見えなかった未来
「………これで話せることは全部話したわ」
「……………大変な思い…してきたんですね…」
カルミアの家族は、ジェイムズを含めて思っていた以上に酷い人間だった。
俺も母に罵倒されて殴られたり、父方の親戚に冷たく吐き捨てられる日々を送ったからこそ、そこから抜け出して自分一人の力で生きる大変さは痛いほど知っている。
カルミアの場合は元貴族の女性であるため、行動も制限されて、下町で働いてからも辛い思いを何度もしてきたに違いない。
話を聞いているだけで、話している本人よりも俺の方が内心憤ったり、家族に対して軽蔑の念を抱いていた。
「そんなに深刻にならなくても良いわよ。要するに私は、あの美しいアレキサンドラの愛妾っていう誰もが羨ましがる地位を得るチャンスを何度も溝に捨てた馬鹿な親不孝者ってこと」
「カルミアさんは馬鹿な親不孝者なんかじゃないです…」
「貴方がそう思わなくても、現実ではそういう扱いなの。今日のことがなくてもどのみち勘当される運命だって分かってたし、向こうから縁を切ってくれて助かったぐらいよ」
「…………それなら…どうして泣きそうな顔をしてるんですか…?」
いつものカルミアは、常に達観しているようでいて、諦めの感情が見え隠れしている。だが、鈍感な俺でも分かってしまうほど、今のカルミアは辛そうだった。
俺に指摘された途端、カルミアの目からは一筋の涙が溢れた。
「ッ………どこかで期待していたのかもしれない……あの人達が今の私を見れば…愛妾のことは諦めて…医師である私を認めてくれるって……」
カルミアの語る想いには、俺も覚えがあった。
10年ぶりに父方の親戚宅に出向き、大学進学と同時に一人暮らしをすると告げたことがあった。
あの母と一緒にいて進学など夢のまた夢と見下されていたからこそ、奨学金という苦労はあれど難関の私立大学に通うことになれば、少しは認めてくれるかもしれないと思っていた。今思えば、実に愚かな考えだった。
結局、父さんを溺愛していた親戚達からは、
『父親の蒼真はもっと上の大学に通っていたのに、お前は所詮その程度か』
『本当に何もかも蒼真さんに似ていなくて嫌になるわ』
『叔父さんはあんなに凄いのにどうして息子のお前は出来が悪いんだろうねぇ』
と口々に吐き捨てられたり、自分と同じ年頃の人達には嘲笑われて終わったのだから。
幼い頃から、俺を見るなり父さんに似ていないと毛嫌いしてきた親戚達に、期待をしたところで無駄だった。
ただの報告のつもりで来ただけだと思っていたのに、当時の俺は親戚達の言葉に落ち込み、自分はやはりダメなのだと自己否定に陥っていた。
「可笑しいでしょ…?何年も前に自分で見限って…家出して良かったってずっと思ってたのに…いざ縁を切られたらこんな風になるなんて……」
「なにも可笑しくなんかないですよ!」
「え…?」
「離れられて良かったとか、ただ報告するだけだって思ってても…いざ顔を合わせたら、もしかしたら認めてくれるかもって相手に期待してしまうのは…俺も昔にありましたから…」
父方の親戚に報告に行った時点で、何もかもが優れている父さんを溺愛していたからこそ馬鹿にされるのは予想できていたはずだった。だが、実際に顔を見たら、もしかしたらと期待してしまった。
認めてくれるわけがないのは、今思えば当然のことだ。医師になる夢を叶えるためにどんな努力も出来たカルミアとは違い、俺は同じ夢を抱いても、家庭環境のせいにして諦め、逃げることしか考えられなかった。
「俺からすれば…カルミアさんは本当に立派だと思います…!家を理由にして医師になる夢を諦めずに叶えようと努力して、現に今はここで医師として働いてる。それでも認めない奴は…最初からその気なんてないだけなんです!悪いのは貴女じゃなくてあのクソ野郎達の方ですよ!!」
「貴方…随分言うようになったわね…」
「俺は…カルミアさんが医師になっていなかったら、医師になりたいって思っていたことを思い出せるどころか生きる理由すら見出すこともできなかったんです…!」
俺は今まで、生きる意味を見出せないまま抜け殻のように生きていた。
ライヤ・ラズライトの身体に転生して、やっと会いたい人に会えたと思ったらまた傷つけてしまう始末で、この病院に来るまでは死ぬことばかり考えていた。
ライヤ・ラズライトとして恥ずかしくない人生を、尊敬する父さんのために生きることを決めても、ずっとどうすれば良いのか分からず、未来に希望などないものだと思っていた。
そんな中で、カルミアは俺に未来の可能性を教えてくれた。
「だから俺は…カルミアさんが医師になってくれて良かったって思ってます!!貴女を傷つけた家族のことは許せないですけど、カルミアさんにその道を選ぶきっかけをくれたことだけは…感謝してます……一応」
「………あはははっ…!!こういうのは最後までカッコよく言い切るものよ?」
「その…あの人達に感謝って言葉使うのはなんとなく癪に触るので…」
俺の思っていることが上手く伝わったかは分からないが、カルミアは元気になったらしく、余裕のある表情に戻っていた。それどころか、いつもより心の底から笑っているように見える。
「ふふ…ありがとう、ライヤ。私も、今日貴方がいなかったらどうなっていたか分からなかった…押し切られて兄に従って、貴方が愛していたミーシャや国王を傷つけることになっていたかもしれない…本当に貴方には感謝してるわ」
「っ……!!」
俺は、初めて誰かの役に立った。
いつも厄介者扱いで、誰からも必要とされない存在だと思ってきたから、その感覚はあまりに慣れないもので、反射的に涙が出そうだった。
誰かの役に立つことが、こんなにも嬉しいものだなんて知らなかった。
塗りつぶされて見えなかったはずの未来が、少しだけ見え始めた。
「カルミアさん…」
「ん?どうしたの?」
「………退院した後なんですが…貴方の助手として働いても良いですか…?」
かつては父さんを救えなかった悲しみから目指した夢だったが、今はカルミアのように誰かに希望を与えるために目指したい。
ただの綺麗事かもしれない。俺は精神疾患の犯罪者であり、結局ラズライト家で厄介者として過ごすか、教会で永久奉仕の道を選ばされる可能性だってある。
それでも構わない。
前の人生のようにただ諦めるのではなく、夢を見ることだけでも許して欲しい。
「それは今の貴方の働き次第ってところね…そういうことならこれからはもっとこき使ってあげる♡」
「が、頑張りますっ…!」
将来のために頑張るとはいえ、カルミアの語尾に♡がついていたのがなんか怖かった。
その日はジェイムズのせいで中断された仕事に加えて他にも色々頼まれたため、完全に筋肉痛になった。
それでも、俺はやっと悲観と諦めばかりの日々から抜け出せただけで幸せを感じられていた。
《ッ……お前だけ幸せになろうだなんて許さない……真佑、お前は俺と同じじゃなきゃダメなんだ……!》
また不穏な空気が漂い始めていますが、次回は久々のあいつ視点の話となります。




