、我がサッピールス家の権威すら危うくなる。


嘆く兄さんの気持ちが分からないわけじゃない。俺も本当は引きこもりたいほど辛い。

自分が報われることはなくとも、美加理が兄さんの元で幸せに過ごしてくれればそれで良いと思い始めていた矢先に、美加理が亡くなったと知らされたのだ。あの時は頭が真っ白になってしまい、しばらく何も考えられなかった。

そうは言っても、美加理と関わった時は正直言って短いとは思う。


あのブルーグレーの瞳を見た瞬間に、心惹かれたこと。ルイス・ガルシアに絡まれていた美加理を助けたこと。美加理と一緒にワインを飲んだこと。告白したが、冷たく拒絶されたこと。その後にはカンナ・アルマディアのことで和解したこと。 


兄さんに比べれば本当に少ないものだが、それらは俺にとって全部大事な思い出だ。美加理が亡くなった後も、思い出が突然甦るたびに、俺は家でルイーズにバレないように涙を流していた。

それでも、流石に二ヶ月も経てば涙を流すことはなくなった。

唯一の人を亡くした悲しみで立ち直れないのは痛いほど理解できる。だが、周囲の目も考えず、分かりやすくやつれた様子で表に出て、その後にはすぐ引きこもるのはもう良い加減にしろとたまに言いたくなっている。


今日は絶対、兄さんにはっきり言うつもりだ。


兄さんの意思を尊重するセルレウスはそっとしておいてあげろと言い、リナリアに至っては自分が話しかけても無駄だと諦めている始末だ。一番兄さんを説得させられそうなグレイは、美加理の悪評を流していた連中の残りをシメているため、今は俺しか兄さんにはっきり言える人間はいない。

こんな時ほど、人の気持ちなどお構いなく引き摺り出すタイプのラルフがいてくれれば楽なのにと内心思う。しかし、今は罪人であるラルフを牢獄から連れ戻すわけにはいかないため、結局俺がどうにかするしかないのだ。


俺は、兄さんの部屋の前に立った。


「兄さん、今いい?」


返事はない。

代わりに聞こえてきたのは、微かな啜り泣き声だった。

兄さんはまだ美加理のことで嘆いているのだ。拒絶するでも受け入れるでもない様子に、俺は繰り返し同じことを聞いても意味はないと考え、もう部屋に押し入ることを決めた。



ガチャッ


「……………なんだ…グランディエか……」


部屋に入っても、兄さんはベッドで座ってぼーっとしたままだった。俺が来たことに気付いても、またある一点を眺めるばかりだ。

「っ………髪、結構伸びたな」

まだ美加理が亡くなったばかりの頃は、辛いことを悟られぬよう髪型は最低限整えてはいた。

だが、最近では公務に出る時ですら適当に梳かすぐらいしかしなくなった。そのせいか、美しいともてはやされた蒼銀の髪はすっかり艶を失っている。背中まで伸びたことで毛量も増えた襟足は、長髪の父上に似せるどころか、伸ばしっぱなしで最早ボサボサだった。

唯一兄さんの顔が無事崩れていなくても、痩せている上に主に髪のせいで清潔感すら危うく見えるこの姿で公務に出るのは、流石にまずいのではと感じる。

「兄さん…今後もそのままで公務に出たら流石に貴族連中も怪しむからさ、ちょっと整えても良い?髪の手入れはそこらの侍女よりも自信あるし、安心してよ」

「……………好きにしてくれ」

俺に促されてやっと立ち上がった兄さんは、ドレッサーの前までふらふらと歩き、椅子に座り込んでまたぼーっとし始めた。

そんな兄さんを見た時、身長差は変わっていないはずなのに、俺は何故か兄さんが前より小さく感じた。


(美加理が生きてた頃はこんなんじゃなかったのに…無意識でも俺のことなんてただの引き立て役みたいに見てたくせに…)


昔とは打って変わって、今の兄さんは本当に情けなく見えて仕方がない。

生まれて瞬間から次期国王として期待され、美しさと能力の高さで持て囃され、何かにおいて特別扱いされてきた兄さんにとって、俺はただの引き立て役同然だったはずだ。

中間子に生まれたというだけで期待されず、末っ子のセルレウスほど可愛がられて大事にされなかった自分とは違って、兄さんは何もかもを手に入れて恵まれている。

だから俺は、小さい頃はそんな兄さんにひたすら憧れていた。しかし、成長すれば憧れは羨やみに変わり、美加理に恋をした頃には、最早憎しみすら覚えていた。


なのに、兄さんはずっと幸せそうにしていない。


それは美加理が亡くなった今だけじゃなかった。まだ憧れを抱いていられた頃から、兄さんが心の底から幸せそうな顔をしている時は滅多になかった。

グレイがまだ公爵家子息として宮廷にいた頃は、兄さんも子どもらしい表情ぐらいは見せていたのかもしれない。しかし、俺が人の感情の変化に気づけるようになった年頃には、グレイはいなくなっていた。


俺が知る限りで、兄さんが幸せそうにしていた瞬間は、美加理と一緒にいる時だけだ。

その時以外は、顔は笑ってるようでいてその目は遠くをみているようだった。たとえ、愛娘であるフェリシアや愛息のアレックスと一緒いる時でさえも、それは同じだった。


(俺が欲しかったものを全部与えられた兄さんが最高の地位まで得て幸せそうにしてるんなら…俺はずっと羨んで、憎んでいられたのに…)


「グランディエ?どうかしたのか…?」

「……………なんで…………んだよ……!!」

「……?すまない、もう一度言ってくれ……っ!?」

「なんでアンタはずっと悲しそうなツラしてんだよ!!!昔から俺が欲しかったものは全部奪ってきたくせに…それなのになんで国王のはずのアンタが一番幸せそうにしてないんだよ!!!」


どうしても我慢できなかった。


国王に掴みかかるなんて、たとえ兄弟でも不敬になり得る。だが、俺は怒りで限界だった。


本当なら、国王という最高の地位にいて、誰よりも多くの幸せを沢山掴めるはずの兄さんが、俺よりも悲しそうな顔ばかりしている。それがとにかく許せない気持ちで、いっぱいだった。

兄さんがそんな風になったのは、全部期待を押し付ける貴族連中のせいだとは身を持って知っている。彼奴らの求める『皆に平等で優しい』国王像になろうとして、上手く出来なくてひたすら苦しんで苦しんで、限界を迎えて家出までしたことがあるのも分かっている。

だが、同時に俺は、兄さんが貴族連中のことなど無視するという選択肢を取っていれば、こんなことにはならずに済んだのにとも思っていた。

そうなれば兄さんはずっと国王として当たり前の幸せの中で過ごせて、俺が引き立て役と濁し役にさせられることは絶対になかったのだ。


俺は兄さんに対して、本当はどう思っているのかももう分からない。分かっているのは、自分の感情は入り混じってぐちゃぐちゃになっていることだけだ。


俺に掴みかかられ、怒鳴られた兄さんは、一瞬驚いた顔をしていた。

だが、すぐに俺を見上げながら静かな怒りで目を鋭くさせた。


「……俺は国王だから一番幸せになれるだと…?ははは…弟のお前でなければ今すぐ叩き出していたぞ……っ…皆揃ってふざけたことをっ…!!俺は国王として期待された瞬間から毎日が苦しかった!!兄のような存在だったグレイが突然いなくなって…最後の支えだった父上や母上が亡くなられてからは……っ…ずっと独りで寂しくて堪らなかったんだ!!」

「またそうやって俺とセルレウスは除外すんのかよ!!弟の俺らじゃ何の役にも立たないって言うのか!?」

「そんなこと思うわけがないだろ!!俺は兄としてお前たちにそんなくだらない心配させたくなかった…!!特にグランディエ…お前は情けない俺を軽蔑するだろう…!?」

「ああ、するよ。なんなら今がそうだよ。今までは何があってもあの貴族共の期待に応えて振る舞ってたくせに、美加理がいなくなったらあっさりと期待を裏切るんだなって。彼奴らも今じゃ『女一人のために情けない』って言ってるぞ」

「ッ……美加理は俺にとって、何者にも代え難い存在だったんだ……父上や母上の時は我慢したが…美加理の時はもう……」

「はぁ!?親が亡くなった時ぐらい我慢しないで今みたく素直に落ち込めば良かっただろ!!!あの時兄さんが辛いって言ってくれれば…俺は兄さんをここまで羨んだり憎むことなんてなかった!!!もっと俺やセルレウスとか他の人を頼れよ!!!」


兄さんと言い争ううちに、俺は自分の中にある感情がどういうものかなんとなく理解した。

俺はずっと、兄さんのことが羨ましくて憎たらしくて、それ以上に国王としての孤独に悩む兄さんに頼って欲しかった。本当は幸せじゃないのに、兄さんがそれを隠して国王として振る舞う姿を見ていたくなかったのだ。


「………良い…のか…?美加理を亡くして辛いという理由でも…俺がお前やセルレウスを頼っても…?」

俺の想いをぶつけられた兄さんは、震えた声でそう尋ねた。

「良いって言ってるだろ!髪の毛だって整えるし、貴族連中に嫌なこと言われたら話聞くし、公務が辛いなら今ぐらいは俺とセルレウスも手伝うから!!だからいくらでも俺たちを頼れよ、兄さん」

「っ……………グランディエ……」

兄さんの目から、涙が溢れ始める。

一度溢れた涙は、もうボロボロと流れて止まらなくなっていた。今まで溜め込んでいたものが、一気に解放されるかのように。

「ッ……ぅ…うぅっ……!グランディエッ……お前がいてくれて…良かった……ッ」

「あーもう、そんなに泣かないでよ…!今から髪の毛綺麗にしてあげるから!」


今日、俺は十何年ぶりにただの兄弟として兄さんと沢山話をした。昔の思い出話や、美加理のこと、お互いの好きなことを色々と。

俺にとってずっと遠い存在だった兄さんと、ようやく分かり合えたような気がした。



      ーーーーーーーーーーーー


数日後…


「グランディエ兄様、今日から公務以外でも宮廷で顔出すって言ってたけど、アレン兄様は本当に大丈夫なの?」

「完全に立ち直ったわけじゃないけど…これからは俺やセルレウスを頼りにしたいって言ってた。多分、兄さんなりに余裕は出来たと思う」

「……そっちの蟠りはようやく解けたみたいだね」

「もうムカつく所が無くなっただけだっての」


昨日、兄さんが今日から公務以外でも宮廷に顔を出すと言い出した。久しぶりだからとやけに気合が入っていたため、俺も色々と手伝った。

兄さんのことを聞いたセルレウスは心配している。だが、誰かを頼りにしても良いと知った兄さんなら大丈夫だと、俺は信じている。


「………セルレウス」

「なに?」

「本人さえ良ければ…アリスに会って直接謝りたい。本当に…妻共々で酷いことしてきたから…」

「会うのは良いけど許してくれるかは期待しないでよ?それと、その時は優しいアリスの代わりに僕が怒るから」

「分かってるよ。許してもらおうなんて思ってないし、お前に殴られるのも受け入れるよ」


今までは、相続の計画を諦めたと自分に言い聞かせておきながら、意固地になってアリスに謝罪するのは避けてしまっていた。

兄さんと本音で話したことで、ようやくアリスに謝る決心が着いた。我ながら本当に情けないことではあるが。


「グランディエにセルレウス、待たせたな」


セルレウスと話しているところに、兄さんがやっと支度を済ませてやって来た。


「兄様、体調はもうよろし………ええぇえッ!?!?どうしたのそれ!?」

「?何かおかしいところがあるか?」

「だ、だって……髪が…!」


セルレウスが驚くのは無理もない。なぜなら、兄さんがずっと伸ばしていた襟足をバッサリ切り落としたからだ。

昨日兄さんから頼まれた時は同じように驚いたが、兄さんなりに気持ちの切り替えとかで必要なことだったのかもしれない。


「我ながらさっぱりして格好良くできたと思わない?」

「え?グランディエ兄様が髪整えたの?……まあ兄様にしては良く出来てるんじゃない?」

「おいそれどういう意味だ!」

「ありがとう二人とも、自分でも生まれ変わった気分だ」

「ははは、兄さんは大袈裟だなぁ」


今まで何となく距離があった三兄弟だったが、今日でやっと近づくことができた気がした。


アレン、やっと前を向きました。グランディエのおかげで立ち直りましたが、その前に一回レイヴァンに会って病みを吐露しているので、その時の話を番外編として書く予定です。

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